「民間伝承の持つ力ってすごく強いので、物語に入れ込むのはとても有効ではあるんですけど、ひとつ間違うと、その素材そのものに食われてしまう危険性も、あるんですよね」

 9月の講師には、佐藤多佳子先生をお迎えした。
 東京都出身。1989年『サマータイム』でMOE童話大賞を受賞しデビュー。2007年『一瞬の風になれ』で吉川英治文学新人賞と本屋大賞を受賞。2011年には『聖夜』で小学館児童出版文化賞、2017年には『明るい夜に出かけて』で山本周五郎賞を受賞した。ほか『しゃべれども しゃべれども』『黄色い目の魚』などヒット作多数。児童文学から大人向けの小説まで幅広く手がける人気作家である。
 今回の司会は、本講座出身作家である紺野仲右ヱ門氏(信吾氏・真美子氏の夫婦合作ペンネーム)がつとめた。
 また、ゲストとして田中範央氏(新潮社)も参加し、講評に加わった。
 講座の冒頭では、メイン司会の真美子氏がまずマイクを取ってあいさつをし、続いて佐藤氏がマイクを取り、あいさつをした。
「はじめまして、佐藤多佳子と申します。小説の講評会は、初めての経験なので、どのくらいちゃんとしゃべれるかわかりませんけれども、一生懸命やりますので、よろしくお願いします」

 今回のテキストは、小説が3本。
 双子の妹の部屋で、妹の本を読んでいる「僕」。
 僕らは七年間、二人しか知り得ないある秘密を抱えている。
 そして、雪の降りそうな寒い冬の日、僕たちは十四の誕生日を迎えようとしていた。
・田中氏の講評
 非常に面白い作品だと思って読みました。おばあちゃんが亡くなるときに真実を明かしてしまうあたりが面白かったです。なにより最後のシーンですね。これが実に鮮やかです。実体を持った、ということをどうやって伝えるか、というところですが、雪の冷たさを感じさせることで、その効果が鮮やかに出ていました。
 ただ、7年にもわたる話ですから、作品をもっと長く書いて、読ませていただきたいと思いました。7年もあれば、その中でいろいろなことが起きて、お兄さんがついに出ていくという決断にいたることで、これは連続ドラマの最終回か長篇の最終章のような印象を受けました。ぜひ長篇にトライしていただきたいです。
 山形出身ということでみなさんお馴染みかと思いますが、井上ひさしさんの『父と暮らせば』(新潮文庫)という、有名な作品があります。原爆で亡くなったお父さんが時おり現れますね。主人公が恋などに悩んでいるときに、応援するように出てくる。
 この作品でも、お兄さんがどんなときに出てきてどうやって消えていくのか、というところに最大のドラマがあると思いますので、そこをもっと長く書くと、良い作品になると思います。

・紺野信吾氏の感想
 面白く読ませていただきました。それを前提でしゃべりますね。
 最後のシーンで数か所、意味のわからないところがありました。ひとつはミツキという名前の由来。それから雪の持つ意味。そしてポストカードの意味。それらは物語のうえでキーワードになっていると思うのですが、そしてその意味を読者に探らせるような展開のしかたをされていると思うのですが。だからもうちょっと丁寧にわかりやすく伝えてほしかったです。もしかしたらわざと明かさなかったのですか? 読んでいて置いてきぼりを食った感がありましたので、その辺の意図を作者に聞いてみたいと思いました。
川股氏「名前をつけるときに美しい月が出ていた、というエピソードが最初に浮かんで、そこから命名にまつわる話を考えました。雪のシーンは、兄が実体を持ったときに五感を獲得したことで現実の人間として生まれた、という表現のために入れました。ポストカードの意味は、そこまで深く考えてはいないんですが、雪のシーンを入れるときに、自分にとって一番美しい雪のイメージが、ある日本画家の作品だったので、そのイメージが最後のシーンにつながるかなと思って入れました。強いメッセージ性のようなものは、とくにないです」)

 わかりました。10頁目前半の、「灰色の霧に包まれた、白い山と、湖に反射する、白馬が描かれた、あの…」という、これは東山魁夷の作品かと思いますが、「…」の書き方が、強い意味がないにしては、すこし思わせぶりな表現になっていると思いました。
・紺野真美子氏の講評
 物語のプロローグとして読むと、続きがすごく気になるし、それを読んでみたいと思いました。このままだと、つかみようのないところがたくさんあって、川股さんの中にある小説の空気感……こういう雰囲気で、小説ってこんな感じだよね、というイメージが伝わってくるだけで終わってしまいます。いろんなことを、もっと具体的にすると、ひとつの長い物語ができると思いますので、ぜひ、続きを書いてみてください。

・佐藤氏の講評
 私が最初に感じたことは、男女の双子がいて、男の子のほうは生まれたときに亡くなってしまう。死にきっていないという表現はありますけれど、肉体は存在していない、ある種の死を迎えているという、そういう設定ですね。この設定で書くとき、多くの人は、生きているほうの、妹の目線で書くのではないかと思います。こういうファンタジーというか、人ならぬ存在、現実的に把握できない不思議な存在をとらえるというのを、実在の人間の感覚から追っていく話は、けっこうあるんじゃないかとまず思ったので、一番面白かったのは、非常に把握しにくいお兄さんの意識のほうから書いているということです。これはちょっと読んだことのないもので、とても面白かったです。
 ただ逆に、面白い分、難しいことにチャレンジされたなという気がします。非常に漠然とした、意識として残ったお兄さんというのが、このお話の中では、おばあさんが妹さんにそのお兄さんの話をしたことで、ふと目覚めたというか、その存在に気づいたみたいな書き方をされていますね。そしておばあさんの死によって、妹さんと交流するようになる。こういう非現実的な存在の描き方は、すごく難しいと思うんですね。設定をはっきりさせないと、読者にはわかりづらくなってしまう。普通にリアルな、我々が共通認識を持っている世界で話を始めて、終わらせると、多くの場合は設定とか説明がなくても済んでしまうんですけど、この作品では、お兄さんという存在をどういうふうに読者に伝えるかということを、かなり細かいことまで、考えて、先ほど出た絵葉書の話のような、エピソードのひとつひとつで浮かび上がらせていかなければいけないです。

 妹さんの部屋にずっといて、本を読んで、窓から外をずっと見ている。だけど、彼は何がわかって何がわからないのか、どこまで行けるのか、動けるのか。まず、私だったらここにこだわるかなと思ったのは、まったく何もないところからふっと自分が生まれた瞬間というのは、どんな感じだったのだろうということです。彼の目線で書いているので、その彼自身が世界を把握した瞬間を、彼の言葉で語っていったら面白いんじゃないかな。お兄さんの目線が面白いだけに、そして難しいだけに、どうやって設定していって、読者に彼のことを理解してもらうか。妹さんがお兄さんをとても大事に思っていることは伝わるんですけど、意識として残っているお兄さん自身の感情の描き方が弱い。難しいですけど、そこまで書いていけると深い話になりますし、すごくオリジナリティのある話になると思います。
 ラストはたしかにわかりにくいというか、どんな解釈もできる。身体が入れ替わるんだろうな、ということはわかりますが、じゃあ妹さんの意識はどうなるのか。お兄さんのかわりに部屋にずっといるのかな。じゃあなんで入れ替わったんだろう。最初のほうに、お兄さんが恋をしたんじゃないかなんて話がありますが、そのエピソードが未消化になっている。
 そういうことも含めて、この視点で頑張るんだったら、いろんなところをもっとしっかり考えて、エピソードを増やして立ち上げていく。そこで、意識としてのみ存在している彼が、何を感じていくのかということを書けると、すごく面白くなるかなと思いました。

 実家の父から、母の新盆に、顕子先生がお線香上げに来てくれると連絡が入った。
 顕子先生は、美佳が五歳から中学三年までの十年間、ピアノを習っていた先生で、もう二十年近く会っていなかった。
 美佳は、懐かしいと思う反面、久しぶりの再会なのに喜びが湧いてこない自分にひっかかりを感じる。
 これまで思い返すことがなかったあの頃の記憶―。
 美佳は、二十年経ったいまも、胸の奥にわだかまり続けている顕子先生への複雑な思いに気づく。
・田中氏の講評
 読みながら感じたのは、他の登場人物の視点や世界が加わると、違った味わいが現れる物語だなということでした。それは良く言うと「膨らみや広がりがある」ということですけれども、タイトルが『顕子先生』ですから、途中から顕子先生と「私」をめぐる話に絞られてしまっている。ただ、物語の発端は、伴侶を亡くしたお父さんが悲嘆に暮れていて、顕子先生がお線香をあげにくることになったということですので、お父さんや家族も絡んでくるのだろうと、読み始めた当初は想像しました。わたしの前に講評していた受講生が「この小説にはA面とB面があるのではないか」と仰っていましたが、わたしも同感で、お父さんや家族の物語がB面になるのかなと思いました。
 最後はやや駆け足になっていますが、その中に「とっても上手だったものね」という先生の台詞がありますね。こういう、大人が発した言葉を子どもが受け取れてなかった、それが何十年後かにこうして受け容れられる、というところは、光るものがあると思いました。
・紺野信吾氏の講評
 とても素直な文章で、すらすらと入ってくる、読者が楽に読んでいける文章を書かれる方だな、と感心しました。
 ただ、小説そのものも素直な構造をしているというか、育ちのいい主人公が育ちのいい感じの体験をして、結末も育ちのいい感じで終わる、というような印象が残りました。作者が小説にしたいと思うくらいですから、作者の中にはすこぶる強烈な実感があるのだと思います。その体験が読み手にあまり伝わってこないのは、たぶんご自分の中に何か書ききれていない、隠しているもの、いい子ぶっているところがあるのではないでしょうか。えげつなさというか、ここを書いたら自分が壊れてしまうんじゃないか、みたいな防衛感情が働いてしまって、ね。安全圏じゃないところに足を踏み入れ筆を運ばせるのはとっても難しいことですし、それを素直な文章で表現するのはさらに難しいことではありますけれど、そこを読者は読みたいし、たぶんそこに読者が共感するのだと思います。是非チャレンジしてほしいです。

・紺野真美子氏の講評
 私は、一ノ瀬さんのいい雰囲気が出ていると思って読みました。特に違和感もなかったんですけど、全体的に説明が多いかな。文章が読みやすくて、うまいのに、初めから終わりまで説明になっています。音楽の話で楽譜やピアノは出てくるんだけど、音がないんですね。もっと小説らしくするために、ご本人もいろいろ考えていらっしゃると思いますけれど、参考になる本として、佐藤先生の『聖夜』(文春文庫)はどうでしょうか。十七歳のオルガンを弾く少年の、夏休みから聖夜にかけての成長物語で、読んでいると、オルガンの音が聞こえてくるような気がするんです。とても良い小説なので、よかったら読んでみてください。


聖夜 (文春文庫)

・佐藤氏の講評
 どうも、本のご紹介ありがとうございます(笑)。
 おそらく20代前半の女性である、顕子先生という存在が、子どもである「私」にとって、最初は「お姉ちゃん」だったのが、ピアノを教わることで「先生」に変わっていくという、子どもの目から見たある種の変容が描かれています。それはとても面白いテーマだと思いました。
 ただ、少しおとなしめな印象を受けるというか、もう少し感情をしっかり書けていると、インパクトが強くなるかな、ということを感じました。この作品の書き方としては、亡くなったお母さんのお参りということで、会わないはずだった人に会うという入り口ですね。そこから、顕子先生のことを思い出していく、回想形式で書かれています。この物語を書くとしたら、大人になってから思い出す、回想というこのアプローチと、もうひとつは、子ども自身のリアルタイムで、5歳から中学生まで、いま自分が習いながら、自分の時間をどんどん更新していくという、そのふたつがあります。

 どちらがいいか、というのは作者が書きたいやり方でいいと思いますし、どちらにもいいところも悪いところもあるんですけど、回想形式で書く場合は、昔起こったことを、大人の意識として分析しながら書くというところで、非常に落ち着きがあるし理解しやすい。時間的な距離があることで、懐かしさであったり、あるいは長い時間を経ても変わらない傷であったり、そういうものを表現できる面白みもあります。
 リアルタイムで書いていくとすると、子どもの時点の生々しい気持ちというか、感情がたぶん伝わってくるんじゃないかと思います。そういうふたつの書き方がありますが、この作品は回想形式で書かれていますので、その形で読ませていただくと、「私」という語り手の気持ちが、いろんなシーンで丁寧に書かれているんですけど、この子はかなりピアノができる子で、子どもにとって習い事で評価されるってすごく嬉しいことだと思うので、その喜びがもっと丁寧に書かれていると、そこで、先生に対する気持ちとの対比にもなるかなと思います。

 大人は理不尽だ、という気持ちを持った子どもが戸惑う、というのがこの話の読みどころだと思いますが、そこはよく書けています。先生はなんでこう言うんだろう、というのが子どもにはわからなくて、そこが不安で、でもこの子は反抗しないし、なんとなく困った気持ちだけどちゃんと発表会にも出るし、まあまあ弾けてしまうし。なんて言うんですかね、実際に世の中にはこういうこともあるんだろうなと思うんですけど、フィクションとして考えると、本当はないお話を無から作るというときに、読者がどういうふうに面白いと感じてくれるか、というところから考えると、このお話のストーリーはちょっとおとなしいかな、と感じます。なので、劇的なことを起こすというのではなくて、ピアノというものにまつわる、もしくは先生との関係にまつわる、主人公が幼児から中学生に成長していくにしたがってどう感じていくか、子どもの気持ちや感情が変化していく様子が書き込んであると、もっとお話に厚みが出てくるんじゃないかなと思いました。
 あともうひとつは、このぐらいの長さで、現代のリアリズムとして書かれている小説ならば、もう少し描写文があったほうがいいかなと思います。季節は書かれているんですけど、舞台はどんな街で、ピアノのレッスンを受けているのはどんな部屋なのかなど、この子たちが生きている世界をもっと目に見える形で書いてあると、小説として色鮮やかになるのではないか、と思いました。

 町場の野良猫ニケは、棲み処の近くで旧知の狐に再会する。狐は化狐になっていた。
「最近、この界隈にもののけが出るという。知らぬか」と言い、人を襲う化猫を探していた。何となくつき合う事になり、襲われた者の家をたずね、近所の年寄り猫に話を聞く。そんな中、ついに化猫が人の命を取った。
 人々も騒然となるが、その後しばらく新たに襲われるものはなく、狐も姿を見せなくなる。
 ある夜、峠道で人が襲われる。必死で逃げる男を追うのはやはり化け猫。この正体をニケは知る事になる。
・田中氏の講評
 わたしの前に講評した受講生が仰っていたことと同感で、この分量にしては登場人物が多いとわたしも感じました。登場するのは人物だけでなく猫、それに狐も出てくるので、「これは人なのか猫なのか、それとも狐か?」「なにをした人、いや猫だっけ?」と整理しながら読み進めなくてはならなかったです。また、些細な誤字かもしれませんが、冒頭に似右衛門という人が出てきて、直後に似左衛門とあり、同一人物と思われるのだけど、名前が違っているので兄弟か別人物かと、ここでも混乱しました。
 ですが、非常にドスの利いた文章といいますか、短いセンテンスでハードボイルドタッチに書かれていて、しかも人間の視点ではないというところに、すごい魅力を感じました。冒頭からおどろおどろしい雰囲気もありますし、「あんびんや」という屋号はおそらく山形ローカルなものだと思いますが、そのあたりから出てくる地方色も、作品の舞台がどこなのかを伝える、世界観をしっかりさせる効果があるので、そこはもっと掘り下げていただければと思います。
 もうひとつは、これは時代小説だと思いますが、じゃあいつごろの話なのか、はっきり書かなくてもいいんですけど、今このようなことが起こっています、こういう世の中です、という程度のバックグラウンドがあると、より深みが増したのではないかと思います。

・紺野信吾氏の講評
 最初に1頁目を読んだときに、柴さん化けたな、と思いました。物語の背景として不穏な空気づくりがすごいと思いました。この雰囲気は書き慣れていないとできないだろうし、言葉の使い方が達者なので、意味のわからない単語が出てきても気にならない空気感があります。どんどん先が読みたくなって読み進めていきました。
 ですが、序盤の雰囲気があまりに私好みだったせいか、中盤あたりから期待しすぎている自分と作品との間にギャップが出てきてしまい、終盤は失速感がとても気になってしまいました。どうしてなのだろうといろいろ考えてみましたが、これは私も小説を書くときのネックになっていることなのですが、主人公がきっちり立ち上がっていなかったのではないかと思います。立ち上がる前に小説を書き始めると、主人公が作品の中で自発的に動かなくなり、結局、物語のコマになりさがってしまうことがままあります。この物語も、主人公の猫、ニケを始めにきっちり立たせてあげなかったのが、失速の原因だったような気がします。ニケの個性、特性がきちんと定まり、作者がニケにもっと同化できていたならば、ニケの身体感覚、感情、行動がもっとリアルに描け、それとともに物語も膨らんでいたと思いました。

・紺野真美子氏の講評
 うまいなあ、と感心しながら読ませてもらいました。これだけ書ける方なので、中盤から後半にかけて失速するあたりも、ご本人が一番わかっておられるだろうと思います。
 田中さんが先ほど、この作品は時代小説だと思う、とおっしゃっていたのですが、私はファンタジーだと思って読みました。作者の方の中でも、自分の書いたものが、どういうジャンルになるのかはっきりしない、迷いのようなものがあるのかもしれません。
 それで佐藤先生におたずねしたいのですが、この作品は、どういったジャンルになるんでしょうか?
 その前に、作者の方にお聞きしたほうがいいですね。この作品は、どういうジャンルだと意識されていますか?
柴氏「時代小説という意識はなかったです。ファンタジーというか、民話的なイメージで書いていました」)
田中氏「先ほど時代小説と申しましたが、舞台が現代ではなく過去、人名や台詞、所作などから、おそらく江戸時代ではないかという意味での時代小説です。ただ、いわゆる「時代小説」とは違うし、ひとつのジャンルにとどまらず、多様な読み方ができる作品だと思います」)

・佐藤氏の講評
 ジャンルは意識しなくていいんじゃないか、と私も思います。ただ、さっき田中さんがおっしゃったように、どのくらい昔のお話なのか、というのはやはり、作品の中に書かなくても、作者の中で考えて書かれたほうが、いろいろなところが具体的になってくるかな、と。この話の中で、商売屋という言葉が出てきて、町という言葉が出てきますので、ある程度の人が住んでいる。でもわりと近くに山が複数あって、川が流れていて、という描写もありますので、どの程度の田舎なのか、どの程度のにぎわいがあるのか、山との距離感などを、ざっくりでいいので自分で把握するために、地図を書いてみるのも有効だと思います。○と△と×ぐらいでかまわないので。舞台をどのように描くのか、というのは、この作品の場合はとても重要になってくると思います。
 時代小説という意識はしなくても、やはり明らかにある程度古い時代を扱っているということになると、そこら辺で、あまりに言葉やモチーフにばらつきがあると、ちょっと詳しい人なら、読んでいて違和感をおぼえてしまうかもしれないです。舞台と時代はある程度整理されたほうが、作品としてすっきりするだろうと感じました。

 化け猫と狐が出てくるわけですが、実在する民間伝承などを下敷きにされているのか、それとも昔話的なおおまかなイメージからご自分で造形されているのか。そこはわからないんですけれど、伝承の持つ力ってすごく強くて、それを自分自身のオリジナルなフィクションに入れ込むのは、とても有効ではあるんですけど、ひとつ間違うと素材そのものに食われてしまう危険性もあるんですね。私の友人である、ファンタジー作家の荻原規子さんから、伝承を扱う難しさについて、よく聞きます。私はあまりこういうファンタジー的なものは書いてこなくて、いま一つそれっぽいものを書いて悪戦苦闘しているんですけど、その辺が難しいかなと。猫と狐という、おそらくどちらもそれぞれに伝承がいろいろあると思うので、それを共存させるのであれば、狐や猫が物の怪という人間にとって危うい、恐ろしい存在であるということのバランスを考えたほうがいいかなと思います。
 後半で狐が出てくることによって、猫の存在感が薄れてしまうのではないかな、と私は感じました。どちらかにするというわけではなく、それは書かれる方のこだわりでいいと思いますが、ひとつひとつの存在感がとても大きいので、「混ぜるな危険」ということになりかねないな、ということを感じました。

 あと、猫の目線で書かれているところは素晴らしいと思います。冒頭の、ねずみを食べるリアルな書き方もいいですし、猫の目から見て、人間は自分にとって良い存在なのか悪い存在なのか、そこの距離間がすごく猫っぽいというか、面白い表現だと思いました。なので、ある意味ここをもうちょっと推してもいいのかな、という気もしました。
 私は、今回この講評というお仕事をするにあたって、「怖いものは読めない、残酷なものは苦手」という注文をつけさせていただいたんですが、この作品を読んで、とても無責任なことを言いますと、もっと怖くてもいいかもしれない。すごく怖く書いてもいいんじゃないかな、と思いました。舞台と時代と伝承、ということをもう少し整理して、もっと怖い猫を書いていただけると、また読みたいなと思いました。

※以上の講評に続く、後半トークショーの模様は本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。
【講師プロフィール】
◆佐藤多佳子(さとう・たかこ)氏
 1962年、東京生まれ。1989年『サマータイム』でMOE童話大賞を受賞してデビュー。99年『イグアナくんのおじゃまな毎日』で産経児童出版文化賞、日本児童文学者協会賞、路傍の石文学賞。2007年『一瞬の風になれ』で本屋大賞、吉川英治文学新人賞。11年『聖夜』で小学館児童出版文化賞。17年『明るい夜に出かけて』で山本周五郎賞を受賞。作品は『ごきげんな裏階段』『ハンサム・ガール』『しゃべれども しゃべれども』『黄色い目の魚』『第二音楽室』などの他『シロガラス』シリーズを続刊中。
●サマータイム(新潮文庫)※MOE童話大賞受賞
●一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテー(講談社文庫)
※吉川英治文学新人賞受賞 本屋大賞受賞
●一瞬の風になれ 第二部 -ヨウイー(講談社文庫)
●一瞬の風になれ 第三部 -ドンー(講談社文庫)
●明るい夜に出かけて(新潮文庫)※山本周五郎賞受賞
●聖夜(文春文庫)※小学館児童出版文化賞受賞
●イグアナくんのおじゃまな毎日(中公文庫)
※産経児童出版文化賞 日本児童文学者協会賞 路傍の石文学賞
●しゃべれども しゃべれども(新潮文庫)
●黄色い目の魚(新潮文庫)
●神様がくれた指(新潮文庫)
●夏から夏へ(集英社文庫)
●ごきげんな裏階段(新潮文庫)
●第二音楽室(文春文庫)
●シロガラス①パワーストーン(偕成社)
●シロガラス②めざめ(偕成社)
●シロガラス③ただいま稽古中(偕成社)
●シロガラス④お神楽の夜へ(偕成社)
●シロガラス⑤青い目のふたご(偕成社)
●スローモーション(ポプラ文庫ピュアフル)
●九月の雨 四季のピアニストたち(偕成社)
●ハンサム・ガール(フォア文庫)


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