「目で見えるもの、耳で聞こえるものなど、五感で受け取る情報が具体的に多くあると、主人公がいろいろなものに反応して自由に動いてくれる。それだけの材料が必要なので、取材には時間をかけます」

 第111回は佐藤多佳子氏をお迎えして、夫婦作家・紺野仲右ヱ門の紺野真美子氏による司会のもと、多くの傑作を生む基になった経験や発想、取材で見たものを自分の中に取り込むということ、書くということの原体験などについて、語っていただきました。
◆『シロガラス』の行方は/『しゃべれども しゃべれども』と『の・ようなもの』/恩師・神宮輝夫先生
――では司会者特権で、私が知りたいことから、おたずねします(笑)。『シロガラス』(偕成社)の6巻はいつごろ出版されますか。
佐藤 すみません、未定です(笑)。いま第一部の終わりかけで、物語が大きく動くところなんですけど、どちらかというと自分の苦手なところに差し掛かってきていて、果たして無事に終わるのか、もう考えただけで気分が悪くなるという(笑)。鋭意努力して、なるべく早く、多少は続けて出せるようにしたいと思っております。

――今日は、担当編集者の田中さんがいらっしゃいます。『明るい夜に出かけて』(新潮文庫)についてお聞かせください。この作品は第三十回山本周五郎賞を受賞されていますが、タイトルはデビューされる前から温めておられたと聞いています。

佐藤 私は結構、物語を書きたいというときの、もとになるようなものを長く引っ張ってしまうところがあって、新潮社から出している小説は4作とも(『しゃべれども しゃべれども』『神様がくれた指』『黄色い目の魚』『明るい夜に出かけて』いずれも新潮文庫)、デビュー前の、20代のころに発想したものです。『しゃべれども しゃべれども』は、私のいわゆる一般文芸での一作目にあたります。それまで書いていたヤングアダルトと違い、26歳という成年男性の視点から書いたのは初めてでしたから、本当に難しくて、取り組んでから脱稿までに一番長い時間がかかった、難産でした。これはまだ若い二つ目(前座の上、真打ちの下)の落語家の話なんですけど、古典が好きなんだけどそれだけでやっていけるのかという悩みを持ちつつ、そんな彼に話し方を習いたいという人たちがやってきて、みんなで少しずついい方向にいこうとする。ざっくり言えばそういう話なんですけど、私が大学のころに、森田芳光監督の『の・ようなもの』という映画を観て、これがやはり二つ目の若い落語家さんを主人公にした青春映画で、すごく大好きだったんです。そのときすでにものを書き始めていましたから、いつかこういう話を書きたいという気持ちを持っていました。
 私は歳をとってだいぶマシになりましたけど、20代のころはすごく人見知りで、人とコミュニケーションを取るのが苦手だったので、もっとうまくしゃべれたらいろんな人とうまくつながれるのにな、という思いを抱いていて、それがふたつ合わさって生まれたのがこの作品です。


しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

 次の『神様がくれた指』は、私の中で唯一といっていい、事件性の強いストーリーがどんどん進んでいく作品なんですけど、占い師とスリが交友していく中でいろいろなことが起こりますが、これももとは大学のころに書いたファンタジーだったんです。『わるもの物語』というとんでもないタイトルをつけまして、大学3年のときに原稿用紙400枚書きました。とある下町のアパートに、スリとか泥棒とか悪い人たちが住んでいて、そこに紛れ込んできた善良な小鬼が巻き起こすドタバタを描いたコミカルな話なんですが、そこにスリのマッキーというのが小鬼と交流する青年として出てきます。『神様がくれた指』ではもっと本格的なスリとして出てきますが、彼も大学のころから引っ張っていたんです。
 『わるもの物語』は、児童文学サークルの部員や他学の学生の間では評判がよかったんですが、サークルの顧問だった私の恩師の、英米文学研究者の神宮輝夫先生に読んでもらったら、もう何一つ褒めてもらえないぐらいコテンパンに酷評されまして(笑)。神宮先生は厳しい方で、講評された学生はみんな必ずやけ酒を飲むというぐらいなんですけど、私はこのとき先生に褒めてもらえなかったことで、勘違いせずに済んだというか、変な自信を持って中途半端なものを書くようにならずに済んだという思いがあって、ここから出発したんだと思います。

神様がくれた指 (新潮文庫)

◆フロッピーディスクに眠る幻の草稿/問題は解決しなくても、半歩でも前に歩いていけるように/取材して書く、ということ
佐藤 『黄色い目の魚』も、大学のサークルで書いた、ちょっとした短篇のタイトルが気に入っていて、三角の目をしたガラス細工の魚というイメージを持ったまま、あとから小説にしました。『明るい夜に出かけて』は、大学は出ていたけど書くことは続けていたころに、夜の中でふらふらとしている10代の子たちの話を書こうと思って書き始めたんですけど、ストーリーがぜんぜん思いつかなくて、3章で止めたまま当時のフロッピーディスクにそのまま保存されているんですが、そのタイトルが好きで、また新たに夜ということの話を、自分がラジオが好きだということもあって、深夜ラジオのリスナーの話という違う角度からアプローチしました。ということで、どれもこれも昔から持っているモチーフだったんです。


黄色い目の魚 (新潮文庫)

――『黄色い目の魚』は、「りんごの顔」という章から始まります。小学5年生の悟が、父親のテッセイと8年7か月ぶりに会う話です。悟が赤ん坊のころに両親は離婚しているので、悟のテッセイについての知識は母親からの受け売りですが、目の前にいるテッセイが母親の言葉通りに行動するから、すごく笑えます。笑って読んでる先に、意外な結末があり、そこから、本のタイトルにもなっている「黄色い目の魚」の章に移って、物語が動いていきます。
『明るい夜に出かけて』には、コンビニとラジオが出てきますね。

佐藤 アルコ&ピースという漫才コンビが実際に「オールナイトニッポン」で放送していた内容を、かなり詳しく盛り込みました。この番組リスナーの、悩み深い青年が主人公で、コンビニで一緒に働いている先輩と、同じ番組リスナーの女子高生と、交流していくことで主人公が少し元気になっていくかな、という。私の場合は、人と人が出会うことで、大きな問題は解決しないんだけど、でもちょっと元気になれる、一歩とはいかないけど半歩は前に出られるんじゃないか、という話が多いですね。

――『黄色い目の魚』は10代が主人公ですし、『しゃべれども しゃべれども』にも小学生が出てきます。登場人物たちはそれぞれに問題を抱えていて、単純に解決はしないけれど、前へ歩いていけるという空気があって、読んでいて心地よさを与えてくれます。
 本屋大賞を取られて、テレビドラマにもなった『一瞬の風になれ』(全3巻、講談社文庫)は陸上がテーマになっていますが、翌年に『夏から夏へ』(集英社文庫)という、陸上をテーマにしたノンフィクションを書かれています。これは取材がつながって、書かれたものなのでしょうか。
佐藤 出版社が違いますし、直接の取材としては、つながってはいないですね。『一瞬の風になれ』は高校陸上部の1年から3年までを描いた話で、部活小説なんですが、『夏から夏へ』は、北京オリンピックで、最近銅メダルから銀メダルに繰り上がった、400mリレーのメンバーをひとりひとり追いかけて取材したものです。『一瞬の風になれ』を読んで、集英社さんからスポーツノンフィクションを書いてみないかというお話をいただいて、時間制限が厳しい中で珍しくスピーディーに書きました(笑)。

一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテ- (講談社文庫)

――『一瞬の風になれ』だけでなく、『明るい夜に出かけて』もそうですが、佐藤先生の作品は、取材がとても活かされています。
佐藤 プロになって何が嬉しいかというと、取材がけっこう贅沢にできることですね。アマチュアのころも、ロケハンみたいに舞台になる土地を実際に歩いてみないと落ち着かなかったんですけど、書きたいモチーフについて何かを知りたいと思っても伝手を探すのがなかなか難しかったので、専門家に直接会って話を聞けるようセッティングしてもらえることが、とにかくありがたい。私は五感で物事を把握しないと筆が進んでいかないんです。主人公の目線になったとき、どういうふうに世界を捉えていくか、ですね。目で見えるもの、耳で聞こえるものなど、五感で受け取る情報が具体的に多くあると、主人公がいろいろなものに反応して自由に動いてくれる。それだけの材料が必要なので、取材には時間をかけます。効率のいいやり方ではないです。でも自分はこういうアプローチをしないと、どうしても書けないみたいです。

◆書くことが人間としての修行(?)だった/原点になった夢小説/『サマータイム』ができるまで、そしてできてから
――佐藤先生のデビュー作『サマータイム』(現・新潮文庫)には、ピアノが出てきます。この作品も取材をして書かれましたか。
佐藤 ジャズの曲のことは調べましたが、ピアノのことは個人的な思い出から作品につなげていますね。
 私は子どものころから、とにかく本が好きでした。学校や近所の図書館で、イナゴが作物を食いつくすような猛烈な食欲で、あらゆる本を読んでいました(笑)。一人っ子だったのと、東京の街中で育ったので、遊ぶ環境に恵まれていなかったんですね。その遊びたい心を本で埋めているところもありましたが、そのうち自分でも書きたいと思うようになって、小学校の卒業文集には「子どもの本の作家になりたい」と書いていました。当時の同級生には「夢がかなったね」と祝福してもらったりしましたね。
 小学生のころからずっと書き続けていて、読むことと書くことが背中合わせになっています。十代の頃には、創作や文章が上達することが、イコール人間として自分を高めることだ、みたいな、ある意味スポ根的な意識がありました。先ほどお話したように、神宮先生にかかれば容赦なく斬られるようなレベルでしたけど。

サマータイム (新潮文庫)

 私にとって、書くことは読むことの延長なんですね。原点になっているのは、中学1年の夏休みに、リンドグレーンというスウェーデンの作家の、『わたしたちの島で』(岩波少年文庫)という作品を読んだ体験です。大阪に3つ年下のいとこがいて、この本を先に読んでいて、私に勧めてくれました。ストックホルムから船で一日かかるバルト海の彼方の小島に、避暑に行ったメルケルソン一家が、島の人たちや動物たちと交流するユーモアにあふれた物語です。登場人物が本当に魅力的で親しみやすく、ウミガラス島の豊かな自然、美しい四季、海のそばの生活にすごくあこがれました。大人になってから読んだ人の感想を聞くと、そこまでわくわくできなかったようで、物語に全身全霊で入り込める13歳で読めたことが幸せでした。
 何度も読み返しては、そのたびに、この本を読み終わってしまうことが残念でした。いとことも夏休みが終われば東京と大阪で離れ離れになって、本の話もできず、そんな寂しさから、『わたしたちの島で』の続きというか、自分といとこを物語の中に入れて、新しいものを書いて、当時はメールとかありませんから、便箋に10枚ぐらいぎっしりと書いて、分厚い封筒をいとこに送りつけると、けっこう喜んで読んでくれて、また分厚い感想を送ってくれる、そういう文通をして、すごい楽しかったんですね。今でいう二次創作とか夢小説というものなんですけど、ここが自分の原点だなと思っています。本の世界へ旅行に行くことが私にとっての読書みたいなもので、自分が書くときもそういうものが書きたいと思っています。読み終わったらその本の世界からは出なければいけないけど、自分で書いていればずっとそこにいられる。書くことが楽しいというのは、自分がアナザーワールドを作ってそこを歩いていくことが、ワクワクするんですね。そういう意味で、習作を書いていたときと、本になって読んでいただける今とで、そんなに気持ちは変わっていないと思います。

 書くことはライフワークだと思っています。大学生くらいのときには、自分はまだまだぜんぜん書けないという現在位置がわかっていましたから、プロになりたいという気持ちはありましたけど、すぐどうこうということはなく、好きだから一生書いているし、そのどこかで本を出せるようになればいいなと思っていたんですが、大学卒業後、20代前半の人生がうまくいきませんで、会社を辞めたタイミングで、1年時間をくださいと親に頼んで、その1年間ひきこもって、7作仕上げて、「公募ガイド」に載っている文学賞に片っ端から送りました。何が書きたい、というより、書けそうなものをいろいろ書いて送ったんですが、もちろん大半は落ちまして、唯一残ったのがデビュー作の『サマータイム』でした。
――そうだったんですか。今回、佐藤先生をお迎えするということで、『サマータイム』で童話大賞を受賞されたときの月刊MOE(1989年10月号MOE出版)を改めて読んだのですが、選考委員の先生方からも絶賛されています。
佐藤 実際、7作仕上げて送った中でも、『サマータイム』とその他では出来に大きな差がありました。編集の方に会うようになってから、どんなものを書いてきたのかストックを見せてほしいと言われて、それらの習作を見せたら「なんだこりゃ」という感じでした(笑)。
 ですから、デビューしてから2年ぐらいは不安定でしたね。何を書いていけばいいのか、どう書けばある程度のレベルになるのか、手探りで勉強しながら。デビューしたとはいっても、最初からバリバリ書けたわけではなく、新宿の喫茶店で、編集者と向かい合って、書いた作品を前に「これ、何かうまくいってないんだけど、どうしたら良くなるだろうね」と、一時間ぐらい唸っていたのをすごく覚えています。
――佐藤先生の中で、「ここから変わった」という転機になった作品はありますか。
佐藤 やっぱり『しゃべれども しゃべれども』ですかね。苦労して書いたんですけど、ここである程度、長い物語をしっかり書けるようになったかなというのはあります。
◆イグアナ博士との出会い/児童書と小説の微妙な違い/書き分けるより、その人に入り込む
――『しゃべれども しゃべれども』と同じ年に、『イグアナくんのおじゃまな毎日』(中公文庫)が出版されていますが、こちらは児童文学です。樹里ちゃんという女の子が、誕生日プレゼントとして大叔父からイグアナを贈られるんですけど、このイグアナがとても可愛くて。作者はきっとイグアナを飼っているに違いないと思ったんですが(笑)、違うんですよね。

佐藤 違いますね(笑)。そもそもこの話は、石神井公園にワニが出たという話があって(1993年、ワニの目撃証言が相次ぎ、捕獲罠をしかけるなど対応したが、結局発見されなかった)、池からワニが出てきて大混乱が起こるというスラップスティックな話を思いついたんですけど、当時のパソコン通信で、爬虫類愛好家の集うフォーラムがあったんですね。マニアたちが濃厚な爬虫類愛を語り合うという、ある意味おそろしいところなんですけれども(笑)、私はワニのことが少しわかればいいかなぐらいの気持ちでそこにアクセスしたんです。そうしたら、そこにイグアナ博士みたいな人がいて、取材のためその人のところに行ってみたら、そんなに大きくないマンションの一室で15匹ぐらい飼っていたんですね(笑)。本当にイグアナが好きな人で、イグアナを最高の環境におくために人間のほうが我慢してくらしている。あの本と同じですね。見渡す限りイグアナだらけの家にお邪魔して、イグアナを飼うということの苦労と、リアルなイグアナの生態があまりにも面白かったので、それまであった構想を全部放り捨てて、イグアナを真ん中に置いて書こうと。先ほど話したように、すごく長く持っているモチーフもありますし、このように取材が面白ければさっとそっちへ行ってしまうこともあります。

イグアナくんのおじゃまな毎日 (中公文庫)

――児童文学と一般文芸の境目って、どこにあるんでしょうか。
佐藤 自分で書くときの意識の違い、ということでしょうか? あまり意識は変わらないんですが、私は10代の主人公を書くのが好きなんですね。で、10代の下の方だと、子どもの本で、上のほうだと青春小説。すごくざっくり言うと、気持ちとしてはそのぐらいの違いなんですが、実際に書くにあたっての、技術的なことはけっこう違います。子どもの本では、使える語彙が制限されますし、書く上でのノウハウはあります。でもそれは技術的なことなので、気持ちとしては、まるで別物と思って書いているわけではないです。
――佐藤先生の作品は言葉にリズムがあって、くすっと笑える瞬間がよくあります。『シロガラス』の1巻なんて、ずっとニタニタしながら読んでました。他にも、言葉のやり取りの楽しい作品が多いのですが、そういう感覚はどこで培われたんでしょうか。

シロガラス1 パワー・ストーン

佐藤 そうですね、やっぱりお笑いが好きだからですかね。深夜ラジオを聞いたり、落語を聞いたりとか、子どものころは小咄的なものも好んで読んでいました。
『シロガラス』はファンタジー的な要素もありますがノンジャンルな作品で、SFといったらSFの人に怒られるかもしれませんが、そういうところもありますし、子どもたちの交流にフォーカスすればリアルな話でもあります。さっきの講評で伝承の取り扱いについて申しましたが、『シロガラス』は神社が舞台になっていて、なぜ不思議なことが起こるのかということの大元が、伝承とか、ほんとうの意味でのファンタジーではなく、どこまで飲み込んでいただけるかは別として、SFというか、いちおう1足す1が2におさまるかなという世界の作り方をしています。荻原規子さんに読んでもらったときに、この神社の起源や始まりについて、神話や伝承から持ってきていたら、私はこの話は読めなかったな、と言われて、うわあ怖い、と思いました(笑)。

――文章の書き方についてお聞きしたいと思います。たとえば『聖夜』(文春文庫)に漂う静謐なたたずまい、『しゃべれども しゃべれども』にあるリズム感、『明るい夜に出かけて』のはじける空気感、それぞれ書き方が違うように感じるのですが、書き分けはどのようにされていますか。
佐藤 小説の雰囲気に合わせて書く、ということはもちろんあります。先ほども言いましたように、私はいろいろな状況を自分の中に落とし込んで、主人公がどう動くか、という書き方をしていますが、主人公の一人称で書くことが多くて、しゃべり口調で書くことが得意だということもあって、俳優さんが演技をするようにその人物の中に入り込めると、うまく書けるかな。そこに入るまでが大変なんですが、入ってしまえばなんとなくその子の感じになります。ですから、書き分けるというより、まずその子がどうであるか、という感じになりますね。
◆スムーズな場面転換のために/自分の目ではなく、主人公の目で見る/性別より、その人らしさを描く
――ではそろそろ、質疑応答に入りたいと思います。
男性の受講生 起承転結といいますか、場面転換を図るとき、どうしても「昨日のことだった」とか「一週間後に」など、時間を指す言葉が入って、リズムが悪くなってしまいます。このような言葉を使わないで、場面転換をはかるためにヒントが何かあれば、お願いします。
佐藤 つまり、何月何日に何があって、何月何日にどうなった、ということを言わずに、流れをわかりやすく書くということですね。これは、登場人物の動きや会話から入っていくと、それで説明できることもあります。会話の中で、たとえば「昨日こういうことがあったよね」というふうに書くと、前の部分から1日経ったことがわかりますね。必ずしも数字的な書き方でなくても、前にあったことを踏まえて、次にこういう変化があって、違う話が始まるということを書いていく中で、どれだけの時間が経過したかということを、説明的ではなく文章の中に織り込んでいくように工夫をすると、やりやすいかなと思います。

男性の受講生 小説の舞台を決めて書くというお話をうかがいましたが、ファンタジーを書くときにも、舞台はどのぐらいまで決めておかれるのでしょうか。現実のこの土地がモデル、というように決められますか。
佐藤 それは書き手によって違うと思いますが、私の場合は、現実の名前を出さなくても、実際にその土地を歩いてみて、目に見えるものから情報を得たほうが、描写がリアルになるのはたしかです。ただ、話の内容的に、異世界の要素がすごく強かったりすると、日本の中を歩き回ったりしても材料が得られないですから、そういうときは、実際に外国まで行って歩き回る覚悟があればそれもアリですけど(笑)、なかなかできないときは、いまはウェブでもいろいろ探せますし、本を読むのも有効です。その土地のことを書いたエッセイとか、風土記のようなものでもいいし、うまく本を探せると、そこから得られる情報も多いですね。ただ、自分の足で行ける可能性がある場所でしたら、その地理を頭に入れて、見た目だけでなくて、季節の移り変わりであるとか、耳から聞こえてくる鳥の声だとか、どんな草が生えているかだとか、いろんなことを少しでも多く自分の中に入れて、それを具体的に表現したほうが、いいものになるかなと思います。
女性の受講生 自分の中にいろいろな情報を入れて、この人物ならこう考えてこう動く、ということがある程度できてから書き始めるとのことでしたが、そのとき、人物の姿形などもできているのでしょうか。姿形ばかりでなく、自分で見たものを文章に落とし込んでいくとき、どのように気をつけていらっしゃいますか。
佐藤 答えになるかどうかわからないんですけど、たとえば舞台になる土地を歩いたとしますね。そのときも、私自身が見た景色ではなく、主人公だったらどこを見るだろう、ということを考えます。たとえば18歳の男の子だったら、草や花の名前にはそんなに興味がなくて、詳しく知らないと思うし、その子の視点で書くとしたら「道に、槐(えんじゅ)の白い花が咲いていた」というような書き方にはならないと思います。この子がここを通ったら何に目が行くだろう、何に興味を惹かれるだろう、ということを考えて、作品世界を把握するようにしていきますね。

男性の受講生 自分は『しゃべれども しゃべれども』をたいへん楽しく拝読したのですが、主人公が、小学生を殴ってしまった自分に嫌悪感を覚える場面で、男としてその感覚がとてもよくわかる気がしました。佐藤先生は、異性を主人公にして書くときに、どのようなことに注意をされていますか。
佐藤 それはね、本当にはわからないだろうな、と思って書いています。たとえば、これは実際に直木賞の選考会で言われたこともあるので話題にしてもいいと思いますけれども、性的なことをどのくらいまで書くかと考えると、本当にはわかっていない男性の感覚をあまり赤裸々に書いてしまうのはどうかなと……。私はあえてそこまでしなくてもいいかなと思っていて、本当の意味で生々しい男性じゃないにしても、私なりの男性というか、その人物が書ければいいかなと思います。そこまで性差というものは意識せずに書いています。

――では、ちょうど時間となりましたので、今日の講座はこれで終わりといたします。佐藤先生、ありがとうございました。
(場内大拍手)
【講師プロフィール】
◆佐藤多佳子(さとう・たかこ)氏
 1962年、東京生まれ。1989年『サマータイム』でMOE童話大賞を受賞してデビュー。99年『イグアナくんのおじゃまな毎日』で産経児童出版文化賞、日本児童文学者協会賞、路傍の石文学賞。2007年『一瞬の風になれ』で本屋大賞、吉川英治文学新人賞。11年『聖夜』で小学館児童出版文化賞。17年『明るい夜に出かけて』で山本周五郎賞を受賞。作品は『ごきげんな裏階段』『ハンサム・ガール』『しゃべれども しゃべれども』『黄色い目の魚』『第二音楽室』などの他『シロガラス』シリーズを続刊中。
●サマータイム(新潮文庫)※MOE童話大賞受賞
●一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテー(講談社文庫)
※吉川英治文学新人賞受賞 本屋大賞受賞
●一瞬の風になれ 第二部 -ヨウイー(講談社文庫)
●一瞬の風になれ 第三部 -ドンー(講談社文庫)
●明るい夜に出かけて(新潮文庫)※山本周五郎賞受賞
●聖夜(文春文庫)※小学館児童出版文化賞受賞
●イグアナくんのおじゃまな毎日(中公文庫)
※産経児童出版文化賞 日本児童文学者協会賞 路傍の石文学賞
●しゃべれども しゃべれども(新潮文庫)
●黄色い目の魚(新潮文庫)
●神様がくれた指(新潮文庫)
●夏から夏へ(集英社文庫)
●ごきげんな裏階段(新潮文庫)
●第二音楽室(文春文庫)
●シロガラス①パワーストーン(偕成社)
●シロガラス②めざめ(偕成社)
●シロガラス③ただいま稽古中(偕成社)
●シロガラス④お神楽の夜へ(偕成社)
●シロガラス⑤青い目のふたご(偕成社)
●スローモーション(ポプラ文庫ピュアフル)
●九月の雨 四季のピアニストたち(偕成社)
●ハンサム・ガール(フォア文庫)


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