「エッセイに大切なのは書き出しと終わりです。推敲するときは、まずいらない言葉を削っていく作業から始めると、構成を考えるのにも役立ちます」

 7月の講師には、酒井順子氏をお迎えした。

 1966年東京都出身。立教大学卒。高校在学中から雑誌に連載を持ち、大学及び3年間の会社員時代も旺盛に執筆、円満退社後、筆一本に。2003年刊行のエッセイ『負け犬の遠吠え』で講談社エッセイ賞・婦人公論文芸賞を受賞。著作多数。

 また、ゲストとして須田美音氏(講談社)、藤田有希子氏(KADOKAWA)、福島歩氏(新潮社)をお迎えした。

 講座はまず、世話人を務める池上冬樹氏(文芸評論家)が講師を紹介して始まった。

「今日は日本を代表するエッセイストの酒井順子さんをお招きしました。エッセイを専門に取り上げる講座をやりたいと前から思っていたのですが、ようやく実現できました。今回はすべてエッセイです。講評はフリートーク形式でやりますので、どうぞよろしくお願いします。酒井さん、山形にいらっしゃるのは初めてですか」

 続いて酒井氏のあいさつ。

「酒井順子です、今日はよろしくお願いします。東北にはよく来るので、山形県にもしばしばうかがっています。私は鉄道が好きで、米坂線とか冬によく乗りに来ていたりするんです。小学館文庫から出ている『来ちゃった』という本があるんですが、そのときもいろいろと巡っていましたね。あと、ここ数年はとくに日本海側を旅していて、そのことを書いたのが『裏が、幸せ』(小学館)という本だったんですけど。昔の言い方ですと表日本(太平洋側)、裏日本(日本海側)というんですけど、今は“裏”が幸せなんじゃないか、ということで書いてみました。今はマスコミ的には使ってはいけない言葉になっているんですけどね」

 今回のテキストは、6人の書き手によるエッセイが8本。

・佐竹幸子「加藤とよさん」15枚
・座光寺修美「傘寿」7枚
・新堂麻弥「ホットフラッシュなんていらねえよ」5枚「やればできる子」6枚
・浅田智有「きぃ~ん!」5枚
・古間恵一「饐える」5枚
・河田充恵「お玉さんとブンちゃんと」9枚「欅」11枚

◆佐竹幸子「加藤とよさん」(15枚)
 筆者の年上の友人であり、短歌教室の仲間でもある加藤さんとの交流を描いたエッセイ。佐竹氏の持ち味である山形弁のまろやかな響きや、短歌や詩の引用によって、加藤さんの人柄が読み手に伝わってくる。
・池上氏 では、今日はフリートーク形式でいきます。須田さんは、お読みになってどうでしたか。

・須田氏 書き手の思いが伝わってくる作品ですね。26歳上のお友だちのことを大切に書いた作品なんだな、ということが文章から伝わってきました。「私」は短歌がきっかけでとよさんと仲良くなり、とよさんが母親から聞いた2篇の詩や、『加賀の菊酒』というお伽話を教えてもらうというように、言葉でつながっている関係を描いているところが、とても良いなと思いました。
 くわしくは書いていないんですけど、最後にとよさんが、今は家にこもってしまっていることが匂わせてあって、その寂しくて切ない感じが印象に残りました。

・池上氏 このラストの書き方はどうですかね。もうちょっと踏み込んで書いてもいいんじゃないかと思うんですが。

・須田氏 そうですね、読者としては気になるところです。

・池上氏 気になりますよね。何か会話が欲しいというか。寝たきり、ということですか? (※このあと池上氏と佐竹氏の山形弁の会話が続く)。寝たきりではなくて、デイサービスに通ってるそうです。藤田さんはいかがでしたか?

・藤田氏 私は秋田出身なものですから、今日はみなさんにつられて秋田弁でしゃべりてぐなるな(東北なまりで)、という感じです(笑)。さて、佐竹さんの作品は、とよさんとの友情がとても深く伝わってきました。とよさんのことが本当にお好きなんだな、ということがよく表れていて、頭からお尻までしみじみとした気持ちで読ませていただきました。今お話に出たように、最後はほんのひと言ふた言でいいので、今のとよさんのことを書いていただいたらよかったなと思いました。あと、時間の経過が、ところどころわからなくなります。これは現在? これは過去? と、微妙にわかりづらく混乱するところがあるので、時間の経過はていねいに書かれるともっとよくなると……。途中で引っ掛かると読者の気持ちがなえてしまうのでその点は気を付けられるといいと思います。

・福島氏 私も時間の経過は気になるところがありました。とよさんという人がとても魅力的で、たぶん作者の方はどの時代でもとよさんの魅力をよくわかっていらっしゃると思うんですけど、われわれはとよさんのことを知らないので、そういう前提で書いていただけたら、エッセイとしてさらにふくらみが出ると思います。とよさんが目の前にいるように思い浮んでくるので、時間経過のわからなさが少しもったいなかったかな、と思いました。

・酒井氏 問題点としては、今みなさんがおっしゃった2点に集約されると思います。今回、みなさんの作品それぞれがレベルが高いなと思ったんですけど、そのベースがどこにあるのか、みたいなことが、この作品からわかる気がしました。みなさんこのように、短歌に熱心に取り組んでいらっしゃったりとか、日常生活の中に文学的なものを見出していらっしゃる。とよさんもそんなに、いろんなところに積極的に出かけられたという方ではないと思うんですけど、ご自分の暮らしの中から、世界が広がっていく様ですね。小さいものを見つめる目が、文学として結実していく様がよくわかります。
 山形には文芸的な土壌みたいなものがあるのだと思いますが、とよさんのお母さんから教わった「ポーランド懐古」と「ピラミッド」という、詩のようなものが伝わってきていますね。それが、お母さんからとよさんへ、とよさんから佐竹さんへ、そしてさらに佐竹さんから私たちへ伝わってくる、というところにロマンチックな感じをおぼえました。

・池上氏 この「ポーランド懐古」というのは誰の作品なんですか?

・佐竹氏 誰の作品なのかは書かれてなかったんですけど、とよさんに聞いても、短歌をやってる仲間のみなさんに聞いてもみんな知らないというので、だいぶ昔の教科書に載っていたものだと思います。

・池上氏 誰か知ってる人いますか?

(挙手する人なし)

 これは僕も初めて読みましたが、すごくいい詩ですね。調べる時間がなかったので、いつ書かれたものなのかはわかりませんが。

(※編集部註:1892年に、在独公使館付き武官の福島安正陸軍中佐が、任期満了のため帰国する際、ベルリンからポーランドを経てウラジオストクまで、馬で大陸を単独横断し、実地調査を行った。この冒険行の記録を、国文学者の落合直文が長詩にしたもののうち、ポーランドについての箇所が作曲者不詳の歌となって、昭和の戦中に至るまで、広く人口に膾炙したものである)

 こういった、短歌や詩を引用して世界を作るというのは、よくあるパターンではあるんですけど、やっぱり佐竹さんはもともと短歌をやっている人なので、こういう引用によって作品は広がってきます。これからもいっぱい書いてください。
 実際の話を書くといろいろ差しさわりはあるでしょうけど、多少、時系列を入れ替えたり、最後に過去の挿話をもってきてイメージを定着させるなど、着地の方法はいくらでもありますので、それを試みてください。

◆座光寺修美「傘寿」(7枚)
 80歳を迎えた筆者は、常日頃から老いを自覚しており、人生の終わりについて考えるようになった。
 そんなある日、コンビニのコピー機に銀行の預金通帳を置き忘れてしまう。筆者はあわてて紛失の手続きをするが……。
・池上氏 これは最初に読点の打ち間違いがありますね。「わたしは、八十歳でひとり暮らしをして、十一年目になります」。これだと、現在は九十一歳ということになってしまう。点の打ち方は大事なんです、ここは「わたしは八十歳で、ひとり暮らしをして十一年目になります」にしましょう。
 それから、最後の1行「老いをしっかり抱きしめた」、このフレーズはちょっとクサイですね(笑)。座光寺さんの作品は前からいくつも読んでいますが、このフレーズはちょっと狙いすぎかな。もうちょっと別な表現を考えましょう。この作品には合ってるかもしれないけど、何かイイ子で、格好つけてる感じがするんです。「老いを抱きしめる」というより、意識を外側に向けて、自分の心情を風景に投影させたほうが絶対にいいです。昔から日本の文学では、風景に気持ちを投影させて、あからさまに語らないという手法がありますが、そのほうが美しくなるんではないかと思いました。

・福島氏 私は、最後の一文はいいと思いました。老いに対する戸惑いとか、自分に対するダメ出しとか、そういうものが吐露されていて、自分のことがイヤになってしまったのかなと思いきや「老いをしっかり抱きしめた」というところで、そういうのを全部ひっくるめて自分だと認めている感じがして、この一文は好きでした。

・藤田氏 私は未婚で一人暮らしなものですから、将来、自分もちゃんとせねばと思いました(笑)。
 座光寺さんは感情の変化を淡々と書いてらっしゃるように感じたのですが、淡々と書かれることで逆に激しい感情になっていて、それが心に深く入ってきました。ただ、ですます調とである調が混在するなど未整理な部分があるので、そこはもっと効果的な使い方を考えて、ブラッシュアップしていただければと思いました。
 いちばん感動したのは、普通こういうストーリーなら「なくした通帳が見つかってよかったよかった」という終わり方になると思うんですが、最後が問題提起になっているところです。読者に問いかけもなさっているし、ご自分の将来の問題としても抱えていらっしゃるし、そんなところがすごくいいなと思いました。

・須田氏 池上さんがおっしゃったように、私は1行目で、書き手の方は91歳なのかと思ってしまいまして、先ほど頭の中で修正したところです(笑)。80歳でひとりで暮らしている日常からふと湧き起こってくる不安が、全体的によく伝わってくる作品でした。
 若い人でもコンビニのコピー機には忘れ物をしがちですから、そんなに落ち込むことでもないかなとは個人的に思ったんですが、日常生活において今までの自分ならやらなかった失敗から、ふと不安が兆すという導入は見事ですね。ひとつリクエストをするとしたら、その不安という感情についてもっと克明に言葉で書いてもいいのではないかと思います。
 通帳を誰かが届けてくれたことを最後にさらっと書いていらっしゃるんですが、この出来事についてもっと書いて良いんじゃないかなと。匿名の人が示してくれた善意が、自分に対して湧き起こってきた不安とコントラストになっているので、それを明確に出すと、さらに面白いエッセイになるのではないかと思いました。

・酒井氏 今、高齢の方のエッセイってとても多いんですよね。ただ、そういうエッセイって「こんなに元気です!」みたいな感じで、瀬戸内寂聴先生をはじめ、老いを見つめつつ、かくしゃくとしていらっしゃる姿を描くことが多いんですけど、このように、具体的な失敗例みたいなものを出していただけると、ほかの方々にとってある種の注意喚起にもなるし、共感も得られると思いました。
 ですます調とである調の混在はあるんですけど、私なんかが読むと、である調のところに非常に緊迫した感じがあって、プロの文章にはあり得ないんですけど、こういう一般の方が書く文章ならではの混乱気味なところから緊迫感が伝わってきて、私としてはそこを面白く読みました。
 あと、最後の「老いを抱きしめる」ところなんですけど、その前段階に、通帳の重さは「持ち主にしかわからないのだ」という文章がひとつありまして、私はこの文章も効いているなと思いました。これがあるからこそ、重みごと「老いを抱きしめる」というふうに、最後の一文がうまく響いてくるような気がして。私は、このまとめ方はすごくお上手だなと思いました。

・池上氏 座光寺さんは失敗をエッセイに書くことが多くて、前回はシートベルトを締め忘れて警官に止められた話だったんですよね(笑)。酒井さんはエッセイ教室などもやられていると思いますが、やはり自慢話のほうが多いんですか。

・酒井氏 いえ、私はエッセイ教室ってやったことないんですけど、ただ、やはりエッセイのネタにしやすいのは失敗ですよね。成功体験を書いていると自慢にしか見えないので、マイナスの体験のほうが書きやすいし読むほうとしても面白いです。あと、書いている本人にとっても、マイナスの体験を吐き出すことによって自分がすっきりするんですよね。精神的な重荷を減らすための、ひとつの健康法にもなるかもしれないですね。

◆新堂麻弥「ホットフラッシュなんていらねえよ」(5枚)「やればできる子」(6枚)
 更年期を迎えた筆者が、常備薬の副作用によるホットフラッシュ(ほてりや発汗)に悩まされる「ホットフラッシュなんていらねえよ」、運動嫌いだった筆者がジムに通い始め、ダンスができるようになってから運動が楽しくなってくる気持ちの変化を描いた「やればできる子」の2篇。
・池上氏 新堂さんはこの講座ではいちばん多くエッセイを出しています。これは後半のトークショーでもうかがいますが、エッセイというのは、自分語りにするか、あるいは普遍的な話に持っていくか、という着地点があるんです。新堂さんは、最初から最後まで自分語り(笑)。自分を見てください、という感じなんですよね。では藤田さんお願いします。

・藤田氏 新堂さんに今日お目にかかって、こういう方だったんだな、イメージ通りだなと思いました(笑)。お元気なご自分の性格が出ているエッセイだと思います。
 まず「ホットフラッシュ」のほうは、その現象を知らない人にもわかるように、説明をひと言入れたほうがいいかなと思ったのと、あと、せっかく素敵なお母さんが出てらっしゃるので、お母さんの話をもっと膨らませてもいいかなと思いました。お母さんと自分との比較、お母さんへの思いを書かれたほうが、新堂さんのキャラクターをより引き立たせると思います。そして、これはお母さんの物語になるかもしれない、そういう可能性を感じさせる物語でした。
 ラストの文章、「責めないでおくれ」とか「だからね」みたいなところですが、誰に向けた言葉なのかもう少し使い方を考えられたらどうでしょうか。たとえば、お母さんのことを書いた文章でお母さんに向けた言葉だとしたらすごく引き立つんですけど、ただのノリで書きっぱなしになると、ややもするとひとりよがりに見られて損なので、そこはていねいに書かれるといいかなと思いました。
 「やればできる子」のほうは、これまでなぜ運動が続かなかったのか、そこがはっきりしないので、せっかくの「ランニングマンができるようになった」という快挙が引き立たなくなっています。なので、なぜ今まで自分は運動を続けられなかったのか、そこをもっと丁寧にお書きになるといいと思います。
 でも、全体に元気なエッセイで、読んでいてとても楽しかったです。

・須田氏 2本とも、書き手のお人柄や性格が伝わってくるような文章なので、今日お会いするのが楽しみでした(笑)。
 2本に共通して言えることなのですが、タイトルになっている部分より、他のところに気になるテーマや内容が出てきているんですね。「ホットフラッシュなんていらねえよ」では、ホットフラッシュのことよりも、昔から老け顔と言われていたのに今は若いと言われるようになった、という変化の話の方が面白くて、見た目年齢を実年齢がいつ追い越したのか気になりましたし、バスガイドをしていたときのお話も、もっと読みたいなと思いました。更年期障害がなかったというお母さんの話はさらりとしか出てきませんが、このお母さんと娘の間には何かありそうだな、と予感させる書き方だったので、そちらをメインにして書いても面白いかもしれません。
 もう1本の「やればできる子」も同じで、運動がだんだん楽しくなってきたお話よりも、「うさちゅう」と呼んでいる旦那さんとの関係のほうが気になりました。あと、ランニングマンができるようになるまでだけに絞って書いても面白かったのではないかなと。
2本ともご本人が面白いと思って書いたのではないところに、もしかしたら面白いネタが潜んでいるのかもしれないです。

・池上氏 これは僕の説明不足ですが、新堂さんは過去に、旦那さん「うさちゅう」のことも、お母さんのこともいっぱい書いているんです。なので、今回は抑えちゃったんですよね。うさちゅうの話は何度も読まされましたし(笑)、お母さんの話も面白かったんですけど、今回は抑え気味になっているんです。

・福島氏 私も笑わされましたけど、この枚数の中で、ものすごく多くのネタを投入しているんですね。だから、もっと出し惜しみしていいというか、ひとつのことをもうちょっと掘り下げて深く書いて、それでいろんな自分を表現できたら、新堂さんという人間がさらに面白く立ち上がってくるんじゃないかと思います。安売りしてしまっているようでもったいないなと思ったのが、正直なところです。

・池上氏 確かに、ネタはいっぱいあるんですよね。で、ネタはあるんだけど、結局は自分語りに終始しているので、ネタがふくらまないという感想を持つんですね。「やればできる子」は、テンポもいいし面白いしさっそうとしているんだけど、「それだけ?」という感じがするんですね。僕は「ホットフラッシュなんていらねえよ」のほうが面白いと思いました。威勢がよくて、気持ちよくて面白いんだけど、もう少し普遍的な話に、情報もいれて、まとめてもよかったのではないかと思います。
 そういった、自分語りと情報の兼ね合いについて、酒井さん、どうですか。

・酒井氏 そうですね、「ホットフラッシュ」は、私も更年期年代なので、興味を持つ方はいっぱいいると思いますし、「ホットフラッシュなんていらねえよ」というタイトルのさらに奥に、何かあるのかなと思ったら、わりとタイトルどおりの(笑)「ホットフラッシュつらい」という話だったので、もうひと段落の深みがあるといいな、と思います。あと、ホットフラッシュの話だとしたら、3段落目の「中学生のころから老け顔で」というところから始めたほうが、面白かったかなと私は思いました。ここから始めて、老け顔だったんだけど若くみられるようになりました、としたほうが、つなぎがスムーズかなと思います。
 「やればできる子」のほうもそうなんですけど、違うネタをつなげていくというのはけっこう高度な技術なので、いっぱいネタを詰め込みすぎかもしれません。この枚数だったら2ネタか3ネタでよかったと思います。それとスポーツジムのお話ですが、すごくいっぱい運動をやってらっしゃってるようですが、そのあたりに時系列の混乱を感じました。今年の4月からスポーツクラブでまじめにトレーニングをやり始めた、とあったりとか、筋トレを始めたのは2年前からだったりとか、あと、どうやらヨガとかピラティスとかもやっていたりとかいろんなことをやっていらして、その辺の視点がぶれてしまっていて、本当に書きたいことは何なのか、が薄れてしまう。
 たとえば、何かやり出して体重がこれぐらい減った、とか具体的な数字みたいなものが入っていると、もっと引き込まれる文章になると思いました。

・池上氏 たしかに、具体的な数字や比較検討、それから時代の違いとか、そういう問題をちょこちょこと入れるだけでも、読み手の親近感は増しますね。そういった書き方の見本として、後半では、酒井さんのエッセイをお手本にしてみなさんにご紹介しますので、お楽しみに。

◆浅田智有「きぃ~ん!」(5枚)
 夏はやっぱりかき氷! という書き出しに始まり、冷たいものを食べたときに頭が「キーン」となる現象から、歯科医が虫歯を削る器具の音、アニメの主人公が走るときの擬音まで、「きい~ん!」をキーワードに軽妙に綴る。元は、歯科医である筆者が、患者や関係者向けのニュースレターに掲載したコラムを、エッセイに仕立て直したもの。

・福島氏 「きぃ~ん!」という言葉で3つのネタをうまくつなげているのはお上手だと思いました。ただ、最初は言葉遣いから、若い女の子が書いてるのかなと思って読んでいたら「30年も歯科医師をやっている」と出てきて、ギョッとしてしまったんです(笑)。これは失礼しました、みたいな感じで。なので、この文体は、あえてそうしているのかもしれないんですけど、やはり年相応にする一考の余地はあると思います。
 もともと歯科医院のニュースレターだったそうなので、あまり敷居を高くするのも合わないかとは思うんですけど、文体と歯医者さんの専門的な言葉が乖離していて、それがまた面白味につながる可能性もありますが、少し違和感をおぼえてしまいました。

・池上氏 浅田さんは僕の主治医でして(笑)、最初から知ってるんですけど、この文体はちょっと若作りというか、無理があるなと思いました。もっと普通でいいんじゃないかな。とくに最後の「バイちゃ!」はないでしょう(笑)。落ち着いた普通の言葉で書いたほうが、この内容に合ってると思うし、いちばん説得力を持つのは歯医者の経験談と知識なので、そこで文体が変わると落差が大きくて「えっ」と思ってしまう。やっぱり文体をどう使うか、よく考えて書いたほうがいいと思います。

・須田氏 私も女性が書いたのかなと思って読んでいました。あと全体的にブログっぽい文章で、誰かに呼びかけているような書き方をなさっているので、ニュースレターだと伺って腑に落ちました。でも、アイスクリーム頭痛や歯科用エアタービンの説明が始まるところで、文章がいかにも説明文という調子になってしまい、読者はその落差についていけないのでもったいないです。軽やかな文章か、歯科医の先生らしい落ち着いた文章か、どちらかに全体を統一した上で、もっと独自の文体にできたら面白いですね。
 ただ、さっき福島さんもおっしゃいましたが、タイトルになっている「きぃ~ん!」というキーワードひとつで3つの話をつなげていくのは、高度な技だなと思います。擬態語、擬音語、セリフというように、このなんてことのない言葉に3つ意味があることを、一編の軽やかなエッセイにできたら、それはけっこうな職人技なのではないかと思いました。

・藤田氏の講評 みなさんおっしゃっていますが、私も今の今まで女性が書いたんだと思っていたので、著者の方を見て仰天いたしました(笑)。
 それで……、何を書きたいのかという一つの柱がないとつらいと思います。この作品は「きぃ~ん!」という言葉でつないではいるんですが、つなぎ方が中途半端なので、何をおっしゃりたいのかいまいち伝わってこないんですね。歯科医師としての啓蒙であるとか、そういった柱が何か一本あったほうがよかったなと思いました。
 頭のかき氷の話と、2番目の歯科の機械の話まではいいとしても……最後のまとめがアラレちゃんでなければ、また違った印象になったとは思うのですが……。アラレちゃんじゃないほうがいいですよね(笑)。

・酒井氏 私はまず「昭和軽薄体」という言葉を久しぶりに思い出しまして(笑)。たぶん浅田さん、私と同年代だと思うんです。年代が文章に出ているな、と思って。私たちが若いころ流行ったエッセイの、軽みの出し方、ふざけ方というのを懐かしく思い出させていただきました。エッセイってこういうふうに年代が出やすいんですね。それが味になっている場合はいいんですけど、これぐらいの古さだと腐りかけな感じがして(笑)、ちょっと恥ずかしくなった、というところがありましたね。
 あと、終わり方についてはみなさんおっしゃったところなんですけど、エッセイでもうひとつ大切なのは、最初の書き出しですね。この「夏はやっぱりかき氷!」というのは、いらないと思いました。これは全員そう思っていることなので。私もいまだに、当たり前の事実から書き出してしまいたくなりますが、それは読み手の興味を萎えさせがちです。もしかすると、2行目もいらないかもしれない。最初から「私はイチゴミルク派だ」と始めたほうが、この人はかき氷がとても好きなんだな、とよくわかる感じがしますし、切り込み方としても、印象が深まると思いました。
 書き出しのみならず、なくてもいい文章とかなくてもいい言葉って、エッセイを書いてみるとたくさんあると思うので、構成うんぬんよりも、まず最初の推敲のときにその辺を削っていく作業から始めると、あとから構成を考えるときにも、うまくいくと思います。

◆古間恵一「饐える」(5枚)
 冷蔵庫や電子ジャーがなかった筆者の幼少期、古くなって饐(す)えたご飯は、井戸水をかけて「水まま」にして食べていた。よそ行きの食べ物とはいえない水ままと、少年時代の思い出を、水に絡めて綴ったエッセイ。

・池上氏 この「水まま」または「水まんま」というのは、よその地方の方は「なんて貧しい食事だろう」と思うかもしれませんが、山形では昔から当たり前に食べているメニューで、テレビの「秘密のケンミンSHOW」でも取り上げられているんです。「全国お手軽グルメ祭り」のベスト1でした(笑)。でも、テレビでは水道の水をかけて食べていましたが、あれではいけません。これは井戸水でないといけない。クーラーが効いている部屋で食べてもうまくない。冷たい井戸端でないと。井戸の水は夏はとても冷たくて、冬は温かいんです。僕の家ではいまだに井戸水がでますが、もう金気(かなけ)が強くて飲めなくなった。でも夏の井戸端は涼しいですよ。水も冷たい。暑い中で、冷たくて綺麗な井戸水にさらしたご飯に、ものすごく塩分の強いキュウリやナスの漬物をそえて食べるというのが、夏の定番メニューだったんですね。キュウリやナスをまるごとぼりぼりかじりながらね。

・須田氏 私は「水まま」という食べ方はこのエッセイを読んで初めて知りました。エッセイの書き方のひとつとして、読み手があまり知らないことを題材にする方法があると思うんです。ただその場合に難しいのは、このエッセイでいえば水ままですけど、扱う題材がどのくらい一般的なものなのか、書き手が客観的な視線を持って書かないといけないんですね。たとえば、この作品を地元の方が読んだら「ああ、水ままのことね」と普通に読めると思うんですけど、私のように初めてこの言葉を知る人間は、戸惑いを持ったまま最後まで読むことになるので、そういった題材について書くのは難しいなと改めて思いました。
 それから、この作品には「饐える」というタイトルが付いていますが、幼少期に食べた水ままの話で始まり、中高時代の部活で水を隠れて飲んだエピソードが続き、「水」つながりになっているんですよね。「水」の連想で2つのエピソードをつなげてそのまま終わってしまうのかな、と心配して読んでいたら、最後にきちんとタイトルにもある「饐える」という言葉を出していたのでほっとしました。きちんと1本のエッセイにしようという意思が感じられたので。
 あとは、細かいことですがちょっと誤字が多いかなと。読み手のことを考えての推敲がもう少し必要かなと思います。

・藤田氏 私は秋田出身なので、自分の小さい子どものころを思い出しました。秋田の方言では、ご飯が饐えることを「あめる」と言いますが、そうなってしまう前の冷えたご飯に水をかけてさらさらと食べていました。漬物を秋田では「がっこ」と呼ぶんですが、ナスやキュウリのがっこや、キュウリに味噌をつけたものと一緒に、暑くて食欲のない日に食べさせられていたな、というのも思い出しまして。そういう感動が、読んでいて広がっていったものですから、テキストのあちこちに「GOOD!」「GOOD!」と書いてあります(笑)。なので私の意見は参考になりませんから(笑)、他の方の意見をどうぞ。
・福島氏 私は神奈川県出身で、水ままというのは全く食べたこともなかったんですけど、読んでいって、古間さんの夏の思い出というのが鮮明に目の前に浮かんできました。というのも、自分も夏休みってこうだったな、学生時代ってこうだったな、というふうに、思い出そのものは共有していないんですけど、共感できる部分はすごくあって、エッセイとしてそこをとても面白く読みました。
 タイトルですが、さわやかな内容とはちょっと合っていないですね。「饐える」という単語を目にしたときに、饐えた匂いなどをイメージして、ちょっとイヤだなと思ってしまったんです。そのイヤさを出したい内容であればいいのですが、タイトルというのは、エッセイでも小説でも作品の入り口なので、よく考えたほうがいいと思います。

・酒井氏 私は逆に、「饐える」というのがとても強い言葉なので、何でも腐らせていってしまう夏の湿度と、気温と、うだるような感じ、腐っていく感じをもっと読みたかったという感じがしまして。わりと途中まではさわやかで、たぶん食べ物のことと運動部のことをつなげるというのは、理屈に合わないことを強いられるのがイヤだ、というところに一歩入っているわけですけど、その辺のイヤーな感じの、さっきも言ったマイナスの感情みたいなものをもう少し押し出されると、このタイトルにもっと合う内容になったのではないかと思います。
 あとひとつ、わからなかったのが最後の文章で、「若い時の饐えた記憶はない」とあるんですけど、これは、若いころはいい思い出ばっかりだったのか、それとも、若いころの思い出は今になっても腐ってはいないんだよ、という意味なのか。そこがちょっとよくわからなかったので、その辺が余韻としては残りますが、もう少しきちんと知りたいという感じがしました。

◆河田充恵 「お玉さんとブンちゃんと」(9枚)「欅」(11枚)
 伊豆の温泉宿「こばと荘」の板場にやってきた、真面目で若いブンちゃんと、洗い場で働いていたポン引きが本業のお玉さんとの交流を描いた「お玉さんとブンちゃんと」。
 次女が生まれて間もなく引っ越したマンションのベランダから、隣の敷地内が見えた。小屋のような古ぼけた家と庭に繁る木があった。その中に、ひょろりと危なっかしいような木があった。それがなんとか一人前の若木になる頃、隣家に買い手がつく「欅」の2篇。

・藤田氏 まず、とてもお上手だなあと感心して拝読しました。書き慣れていらっしゃるし、構成力もあると思いますし、文章もとてもお上手だと思いました。
 問題点としては、ご本人もわかっていらっしゃると思うのですが、「お玉さんとブンちゃん」のほうでは、作者がどんな立場にあるのかわからなくて、これは誰の話なんだろう、これは小説なんだろうか、と読み始めは悩んだものですから、ご自身のお立場がどういうものなのかを最初に書いていただきたかったです。
 それから事実関係はよくわかったのですが、ご本人の気持ちが入っていないように感じられました。これだけの物語なので当時何をお感じになったのか、今はどのようなことを思っていらっしゃるのか、エッセイですからそこをいちばん書いていただきたいなと思いました。
「欅」のほうは、時間経過がよくわからないところがありましたので、文章に入りづらかったです。すごくいいテーマだと思うので、そこはとてももったいなかったですね。でもご自身もその辺はよくわかっていらっしゃるようですので、もう一度書き直してみられるといいと思います。

・須田氏 2本とも小説のような趣がある作品で、文章も巧みですし非常に印象に残りました。
 まず「お玉さんとブンちゃんと」は三人称の小説のように始まり、途中まで語り手の姿が透明のまま進んでいくんですけど、唐突に「父と母」という言葉が出てきて、語り手の実家の話であることが分かるため、急に語り手の存在が浮かび上がる印象がありました。エッセイは語り手がいることをはっきり出す必要がありますから、小説なのかエッセイなのか曖昧なまま進んでしまうのが、もったいないなと思いました。
 お玉さんという人物はとても魅力的で、目に浮かぶような描写をしていて惹きつけられたんですが、途中からブンちゃんが出てくるとお玉さんはあまり出てこなくなり、最終的にはブンちゃんの話という印象で終わってしまいます。せっかく「お玉さんとブンちゃんと」というタイトルになさっているので、間に語り手を挟んでも良いですから、この二人の関わり方がもっと中心にあると良かったと思います。
 もう1本の「欅」も小説のような文章で、植物や隣の家の描写などが上手だなと思って拝読しました。途中、長女と次女の成長ぶりで、あっという間に何年も経過していることがわかるという、なかなか高度な書き方をされていますね。語り手の感情は書かれていないんですが、小鳥や木の様子などでなんとなく感情を伝えるというのは、かなり小説的な手法です。エッセイとして書く場合は、もっと語り手の感情を文章にしてもいいのかなと思います。書く内容によって小説なのかエッセイなのかはっきり分けたほうがいいのではないでしょうか。

・福島氏 私も、おふたりとだいたい同じなんですけど、2つともけっこうな時間の流れる、大河ドラマだと思うんですね。その中で、あまり重みを感じさせない、ふわりとした書き方をされているのはすごいと思います。ただ、逆にさらりと流してしまうのがもったいかな、というようにも感じました。お玉さんもブンちゃんも魅力的ですし、もうひとりの、山本さんという年老いた板前さんもすごく味のある人だと思うので、この人たちの、ひとつひとつのエピソードをもっとていねいに読んでみたいと思いました。あと「欅」のほうは、「欅」と題するのであれば、欅から見た家族の成長みたいな、欅の視点がもっと出てくるといいのではないかと思いました。

・池上氏 とくに「欅」のほうなんですが、読点がなくて読みづらい部分が多かったですね。「その木が欅であることが分かったのはしばらく経ってからである」、ここは「その木が欅であることが分かったのは、」と点をひとつ入れるだけで、落ち着いて読めるようになりますから。この落ち着いた世界だったら、点を入れて、ゆっくり読ませたほうが、読者にイメージが湧きやすいです。
 あと、変に言葉を繰り返したりしないほうがいいと思いますね。ラストの「掘り返され、なお掘り返されて」というあたりも、ここは「一晩中降り続いた大雨にしとど打たれた庭の土は、掘り返され、黒々と」というふうにさっと書いたほうが、この作品の、しっとり落ち着いた感じが伝わってきます。言葉を増やすと、大げさになるんですよね。謳いたい部分もあるんでしょうけど、ここは謳いあげずに、さっと書いたほうがいいのではないかな、と思いました。
 いいのは「お玉さんとブンちゃんと」のほうですね。ラストの、お玉さんのセリフがいいです。ブンちゃんがなぜアル中になったかというのが、一発でわかる。狭い町で、女性が買えないと遊びができない、酒に逃げるしかない、寂しい男の生き様みたいなものが、非常にゆっくり、最後に浮かび上がってくる。その辺の人間関係、力関係というのが、最後の台詞に凝縮されている。やっぱり昔の女性は強かったんだな、ブンちゃんは頭が上がらなかったんだな、というのがよくわかります。

・酒井氏 やはりキャラクターが立っているという意味で、「お玉さんとブンちゃんと」のほうを、より面白く読みました。とてもレベルの高い、ふたつの作品だったと思います。
 さっきから私は書き出しと終わりのことばかり言ってますけれども、この作品の「お玉さんの本業はポン引きであった」というので、一気に引き込まれます。ポン引きをやってる女の人ってどんな感じなんだろう、とどんどん読み進めていきたくなる、見事な書き出しだと思います。あと、ブンちゃんがだんだんお酒におぼれるようになってきたところで、だんだんとステンレスがくもり出したり、布巾がくすんでいったりなど、そういった、付帯的な状況で彼がお酒にはまっていく様を表現される手法も、見事です。
 「欅」のほうなんですが、やはり「お玉さんとブンちゃんと」に比べると、おとなしい印象があるんですが、私がここで少し分かりにくかったのは、時の流れですかね。長女は中学生になっていた、というところの前と後ろで時が流れていたのかと思ったら、ここでは流れていなくて、あと、次には次女が高校生になった、というので、違う人の成長が折々に出てくるんですね。なので、全体の流れが、さっと読んだときには少しわかりづらいところがあったと思います。

※以上の講評に続き、後半では酒井氏の作品を教材に、具体的なエッセイの書き方や、年代にともなう内容の変化、『負け犬の遠吠え』から『子の無い人生』に至る心境の変化などについて、語っていただきました。その模様は、本サイト内「その人の素顔」にてご覧ください。

【講師プロフィール】
◆酒井順子(さかい・じゅんこ)氏
 1966年、東京都生まれ。立教大学社会学部観光学科卒。高校在学中にエッセイスト泉麻人氏に見込まれ、雑誌に連載を持つ。大学卒業後広告会社に入社しつつも複数の連載をこなし、三年後に退職して本職に。『少子』『容姿の時代』などの後2003年『負け犬の遠吠え』で講談社エッセイ賞&婦人公論文芸賞を受賞。“負け犬”は04年流行語大賞に入る。鉄道オタクとしても有名で『女子と鉄道』『来ちゃった』など。日本を代表するエッセイストであり、『おばさん未満』『枕草子REMIX 』『地震と独身』など著書多数である。

●「朝からスキャンダル」 (講談社)
※「週刊現代」連載をまとめた最新刊
https://www.amazon.co.jp//dp/406220200X/

●「ほのエロ記」  (角川文庫)
※エロティシズムの本質に迫る傑作エッセイ
https://www.amazon.co.jp//dp/4041801176/

●「地震と独身」  (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101351228/

●「女流阿房列車」  (新潮文庫)
※「乗り專」女子鉄・酒井順子の旅日記
https://www.amazon.co.jp//dp/4101351201/

●「女子と鉄道」   (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334746268/

●「来ちゃった」  (文、酒井順子  画、ほしよりこ、 小学館文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4094062777/

●「気付くのが遅すぎて」  (講談社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062196662/

●「子の無い人生」  (角川書店)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041015561/

●「負け犬の遠吠え」   (講談社文庫)
※講談社エッセイ賞&婦人公論文芸賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062755300/

●「徒然草 REMIX」 (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B00UKXRAEQ/

●「紫式部の欲望」   (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp/dp/408745178X/

●「下に見る人」   (角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041038030/

●「少子」   (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062739097/

●「裏が幸せ」   (小学館)
https://www.amazon.co.jp//dp/4093884102/

●「容姿の時代」   (幻冬舎文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4344405056/

●「ユーミンの罪」   (講談社現代新書)
※ユーミンの歌と時代を検証するエッセイ
https://www.amazon.co.jp//dp/4062882337/

Twitter Facebook