「魅力的な謎でも、凡庸に解かれたらつまらない。魅力的な謎を魅力的に解くことができたとき、素晴らしいミステリができあがる」

◆詩歌との出会いは/読むという行為の音響的面白さ/文字とは不可思議な楽譜だ
――先ほどの講評から引き続き、詩歌についてお聞きしたいと思います、北村さんは、詩歌を読んできたことが、小説を書くうえでどのような影響を与えていると思われますか。
北村 いろいろなところで書いていますが、小学生のころに高村光太郎とかを読み始めて、中学生になると「夏休みの友」みたいなので萩原朔太郎につかまりましてね。高校時代は、友だちと一緒に図書館で詩の本を見てきて、こんなのがあった、あんなのがあったと見せ合うのが楽しみでした。短歌なんかは尚更ですね。こんな短歌があった、こんな俳句があった、と見せ合うのは非常に楽しい作業でした。

――北村さんの最新作『雪月花―謎解き私小説―』(新潮社)にも、朔太郎の話が出てきますね。擬態語、オノマトペがとても自由で、朔太郎にしか書けないものがたくさんある。たとえば「遺伝」にはこうあります。

 なにかの夢魔におびやかされ
 かなしく青ざめて吠えてゐます。

   のをあある とをあある やわあ
 犬のこころは恐れに青ざめ
 夜陰の道路にながく吠える。
   のをあある とをあある のをあある やわああ
 それから、36ページですね、ここでは北村さんと編集者の間で、このようなやり取りがあります。萩原の「鶏」です。
 しののめきたるまへ
 家家の戸の外で鳴いてゐるのは鶏です
 声をばながくふるはして
 さむしい田舎の自然からよびあげる母の声です
 とをてくう、とをるもう、とをるもう。
文字通り、「鶏」という作品の冒頭だ。
「朔太郎は、こんなことをいっています」
 文庫本『朔太郎のうた』にひかれているエッセイ、「音響の表現」の一部を示す。
 元来、動物の鳴声、機械の廻転する物音などは、純粋の聴覚的音響であてて、言語の如く、それ自身の意義を説明する概念がないのであるから、聴く人の主観によつて、何とでも勝手に音表することが出来るわけである。したがつて音楽的効果を主とする詩の表現では、かうしたものが、最も自由のきく好取材となる。私もまたその理由から、好んでこの種の音響的主題を用ゐた。
編集さんは頷き、
「日本で《コケコッコー》、イギリスなら《コッカドゥドゥルドゥー》、しかし、朔太郎の王国では――《とをてくう、とをるもう、とをるもう》と鳴く」
「そうです、そうです。原音から、個性によって、こう文字化された。それを今度は、読む人の個性によって、再生してもらおう――というわけです」
(※以上引用終わり)
 こういった言葉を読むときの、音響的面白さというものが考察されていますね。
北村 個々人によって、読むということの面白さは違うんですね。いまの池上さんの読み方はフランス語の「ノワール」に近い発音でしたが、私が読んだときは違うイントネーションでした。もっと卑近な例を挙げると、『ちびまる子ちゃん』(さくらももこ、集英社)で、主人公のお姉さんが、「明日は遠足 楽しいな ラリホー」という台詞があるんですよ。これが、私の頭の中で「ラリホー」と読んだときと、テレビアニメで声優が読むのとでは、全然違うんですよね。非常に違和感がありましたが、このように、その人の頭の中でいろいろに受け取られるのが、読むということの面白さだということは非常に感じております。

――43ページには「書かれた擬声語とは、とらえ難い蛇のようなものだ。多くの人の胸に、様々な響きを響かせる。/文字とは不可思議な楽譜だ」とあります。これもいいですね。
北村 うまいですね。誰が書いてるんだろう(笑)。
◆三島と川端、そして「雪」/雪の日やあれも人の子樽拾い/自分ならではのものを書くのが作家のつとめ
北村 この『雪月花』は私小説で、エッセイとして読まれると困ってしまうんだけれども。語りたいことが如実に表れるよう、時系列は変えてあって、京都へ行って話をしたのも随分前のことだし、話した相手も別の編集者に変えてあるんです。この本に関しては、10月の21日にも新潮社のオンラインイベントで語りますので、ぜひ見ていただければと思います。一端を披瀝いたしますと、この本の題名は『雪月花』となっております。新潮社では川端康成全集を出しておりますが、「雪」という作品の冒頭は、三島由紀夫は賞に恵まれなかったことを取り上げております。有名なのは、ノーベル文学賞ですね。今度は三島だといわれていたのが、川端康成のところへ行ってしまった。そのことが三島にどのような影響を与えたか、ということを「雪」の中で語っておりますが、最後に三島が何と言うか。

「雪月花―謎解き私小説―」(新潮社)
――それはここでは伏せておきましょう(笑)。「雪」では、「雪の日やあれも人の子樽拾い」という、江戸時代に詠まれた俳句が紹介されています。山田風太郎が小説に引用したこの俳句を巡って、誰が詠んだのかという推理が始まるんですが、この謎解きの過程が非常にスリリングで、素晴らしく面白いんですよ。そして、もう一回また三島に戻ってきて、三島にもこんな言葉があった、というところに着地する。ものすごく着地がうまいというか。これは最初からそう構想されていたのですか。

北村 三島の言葉を見て、ここに戻ってくる話が書きたい、と思ったんです。表現者のあわれさ、人間のあわれさ、そして「雪」というね。表現者はどこまで語るものなのか。わからなきゃわからなくていい、ということもあります。読んだ人が「雪月花」を心のどこかで覚えていて、いつかふと、川端がノーベル賞をもらったときの有名な「美しい日本の私」という講演のことを読む機会があったとしたら。川端が「美しい日本の私」の中で「雪月花の時、最も友を思う」と言っているのを見つけたら、ずうんと来ませんか。私がさまざまな本を読み、さまざまなところにいろんなことを見つけていくように、表現というのは、本のタイトルにテーマをそのまま書くようなものではないんでね。読みがまた創作であり、作品というのは読む人によって形を変えていく。それが表現というものの面白さであり、深みであるということですよね。
――それにしても、よくここまで細かい言葉のやり取りで、波乱万丈の面白さを展開できますね。本当に名人芸だと思います。
北村 作家というのはね、誰かと同じようなものを書いてもしょうがないんでね。山田風太郎さんの亜流で忍法帖を書いたってしょうがない。自分ならではのものを書くのが、その作家のつとめであり、生き方である。こういう作品は、おこがましいようだけど、私でなきゃ書けないだろうと(笑)。それが作家なんだと思います。

◆福永武彦の隠し文字とは/本に対する愛は古びない/丸山薫と山形、古書と山形
――後半では、中村真一郎とか福永武彦とか丸谷才一とか、僕も大好きな作家がずらりと出てきます。福永武彦が絵を描いていたのは有名ですが、実は別名で、中村真一郎の小説の装丁を担当していて水彩画をよせている。また福永武彦は、自分の名前をアナグラムにして、変名でいろいろ活動していましたが、その中でひとつだけ足りない文字があって、そこに隠されていたのは何かという話にはびっくりしました。北村さんだけがここに気づいたんですね。これは文学史上の大きな手柄だと思います。
北村 わかっちゃうんだからしょうがないよね(笑)。
――読書エッセイではなく、私小説として書こうと思われたのはなぜですか。
北村 われわれ日本独自の私小説というのは、かつては恋愛小説を書くために恋愛を始めるというようなことが実際にあったわけです。しかし人間の愛というものを表現する中で、正直いって、戦前の惚れた腫れたのなんだのかんだのというのは、谷崎ぐらいにまでいかないと、あまり読む気にならない。だけど、本に関する愛というのはわりと古びないし、そういう私小説があってもいいんじゃないか、という思いですね。
――おっしゃる通りですね。もっと自由な私小説があっていいし、今回の北村薫さんの挑戦は今後の日本文学の刺激剤になると思う。
 さて、準備ができました。話が前後しますが、中村真一郎の『空中庭園』(河出書房新社、1965年刊)の装画です。さきほどお知らせした、福永が別名で担当した装画です。いま書影を出しますのでみなさん御覧ください。
<書影を出す>

 それから、福永・中村・丸谷3人の共著『深夜の散歩(ミステリの愉しみ)』(創元推理文庫)、これはミステリ評論の名著中の名著ですが、北村さんはこの本も引いてきて、中村真一郎の長篇『冷たい天使』(現在絶版)がミステリの要素をうまく取り入れていることを明かしている。

北村 この小説はね、誠に申し上げにくいけど、あまり面白くないと私は思いましたね(笑)。もうひとつ『雪月花』の中に書いたんですけど、福永をよく知っている編集者が『空中庭園』の絵を見たとき、「福永らしい」と言ったんですよ。福永は、こういう色のペンでゲラに書き込みをしていた、というんです。これは編集者として接していた人でなければわからない。こういう方が身近にいてくれたおかげで、いろいろなことがわかりました。
 ではインターミッションということで、皆さんに紹介したい詩をここで読ませていただきます。丸山薫の有名な詩で、彼が疎開して国民学校の代用教員をしていた、ゆかりのある山形の方はご存知かもしれませんが。「北の春」です。
    どうだろう
    この沢鳴りの音は
    山々の雪をあつめて
    ごうごうと谷にあふれて流れくだる
    このすさまじい水音は
    緩みかけた雪の下から
    一つ一つ木の枝がはね起きる
    それらは固い芽のたまをつけ
    不敵なむちのように
    人の額を打つ
    やがて 山すその林はうっすらと
    緑いろに色づくだろう
    その中に 早くも
    こぶしの白い花もひらくだろう
    朝早く 授業の始めに
    一人の女の子が手を挙げた
    ――先生 つばめがきました
――いい詩ですね! 風景があざやかに見える、季節の到来が見える、感動した子供の喜びが伝わってくる。ほんとうに良い詩です。
 いまの若い人たちには、詩歌を読む習慣が全然ない。文庫の詩集やアンソロジーが売られていなくて、手に入れようと思ったら古本屋で探すしかない。そういう状況です。アンソロジーがあると、多くの秀歌に簡単に出会えるし、時代の変化もわかるし、何よりも優れた短詩型がたくさんあることが喜びになるし、文学の可能性を広げてくれる。
 嬉しいことに、この『雪月花』には、山形の古本屋も出てきます。この講座は、いまはコロナウイルスのためオンラインですが、通常は山形県立図書館「遊学館」でやっています。そのすぐ向かいの「紅花書房」で、講師に同行してきた編集者が、谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』初版本(1962年中央公論社刊)を入手したという。

北村 これは実話なんです。私は、神保町で400円ぐらいで、背が取れて向こうが見えるようになっちゃっているものを買って、「こんなに安く買っちゃった」と大阪のおばちゃんみたいに自慢していたんですが(笑)、今日のオンライン環境を用意してくれた、新潮社の編集さんが、そのお店で状態のいいものを見つけてくれて、犠牲的精神で(笑)、箱入りのものと交換してくれたんです。これはいい本ですよ。棟方志功の版画も入っていて。私は後に文春から出た「現代日本文学館」の版で読んでいたんですが、やはり本というものは単なる情報ではなくて、どういう形で作られた本であるかというのもありますから。

◆起承転結と全体の流れ/まずはアンソロジーから/覆面の真相は
――受講生から、リアルタイムで感想が寄せられています。画面下の(Zoom機能の)チャット欄をごらんください。「詩が読みたくなりました」「雪月花、今すぐ読みたいです」「10月21日のオンラインイベント申し込みました」などなど、北村さんのお話にたいへん感銘を受けている様子です。こういう反応をリアルタイムで見られるのが、オンラインのいいところですね。

 では、このチャット機能も使って、質疑応答に入ります。声を出してお話したい方は、Zoomの「手を挙げる」ボタンを押してください。
(「手を挙げる」ボタンから、Sさんの質問。※池上読み上げる。以下同じ)
「私は、いくつかのエピソードから4つ抜き出して、起承転結にします。ところが、起承転結にしたそれぞれのエピソードが、起承転結になる仕様で、文章が散漫になり、テーマがわからなくなってしまいます。それは何より、エピソードとエピソードの間、はざまが深く掘り込めていないからだと思います。エピソードのはざまを深く掘り込むにはどうしたらいいか、何かヒントになるようなことを与えていただければありがたいと思います」
北村 たとえば古今和歌集のようなアンソロジーを作る場合でも、素晴らしい歌だけが並んでしまうと、良くない。選者としては、ある程度ふつうの歌を並べて、そこに素晴らしい歌を入れていったりして、メリハリをつけるというか、全体の流れが大事なんです。全体の流れとして、起承転結があるのはいいけど、「起」「承」「転」「結」のそれぞれに何もかも入れる必要はないんです。全体としてゆるみも必要になってくるので、融通をきかせましょう。そのためには、まず身近な人に読んでいただいたときに、緊張が続いていないかどうか見てもらう。自分の訴えたい、強調したい部分を効果的に見せるために、抜く場面を心がけることも必要。材料があると、どうしても語りたくなってしまうものなので、そこの加減は、やっていくうち、次第につかんでいくということですかね。
――起承転結にこだわりすぎて、流ればかり考えているより、本当に語りたいことは何かをもっと考えて、そこを中心に練ったほうがいい。これは僕の考えですが。起承転結はたしかに美しいかもしれないけど、語りたいことを冒頭に持ってくる手もあるし、そこはもっと自由に考えてもいいと思います。

 では、チャットに戻ります。これは質問というわけではありませんが、K・Mさんから「あげていただいた詩のすばらしさはもちろんですが、北村先生の朗読と申しますか、読み方がすばらしいと思いました」。これは本当にそうですね。北村さんは国語の先生をされていたということもあるのでしょうけど。それから、これもチャットで、S・Yくんからの質問です。「詩集をあまり読んだことがないのですが、どういった部分に注目して読めばいいのでしょうか?」
北村 そういう意味もあって、先ほど「日本名詩選」をご紹介したのですが、我々の頃は文庫本なんかでも詩のアンソロジーや全集がいくつも出ていた時代なんです。最近はなかなかありませんが。これは小説でも同じですが、たとえばそういうアンソロジーなんかで、これぞと思う人を見つけたら、その人の全集に入っていくみたいに、まずアンソロジーから入るという流れが、ひとつあるかと思います。
(「手を挙げる」ボタンから、テキスト提出者 瑞木拑子さん)
「北村先生は、当初は年齢性別不詳の覆面作家でいらっしゃいましたが、年齢や性別を隠すメリットやデメリットは何でしたか。また、覆面作家でデビューしようとする若い人へのアドバイスはありますでしょうか」
北村 そうですね、覆面でデビューしたりとか、あまり奇抜なペンネームを使ったりとか、そういうのはやめたほうがいいと思いますね(笑)。私の場合、覆面作家にした理由は、他に仕事があったから。デビューするとき、編集者に、「この作品が世に出たら注文が殺到しますよ。とてもそんなにさばけないでしょう。でも新人が依頼を断ったら生意気だと思われるから、匿名にしちゃえばいいじゃない」と言われて。たしかに数はさばけないし、それも面白いんじゃないかと思ったところがありました。しかし、あまり普通じゃないのでね。私の場合は、量を書くのがとても無理だという具体的な理由でした。今もそうなんですけど、仕事はあまりしないほうがいい(笑)。というのは、やはり書くより読むほうが好きなものですから。送られてくるものが読めないんですよ。最近は短歌で大きな賞の選考委員をやらせていただいていますから、短歌の本が送られてきても、候補になるような人の歌が載っているとよくない。私が小説家なのに短歌賞の選考委員をやらせていただいているのは、短歌の世界と距離があるからでしょうし、意識して読まないようにしています。私もこの年齢になってくると、もう読める本も限りがあるでしょうし。
 美学としては、北村薫という正体不明の人が、名無しの主人公の本を一冊だけ書いて、誰だかわからないままいなくなってしまう、というのが一番美しいなと思っていたんですが、あにはからんや、いろいろ書くことになってしまった、ということです(笑)。特殊な例ですので、あまり覆面作家はやらないほうがいいと思いますね。

◆文体は着替えのようなもの/書くことが救いになる状況もある/魅力的な謎は魅力的に解かれるべし
(テキスト提出者の瑞木さんのもうひとつの質問)
「私は、北村先生が覆面作家だったころ、先生は女性ではないかと思っていました。私は逆に、名前を変えて小説を書くと、男性が書いたのかと思った、と言われることがあります。文章の女性らしさや男性らしさは、どこからくるんだろうと不思議に思っています」
――チャット欄にも似た質問がありますね。(Y・Yさん)「北村先生の作品では、どの主人公も魅力的ですぐに好きになってしまいます。特に女性を書くときのコツのようなものがあれば、教えていただけると幸いです」
北村 コツというのはないですね、自然にそう書いている、というしかないので。どうと言われても、困ってしまう。自然に書いているとああなる、ということしかないですね。他の作家さんも、自分の文体を持ってそれで書いているんだと思います。ただ、作品によって調子が変わってくるというのは、結婚式には礼服を着ていく、散歩にいくときはこのジャージだ、みたいな感じで、自然にそうなっていくんですね。
(チャットより、S・Sさん)
「一日仕事をして帰宅すると疲れてしまいます。創作活動する気力が続きません。北村先生は、創作活動の気力を維持される秘訣はおありでしょうか」
北村 これはねえ、私も実はものすごく苦しい時期がありまして、両親の介護をしているときはつらかった。寝る時間もないようなときに、ぐったり疲れて12時過ぎに寝て、でも2時ぐらいに起きて、脇の机に置いておいたワープロで1~2時間書いて、また寝るみたいなことをやっていました。そのときって、ものすごく集中して書けました。時間があるから書けるというものでは決してなくて、人間というのは、追い詰められたときとか、むしろ書くことが救いになる状況であったら、素晴らしい作品が生まれるような気がします。私自身は、精神的に参ってしまうようなときに、そういうわずかな時間というのが、心が壊れないために必要だったんだなと思います。命あっての物種ということで、身体が壊れてしまってはダメですけれども。

(チャットより、N・Tさん)
「北村先生はどういう風に題名を決められているのでしょうか? 題名で一番大事にされていることは何でしょうか?」
北村 これもねえ、難しいですよね。たとえば今日いただいた2つの小説にしても、もう少し何か別のタイトルはないかと考えてみる。そうすると、当たり前でなくてしかし必然であるようなものが、何か考えられるような気がします。じゃあそれは何だと言われると困りますが。私の場合は、書いていると何か、神様から降りてくるという言い方がありますが、タイトルについてはそういうひらめきが必要な気がします。凡庸なタイトルでは、作品に対して申し訳ないですからね。
(チャットより、T・Aさん)「魅力的なキャラクター作りを教えていただきたいです」
北村 書いていると楽しい人物を作って、自分でその人を好きになることですね。でも魅力的ってのは難しくてね、悪いやつだけど魅力的、陰惨な人間なんだけどよく書けているっていうこともあるから、本当に難しいんだけれども。
(チャットより、テキスト提出者 渋谷雅彦さん)「本格ミステリについてお聞きしたいのですが、謎解きの面白さ、というのは、消去法と論理の厳格さによって、これしかありえない、という解答を導くことでしょうか?」
北村 これは有栖川有栖さんなんかとも話しているんだけど、難しい問題でね。本当にその論理で、裁判でその人を裁けるのかというと、そういうことではない。その論理が正しいかのようにできていれば、それでOKなんだという。それと、やはり論理そのものに魅力がほしいですね。たとえば『エジプト十字架の秘密』(エラリー・クイーン)におけるヨードチンキの壜とか。魅力的な謎でも、凡庸に解かれたらつまらないんで、そこが難しいところです。魅力的な謎を魅力的に解く、と抽象的な言い方をするしかないんですが、その辺ができたとき、素晴らしいミステリができあがるんじゃないでしょうか。

(チャットより、T・Rさん)「北村先生が紹介された本だと『白菜のなぞ』(板倉聖宣、平凡社)が印象的でしたが、自分が感じた面白さを書評として他人に伝えるとき、注意すべきことは何でしょうか」
北村 これは、自分が面白いと思っているかどうかですね。まずはそこですが、でも面白い言葉があって、赤木かん子さんという児童文学の評論家が、読書感想文の書くときのコツについて「取り上げるべき本は、感動した本を書かないことです」とおっしゃっている。感動は表現できません、というんだね。これはぐっと掴まれちゃう。
 紹介するというときは、自分がどうして面白いと思ったのか、というのが肝で、『白菜のなぞ』は私も目茶目茶に面白いと思った。でも語り過ぎちゃうとネタバレになっちゃう。私も、すごく面白い紹介文のある本を買ってみたら、面白いのはその紹介されているところだけだったなんてこともあったしね(笑)、その辺の兼ね合いは難しいですね。面白さのネタバレということもあって、一番面白いところを言いたくなっちゃうけど、そこを言っちゃうと買った人は残念なんでね。
――みなさん、質問ありがとうございます。もっとお聞きしたいのですが、時間となりました。では、北村さん、ご用意してくださったものをお願いします。
北村 最後に、もう一篇の詩を読ませてください。入沢康夫さんの「未確認飛行物体」。
薬缶だって、
空を飛ばないとはかぎらない。
水のいっぱい入った薬缶が
夜ごと、こっそり台所をぬけ出し、
町の上を、
畑の上を、また、つぎの町の上を
心もち身をかしげて、
一生けんめいに飛んで行く。
天の河の下、渡りの雁の列の下、
人工衛星の弧の下を、
息せき切って、飛んで、飛んで、
(でももちろん、そんなに速かないんだ)
そのあげく、
砂漠のまん中に一輪咲いた淋しい花、
大好きなその白い花に、
水をみんなやって戻って来る。

――いやあ奇想天外、面白い詩ですね。つながりあうことの不可思議さを壮大に、実に楽しく謳いあげている。いい詩です。本当に今日は、いい詩をたくさん教えていただきました。今日はありがとうございました!
 (画面には多数の手(拍手)の絵。チャットには受講生たちから多数の礼と賛辞が集まる)
【講師プロフィール】
◆北村薫(きたむら・かおる)先生
 1949年、埼玉県生まれ。国語教師をしながら89年、『空飛ぶ馬』でデビュー。91年に『夜の蝉』で日本推理作家協会賞、2006年に『ニッポン硬貨の謎』で本格ミステリ大賞、09年『鷺と雪』で直木賞、16年、長年のミステリへの功績が認められ日本ミステリー文学大賞を受賞する。詩歌への造詣も深く『詩歌の待ち伏せ』、早稲田大学での講義をまとめた『北村薫の創作表現講義』など小説以外の秀作も多数。最新作は『雪月花 謎解き私小説』(新潮社)。現在、本格ミステリ大賞選考委員をつとめる。
●空飛ぶ馬(創元推理文庫 現代日本推理小説叢書)
●夜の蝉(創元推理文庫 現代日本推理小説叢書)※日本推理作家協会賞受賞
●ニッポン硬貨の謎 エラリー・クイーン最後の事件(創元推理文庫)※本格ミステリ大賞受賞
●鷺と雪(文春文庫)※直木賞受賞 ※日本ミステリー文学大賞受賞
●雪月花―謎解き私小説―(新潮社)
●小萩のかんざし いとま申して3(文藝春秋社)
●ヴェネツィアだより(新潮文庫)
●遠い唇(角川文庫)
●六の宮の姫君(創元推理文庫)
●詩歌の待ち伏せ(ちくま文庫)
●詩歌の待ち伏せ2(文春文庫)
●北村薫のうた合わせ百人一首(新潮文庫)
●ユーカリの木の陰で(本の雑誌社)
●北村薫の創作表現講義(新潮選書)
●スキップ(新潮文庫)
●読まずにはいられないー北村薫のエッセイ(新潮社)
●覆面作家の愛の歌(角川文庫)
●愛さずにはいられないー北村薫のエッセイ(新潮社)
●本と幸せ(新潮社)
●覆面作家は二人いる(角川文庫)
●月の砂漠をさばさばと(新潮文庫)
●玻璃の天(文春文庫)
●ターン(新潮文庫)
●中野のお父さん(文春文庫)
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