「読者が安心して納得してしまうストーリーより、文字の世界ではこんなことができるんだ、というはちゃめちゃな自由さを描いてもいい」

 8月の講師は、村田沙耶香氏をお迎えした。

 千葉県印西市出身。横浜文学学校で宮原昭夫氏に師事し、2003年に『授乳』で群像新人文学賞優秀賞を受賞。2009年に『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年には『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞を受賞。2014年は『殺人出産』でセンス・オブ・ジェンダー賞少子化対策特別賞を受賞し、2015年の『消滅世界』でも、出産をテーマにした異様なディストピアを描き、文壇に衝撃を与える。
2016年、『コンビニ人間』で芥川龍之介賞を受賞。いま最も注目される若手女性作家のひとりである。

 また、ゲストとして鳥嶋七実氏(文藝春秋)、山田京子氏(朝日新聞出版)のおふたりをお迎えした。

 講座はまず、世話役の池上冬樹氏(文芸評論家)が村田氏を紹介して始まった。

「今日は新芥川賞作家の、村田沙耶香さんをお迎えしました。よろしくお願いします。本当にタイミングがいいというか、実は村田さんとは今日が初対面なんです。まったくお会いしたことがなかったんですが、先月いらしてくれた講談社の須田さんという編集者の紹介でご縁ができました。僕は『消滅世界』を読んで、もうびっくり仰天しまして、こんなにすごい作品を書く作家がいるんだ、これは絶対にお呼びしたい、と思ったんです。そして須田さん経由で、この講座にお招きしたいというお話をしたんですが、当初は7月か8月という予定だったんですよね。ちょうど、文學界に作品が載るから、もしかしたら賞を取るかもしれないなと思ったんですが、本当に取っちゃいましたね」

 続いて村田氏のあいさつ。
「はい、ありがとうございます。ちょうど一昨日が授賞式で、無事に終わってちょっと安心しました。芥川賞を取ってから、取材とかエッセイとか対談とか、そういうお仕事がばあーっと入った1ヶ月間でした。よく聞かれるんですけど、コンビニのバイトはとりあえず今月はお休みしています。周りには止められてるんですけど、自分ではまた戻るつもりで、店長には伝えています。実は母の実家が鶴岡市なので、鶴岡にはよく来ていたんですが、山形市のほうにはあんまり来たことがなくて、だいたい鶴岡に行って日本海で泳ぐ、という夏休みを子どもの頃は過ごしていました。最後に来たのは祖父の遺品を整理したときで、それが大学生ぐらいのときだったから、ずいぶん経っていますね。山形県に来たのも久しぶりのことになりますが、今日はよろしくお願いします」

 今回のテキストは、小説が4本。

・佐藤鳩『友人代表』(11枚)
・栗田えみり『錆びる女』(20枚)
・松井薫香『散瞳逍遥』(30枚)
・ナミサトル『母たちへ』(48枚)

◆佐藤鳩『友人代表』(11枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8568470
 桃香は高校に入学してから朝起きられなくなるが、昼過ぎになんとか登校する日々を送っていた。登校中に友人の摩理亜と出会い、これから行う結婚式に誘われる。式場は山奥で半日かかるほど遠く、今日だけ桃香は学校を休むことにした。
 作者は、夏休み明けに自殺する子どもが多いというニュースを見て、この物語を発想したとのこと。

・鳥嶋氏の講評
 あらすじが1ページ目に書いてあるので、それを先に見たというのもあるんですが、登校することに苦痛をおぼえている桃香さんという人が、友人の「16歳になったから結婚式をあげるの」という、突拍子もないセリフとともに、彼女の結婚式に行くことになるというそのくだりが、説明的でなくて、非現実的なんだけれども、そこまでするっと連れて行ってくれます。いい意味での漫画っぽさみたいなものを感じて、楽しく読みました。
 作者の方は、社会的な状況を見てこのお話を思いつかれたそうですが、むしろ、その辺の文脈から切り離された、すごく淡々とした、カラッとした感じで書かれていると思いました。
 ところどころにすごく幻想的な設定が入っていて、たとえば、桃香ちゃんがリカちゃん人形サイズまで小さくなってしまう場面とか、式場に着いてから、音楽や、そこにいる人物との幻想譚が入り混じってくるあたりですね。ちょっと疑問に思ったのが、ナポリタンのソースが飛んでいない席を選んで座ったりとか、顔の近くを大きな蛾が飛んだりとか、わりとカラッと楽しげなトーンで書かれているところに、ちょっと汚れてくる空気みたいなものが描かれる、その混じり具合というのがちょっと馴染んでいないように感じたので、その意図についてちょっと疑問に思いました。その辺はもしかして、もっとトーンが統一されていたならば、最後に鳩がハンカチに戻るエピソードも、全体の中でもっと活きていたのかもしれないと思います。
 でも、翌朝というところで鳩がハンカチに戻って、また日常に戻るというふうに思わせるところは、いいんじゃないかなと思いました。
 ただ、タイトルはよくないかもしれないですね。『友人代表』というより、幻想譚ということで引っ張ってほしかったし、このふたりの関係性に集約させるようなタイトルではなく、鳩やハンカチのイメージで象徴させたほうがよかったと思いました。

・山田氏の講評
 私も拝読して、鳩の使い方が効果的で面白いと思いました。白いハンカチに変わったり、口紅がついて赤くなったり、最後に鳩がハンカチに戻るところも、すごく読後感がよくて、好印象なところでした。
 摩理亜の車に乗った桃香の身体が、小さくなるところで、「ここは非日常的なことが起こる世界なんだな」というふうに気づくと思うんですけど、そこから、式場まで3~4時間ほどかかっているはずなんですが、そこでさらに、ふたりの会話がおかしかったりとか、馴れ初めを聞いて「そんなことで結婚するんだ!」とか、読者にさらに不思議な世界を示すことが効果的にできたのではないかと思います。そういったところに、さらに不思議なエピソードを盛り込める場所だったのではないかと思いました。
 桃香の身体が小さくなるところから、鳩がハンカチに戻るところまでは、不思議な世界を描いていますね。作者の方は、現実の社会を念頭に置きながら書かれているそうですが、現実と不思議な世界のバランスをもう少しうまく込めて、あと2~3枚増やすとさらに物語の深みが出たのかなという気がしました。

・池上氏の講評
 もっとシュールに書いてもよかったんじゃないかと思いますね。最初は非常にリアリスティックに書いてて、たしかに最初はリアリズムが必要なんですけど、だんだんシュールに行ってきて、本当に飛んでいってもいいぐらいなんですけど、もう一回きちっと着地して。もちろん、ハンカチになってしまうというのがあって、ああ夢だったのか、幻想だったのか、となる。
 主人公の持っている深層心理が外側に展開すると読者は理解するので、その外側に展開する世界がまた主人公の内面に回収されるという解釈にもなる。じゃあ最後に出てくる鳩は何だ、ハンカチは何なんだということになるんですけど、そこがわからない。鳩は自由の象徴なのかもしれないけど、でも、作者の筆致の重点はナポリタンにある(笑)。ナポリタンはゆるやかに血のイメージを象徴しているのかなと思うけど、じゃあ血のイメージと物語と人物はどう連携していくのかな、と思ったらつながっていない。何かイメージがバラバラですね。超現実でも幻想でもいいんですけど、イメージが何を象徴していて、僕たちは何を読めばいいのか。あるいはどのように脳裏に焼き付くのか。テーマを視覚化するというのかな。これは辻邦生が昔から言っていた話なんですけど、そういったところを明確にしてほしかった。

・村田氏の講評
 私はすごくチャーミングで素敵な小説だと思って読みました。ちょっと岸本佐知子さんが訳している海外の短篇集を読んでいるような、そういう不思議さを感じつつ、それにしては不思議さがもっとあると嬉しいというか。もっとヘンテコでもいいんじゃないか、という気持ちで読んでいました。
 冒頭は、学校にあまり行きたくない女の子がいて、真理子っていう普通の女の子がいて、不思議なところに連れていってくれる摩理亜っていうお友だちがいて、この子は名前の字からして不思議な感じで、架空の人なのかなとひと目で思うような子ですね。彼女が不思議なところへ連れていってくれるんですが……。
 私は講師としては初心者なので、「自分ならこう書く」という程度のことしか言えなくて恐縮なんですが、読者は、不思議な物語に出会ったとき、自分が納得するストーリーを作って、これは何々の象徴だから、というふうに納得してしまう読み方をすることがわりと多いような気がしていて。そのストーリーが、いろんな読み方ができるほうが楽しい、というか。読者が安心してしまうぐらい、学校が嫌な子が、学校が嫌だなと思って不思議な世界に行って、現実に帰ってくるっていう、理解しやすいストーリーなのですが、そうなると、もっと暴走してほしいなと思ってしまう、読者の我儘かもしれないのですが。もっとはちゃめちゃでもいいというか。もっとすごくヘンテコでも、しっかりと世界観があれば、きっと読者はついてこれるんじゃないかな、と思います。
 結婚式の雰囲気とかもすごく素敵で、わくわくするような世界観なんですが、私はナポリタンとかより、客が人間だか何だかわからない、という感じが面白くて。もっと、本当に猫とかがいてもいいし。人体切断のマジックから席に戻った新郎に、胸の部分がなかったというところがすごく好きなんですけど、文字の世界ではこんなことができるんだ、という、自由なはちゃめちゃさがもっとあっても、読者はついていけるんじゃないかな、と思いました。
「レストランのテラスで鼻の頭を赤くしてワインを飲んでいるのは、感動の実話を紹介する番組で再現VTRに出ていた病気の娘に何もしてやれなくて苦悩する父親役の人かもしれないし、ヒグマとアライグマの交配種かもしれないし、事故死した夜行バスの運転手かもしれない」といった書き方ですが、「かもしれない」じゃなくて、本当にヒグマとアライグマの交配種にしてしまってもいいぐらい、素敵な雰囲気の結婚式なんですよね。でも、ちょっと現実に戻しすぎているので、単なる現実逃避の世界なのかな、という感じがしてしまいます。もっとはちゃめちゃで、そのままこの世界に行ってしまって、戻ってこなくてもいいし。ものすごく自由でいいような気がして。すごく綺麗にまとまっているのが、むしろちょっと寂しいというか。もっととんでもないところに行きたくなるぐらい、魅力的な世界を描いた作品だとは思いました。
 ただ、もっと突き放して終わってもいいと思います。親切すぎるという感じもあるかもしれないですね。でも、この結婚式のイメージがすごくチャーミングで、魅力的で好きでした。

◆栗田えみり『錆びる女』(20枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8568408
 秋も深まり、寒さが増してきたある日、ひとりの女が道を歩いていた。喫茶店に入り、冷たいミルクココアを注文する。店内には、「バン、バン、バン」と、女がテーブルへとグラスを打ち付ける音が響いた。
 自らの家に着いたとき、女は亡くなった祖母が好んでいたイチジクをもぎ、包丁をつきたてていった。女はその包丁を、イチジクのみならず、自分の二の腕にも突き刺していた。
 現実にいる「私」と、鏡に写る「わたし」とが、だんだんと近付いていき、歪んだ姿をあらわしていく。

・山田氏の講評
 冒頭の月の描写から、コップを打ちつける音だとか、いちじくを切る音、その後のヤカンの音など、光や音の描写が印象深いなと思いました。
 それで、最初のカフェの様子と、家に帰っていちじくを切るあたりとで、ちょうど分量的に半分ずつぐらいになっているんですけど、どちらかにもっと重心を置いて書いたほうが、より印象強くなるのではないかと思いました。

・鳥嶋氏の講評
 すごく耽美的というか、文章表現とかリズムに心を砕かれているなというふうに読みました。
 冒頭からずっと、風景の描写の鮮やかさを考えて書かれていたと思うんですけど、そこに力点を置きすぎていて、結局なにが書きたかったのかな、というところがわからなくなっているというか。タイトルは『錆びる女』ということですけど、この女性の抱えているもどかしさだとか、痛みみたいなものがあえて浮かび上がらないように、風景のほうを描写しているのかなと思いますが、ちょっと意図しすぎているのかなと感じました。
 もう少し、この情景を書くのであれば、この女性の内面というものが、後半に行くにしたがって欠片でも見えてくるような作りになっていたら、このあたりの描写も活きてきたかなと思います。
 
・池上氏の講評
 これはなかなか難しい作品ですね。欠損感覚を描いていますが、左手の先がなぜないのか、説明してほしいという読者もいるでしょう。書かないんだったら、じゃあなぜ欠損感覚を持った主人公を書いたのか、何のためにこの話を書いたのかという理由づけがほしい。そこが見えてこない。
 おばあさんが出てくるんですが、これが非常にいい。この短い枚数の中で、唯一の他者といいますか、主人公に向かってきちんと応援するのはおばあさんしかいないんですね。そのおばあさんが逆に主人公の肖像を照射しなければいけないのに、それがない。
 実は、僕は書き直す前の原稿も読んでいるんですけど、もっと、喫茶店の客とか、周りの人間から見られていて、見られている自分の中でだんだん恐怖が増幅されていって、家に帰ってからいちじくを取って、というふうになっていたんですけど、書き直してからはそれがだんだんなくなって、主人公の心理のほうを非常に重点的に描くようになった感じがしますね。
 これはもうちょっと、自分の身体を痛めつける自虐的行為とか、人が奥深くに抱えている衝動に、なぜみんな気づかないのかというふうに書いてくれればよかった。それと、もうひとつ中心となるイメージが必要ですね。いちじくというものがいちばん重要になっているんですけど、いちじく、月、そして人間の平安な精神を狂わせてしまうものが外側にあって、喫茶店のテーブルをバンバン音を立てて叩くようになる、そういった狂気の準備とか、そういった流れを踏まえてほしい。その辺が見えてこなかったのが、不満に思いました。

・村田氏の講評
 私は、この作品は主人公に関する情報がおそらくは意図的に削られているので、最初は精神しか情報がないような状態でずっと読んでいて。タイトルに『女』とあるので主人公は女かなと思いつつ、男なのか女なのか、大人なのか子どもなのかということがわからないまま読んでいて。面白いなと思い始めたのはやっぱり、主人公が机を叩きはじめてからで、でもそこから、ものすごく狂気のほうになだれ込んでいくのかと思ったら、いちじくを前にして、少し正気に戻っているような感じがあって。主人公の異常性みたいなものが、もっと振り切れていてもいいような気がしながら読んでいました。
 あと、冒頭が、主人公が月を見ながら歩いて、喫茶店に行くんですが、隣に座った、厚い化粧をした女というのがとても魅力的で気になりました。けわしい顔でこちらを見てきたり。不思議で希薄な存在の主人公のせいかもしれないんですが、この女のほうが魅力的で、主人公が机を叩きはじめたときに、この喫茶店という舞台で、厚化粧の女がいて、机を叩いている主人公がいて、何かが起きそうな舞台が揃ったなというところで、主人公が喫茶店を出ていってしまったので、ちょっと寂しい感じがしたというか。だったら喫茶店から始まってもいいのではないか、そのほうが世界観に入りやすいのではないか、という気がちょっとしました。
 あと、音について。「バン、バン」という擬音がよく使われているのが、少し気になりました。擬音はすごく細心の注意をはらって使うものだと思っているのですが、この「バン、バン」という音が、選び抜かれた「バン、バン」という音なのかどうか。オリジナルの音をここで作るというやり方もあると思うし、太宰治の「トカトントン」じゃないですけど、まったく違う音を使ってもいい。擬音というのは本当にとても大事なもので、しかもこうやって1行空きで使うんでしたら、「バン、バン」でもいいんですが、練りに練った、効果的な、唯一無二の「バン、バン」でなくてはいけないと思っていて。そういうところで、擬音のすごさみたいなものがもっと引き出されていると、もっと魅力的な小説になっていたのではないかと思いました。
 擬音のうまい作家といえば、宮沢賢治がまず思い浮かびますし、太宰治ももちろんそうです。私は大学の卒論が「文学作品とオノマトペ」みたいなテーマだったんですが、たとえば三島由紀夫が擬音を使うことに『文章読本』の中で否定的に述べていたことや、『金閣寺』の中で「つやつや」という擬態語を、老師のシーンとかで、すごく平凡な単語なんだけどすごく効果的なところに、いやらしく使っていたり、そういうことを卒論で書いて「自分には無理だな」と思ったので、できるだけ使わないようにしています。

◆松井薫香『散瞳逍遥』(30枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8568428
「私」は年に一度、眼の検査のために眼科を訪れる。点眼剤をさされて瞳孔が開いたまま、歪んで見える外に出る。タクシーを拾って家路につく間、亡くなった人たち(夫)や飼い猫を思い出し、中華料理店や骨董屋に寄り道しながら、これまで過ぎた時間とこれからの時間について思い、現実世界を愛おしく感じる。
 歳を重ねるごとに避けられない様々な別れにはしみじみするのだけれど、しっかり眼を見開いて、今日も、明日も、ぶらぶらとどこかへ出かけていこう、と「私」は思う。

・鳥嶋氏の講評
 最初に読んだとき、書かれている方は年配の方なんだろうか、若い方なんだろうかと思ったのですが、今日お会いしてみて、思ったよりずっと若い方だったので、作品により深みが増したような気がしました。
 私も眼底検査を受けたことがあって、瞳孔が開いたときの、世界があやふやになって不安感にさいなまれてしまうみたいな状況は、個人的によく理解できました。この、瞳に着目して書かれたというのがすごく印象的で、書かれる切り口として魅力的だと思いました。
 この小説の中で印象的なのが、タクシーの運転手さんとやり取りをするくだりなんですが、この会話のやり取りと、過去の思い出を行き来するあたりも含めて、時の流れと、視野がはっきりしないあやふやな感じが、うまくイメージとして掴まれていると思いました。もしかしたら、この小説はもっと短くてもよくて、その後に中華料理屋さんに行ったり骨董屋さんに行ったりという場面転換があるんですけど、私の中ではタクシーという設定がすごく活きてるなと思ったので、その土地土地を移動しながら、ふたりの会話が繰り広げられる中で、世界観が展開していく、みたいなこともできたのではないかと思いました。

・山田氏の講評
 私も拝読して、この主人公と同じぐらいの年代の方が書いていると思ったぐらい、ものすごくリアリティがあったので、作者の方がお若いのでたいへん驚きました。
 冒頭の、光のまぶしさとかも、自分で経験したことはないんですけど、その明るさとかきらきらした感じはすごく伝わってきて、本当にすごく読みやすかったです。冒頭から、これからの展開が楽しみになる作品でした。
 検査を受けてから家に帰るまでの逍遥の場面でも、時間の流れにとても意識的に書かれているんですが、ぶらぶらと逍遥しながらも時の流れをもう少し意識的に描けば、もっと立体感が出たのではないかという感じがしました。

・池上氏の講評
 松井さんはやっぱりうまいですよね。過去と現在を自由に行き来して、エピソードもさりげなく持ってきて、目に情景が焼きつく。亡くなってしまった人間から生きている人間、猫とか、そういったものが本当にうまく配置されていますよね。ラストでも、電車の中で時計がボーン、ボーンと鐘を鳴らすのが恥ずかしいんだけど、小さな男の子のためにひとつぐらいは鳴らしてあげてもいい、という優しさなんて、非常にうまいと思います。
 うまいのはわかっているので、あとはこれをどうやって長くするか、あるいは味のある長篇だとか連作というものに変えてほしいと思いました。
 なお、『散瞳逍遥』というのはちょっとタイトルとしては面倒臭いので、もっと短く、わかりやすいタイトルのほうがいいと思います。

・村田氏の講評
 私も、すごく細部が描かれていて、ものすごくうまい方だなと思って読んでいました。
 私は小説を書くとき、肉体というものをすごく大切なものだと思っているんですが、この小説は、肉体の、その中でもとくに目について描かれている。肉体というと、私は性愛とかそういう方面に走ってしまいがちなんですが、目に何かが起きる、その光景がすごく魅力的で、なので冒頭からすごく引き込まれました。
 目が不思議な状態になり、激しい光の中を、感覚だけを頼りに歩く。タクシーに乗って、光る玉が飛び散る中を進んでいく、という状態がすごく面白かった。なので、このものすごく魅力的な設定とシチュエーションで、その中でどんどん記憶が呼び起され、いくつか回想が混ざるんですが、いっぱいいろんな人が出てきて、最初はちょっと混乱する部分もあったというか。何でしょうね、思い出す人たちの中ではとくに夫のインパクトが強かったので、夫のエピソードをもっと読みたいなとか、欲張りな気持ちになってしまうんですよね。でも、娘さんのほうの回想になったりとか。そういうように、読者をちょっと欲張りな気持ちにさせてしまう部分があるかもしれないです。
 でも、この目の状態でふらふらしているというのが、ものすごく魅力的なシチュエーションだと思うので、どこかの場所に入ったときに、やっぱりそれがすごく気になる。ちょっと暗いラーメン屋さんに入って、ちょっと目が見えるようになる。背中が丸まっている、テレビが映っているというところも主人公は見ているんですが、私は「見えるようになったんだ、もう目薬の効き目は切れたのかな」とちょっと思ってしまいました。テレビまで見てらっしゃったので。でも、また光の下に出たらくらくらするので、ああよかった、というのも変ですが、まだ目がそういう状態にあることがわかって、最後に骨董店に入るシーンも、そのとき目がどのくらいの状態にあるのか、ちょっとわからなかった。主人公の身体の状態がすごく気になる、キーワードになっている小説だと思うので、もっとこの部分部分で、だんだん見えるようになってきたのか、光がだんだんつらくなくなってきたのか、という肉体の描写が最後のほうまで入っていても、魅力的なんじゃないかな、と思っていました。

◆ナミサトル『母たちへ』(48枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8568455
 漱一郎と別れた紗世は、喪失感に襲われ、仕事が手につかなくなった。急いでビザと有給を取得し、かねてから訪れたかったインドへと旅立った。それまで紗世は何もかも母親に打ち明けていたのに、今回は、漱一郎と別れたことも、インドへ旅行することも言えずにいた。
 三十五になるまで一度も恋愛を経験したことがなかった、中小企業の事務職をしている紗世。一方、漱一郎はどこか他人を軽蔑し、自己完結したところのある医者だった。将来を誓い合った二人の仲は、お互いの複雑な思いが交錯した挙句、ついに終息した。
 デリー、バラナシ、アグラを観光した紗世は、特急列車タージ・エクスプレスに乗り合わせた母娘に、幼かった頃の自分の姿を重ね合わせる。

・山田氏の講評
 文章のテンポがよくて、読みやすかったです。冒頭からインドの話で、紗世の行動力にわくわくしながら読みました。行動的で積極的に見える紗世が、恋愛では奥手で、すごく手痛い失恋をしていて、という落差も面白いし、漱一郎も、絶対つきあいたくないなと思わせる人間性があって、その描写もすばらしくて、嫌だなと思いながらも読み進めてしまう感じがありました。
 「優子」が実は母親だったり、意外に紗世が浮気をしていたりとか、それがさらっと打ち明けられるので、読んでいてすごく、いい意味での裏切りがあって、読んでいてこれからどうなっていくんだろうという感覚がありました。その人の中身のグラデーションというか、意外性のある人間性が出てくる感じも、すごく面白いと思いました。
 インドに重点を置くか、母たちに重点を置くか、というのは大きな問題だと思います。このタイトルにするのであれば、もっと母たちを効果的に。いまの状態だと、ナミさんが動かしたいようにお母さんを置いている感覚がしたので。もうちょっと、紗世が思う母親像だったり、紗世から見た母親の印象しかないので、もう少し具体性があったほうがよかったのかなとも思うし、逆にインドに重点を置くのであれば、タイトルを『インドへ』にして、エピソードをもっと盛り込んでもよかったと思います。

・鳥嶋氏の講評
 ものすごくストーリーがつかみやすくて、文章も読みやすくて、お話としてよくできているなと思ったのですけれども、最初の冒頭の部分、紗世が失恋をしてひとり旅をするという、そのくだりを読んだときに持っていた紗世のイメージというのが、もっとさばけたというか、母親との関係性とかあるにせよ、もっといろんなことに対して、振り切った形で乗り切る女性のようなイメージだったんですね。
 話の中で、紗世と漱一郎とのつきあい始めから、ふたりの関係が壊れるまでは、そこだけ取り上げてみると納得できる形なんですけど、紗世がインドへ行く前後の話と併せて見てみたときに、紗世が簡単に浮気をしてしまうということも含めて、意外で面白く裏切られるというよりも、キャラクターとしての一貫性のなさを感じてしまいました。
たとえば、漱一郎も紗世も違った形で母に縛られているという設定なんだけど、破局してから彼の母親のことを思うのであれば、紗世も、自分の母親に対してもう少し違った距離の取り方みたいなことも、ラストでするのではないかと思うんです。わりと、そういう書き方も、漱一郎が実は摂食障害だったというところも含めて、すごくステレオタイプな感じがしてしまって。
 だから、「母たちへ」というときに、漱一郎との別れを経た紗世が、「私は漱一郎とは違った形を取るんだから、母と訣別する」というふうなラストにするのかなと思ったら、同じところにまた吸い込まれてしまうような振り切れなさを感じたので、もう少し、紗世のキャラクター設定みたいなものを、違う形で読みたかったと思います。

・池上氏の講評
 これはインドに行く理由がわからない。インドに行かなくてもいいんじゃないかと思います。なぜかというと、「インドに行きます」と言いながら、その次のシーンがないんですよね。過去、過去、過去、とずっとバックギアーで、後ろのほうにばっかり行っていて前進しない。前進しない物語は、つまらないんです。この短い枚数で、前進しなくて、後退、後退、後退、ではぜんぜん面白くない。
 もう一点。この主人公にはぜんぜん一貫性がない。この作品でヒロインに浮気させてはダメです。浮気するならそれなりの伏線がほしい。ずっと男を責めている側の人間がいきなり「実は浮気しました」ではいけない。そういうところは、主人公の一貫した視点が必要なので、こういった危ういキャラクターならそのように描いてほしい。インドに行って男漁りをしまくるとか、そういうキャラクターならいいんだけど、どうみてもそういう人物ではなくて、浮気はしないだろうと思っていたら、実は読者の知らないところで浮気していました、というのでは、事件の提示やキャラクターの提示としては間違いでしょう。
 やっぱり構成がいびつですね。インドに行かなくてもいい話だし、『母たちへ』というタイトルになっている以上、そういう話にしてほしい。短篇はまず第1行目がタイトルなので、タイトルを読んでどんな話か想像させて、主人公や脇役たちがみんな、母との関係で話で進むのかと思ったら、そこが弱い。そこでまた裏切られてしまう。

・村田氏の講評
 私もちょっと、インドという場所と、主人公の恋人との関係というストーリーが分裂しているというか。そんなに心の葛藤がない、インド旅行をしている主人公がいて、過去にこういう恋愛でいろいろなすさまじい経験をしている、というふたつの物語が、現時点ではリンクしていないという感じがしました。
 でも、冒頭のインドの描写とか、私はすごく細部が面白くて。川に入っていく様子とかも魅力的で、このままずっと読めるなと思ったんですが、回想が入りながら旅をする物語なのかなと思ったら、ずっと回想だったので、ちょっと構成を変えてみると、ぜんぜんイメージが違う物語になるのかな、と思いました。
 50枚という枚数ではなく、もっと長い物語にするとか、回想の入れ方を変えてみるとか、ここからいろいろな物語に作り上げていく、いろいろな可能性に溢れた状態だと思いました。ここから様々なパターンの小説を完成させていける気がします。構成を、もっと楽しんで考えながら、そしてインドという場所と過去の回想とが共鳴するようなストーリーになったら、ものすごく素敵な物語になるのではないかな、と思って読みました。

※以上の講座に続き、後半では独自の世界観を生むに至る生い立ちや、小説を書くということへの強い思い、話題になったコンビニ生活などについて、語っていただきました。そちらの模様は、本サイト内「その人の素顔」をご覧ください。

【講師プロフィール】
◆村田沙耶香(むらた・さやか)氏
 1979年、千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術学科卒。2003年「授乳」で第46回群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。09年『ギンイロノウタ』で第31回野間文芸新人賞受賞。13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞受賞。著書に『授乳』『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』。昨年の暮れに出た新作『消滅世界』(河出書房新社)は各紙誌で絶賛され、中村文則に「さすが村田沙耶香。この作家はすごい」と激賞された。今年7月『コンビニ人間』(文藝春秋)で第155回芥川賞を受賞。注目の女性作家である。

●「コンビニ人間」 (文藝春秋)
※第155回 芥川賞受賞


●「ギンイロノウタ」 (新潮文庫)
※第31回 野間文芸新人賞受賞

●「しろいろの街の、その骨の体温の」  (朝日文庫)
※第26回三島由紀夫賞受賞

●「消滅世界」  (河出書房新社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4309024327/

●「ハコブネ」  (集英社文庫)


●「星が吸う水」  (講談社文庫)

●「授乳」  (講談社文庫)

●「マウス」  (講談社文庫)

●「殺人出産」  (講談社文庫)

●「タダイマトビラ」  (新潮社)

●「文學界」(文藝春秋) 2016年9月号
※「新芥川賞作家 村田沙耶香」特集号
https://www.amazon.co.jp//dp/B01ITSPF0O

話題に上った作品
●宮原昭夫 「誰かが触った」 (角川文庫)  
※第67回(1972年上半期)芥川賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B000J990E4/

●山田詠美「学問」 (新潮文庫)
※解説=村田沙耶香
https://www.amazon.co.jp//dp/4101036268/

●島本理生「七緒のために」 (講談社文庫)
※解説=村田沙耶香

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