「人間の関係ばかり書いた小説は息苦しい。現代の息苦しい人間関係の外側を描く、どこか遠くを見る視線に支えられた小説こそ必要なのだ」

 5月の講師には、川本三郎氏をお迎えした。

 1944年東京都出身。週刊誌記者を経て、1977年『朝日のようにさわやかに』で文筆家としてデビュー。映画・文芸・都市など幅広いジャンルで活躍し、1991年には『大正幻影』によりサントリー学芸賞、1997年には『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』により読売文学賞・評論伝記賞、2003年には『林芙美子の昭和』により毎日出版文化賞と桑原武夫学芸賞、2012年には『白秋望景』により伊藤整文学賞評論部門を受賞している。

 また今回は、ゲストとして楠瀬啓之氏(新潮社)をお迎えした。

 講座はまず、世話人を務める池上冬樹氏(文芸評論家)がマイクを取り、講師を紹介して始まった。

「今回は川本三郎さんをお招きしました。この講座においでいただくのは、6年ぶり2度目となります。よろしくお願いします。6年前は、この教室の隣の、ひとまわり小さな会場だったのですが、今は受講生も増えまして、こちらの大きな教室に来ていただきました。川本さんは、昨日から青森方面をまわってこられたそうですね」
 続いて、川本氏のあいさつ。
「こんにちは、川本三郎です。今日はよろしくお願いします。はい、昨日は青森に入って、昨晩は秋田に泊まって、それから酒田―鶴岡と経由して、電車とバスを乗り継いでここに来ました。6年前のときは、帰りに男鹿半島に行ったんですよ。たしか寒い季節だったんですが、せっかく山形まで来たのにそのままとんぼ返りするのもつまらないので、山形に一泊して次の日に男鹿半島まで行って、終点の男鹿駅で降りてご飯を食べようと思ったら、食べるところがなんにもなくてですね(笑)。食事するところを見つけるのに苦労しました」
(池上「川本さんは鉄道オタクなんですよね」)
「そうなんです。私は鉄道が好きで、いろいろ旅をしているんですが、今回の山形は、季節がいいので、とても景色がいいですね。緑がすばらしい。寒河江のほうからバスで入ってきたんですけど、水田がすばらしくてね。私は水田の風景が好きで、東京近辺ですと、毎年この季節に、水田を見るために水郡線というローカル鉄道に乗りに行くんです。水戸と郡山を結んでいる路線なんですけど、それに乗ると、平日はお客がひとりぐらいしかいなかったりするので、窓の両方から水田が見えるんですね。水田というのはご存じのように、ちょうどいま田植えの直後で、一面が水の世界になっていてね。これが夏になって、稲が育っちゃうと水が見えなくなって、水田という感じがしないんですけど、いまはまさに水田なんですね。この時期、5月から6月に旅をするのが一番いい、というのが、旅好きというか鉄道好きの了解事項なんです。景色がいい、それから旅する人が少ない。なので宿屋なんかもすいている、この時期が一番いいんです」
(池上「車で走っていると風が冷たい時期でもありますね。田んぼに水が張ってあるから風が冷たい。でもいい風景です」)
「日本の風景っていうのは、梅雨の雨に濡れた風景が美しいんです。水田であるとか、竹やぶであるとかね。ああいう美しさというのは、5月の末から6月にかけてが、一番インパクトが強いんです。芭蕉の『おくのほそ道』でも、あれは秋田だったかな、6月ぐらいに旅をしていたのは。それこそ最上川とか、あの辺を歩いているあたりが、私は一番好きですね」

今回のテキストは、エッセイが2本、小説が3本の計5本。

・新堂麻弥「確認したけど不安なもの」(6枚)※エッセイ
・花野秀治「実録・学生寮」(7枚)※エッセイ
・河田充恵『三代目』(16枚)
・壱亭蜜平『なつかしい母への手紙』(76枚)
・塩崎憲治『落日の川』(20枚)

◆新堂麻弥「確認したけど不安なもの」(6枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8555704
 うっかり者を自認する筆者が、母親の年金額が突然下がったことに驚き、家族みんなで協力して、どこかに手違いがなかったかどうか確認する。実は自分の年金についても記載ミスを見つけ、訂正するために苦労するはめになったことがあった。

・池上氏の講評
 新堂さんのエッセイはいくつも読んでいますが、いつも旦那さんのノロケ話とか、ユーモアがある話とか、いってはなんですが、ばかげた話が多いんだけど(笑)、今回は珍しく真面目な話ですね。最後に書かれている、年金について「確認したのに将来が不安である」というのは、年金に対するみんなの感想を代弁していて、この一文が利いている。すごくおさまりはいいんだけど、でもやっぱり書き足りない。こういった家族の風景というのは、名前だけでなく、もう少し人物の表情なども書いて、年金の話に生活の不安なども絡めて書くといい。ここに着地するんであれば、もうちょっと、他の一般家庭のことまで視野に入れて書くと、もっとよくなると思います。

・楠瀬氏の講評
 すばらしかったのは、リズムがあることと、これだけリズム感があるのだから勢いで書いているのかと思ったら、語尾がほとんど重なっていないんですよ。「○○した」というのが重なっているところは2ヶ所しかなくて、しかもそこには改行が入っているので、目立たないんですね。これはかなり語尾その他、文章の流れに気を配って書いているので、これは意外と見た目より時間をかけて、丁寧に書かれている文章だと感じ、非常にいいと思いました。

・川本氏の講評
 私も、これは文体が面白かったですね。私の年齢ではまず絶対に書けない文章ですね。つまり、口語的というか、おしゃべり言葉をうまく使っている。これは下手をすると、ただその辺の女の子がしゃべっている会話になってしまうんですけど、いま楠瀬さんもおっしゃったように、かなり考えながら書いていますよね。たとえば、冒頭から言っていきますけど「気が抜けないの」「それは仕方ないね」とか、それから「ばかーん」とか「カビカビ」とか、擬音を使っているところとか、「おっちょこちょいなんだ、ほんと」とか。それから山形弁なんでしょうかね、「記載間違いあったんだずう」とか。こういうところで、話のストーリーというよりも、文章の面白さで読ませているんですよね。いつもこういう文章で書かれているんですか。

(池上氏「そうなんです(笑)。この講座では新堂さんのエッセイは何度も取り上げて、講師に読んでもらってきたんですが、語尾が重なっていないと言われたのは初めてですね。新堂さん、よかったね(笑)」)

 こういう口語体で書いていく文章って、自分が出てしまうので難しいと思うんですけど、それをだらだらとさせないための工夫というのが、このエッセイの場合は、ちょっと過去に戻りますよね。バスガイドをしていた、という。こういうのがちょこっと入ることによって、その部分の文章は、いまのおしゃべり言葉ではなくなりますよね。これもいいと思いました。
 せっかくバスガイドさんをやっていらしたんであれば、そのときの体験を書いたものも、読んでみたいと思いました。

◆花野秀治「実録・学生寮」(7枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8555880
 昭和43年、筆者の「俺」は大学入学のため上京し、山形県出身の学生がつどう「村山学寮」に入る。
 バンカラの気風を残す学寮で、さっそく月例の委員会が開催された。個性豊かな先輩たちが、それぞれの口癖(「ある意味で」「それはそれとして」「損な性分で」「良くも悪くも」)を連発しつつ、熱い(?)議論が長々と続けられていく。

・池上氏の講評
 こういう言葉遣いが、懐かしいと思った人は手を挙げてください。

(年配の受講生を中心に、3割ほど手が挙がる)

 やっぱりね、50代以上の人には、こういう言葉遣いが懐かしく感じるんですよ。若い人たちは「何これ」と思うかもしれませんけど、当時は、学生運動があって、そんなときは、こういう面倒臭い用語をよく使っていたんですよ。そのカリカチュアになっているのが、この作品ですね。
 僕はですね、馬鹿馬鹿しくて面白かった(笑)。こういった言葉遣いは、僕は1974年に大学に入ったんですけど、当時はまだこういう雰囲気や匂いが残っていましたね。僕はノンポリのほうだったんですけどね。
 ただ、これは山形出身学生の寮なので、もっと方言を使って、それを専門用語に混ぜるともっと面白くなったと思います。「あんなカッコつけたこと言ってるけど、あいつはどこそこ出身だ」とかね。ズーズー弁で「ある意味で」とか使うと、もっとユーモアが出ると思いますし、もっと書き込みがあると、楽しかったと思います。

・楠瀬氏の講評
 これを読んで思い出したのは、いしいひさいちさんの漫画『バイトくん』ですね(笑)。関西大学をモデルにした「東淀川大学」が舞台で、あの世界が僕は大好きで読んでいましたが、雰囲気がよく似ています。
 この作者の方には、ぜひ100篇ぐらい書いて、一大・大河小説にしてもらいたいです(笑)。彼らが何と無意味に戦っていくのか、そこのところをぜひ読みたいと思いました。どんどん、続けて書いてください。

・川本氏の講評
 村上春樹の初期の作品に、たしか早稲田の学寮の話があったかと思いますが、大学寮に注目したというのは面白いなと思います。それから、「ある意味で」「それはそれとして」「損な性分で」「良くも悪くも」といった、それぞれしゃべり方に癖がある人を登場させた、というのが面白いところですね。
 欲を言えば、議論の内容がそれぞれに関係し合って、ストーリーが進行していくといいと思うんです。これだと議論が切り貼りになったままで、せっかく面白いところに目をつけているのに、ここで終わってしまったのが残念なところだと思いました。
 たしかに、こういう口癖というのはあるもので、自分ではなかなか気づかないんですが、他人に指摘されてああそうかと思ったりします。そして、言われると使いづらくなる、ということもあるんですよね(笑)。

◆河田充恵『三代目』(16枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8555838
 町に昭和の初めから続く「東海病院」という名前の開業医院があった。
 初代は、医学を志しながら文学青年でもあり木下杢太郎や石川啄木に私淑していた。
 二代目は小学校を卒業すると東京に出て勉学に励み医者になり、美しい妻と共に郷里に戻って跡を継いだ。
 私の同級生であった三代目はおっとり刀で、町の人にその後継を心配された。

・池上氏の講評
 対象との距離感がいいですね。べたべたしていなくて。上品な世界で、こういった品のある世界はなかなか珍しいです。この冒頭も優雅でいい。こういう時代があったんだな、と思わされます。この雰囲気がいいですね。
 淡々としていて、情景が目に見えるようで、何より品がいい。これはなかなか書けるものではないし、ずっと愛されるものです。手触りがあって、これもいい。
 同級生の男と女の関係が曖昧で、好きなのか嫌いなのか見えないところがあるんですが、でも、べたべたした関係ではなくて、ほのかな、何かがあるのかなと思わせておいて、あのふたりは出会って結婚しました、というオチがあってすっと終わる。その引き際も鮮やかなんですよね。
 ただ、もうちょっと長くてもいい。とくに、木下杢太郎の話なんかはもっと長く読みたいと思います。

・楠瀬氏の講評
 これはすごく感心して、すごく気に入って読みました。町のみんなに心配されている、不出来な医者の三代目ってすごく面白いじゃないですか。この人に医者になられたら、とみんなで心配しているというシチュエーションがすごく面白い。
 井伏鱒二の、ある種のものみたいな感じがあります。池上さんもおっしゃるように上品で、妙にもっともらしい始まり方をするのもいい。
 「パンの会」とか、あの辺はもう少しふくらませてもいいでしょうし、町の歴史を振り返ってみたりして、三代目がみんなに心配されているさまを、冷静な感じで面白おかしく描くと、かなり優れた短篇小説になるのではないかという気がしました。
 ここで描かれている同級生の男女関係は、僕も恋愛ではないと思います。要するに、ちょっと馬鹿にされている人を心配し過ぎたというか、踏み込み過ぎたというところで、頬が赤くなったというのも、この話者の感受性というか控え目な感じが出ていて、これが前半にあるおかげで「私」という話者を信用して読めてしまう。病院だけあって人の死も絡んできたり、変なヤクザの話が出てくることで町の雰囲気みたいなものもある。非常に好感が持てます。
 ただ、『四代目』というタイトルだから、途中で予想がついてしまったんですよ。この子と結婚するんだな、と。ここは『三代目』にして、この代でつぶれるんじゃないか、と不安にさせたほうがいいです。井伏鱒二だったら『三代目』でいったと思いますね。
 会話もいいです。とくに三代目の雄介がいいですね。ヌボーっとしていて、いかにも仕事ができなさそうなおっとりとした坊ちゃん育ちで、だけれど憎めない。日に当たり過ぎちゃったんだな、という感じがいいです。女の子同士の、銭湯での会話もいいです。女の子同士が銭湯でどんな会話をするのか、僕にはわからないわけですが(笑)、これはリアルなんじゃないかなと思わせるところがあって、感心しました。

・川本氏の講評
 おっしゃるとおり、これはすばらしい作品だと思います。これは静岡県の伊東が舞台だと思いますが、河田さんは伊東のご出身なんですか?

(河田氏「そうです」)

 私の知人にも静岡県出身者がいますけど、県別の県民性でいうと、静岡県というのは非常に豊かな県であるために、みなさんおっとりしてるんですよね。相撲でいえば、横綱がただの一人も出ていない県なんです(笑)。およそハングリーではない。なので、これはいかにも静岡の人が書いた作品だな、という気がしました(笑)。
 池上さんは「品がいい」とおっしゃいましたが、何かおっとりしていてあまりがつがつしていないし、出てくる人物がみんな好人物なんですよね。三代目もいいんですけど、私は同級生の佳代ちゃんがすごくいいなと思いましたね。いっしょにお風呂に入って、八百屋さんの娘で、お母さんに死なれて自分が家族の面倒を見ていて、「私は看護婦になるんだ」と言っていて、実際に看護婦になって、そして三代目と結ばれるという。
 それから、これは近年の女性作家の大きな特色ですけど、主人公の名前についてですね。昔の、明治の作家だったら単に「佳代」にするところを、「佳代ちゃん」にする。私も厳密に調べたことはないんですけど、おそらく、こういう書き方をするようになったのは、(昭和初期の)林芙美子あたりからだと思うんです。で、いまの若い女性作家の小説を読んでいると、主人公はみんな名前の呼び捨てではなくて、「○○くん」「○○さん」「○○ちゃん」になっています。これも、「佳代ちゃん」という言い方がすごく可愛らしくて、またその「佳代ちゃん」という可愛らしさにふさわしく、女の子が健気で、最後に医者と結ばれてよかったな、と思わせる。後味のいい作品だと思いました。非常にいいですね。

◆壱亭蜜平『なつかしい母への手紙』(76枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8555671
 圭佑には本を読むのがとても好きな、美しい乳房を持つ母親がいた。しかし圭佑が幼いころに母を事故で亡くしてしまう。その後父と祖母と三人で暮らすことになったが、父はそのショックを引きずり酒に溺れるようになる。そして圭佑は成長するにつれて母と同じ美しい乳房を持つ女性を求めるようになるが、理想が叶うことはなかった。だが高校生になった圭佑の前に、母に生き写しの女性があらわれる。彼女は父と再婚することになり、圭佑の新たな母となる。継母は生母と一緒で読書が趣味で、短歌の創作を日々行っていた。自分とさほど年の変わらない継母とどう生活すればよいのか……。最初は戸惑う圭佑だったが、あることをきっかけに二人は関係を深めていく――。

・池上氏の講評
 壱亭さんはこれが初めて書いた小説だとのことですが、初めてでよくここまで書けましたね。感心しました。たしかに、最初の原稿なのでバランスが悪いし、各場面はいいんだけど連携していない。冒頭に出てくる、継母が短歌を好きな理由もわからない。ここでは継母の内面を表現するほうに持っていって、それを理解している主人公がいて、最後にはほとばしるお乳を飲むという、そういったところにきちっと持っていって、お互いに言葉ではいわないんだけれども通じ合っていて、触れ合って確認し合っている。その確認がもうひとつ弱いところがあるんですが、でも、最初の原稿でここまで書ければ充分だと思いますね。
 あとは、最初のお母さんと継母の違いというのを、もうちょっと明確にしてほしかった。それから和歌ですね。短歌をうまく使って、源氏物語に似ている雰囲気もあるので、その文脈に近付くともっとよかった。これは下世話な言い方をすると、マザコンの物語なんですね(笑)。マザコンの物語と思わせないためにも、和歌を有効に使って、王朝物語風の雅びな感じを出すとよかったですね。

・楠瀬氏の講評
 これはかなり深読みしました。まずタイトルですね。これは大江健三郎じゃないですか。で、読んでいくと、これは戦後の日本文学をかなり読まれている方ではないかと思いました。たとえば、14ページ目に出てくる初体験のくだりなんかも、下着の跡など視覚性を強調するあたりは吉行淳之介ですし、初体験でちょっと余裕のある女のほうがリードする展開なんかも、これは(三浦哲郎の)『忍ぶ川』ですよね。ですから、いろんなところを押さえてよく読んでいらっしゃる方のような気がした、というのがひとつです。
 そうやって読んでいくとですね、証拠物件を残しているのかなと思ったのが、僕はたまたま去年(マルセル・プルーストの)『失われた時を求めて 全一冊』(角田光代&芳川泰久編訳、新潮社)という1000枚の本を作ったんですけど、これはプルーストじゃないか、と。つまり、プルーストの小説におけるマドレーヌが、お母さんの乳房ではないかと。で、プルーストの主人公はお母さん思い、おばあさん思いで、アルベルチーヌという永遠の彼女がいながら実は女好きで、というところなんですが、プルーストの主人公を持っていくのが、唇とか舌とかの皮膚感的なこだわりなんですけど、それを乳房にしている。

(壱亭氏「ちょうど『失われた時を求めて』を読んでいました」)

 主人公の性格についても、女たらしであったり、繊細なところであったり、独善的なところであったり、美に対する憧れがあったりするところは、谷崎潤一郎もそうですけど、プルーストの主人公は完璧にそうなんですよね。で、台詞にも地の文にも観念語が多いんですが、立原正秋の初期もそうかな、と思ったらやっぱりプルーストもそうなんですよね。改行なしでべったり進んでいくところもそうですし、「スワン家のほうへ」というタイトルを残したのも、これは証拠物件としてのことでしょう。
 初めて書いた小説で、プルーストをやろうとして、ここまでできたのはすごいですよ。感心しました。
 問題点としては、観念的なところですね。台詞をそのまま観念的で押していくという手もありますが、地の文でも観念的なことをやろうとしたら、これはかなり考えなければいけません。
 それと、最初の5行に5つ「この」という言葉が出てくるんですよ。こういった言葉遣いを惜しみながら、もうちょっと長い文章を書いていけるといいと思いました。

・川本氏の講評
 この方が初めて小説を書かれた、と聞いてびっくりしました。語彙は豊富ですし、これだけ長い文章をきちんと書けるというのは、たいした筆力だなと思いますね。
 題材につきましては、プルーストはさすがに考えつきませんでしたけど、明らかに谷崎の足フェチを思わせる、おっぱいフェチというんでしょうか。その辺はよくある話かなと思うんですけど、私がこの小説で一番気になったのは、父親ですね。奥さんに死なれて、いっとき自暴自棄になって、お酒を飲んで。その父親が再婚して、自分の息子と奥さんの関係について、まったく気づいていないのかどうか。この父親の影というものをもう少し書いていくと、主人公のやっていることが、リアリティを持つのではないかと思いました。
 でも、この文章力はすごいと思います。こういう題材で、いやらしくなく、これだけおっぱいについてのディテールを書かれるというのは、普段からよっぽど観察されているのかなと(笑)、そういう気がしました。

◆塩崎憲治『落日の川』(20枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8567733
 川田進が妻の十三回忌法要を終わらせた時は、六十歳の定年から十年以上が経っていた。進は、何かに誘われるように、しばらく止めていた渓流釣りに出かけた。すでに毛ばりを打てなくなった進は、イクラを撒き餌にして、深い淀みで餌釣りを始めた。岩魚の黒い影が、イクラに群がってくる。
 そのとき突然、進の脳裏に、封じ込めていたはずの悪夢が蘇ってきた。
 進は、切り捨ててきた妻への想いを胸に、再び幻の巨大岩魚に挑む。

・池上氏の講評
 これは大きなものを釣る話であると同時に、流れている人生の川の中で、失った夢をもう一度拾おうとするというかな、そういった思いが非常にうまく出ている。会社生活の部分はこんなに描かなくてもいいし、もっとヘミングウェイ的に、最初から最後まで釣りでもいい。でも(山形新聞主催の毎月の短篇コンクール)「山新文学賞」に応募するため、規定の20枚という枚数の中で起承転結をつけるためには、こういう構成でもいいのかもしれませんが。このほうが読みやすいし、よくまとまっているんですけど、もう少し奥さんの話が絡んでくると、もっとよかったかなと僕は思いました。
 でも、非常に緊張感があるし、非常に省略の利いた文章で、風景も躍動感もある。こういった、手練れの文章を読んだな、という感じがしました。

・楠瀬氏の講評
 会社のところは意見が分かれると思いますが、この部分があるからこそ現代性が出てくるみたいなところもあるし、枚数はこれぐらいでいいと思いますが、もう少し色濃くなるとどうなるかな、というふうにも感じました。
 急に、3枚目ぐらいで外資系の話になるので「あっ」と思わせたのですが、あとは池上さんの講評どおりで、ある短篇小説のフォームはもうできあがっているので、そこに持っていくといろんな読み取り方もできるし、いろんな思いも乗せることができるし、作者がうまいせいもあって、これは書けちゃうんですよね。ここが難しいところで、そういう意味ではどこかで読んだような感じになってしまうので、ひょっとしたらこの会社のところに新味があるのかもしれない、というのがひとつ。
 それから、これは欲を言っているんですけど、最後の、魂の鼓動を乗っけて、何ものかと対決するところですね。何と対決しているかはいろいろ読み取り可能ですが、ヘミングウェイにしても開高健にしても丸山健二にしても、釣りの描写って短いセンテンスでないと書けないですからね。だから、ここに何か新味を持ち込むことが、できるのかできないのかな、ということをちょっと思いました。というのも、形がすごく整っていて、うまいしきれいだし感動するし、何をこれ以上求めることがあるかというと、唯一、新しい釣りの表現というのが読んでみたい、と思いました。

・川本氏の講評
 これは、今回読んだ作品の中で、一番完璧だと思いました。これはもう活字になってもまったくおかしくない作品です。
 これは私の個人的な趣味なんですけど、小説には人間と人間の関係性を描くものと、人間と風景の関係を描くものがあると思うんですが、世の中の小説は圧倒的に、人間と人間の関係性を描いています。家族の問題であれ親子の問題であれ、恋愛であれ離婚問題であれ、ほとんどが、家族間、人間間の問題です。夏目漱石の小説なんかも、ほとんど人間関係を描いているといっていいと思うんですが、私はそういう近代文学の流れがあることは充分わかってはいるんですけど、あまりにも人間関係ばかり描いている作品は、どこか息苦しさを感じてきて、どこかで遠くを見る視線がほしくなるんです。
 小説でもそうですし映画でもそうなんですけど、どこかで一瞬、遠くを見る視線がどこかに感じられてほしいんですね。この小説はその意味で、渓谷の中に入っていって、自分がひとりになって、自分と自分が対話していると同時に、自分と風景、そこの魚が対話しているという。この、現代の息苦しい人間関係の外側を描こうとしているという点で、私の好みには合いました。
 ヘミングウェイはじめ、これまで釣り文学というのはたくさん書かれているんですけど、この作品では、岩魚が最後までその姿を現さない。そこがいいと思います。
 私は、この方は実際に奥さんを亡くされている方だと思って読んでたから、よけいに感動したのかもしれませんが、実際には奥さんはご健在だそうで(笑)、でもそれはフィクションですから。そう思わせただけで勝ちなわけですよ。
 ただ、すごくいい作品であるから、ちょっと疑問というか質問をさせていただきたいんですが、まず本当に細かいところですけど、5ページ目に「仕事の屈辱と不条理」とありますが、こういう「不条理」という言葉を不用意に使うのは、あまりよくないと思います。それから、その5行後あたりに「色褪せた家族のアルバムのように」、これもちょっと比喩が陳腐ですね。
 それから、これは私がよく理解できなかったんですが、これはどういうことを言っているんでしょうか。「突然進は、得体の知れない不快感に襲われ、立ち上がった」という、ここはすごく大事なところなんですけど「得体の知れない不快感」と書かれてしまうと、あまりにも説明していない、という気がします。ある意味、パターンですね。ここはちゃんと説明してください。
 あとは、もうひとつ、これはいい作品だから気になったことを申し上げているんですが、最後のほうに「あの幻の正体は何だったのか、今はおぼろげながらにわかる。仮面に隠れた自分が、本当はなんぼのものだったのか、どうしても知る必要があった」とありますね。ここで突然「なんぼのもの」という俗語というか、大阪弁が出てしまう。これは白けますので、別な表現にしていただきたいと思いました。
 でも、繰り返しますように、こういう遠くを見る視線に支えられて書かれた小説で、非常にいいと私は思います。
 こういう小説が、本当に少ないんですよね。恋愛小説、不倫小説、家族小説、そういうものばっかりなんですね。少し視線を地上から外して。あんまり外してしまうとSFになっちゃいますから、ちょっと上のほうに向けて、遠くを見る。全篇それでなくてもいいんですけど、どこかにそういう視点がないと、小説の息苦しさというか、あまりにも、これだったら現実のまんまじゃないか、という作品になってしまう。よく風景の描写のときに、近景、中景、それから遠景というのがあるんですけど、このバランスが大事で、みんな近景や中景ばかり書くんですけど、どこかに遠景が入ってほしいんですね。この、塩崎さんの作品は、そういう意味では本当に、風景の中の人間という点で、私の好みに非常に合いました。

※以上の講評に続き、後半では、「遠くを見る視線」に裏打ちされた「旅と文学」についてや、楠瀬氏が担当し山本周五郎賞にノミネートされた押切もえ氏の作品について、作家とその人柄について、など幅広くお話していただきました。その模様は、本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。

【講師プロフィール】
◆川本三郎(かわもと・さぶろう)氏
 1944年、東京生まれ。文学、映画、東京、旅を中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『今ひとたびの戦後日本映画』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』『叶えられた祈り』などがある。現在、読売文学賞、サントリー学芸賞(社会・風俗部門)の選考委員を務めている。

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