「(今回のテキストは)私が近年に読んだ、『男はつらいよ』について書かれた文章の中で、一番刺激を受けました。このまんま映画雑誌に載ってもまったくおかしくない。本当に意表をつかれた作品でした」

 1月の講師には、川本三郎(かわもと・さぶろう)先生をお迎えした。
 1944年東京都出身。週刊誌記者を経て、1977年『朝日のようにさわやかに』で文筆家としてデビュー。映画・文芸・都市など幅広いジャンルで活躍し、1991年には『大正幻影』によりサントリー学芸賞、1997年には『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』により読売文学賞・評論伝記賞、2003年には『林芙美子の昭和』により毎日出版文化賞と桑原武夫学芸賞、2012年には『白秋望景』により伊藤整文学賞評論部門を受賞している。
 今回はまた、ゲストとして楠瀬啓之氏(新潮社)が参加し、講評に加わった。
 講座の冒頭では、講座コーディネーターの池上冬樹氏(文芸評論家)が講師を紹介した。
「今日は川本三郎さんをお招きしました。おいでいただくのは3年ぶりになります。川本さんは山形県の寒河江がたいへんお気に入りで、ふるさと納税の寄付もされているそうです。去年は寒河江の図書館でトークショーも開催されましたので、そこに参加された方もいらっしゃるでしょう。そういったお話も、お聞きできればと思います」

 続いて川本氏の挨拶。
「こんにちは、川本三郎です。山形に来るのは、前回とその前の講座と、去年のトークショーに続いて、4回目となりますね。私は春の田園風景が好きなので、冬はちょっと敬遠していたのですが、今年は雪がないのでびっくりしています(笑)。今日はよろしくお願いします」

 今回のテキストは、5名より提出された、エッセイが5本、ショートショートが1本、創作ノートが1本。
河田充恵『青へ』(7枚、ショートショート)『猫のシマ吉』(12枚)
 2019年は『アリー/スター誕生』に始まり『火口のふたり』や『マリッジ・ストーリー』『決算! 忠臣蔵』まで48本を鑑賞した、映画好きの作者が、自分の映画館体験を回顧する。
 片岡千恵蔵の白黒時代劇を畳敷きの桟敷席で観た記憶にはじまり、総天然色映画を観て食べたアイスクリームの味、時には痴漢に遭うという嫌な経験もしながら、映画館での楽しい思い出は尽きることなく紡がれていく。
・池上氏の講評
 こういう古い映画館の話は、若い人にとっては新鮮でしょう。僕もさすがに、畳敷きの映画館で見た記憶はありません(笑)。川本さんのお好きな、寒河江の映画館ですしね。
 僕の感想をいうと、これなら、古い映画館の話にしぼったほうがいいですね。後半で出てくる痴漢の話は、面白いんだけど、テーマがバラけてしまうので、子どものころの、寒映(かんえい)の時代の、家族の記憶とともに語るという形にしたほうがいいです。いまはもう目にできないものを、目に浮かぶように書いたほうがいい。一緒に見ていた家族や、子どもたちのリアクションなどを書くと、すごくいい話になったと思います。
・楠瀬氏の講評
 僕も、このエッセイと同じく去年の映画初めが『アリー/スター誕生』で、最後に観たのが『マリッジ・ストーリー』だったので、親近感をおぼえざるを得ません(笑)。古い映画館の話は、もちろん楽しいです。読んでいて面白かったのは、白黒映画の時代はタバコの煙のイメージ、カラー映画の時代にはカラフルなアイスクリームのイメージがいっしょに描かれていて、観ている映画と小道具に密接な関わりがあるところです。人妻になったあとに観にいく映画が、文部省推薦映画の『あゝ野麦峠』で、それを観るときに痴漢に遭うというあたりの、エピソードと映画の結びつきがしっかりありますし、実に映像的に書かれていて、面白いエッセイだと思いました。

・川本氏の講評
 寒映というのは「寒河江映画劇場」とかの略ということでしょうか。私も、この話にしぼったほうがよかったと思います。痴漢の話はちょっと、この文脈の中では浮きますね。それから、『火口のふたり』の話も、一番新しい映画ということなんですが、この流れの中で突然これが出てくるのは、違和感があります。
 これを書かれた方は、子どものころに東映時代劇をご覧になっていたということですから、おそらく私とあまり変わらない年代の方でしょうか。ここの話が一番面白いです。当時は、寒河江にはほかの映画館もあったでしょうし、日本映画の黄金時代で、子どもにとっては、テレビもまだそんなに普及していなかったから、映画が一番の楽しみだった、その頃の映画館の思い出ですね。そこで、どういう映画を観て、どういう俳優に夢中になったか、そういう話がもうちょっと書き込んであったら、私なんかは懐かしく読めたかなと思います。
『ニュー・シネマ・パラダイス』という作品はみなさんご存知かと思いますが、このように「映画館もの」というジャンルがあるんですね。ほかには『ラスト・ショー』という作品も有名です。映画の好きな人は、それぞれに大事な映画体験があって、だいたい私たちの世代は、テレビやDVDではなくて、映画館で初めて映画を見るわけで、その映画と、映画館の記憶が結びついているわけですね。それはとっても大事なことなので、その時代背景をもう少し描きこまれていたらいいかな、と思いました。
 この寒映だけに絞って、もういっぺん書いてほしいなと思います。

 旧正月の寒い日、隣町の道の駅で催された寒鱈まつりにやってきた作者夫婦。北風が吹き付ける中で長蛇の列に30分も並んで、やっと自分の番になる直前のできごとは……(『今年の運』)。エッセイ集を自費出版した作者のもとへ、新聞記者が取材に訪れる。ある理由で白髪染めをやめていた作者が、とっさに被ったかつらの思わぬ効用とは……(『かつら』)。池上氏も「この講座の隠れたスター」と評する佐竹氏の、日常を飾らぬ言葉で描いたエッセイ2本。
・池上氏の講評
 佐竹さんのエッセイはとても好きで前から読んでいるのですが、今回のはやはり短いですね。もっと長くていい。佐竹さんのエッセイは手触りを感じさせる文章がいいのですが、今回も、かつらは見栄えだけでなくかぶると暖かい、というところが非常にいいです。
 冒頭に息子さんが出てきて、息子さんは標準語で、お母さんは山形弁でやり取りするところは、僕たち山形の人間からすると不自然です。息子さんが方言を使わないというところのやり取りも、描いてほしいです。
 寒鱈汁を食べる話も、肝心の食べる場面の前で終わってしまうので、その後も書いてほしい。佐竹さんはいつも、余計な部分を削ろう、削ろう、としすぎです。最初に書いた、荒削りな文章が一番いいので、そのまま出してください(笑)。

・楠瀬氏の講評
 僕はむしろ、この枚数でもっと何本も読みたくなりました。というのは、吉田健一さんが「美しくても貧しくても、生きていることには喜びがある」というようなことを書かれているんですね。「人が生活することは、一本の樹が一遍の詩と同じように美しくなければいけない」という意味のことも言っているのですが、佐竹さんの作品を読んで、こういうことなのかと思いました。寒鱈汁の味がどうであれ、鱈の切り身の角が立っている、というのは嬉しいじゃないですか。そういうことを、作者が強く感じていて、読者にもそれが通じるので、いい文章だと思います。一篇を長く書くのもいいですが、生活で見つけた美しいものをたくさん書くという手もあるような気がしました。

・川本氏の講評
 もうだいぶ前のことになりますが、池上さんに呼ばれて初めてこの講座に来たときに、佐竹さんが行商のことを書かれたエッセイを読んで、たいへん印象に残っています。今回のも、この『かつら』は女性でなくては書けない、男では書けないような文章ですね。かつらを被るかどうか、が女性にとってはこんなに大事なことなのかとよくわかりました。よく、病気で髪の毛をなくされた方がかつらを被ることがありますが、ここでのかつらはそれとは違う意味のかつらで、息子さんとのやり取りもほのぼのとしていて、いいなと思いました。片付いていない部屋にあがっていくあたりも、生活感が出ていてよかったです。
 もう一本のほうですが、寒鱈汁はおいしいですよね。僕も鶴岡で食べたとき、とても美味しかったのを覚えています。食べるところで終わっているのは、たしかに物足りないといえば物足りないのですが、それより旦那さんとのやり取りが面白くて、この夫婦の日常が出ているようで、面白く読みました。言葉も、地元の方言を使っていて、いいと思います。舞台が、私の好きな寒河江になっているのも、好感を持ちました(笑)。

 ビートルズの名盤「アビイ・ロード」発売50周年を記念したスペシャル・エディションが2019年9月に発売され、全曲のリミックスや未発表音源、限定販売の豪華特典がファンの話題をさらった。しかし長年のファンである作者の酒田氏は、すでに完成された作品に手を加えられることが納得いかず、自分の思い出も含め、このアルバムへの思いを若い聞き手に語りかける形式で書いた作品。これが初めてのエッセイだとのこと。
・楠瀬氏の講評
 酒田さんの、ビートルズのリマスターに関する怒りについては、よくわかりました。要するに、作品があって、作り手がいて、受け手がいる、という問題ですね。作品はどこで完成するのか、という問題で、この間、爆笑問題の太田光さんがテレビで、長渕剛さんの息子さんでラッパーの人に、「お父さんに、『乾杯』を昔のまま歌うように言っといて」と言ってましたが、それと同じですね。歌手が昔のヒットナンバーを崩して歌うのが許せないという人がいますけど、それと同じ怒りです。それを芸術における受容論として膨らませることもできると思いますので、それに絞る手もありましたね。若い人へのメッセージ的な部分とは、うまく結びついていないと思いました。

・池上氏の講評
 これはね、前半が長いですよね。ビートルズについて紹介しなければいけないのはわかるんだけど、カタログから借りてきたような文章になっている。やはり自分なりに消化した、自分の文章で書いてほしい。
 若者に語りかけるスタイルにする必要はないので、自分の個人的な記憶にしたほうがいい。メッセージにすると説教臭くなってしまうので、それよりもっと、どんな場所でどんな曲を聴いたのかなど、個人的な記憶を綿密に書いてほしい。個人的な体験こそが、普遍的なものになるんです。客観的に書いた部分で、文章から個性が失われているので、愛や怒りがあるなら、それを素直にぶつけたほうがいい。でも、初めて書いたエッセイとしては、文章はしっかり書けていますので、これからたくさん書いてください。

・川本氏の講評
 私もまったく同じ意見ですね。情報としては、ビートルズが好きなら誰でも知っているようなことばかりで、まったく新鮮味はないです。ここは余計だと思います。むしろ、あなたが最初にビートルズを聴いたときの経験など、個人的なことをもう少し書き込んでほしいと思います。
 ただ、有名なアルバムジャケットの横断歩道が意味するもの、というところに着目したのは面白いと思います。これが、舞台になっている仙台という街とどう関わるか、あるいは後半に出てくる3・11とどうつながるのか、この辺をもう少し書き込んであったら、面白いかなと思いました。

河田充恵『青へ』(7枚、ショートショート)『猫のシマ吉』(12枚、エッセイ))
 夏の暑い日、白い毛に青い目の若い野良猫に出会った「私」は、その猫を「青ちゃん」と呼び、えさとして煮干しを与えるようになる。やがて季節は冬となり、青は廃屋をねぐらとして、土台石の小さな穴から出入りしていた。「私」はそこに青のための専用皿を設置して煮干しを与えるが、ある日その穴は誰かにふさがれてしまう(『青へ』)。
 作者が子どものころ、父がもらってきた三毛猫のミーコは、子どもが嫌いで作者にはちっともなつかなかった。それから歳月は流れ、大人になった作者や娘たちが暮らすマンションに、母猫に置き去りにされた子猫のシマ吉がやってくる。野良猫あがりでやはり人になつかないシマ吉との暮らしは……(『猫のシマ吉』)。
・池上氏の講評
 この作品は、川本さんは猫がたいへんお好きだということでテキストに選びました(笑)。
 河田さんは文章もうまいし、猫の表情も、それを見つめる作者の暖かいまなざしも感じられるし、すごくいいですよね。『青へ』はもっと猫の描写がほしいし、主人公の行動に対する猫のリアクションも、もうちょっと見せてくれると、場面がもっと生き生きと立ち上がってくるんじゃないかと思います。
 その意味でいうと、『猫のシマ吉』のほうがいいですね。リアクションもあって、猫の姿も見えてくるし、主人公の気持ちもわかってきますし。短い中に、猫のみならず生き物に対する愛情が書かれていますし、猫にシマ吉という名前をつけたときから、ひとつひとつの仕草が愛らしく見えてくる、具体的なプロセスも非常に微笑ましくて、愛があって、読んでいて気持ちがよくなる。これが作者の個性だと思います。

・楠瀬氏の講評
 僕は、実はミーコについてのほうがシマ吉よりよく書けていると思ったんです。回想の中の、猫の動きの描写に、それを見ていた河田さんの、少女時代の目みたいな感受性をも感じさせられて、この回想シーンは非常にうまいと思いました。ミーコとシマ吉が、猫らしいリアクションなり何なりで、並列的につながっていたら、より面白くなるかなと思ったりもしました。
『青へ』のほうは、話し口調だと語尾が単調になるという日本語の弱点があるんですが、たしかにこの作品も単調にはなっているんですよ。ほぼ「でした」で終わっていて、途中で2箇所ぐらい「でした」以外の結びが出てくるんですが、でもこれが、単調になりすぎる直前ぐらいで、作者の猫好きが本当に伝わってきて、青ちゃんに元気でいてほしいという、大げさにいえば祈りのようなものを感じなくもないんです。愛情ゆえに単調さを逃れているような気がしました。そのかわり、もう少し、私はなぜこんなに青に惹かれているのか、というのが入っていると、よかったかもしれません。

・川本氏の講評
 池上さんがおっしゃるとおり、私は大の猫好きなので、2本ともとても面白く読みました。みなさんご存知のように近年は猫ブームで、べたべたした猫っ可愛がりぶりを描いたようなエッセイが氾濫していて、読んでいて辟易するんだけれども、河田さんのは割と猫がクールに描かれているところが面白い。特にシマ吉の場合は、いくら可愛がっても、猫のほうはそんなに飼い主のことを想っていないんじゃないか、というところが伺えて、面白い。それから文章で感心したのは、「猫の首根っこを押さえて持ち上げると、猫のてるてる坊主になった」というくだりが面白い。こういう表現は今まで読んだことがありませんでした。猫がすずめと会話をしているというのも、猫ってこういうことをするんだなと初めて知りましたし、割と距離をもって猫を見ているのが面白い。ただ、終わりの2行はちょっといらないかなという気がします。
 それから『青へ』も、実は私ももう5年以上、近所の猫たちに餌をやる、餌やりおじさんをやっているので、とても共感しました。とってもいい題材で、これはもう少し手を入れたらとってもいいものになると思います。これは山形の話だと思いますが、山形のような寒いところでよく猫が冬を越せましたね。その辺ももう少し書き込んでほしいです。私も野良猫に餌をやっているからわかるんですけれども、野良猫に無責任に餌を与えてはいけませんという文字が胸をよぎるという、これは餌やりの人間がみんな感じているんですよね。自分ではいいことをしているつもりでも、傍から見れば無責任でしかない。いつも毎日のようにそう思うし、じゃあなんでちゃんと飼わないんだ、と自問自答もしている。そこももう少し書き込んでくれたらいいなと思います。
 それと、入り口が塞がれて、冬を迎えた猫たちはどうしているのか。冬の間は餌をやりに行けない、申し訳なさもあったと思うんですよ。その辺をもうちょっと書き込んでほしいんですね。それがあったから、死んだと思っていた猫が姿を現したよろこびも出てくると思うんですね。題材としてはとてもいいと思うので、もう少し手入れをして書かれると、素晴らしい作品になると思います。

 一九八〇年代にブラジルの日系人社会(「コロニア」と呼ばれる)では、「男はつらいよ」をブラジルのサンパウロにあるリベルダーデの日本人街で撮影してもらおうと、現地での署名運動と「寅さんブラジルへ行く」の台本の公募があった。また、去年の十月にNHKで放送(五回放送)された「少年寅次郎」(山田洋次の小説『悪童 小説寅次郎の告白』)の着想を得て、寅次郎が父親と大喧嘩して家を出た十六歳から柴又の帝釈天に帰って来るまでの空白の二十年間(寅次郎三十六歳まで)の間に、先のブラジルで起きた寅さんの招致運動を叶えるべく、青年の寅次郎がブラジルへ行くという物語を創作ノートとしてまとめた。
・池上氏の講評
 これは力作です。もらった瞬間に「何だこれは!」と思いました(笑)。もったいないな、講座で使うよりどこかの出版社に送ればいいのにな、という感じです。よくここまで書きましたね。どこかに紹介してもいい、というぐらい川本さんも気に入っています。よく調べられているし、ブラジルという観点が利いています。実際に招致運動があったということも、僕は知らなかったし。古間さんは海外経験が多いので、体験や知識があるし、細かいところまで考えて作り上げられている。これはどこかの雑誌に載っていてもおかしくないし、山田洋次に送ったほうがいいのではないかという話も出ました(笑)。
 ただね、キャストの妄想はいらないんじゃないかな。ここはブラジルの話とは違ってしまっていて、余談としては長すぎるし、ないほうがいい。

・楠瀬氏の講評
 これは、大ヒットですね。ある有名な作品の、空白の時間を埋めるスピンオフというパターンがあります。フランシス・フォード・コッポラ監督の『ゴッドファーザー』で、コルレオーネ家の三男マイケル(アル・パチーノ)がシチリア島へ高跳びしますが、それを基にして、原作者のマリオ・プーゾが『シシリアン』という続篇の小説を書いています(※マイケル・チミノ監督の映画版には、マイケルは登場しない)。空白をこのように活かすやり方がありますが、この作品では、寅次郎がなぜああなったのか、というところにブラジルという補助線をひいている。
 股旅的な人ですから、寅次郎はブラジルに行っていてもおかしくないし、小道具などについての辻褄合わせプラス、過去49作だけでなく今度の50作目の延長線上に作っている、という点において、よくここまで出来上がったなと思います。山田洋次に送るのは大賛成ですが、横尾忠則氏のようにアイディアを勝手に使われないかという点だけが心配です(笑)。非常に感心しました。

・川本氏の講評
 これは本当に感心しました。池上さんがおっしゃるとおり、このまんま映画雑誌に載せてもまったくおかしくない。私が近年に読んだ、『男はつらいよ』について書かれた文章の中で、一番刺激を受けました。寅さんがブラジルに行く、なんていう発想は、まったく考えたこともありませんでしたし、なるほどこういう手があったか、と思わされます。ご自身もブラジルに留学された経験がおありだそうなので、その体験も踏まえられているのだと思いますが、非常に説得力があるし、寅さんがあのときブラジルに渡っていても、状況からいってもおかしくはなかったわけですね。
 ただ、難をいえば、寅さんがブラジルのどこが気に入ったのか、どういうところが好きになったのか、そして最後はどうして別れなくてはならなかったのか、もう少し掘り下げてほしいし、寅さんが脇役的になってしまっているのがちょっと残念です。弁士とか映画館主とか、日本人会の人とか、ほかの人物が目立ってしまったために、寅さん自身の影がちょっと薄くなってしまっているのが難なんですけれども、これは本当に意表をつかれた作品でした。面白いです。
 ぜひ、山田洋次さんに送られるといいと思いますよ。ただ、最新作の批評の部分だけは削ったほうがいい(笑)。でもこの批判は真っ当で、私もそのとおりだと思いました。いくらなんでも満男が突然作家になるというのは違和感があるし、たった一作書いただけであんなに偉そうな先生ぶるのも変だし、この批判はまったく同感なんですけど、これは本筋から外れるのでなくてもいいかな、とは思いました。でも、とっても面白かったです。

※以上の講評に続く、後半トークショーの模様は本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。
【講師プロフィール】
◆川本三郎(かわもと・さぶろう)氏
 1944年、東京都生まれ。文学、映画、東京、旅を中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『今ひとたびの戦後日本映画』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』『叶えられた祈り』などがある。現在、読売文学賞、サントリー学芸賞(社会・風俗部門)の選考委員を務めている。
●大正幻影(岩波現代文庫)※サントリー学芸賞受賞
●荷風と東京(岩波現代文庫)※読売文学賞受賞
●荷風と東京「断腸亭日乗」私註(岩波書店)※読売文学賞受賞
●林芙美子の昭和(新書館)※毎日出版文化賞受賞 桑原武夫学芸賞受賞
●白秋望景(新書館)※伊藤整文学賞受賞
●マイ・バック・ページ(平凡社)
●いまも、君を想う(新潮文庫)
●今ひとたびの戦後日本映画(岩波現代文庫)
●夜の樹 トルーマン・カポーティ(著)川本三郎(翻訳)(新潮文庫)
●叶えられた祈り トルーマン・カポーティ(著)川本三郎(翻訳)(新潮文庫)
●「男はつらいよ」を旅する(新潮選書)
●成瀬巳喜男 映画の面影(新潮選書)
●東京は遠かった 改めて読む松本清張(毎日出版社)
●台湾、ローカル線、そして荷風―ひとり居の記 2(平凡社)
●小説を、映画を、鉄道が走る(集英社文庫)
●ひとり居の記(平凡社)
●「それでもなお」の文学(春秋社)
●あの映画に、この鉄道(キネマ旬報社)
●物語の向こうに時代が見える(春秋社)
●サスペンス映画-ここにあり(平凡社)
●いまむかし東京町歩き(毎日新聞社)
●老いの荷風(白水社)
●そして、人生はつづく(平凡社)
●映画の中にある如く(キネマ旬報社)
●向田邦子と昭和の東京(新潮新書)


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