「みなさんね、1回で終わらそうとしないでくださいね。書き直しとか最初からやり直しとかを、嫌がらないほうがいいです。推敲することで小説は良くなりますし、書き手もそこでよりいっそう成長するんですよ」

 第112回は朱川湊人先生をお迎えして、短篇と長篇の書き方の違い、題材の取り方と時代性、尊敬するクリエイター、初心者におすすめの自著など、幅広いお話をしていただきました。
◆短篇は早く終われる(笑)/オカルトブームで大きくなった/小説はお説教じゃない
──前半の講座では、15枚から30枚程度の短篇が多かったわけですが、朱川さんもデビューは短篇でしたよね。最初に書かれた作品はどのような作品でしたか。
朱川 そうですね、この『都市伝説セピア』(文春文庫)に入っている「アイスマン」が、商売として書いたものでは一番古いと思います。

都市伝説セピア (文春文庫)

「都市伝説セピア」(文春文庫)※「フクロウ男」オール讀物推理小説新人賞受賞
──朱川さんは、ひと呼んで「ノスタルジックホラーの名手」とよくいわれます。「アイスマン」はその代表的なものですね。アイスマンというのは、氷漬けになった河童の見世物にまつわる物語ですが、そこから昭和テイストというか、懐かしい風合いの入った短篇になっています。
 ご本人としては、短篇と長篇ではどちらが好き、ということはあるんですか。

朱川 どちらが好きか、といわれると両方とも良さがあるんですけど、短篇のほうが、早く終われるじゃないですか(場内笑)。いや、早く終わるというのは悪いことじゃなくて、一番楽しいところを早くつかまえられるということです。書いている人がつまらなければ、できあがったものもつまらないので。やっぱりクライマックスを書くのが一番楽しいわけですよ、小説って。そこがすぐ来て、楽しいところばっかり早く食べれるので(笑)。
 だから、すごく長いものもあるんですけど、あそこにはまだ遠いな、と思うと、けっこう大変。もちろん、途中途中にもそれなりのヤマはあるので、そのときそのときでやっていくんですけど、やっぱり一番おいしいのは、いわゆるクライマックスシーンなんでね。そこに早く到れるのは短篇なので、そっちのほうが楽しいかな。

──僕は最初に読んだときに、単なる怖さだけでも、かといって懐かしさだけでもなく、人に寄り添った物語だと感じました。モンスターみたいなのが出てきたり、非常に残酷なシチュエーションだったりするものもあるんですが、どこか温かな気持ちで読み終えることができるのが、朱川作品の大きな特徴だと思うんです。そういった部分は、ご自身で読み味として心がけていたりするんですか。
朱川 これを書いたころは、読み味というのを調節できるほど上手でもなく、若かったので何も怖くなかったんですけど(笑)、僕は子どもの頃から神秘的なことが好きなんですよ。1963年生まれなんですけど、ほぼ『ちびまる子ちゃん』と同等な青春を送ってきた世代なんです。『ちびまる子ちゃん』にもありましたけど、小学校高学年ぐらいのとき、日本にオカルトブームが起こりまして。ユリ・ゲラーはスプーンを曲げるわ、『エクソシスト』でリーガンさんは浮かんだりするわ、ノストラダムスは予言するわ、そういうのが日本中を席巻しているときに小学校4,5年だったので、どんどん吸収しちゃって。だから今でも不思議なことが大好きだし、山形に来ると不思議だらけで楽しいんですよね。
──前にお越しいただいたときも、観光地をご案内しようとしたら「なるべく怪しいところに行きたい」という話をされて、それで天童のムカサリ絵馬ですとか、肘折温泉の山奥にある地蔵倉という、お堂が立っている断崖の、ぼこぼこ穴が空いた石灰質の壁に無数の5円玉がぶらさがっている場所があって、ご案内したんです。ところが僕は、そこに行くまでに崖の山道を15分ぐらい登るという事実をいっさい言わなかったんですよね(笑)。何も知らせずに、修験者がかつてこもっていた山に連れていったという。

朱川 あのね、崖に鎖場があるんですよ(笑)。ちょっと丘を登る程度かと思ったら、けっこう命がけみたいな。鎖の下には50メートルぐらいの断崖があって、しかも当日は雨でぬかるんでて、最悪だよね(笑)。
──そんなところに笑顔で連れてきまして。朱川さんと、講座世話人の池上冬樹さんもそのとき一緒に行ったんですけど、池上さんはずっと「あそこに行ったら時計が止まった」という話をしていましたね(笑)。ご本人は不思議だ不思議だとおっしゃっていましたが、あれは雨に濡れたせいだと思います(笑)。朱川さんもその手の話はお好きですよね。
朱川 不思議なこととか怖いことは今でも好きなんですけど、そんなにかぶれているわけではないんですよ。何でもかんでも幽霊に結びつけて考えるとか、そういうことはなくて、逆に、ちょっと怪しいことがあったら、何かの間違いじゃないかとまず考えちゃうタイプです。俺の目の錯覚では、と自分を疑うタイプ。怖いことは好きなんですけど、そんなにマニアというわけでもないんですね。
 僕が小説を書くとき、大上段に振りかぶって必ずやるというわけではないけど、意識しているのは、人の心を書くことが楽しいというか。さっきの講評でも言ったみたいに、みんなに嫌われて空虚だ、みたいなので終わるのも大好きだし、小説ってお説教じゃないので、それを読ませることで生き方を変えさせてやろうとかそんなことは考えてなくて、楽しんでもらいたい。人を楽しませるんだったら、自分が楽しいと思うことを書くのが一番いい。それで、怖い話のほうに行っちゃったんですね。

◆ノスタルジアと幽霊の共通点/「昔はよかった」なんて思ったことはない/ふたりのオサムからの影響
──『都市伝説セピア』の次は、直木賞を取った『花まんま』(文春文庫)ですね。これは大阪を舞台にして、オカルト的な要素はありつつ、地域性に落とし込んだ作品ですよね。

花まんま (文春文庫)

「花まんま」(文春文庫)※直木賞受賞
朱川 僕は出身が大阪なので、いつかそこの話をまとめたいと思っていました。
 さっき言うのを忘れましたが、ノスタルジックホラーといわれて褒められたりしているんですけれども、ノスタルジーって不思議なものなんですよ。昔のことを思い出すと、現実にあったことなのに、すごく遠い、本当にあったことかどうかわからないような気持ちになるじゃないですか。それって幽霊と同じなんですよね。
 たとえば、山口百恵の「ひと夏の経験」が流行ったころ、といわれると、そのころの自分のことをなんとなく思い出す。その時代に起こった出来事です、ということで小説が書かれていると、そんなこともあったかもしれない、というふうに受け容れてもらえるんですよ。そういうことで、けっこう古いお話を書くのが好きなんです。『花まんま』は登場人物が全員子どもで、私が子どものころこんなことがありました、というお話なんですけど、だからこそ今はこうです、という構造も使えたりするので、けっこう面白い。

──誤解を恐れずにいえば『花まんま』に登場する昭和は、『三丁目の夕日』的に「よかったね」「いい時代だったね」ではなくて、それほど美化されていないじゃないですか。街はごみごみしているし、人も別に優しくないし。そういうところが、却って親近感をおぼえるといいますか、作品に愛着を持ってしまうんですよね。
朱川 そう言っていただけるとありがたいんですけど、ネットで若い方の感想なんか見たりすると、「また朱川の昔はよかった小説かよ」って書いてあったりしてね(笑)。僕は「昔はよかった」なんて一回も言ったことはないし、思ったこともないんですよ。黒木さんも言ったように、昔は不衛生だったし交通事故も多いし、ひどかったんですよ。今のほうが安全で素晴らしい世界なんだけど、だからこそ思い出すこともある。そんな感じですね。
──そういう傾向の作品がお好きなのかと思っていた矢先に、今度は『水銀虫』(集英社文庫)という、人間の暗部を際立たせた本もお出しになって、驚いた記憶があります。聞くところでは、ファンの間では作品によって「白朱川」と「黒朱川」という、トリュフみたいな呼び名があるとか(笑)。

水銀虫 (集英社文庫)

水銀虫(集英社文庫)
朱川 カレーみたいだよね(笑)。これは意図的に切り替えているわけではなくて、どっちかというと自然にそうなります。ただ、もしかするとがっかりさせちゃうかもしれませんが、僕は小説家ですけれども表現者として一番尊敬しているのは手塚治虫なんですよ。僕の世代は漫画とテレビで大きくなったので。手塚治虫さんっていろんな漫画を描くじゃないですか。表現者ってそれが正しいと思うんですよ。ひとつのことだけをずっとやるのもいいんですが、僕はそれができないタイプ。あっちを書いたらこっちも書きたい、できれば毎回違う球を投げたい、と自分がやりたいと思ったことはやっちゃう人なんです。
 雑誌編集の人なんかは、同じ球を投げてほしがるんですよ。依頼がくるときも『花まんま』みたいなものを書いてください、って。何回も書けたら苦労しないよ、直木賞2回ぐらい取れるよ、と思ったりもするんですけど、そういう要請もわかるので書き続けますが、できればいろんなことをやっていきたい。
 ただね、漫画の場合は絵柄を見れば、深刻な漫画か、笑っていい漫画か、わかるじゃないですか。でも小説は読んでもらわないとわからないので、面白いものを書くつもりだったら、文体が軽くなったり、意図的におしゃべりな主人公にしたりはしますね。
 白とか黒とか言いますけど、人間って、明るいだけの人もいないし、暗いだけの人もいないじゃないですか。ちょっと話が脱線するかもしれないけど、僕は太宰の『人間失格』(新潮文庫)が大好きなんですよ。あの中で若者のハートをぐっと掴むのは、本当はそんな性分じゃないのに、友だちといるときは馬鹿みたいに騒いでお道化をする。これを読んだ若い人は、みんな「自分のことだ!」と思って、かぶれます。自分のために書いてくれたんじゃないか、と思うぐらいなんですけど、ちょっとトシ食ってから見ると、まず「本当の自分」というのが怪しい。本当の自分ってどこまで本当なの、友だちと騒いで楽しいのは本当じゃないの、と考えると、結局本当の自分というのは、楽しいのも好きだし暗いのも好きだし真面目なことも好き。そういうものなんじゃないか、と思うようになってからは、『人間失格』は、「ちょっと肩の力を抜けよ、葉蔵」と思うようになりましたね。

◆オススメ作品・黒木薦/オススメ作品・著者自薦/映像化向きの作品
──さっき「手塚治虫を尊敬している」とおっしゃったときに、ハッと膝を打ちました。ノスタルジックホラーの名手といわれているのはたしかにそのとおりなんですが、書くものは毎回手を変え品を変え、同じような傾向を続けているわけではないんですよね。にも関わらず、朱川ワールドだなということがちゃんとわかる。さっきの手塚先生の例で言えば、絵があるわけではないのに朱川カラーがある。その点が本当にすごいなと思うわけです。
 今日の受講生は、朱川さんのファンも多いですが、まだ何冊かしか読んでいない、これから読む方もいらっしゃると思います。そういう方へ、個人的におすすめしたいのは『狐と韃 知らぬ火文庫』(光文社)です。『日本霊異記』を朱川さんが再解釈して書かれたものですが、たいへん面白いです。

狐と韃 知らぬ火文庫

狐と韃 知らぬ火文庫(光文社)
朱川 これのシーズン2みたいなのを、今「小説宝石」で隔月連載しているんですけど、次回で終わるので、3月ぐらいには第2弾の本が出る予定です。
──東北に住むわれわれにとっては身近に思える、あやかしのようなものが、およそ1500年前にも、人の営みや心の機微とともにあったのだ、ということがわかります。古典や民俗学、妖怪譚などが好きな方でしたら、ここを入り口にするのも良いのではないかと。
 しかし、どういう経緯で『日本霊異記』を題材にして書くことにしたんですか。
朱川 古典を題材にした小説というと、みなさん芥川龍之介の「芋粥」など王朝ものを思い出すかもしれませんが、あれは読んでみるとけっこう原作のまんまなんですよ。もう少しひねったほうが楽しいし現代的かな、だけど昔の習慣もおろそかにしないで活かさないと、という感じ。『日本霊異記』は、そういう意味ではとっつきやすかったんですね。
──なるほど。最近出た中から、もう一冊ご紹介したい本があります。『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』(文藝春秋)です。こちらは表紙のデザインを見たときに「あれ、こういうの見たことあるぞ」とデジャビュを覚える方もいるかもしれません。ポプラ社から出ていた江戸川乱歩の少年探偵団シリーズをイメージされているんですね。

スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち

スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち(文藝春秋)
朱川 これはね、僕は東京都荒川区の町屋というところに住んでいるんですけど、ここはすごく香ばしくて面白いところなんですね、下町だけに。いつかここを書きたいなと思っていて、編集者との打ち合わせで「そこを舞台にした少年探偵団ものをやると面白そうだな」という話をして、それでできた話です。固有名詞は微妙に変えてありますが、地元の人が読めば「あそこのことね」とすぐわかると思います。

──失業してしまったスズメというあだ名の青年が、事件に巻き込まれて探偵みたいなことをする羽目になり、そこには江戸川乱歩の作品に微妙にちなんでいる要素もあるという、先程の白朱川・黒朱川という分類にとどまらない、「黄朱川」と呼ばれるテイストでしょうか。ちょっとコミカルな部分もあり、少年冒険小説がお好きな方であれば、とても楽しめるのではないかと思います。
 それからもう一冊、『アンドロメダの猫』(双葉社)、これは現代ものですね。LINEもクラウドも出てくるという。主人公がテレホンアポインターの女性なんですが、ひょんなことから知り合った女の子とともに事件に巻き込まれて、彼女たちが逃避行をするわけですが、こういうぼんやりした紹介になってしまうほど謎をはらんだ、女性同士の恋愛も取り入れた作品です。こういう、ある種の同性愛的な要素がある物語は、初めてじゃないですか。

アンドロメダの猫

アンドロメダの猫(双葉社)
朱川 そうですね、たぶんレズビアンという題材を正面から描いたのは、これが最初です。
 そもそもこの作品を書こうと思ったのは、別にフェミニストを気取るわけじゃないんですけど、男と女ってかなりの部分で似てると思うんですよ。僕は、それこそ太宰を読んだせいかもしれませんけど、女の人が女言葉で独白するような小説もけっこう書くんですよ。そうしたらね、時々「おっさんが書いてるかと思うと気持ち悪い」とか言われることがあって(笑)、だったら真面目に考えて、女の人の気持ちになりきってみようじゃないか、というふうに、僕の中ではハードルをかけてトライした作品です。韓国版も発売される予定で、現在作業中だと聞いています。

──と、僕が一方的に宣伝部長を買って出てしまいましたが、作者みずから「初めての朱川湊人」に推薦したい作品はありますか。
朱川 あのね、本が出ると、いろんな媒体とかでインタビューされることがあるんですけど、僕は自分の小説について語るのがすごい苦手というか、書きましたから読んでくださればわかります、という感じなんです。雄弁にいろいろ語れる方もいますが、私はできたものがすべてだと思っていますので。本当はああしたかったんだよ、こうしたかったんだよ、と言っても、現実にそうなってないんだからしょうがないじゃない、という気持ちもあったりするんですね。
 どの本も一生懸命書いたので読んでいただければ幸いなんですけど、「朱川」って「あけがわ」じゃないんだ、と初めて知ったような人に読んでもらいたいのは、やっぱり僕が最初に出たころの『都市伝説セピア』か、直木賞をいただいた『花まんま』か、実をいうと私の本で一番売れている『かたみ歌』(新潮文庫)を読んでいただくか、ですかね。

かたみ歌 (新潮文庫)

かたみ歌(新潮文庫)
『かたみ歌』は、「栞の恋」という一篇を「世にも奇妙な物語」で堀北真希ちゃんがやってくださって、ファンの中でもけっこう好評で、そのおかげかよく売れています。『都市伝説セピア』も、WOWOWでドラマ化されたり、「昨日公園」はやはり「世にも奇妙な物語」で2回ドラマ化されたりしています。『水銀虫』の中に入っている「薄氷の日」も、やっぱり「世にも奇妙な物語」で、川栄李奈ちゃん主演で「クリスマスの怪物」というタイトルでやってもらいました。あの番組に向いているんでしょうね。すごくロマンティックな話になったり、モンスターが出てきて追いかけてきたりするけど、まあ許可を出した以上は仕方ないというか。

◆ニューシネマからの影響/作者の苦痛は読者の苦痛/1回で終わらそうとしないでくださいね
──短篇を書かれるみなさんの創作の参考にもなると思いますので、朱川さんが紹介された本、ぜひ読んでみてください。きっとご満足いただけると思います。
 では、旧知の仲である僕が進行していると、どうしても脇へ脇へと脱線しがちなので、ここからは質疑応答に入りたいと思います。
男性の受講生 朱川先生は太宰治がお好きだそうですが、津軽出身の黒木さんとは、津軽や太宰についてどのような話をされているのかなあ、ということをお聞きしたいです。
朱川 ああ、一緒に金木の斜陽館にも行きましたよ。僕は本当にね、中学生のころから新潮文庫で買い集めていて、一時期は「太宰は俺の神様だ」みたいな気持ちになっててね。ただ、そうしてると社交的じゃない人物になっちゃうことが多くて、高校生前半ぐらいはけっこう暗いやつだったですね。信じられないかもしれないけど。
 前に、青森の恐山に、黒木さんと集英社の方と車で行って、その途中で斜陽館にも寄ったんだよね。
──あのときは恐山を取材した帰り道に金木町へ寄るというスケジュールだったんですが、朱川さんは斜陽館に着く前からもう遠足状態で、テンションが上がっていて、駐車場に着くなり我々を置いて館内に入って行って、ずっとご覧になっていましたね(笑)。
朱川 今日はせっかく山形まで来たので、もうちょっと足を伸ばして、また行こうと思ってたんですよ。前に行ったときは公開されていなかった、太宰が疎開していた離れが公開されているんですよ。これは見なければなるまい、と思ったら、山形から青森まで直行では行けないということがわかってね(笑)。
 別に黒木さんと太宰論を戦わせることはないんだけど、一緒に行ったときは楽しかったですね。

女性の受講生 『アンドロメダの猫』から2つお聞きします。なぜ大垣市が出てきたのでしょうか。それから、どうして主人公を最後に××してしまったのでしょうか。
朱川 すごいネタバレですね(笑)。『アンドロメダの猫』は、簡単にいうと半グレの金をピンハネして、彼女と一緒に逃げる女の子の話なんですよ。その潜伏先としてなぜか岐阜県大垣市が出てくる。まず僕の親類がいる、ということが理由のひとつですね(笑)。僕の小説ではよくあるんですけど、どうしても行ったことのある場所を使っちゃうんですよ。だから、山形もたぶんこれから出てきますね(笑)。
 もうひとつの質問については、これは70年代のアメリカン・ニューシネマを意識したんですよ。『俺たちに明日はない』とかが流行っていたころで、日本の映画もそういうノリが多かったんです。僕もそういうのを観て育ったので、書いているうちにそうせざるを得ない状態になったわけです。

女性の受講生 『いっぺんさん』(文春文庫)がとても好きで、ああいう話が書きたいと思っているのですが、書けなくてテキストを出せませんでした。自分は本を読むようになったのがとても遅くて、読書量が足りないと自覚しているのですが、それでも短篇を、いつかは長篇を書くためのコツのようなものはあるでしょうか。

いっぺんさん (文春文庫)

いっぺんさん(文春文庫)
朱川 いい質問ですね。こういうのを待っていたんです(笑)。
 まずね、小説を書くためには、本をいっぱい読んでいなくても大丈夫です。子どものときにちょっと読んだぐらいでも大丈夫です。いま一生懸命読むのもいいんですけど、いやいや読んでいたら何も身につかないと思ってください。もしどうしても本を読むのが苦手だったら、映画を観たらいいです。僕はいろいろな新人賞の選考委員をやってきたけど、この人は本を読まないでドラマを観てるな、と感じるような、ドラマ的な話が多いんですよ。よくあるでしょう、主人公の視点があって、一方ナントカ刑事は、みたいな感じで行く。投稿してこられる小説って、短くてもそういうのが多いんです。全然悪いこととは思いませんが、テレビのドラマはどうしても時間に追われて粗製濫造しているところがあるので、それなら良い映画を観たほうがいい。良い文章を読むのと同じ効果があります。文章を書くという行為は、書けば書くほどツボがわかってくるので、できれば最初は短いものを書いて、ちょっとずつ増やしていくのがいい。どんなことでもそうです、いきなりフルマラソンを走れる人はいないので、できるところから始めるのが良いです。
 書くコツというのがいくつかあるんですけど、まず、自分がつまんないと思ったらやめたほうがいいです。たとえば長いものを書いているときに、科学的なこととか歴史的なことを説明しなきゃいけなくなるときがあるじゃないですか。それを本やネットで調べたことを参考にして書いてると、すごく苦痛になってくることがあるんですね。その苦痛を感じながら書いたところは、たぶん読者も読んでいて苦痛を感じるんですよ。
 じゃあどうすればいいかというと、誰か登場人物を連れてきて、会話をさせるんです。人間って会話を読んじゃう生き物なので、めんどくさいことでも会話だと自然に説明できるし、書いているほうもストレスが減って楽しく書けるようになる。だから、書いていて自分が苦痛か苦痛じゃないか、というのは気にしたほうがいいです。苦痛だったらそれは間違った方法を取っている。

 あと、ちょっと書いて自己批判しないことです。特に最初のころはみんなそうなんですけど、3行ぐらい書いては「俺なに書いてんだ」みたいに思うときもあると思うんです。でも小説を書くときに一番大事なのは、終わりまで書くことなんですよ。とりあえず何枚でもいいから物語を閉じてあげるのが、いってみれば小説家の義務みたいなところがあります。自分自身が書かなければその物語は誰にも読んでもらえないわけですから、ひとつの物語を書き始めたら、何があっても終わりまで書く。途中でわやくちゃになって書けなくなったら休んでもいいけど、いつか必ず書く。もしかすると最初とは別の物語になってるかもしれないけど、それはそれで全然アリ。
 書きたいけど書けないなあ、と悩んでいるのでしたら、まず短いものから少しずつ。
 自分が悲しいと思ったことや楽しかったことをそのまま作文にしてもいい。それを書いてみると、たぶんみなさんの中に「文章を書くのって面白いな」という気持ちが、いつか生じてくると思うんですよ。さらに進んでいくと、うまく書けたりすると「けっこうイケるかも」そして「俺って天才だな」と思えるようなときが、いつか来ると思うんですよ。そうなったら、小説を書くのが楽になります。

男性の受講生 短篇はクライマックスが早く来るとおっしゃいましたが、朱川さんが短篇を書くときは、どのぐらいの日数で書かれますか。
朱川 これね、よく聞かれるんですけど、私はダメな人間なんで、締め切りが迫ってこないとダメな人なんです。昔はみなさんみたいに、締め切りもなにもないのに、自発的に50枚ぐらい書いていたのに、いまは締め切りが迫ってこないと書き始められない。なぜかというと、いつもこうやって言い訳しているんですが(笑)、直前ギリギリまでいいことを考えているからなんです。こうすれば絶対よくなるはずだ、というのを、ぼーっとしながら考えているので、仕事しているように見えないんですけど(笑)、ただ書き始めたら速いですよ。80枚ぐらいの原稿だったら、3日か4日あれば終わりますね。
 最初のうちは、書きたいことがはっきりしていると思います。たぶんみなさんね、起承転結の「転」と「結」は思いつくと思うんですよ。「起」も割と思いつきやすいかな。難しいのは「承」なんです。ここで悩んじゃうことが多いから、うまくクリアするのが一種の小説修業みたいなものかもしれませんね。そのためには、ある程度は話の全体像を組み立てることも必要です。

 もし詰まったら、順番を変えてみるのも手です。「転」を最初に持ってきたり、「結」を先に書いてみたりすると、初めに考えてみたものとは違うものになることもありますが、それもまた良しです。
 あとね、大事なことを忘れるところだった。みなさんね、1回で終わらそうとしないでくださいね。修業中の身の上の方は、書き直しとか最初からやり直しとかを、嫌がらないほうがいいです。僕はひどくイヤですけど(笑)、修業を始めたばかりの方が、1回書いてすぐ投稿するのは無茶です。よく言われるかもしれませんが、推敲することで小説は良くなりますし、書き手もそこでよりいっそう成長するんですよ。だから、何回でも書いてやるぞ、というぐらいのバイタリティが必要です。ましてや、昔は手で書いた原稿を手直しして、しかも賞に応募するときは何百枚と手で清書していたのが、いまはパソコンでコピー&ペーストで済むんですから。
──なるほど、たしかに僕も何百枚と書き直しをすることは珍しくありません。受講生の皆さんには、ぜひそこにもトライして、耐性をつけてもらえればと思います。ではそろそろ時間となりました。本日は参考になるお話をたくさん聞かせていただきまして、ありがとうございました。
(場内大拍手)

【講師プロフィール】
◆朱川湊人(しゅかわ・みなと)氏
 1963年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。出版社勤務を経て、2002年に「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞を、03年に「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞する。同年、第一作品集『都市伝説セピア』でいきなり直木賞にノミネートされ、05年『花まんま』で直木賞を受賞。著書に『かたみ歌』『満月ケチャップライス』『サクラ秘密基地』『今日からは、愛のひと』など著作多数。特撮アニメファンとしても有名。小説宝石新人賞、小説推理新人賞の選考員を経て、現在は日本ミステリー文学大賞新人賞の選考員を務めている。
●都市伝説セピア(文春文庫)フクロウ男※オール讀物推理小説新人賞受賞
●花まんま(文春文庫)※直木賞受賞
●水銀虫(集英社文庫)
●狐と韃 知らぬ火文庫(光文社)
●スズメの事務所 駆け出し探偵と下町の怪人たち(文藝春秋)
●アンドロメダの猫(双葉社)
●かたみ歌(新潮文庫)
●いっぺんさん(文春文庫)
●白い部屋で月の歌を(角川ホラー文庫)※日本ホラー小説大賞短編賞受賞
●満月ケチャップライス(講談社文庫)
●サクラ秘密基地(文春文庫)
●今日からは、愛のひと(光文社文庫)


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