「物語をどういう形で終えたいのか。最後の一文を考えぬけ。最後の一文こそが、物語全体を客観化することができる」

 2016年度の開幕を飾る4月講座は、東山彰良氏を講師にお迎えした。

 1968年台北市出身。2002年、宝島社の第1回「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞を「タード・オン・ザ・ラン」で受賞。2003年、同作を改題した『逃亡作法 TURD ON THE RUN』でデビュー。2009年『路傍』で第11回大藪春彦賞を受賞。2015年には『流』で第153回直木三十五賞を受賞。自身のルーツを描いた本作は、選考委員の北方謙三氏から「20年に1度の傑作」と絶賛された。

 また今回は、ゲストとして国田昌子氏(徳間書店)、青木大輔氏(新潮社)、小林晃啓氏(光文社)、浅井愛氏(文藝春秋)、塩見篤史氏(講談社)、大城武氏(双葉社)、柘植学氏(KADOKAWA)の各氏をお迎えした。

 講座はまず、世話人を務める池上冬樹氏(文芸評論家)がマイクを取り、講師を紹介して始まった。
「今日から新年度が始まりました。また1年間よろしくお願いします。今日は東山彰良さんをお迎えしました。山形にお迎えするのは、8年ぶり2度目となります。姉妹講座である『せんだい文学塾』には2回ほど来ていただきました。最近では2年前、ぼくが仙台で講師をつとめたときに、僕ひとりじゃ寂しいから、ちょうど新作が出たばかりだった東山さんにもお声掛けして、来ていただきました。そのとき『また山形にもお呼びします』と話をしたら、『いつ呼んでくれるんですか』という話になりまして(笑)。直木賞を取ったときも、すぐ『おめでとう』とメールしまして、『山形で講師をやってください』と言ったら『いつ呼んでくれるんですか』って(笑)。以前は、1ヶ月前とか2ヶ月前に講師が決まっていないこともありましたから、東山さんもそのつもりだったのかもしれませんが、最近は1年間のスケジュールがしっかり決まっているので、すぐに決めることができないんです。そこで、今年度はまず東山さんにお願いすることにしたんです。今日はよろしくお願いします」

 続いて、東山氏のあいさつ。
「東山です、よろしくお願いします。前に来たのは『路傍』(集英社文庫)を出したあたりでしたね。池上さんが読んで、すぐ呼んでくださって。そのとき、終了後の懇親会を終えてからタクシーで宿まで送ってくれたんですが、車内で「これは何か賞を取るよ」って軽い感じで言ってくれたんですよ。そうしたら大藪賞を取ることになりまして。今回も、『流』(講談社)で直木賞を取って、すぐに呼んでいただけました。今日はよろしくお願いします」

 今回のテキストは、エッセイが1本、小説が3本の、計4本。

・戸上潤「島がみえたぞ!」(21枚)※エッセイ
・長谷勁『年賀状』(21枚)
・シン『霞城動物園の仲間たち』(36枚)
・鴨野ユーリー『ねがはくは花のもとにて』(20枚)

◆戸上潤「島がみえたぞ!」(21枚)※エッセイ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8555578
 昭和14年生まれの筆者が、台湾で過ごした幼少期の思い出から、終戦時の引き揚げの苦労、終戦後の山形などについて回想する。
 文中に、友人の回想も挿入される構成になっている。

・池上氏の講評
 これは前にいただいていたんですが、なかなか取り上げる機会がなくて、今回は台湾の話だということで選びました。戸上さんはパソコンに慣れていないので、印字が整っていない部分もありますけど、でも、こういった年配者でないと書けないことはいっぱいあるので、そこは大事にしたい。若い人たちは古い話はなかなか読まないし、ある種の啓蒙という意味でも、こういう作品は絶対に必要だと思って採用しました。

・東山氏の講評
 書式の問題を言い出すとキリがないんですけど、この作品は一般的に我々が読む小説やエッセイとは違う書式で書かれているんですね。改行の仕方とか句読点の打ち方とか。それを意図してやったのであれば、思うところがあってのことなのでいいんですけど、一般と違う書式で書くには、おそらくそれなりの説得力が必要になると思うんですよ。
 もし、いま池上さんがおっしゃったように、若い世代が知らないことを伝えたいということであれば、僕は普通の書式でもよかったのではないかな、という気はします。

(池上氏「途中で別の人の回想も入っていますが、これは本人の了解は取っていますよね」)
(戸上氏「もちろんです。同級生なんですが、こういう経験をしている人が、いっぱいいるんですよ」)
(池上氏「こういうときは、ひと言でいいので、どんな人なのか紹介してください。戸上さんの親せきなのかな、と思ってしまいますので」)
(戸上氏「当時は、(山形市の)霞城(かじょう)公園に引き揚げ者の寮があって、こういう人がいっぱいいたんです。私は戦争体験といってもそれほど厳しくないので、こういう体験をした人の話も入れたほうがいいかな、と思いまして」)
(池上氏「山形にも、そういった戦後の混乱期のエピソードがたくさんあるんですよね。そういった話を伝える意味でも、こういう話は非常に面白いです。ちょっと話がばらけていて、戦後の話と台湾の話が混在していますけれども。僕はもっと台湾の話が読みたかったですね」)

 小説もエッセイも、最初から最後まで、ひとつの流れがないと読みづらいんですよね。盛り込みたいものを全部盛り込むと、せっかくの流れが断ち切られることもよくあるので、そこは心を鬼にしてでも、全体の流れを活かすために、盛り込みたいものを盛り込まないでおく、ということを心がけるとよかったかな、という気がします。
 これを読んで僕が思ったのも、それぞれがひとつの独立した報告になっている、ということなんですよ。全体を通してひとつのエッセイとか物語としては、ちょっと読めなかった。流れを造る一番良い方法は起承転結の順で書くことですが、そういうことを意識してみるといいと思います。さっきの方も、事実をそのまま書かれるとご親族や周囲に差しさわりが出てくるかもしれないので、これもたとえばもっと単純に、お年寄りが小さい子どもに語って聞かせるような形の物語に仕立てていくと、現代とのつながりもできるし、昔の方たちだけではなくて、今の方たちにも読めるようになるのではないかな、という気がしました。

◆長谷勁『年賀状』(21枚)
 勤め出した私は、会社の近くに銭湯があることに気づく。大学時代にも銭湯を利用したことを思い出し、年賀状のやり取りだけの大学の友人を想う。

・青木氏の講評
 淡々としている筆致がいいなと思います。オリジナリティを感じる表現も幾つかありました。 
 細かいところで気になったのは、まず、冒頭に情報を集約している点です。このように書く方は結構いらっしゃるんですけど、情報を一度にひとまとめにしないほうが作品に入りやすいのではないかと常々感じています。
 農学部出身の「私」の設定については、近年農学部ものに注目が集まっていますし、魅力的だなと思ったんですが、現状では残念ながら、あまり活きていないですね。理系女子ならではのメンタリティ、文系学部にはない授業のユニークさを描いておけば、主人公の個性がたちまちくっきりしたのではないでしょうか。
 交際し、のちに夫となる男性については、その魅力が正直よくわからない。まあ、こちらはあえてそうしてもいいのかもしれません。ただ、主人公がずっと年賀状のやりとりをしている青柳君という人物については、彼の存在がすなわち物語の推進力なので、「なぜ彼が気になるのか」という点を最初に濃く書いてほしい。現実にはこのような何とも言えない関係が存在するのですけど、小説ですからね。
 青柳君のどのようなところが彼女の心にひっかかっていて今日の関係に至っているのかが知りたいのです。ミステリではありませんが、自身の心にある謎を追ってゆくような構成でもいい。長年にわたり年賀状だけやり取りする男女という発想はとてもいいので、どうして青柳君にだけは「年賀状を出す、出さない」ということが重要と感じるのかを結末までに読者に示していただきたかったです。
 さきほど話題になったエッセイにも感じたんですけど、1行空きで話題を飛ばす手法については、文章を連ねてゆく労苦から逃れようとしているようにも見えなくもないですね。このようなかたちでぱたぱた場面を変更すると、受け手に必要以上の負荷をかけます。事柄や時代を一足飛びにとばすとしても、文章同士をつないでゆくほうが快適に読み進められると思います。

・小林氏の講評
 僕も面白く読みましたが、とくに後半はすごく駆け足な印象があって、意図的なんだろうけど喰い足りないな、というふうにも思って読んでいました。先ほど作者の方から、年賀状を通じて、自分と相手の「線」の人生がときに「点」で交錯する、という意図をうかがって、なるほどとは思ったのですが。
 全体を通して、少し説明不足というか、いろいろ唐突に感じられるところがありました。たとえば、物語の冒頭、主人公の経歴が羅列された後に、パソコンを使って調剤薬局の事務をやっている、という話が出てきた途端に顧客のデータを消してしまって薬剤師に怒られたエピソードが出てくるのですが、いきなり物語が始まったようで唐突感がありました。「女だけの高校を出た」という主人公が、「男がめずらしくてしょうがなかったので」いきなり「つきあってほしい」と言われてすぐ承諾したりというのは、おかしみを生んでいるような気もしますが、いくらなんでも間をすっ飛ばしすぎという印象もありました。もう少し丁寧に、情報の出し方に気を配られると、読むほうとしては話を追いやすいのかな、と思いました。
 風呂上りに髪の毛が凍っちゃったりとか、凍結した水道管が破裂するのもそうなんですけど、実際に北国のほうに住んでいないとわからないようなエピソードが上手い具合に入れ込んであって面白いと思いました。ユーモアな書きぶりですが、もっと弾けてみてもよかったと思います。
 あえて短い枚数の中に、長い時間の経過を入れていて、そのギャップ、味わいみたいなものが読みどころなのかなと思う反面、もう少しじっくり書き込んで長い話にしたほうが、読み応えがあっていいのではないかな、と個人的には思いました。

・国田氏の講評
 長谷勁さんの作品で好きなのは、ユーモアの感覚です。1月に、三浦しをんさん講師の際にも作品を拝読しましたが、方言が実に効果的にうまく使われていて、とぼけたユーモアが素敵で、ひょうひょうとした持ち味のすばらしい作品でした。
 これは年賀状を媒介にして、青柳君という男子との長年のかかわりを描いていますが、この主人公は青柳君に対して女性として好意を感じているのか、どうなのか、そこがわからないので、もどかしさが残ります。でも、作品としては、オノマトペの使い方が効果的だったり、表現がとてもいいですね。たとえば、寒い夜に銭湯に行き、髪が凍ってしまった表現で、「ばりばりぶんぶんしながら青柳君は歩いた」とか、「髪もタオルも、耳も頬も口も鼻も凍てついて固まる。言葉も固まる」とたたみかけも上手いです。
 そして「すっかり冷えてアパートに着いた」というところで、この二人の間には何もなかったんだろうな、と納得できる。こういうセンスは素晴らしいです。その前に、恋人との描写で「一橋君は、足の先から頭の天辺まで私の身体を撫でまわす。セックスという言葉を知っていても、男の物が膨らんで女の下に入れる行為だとは知らなかった」、このあたりのとぼけた感覚も好きです。こういうユーモアの感覚は天性のものでしょう。
 小説としては、青柳君と一橋君との関係など、もう少し物語にテンションを持たせる方向に、この書き方でストーリーを展開していけば、面白い作品に仕上がってゆくと思いました。この枚数だとスケッチみたいな感じで、そこが物足りなかったかな。すごく感覚は好きだし面白いので、もっともっと書いてほしいといつも思っています。

・浅井氏の講評
 たいへん面白く拝読しました。何より、少ない情報で印象づけ、書いていないことまで想像させる、そのうまさが際立っているなと思いました。
 だからこそ、提示すると決めた情報はさらに効果的に使ってもいいかもしれません。たとえば冒頭で地名が4つ出てきますが、キーになる舞台は盛岡ですからそれを活かして、ほかのところは「移り住んだ場所」「わずかな期間だけ滞在した場所」というように濃淡を示す。そうするとぐっと読者を引き込めるんじゃないかと思いました。
 具体的には、この作品では寒さの厳しい盛岡というイメージが一貫していて、それが大変効いています。これを活かして、盛岡から実家に帰るときは「寒さから逃れるように宮城の実家に帰った」などと 移動感が出るように情報を補足してあげるといいのかなと思いました。
 職場でちょっといやなことがあって、その日の帰り道に初めて銭湯の煙に気づく。ここなんかもとても印象的で、素敵なシーンです。それをしっかり印象付け、読者の目の前にもパッとこの光景が見えるように、薬局から駐車場に向かってとぼとぼ歩いていくその道中ふっと目をあげたら屋根の向こうに煙が見えたんだという視線の動きを効果的に書きたい。
 つづくシーンで、銭湯に辿りつくところ、「みどりの湯」と書かれた看板の濁点が取れているところなんか素晴らしいですね。こういう細かいディテールの書き込み、観察が丁寧で、さらにその後の、自動販売機でジンジャーエールを買って、炭酸の白い煙が上がるというような、こういうところが何気ないようですごく抒情的で、この小説の根幹を支えているように感じました。こういうことができる方は、さらに情報の整理をし、精度をあげたら、もっともっと面白くなるんじゃないかと思います。
 とくに後半は、年賀状という、「元気ですか」と訊いたら翌年に「元気です」と返ってくるような、情報が制限された中でやり取りをしているから、余計に青柳君の人生というものに対して想像がかきたてられて興奮しました。元気いっぱいだった青柳君の文字がだんだん小さくなっていって、さらには干支だけになっていくなんていう、こういう見せ方はすごく面白いと思います。主人公のほうも、一人目の子供が生まれ、さらに二人目、三人目と増えていくに従って年賀状ももっぱら写真になり、しかもたたみかけるように賀状に載せる三姉妹の組み合わせが変わっていく。ユーモアもあって、それでいて彼女が生活の中で何を大事にし、何を捨てていっているのか、もはや年賀状制作を夫に頼むこともなくなり、興味関心の対象も子どもに向いていっている、そういう変化をさりげなく伝えていて、その辺がすごくうまく効いているなと感服しました。
 最後にもうひとつ、この作品はやっぱり「決定的なことがなかった相手に向けるまなざし」というのが面白く、そここそ小説で掬い取ると一番面白いところで、素晴らしいと思いました。だからこそ4ページ目の最後、就職も決まって、主人公と青柳君はまだ同じアパートにいるけれども偶然会う機会も減り、なんとなく距離が開いていくところ、そこで出てくる一文「青柳君の部屋から女が出てくることがあった。吐く息が、白く染まれば染まるほど、胸が苦しくなった」、ここがとても気になります。ここで暗示されている、恋愛ではないのだけれど何かしらの、青柳君に対して抱いている関心の質、気持ちの揺らぎみたいなものをもう少しだけ書き込めば、さらに物語に奥行きが出て、読者の満足感が増すだろうと思いました。

・柘植氏の感想
 私もたいへん楽しく読ませていただきました。いいところはたくさんあって、みなさんすでにお話されているので、他のところを申し上げようと思います。
 まず、あらすじが2行とすごく短くて、たいへんすばらしいと思いました。つまり、あらすじが短いというのは、何がやりたいのかよくわかっている、ということですし、たとえばハリウッドの映画でも、あらすじは1行で説明しなさい、なんてことがよくいわれています。この短さの中に、ちゃんと書きたいことが埋め込まれていて、そこがたいへんすばらしいと思いました。
 先ほど青木さんもおっしゃっていましたが、冒頭に情報をまとめすぎているところで、語り手の「私」が男性なのか女性なのか、読んでいて混乱しました。「子どもを三人生んで」ということで女性だとはわかるんですけど、その後、「実務経験一年では、建設現場に戻るのは難しく」と続くので、私は混乱してしまいました。初読の読者でもすぐ入りやすいような形で書いていただければ、もっと良いのかなと思いましす。
 それから、淡々と進む語り口は非常によくて、「○○した」「○○した」と続くあたりも非常に気持ちが良かったです。欲を言えば、語尾がほとんど「○○した」になっているので、そこはもっと濃淡をつけていただければ。物語をどんどん進めていくときに「○○した」というのは非常に効果的な書き方ではあるんですが、すべての語尾がこうなってしまうと、一本調子な印象を受けてしまいました。
 あらすじが非常にいい、と申し上げたんですが、「勤め出した私は、会社の近くに銭湯があることに気づく。大学時代にも銭湯を利用したことを思い出し、年賀状のやり取りだけの大学の友人を想う」というところで、願わくば、主人公はどう変わったのか、というところまでが書き込まれてくると、ひとつの物語として完結性を持ってくるのではないでしょうか。枚数を増やして書き込んでいくというのもひとつです。もしくはこの20枚という枚数で書くのであれば、たとえば向田邦子さんが活躍されていた時代なんかは、30枚以下でもすばらしい短篇がたくさんありましたので、最後にドキッとするようなオチをつけてあげるとか、そういった、最後に読者サービスのようなものをつけていただけると、ひとつの読み物として格段にグレードがアップするのではないかな、という印象を受けました。

・池上氏の講評
 僕の感想は簡単に。長谷さんはこの講座の常連で、小説にはいつもユーモアがある。とぼけたユーモアというか、何ともいえないおかしみがあるんですね。今回はちょっと哀愁みたいなものもありますし。
 ただ、みなさんおっしゃるように、1行空きで進めていくのは簡単ですので、ここはもうちょっと直してほしいし、もっと書き込んでほしい。背景をもっと広げていくともっと面白くなるし、あとは、長谷さんはずっと同じパターンで「子どもが3人いて」というふうに書いていますが、たまには別のパターンを作ってもいい。もうちょっと別な話にしてもいい。あとはもう少し長く書いてほしいですね。

・東山氏の講評
 みなさんが僕の言いたいことをほとんど言ってしまったので(笑)、僕はちょっと細かい話をします。
 まずですね、長谷さんにおうかがいしたいんですけど、この物語をどういう形で終えたかったのか。つまりですね、これから淡々と続いていく日常に対して、覚悟を持って、新たな一歩を踏み出すというような明るい余韻で終わらせたいのか、それとも青柳君から返事がこないのが寂しいな、という感じで終わらせたいのか。どちらで終わらせようと思ったんですか?

(長谷氏「交わらない直線として、2本の人生を描きたかったんです」)

 僕なりの解釈をすれば、要は、彼女の人生において、淡々とこれから続いていく日常に、問題を抱えながらも踏み出していく覚悟を描きたかった、ということでしょうか。もしそうなら、青柳君の設定をもうちょっと派手にしたほうがいいんじゃないかと思うんですよ。この設定だと、青柳君も、自分も、人生がだんだん小さくなって尻すぼみになっていくような感じです。でもたとえば、この青柳君がじつはアメリカのマサチューセッツ工科大学で華々しく活躍している、というふうにすると、対比ができて面白いと思うんですよね。その青柳君にかつて自分はつながっていたけれど、年賀状を出しても返事がない、でも、それでいいんだ、という感じです。
 僕が一番悩んだのは、最後の「青柳君から、年賀状は来ない」というところなんですよ。まず、これがいるかどうかで悩みましたし、「年賀状は来ない」にするか「来なかった」にするかでもまた全然物語の印象が違うんですね。もし、この一文をがさっと全部取っちゃうと、ちょっと明るい感じで終わると思います。自分は年賀状を出したんだけれども、返事は期待せずに、自分は自分なりに生きていくんだよ、という覚悟を見せることができるんですね。けれども、この最後の一文を書くことによって、物語全体を客観化することができるんですよ。なので、青柳君から年賀状が「来ない」か「来なかった」かで、非常に大きな違いが出てきます。「来ない」だと、彼女はまだ待っている。けれども、「来なかった」だと、どちらともとれるんです。
 僕はこれについて考えたんだけど、最後の一文を取ってしまう方法がまずひとつ。そしてもうひとつは、「青柳君から返事は来ない」ではなくて、「返事が来たかどうか覚えてない」というふうにすると、次の一歩を踏み出した感が出るんじゃないかな、という気がします。
 ちょっと細かいところでした。

◆シン『霞城(かじょう)動物園の仲間たち』(36枚)
 ダチョウ
 霞城動物園では一部でダチョウが放し飼いにされている。その中の一頭にはとんだ悪癖があった。
 山 羊
 動物園には「牧場ゾーン」があり、いろんな動物というか家畜がいる。僕のお気に入りは羊だが、妻はなぜか山羊が好きだ。
 人 間
 動物園はかつて競馬場であった時代があり、そこここに名残がある。そこで僕は謎の老人集団を見つけた。
 ドラゴン
 部下が動物園に「龍」が出るという話をし出した。どうでもいい話と思い忘れていたら息子がそれを見に来るという。

 なお、作者は体調不良のため欠席。

・塩見氏の講評
 ご本人がここにいないのが残念なんですが、非常に面白く読みました。
 まず、出だしの1行がすごくいいと思いました。「霞城動物園のダチョウは一部の紳士には、非常に怖れられている」。なぜ一部の紳士なのだろう、というところでつかんで、さらにその後の4行目で「その頃僕らはまだ離婚する前で」と、2つの「?」が浮かんでくる出だしは、短篇の始まりとしてすごくいいと思いました。
 その話も、最初はいかにも動物園らしいダチョウのことから始まって、牧場ゾーンに行って、そこからいきなりファンタジックな匂いのする、アンダーグラウンドの競馬場で、最後はドラゴンという、少しずつ日常から非日常にイメージを移していく構成も、すごくいいと思いました。
 いいことばかり言っていてもアレなので、ちょっと気になるところを言うと、最後の落とし方で、別れた妻と子とのエピソードを出していくのは、おさまりはいいんですが、とくに最後に「お父さん」と呼ばせるというのが、話のおさまりが良すぎるんじゃないか、というのが気になりました。
 気になる要素を冒頭から出していて、話の展開も、ちょっとずつ変わった何かを提示していく中で、最後の落としどころが、結局、別れた妻との間にできた息子に「お父さん」と呼ばせることなのかというところが、ちょっと当たり前すぎるかな、と残念に思いました。

・大城氏の講評
 たいへん面白く読ませていただきました。失われた家族の記憶と、不思議な動物園の話ということで、冒頭はのっけから不穏な空気が漂いつつ、でもダチョウに伴うユーモラスな話で、これはまだ家族が平和で愛情もあったころなんだろうな、と思わされます。そして山羊の話になっていくと、羊が好きな「僕」と、山羊が好きな妻という、自分の好きなものが向こうは好きではない――夫婦間の溝がうまく描かれている。でもここではまだ不穏なことは起こらない。
 その後は、地下競馬場の話になるんですけど、ここは個人的にかなりツボです。ある種のファンタジックな話であり、ちょっとおどろおどろしい話でもあって、このころには夫婦関係がすでに破綻していて、子どもたちもいないという、捨て鉢な主人公の姿がモチーフにマッチしています。最後は謎のまま終わってしまう、というのもいいですね。ただ、ここで謎は謎のまま終わってしまうのもいいんですけど、もう少し、何かヒントみたいなものを読者に示してくれると、ぐっと良くなったのかもしれない。
 最後はドラゴン。ここはもう思いっきりファンタジックな話で、かつ物悲しい父と子のエピソードなんですが、このように序盤からどんどん、時の流れとともに家族が崩壊していって、また息子と再会するという展開になっているので、動物ごとに各章を分けてはいるんですが、なんとかひとつの物語にできなかったのかな、もったいないな、というのが、読み終えての感想でした。先ほど新潮社の青木さんもおっしゃったように、1行空けとかで話を進めていくのは避けたほうがいい、というのは同感なんですけど、これに関しては、時間も空間も飛んでますし、また人物の感情もどんどん移り変わっていくところがよく書けているので、たとえば季節が春夏秋冬と変わっていくとか、そういうひとつの流れを作ってあげると、ぐっと良くなったかなと思います。
 後半は、日常から非日常の不思議な話になっていくので、その辺り、非日常へジャンプする前の伏線みたいなものが、前半の、ダチョウや山羊の話の中にあると、後半への導線になったのかな、と思いました。

・池上氏の講評
 シンさんが欠席なので、僕の感想は簡単に。オムニバスとしてひじょうに面白いのですが、しかも、途中からファンタジックな方向に行くのもいいんですけど、やっぱりもう少し何か展開があって、ひとつの物語として完結するとよかったなと思いました。
 あといま、塩見さんも厳しいことをおっしゃいましたが、僕は逆に定型にうまくまとめたなと思いました。最後に「お父さん」と呼ばせる終りを好む読者もいるのではないか。東山さんはどうですか。

・東山氏の講評
 そうですね、僕もこの作品はすごく面白かったんですよ。言葉の運び方とかユーモアのセンスもすごく好きで、楽しく読めたんですけど、やっぱりオムニバスになっちゃっているのがすごく残念で。ひとつの物語になっていない、というのが残念に思いました。せっかくこういうふうに書くんであれば、主人公のすっとぼけたキャラクターというか、彼の思っていることのおかしみだけで持っていくんじゃなくって、もうちょっと主人公を困難に突き落としたい気がするんですよね。その困難の中で、彼がこのすっとぼけたキャラクターのまま、解決していくさまを見たかったなというふうに思います。
 動物たちもすごく面白いんだけど、若干中途半端な気がするんですよね。たとえば、山羊が紙を食べるというのもイメージだけで書いているような感じがありますが、これってありそうでない、なさそうであることなんですよね。だから、僕が書くとしたらもっと漫画的に、たとえば人間の女性に発情するとか(笑)。人間の女性を見たら問答無用でのしかかってくる山羊とかね。そんなの、誰が読んでも「こんなのいない」って、嘘だってわかるんですよ。で、もしかすると、その山羊が最終的に主人公の困難を助けることになるかもしれない。たとえば、動物園を乗っ取ろうとする悪い開発業者の女ボスみたいなやつが、主人公に拳銃を突きつけて「お前はこれでおしまいだ」とか言ってるところに山羊がドドドドッと走ってきて、その女にのしかかろうとする(笑)。拳銃が手から落ちて、それを主人公が拾って「逆転だ!」みたいにしてくれると、たぶん僕はもっともっと好きになると思う(場内笑)。

◆鴨野ユーリー『ねがはくは花のもとにて』(20枚)
 名古屋の中学校に通う花枝のクラスに転校生がやってきた。そつなく自己紹介をする転校生吉田くんに、花枝は転校慣れしていると感じる。「ケンコー」とニックネームもついた吉田くんは、ある日の国語の授業中に「三月は嫌いです」と言う。転校してしまうかもしれないと毎年のように思うからという彼の発言に、転校生の気持ちを知りたいと花枝は思う。その花枝に転校の話が持ち上がり、実際に転校生の気持ちを体感することになった花枝は、転校先の仙台でこれから咲く桜のつぼみを見て、国語の授業で取り上げられた西行の和歌を思い出す。

・国田氏の講評
 ユーリーさんの、一連の名古屋を舞台にした少女の話は、何度か楽しく拝読しております。これも、10代少女の感じ方の表現がすごく上手だなと思いました。ただ、今回まず、気になったのは、語尾に「思った」とか「思う」がすごく多かったということです。数えたらたった2枚目までの間に6ヶ所も出てきました。センテンスのたたみ方は大事だと思うので、意識して書いていただきたいな、と残念に感じました。
 そして、11枚目ですが、彼女の寂しさを、読者に分からせたいところですね。地の文で「もしかしたら、今の自分のように寂しさを覚えていたのではないだろうか。悲しい気持ちで花を見ていたのではないだろうか」と、説明していますが、この感情の説明は削除した方が良いです。説明しないで読者の感動につながる記述を心がけるのが基本ではないでしょうか。
主人公の気持ちや感情は、地の文では説明しない。読者にそう感じさせるように書くのが小説の表現と思います。
 でも、ユーリーさんの作品はこの講座で何度も拝読していますが、どれもたいへん読後感がよいので、これからももっとたくさん書いていただきたいと思います。今後の課題としては、 どの作品も淡い、なんとなくやさしい気持ちになるいい小説という読後感の作品でしたので、もっと強烈な物語の芯を作って意識的にフィクションを創り上げてゆく試みをされたら良いのではないでしょうか? 表現力などは充分にあると思うので、ユーリーさんにしか生み出せない際立つ物語を読んでみたいです。

・大城氏の講評
 いまちょうど桜の季節ですね。旬の小説として楽しく読みました。典型的な謎の転校生と、少女の触れ合いを描いています。その少女が逆に転校生として旅立っていく、という魅力的な題材ですが、説明的な部分が気になりました。また、表現についても「悲しそうな顔をしているように花枝には見えた」という一節がありますが、これは「悲しそうに見えた」で全然かまわないと思うので、その辺り、もうちょっと校正・推敲をして刈り込んでいくと、さらにこの、桜と転校、出会いと別れという切なさが読者の琴線に触れるのではないでしょうか。
 あとは、冒頭で「このあたりでは毎年こんな感じだけど、東京だときっと入学式の今頃に満開なんだろうね」とありますが、「このあたり」というのがどこなのか。読み進めると名古屋だとわかるんですけど、これはなるべく早く示していただけると、イメージがよりつかめたかなと思いました。
 あとは、肝心のテーマである、西行の歌なんですけど、これがもう少し物語にリンクしてくると、作品のレベルが2つも3つも上がったのではないかないでしょうか。
 
・柘植氏の講評
 本当に、一番好きな作品でした。桜前線の使い方とか、主人公の感情の起伏の作り方とか、初めと終わりを共通させる構成の取り方とか、本当にすばらしいなと思いました。
 ただ、いろんなものが典型の中で作られているので、キャラクターとかに、もっとトゲのある人物がいてもよかったのではないかとは思いますが、これはこれでこの作品として成立していると思いました。
 残念、というわけではないんですが、この作品を読んで、作者の方は若い綺麗な女性なのかなと思っていたのですが(笑)、男性で驚きました。あとでペンネームの由来などお聞きしたいと思います(笑)。

・塩見氏の講評
 とても上手な短篇でした。構成もすごくいいです。
 なので、あえてというところの部分なんですが、さっき国田さんもおっしゃっていたように、ちょっと地の文で書き過ぎているところがあって、終盤で大きく気になったのが、9ページ目の、主人公の女の子が転校の話を切り出した場面で「ケンコーはさよならがうまい、と思った」とあるんですが、中学生の女の子に、そんなふうに感じられるだけの人生経験があるのか、という疑問が湧いてしまうので、そこは中学生なりの感覚で、彼の言葉がどう響いたのかを書いたほうが、圧倒的に小説としての深みが増すと思いました。
 それ以外にもいくつか、地の文でもう少し工夫したほうがいいんじゃないかな、という点がありましたので、そういったところでもう少し気をつけていただけると、もっといい短篇に仕上がったのではないかと思います。

・浅井氏の講評
 私も非常に面白く拝読しました。だんだん転校生というものの存在が、主人公の心にさざ波を起こすようになって、それから、彼のことを「転校生」という抽象的な存在としてではなく、ひとりの男の子「ケンコー」として認識し直していくその過程がとてもよかったです。彼女は、とうとう転校生ではなく、ケンコー自身の気持ちが知りたいんだと自覚していくんですよね。その後、思いがけず今度は自分が転校することになって、今度はその事実に驚き、けれどそのことも受容していく……このプロセスが本作の読みどころであり、欲をいえば、もう少しだけ心の揺れをにじませていってもよかったのではないか、読みたかったなあ、そんなふうに感じました。
 それから時間の経過ですね。なにせこの物語は1年という短い期間の中で移ろっていくもので、これが重要なので、そこをもう少しだけ書き込んでもよかったのかなと。最初の場面が4月で、それから彼女が自分の転校を知るまでの間が一気に飛んでいるんですよね。4月の次に「年が明けてすぐに」と時間を飛ばしてしまうよりは、ケンコーへの気持ちが深まっていく、彼女にとってじっくり進行していったであろうその時間をもう少し丁寧に書き込んでいったら、1年間という限定された期間、それから季節感というものが浮き上がってきたのではないか、そんなふうにも思いました。

・小林氏の講評
 短い中でうまくまとまっていますし、文章も凝りすぎず簡潔に書かれていて、すごく印象がよかったです。せつない感じもありますし、みなさんおっしゃっているように面白く読みました。
 あえて言えば、という程度なのですが、デリカシーのない担任の教師がいい味を出しているなと思ったんですけど、逆に、この枚数の中にデリカシーがないエピソードが何度も出てくるんですね。計算してやっている部分もあると思うんですけど、後半になるとちょっとくどくなってくるかな、という印象を受けました。
 20枚というのは、規定に合わせた分量なんでしょうけど、40~50枚ぐらいあるともっと書き込めて、より面白くなったんじゃないかな、と思います。

・青木氏の講評
 今回俎上にあがったテキストについては、それぞれ別の魅力がありました。ユーリーさんの作品については、文章と構成がしっかりしています。それを認めた上で、バランスがちょっと良すぎるかな、と思いました。「20枚でオチをつけなければいけない」と必要以上に意識されたのかもしれません。
 1ヶ所でもいいので、狂っている点というか、小説でなければ書けないような描写や心情みたいなものを表現し、我々の心を突き刺してほしい、と感じました。ここまで書ける方だったら可能だと思います。今は抑制していて文章に表していない感情を小説にうまく取り込むことができれば、創作者としてさらに上に行けるのではないかと思います。
 文章力が安定しているからこそ、そのように感じました

・池上氏の講評
 たしかにバランスがいい、というのは鴨野ユーリーの一番の長所でしょうね。でも、バランスが良すぎてもつまらないんですよね。いまおっしゃったとおり、バランスが良すぎて、きっちり計算されすぎていて、面白くない。
 あと、デリカシーのない先生の話も出ましたけど、この枚数でこんなに「デリカシーがない」と何回も書かれたら、先生がちょっとかわいそうです(笑)。もっと救ってあげるというか、もうちょっと違う側面を、1行でもいいから書いてあげると、もっと深みのある世界になるし、主人公の見ている世界が、陰影に富んだ世界だと読者が感じるようになる。そういうところでの目配りが、もう少しほしかったと思います。

・東山氏の講評
 いまみなさんの意見を聞いて僕が思ったのは、受講生のみなさんは気づかれてないかもしれないんですけど、かなりほめてるんですよ。すごくほめてるんです。それというのも、この小説は本当に起承転結がはっきりしていて、ちゃんとオチがついていて、作者が何を伝えたいのか、ちゃんと伝わってくるんです。
 けれども、それ以上に言うことがないというのは、そこで終わってしまっているんですよ。池上さんもいまおっしゃったんですけど、非常に体裁の整った練習曲を聞いた感じがするんですよね。編集者のみなさんがいま言っているのは、練習曲をいかにして超えていくかということだと思うので、言われたことをご自分で消化して、文章に反映させていくことができれば、もっともっといいものが書けると思います。

※以上の講座に続き、後半ではデビュー後のさまざまな試行錯誤や、直木賞を受賞して思った意外なこと、憧れた海外の作家などについて、語っていただきました。その模様は、近日中に本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。

【講師プロフィール】
▼東山彰良(ひがしやま・あきら)氏
1956年、台湾生まれ。5歳まで台北で過ごした後、9歳の時に日本へ移る。2002年『タート・オン・ザ・ラン』で第一回「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞を受賞。翌年、同作を改題した『逃亡作法 TURD ON THE RUN』でデビュー。09年『路傍』で第11回大藪春彦賞受賞。13年に刊行した『ブラックライダー』が「このミステリーがすごい!2014」で第3位。第5回「ANXミステリー闘うベストテン」で第1位となる。15年『流』で第153回直木賞受賞。福岡県在住。

●逃亡作法 (宝島社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4796673784/

●罪の終わり (新潮社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4103346523

●ブラックライダー上(新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/410120151X/

●ありきたりの痛み(文藝春秋)
https://www.amazon.co.jp//dp/4163903917/

●ファミリーレストラン (実業の日本社文庫)
※解説 池上冬樹
https://www.amazon.co.jp//dp/4408552038/

●イッツオンリーロックンロール(光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334747280/

●ジョニー・ザ・ラビット (双葉文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4575514381/

●ラブコメの法則 (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4087454053/

●チャールズ・ブコウスキー 「パルプ」  (ちくま文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4480433473/

●路傍 (集英社文庫) 
※第11回大藪春彦賞受賞作品
https://www.amazon.co.jp//dp/4087465616/

●流 (講談社) 
※第153回直木賞受賞作品
https://www.amazon.co.jp//dp/4062194856/

●さよなら的レボリューション 再見阿良 (徳間文庫)
※解説 池上冬樹
https://www.amazon.co.jp//dp/4198940851/

●ロバート・マキャモン 少年時代 上 (ビレッジブックス)
※解説 池上冬樹
https://www.amazon.co.jp//dp/4863327854/

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