「書いていて一番熱量がこもるときは、考えるより先に指が動いています。その状態になるためには、それまでやってきた地道な資料や文章の精査、基本的なことを1つずつ積み重ねることしかないと思います」

 第109回は今村翔吾氏をお迎えして、小説に込める熱量や、夢をあきらめないということ、シリーズものの面白さと難しさ、小説家に必要な孤独などについて、お話していただきました。
◆小説への姿勢と熱量/運命の出会い『真田太平記』/問題児の放った衝撃の一言
――今村さん、こういう講座は初めてですか。
今村 そうですね、中高生相手の文学塾はやりましたけど、ちゃんと志望してはる大人の方を対象にした講座は初めてです。テキストを読んでみた感じは、たしかに形はちゃんとできてるんですけど、この上に行けない理由はわかるなと思いました。探せばいっぱいあるんですよ。でも一個ずつ潰していくことも明確やから、ここで学んでやっていけば、いけるんちゃうかなと思いましたね。
 僕ね、小説の中身について、難しいことをとやかく言えるほどのアレやないんですけれども、どういう姿勢で書いているのかが知りたいですね。本当に小説家になりたいと思っているのか。どれくらいの熱を持っているのか。どれくらいの時間を費やしているのか。
 僕なんか、世の人には、ぽっと出みたいに思われてるんですけど、デビューするまでは、人生で一番頑張った。みなさんも仕事しながら書かれてると思うんですけど、僕なんかも、書き始めてから1年半ぐらいは、睡眠時間なんか2~3時間ぐらいでしたもん。友だちとも遊ばへんとね、楽しいことない、テレビも見いひん、世の中のことわからへん。たまに買い出しとかでスーパー行ったら、芸人の一発ネタを真似してる子どもを見て、世の中がおかしくなったんかなと思うぐらい(笑)、小説に向き合ってる時間があったから。ホンマにデビューするんやったら、3年なら3年と期限を切って、ガチっと向かっていく時間を作ったほうが絶対いいと思う。

――今日はここへ来る前にも、東北芸術工科大学で「売れる作家になるには」というトークショーもされてきましたが、そこでも情熱の有無が非常に大きなポイントとされていましたね。今村さんの情熱はどこからきたんでしょうか。子どものころから作家になりたいと思っていましたか。
今村 小学5年生のとき、池波正太郎先生の『真田太平記』(新潮文庫、講談社など)を読んだんですよ。それが初めての読書ですから、なんちゅう無謀なことやと思うんですが(笑)、運命としか思えないぐらい惹かれたんですよ。それでめちゃくちゃハマって、世に出てる歴史小説は9割がた読んできたんですけど、池波先生も山本周五郎先生も、僕が小さいころすでにお亡くなりになっているということがすごいショックでした。新作が読めないわけやないですか。それで俺が書こう、と中学生のときに思ったんですよ。それがずっとくすぶっていて、30のとき「このまま、いつか、いつかと思っててもやらんな」と思って、5年間ぐらいは死ぬ気でやろうと思いました。
 その頃、家業のダンス教室で先生をやってて、いつも生徒たちに「先生いつか直木賞取るで」とか「みんな少しは本も読めや」とか言うてたんですが、教え子の中に、何度も家出する女の子がいたんですね。その子が家出するたびに、深夜1時や2時に迎えにいく羽目になってね。お父さんが亡くなってる子で、愛情に飢えているというか、大人を試そうとしていたのかな。そんで、いい加減こんなことやめようや、何かなりたいものないの、という話をしたんですよ。そうしたら、それまでろくに返事もせんかった子が、「ホンマは調理師になりたいんやけど、ウチお金がないから無理やし」って言うんですよ。それで僕が「夢はあきらめんとやったほうがいいで」って言うたら、「翔吾くんも夢あきらめてるやん」て言われたんですよ。僕はずっと、子どもたちの前で「いつか小説家になる」と言うてたんですけど、いつかっていつやねん、と。その一言があまりにも衝撃的で、「わかった。俺は残りの人生で夢はかなうということを証明する」って言うて、家業やったんで父親に「辞める」言うて、夕方で終わる仕事を見つけて、俺も頑張るからお前も頑張れ、いうことで始めたんですよ。その子のためにも、引けへんところに追い込まれていたんですね。
 まあ必死でやりましたよ。仕事から帰ったら、ご飯の時間もお風呂の時間も惜しんで、夜の2時3時ぐらいまで書いて、5時ぐらいには起きてまた書いて。とにかく公募という公募は目の前に来る順番に全部出す、ということをやってました。ですからね、僕はめっちゃ賞に落ちてますよ。地方文学賞も中央も関係なしに、1ヶ月で何百枚も書いては送ってましたからね。結果的に失敗したこともあると思うんですけど、でも前を見て倒れるというのはいい経験で、その2年間が、普通の人の10年分ぐらい自分の血肉になったな、と今になって思います。ちなみにその女の子、夢をかなえています。

(場内拍手)

――いやあ、いい話ですね。泣きたくなります。
◆落選するたび強くなる/シリーズの結末までもう決めてある/ご飯と半額コロッケがあればいい
――それにしても、いまうかがったなかで「前を向いて倒れる」、これ非常にいい表現ですね。そこまで頑張らないもの。
今村 でもね、「オール讀物」新人賞の最終候補で落ちたときは、あのときだけは30分ぐらい落ち込みましたね(笑)。自分の投稿作の中で一番自信があったんですよ。なんで落ちたんかなあ(笑)。木下昌輝先生が、受賞してから授賞式までにもう1本作っていった、すごい、というエピソードがありますけど、僕は1本どころか5~6本作って、すぐ本を出せるぐらい書いていこうと思ってた。でも落ちて(笑)、ショックやったけど、でもそれで1段階上がるんですよ。人の見る見方の分だけ本の評価はあるし、それが嫌やったら応募せんかったらいいんよ。この前、直木賞にノミネートされて取れんかったときも、負け惜しみじゃなくて、またギアが上がった、こうやって俺は強くなっていくんやな、と思いましたね。
――それはすごいですね。こんなに前向きに書いていける人はなかなかいないでしょう。求めに応じて次々に書いていく、その力やアイデアが尽きることはないですか。

今村 アイデアは尽きないですね、本当に。生涯で自分から出てくるアイデアより、書いていく手のほうが追いつかんわけで、たぶん30か40のアイデアは潰したまま死ぬんやろうなと思ってます。去年は10冊ぐらい出したけど、アイデアは15か20ぐらい出てきてるから、この繰り返しやったらもうアカンな、とは思ってますね。
――いま始めているシリーズも、結末はもう考えてあるんですよね。
今村 一応ね、「羽州ぼろ鳶組」シリーズ(祥伝社文庫)も「くらまし屋稼業」シリーズ(ハルキ文庫)も、30巻ぐらいで、最後どうなるかまで決めてます。いま決めている結末を変えるぐらい強烈なアイデアが出てきたらいいな、とは思ってますけどね。楽しみながら書くってこういうことで、自分が最初の読者なんですよ。いい本を読んだら、人にすすめたくなるじゃないですか。作家ってそれを最初に味わえるんですよ。ぼろ鳶組が最後どうなるか、もう言いたくてしゃあないんですけど、でもネタバレは言えない。そういう楽しさはありますね。

――「ぼろ鳶組」が年に4冊、「くらまし屋」が年に3冊。コンスタントに出されてますね。デビューしてから8ヶ月ぐらいで作家専業になったそうですが、でも普通なら無謀なことだと言われます。
今村 僕も最初はそう言われたんですよ。2冊目ぐらいのときに、まだ仕事は辞めないほうがいいですよ、今村さんにも生活があるんですから、みたいなことを当時の担当編集者から言われたんですけど、でも何か「家のローンもあるでしょうから」とか、ハイレベルなこと言うんですよね(笑)。僕は別に、探せば家賃2万ぐらいのところもあるし、家は田んぼやってるからお米もあるし、ふりかけでもかけて食べてれば死にはせんやろ、というレベルを最低限で考えてたから、イケんじゃね? とは思ってたし、こう言うとカッコつけてるみたいになるけど、最悪、あと40年ぐらいこのままダラダラ生きるのと、5年で身体壊して死ぬのやったら、後者のほうがいいなって思ったんですよ。
――あるインタビューでも、ご飯と半額のコロッケがあればいい、とおっしゃってましたね。
今村 ただ僕ね、今でも半額コロッケ食べてますけどね(笑)。編集者さんとかに、僕がお酒飲まないのもあって、美味しいところに連れてってもらうこともあるんですけど、僕は吉野家とか餃子の王将とか、サイゼリヤとかが好きなんですね。それで充分美味しい。

◆キャラクターに生命を与えるのは読者/三視点並列思考で書いている/書きたいことがあったら脇目も振らず書く
――シリーズものを書いていく喜びはどんなものですか。
今村 シリーズは、ファンがついてくれるのが一番いいですよね。僕を飛び越えて、ファンがキャラクターを好きになってくれる。キャラクターって作者が生み出しただけじゃただの二次元ぐらいなんですけど、それを応援してくれる読者を得ることで、三次元というか、人になるんですよ。僕が作品に書いてない設定も、読者がわかって共有してくれる。これがシリーズの醍醐味ですよ。
――難しさはあまりないですか。
今村 うーん、あえて言うなら、キャラクターをみんな好きになってもらったら、出番を均等に調整したくなりますよね。定番というかお約束みたいなものを待ってくれたりもするから、それを裏切らなアカン展開のときは、ちょっとしんどいかなと思いますね。

――プロットを先に書いてから書き始めることはしないそうですね。
今村 プロットを書くのは苦手ですね、しゃべることはできるんですけど。あのね、池上さんがさっき新潮社の担当さんとお話してるのを見て、トラウマが甦ってきたんですよ。僕、めっちゃ怖いんです(笑)。前にね、プロットを書いて、出したら、次お会いしたとき「今村さん、一晩じっくり考えてみましたが、意味がわかりません」って言われたんですよ(笑)。ほんで、しゃべって伝えたら「なんでそれをプロットに書かないんですか」って言うてくださって。僕の場合、プロットを書くぐらいやったら、頭の中にある話を速攻で書いてしまいたいんですよね。ディスカッションしてるともっと面白いネタもできてくるし。頭の中でネタはできていても、小説以外の方法で伝えられないんですよ。しゃべるのはまだ小説に近いんですけど、小説とプロットって別物なんですね、僕にとっては。
――書き始めるときに、冒頭と結末のシーンは頭にあるんですか。
今村 なんとなくはね。でも書いているうちに変わりますよ。キャラクターが動いていく中で、こいつはこんなことせえへんやろ、こうするはずやっていうことが具体的に見えてくるんですよ。『童の神』(角川春樹事務所)なんかが一番わかりやすいんですけど、最後の10枚になったら、ここまで話してきた、僕の友だちである主人公を、読者に向けて放してあげるという感じです。そこまでずっと「お前はどう思う?」とディスカッションしてきているんだけど、最後は僕すら想像もつかないことをさせにいく、というイメージで僕はいつも小説を書いています。

――三浦しをんさんや角田光代さんは、キャラクターが動くなんてありえない、とおっしゃっているので、その辺はみなさん方法論が違うんですね。
今村 自分の脳みそのどっかがはたらいてるんだと思うんですけど、でもまあ、キャラクターが動くってカッコよくないですか(笑)。参考になるかわかりませんけど、僕、1個だけいいことに気づいたんです、僕がやってることで。年末にインフルエンザで小説が書けなくなって、なんでこんなに書けへんのやと思って気づいたことは、書くときに僕はいま書いているところより2行先を見て、書いている文字を見ながら、2行先との整合性があるか見ているんですよ。その3つの作業が同時にできなくなって、1つしかできなかったから書けなくなったと思うんです。常に頭の思考はちょっと先に置いて、わくわくするような夢想をしながら書く。よく「文章にこだわれ」といわれますけど、それはもっと後、書き上げてからでいいんちゃうかなと思いました。
 今は、僕は時間がないから整合性とか過去の部分を見てるけど、みなさん時間あるんだから、先のことだけ考えて、細かいことは気にせんといってみて。推敲したら、僕なんかめちゃくちゃひどいのありますよ。「馬に乗馬する」レベルのがいっぱいありますから(笑)。さっきの講評でも「ここはいらないよね」みたいな話がありましたけど、僕もいっぱい言われてますから(笑)。まずは熱量を大事にしてほしい。

――やはり語りたいストーリーがある、ということが大切ですね。1行1行が気になって前に進めない人も多いですが、そういう人はストーリーを語りたい気持ちが弱いのではないかと思います。大事なのはとにかく書きたいものを書いていって、直すところはあとで直せばいいのであってね。でもそこができない人が多い。
今村 文章はどうでもいい、と言ったら言葉は悪いかもしれないけど、最初にストーリーを紡いでるときは、文章なんかどうでもいいかもしれん、極端な話。あとでどうにでもできるから。それより、いま心が熱くなっているものを、いかに吐き出すかのほうが得がたい機会なんですよ。僕なんかも、その状態が作れてトランスモードに入れたら、1日100枚は書けるから。でもそれはプロになってもなかなか難しいから、もしそういう機会があったら脇目も振らずやりたいようにやっちゃって。後からアホやったなと思うかもしれないけど、何か光るもんがきっとあるはずです。
◆読者を想定して書くということ/史実とフィクションの境が曖昧になるまで書く/北方謙三先生との約束
――キャラクター、ストーリー、文体、テーマなど、それぞれの書き手によって重視するポイントがありますが、今村さんが書いているときに一番意識することは何ですか。
今村 読者にどう見られるかということは常に考えています。媚を売るというんじゃなくてね。最大公約数の読者っていう場合もあれば、若い人はこう見るだろうな、男性はこう見るだろうな、女性にはこう見られるだろうな、ということは想定しています。想定することで見えてくることもあって、男性と女性でぜんぜん読み口が違う小説にしてみたろ、ていう冒険もできるし。読んでいただいてるというと謙虚ぶってるみたいやけど、ホンマそうなんですよ。あれだけの本を読むというのはたいへんな作業ですから、こちらはできるだけ面白くすべきだし、読みやすくすべきだし、無駄なものは排除すべきだし。読者が喜んでくれるやろな、というシーンを書いているときはもう嬉しくてたまらないです。最近だと、鳶組シリーズ8巻の『玉麒麟』(祥伝社文庫)の、辰一対新之助とかは、めっちゃテンション上がって書いてましたね。

――これから時代小説を書こうとする人へのアドバイスとして、時代考証についてはどうですか。かつて逢坂剛さんが時代小説に挑戦し始めて、時代考証で悩んでいたときに藤沢周平さんに相談したら、「勉強しながら書けばいいんだよ」と言われ、ものすごく楽になったそうですが。
今村 僕はね、作家さんの中でも歴史には詳しいほうらしいんです、もともとね。それはラッキーやったなと思うんですけど、やっぱり勉強しながら書いてるし、さっきの講評でも言いましたけど、調べたことが100あったら、まず忘れるんですよ。忘れてから、書くときに本当に必要なものが、ちゃんと頭から出てきますから。こっちの史料にはこう、そっちの史料にはそう書いてある、と言い出したらホンマきりがないし、開き直ったらいいんですよ。ここ違いますよ、と言われたら「知ってますよ」というぐらいでいい。だから僕、出典は意外と書かないんですよ。それぐらいの大胆不敵さが必要やと思うんです。史料によって書いてること違うんだから、吹っ切ったらいいと思うよ。
 さっきの講評で言った「天正最上軍紀」みたいに一点突破というやり方もあると思う。ひとつの史料以外はあえて見ない。それは、フィクションを乗せられる自信がホンマにあるときね。史実に近くやろうと思ったらいろんな史料にあたる。最新作の『八本目の槍』(新潮社)なんかは、史料をけっこう読んでます。たとえば脇坂安治が三石で雇われるあたりも、これは史実としてあるんですけど、なんで三石か書いてへんから、何かネタ作ってやらなアカンな、とか。あと、あくまで僕のことですけど、歴史小説を書いていると、これはこの史料に載ってることですよ、と言いたくなるんですよ。これは勇気を持って乗り越えてほしい。必要以上に「これは何々という書物に載っている」と書きすぎると、読者は醒めちゃうから。史実なのかフィクションなのか、その境が曖昧なところまでできたら一番いい小説やと僕は思ってます。そうなれば僕の勝ちですよ(笑)。

――『羽州ぼろ鳶組』シリーズは火消しを主人公にしていますが、なぜそこに注目されたんですか。
今村 これはねえ、九州さが大衆文学賞を取ったときに、北方謙三先生と1時間ぐらいお話する時間をいただいたんですよ。そのとき祥伝社さんが後援してて、「地方文学賞の次は中央の文学賞に出してください」みたいな感じやったらしいんですよ、祥伝社さんとしては。でも北方先生が「この子、書けそうだぞ。書かせてみたらどうだ」ということをその場で言うてくれはったんですよ。それで、「商業作家でやっていくなら3ヶ月もかけてちゃいかんぞ」と北方先生がおっしゃるんで、水滸伝みたいに男が男を試しているんかなと思って、「3ヶ月もいりません、その半分でやります」って言うてしもたんです。
 火消しについては前から資料も読んでて、面白いなとはずっと思ってたんですけど、それと同時に、この本が出たとして売れなかったら、僕にとって最初で最後の本になってしまうわけですよ。ほんじゃ誰にも真似できひん、一番俺のエッセンスがこもってるのがいいなと思ったときに、さっきの家出の子もそうですけど、もともとヤンチャやったけど今はまっすぐ生きようとしている子たちの立ち直りを僕は見てきたから、これをこれほど書ける作家は僕しかいないんやないか、と思ったときに、火消しと、世間からぼろぼろとかダメとか言われてる人間の再生ということがくっついたんですよ。
 じゃあそういう藩はないかと史料をあたったら、候補としては毛利家とかもあったんですけど、新庄藩の貧乏っぷりがどの史料を見てもヤバかったんで(笑)。すごかったんですよ、鉄の鍋に「新庄藩」って書いたら金気が抜けるおまじないになるぐらいバカにされてて。三百諸藩のうち新庄藩だけ官位をもらってないとか、なんでやろと思って調べたら、幕府に多額の借金を返せてなかったんですね。じゃあこの借金の原因は、と調べたら飢饉があって、心から復興させるために新庄まつりをやろうとしている殿様がいた、という史料が並んだときに、全部がつながりましたね。このときは、松永源吾という名前までぽんと出ました。ほんで、『火喰鳥』(祥伝社文庫)のもとになった原稿を1ヶ月で700枚ぐらい書いて、それを500枚ぐらいにしたんですけど、見せたときも祥伝社さんは「これ面白いですよ、シリーズいけますよ」と言うてくれたんですよ。でも、嘘かなって思うじゃないですか、いきなり出したやつがそんなん。だから、「騙されへんぞ」みたいな感じで、祥伝社にお金取られるんじゃないかって、警戒してましたもん(笑)。
 ただ、いいからこそじっくり時間をかけて直しましょう、いうことで6ヶ月ぐらい直したり削ったりして、5月に刊行される予定やったんが、「5月は強力な作家とかぶるから4月にしましょう」言われて、その3時間後ぐらいに「ごめんなさい、4月も強力な作家がいるから3月にします、ひいては2時間後までにペンネームを考えてください」いうことになって(笑)。じゃあ本名で、ということになったんです。もともとは、やっぱり書いていく以上はペンネームも考えてみたい、画数とかも見てみたいなとか思ってたんですけど(笑)。もともと自分の名前の画数は、田中角栄さんと同じで「波乱万丈」らしいんです。これからどうなるでしょうね(笑)。


◆チームを描く理由「いま気づいた」/池波・司馬との真っ向勝負/経済的恩恵の実態は
――「ぼろ鳶組」も「くらまし屋」も、チームものですよね。
今村 そういえばそうですね、いま初めて気がつきました(笑)。やっぱり子どもたちを教えてたことなのかな、新庄の文学塾でも言いましたけど、僕は子どもたちから教わったことがいっぱいあって、綺麗事になるかもしれませんが、人はひとりじゃないとか、ひとりでは生きられないとか言いますよね。さらに僕は、王道をやる作家になろうと思ったんですよ。なんでかっていうと、歴史小説っていろんなネタが煮詰まってるから、ちょっとマイナーなネタを求めて旅に出ていかはった歴史作家さんが多いんですよね。そのおかげでね、今の歴史小説って、真ん中の道がめっちゃ空いてるやん、っていう感じになってるんですよ。だから僕はど真ん中を行こうと思ったんです。小説の、ど真ん中の王道って何かというと、やっぱり人と人とのつながり、愛情、友情、勇気、苦しみや裏切りですよね。そういうものを書こうとおもったら、必然的に集団戦になってしまうのかな。そう考えたら『八本目の槍』も集団ものですね。もっともらしい理屈をつけましたけど、今考えるとたぶんそういうことです。
――時代小説の作家は大御所がいっぱいいて、亡くなっているけどその傑作の宝庫なんですよね。それと戦っていくのは大変ですよね。
今村 そうなんですよ。書店さんに行ってもらったらおわかりやと思いますけど、司馬遼太郎先生も池波正太郎先生もあるじゃないですか。あのクラスのレジェンドと戦うことを考えたらけっこう大変やと思うし。ただね、それは面白くないですか。たとえば野球やったら、すでに亡くなった往年の名選手と勝負はできないじゃないですか。でも、これが勝負かどうかはさておいても、同じ舞台に上ることはできるんですよね。だから、僕の最終目標は、池波さんと同じ題材をとって、「守破離」の「破」、つまり師匠を破る戦いをやりたいなと思ったりしてます。……鬼平か。鬼平ですか(笑)。でもね、読者の方には伝わるんですね。僕 Instagram とかやってるんですけど、そこで「鬼平の続きをやってください」とか言われるんですよ。そんなに池波さんに似てるとは思わないんだけど、好きやということは伝わるんですね。うん、鬼平と真田……やりますか。

――先ほどおうかがいしたところでは、自分に課すこととして、必ず1日に2枚ぐらいは書いているとのことでした。北方謙三さんも、酔っ払っていてもホテルに帰ったら必ず書く、その1、2枚が次の日の気持ちとつながるんだ、とおっしゃっています。
今村 インフルエンザのときも2枚ぐらいは書いてましたね。現実問題、僕は最低でも40枚は書いてます。エクセルで進行表を作って、連載してる作品を午前と午後と夜に分けて書いてるんですけど、それは自分を飽きさせないため。それぞれの作品に設定した最低枚数をクリアしたら、その時間はテレビを見ていいとか、買い物に行って料理をしてもいいとか、早く寝ていいとか、こう見えて意外とシステマティックにやってます(笑)。小説以外の趣味はぜんぜんないですね。休むとしても、休んで何もせんぐらいなら小説書こう、というぐらいです。物欲もあんまりなくて、あんまりにもお金を使わないので、税理士さんから税金対策にクルマ買いなさいと言われたりもしてるんですよ(笑)。もしでっかい賞とか取れたら、都内のホテルを借り切って、でっかい結婚式ぐらいのお金かけてファン感謝祭やろうか、とか言うてますからね(笑)。

――この講座にきた作家はみな賞を取ることが多いんです。縁起がいい講座なんです(笑)。今村さんなら、きっと近いうちに大きな賞も取れるでしょう。
◆「確変タイム」を呼び込むために/描写に強弱をつけて人物を整理する/宮本武蔵に学ぶ、孤独との向き合い方
――では時間がそろそろなくなってきましたので、質疑応答に入ります。
女性の受講生 小説の熱量に関してもう少しおうかがいしたいのですが、熱量の高い小説と低い小説では、どのような違いがあるのでしょうか。
今村 読んで感情がぐっと動くような小説は、熱量が高いなと読者として感じるんですけど、僕は自分が書いていて一番熱量がこもるなと思うときは、オカルトチックですけど、考えるより先に指が動いてますよ。よだれも垂れてます(笑)。自分も泣く。『童の神』の最後のシーンなんか、自分で書いてて涙が止まらなかったもん。そういうときって、トランス状態になってるのかな。そうならす方法はというと、外的要因ではたぶんそうならなくて、そこまでやってきた地道な資料や文章の精査であったりとか。僕はパチンコとかギャンブルも一切しないんですけど、いわゆる確変タイムみたいなもんで、それまで1個ずつやってきたものがあってこそのその時間で、書いていて一番楽しくて幸せで、なおかつ喜んでもらえる文章が書ける時間に突入できると思うんです。そこに近道はなくて、基本的なことを丁寧に積み重ねていくことでしか入れないのかな、と僕は思っています。

女性の受講生 私も小説を書いているんですけど、登場人物ばかり増やしてしまいます。何枚ぐらいには何人ぐらいの人物が適切か、という感覚を身につけるのはどうすればいいでしょうか。
今村 それは、基準はないんですよね。さっき言うたのも自戒を込めてのことです。「ぼろ鳶組」なんて何人出てくんねん、っちゅう話ですよ(笑)。ただ、僕がよく使う手は、忘れさせることです。一旦出てきたけど読者が忘れるように書いて、あとで実はそいつが犯人やった、という伏線にもできる。キャラクターの描写に強弱をつけて、忘れてもすぐ思い出せるキーワードを用意しておく。「ぼろ鳶組」の場合はどうしても人物が多くなるから、キャラクターを印象づけられるように名前のつけ方にはすごくこだわってます。それに火喰鳥とか八咫烏とか、異名と2個セットにすることで、すぐイメージが立ち上がってくるように仕組んでいますね。そういう工夫をすることで、人数が多くても堪えられるようになります。ただまあ、30枚ぐらいやったら、僕は3人ぐらいで回すかな。
男性の受講生 かなりのハイペースで作品を刊行されていますが、体調を崩されることはありませんか。

今村 年末は崩すね、何か知らんけど。去年も一昨年も年末は体調崩しました。けど、いつもしんどいですよ、正直。熱を測ったらまずいな、と思うときあるやないですか。見たらしんどくなるとき。だから、ちょっとしんどいなと思っても、気にしないようにしています。体調が悪くても頭が冴えてれば戦えるし。小説家って、頭を使うアスリートやと思ってて、どうやったら一番いいコンディションを作れるか、というルーティンみたいなものを発見しやなアカンな、と思うんです。僕の場合、午前、午後、夜で分ける策が一番いいなと思ってたんですけど、最近若干調子が悪くなってきたんですよ。新しい方法はないかな、といま模索してます。脳の活動にいいサプリメントとか、効くんかなと思って試したりしてますね(笑)。
男性の受講生 自分も小説家になりたいと思って書き続けているんですけど、期限を切ってあとどれくらいでやる、と根を詰めるほど鬱になって、面白くなくなって、周囲に見放されていく感じがしています。また、片っ端から新人賞に送りたくても、自分の書くジャンルと違っている場合はどうすればいいでしょうか。
今村 僕もジャンル違いの賞にだいぶ送ってて、ずいぶん無駄なことしたなと思ってます(笑)。そんなことも知らん無知な人間でも小説家になれた、ということをまずひとつの希望と思ってください(笑)。反面、ファンタジー系のジャンルやと思ってた新人賞に、歴史ものを出して最終候補まで行ったこともあるんですよ。そういうジャンルって、僕らが勝手に言ってるだけで、作品がよければ行けるんちゃうの、っていうのも一方の真実であると思います。
 あと、僕が思う一番の答えは、友だちをなくす覚悟があるかどうか、かな。正直、僕もだいぶなくしたわ。誘いも断ってたし。でも、俺は友だちなくしてでも小説家になりたい、と思ってたから。ある意味、宮本武蔵が剣を求めた状態に近かったのかもしれん。こんなしゃべり方でこんな感じやけど、その覚悟はあった。友だちが100人いても小説家になれへんねやったら意味ないと思ったし、もっといえば、小説家になったときに残ってくれた人がいたら、それでいいかなと思ってて。実際、残っててくれた人もいるし、その人からのおめでとうは本物やと思いました。そんな感じです。
 小説家は孤独なもので、孤独である必要があると思います。宮本武蔵が、風呂に入ると自分が溶けていきそうに感じるという話がありますけど、それすごくよくわかって、友だちの中にいて楽しそうにしていると、自分の何かを流していきそうな怖さがあるんです。そんなことありえないのかもしれないけど、そういうものと向き合っていくことが必要なのかな、と思いました。

――ありがとうございます。孤独であることも小説家には必要なんですね。みなさん、自分の孤独と向き合って書いてください。今日は今村さん、ありがとうございました。

(場内大拍手)

【講師プロフィール】
◆今村翔吾(いまむら・しょうご)氏
 1984年、京都府生まれ。ダンスインストラクター、作曲家、埋蔵文化財調査員を経て専業作家に。2017年、新庄藩の火消しを題材にした『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。18年、同作で歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞受賞。「羽州ぼろ鳶組」シリーズは大ヒットし、第4回吉川英治文庫賞候補。同年『童の神』で第10回角川春樹小説賞を受賞。同作は直木賞候補にもなる。他の著書に「くらまし屋稼業」シリーズ、『ひゃっか! 全国高校生花いけバトル』『てらこや青義堂 師匠、走る』など。

●羽州ぼろ鳶組シリーズ(祥伝社文庫)

1巻「火喰鳥」
 ※第7回歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞受賞
2巻「夜哭烏」
3巻「九紋龍」
4巻「鬼煙管」
5巻「菩薩花」
6巻「夢胡蝶」
7巻「狐花火」
8巻「玉麒麟」
9巻「双風神」

●くらまし屋稼業シリーズ(角川春樹事務所 時代小説文庫)

1巻「くらまし屋稼業」
2巻「春はまだか」
3巻「夏の戻り船」
4巻「秋暮の五人」
5巻「冬晴れの花嫁」

●「童の神」(角川春樹事務所)※角川春樹小説賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4758413290/

●「ひゃっか! 全国高校生花いけバトル」(文響社)
https://www.amazon.co.jp//dp/486651096X/

●「てらこや青義堂 師匠、走る」(小学館)
https://www.amazon.co.jp//dp/4093865361/

●「八本目の槍」(新潮社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4103527110/

●「戦国の教科書」(講談社)
共著:天野純希 今村翔吾 木下昌輝 澤田瞳子 武川佑 矢野隆
https://www.amazon.co.jp//dp/4065164907/

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