「短いお話を書くのは難しいところがあって、ストーリーであっと言わせたいのか、短い文章で感情を刺激するのか、何を目的にするのかが大事です。感情を刺激するためには、登場人物の感情を直接書かないで感じさせたほうがいい」

 10月の講師には、朱川湊人先生をお迎えした。
 1963年大阪府出身。2002年「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。2005年には『花まんま』で直木賞を受賞。奇妙で懐かしいファンタスティックな世界を描く名手として、人気の高い作家である。
 今回の司会は、本講座出身作家である黒木あるじ氏がつとめた。
 講座の冒頭では、まず司会の黒木氏が講師を紹介し、続いて朱川氏がマイクを取ってあいさつをした。
「こんにちは、朱川です。以前にもこの講座には来たことがあるのですが、初めて来たのは直木賞をいただく前のことで、もう10年以上になりますね。久しぶりで緊張していますが、今日はよろしくお願いします」

 今回のテキストは、小説が4本。
 カフェで勉強していた田中太郎の目の前に、「見たら死ぬ」と言われるドッペルゲンガーが二人現れる。「優秀な方が生き残り、前からいた自分が消滅してしまう」という法則を信じて、自分が一番優秀であろうとする三人の田中だったが、いつまで経っても消えることはなく、周囲からバレないように生活しないといけないというストレスを感じるようになる。やがて、消えたいと思いながらも消えることが出来ないまま、三人の生活は続いていく。
・黒木氏の講評
 古今東西を問わず、ドッペルゲンガーを扱った作品は山のようにあるわけですね。それだけ人が興味を持つ、テーマにしやすい題材ではありますが、アイデアとしては手垢にまみれているというか、そこに自分ならではの特異なテーマがないと、なかなか読者がうなるような作品にはなりづらいと感じます。アイデアの先にあるものを、もう少し掘り下げてもいいのではないでしょうか。
 ここにいる受講生のみなさんは、ドッペルゲンガーという固有名詞を聞けばだいたいどういうものかわかると思うんですけど、文中ではそれについての説明がほぼないですよね。充分に浸透している単語だよ、と言われればそれまでですが、もしかしたら知らない人がいるかもしれない、ということにもちょっとだけ思いを馳せて、ワンセンテンスぐらいは説明を添えてもいいと思います。
 以上を踏まえて、本作は全体的にうまくまとまってはいるんですけど、その反面、ちょっと一面的すぎる気がします。主人公よりも彼のドッペルゲンガーが優秀である、ということに対する評価が反転するような、例えばスポーツマンとして人気となったドッペルゲンガーが、そのことが原因で窮地に陥るとか、それぞれ危機に苛まれるような展開があってもいい気がします。また、他者の評価がオリジナルの一人として生き残るきっかけであるならば、僕が主人公だとしたら、たぶん大量殺人などおこなって、悪い形でも人々の評価を得ようとするように思うんですね。どんな形でも他者の記憶に残ることが評価の対象になるというのであれば、窮地に追いやられた主人公がそういう行動をとってもおかしくはない。と言いましたが、それさえもまだ凡庸なアイデアなので、ここからどう練るか考えなければいけないんですけど。
 空想の世界であっても、我が身に起こった場合に自分ならどうするか、ということをもう少し熟考してみると、それぞれのキャラクターの動き方が、読者に生々しく届きやすくなるのでは、と感じました。

・朱川氏の講評
 まずこの作品について申し上げると、別に文句をつけるわけではないんですが、藤子不二雄のショート漫画にまるで同じアイデアがあるんですよ。ある日突然自分が増える、という。それはどちらかというとドッペルゲンガーではなくクローンとして分裂するんですが。あと、本筋とは違いますが、ドッペルゲンガーというのは現象であって、違う顔の人はいないんじゃないかな。自分と違って眼鏡をかけていたり筋肉質だったりすると、それってドッペルゲンガーではなくて、どこかで枝分かれした自分ということですよね。それをドッペルゲンガーというのは、ちょっと無理があるんじゃないかなと思いました。
 全体を見たとき、話としてはコンパクトにまとまっていて面白いんですが、起承転結の「起」の部分だなと。「起」と「転」の部分がちょっと入っていて、この後が読みたくなるところだと思うんですよ。そうなると、この分量では足りないので、もっと書いてもよかったし、この枚数で終わるのであれば、きちんとしたオチをつけたほうがよいと思います。たとえば三人がそれぞれ別の生き方を選んで散っていくとか、最後に読者を納得させる着地点をつけたほうが、この分量なら優れていると思います。サイズに合わせたストーリーを作ったほうが、いいかと思います。

 小学一年生の奈緒は、金曜日の下校途中に転んで、顔にひどい傷を負う。
 そのとき、たまたま近くにいた男の子に、ハンカチを貸してもらう。
 名前もクラスもわからない男の子だったが、ハンカチの右下に小さくクラスと名前が書いてあるのを見つけ、幼馴染の美和と同じクラスだということを知る。
 月曜日、ハンカチを返し、お礼を言おうと、どきどきしながら男の子のクラスに行くが、男の子は休みで、次の日も休んでいた。
 奈緒はホームルームの時に、先生から、その男の子が日曜日から家に帰っていないことを知らされる。
・黒木氏の講評
 これはエッセイではなく、あくまで小説として書かれたんですよね? 読み終えたときに、そこでちょっとクエスチョンがついたんです。
 ストーリーの起伏がちょっと読み取りきれないところもありましたし、文章それぞれを見ても、この文章はいるのかなというところが散見されました。学校までの道のりで何分歩いて何分バスに乗るかなど、事細かく書かれているんですが、それが主人公にとってどういうものなのか……例えばその距離が人生の苦難を象徴しているとか、バスの車窓からの眺めが自分の暮らす町とは思えない、とか。何か意味していたほうが良いように思うんですが、読者としてはあまりそこがわからない。単なる情報の羅列になっている。
 一般的な小説をまだ一冊しか書いていない僕が言うのもなんですが、小説には、あってもなくてもいい文章って一行もないはずなんですよ。みなさんも、お書きになった文章の中で、これは読者に何を届けようとしているのか、吟味していただくことは必要なのかなと思いました。

・朱川氏の講評
 非常によくできているお話だと思います。ただ、いわゆる小ぢんまり感といいますか、小さく終わっているので、いま黒木さんがおっしゃったように、エッセイだったらこれで全然問題ないんです。でも小説としては、もう少し何かいろいろほしいな、という欲が、読み手としては出てきてしまうんですね。
 もちろん、これだけでも一つの物語としては成立していますが、たとえば前半に友だちのゆかりちゃんが出てきますね。これを活かして、最後のほうにゆかりちゃんと、あきひこ君のハンカチとで何かがあるとか、そういう話があったら、もっと人の感情の深みみたいなものが出せたかなと思います。思いついたことを言うだけですが、たとえば最後にお葬式に出たとき、あきひこ君のお母さんから「ハンカチを持っててあげてちょうだい」みたいな感じでもらったと。それをゆかりちゃんが横から取っていった、とかそういう話がつくと、人の心の重層感が出て、読み甲斐があるかな。
 今のままでも全然いいんですけど、もうちょっと派手に、にぎやかにやってもいいかなと思います。

 あとですね、ウルトラマンの人形が3体並んでいて、赤やシルバー、1体はブルーで、角や耳が進化しているという描写がありますが、これは具体的にどのウルトラマンか想定されていますか。こういうキャラクターを使うというのは、過去の出来事を描くのに有効なんですよ。たとえば僕の世代だったら、あきひこ君のハンカチにはウルトラセブンが描いてあるはずです。『ウルトラセブン』を観て育った人たちが、ああ、あの頃ね、とわかるようにするというのが、具体的なものを出すときの、ひとつのお約束みたいになっています。ですから、主人公が30歳ぐらいになってから過去を思い出す構成であれば、このウルトラマンのディテールも生きてくるんですけど、この作品ではそれほど役には立っていないかな。
 たとえばここに、あきひこ君との初恋みたいな雰囲気がちょっとでも出ていたら、大きく変わってくるかなと思います。

 家で留守番をしていたゆうすけを、見知らぬ子どもが訪ねてきた。遊びに行こうと言うその子、ひろふみに引っ張り出されるように外に遊びに出たゆうすけは、今までとは違う外での遊び方を体験する。その楽しさを感じ始めた矢先、ひろふみが別れを告げる。ひろふみは「友達をたくさん作る」と約束をして、それから「お母さんをあまり困らせちゃだめだぞ」と付け加えて、行ってしまった。家に帰ったゆうすけに母親からの電話が鳴った。
・黒木氏の講評
 このひろふみ君が、風の又三郎的なといいますか、生きた人間じゃないなということが、割と早い段階でわかってしまうんですよね。早めに判明すること自体は構わないんですが、そこからどう二人を近づけて、読者にも親近感を持たせるかの部分で物足りなさを感じてしまいました。知らない友だちが突然来て、遊んで帰っていって、そこにおとっつぁんの訃報が届いた、という唐突な感じになってしまうんですね。もう少し丁寧に、間に挟むべき物語があったと思います。
 あと、純粋な疑問ですが、小学生ぐらいだと、お父さんの名前は覚えていると思うんですよ。ひろふみと聞けば「お父さんと同じ名前だ」ぐらいは思うでしょうから、ここは何かあだ名みたいな名前にして、お葬式の場に来た知り合いなりおばあちゃんなりがそう呼ぶとか、そのようにハッとさせる仕掛けがあってもいいのかな、という気がしました。

・朱川氏の講評
 これも、全体的にはショートショートという枠組みに入って、充分に楽しめるお話だと思いました。僕も早々に、ひろふみ君は別次元の人なんだろうなと思いましたが、てっきり同じ小学校の死んだ子どもとかかな、と思いながら読みました。
 先生が、日記を添削しながら読んでいるという体裁じゃないですか。途中で、ゆうすけ君の書いた日記の文章が1行ぐらい入ったりするんですけど、地の文章と溶け込んでしまっているところがあります。こういうときは行を開けるなどしたほうがいいし、いっそのこと先生の感想は取っちゃったほうが、ストーリーはなめらかに進むと思います。額縁みたいに、最初と最後にだけ先生の言葉があって、ネタばらしは最後にすっと先生がすればいい。途中に入ると混乱のもとになるので、先生の感想が最初と最後だけにしたほうが、いい見せ方になると思います。途中に入れたくなる気持ちも、わかるんですけれども、このぐらいの分量であれば、視点はあまり変えないほうがいいです。
 1回読んでもう1回読んでみると、お父さんと同じ名前のひろふみ君が、川に入るときは靴を脱げみたいに、ゆうすけ君の命に関わるようなところではちゃんと注意をしているあたりが、お父さんらしいなと思ったりして、全体としてはよくできている、いいお話だと思います。

 芳子は昔、姉智子の恋人俊彦を奪った過去があった。俊彦と結婚した芳子は十年間子どもが出来ず苦労したが、やっと娘の美佳を授かる。それから十年も経たずして俊彦が死んでしまい、芳子は実家へ帰り美佳を育てた。
 同時に子どもを生めない身体だった智子は養子をとり、ロンドンへ移住する。芳子は娘の美佳と関係がうまくいっておらず悩んでいたが、美佳が結婚することとなり、久しぶりに帰国した智子と三人でホテルで会うことになった。
 美佳の結婚相手はベトナム人で、芳子はベトナムの式に出席しないと決め、日本で式を挙げるよう説得する。始めは優しい姉の智子だったが、二人きりになると敵意を剥き出しにし、秘密を打ち明けてきた。
・黒木氏の講評
 うーん、この主人公にしても姉にしても、もっと苦悩してもいいんじゃないですかね。もしくは、自分を裏切った人間をもっと恨んだり、復讐の炎を燃やしたりしてもいいんじゃないか、という気がするんですよ。たいへん失礼な言い方をさせてもらうと、ちょっと昼ドラっぽく感じてしまうんです。あれはあれで面白みもあるんですけど、それだったらもっと過剰にしても面白いよね、という気がするんです。
 それから、最後のどんでん返しにあたる部分が、主人公のモノローグで全部語られるじゃないですか。地の文で全部説明してしまっているので、そこはちょっと弱いかなと思います。せめてその前に、多少はハッとさせる、なるほどねと思わせる、いわば伏線の回収的な部分があったほうがいいとは感じました。
 それから、ベトナム人のタムさんについての描写が、アジアの貧しい留学生で、というちょっと古いステレオタイプになっているのが気になります。もちろん現実にそのような方は大勢いらっしゃるわけですが、あまりにも定型に沿って書かれている感覚が否めない。
 姉の中にある差別意識を顕著に見せることで、「みんなそういうふうにアジアの若者を捉えているけど、実際は違う人もいるんだよ」というメッセージを持たせるなど、何らかの試みがあると、作品の意味合いも変わってくるのではと思います。
 あと、『よこどり』というタイトルは、ネタバレというかトリックがあるのはわかるんですけれども、個人的にはベトナムの動物なり花なり、何か象徴的なものを持ってきて、最後にそれを被せてくるようなもののほうが効果的かなと感じました。初見では意味がわからないけど、読み終えた後には「このタイトルしかないよね」と思わせるような、そういうものだと良かったかもしれませんね。

・朱川氏の講評
 これまた同じようなことばかり言って恐縮ですが、よくできているお話だと思いました。
 ただ、家族の相性というのはたしかにあると思いますが、人間は環境で育っていくので、実の母親のほうが子どもと仲がよかった、というのは、ちょっとどうかなと思ってしまう部分はあります。充分に愛してくれれば、血の繋がりなんてのは二番目三番目のことなんで、そこに重きを置かないほうがいいとは思うんですが、でもこのストーリーならそうなってもいいかな、という気もします。
 最初に読んでいたとき、お姉さんがそんなに綺麗じゃなくて妹のほうが綺麗だ、というのは、最初のほうには特に書かれていなかったので、これはひとつのパターンとして書かれているんだなと。どうせだったらそこはちゃんと書いておかないと、ちょっとイメージがわかない。
 主人公の芳子さんって、最初から結構イヤな人ですよね。わりとセコくて、ケチでイヤな人です。そこがリアルだと思うんですよ。現代はそういう人がいっぱいいると思うんですよね。彼女は世の中をうまく渡っているつもりなんだけれども、最後の最後に、親族全員から「お前のこと嫌いだよ」と言われてる、っていう話ですよね。両親や夫だった人からでさえ、「お前のことが嫌いだから騙していたんだよ」ということを突きつけられる。でもそこで彼女は、後腐れもなくなってお金も貰えてラッキー、と言っているところが、けっこう複雑な精神構造が出ている。この状況で彼女が虚無感を感じていないはずがないんですよ。だけど、それでも「私はうまいことやった」と自分に言い聞かせるようにいっているところが、僕は好感が持てました。

 小説としてよくできていますよ。そりゃたしかにね、子どもを取り替えたらさすがにわかるんじゃないか、というようなところもあります。厳しかった両親がこんなに簡単に懐柔されちゃうのか、とか、旦那さんは姉貴のほうにもちょこちょこ通ってたのか、というのが後になって出てきたりとか、そういうところをちゃんと書いてくれたほうが、この人の嫌われ感がよく伝わります。
 嫌われたけど、私は自分を曲げない、というところに好感が持てます。だって、小説ってお説教じゃないですからね。何かをやって人の生き方を変えようというものじゃないので、娯楽としては充分アリなんですよ。僕としてはこれは結構評価が高いですよ。
『よこどり』というタイトルも、シンプルでいいとは思うんだけど、もうちょっと色気があってもいいかな。ちょっとストレートすぎる感じがしますね。

 ラストは会話形式とかにしてもいいんだけれども、14頁なんか特にね、「姉は勘違いをしている」というところから、わーっと語るじゃないですか。思わず「無理すんなよ」と言いたくなるような感じが出てくるわけ。彼女はこう思わなければこの虚無に耐えられないんだな、という感じで僕は読みましたね。「身体が軽くなったようで、私は素早く立ち上がった」っていうのも、これが本当だったらちょっと困るんですよ。反省も何もない人なんだな、というのが先に立つけれども、もしかすると違うのかな、と。最後に、封筒をバッグに入れて一万円札を握るじゃないですか。ここに、彼女が「やったやった!」という気持ちで握っているばかりじゃないはず、という思いがはたらく。そう感じさせるのが面白いということです。もしかしたら、握りながら目に涙をいっぱいためているかもしれない、っていう。そういう読み方もできるお話だと思うんです。
 もし何か足すとすると、「姉は勘違いをしている」、「ふふ、と思わず声が漏れた」の後に「ちょっと目の前がにじんだ」みたいなことが書いてあると、彼女は実はすごくショックを受けているんだ、今までイヤな女だったのがかわいそうな人になってしまった、っていうのが感じられて、そのほうが面白いと思うけど、それを書く書かないは作者しだいです。
黒木氏 4本のテキストを講評していただきましたが、小品としてまとまっている、けれども、という切り口でお話をしていただきました。僕も短篇や掌篇を書きますし、可もなく不可もなくで書いてしまうこともままあるんですが、それをワンアイデアでも持ち味を充分に引き出すために、朱川さんが心がけていることはなんですか)

 悲しいときに「悲しい」って言わないことですね。これが大事です。読むという行為は、読みながら作者と自分が世界を一緒に作ることなんですよね。そのときに「悲しかった」と言われると、そうやろな、としか言えなくなる。だけど、「悲しい」と言わないで、たとえば「風景の色がなくなった」とか、そういう言い方をされたほうが、いま彼女はショックなんだな、悲しいんだな、ということが感じられる。
 掌篇というか、20枚ぐらいの原稿を書くときに、何を目的にするかというのは結構大事なんですよ。短いお話というのは逆に難しいところがあって、星新一先生みたいにストーリーであっと言わせるのを目的にするものもあれば、川端康成さんの『掌の小説』(新潮文庫)みたいに、ほんの短いもので感情を刺激する作品もあります。どっちを目的にするかで、書き方は変わってきますね。最近の業界では、どちらかというとあっと驚かすものを期待されることが多いんですけれども、星新一先生みたいなものを書くんだったら、最初からそのアイデアをうまいこと使ってくれればいいんだけれど、もし感情を刺激することをメインにして書くんだったら、風景描写もそうなんだけど、登場人物の感情の動きを、直接書かないで感じさせたほうが良いかな、と思います。

※以上の講評に続く、後半トークショーの模様は、本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。

【講師プロフィール】
◆朱川湊人(しゅかわ・みなと)氏
 1963年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。出版社勤務を経て、2002年に「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞を、03年に「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞する。同年、第一作品集『都市伝説セピア』でいきなり直木賞にノミネートされ、05年『花まんま』で直木賞を受賞。著書に『かたみ歌』『満月ケチャップライス』『サクラ秘密基地』『今日からは、愛のひと』など著作多数。特撮アニメファンとしても有名。小説宝石新人賞、小説推理新人賞の選考員を経て、現在は日本ミステリー文学大賞新人賞の選考員を務めている。
●都市伝説セピア(文春文庫)フクロウ男※オール讀物推理小説新人賞受賞
●花まんま(文春文庫)※直木賞受賞
●水銀虫(集英社文庫)
●狐と韃 知らぬ火文庫(光文社)
●スズメの事務所 駆け出し探偵と下町の怪人たち(文藝春秋)
●アンドロメダの猫(双葉社)
●かたみ歌(新潮文庫)
●いっぺんさん(文春文庫)
●白い部屋で月の歌を(角川ホラー文庫)※日本ホラー小説大賞短編賞受賞
●満月ケチャップライス(講談社文庫)
●サクラ秘密基地(文春文庫)
●今日からは、愛のひと(光文社文庫)


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