「最初のつかみがなくて説明から始まると、努力して読まなきゃいけなくて入り込みにくいので、書き出しでつかむこと。具体的なことや感覚的なことで味方になってもらうこと。タイトルで興味を持ってもらうこと。それが大事だなと思っています」


※撮影:杉山秀樹
「桜庭一樹のシネマ桜吹雪」より
 1月のオンライン講座は、桜庭一樹(さくらば・かずき)先生を講師にお迎えした。
 1971年島根県生まれ。2000年にデビュー。03年に『GOSICK―ゴシック』シリーズを開始して注目され、04年『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』で高い評価を受け、07年『赤朽葉家の伝説』で第60回日本推理作家協会賞を受賞。同書は直木賞候補にも。08年『私の男』で第138回直木賞を受賞。ほかに『伏 贋作・里見八犬伝』『無花果とムーン』『ほんとうの花を見せにきた』など。最新作は映画エッセイ集『桜庭一樹のシネマ桜吹雪』(文藝春秋)と『小説 火の鳥 大地編』(朝日新聞出版3月刊行予定)と『東京コロナ禍日記(仮)』(河出書房新社4月刊行予定)。
 また、文藝春秋の武田昇氏、八馬祉子氏がゲストとして参加し、講評に加わった。
 講座の冒頭では、今回の司会をつとめる東北芸術工科大学准教授の玉井建也(たまい・たつや)先生がまず挨拶をした。
「皆さん、はじめまして。本日の司会を担当させていただきます東北芸術工科大学の玉井建也と申します。どうぞ、よろしくお願いします。本日は講師として小説家の桜庭一樹さんをお迎えいたしました。桜庭さん、よろしくお願いします」

 続いて桜庭先生が、受講生に向けて挨拶。
「よろしくお願いします。今日は私自身がデビュー前に取り組んでいたことや、デビューしたあとに編集者さんから指摘されて学んできたことを皆さんにお伝えできればと思っております」

 今回のテキストは、小説が3本。
・星野いっせいさん『ビジネスホテル砂漠』(53枚)
・中村壮佑さん『ノロイモノ』(80枚)
・中田悠さん『名前だけでも覚えていってくださいっ!』(69枚)
◆星野いっせいさん『ビジネスホテル砂漠』(53枚)
 とある砂漠にある小さなビジネスホテル、「ビジネスホテル砂漠」。
 ここで掃除婦として働くユミが主人公。
 ユミと言葉を交わす客あれば、気配だけを感じさせる客もいる。そのまま姿を消してしまう客もあれば、何かから逃げてきた客もいる。
 誰かの気配を待ち続けているユミと、人との関わりを求めたり、大事なものを断ち切ったり、消えてしまったりする客たちが行き交う、不思議なホテルでの物語。
・玉井氏の講評
 まず私から一言述べさせていただきますと、主人公は基本的にホテルにいて、そこに訪れる人たちを迎え入れるという構造なので、狂言回しの役割を担っているというのはわかります。ただ序盤から主人公は誰かを待っていると書きながら、その主体的な動きが見られないのが物足りなさにつながっていると思います。
 主人公の人物像について、星野さんはどのようなイメージをお持ちですか?
星野氏「外見的なことでいえば、女優の江口のりこさんをイメージして書いていました」)
 なるほど、言われてみるとそうかなという感じもしますが、作品からは読み取れない部分が大きいですね。

・文藝春秋 武田氏の講評
 連作ファンタジーのようなイメージで面白く読みました。ただ、最初の一編がホテルの部屋に穴があって砂漠とつながっているような設定でしたが、まずその位置関係や部屋の様子が今一つわからないのと、読んでいくうちに、このホテルが砂漠の中にあるのか、描かれているのがファンタジーなのか現実なのかが曖昧な気がしました。
 部屋の中にある水槽とか、バザールとか、設定の後出し感が少々あります。
 ホテルを舞台にした連作形式というのは巧みで、そこに色々な人が訪れるという設定は良いと思います。主人公の女性があまり見えてこないのは、彼女が狂言回しのような役割だからかもしれず、それはそれで良いのですが、最初とラストで彼女には「待ち人がいる」と書かれており、それが結局何も明かされないままなのは気になりました。
 あとは細かいことですが、「すたこらさっさ」といった常套句が少し気になりました。常套句を使ってはいけないというわけではありませんが、もう少し工夫をしても良いかと思います。

・文藝春秋 八馬氏の講評
 私はこういうイメージを積み重ねていくようなタイプの小説が好きなので、とても面白く読ませていただきました。冒頭から、ここはこういう世界なんです、と小説としてのリアリティの度合いをはっきり示して、読者をそこに引き込んでいくところはとてもいいなと思いました。
 ですからそこをもっと掘り下げて、たとえば部屋に砂の穴が空いているというとき、4階なのにどうして下の3階につながらないのか私にはわからない、とか、自分がもしその世界にいたら何を見るだろう、ということをもう少しだけ書くと、イメージが鮮やかになると思います。全部細密に書いちゃうと厚塗りになって読みにくいんですけど、たとえばマムシが崩れていくときに、皮が破れて骨が見えてくる描写だとか、虫が羽化するときどのようにして羽が出てくるのかとか、ピンポイントでインパクトを残す描写があると、すごく強くなると思います。

・桜庭氏の講評
 私もたいへん面白く拝読しました。物語の構成としては、語り手である掃除婦の女性がいろいろな話を語っていくのですが、最後の一本は自分自身の話で終わらせるべきかな、と思いました。あと一本、書いていない状態の作品なのではないでしょうか。この人にも待ち人がいて、自分自身が変わっていく。もうこのホテルにはいないのかもしれない。どこかへ旅立っていくのかもしれない。ご本人の話で終わるものであって、その部分がまだ書かれていないのかもしれない、という感想を持ちました。
 主人公が傍観者となっているように、作者の方がどうしても書きたいこととか、誰かにわかってほしいのにわかってもらえていないこと、社会に対して訴えたいこととか、強い思いがあったほうが、物語として芯が一本通るかな。それが、書かれていない最後の一本と私が感じたものかもしれない。そう思いました。
 また、豊かな読書体験からイマジネーションを膨らませておられることも感じ、そのことがこの方の創作の核であり、宝物だとも思いました。
 それから、八馬さんがおっしゃっていたピンポイントの描写について、皆さんのご参考になればいいなと思うんですが、自分が書くときは、頭でわかるだけでなく五感で共感してもらえるように書くことで、説明的にならないように、小説らしく書けるようにしています。たとえば今『小説 火の鳥 大地編』という本を作っている途中(朝日新聞出版より3月刊行予定)なんですけど、毎回いろんな世界に放り出されちゃう人が出てくるんですが、そのたびに、雨が強く降っていてびしゃびしゃになるとか、口の中にめっちゃ苦い味がして手を見たら食べかけのメザシがあったとか、お腹が痛いのでトイレを探すとか、誰でも共感できるような生理的感覚を描写していました。馬に乗っている途中だったと気がついて必死で馬にしがみつくとか、危機があったり、暑さや寒さ、何か味がするなど、五感が描かれていると一気に共感してもらえるので、たとえばこの作品の書き出しだと、ドアを開けたときに空気が吹き出してきて顔をそむけるんだけど、それがすごくつらいとか、目に入って痛いとか、もっと具体的に伝えると読者が味方になってくれるというか、そういう技術ってあるので、大事かなと思いました。
 冷静に書こうとするとどうしても説明的になっちゃうんだけど、それよりは、「ちょっと聞いて、こんなことがあったの」みたいな感じで人に話しかけるような、ぐっとつかむような書き出しにすると、そのままつかまれて最後まで読んじゃうので。
 論文とかでは、本人の主観を排除して書かなきゃいけないんだけど、小説なら自分の五感がすごく大事なので、遠慮せず思い切って書くのがいいと思います。


「小説『火の鳥』大地編(上)」朝日新聞出版

「小説『火の鳥』大地編(下)」朝日新聞出版
◆中村壮佑さん『ノロイモノ』(80枚)
 紫色の痣を体の一部に持つ、人を食うと噂される人種『ノロイモノ』。彼らは高い身体能力を持ちながら、その凶暴性により社会に疎まれていた。
 ただの高校生だった主人公、鏑木緋色(かぶらぎひいろ)は謎の人物の手によって、その体をノロイモノとされてしまう。ノロイモノになってしまった緋色は、ノロイモノに対する研究や、暴走したノロイモノを制圧する組織、『咒者(のろいもの)対策研究機関』の人間に、最近起きていた『ノロイモノ連続死事件』の重要参考人として嫌疑を掛けられる。
 それからどうにか逃れることができた緋色は、自分の中で『ただの人間』から『ノロイモノ』へと変化したと折り合いをつけることができ、仲間と共に事件の謎を追っていく覚悟を決める。
・玉井氏の講評
 中村さんは私の大学の学生さんなので、過去にもいくつかコメントしたことはありますが、今回は、書き手自身の持つコンプレックスと、主人公の中にあるさまざまな問題と、物語世界における社会問題とを描いていくという作者の意図の中で、主人公自身が持つ問題が物語に出てきていない。言い方は悪いのですが、こういう話のテンプレにはなっているものの、そこから一歩踏み込んでいくためには、主人公を描ききっていかなければいけない。ではどうすればいいのか、ということも含め、また編集者さんにうかがっていきたいと思います。

・八馬氏の講評
 これは大きな物語の序章として書かれているようなので、設定が先走りすぎて、説明のない固有名詞が唐突に出てくるところが散見されます。でもこれは、設定が作者の頭の中ではしっかり出来上がっていることの裏返しですから、それを読者も自分と同じようにつかめるよう、丁寧に書いていくことをお考えになるといいのかな、と思いました。
 まず学校の日常があって、帰り道でいきなり非日常に移る、というテンポはすごくいいと思いますし、子どもがダビスタをやっているあたりの会話もすごく面白いので、そういうところを活かしながら大きなエンタメに仕上げていかれるといいと思います。
 人と、人ならぬものの物語というと、『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴、集英社)ですとか、『東京喰種』(石田スイ、集英社)や『呪術廻戦』(芥見下々、集英社)といったヒット作がすぐ思い浮かぶところですが、これだけ多いということは読者のニーズがあるということでもあるので、その中でいかに個性を出すか。たとえば、桜庭さんだったら『ほんとうの花を見せにきた』(文春文庫)は、吸血鬼に「竹」という要素を加えることで桜庭さんだけのものになっています。中村さんも、中村さんだけのオリジナルな要素を作られるといいと思います。

「ほんとうの花を見せにきた」文春文庫
 その意味でいうと、敵キャラの近野が、物語を引っ張るには役者不足なところがあるので、たとえばポンコツでヘタレでバカにされてるんだけどノロイモノを捕まえる実績だけはすごくてそれだけが存在意義になってるとか、敵方のことも主人公と同じぐらい考えていくと、物語の厚みが増すかなと思いました。
 あと、商業作品として考えると、痣の扱いはもうちょっと気をつけたほうがいいです。顔に紫の痣がある、というのは現実にも苦しんでいる方のいる症例なので、忌避されるものと安易に結びつかないような工夫が必要です。

・武田氏の講評
 長篇のプロローグとして書かれていることが悪いというわけではありませんが、緋色がなぜノロイモノになってしまったのか、理由や原因がいまひとつよくわからないんですね。それと、主人公がノロイモノの心情を理解して彼らにシンパシーを抱く、という展開が若干早いかな、という気がします。痣ができて、自分がノロイモノになってしまったとわかったら、混乱したり、焦ったり、悲しんだりすると思うんですね。そのうえで、彼らと接していく中で、決して忌避されるような存在ではない、ということに近づいていくと思うんですが、そこが若干早すぎる気がしました。
 一方で、先ほど八馬も言いましたが、緋色と子どものやり取りにはユーモアもありますし、最後の「柿が効くのは二日酔いだ」という金森との会話も、こういうユーモアのセンスがおありなので、そこを活かしていかれるといいと思います。
 長篇としてきちんと仕上げられたものを読んでみたい、と思いました。切り取られたこの部分だけでは、若干わかりづらい部分や、足りないところがあります。設定にも甘い部分があるのでもっと詰めて、八馬も言いましたが、主人公と敵対する近野というキャラクターも、もっと面白い人物になりそうなので、彼をより活かしていくための工夫ができると思います。

・桜庭氏の講評
 ノロイモノは弱者であって、主人公も弱者である、というところが、現代的でいいと私は思いました。バトルものって、強いモノと強いモノが戦うとか、強いモノに勝つために自分も強いモノになる、みたいなものが多かったと思うんですが、弱者対弱者というのは新しくもあるし、今の社会の実感を伝えられる形かもしれない。こういう物語にしようと思ったということは、作者は強さにこだわるよりも人の弱さに興味があるのかな、と私は想像したので、それがこの方の個性だし、ものを書くうえで大事な核になる部分かもしれない、と思いました。
 みなさんおっしゃるように、よくあるストーリーではあるんですけれども、古いものが新しい衣装を着て出てくるというように、今まであった形のものでも、新しいフックとなるものがひとつあれば、新鮮な形で出てこられます。たとえば昔『寄生獣』(岩明均、講談社)という漫画が出てきたとき、主人公の手がぐわあっと変形するあのヴィジュアルだけでびっくりしちゃって、読まざるを得なくなったように(笑)、ひとつでいいから新しいヴィジュアルイメージとか外連味があれば、読者に対してのつかみになると思います。

 そうは言っていても、自分はプロになってからもそれができていない時期がすごく長くて、「いい話だけどなんか地味なんだよね」みたいに言われることが多かったんです。そこを勉強したのはプロになってからでした。『GOSICK ―ゴシック―』(角川文庫)というミステリーシリーズを書いたんですが、そこで編集者の方に、どうしても地味になっちゃう作家なんで、ということで派手な外連味の部分を作ってもらって、名探偵がフリルの服を着た美少女で、ホームズみたいにパイプを持っている、というびっくりするようなヴィジュアルと、ワトソン役の日本人の男の子がいて、女の子は高い塔の上の図書館にいる、という設定をもらって、そこからスタートしてください、と言われたんです。

「GOSICK PINK」角川書店

「GOSICK RED」角川書店

「GOSICK GREEN」角川書店

「GOSICK BLUE」角川書店
 自分だったらもっと普通の話にしちゃうところを、外連味を与えてもらって書いて、いつまでも人に頼れないから自分でも作れるようにならなくちゃ、と思って、自分でもやるようになったんです。それで、さっき八馬さんがおっしゃったような、吸血鬼だけど竹というヴィジュアルがある、というのも自分で考えられるようになりました。こういう外連味とか派手さというか、ぱっとひと目見た人の心をつかむヴィジュアルイメージというのは、自分にとってもなかなか難しいものだったと思います。ひとつアドバイスするとしたら、山田風太郎先生の作品はそういう外連味の乱れ打ちなので、読んでいると自分の感覚がおかしくなってきて「これぐらいやっていいかな」とレベルが引き上げられるので、今みんなが読んでいる作品の原点にある、いろんな人が影響を受けている本を読まれるのも、参考になると思います。『甲賀忍法帖』や『伊賀忍法帖』(角川文庫、講談社文庫)など、私も勉強になると思って読み返していた時期がありました。

◆中田悠さん『名前だけでも覚えていってくださいっ!』(69枚)
 ――日本一の漫才師になる、男とか女なんて関係ない、ナンバーワンのお笑い芸人になるんだよ。
 駆け出し漫才師のツッコミ・伊藤春子は、他人との協調性が欠けていた。くせっ毛の野暮ったい黒髪に化粧映えしない薄味の顔立ち、まるでイケてない19歳は今日も小劇場の楽屋で他の芸人と衝突してしまう。一方のボケ役、日比野まつりは誰もが目を見張る美人であり、元スクールカーストのトップ。春子が持ち得ない要素を全て持ち合わせている。
 何故そんな凸凹コンビがコンビを組み、芸人の頂点を目指すのか。
 そこには学生時代、二人だけで交わした秘密の誓いがあった――。
・玉井氏の講評
 まず中田さんにお聞きしたいのですが、お笑いという題材の中で女性コンビを選ばれた理由は何かありますか。
中田氏「自分は今までアイドルゲームなどの二次創作小説を書いてきて、女性コンビというものを書きなれていたことが大きいです。男のお笑い芸人を描いてもフックが弱いというか、味付けがほしいと思って女性にしました」)
 なるほど、最近は文芸誌でも女性同士のシスターフッドがテーマにされたりとか、ある種のトレンドとして取り上げられていて、その中でもお笑いという男性性の強いところで女性を取り上げるのは、強い意図が感じられました。いきなりヴィジュアルの話から入るあたりも、女性がお笑いをやる上でトレンドになっている問題をすくい上げています。題材を選ぶセンスは現代的でとてもいいと思いました。では編集者の意見をお聞きしたいと思います。

・武田氏の講評
 非常に面白く読みました。会話のテンポや文章のリズムもいいので読みやすかったですし、玉井先生がおっしゃったテーマ性の部分も、必要以上に深刻になっているわけではなく、軽く読めるし、男の芸人さんとのやり取りには、問題提起も感じられます。
 構成も、過去と現在の行き来とか、美人で勝ち組と思われていたまつりの方にもコンプレックスがあったりとか、ちょっとベタな設定かなという感じもありましたが、それも含めて読ませる内容だなと思いました。
 ちょっと気になったところは、協調性に欠けて孤立していた春子が、まつりと学生時代に漫才をやったことで変わっていくわけですが、彼女はどうしてまつりに惹かれていったのか、というところが弱いんですね。書かれてはいるんですけど、ふたりのやり取りの中でもうひとつ強いシーン、たとえばこの子は自分のことをわかってくれるとか、自分のことを変えてくれたとか、そういうことを示す場面がもう一個ほしいかなと。そこが若干淡白な気がしました。それがあることで、初めての舞台が失敗したあとの、まつりの告白もそこで活きてくると思います。そこの読ませ方に、もうひと山ほしいかな、というところですね。

・八馬氏の講評
 私も、現代性のあるテーマにいろんな方向から手が届いている小説で、面白いなと思いました。
 ひとつ中田さんにうかがいたいのですが、漫才の部分を書かれて、ご自分で読み上げたことはありますか。
中田氏「声に出して、というのはやりませんでした」)
 今、芸人さんが書いている小説もありますが、地の文の上手い下手はそれぞれなんですけど、漫才部分が音で聞こえてくるんですね。これは体得のものだと思うので、せっかくお笑いがお好きなのでしたら、自分で声に出して読んでみるだけでも、漫才部分のテンポがまったく変わって、聞こえてくるようになると思います。
 まつりも春子も、同性の読者からしても可愛いなと思える、いいキャラクターに練り込まれていますね。ただ、まつりの背景は、姉と比較されて云々というのはありきたりなので、むしろ名前の由来とか、自分でもバレエがうまくなっていないのはわかるのに「美人だからなんとかなるでしょ」みたいに言われたりとか、そういうところに絞ったほうがよりはっきりすると思います。読んでいて、キャラクターを好きになれる小説だと思うので、もう少し練り込んでみていただきたいなと思いました。

・桜庭氏の講評
 私も、とても面白く読みました。まず社会的なテーマがあって、女性差別であったり、変革すべき問題があるんだけど、なあなあで社会を変えないことのほうに全力を尽くす人たちに阻止されていくこととか、非常に今日的なテーマでもあるし、それが生身の人の声としてリアリティを持って、息遣いが聞こえるような形で伝わってくるし、作者の方の言いたいことがあって、あふれている感じがとてもよかったと思っています。
 ここがあるからいいなと思ったのは、最後のほうで、敵対していた人から「もし神様がいるんだとしたら、最後はお前らみたいなやつに微笑むのかもしれない」と言われるところですね。このシーンがあるから、とてもいい。なぜその人がそう思ったのか、という部分はブラックボックスに入っていて、そう思わせるに至った主人公たちの必死さだけが書いてある。何を語って何を語らないか、というバランスのセンスがあるなと思いました。自分たちが、読者としてエンターテインメントの小説を読むときに、何が読みたいかというとやっぱりこういうことかな、と思っていて。この部分が、人間が本当になりふり構わない努力をしたことで何かが変わると信じているという、作者の方の、人間として作家としての核の部分ではないかと思います。ヒューマニズムと言っていいのかどうかわかりませんが、こういうことを読みたいからエンターテインメントの小説を買って読んで、そういう実感を味わわせてくれる作家を探しているという面が、読者としての自分にもあるので、ここはこの方のとても大事な部分だと感じました。
 あと、展開にちょっと過去の部分が多いかなとは思ったんですけど、よくよく考えると起承転結がちゃんとできていて、「転」から始まって過去に戻って、ふたりの出会いの「起」があって「承」があって、最後に現在に戻って「結」なので、構成もしっかりされています。

 ちょっともったいないのは、出だしがちょっと説明的なことですね。星野さんの『ビジネスホテル砂漠』の講評でも言ったんですけれども、説明的になるよりは感覚的に伝えるほうがよかろうと自分は思っているので。楽屋に誰がいてどういう状況なのかは伝えないといけないから、最初の半ページは説明なんだけど、2行目の「空気が冷えている」ということから伝えてもいいんじゃないかな。殺伐とした空気の中に自分がいることを伝えてから、ここが楽屋で、狭いところにいっぱい人がいるということが伝わってもいいし、あと「笑顔は一切合切存在しない」というのも説明なので、具体例で語る。たとえば誰かが転ぶとか、絶対みんな笑うようなことが起こっても誰も笑わないとか、具体的なことで伝えると「うわ、そんなところにいるんだ」と最初から引き込まれると思います。もしかすると、情景描写の半ページより先に「大体ね、それならあえて言わせてもらえば」という台詞から始まっても、つかみになるんじゃないかな。この人の、言いたいことをわあっと言ってる感じに巻き込まれるので。
 他の受講者の方にも伝えたいことなんですけど、最初のつかみがなくて説明から始まると、努力して読まなきゃいけなくて入り込みにくいので、書き出しでつかむこと。あとは、皆さんに言いたいけど、タイトルも面白く。どんな話かな、と興味がわくようなタイトルをつけると、それだけで手に取ってもらえるかなと思います。『名前だけでも覚えていってくださいっ!』ってよく聞くフレーズだから、お笑いの話かなとは思うけど、もうちょっと謎があってもいいかも。その意味では『ビジネスホテル砂漠』は「どういうことかな?」と思わせる、いいタイトルだったかなと思います。
 書き出しでつかむこと、具体的なことや感覚的なことで味方になってもらうこと、タイトルで興味を持ってもらうこと。それが大事だなと思っています。以上です。

※以上の講評に続く後半トークショーの模様は、本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。
【講師プロフィール】
◆桜庭一樹(さくらば・かずき)先生
 1971年島根県生まれ。2000年にデビュー。03年に『GOSICK―ゴシック』シリーズを開始して注目され、04年『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』で高い評価を受け、07年『赤朽葉家の伝説』で第60回日本推理作家協会賞を受賞。同書は直木賞候補にも。08年『私の男』で第138回直木賞を受賞。ほかに『伏 贋作・里見八犬伝』『無花果とムーン』『ほんとうの花を見せにきた』など。最新作は映画エッセイ集『桜庭一樹のシネマ桜吹雪』(文藝春秋)と『小説 火の鳥 大地編』(朝日新聞出版3月刊行予定)と『東京コロナ禍日記(仮)』(河出書房新社4月刊行予定)。
●AD2015隔離都市ロンリネス・ガーディアン(ファミ通文庫)
●赤朽葉家の伝説(創元推理文庫)※日本推理作家協会賞受賞
●私の男(文春文庫)※直木賞受賞
●桜庭一樹のシネマ桜吹雪(文藝春秋)
●小説『火の鳥』大地編(上)(朝日新聞出版)3月5日発売予定
●小説『火の鳥』大地編(下)(朝日新聞出版)3月5日発売予定
●ほんとうの花を見せにきた(文春文庫)
●じごくゆきっ(集英社文庫)
●GOSICK PINK(角川書店)
●GOSICK RED(角川文庫)
●GOSICK GREEN(角川書店)
●GOSICK BLUE(角川書店)
●砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない(角川文庫)
●伏 贋作・里見八犬伝(文春文庫)
●無花果とムーン(角川文庫)
●このたびはとんだことで(文春文庫)
●製鉄天使(創元推理文庫)
●少女七竃と七人の可愛そうな大人(角川文庫)
●赤×ピンク(角川文庫)
●「文藝」2021春号 ディストピア特集(河出書房新社)
●東京コロナ禍日記(河出書房新社)4月27日発売予定
●絵本『すきなひと』(岩波書店)
●傷痕(文春文庫)
●荒野 14歳 勝ち猫 負け猫(文春文庫)
●少女には向かない職業(創元推理文庫)
●ファミリーポートレイト(集英社文庫)
●本のおかわりもう一冊(東京創元社)
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