福澤「まず書きたいテーマを絞りましょう。それから書くのに必要な情報を整理する。ひとりよがりにならず、何を訴えたいのか読者に伝える工夫が欲しい」

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平山「ある種の絶対的正義や絶対的倫理っていうものが含まれていない作品を書くときは、俺はそういうのは書いていないんだ、という絶対的な意識を持って書いてもらいたい。曖昧に、なんとなくこんなふうになっちゃいました、っていうのは、読者の時間を無駄にする悪い小説になってしまうから」

© 谷口雅彦
 10月講座には、平山夢明先生、福澤徹三先生のお二方を講師として迎え、オンラインにて開催された。
 平山先生は1961年神奈川県出身。1994年にノンフィクション『異常快楽殺人』で作家デビュー。怪談実話・都市伝説系ホラーで健筆をふるい、また短篇小説も多数執筆。2006年『独白するユニバーサル横メルカトル』で日本推理作家協会賞短編部門、2010年『ダイナー』で大藪春彦賞を受賞。
 福澤先生は1962年福岡県出身。2000年『幻日』でデビューし、怪談実話、ホラー小説、アウトロー小説など幅広く執筆。2008年に『すじぼり』で大藪春彦賞を受賞。また『侠飯』シリーズはテレビや漫画など複数のメディアで展開されるヒット作となった。
 司会は、本講座出身作家でお二人と親交の深い、黒木あるじ氏がつとめた。
 講座の冒頭では、まず両先生が受講生に向けてあいさつをした。
「みなさんこんにちは、福澤徹三です。オンラインで講座を持つのは初めてですので、行き届かない点があるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
「平山夢明です。こういうオンラインっていうのも面白いね。参加してるみなさんの、それぞれの家の感じがするのもいいね、おだやかでね(笑)。徹ちゃんだけなんかハリウッドセレブの家から中継してるみたいになってるけど(笑)。今日はよろしくお願いします」

 今回のテキストは、小説が4本。
・酒田清詞さん『異世界の入り口』(30枚)
・佐佐木小悟さん『彼女の辞書に不幸という文字はない』(21枚)
・KOUさん『囁いただけで』(41枚)※あらすじのみ
・乗鞍二郎さん『先まわり』(29枚)
◆酒田清詞さん『異世界の入り口』(30枚)
 学生時代の僕は何度も不思議な夢を見た。京都でサークルの全国大会後に神宮参拝後その夢を見なくなった。
 アルバイト先の須美さんがバイクに乗せてくれた。僕は異次元の世界の中に入った。僕自身がバイクに乗るようになって神秘的な体験もした。
 社会人となり人へお世話する仕事に就き出羽三山神社との出会いがある。その縁で鳥海山の里で生活する。
 2020年コロナ禍。職場と家の往復。バイクに乗るきっかけを掴み、鳥海山麓を走る。
 山の神が現れ、人間には目に見えないしっぽがあり、人と人との関係性が深くなればしっぽをひっぱり合い相手の世界に入り込むと教えられた。
 山の神は僕がお世話した人の先祖だった。過去から幽体離脱して会いに来てくれた。しかしその人は明治初頭の廃仏毀釈から寺を守ろうとして命を落とした人だった。
・黒木氏の講評
 まず、いただいたファイルではゴシック体で書かれているのですが、明朝体のほうが適切かもしれません。基本的に、小説の場合は明朝体のフォントを使うというのが暗黙の了解になっています。些細なことですが、私自身もこの講座で初めてテキストを出した際に指摘された箇所なので、あえてお伝えしておきたいと思います。
 あと「30枚で書ける話ではないな」とは、読んで最初に思ったところです。とりわけ仙台のくだりなどは必要なのかしらと感じましたし、作者ご本人はバイクに並々ならぬこだわりがおありのようですが、ちょっとその意味するところも伝わらなかった。何より、出羽三山とか鳥海山の登場する後半が気になりました。いずれも山岳信仰の聖地とされた山形県の山ですね。東北に住んでいる我々なら説明なしでもわかるかもしれませんが、平山さんも福澤さんも、つまりは東北にゆかりのない読者はピンとこない可能性が高い。全部をくどくどしく書く必要はありませんが、物語の要であれば最低限の説明は必要かと思います。そこが読者に伝わって、はじめて主人公はこの山にどのような思いがあるのかも感じたのかも届く気がします。
・福澤氏の講評
 まずタイトルが弱くて興味を引きづらいし、内容とのリンクも弱いですね。次に冒頭で「僕」という語り手が出てきますが、これがどういう人物なのかわからない。何歳なのか、何やってる人なのか。トリッキーな小説だと意図的に書かない場合もあるんですけど、ふつう読者は主人公について早く把握したい。そのへんの情報が非常に曖昧ですね。
 それから時間の流れ。抽象的なイメージに流れている気がします。仙台駅西口に降り立った、というところから始まって、後半は仙台で何かあるのかなと思ったら特に関係ない。主人公がサークルに入る場面では、人数など具体的な描写はあるけど、そもそも何のサークルなのかわからない。この描写は本当にいるのかな、と思いますね。
 また淡谷さんという女性が「そんな事はないわ。私も仙台なの」という台詞がありますが、ここは仙台弁を使ったほうがいいんじゃないでしょうか(笑)。この人についての描写もあまりないですね。一方でバイクに乗る人の描写は細かいんですが、バランスがよくない。バイクはもちろん伊勢うどんとか、喜多方ラーメンのチャーシューとか(笑)、不必要に細かく描写している部分が目立ちます。
 それから展開が飛びすぎているところがあります。「その後バイト代で自動車学校に通う。数か月経過して免許を手に入れ、距離を走っていない中古のSR400を買った」、これはあらすじですよ(笑)。飛ばしていいところは飛ばしていいけど、時間の飛び方がかなり強引だと思いますね。
 後半は山の神の話になりますね。山の神なら普通は祝詞や呪文を唱える気がしますが、正体は明治時代の僧侶だということでお経を唱えるわけです。しかし廃仏毀釈で潰れちゃったお寺に重ねる必要はあったのかな。鳥海山には山岳信仰の神様もいるようですし、そちらのほうがスムーズかもしれません。
 ラスト近くになると唐突に妻が現れるので、いつ結婚したんだ(笑)、と思ってしまう。その情報も欠落していますね。総じて申し上げると、まず書きたいことを絞って明確にされたほうがいいと思います。それから情報を整理する。何を伝えたいのか、訴えたいのかということですね。適当なところで自己完結せず、読者に物語を伝える努力が必要です。山の神の話なら山の神の話、バイクの話ならバイクの話、というところで、もっと絞ってください。あといちいち指摘はしませんが、誤字脱字が多いので、そちらも注意していただきたいです。

・平山氏の講評
 今回ね、残りのお三方もそうなんですけど、どのくらいの感じで批評していいのか、事前に質問させてもらったんですよ。甘口から大辛まで(笑)。作家の目から、商業作品としてどうなのかという厳しい意見でもいいのか、という質問をしたら、4名の方とも「厳しくていい」ということだったので、ちょっと厳しい言い方になるかもしれません。まぁ本当に厳しいことは言いませんけどね(笑)、楽しんで文章を書いていきたいという方には、参考にならないかもしんないですけど、いいですか。
 早速入るけど、酒田さん、この作品は何が面白いのかしら。ちょっと教えてもらいたいな。
酒田氏「人と人との関係は、相手とつながることでお互いの世界に入ったり入られたりします。異世界の入り口というのも、人と人との出会いは別世界に行くことなんだよ、という思いを込めました。いまはコロナ禍でそれが危うくなっていますが、だからこそ人と人とのつながりを大事にしよう、ということを、面白く伝えようと思って書きました」)
 うん、うん。それはとてもいい話だし、真面目なテーマですね。大事なことなんですけど、実際ね、これ30枚しかないじゃない。この分量でできるのは、2シチュエーションぐらいだよ。でないと、コラージュっていうのかな、オレはなんか、これは日記をただ小説風にくっつけただけなのかなって(笑)、度肝を抜かれたんだけど、そんなふうになっちゃうわけよ。だから本当にね、20枚とか30枚じゃ何も書けないんですよ。
 だからね酒田さん、この話を一文で、100字以内にまとめられる? 短篇のコツっちゅうのは、2行で書ける話にしてしまうの。わかる? ある人物がいて、一瞬のなんていうこともない繋がりが、あとで昆布のだしのように利いてくる話でいいわけじゃん。最後にちょっと不思議ことが起きてもかまわないわけでしょ? そういうふうに、まずまとめてしまうのが大事だと思う。でないと、書き始めちゃダメ、絶対。下手なものを何十枚も書くと時間の無駄だから、書く前にまず考えてください。そうしないとね、ボクなんかもそういうことがよくあるんですけど、もの書いてるときに気絶して書いてる人が多いですから。何も考えないで、川に流れるように溺れながら書いてる人が多いですからね。そうならないために、まず2行を徹底的に考え込む。この2行さえあれば絶対に面白いんだ、というところまで研がないとダメよ。研いでから構成にかかる、というのが重要だと思うね。
 それからもうひとつお聞きしたいんだけど、酒田さんが、この作品の中でこの一文、ここだけは絶対に読んでほしい、というのはどこですか。
酒田氏「人は昔しっぽがついていたんだけど、それがなくなって、目に見えないしっぽがついている。そのしっぽを強く握るほど相手の世界に入っていける、というところです。人と人との関係は、相手の世界観に没入したり、強く影響を受けたりするというところを、強く出したいと思いました」)
 うん、そのしっぽの話って不思議だったんだけど、どこから来たの? 何か元ネタある?
酒田氏「僕が自分で考えました」)
 だったらさ、それを使わないとダメだよ。それはあなたしか考えてないんだもん。ボクも読んだことないし。そこが、この短篇の最もお金が稼げる瞬間だよ。だって読んだことないんだもん。そうでしょ? 人との絆というのはテーマですから、そこに沈んでいるものでいいんだけど、表面に出てくるのは、そのしっぽの考え方が面白いんだよ。だってそれはあなたがオリジナルでゼロから生んだんだもん。それを離しちゃだめなんだよ。それで20枚、30枚いかなくちゃ。それを中心の軸に置けば、徹ちゃんが言ってたうどんだのヤマハだのの部分は、必要な分量だけ少しずつ出るようになるから。しっぽを離しちゃって、付け足しにしちゃったから、本当にしっぽみたいになったんだね。そこはとても残念ね。
 とにかく、何か新しいものでないと、書いたって読んだって意味ないんだよ。だってもうあるんだもん。だから、しっぽのことを読んだときに、もしかしたら東北の伝承か何かを黒木あるじが吹き込んだのかなと思ったんだけど(笑)、これは酒田さんが考えたんだね。これこそがこの話の核だった。そうすれば、さっき徹ちゃんも「弱い」と言ってた、『異世界の入り口』なんてタイトルにはならないよ。『しっぽ』か何かになる。それが出てこなかったのは、いちばん読んでほしいところを離してしまったから。そういうことを気づきにしていかないと、小説家としてメシを食っていくのは厳しいかもしれないね。
 そういうことでいいでしょうか、黒木あるじ先生。

黒木氏「えっ、いや、ここで僕に振られても……」)
◆KOUさん『囁いただけで』(41枚)
 我々機捜が見たのは、頭から血を流して無残に命を失った若い女性だった。その後、日本中で不審な事件が起こり、在日K国人の関与が噂されるようになった。
 事件は広がりを見せ、国家、民族間の対立も激しさを増した。
 ついに両国内では集団殺戮が横行し始め、武力衝突も懸念されるようになった。
 一方、世界でも各国内外で凄惨な暴力事件が頻発する。
 パトロール中の私は自警団に殺されかけていた男と少女二人を保護し、男の勤務先である海洋研究所へ送り届ける。
 草野というその男の願いで私は奇妙な生物と対面させられる。
 そこで争乱の理由が解き明かされる。
・黒木氏の講評
「在日K国人」という表現が出てきますね。これはイニシャルにする意味があったのか、やや疑問です。どこの国を指すのかは一目瞭然ですから、あまり隠す意味を感じない。むしろ露悪的にすら思えてしまう。しっかりと書き切るか、あるいはもっと飛躍した存在にしても良いのではと感じました。加えて「人類の争いは、宇宙や異世界から来た存在が扇動している」という話は、『ウルトラマン』のメフィラス星人(第33話「禁じられた言葉」に登場)あたりから定石なんですよね。あれはもう半世紀も前です。つまり、ちょっとベタなんですよ。その点は、もうひと捻りしていただきたい。機会があれば、平山さんの『或るろくでなしの死』(角川ホラー文庫)に収録されている「或る嫌われ者の死」という作品を読んでみてください。日本人が希少になった近未来を舞台に、民族や人間の尊厳を扱った衝撃的な短篇です。もしかしたら、お書きになりたかったもののヒントがあるかもしれません。


「或るろくでなしの死」角川ホラー文庫
・福澤氏の講評
 この作品もタイトルが弱いし、内容とリンクしていない。少ない枚数の中に内容を詰め込みすぎですね。この話なら、多視点で長篇として書くべきだと思います。
 さっきも同じようなことを言いましたが、冒頭で主人公が機動捜査隊であること以外の情報が欠落しているんですね。氏名、年齢、階級、すべてを一度に書かなくてもいいですが、情報の順番は情景が浮かぶように整理して欲しい。たとえば犯行現場がどこかは後から出てくるんですが、それだと読者は情景がわからない。
 それから主人公の「蔵重」という名字がわかるのは11ページの後半で、それ以降は出てこない。出さないなら出さない、出すなら早く出したほうがいです。
 全体に展開が早いので、あらすじを読んでいるような印象が強いです。「一週間後、またもや同様の事件が発生した」とありますが、誰が殺されたのか、あるいは殺されていないのか、どんな事件なのかわからない。駆け足すぎると思います。
 展開が強引なところもあって、ネットに「在日K国人の犯行だ」と書き込みがあっただけで、全国的にバッシングが拡大するとは思えない。そのあと国立海洋生物研究所の教授に会って真相が明かされるわけですけど、偶然にしても都合が良すぎますね。ばったり会ったその人が、事件の真相を教えてくれるというのは出来すぎです。
 フェイクニュースが原因で恐怖や憎悪が拡がっていく様子を書きたいのはわかりますが、それなら粘菌というガジェットを使わなくても、人間心理の醜悪さだけで足りると思います。過去も現在もそうですけど、世界中のあらゆる対立やテロは人間同士が起こしているわけですから。そこに粘菌が出てくるのは、ちょっと飛躍しすぎかな。
 機捜の一日を描くだけでも興味深い短篇ができるはずなので、ここまでの飛躍は必要ない。KOUさんへのアドバイスということで言えば、調べ物って大変じゃないですか。無理して知らないことを書くより、自分が一番よく知っていることを書いたほうが、読者も面白がるはずです。だから、いきなり壮大な話に取り組むんじゃなくて、まずは日常のスケッチをやって枚数の感覚を掴まれたほうがいいと思います。

・平山氏の講評
 この作品はね、今回の4作品の中では一番、小説になっているというか、作品として成立してるなという気はしました。ただ、問題は何かというと、既視感があるということだね。新しくないものを読まされても、読者は惹かれないのね。あと、細かい話はのちのちやればいいんですけど、大きなところとして、40枚で世界の崩壊をやるわけじゃないですか、やっぱり無理がありますよね(笑)。でもね、短篇で世界の崩壊って、やりたくなるんですよ。だって面白いじゃないですか。それはわかるんですけど、その場合非常に重要なのは、世界が崩壊するのをダイナマイトの爆発にたとえると、導火線に火を点けたところから書かないとダメなんですよ。爆弾を持っていって、置いて、どうやって爆発させよう、というのでは短篇にならないんですね。もしボクがこの話を書くのであれば、最終ページの、終わりから4行目から始める。緊急緊急、ミサイルが発射されました、というところから書くんですよ。そうすれば、なんとか40枚で世界を崩壊させることができます。
 短篇というのは、刺身でいえばトロも大トロの、一番いいところしか書けないんですよ。さっきも酒田さんに「一番読んでほしいのはどこか」と訊きましたが、KOUさんのこの作品は、きっとフェイクニュースのことですね。関東大震災のこともありましたし、今でもQアノンとか色々なこと言ってるじゃないですか。実体のないフェイクニュースがね、世界自体を物理的に壊すこともあるんだよ、ということですよね。じゃあそこに集中させたほうがよかったね。スライムだか海洋研究所とか出しちゃうとね、SFの怖いところは、ボクもこないだ『異形コレクション』(光文社)という井上雅彦さんのアンソロジーに寄稿しまして、締め切りを1ヶ月もぶっちぎるという酷いことになったんですけど(笑)、ちょっとSFタッチのものを書いたんですよ。45枚の依頼だったのを95枚も書いちゃって、50枚削ったんですけど(笑)、SFでゼロから設定を考えるとどうしても長くなっちゃうんですよ。ボクは完全に異世界を書いたので大失敗したんですけど、KOUさんのこの作品は現代社会と地続きですよね。これは「グランドSci-Fi」といって、ハリウッドやNetflixのやつらが一番ほしがるタイプなんですよ。地続きのSFね。そこを狙うのもいいんですけど、いかんせん既視感がある。あと枚数が厳しい。

「ダーク・ロマンス」異形コレクションXLIX 井上雅彦監修 光文社
 覚えておいてほしいのは、短篇はとにかくトロ中のトロしか書けないんです。書いちゃいけないの。だって足りないんだから。さっきから徹ちゃんが何度も「タイトルが弱い」って言ってるでしょ? なぜかというと、短篇の場合はタイトルも本文なんですよ。まずタイトルを読んで、これはこういう話なんだぞ、とまず読者に教えるんです。それだけで10ページや20ページは削れるんですよ。だから、短篇の場合は、タイトルこそ最も強い、物語のコアだということを考えてつけられたほうがいいですね。
 ボクはこれが一番まとまっていると思ったけど、雑に処理してしまった瑕疵はたくさんありますね。それはKOUさんご本人がおわかりだと思いますから。あとはアイディアですね。キレッキレの、先鋭のアイディアを出される。それをよくよく、書く前に考えられたほうがいいと思います。そうすると、無駄な作業をしなくてすむじゃないですか。みなさん、こういうものをやられている方は経験があると思うんですけど、これ最高のアイディアだなと思ったときは、体中の毛が立ちますから。考えていけば。ダメなアイディア、どこにでもあるアイディア、ゴミみたいなアイディアが、ずーっと煮込んでいくと、ある日ぜんぜん関係ないものに窯変するんですよ。陶器と一緒でね。その瞬間、ぞわっと来ますから、そういうものを書いてください。
 よろしいでしょうか、黒木先生。

黒木氏「いや、だからなんで僕に振るんですか(笑)」)
◆乗鞍次郎さん『先まわり』(29枚)
 シングルマザーの夏美と付き合う修平は、夏美の息子のテツを邪魔に思っていた。新型コロナウイルスでキャバクラ嬢の収入が途絶えた夏美から金の無心を繰り返され、果ては自宅にまで押しかけられたことから、修平はふたりの殺害を決意する。
 ダム湖に突き飛ばそうと、ふたりをドライブに誘い出したものの、立ち寄ったコンビニでふたりとも見失う。コンビニの店員が怪しいとにらんだ修平は店員を問いただすも逆襲を受けてしまう。
・黒木氏の講評
 最後に時系列が歪んでくるという展開は、福澤さんの短篇にもありますよね。怪異が起こって、それでも日常は続くんだけど、実はそこに時空が前後しているようなパラドックスの罠がある、という展開の福澤作品が僕は非常に好きなんです。ですから、もしかしてそれに近いことをしたかったのかな、という印象を受けました。
 ただ、最初にコンビニに入ったところで「何かあるな」「怪しいな」と読み手は勘づくんですよね。「ここで何か起きる」と気づいてしまったら、あとはなにが起きても「ああ、やっぱりね」と鼻白んでしまう。本作は残念ながら、そういう展開になってしまったかなと思います。あと、最後のところは、これは地の文なのか、あるいは新聞記事か何かの引用した体なのか、はっきりしない感じがありました。その辺もご注意いただければと思います。

・福澤氏の講評
 毎度毎度のことですが、まずタイトルですね(笑)。『先まわり』というのはヘビーな内容にくらべて、こぢんまりしすぎです。それから書き出しも皆さんに言えることですが、もうちょっと工夫して欲しい。いきなりホテルの固有名詞が出てくるから、ストーリーに関係あるのかなと思ったら、そうでもない。古ぼけたホテルなのに、なぜか部屋が無駄に豪華ですよね。ラブホテルの場合、部屋の雰囲気は入室前に写真付きのメニューパネルでわかると思うので(笑)、入って驚くというのも不自然かな。こういうディテールはあってもいいけど、もっと読者を引き込む書き出しを考えたほうがいい。
 細かいことを言いますと「独身貴族の四十男」という描写がありますが、次のページには「高校中退以来二十年間、街金融稼業一筋」とありますね。すると主人公はまだ四十歳になっていないんじゃないでしょうか。主人公についての情報は、冒頭である程度整理しておいたほうがいいですね。すべてを書く必要はないけど、後出しが多いと読者は混乱します。
 描写については非常にこなれていて、光るものがあります。たとえば「胸元の割れた、はしたなくも華やいだドレスが見納めになってからひと月以上が経ち」なんていうのは、書きなれた人でないと思いつかない。アパートの大家さんからマスクをもらった場面では「大家の好意は夏美の指でもてあそばれている」。こういうさりげないところが非常にうまいと思います。さらにイメージを広げるんだったら、たとえば「ネイルの剥げかけた指で」とかにすると、もっと荒んだ雰囲気が出るかな。
 総じて言えば、これはもっとドロドロした話にしたほうが絶対いい。その点ではちょっと中途半端で、大家さんのくだりはいらないと思う。金融屋がね、大家の説教を怖がることはあまりないんじゃないかな(笑)。主人公は街金なのに、モルタルアパートというのも貧乏くさい。夏美という女性は車検証から主人公の住所を知るんですが、こういう金融屋なら金融流れの車に乗って見栄を張るんじゃないかな。その場合は本人名義じゃないですから。
 それから7ページ目、「街金融というのはカタギとの無用な揉めごとは嫌う。警察や外部の介入を避けるため、意外と事なかれ主義が徹底されて」は、いないと思う(笑)。街金融というのは闇金融ではなく貸金業法に基づいた正規の業者なので、要は中小の消費者金融と考えてもらっていいです。つまりカタギなんですよ。この主人公は愛人に殺意を抱くような人ですから、闇金にしたほうがよかったと思う。主人公は独身ですし、女性とのトラブルぐらいで解雇されるとは思えない。あとの展開を考えるんだったら、これは闇金のほうがいいです。そうするなら、また闇金のことを調べないといけませんけどね。
 また主人公が夏美に殺意を抱くには動機が足りない。アパートに押しかけてきて職場を知られて、10万円タカられただけで殺すというのは短絡的なので、もっと強い動機づけが必要だと思います。バレたら刑務所行きになるぐらいの弱味を握られるとか、実は奥さんがいるとか、そういう設定にしたほうが説得力が出てくる。この女と子どもがいなくならないと、自分が破滅するというね。
 後半がホラーというか怪談的になるのは意外性があっていいですけど、この方向で書くならドロドロしたエグい話を徹底していったほうがいいと思います。
 それから会話に不自然なところがあるので、そこは注意してください。コンビニの店員を呼ぶのに「店員!」とは普通言いませんよね。夏美のメモ、『たスけて あの男にコろさレる』は長岡京ワラビ採り殺人事件を参考にしたと思いますが、それが関係してくるわけでもない。わかる人にはわかりますけど、実際の事件とリンクしないのなら、それにこだわる必要はないでしょう。
 あとは謎のコンビニにたどり着く必然性が欲しいですね。偶然ここに着くというのは都合が良すぎる。たとえば子どもの誘いでコンビニに行くほうが説得力がある。ラストは黒木くんも言っていますが、やるんだったら完全に新聞記事の体裁にしたほうがいい。タイトルも変更して、もっと実際の事件っぽくしたほうが迫力が出ると思います。

・平山氏の講評
 乗鞍さんさあ、これはどこが読み味なのか、ちょっと教えてくれる?
乗鞍氏「先ほどバレバレと言われてしまったのですが、コンビニのシーンが、一番書きたいところでした。不気味さは漂っているんだけど、こんな目に遭うのか、というところがキモのつもりで書きました」)
 そうね、そのための材料として、子持ちのキャバクラのねえちゃんと、街金のにいちゃんを作ったってことね。それはしちゃダメだったね、やっぱり。コンビニで押さなきゃダメだったかもね。枚数的なものもそうなんだけど、乗鞍さんがこれから作品を書いて商品化していくんだったら、絶対に踏んじゃいけないところを踏んでるんだよね、この作品は。それは、テツという小ちゃい子がね、ろくでもないお母さんのところで悲しい思いをしながら暮らしていて、お母ちゃんが何か淫売みたいなことをしている横でゲームしてるんでしょ? 主人公は、この子を殺しちゃえと思うんだよね? この男も女も外道じゃない。人の道を外れてるよね。こっちのほうが、コンビニの怪異より重くなっちゃってるんです。読者にとって、倫理的にね。こんなド外道な畜生どもは、どうやって死ぬのかなという興味が湧いちゃうのね。要は、四谷怪談の伊右衛門を見てるのと一緒ですよ。ところが、後半でぼんやりとコンビニが出てきて、不思議な死に方しました、ってなっちゃうでしょ。男の子も亡くなっちゃってるじゃない。となると、読者は「今まで俺は何を読んでたのかな」ってなっちゃうの。
 ただ可哀想な子が、大人に引きずり回されて死んじゃったんだ、それを読まされたんだ、と思う読者もいる。中にはそうじゃなくて、こんなおっぱいのでっけえ女と付き合いたいなっていう人もいるかもしんないけど、それは少ないので、そういう人を相手に書いていこうとするなら、それはそれで立派だなと思うけど、この講座で話すとなるとね、ある種の絶対的正義や絶対的倫理っていうものが含まれていない作品を書くときは、俺はそういうのは書いていないんだ、という絶対的な意識を持って書いてもらいたい。曖昧に、なんとなくこんなふうになっちゃいました、っていうのは、読者の時間を無駄にする悪い小説になってしまうから。反面教師として描くならいいですよ、たとえば『藪原検校』だっけ、井上ひさし先生の戯曲があったよね。そういうのは昔から、歌舞伎にもたくさんありますよね。ド外道な人間が出てくるやつね。あとほら、勝新の『不知火検校』なんていうのもそうですね。そういうのはいいんです。ただ、そういうのをキャラクターに立てた場合は、俺は反面教師を、アンチヒーローを持ってきて描いているという意識がなければ、物語自体が成立しなくなってしまうというか、最悪の場合は作家が嫌悪されることになりますね。この人はそういう論理で生きているんだ、そういう倫理の人なんだ、というふうにね。
 だから乗鞍さんは、そこは充分に気をつけたほうがいいと思う。可哀想な、悲しい思いをしているテツの視線で書いたら、この作品自体が逆回転して、非常に可哀想な話になりますよ。もしかしたら名作になる可能性もある。現代の闇の部分を切り取って、なぜこの子は我慢してるんだろう、何をよすがにこの子は生きているんだろう。お母さんへの気持ちかもしれない。お母さんも、主人公に見せているのとは別に、子どものためだから嫌だけどしてるのよ、という部分を見せているかもしれない。そういう傑作になるかもしれない可能性を秘めた題材だとは思うけど、残念ながら作者がそこに軸を置いていなかったせいで、変なエロチック怪談めいたものになってしまった。まあ、これは本当に生きている人じゃないのでね、それはそれでかまわないですけど、ただ、ある種の絶対的倫理を外した主人公を書くときは、注意して、よくよく意識して書いてもらいたいという気がしました。
 そういうことで、よろしいでしょうか黒木先生。

黒木氏「だから僕に振られても困りますって(笑)」)
◆佐佐木小悟さん『彼女の辞書に不幸という文字はない』(21枚)
 美紀と沙江は三年前に同期で入社してすぐに意気投合。互いの恋愛事情も共有する仲である。沙江は根っからのポジティブ人間で、海外旅行でスリにあっても、彼氏に二股をかけられても、落ち込むことなくすべて前向きにとらえた。そんな彼女のことを美紀は羨ましく思いつつ、少し違和感を抱くこともあった。
 そんな沙江に最大級の不幸が訪れた。二人が参加した合コンで出会った男性と沙江は交際を始めるが、独占欲が強いその男は、やがて沙江の行動をすべて把握しようとするようになる。それには沙江も辟易し、これ以上のお付き合いはできないと伝えると、男は盗撮していた動画をネットに晒すと脅してきた。気が動転した沙江は男を押し倒し、手にしていたスマホで何度も男の頭部を殴る。呼び出されて駆けつけた美紀が見たのは、血を流して倒れる男の横にうなだれてへたり込む沙江の姿だった。
・黒木氏の講評
 まず最初に抱いた感想として、「冒頭のイタリアが長いな」と。彼女のポジティブさを出すのであれば、ここにこれほど分量を割く必要はないです。キャラクターにはそれなりのユニークさが感じられるんですけど、ポジティブに捉える行為がだんだん常軌を逸した感じになっていく、そのようなギアの上がり方がわりと普通というか、一般人にも理解できる範囲にとどまったのが残念なところです。もっと理解しがたいようなものがあっても良いかな、と思いました。
 気になったのは、主人公の美紀が傍観者というかコメンテーター的なところから脱していないというか、存在意義をあまり感じないところですね。沙江の視点だけで行ってもいいんじゃない? という気がしました。

・福澤氏の講評
 またしつこいけどタイトルです。「彼女の辞書に〜」はありがちな台詞ですから、興味を惹きづらいですね。ある意味ネタバレにもなっているので、もうちょっとぼかしてもいいんじゃないかな。この作品も冒頭で語り手の美紀や、沙江という人の情報がないですね。何歳ぐらいで職業は何をやっているのか。3ページ目ぐらいで出てきますが、冒頭の長い描写は省いて基本的な情報を早く伝えたほうが、読者はすんなり話に入れます。とはいえ全体的な完成度は非常に高く、女性同士の会話や心理描写も巧みです。たとえば「女の朝は忙しいのに」というような、男性の作者だとなかなか思いつかない描写が非常にうまいです。
 そういう点で言えば、主人公の「私」も検討していただきたい。地の文では漢字にして、会話文ではひらがなに開いたりとか。その場合も「わたし」と「あたし」のふた通りありますよね。そういうところで表現を変えると、メリハリがついてきます。
 終盤の田代という男が殺されるシーンですが、この視点人物が気になります。基本的に「私」の視点で、ずっと伝聞で書いていたのに、突然沙江の視点になります。ここをうまく処理できないかな。ラストで冒頭のシーンを回顧するのは上手に締めています。が、こういう展開なら、沙江がどこまでもポジティブなのはタイトルから予想できるので、ラストでブラックなひと捻りがあってもいいんじゃないかな。たとえば主人公が殺された田代と実は関係があって、それがバレなくてよかったとか、沙江が田代を殺してくれて助かったとか。もうひと捻りがあると、ストーリーに奥行きがでると思います。

・平山氏の講評
 これはアレだね、佐佐木さんは、ポジティブさを膨らませていきたかったのね。この小説の面白さはそこなんでしょ? 佐佐木さん、あれ? 佐佐木さん?
(※回線の不具合により、佐佐木氏が一時的にログアウト状態になるハプニングが発生)
 どうしよう。戻ってこられるまで待つ? オンラインってこういうこともあるんだねえ。
(※佐佐木氏が再度ログイン)
 ああよかった。あのね、能天気な人がどんどんエスカレートしていく様を書きたくて、この話を始めたんだよね。それにしちゃ、ネタがまったく弱いよね。最後は地球が爆発しなくちゃダメだよ。この人が大統領になって、ボタンを押して地球が爆発するけど、ほかの惑星に行けばいいじゃん、ぐらいのこと言わないと。なんでかっつったら、このタイプの短篇ってのは4コマ漫画なんだよ。4コマ目で落とすキックの度合いが強くないと、うまくいかないんだよね。
 短篇って、4コマ漫画っぽいものがあるじゃない。オレなんかも書いたことあるけどさ。ポジティブバカを書きたかったんならね、もっと手数を多くして、エピソードを多くすることと、エピソードにトンチがないとダメ。要はこういうのって、テレビでやってる大喜利と一緒なんですよ。どんなおかしなことが、どんな段階でどんどん出てくるか。オレたち読者が思いつくようなことじゃないポジティブさを、この人が持っていないとダメなわけよ。たとえばうどんを一緒に食べにいったら、ゴキブリが入って触角が出てて、「あんた、ゴキブリ入ってるよ!」って言ったら、ぽんと捨てて「あたしの食欲をこんなものに邪魔されてたまるか!」つってガリガリって食っちゃうとかね。ボクもそうでしたけど(笑)、そういうポジティブさがあったほうがいいんじゃないかと思うんだ。要は、そういうものをどんどんどんどん思考実験的に膨らますっていうのが、その話の命題だから、それに関してはちょっと高度が低いんだよ。もっとガーンと、月に行くぐらいまで飛ばさないと。
 今回の失敗は何か、一点言うとしたら書く前にネタを厳選しなかったっちゅうことです。これだったら最低でも10本はエピソードを作んないとダメ。10本エピソードを作って、10本目で今までのことを全部ひっくり返すぐらいのことをしなくちゃ。たとえば、ポジティブな考えの人が人類が幸せになるワクチンを作っていって、どんどん失敗しながらも最終的には完成するんだけど、このワクチンが効かないような菌を作ったらもっといいワクチンが作れるんじゃないか、つって変なものを作ってばら撒いちゃった、とかさ。この枚数なら、そういうのが10個ぐらいはほしいね。そして最後は月まで飛ばさないと。
 そういうことで黒木さん、よろしいでしょうか。

黒木氏「は、はい。よろしいです……。」)

※以上の講評に続く、黒木氏司会による座談会トークショーの模様は、本サイト内「その人の素顔」にてアップいたしますので、ご覧ください。
【講師プロフィール】
◆平山 夢明(ひらやま・ゆめあき)氏
 1961年、神奈川県川崎市出身。自動販売機の営業、映画・ビデオの企画・製作と様々な職歴を経て、94年にノンフィクション『異常快楽殺人』を刊行。96年に『Sinker―沈むもの』で小説家としてデビュー。『「超」怖い話』『怖い本』など実話系怪談を多数執筆する。2006年に『独白するユニバーサル横メルカトル』で第59回日本推理作家協会賞を受賞。10年に『ダイナー』で第28回日本冒険小説協会大賞と第13回大藪春彦賞をダブル受賞する。そのほかの作品に『暗くて静かでロックな娘』『デブを捨てに』『あむんぜん』など。エッセイスト、テレビのコメンテーターとしても有名。
●異常快楽殺人(角川ホラー文庫)
●独白するユニバーサル横メルカトル(光文社文庫)
※日本推理作家協会賞短編部門受賞
●ダイナー(ポプラ文庫)
※大藪春彦賞受賞 日本冒険小説協会大賞受賞
●Sinker-沈むもの(Tokuma Novels)
●「超」怖い話(竹書房怪談文庫)
●暗くて静かでロックな娘(集英社文庫)
●デブを捨てに(文春文庫)
●あむんぜん(集英社)
●メルキオールの惨劇(ハルキ・ホラー文庫)
●他人事(集英社文庫)
●ダーク・ロマンス(異形コレクションXLIX)
●恐怖の構造(幻冬舎新書)
●或るろくでなしの死(角川ホラー文庫)
●ミサイルマン(光文社文庫)
◆福澤 徹三(ふくざわ・てつぞう) 氏
 1962年福岡県生まれ。デザイナー、コピーライター、専門学校講師を経て『幻日』でデビュー(『再生ボタン』と改題して文庫化)。ホラー、怪談実話、クライムノベル、社会派サスペンスまで幅広く執筆。08年『すじぼり』で第10回大藪春彦賞を受賞。著書に『真夜中の金魚』『死に金』『忌談』『しにんあそび』『灰色の犬』『群青の魚』『忌み地 怪談社奇聞禄』『晩夏の向日葵 弁護人五味陣介』『羊の国のイリヤ』など多数。『東京難民』は映画化、『白日の鴉』はテレビドラマ化、『Iターン』『侠飯』はテレビドラマ化・コミック化された。
●再生ボタン(幻冬舎文庫)
●すじぼり(角川文庫)
※大藪春彦賞受賞
●侠飯(文春文庫)
●侠飯Ⅰ(講談社 ヤングマガジン)
●真夜中の金魚(角川文庫)
●壊れるもの(幻冬舎文庫)
●Iターン(文春文庫)
※エキナカ書店大賞受賞
●怪談実話 盛り塩のある家(幽BOOKS怪談実話)
●東京難民(光文社文庫)
●灰色の犬(光文社文庫)
●白日の鴉(光文社文庫)
●羊の国のイリヤ(小学館)
●晩夏の向日葵(光文社文庫)
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