「いびつに尖った、トゲのあるものが新人です。時代や社会や物語に突き立って食い込んでいくものがないと、いくら美しく整ったものを書いても、意味がない。自分と向き合うことから逃げないでほしい」

第108回はあさのあつこ氏をお迎えして、現代の児童文学に見られる問題意識や、プロットやストーリーと物語の違い、作家の内なる「水路」との付き合い方などについて、語っていただきました。

◆いびつなトゲで突き立っていく/外から来たものは偽物/説明より人を通して描く

――先ほどの講評はまさに圧巻でした。書くべきものを書く覚悟とか、何を書きたいのかとか、詰めが甘いとか、自分が書きたいものを見据えて書きなさい、という。こういう問いかけはプロでもなかなかできないし、新人作家はそこまでいかないんじゃないでしょうか。

あさの そんな生意気な言い方はしてなかったと思う(笑)。ただやっぱりね、新人の方って、新しいものじゃないですか。今までにないものを持ってこその新人ですから、丸くまとまったものではなく、どこかいびつに尖った、トゲのあるものが新人だと私は思っていて。そのトゲで、今の時代なり社会なり、文学なり小説なり物語なりに突き立って食い込んでいくものがないと、いくら美しく整ったものを書いても、意味がないのではないかなという気がするんですよ。
昨日は姉妹講座の「せんだい文学塾」で3作、今日も3作読ませていただいて、みんなすごく書ける方で、うまいなとうなる作品がたくさんあったんですけど、そのうまさが、かえって足を引っ張っているというか、傷になっている気がしてならないんです。うまさが、作品を整える方向に進んでいってどうするのか、っていう。自分もここにいる編集者のみなさんからは「整えろよ」と思われているかもしれませんが、自分のことはさておき、なんでこんなにちゃんとした着地をしなきゃいけないだろう、と思います。じたばたするから着地が乱れるんですよね。ぽんときれいに飛んで同じような着地をするのでは、なんのために新しい小説を生み出すのかわからない、という気が私はします。
もしかしたら、新人賞を書くために調べて、こういう傾向があると対策を立てて書いて、それが成功してデビューできることも、あるかなとは思います。ただ、その後は絶対に続かない。書くということは書き続けることだと思うので、そのためのエネルギーは、整ったところからは絶対に出てこない。いびつであるということ、異形であるということを、これから書く方は心に留めて、自分がどういう異形を持っているのか自覚する必要があるんじゃないかな、と……。だんだん声が小さくなっていくんですけど(笑)。私のモットーは、自分には優しく、人には厳しくというものなので。先に謝っておきます。政治家と同じで、謝ってしまえば丸く済むので(笑)。


――僕も新人賞の下読みや予備選考をいくつもやっていますが、編集者からは、まとまった作品よりも、これから何を書くのかわからない、書かずにはいられない衝動をもつ新人を発掘してくれと言われることが多いですね。
あさのさんは長年にわたって児童文学の同人雑誌をやっていますが、先ほどの講評では青戸さんの『春の息吹は感じない』について、こういう作品は最近はないとおっしゃっていましたね。最近はああいうおおらかなものより、やはり問題意識の強い作品が多いんですか。

あさの そうですね、問題意識が強いというと聞こえはいいんですが、大人の社会が乱れていると、子どもはその倍ぐらい背負い込まなきゃいけないわけです。虐待の問題もしかり、学校の問題もしかり、貧困の問題もしかり。だけど、虐待や貧困を描くことで、現代の子どもを書いていると思いこんでしまう人が多くて。学校に行けない子どもを書きました、あるいは貧困の中でなんとか生きている子どもを書きました、父親に虐待されてもなんとか生き延びている子どもを書きました、ということで現代をすくい取っているという作品が、目立ってくるんです。もちろん、書き手が現代という時代に反応していることなので、それはそれで正しいけど、外から来たものって偽物なんですよ。外から来た刺激によって、自分の内側から何が出てくるか、を書くべきだと思うんです。虐待の問題が多いから書こう、貧困の問題が取り沙汰されているから書こう、というのではなく、自分にとっての虐待とは何か、自分にとっての貧困とは何か、内側から出てきたものを書かなければいけない。
そういうなかで、青戸さんが書いたような、すかっと単純でたわいない日常を描くことが、現代的ではないとか、文学的ではないと考えられてしまう。でも私は、自分につながる、地に足がついた日常から出てきた物語を読みたいなと思います。そうしないと、ほんとうの命みたいなものが宿っていなくて、すごく上手なんだけどどこかで読んだような、あの事件の焼き直しじゃない、みたいな感じになるんですよ。そういう作品って、すごく説明が多くなるんです。生身の書くべき人を捕まえていないので、説明しちゃうんですよ。彼はこういう人間でこういうふうに思いました、こう生きてきたのでこういうふうに変わりました、とか。人を通してではなく、地の文章で説明をしてしまうところが必ず出てくる。私は、それは物語にとって致命的ではないかと考えています。

◆書き方は自分でつかみとっていくしかない/出会えた人を手放しはしない/霧を払っていくのに、3年か3日か
――次回作はスポーツ小説の中でも射撃、ビームライフルを扱うというので、編集者が驚いたとか。
あさの 静止したスポーツに挑む少女を書きたかったんです。射撃って10m先の標的を狙う競技なんですね。自分の中に、書きたかった女の子がいて、この女の子ならその競技にこういう挑み方をするだろう、ということで書きました。
――まず自分の中から出てきた人間を描く、ということが最初なんですね。それからストーリーを展開させていくという、おそらく多くの作家がやっていない手法だと思いますが、どのように作っていかれるんでしょうか。

あさの もう出たとこ勝負(笑)。何が一番イヤって、プロットを送ってくださいと言う編集者が嫌い(笑)。プロットを説明してください、と言われても、私の場合は絶対できないんですよね。でも、正しい書き方って絶対ないんですよ。100人の書き手がいれば100通り、ひとりひとり書き方が違うから、きっちりプロットを作ってから書くのが合う人もいると思うんですよ。ミステリ小説とか歴史小説とか青春小説とか、ジャンルによっても書き方があるのかもしれないけど、私は私の書き方について話すことしかできないので、それがこれから書く人へのアドバイスになるとはちょっと思えないんですよね。自分の書き方というのは、書いていく中でつかみとっていくしかないので、まずはがむしゃらに書いてみてください、ということしか言えないです。

――作家を志した当初から、こういう書き方だったんですか。それとも、最初はきちんとプロットを作ってから書いていた時期もあったんでしょうか。
あさの うーん、きっちり考えて書いた、っていうことはないかも。
――池波正太郎や北方謙三さんも、ストーリーを決めないで、まず頭に浮かんだシーンから書いて、そこから展開させるといいますね。
あさの 北方さんと一緒にされるのはちょっと恐れ多いんですけど(笑)。私の場合は、今まで見えていなかった、書きたい人物が見えてくるときがあるんですよ。どんなときに見えてくるのか、というのは一律ではないんですね。こうやって誰かとしゃべっているときだったりとか、編集者と具体的な話をしているときだったりとか、あるいは歩いているとき、映画を見ているとき、いろいろなんですが、自分の中にいた誰かに出会える時というのがあるんですね。みなさんの中にも、見えていないだけで、あると思うんです。そこに出会えるかどうか、というのもあると思います。

――今おうかがいしていて、純文学的な書き方だと思いました。吉行淳之介も、自分の内面に錘を垂らすという表現をよくしていました。自分の中に、人生で出会った人やものの印象がひそんでいて、それが書きたくなるということなんでしょうかね。
あさの そうですね。せっかく出会えたら、手放すようなもったいないことはしないことにしています。効率というか、だいたい私は何でもためこむのが好きなたちで、お前は冬眠前のリスか、と自分でツッコミを入れるぐらいなんですけど、せっかく出会えた人を手放すわけにはいかないので、そこでとことん詰めていくというか、会話をしていく。まだおぼろにしか見えてないので、その人の周りにある霧みたいなものを払っていくんですけど、たとえばそれに3年かかることもあれば、3日でできることもあって、いろいろです。
◆1行書いただけでも、書く前の自分とは違う/書くことが楽しい、という段階を越えて/時代小説と児童書の共通点とは
――プロの作家って、どんどん書いていかなければいけない場合もありますよね。おうかがいしたところでは、あさのさんは月産300枚ということですが。
あさの 300枚までは行かないですね。言ってしまってから、ちょっと見栄を張ったなと思ったんですけど(笑)。でも200枚以上は書いていますね。
いろんな条件があって、書きたくても書けない時期は誰にもあると思うんですけど、その時間をしのぎ切ることで、自分の中に物語の種が生まれてくるものだと思うんですよ。だから、書けないことの言い訳はしないでください。私は長年同人をやってて、これから作家になろうとする若い人たちとの付き合いもあるんですけど、書けない言い訳をする人は、絶対に書かない。仕事が忙しいとか、子育て真っ最中だとか、自分に言い訳をしてはいけない、と私は思いますね。1日に1行でもいいんです。1行でも、書く前の自分と書いた後の自分は違ってくると思うんですよ。訓練という言葉を使っていいかどうかわかりませんが、1行も書かずに終わった日を作らないというのは、これからの書き手にとっては大切なことだと思います。

――でも一方で、若い世代には読まずに書くのが好きな人が多いんですよね。最近は昔みたいに手書きじゃなくパソコンで書くので、すんなり文章ができる。パソコンで打つのが大好きで、いっぱい書くんですけど、でもなかなか詰めの甘さを自覚できないんですね。もうちょっとスピードダウンして、1本に時間をかけてくれないかなと思うこともありますが、いかがですかね。
あさの そうですね、でも書き方っていろいろあって、たとえば100作ばあっと書いて、101作目でこれぞ自分が書くべきというものを見つける方もいらっしゃると思うんですけど、書くことが好きとか言っているうちはだめかも。その段階を越えて、書くべきものとぶつかったときに、自分と向かい合わないといけないじゃないですか。私はこんなふうに生きてきたんだとか、こんなふうに人間を見ていたんだとか、こんなふうに殺意を抱いていたんだとか、そういうことに向かい合う段階に入ると思うんですよ。自分をさらけ出したり、自分の皮を一枚めくるようなことが出てくるので、好きにはなれないというか、楽しいことではないんじゃないかという気はしています。
ただ、書くことが楽しくて、毎日いっぱい書くということも、悪くはないと思います。もしかしたら、それは趣味の範囲で終わってしまうかもしれないんですけど、それはそれでとても意味があることだと思います。

――先ほどの講評で松岡さんがおっしゃっていましたが、たとえば歴史小説は言葉や考証が難しいですよね。そういったものに対して、あさのさんはどうとらえていらっしゃいますか。
あさの すみません、私が書いているのは時代小説で、歴史小説は書いたことがないんですよ。児童書と時代小説って似ていて、ものすごく書きづらいんですね。たとえば言葉の選び方でも、児童書では難しい言葉は使えないし、時代小説で新しい言葉が使えないことも多々ある。じゃあその言葉をどう置き換えるのか。あるいは、たとえば握り寿司はいつから食べ始めたのか、カステラなんてものはいつごろ入ってきたのか、あるいはこの時代の農民はどんな服を着ていたのかとか、武器はどうなのかとか、そういう細かいことを調べないといけませんから、書くのは格段に遅くなります。
――その辺の現場を知っている松岡さん、いかがですか。
光文社 松岡氏 あさのさんの場合は、雑誌に連載してから 文庫に降りてくるという形で担当させてもらっています。その辺のやり方はひとそれぞれで、最初から文庫という方もいらっしゃいますね。私は以前、佐伯泰英先生の担当もしていましたが、佐伯先生は25日で1作書いていました。1日に1節、5節で1章で、5章構成で25日という。
池上さんもあさのさんもおっしゃったように、歴史ものを書くのは大変だと思います。ただ、時代小説を書きたい人は増えているんですよ。うちの賞への応募も増えています。でも、知識ばっかりあるけど何を書きたいのかわからない、という人もいれば、書きたいものはあるけど中身は全部現代ものだよね、という人もいます。できればその両方を兼ね備えてほしいな、と現場としては思いますね。

――国田さんは葉室麟さんの担当をされていましたが、いかがでしたか。
徳間書店 国田氏 葉室麟さんの場合も、歴史上の事実と、物語の部分の両方がバランスよく書かれた物語を手がけていらっしゃいましたが、でもどの物語も、登場人物が感じることは現代と同じなんですよね。現代の私たちが読んで感動に結びつく物語になっているので、やはり基本は人間の物語を描くことだと思います。だから、あさのさんがおっしゃるように、書き手は自分と向き合うことが必要になりますし、純文学でもエンターテインメントでも共通していることだと思います。

◆負の感情を自覚すること/水路をあふれさせなくちゃいけない/もし作家にならなかったら

――でも自分と向き合うことって、難しいですよね。自分の中に見えてくる、見たくない、醜いものもあるんじゃないですか。

あさの そちらのほうが多いですよね。嫉妬であるとか恨みであるとか、負の感情が書く原動力になっているところが私の場合はすごくあるので、いびつというか異形とさっきの講評では言ったんですけど、歪んでいることを自覚してはじめて物語が書けるようになったところがあるので。
――自分の中にある悪を描くことには魅力もありますし、こういうものが流行っている、とリサーチして傾向と対策で書いても、あさのさんが言うとおり、後が続かないんですよね。書きたいものを見出す、ということがシンプルだけど一番大切な教えじゃないかなと思います。でも、難しいことですよね。
あさの でもなんだろう、自分と向き合うことから逃げないでほしいなというのがすごくありますね。新しい作家の小説を読むたびに「また逃げた」と思うんですよ。そういう作品がすごくあって、先ほどの講評で取り上げた乗鞍さんの作品も、最後は逃げたと思うんです。ああいうおじいちゃんと孫を書いておいて、すごいものを読ませてくれるんじゃないかと思ったけど、こういうところに着地してしまう弱さって、自分が持っている水路みたいなものを、ちゃんと流れるようにしてしまったのではないかと思うんです。あふれさせなきゃいけないじゃん。田んぼは潰れると困るけど、あふれさせて、崩壊させて、姿を変えなくちゃいけないところを、道を作っちゃって、きれいに水が流れるようにしてしまったなという気はすごくするし、『松の夢』も、少年たちの嫉妬する気持ちみたいなところにもっと肉薄してくれれば、違う物語が出てくるし、女の恨みであるとか決意みたいなところに、作者として切り込まないとだめでしょ、という気はすごくするんですよ。だから本当に、逃げないでほしいなとすごく思います。

――物語に食い込む、突き立てるというのは難しいですね。でも、それをしないといけない。読者の中に眠っている感情、ときに倫理観とは異なる感情を抱かせるような危険な小説もある。それも文学だと思いますが、でも本を読むときというのは、表面的なまとまったもので満足してしまうこともあって、難しいところですね。
あさの いろんな本があって、こういう本でなければダメだということはないと思うんです。ちゃんと枠におさまっていて、読んでいて安心な本も必要なのかなと思いますけど、私には必要ないというだけのことで。なんていうのかな、私の場合は、うまいところにおさまろう、ちゃんと形にしていこうと思ってしまう自分とどう戦っていくのかな、というのがいつも考えていることで、だいたい負け続けなんですけど、次は勝つためにちゃんと書こうと思う。
読んでいて気持ちのいい物語であるとか、たとえば電車の中で2時間で読んで「ああ面白かった」と閉じてそのまま忘れちゃう物語も、それはそれで意味があると思うんですよ。だから、何が良くて何が悪いのかじゃなくて、みなさんが何を書きたいのか、そこに行き着くと思うんですね。みんながにこっと笑うような、ちょっとハッピーになれるような小説を書きたいのであれば、それはそれで全然問題ないんじゃないかな、というふうには思います。

――ご自分の中で、やらないようにしていることはありますか。
あさの 細かい文章のことでは、同じような表現を繰り返して使わないようにしています。「言う」という言葉が出てきたとしたら、次は「ささやく」とか「伝える」とか「告げる」というふうに。たとえば、赤い花が咲いているとして、どれだけ違う言葉で書けるか、が力量かなと思います。私は字スケッチと呼んでいるんですけど、見たものをそのまま絵でスケッチするように、言葉でスケッチする訓練の方法があります。情景描写がうまくできないという方は、やってみてはどうでしょうか。
――変な質問ですが、もし作家にならなかったら何をやっていましたか。
あさの すごい質問ですね(笑)。私は作家以外にやりたいものがなくて、いろんな方に助けられた運のいいところもいっぱいあるんですけど、そこを差し引いてもやはり書いていたかなと思います。プロになれたかどうかは別ですけど、ほかの自分は想像できないですね。
たとえば、苦節何年も同人誌でずっと書いてきたものが編集者の目に止まってデビューする人もいるし、新人賞に応募したときの選考委員が誰かというめぐり合わせもあるし、そのときにその作品が書けるということも運に左右されるところがありますよね。そういう運の良し悪しはあるんですけど、とにかく書き続けることですね。徐々に力を付けていって山の頂上に至る人もいますし、あるとき急に、これ同じ人が書いたの、と思うぐらいに突き抜ける人もいますから。

◆自分の経験をそのまま書くのは「アンフェア」/自分と違う人物を自分の中に見出すためには/新しい表現を身につける方法
――やはり書き続けること、そして編集者や読者の意見を聞いて直せる素直さが大切だということですね。では質疑応答に入ります。
男性の受講生 ご自分の体験をダイレクトに作品に書いたことはありますか。もしくは、そういう手法がアリかナシかについてうかがいたいです。
あさの アリかナシかについては私にはわからないんですけど、書いている人の問題になるので、これはダメでこれが正しいということはなくて、手探りで探していくしかないと思います。
私の書き方としては、経験をダイレクトにそのまま書くのはアンフェアだなと思います。向き合って繰り言を聞かされるとうんざりするじゃないですか。不特定多数の方に読んでもらうためには、自分の中で加工していくことが、物語化するということだと思います。
女性の受講生 あさの先生はキャラクター設定など詳しく決めてから書かれますか。他の作家の方は、人物の履歴書を作ってから書く人もいるそうですが。
あさの 私はしてないです。私の場合は、書き始めたときは主人公がどういう人かわからないところで行くんですね。最後まで書いてもつかめないことも多いんですけど、私の書き方としては、あらかじめ「こういう人間だよ」と決めてしまった人物からスタートすると、書けないんですよ。書きながら変化していく人間のほうが面白いなと思っているので、きちんと決めてからという書き方はしたことがないです。

女性の受講生 私はあさの先生の『NO.6』(講談社文庫)が一番好きなのですが、あのようにしっかり作られた世界を、プロットを最初に組み立てずにどうやって作られたのでしょうか。ご自分の中でひとりの人物に出会ったところから書く、というやり方で、あの作品も書かれたのですか。
あさの そうですね、自分の中で設計図を引いたことはまったくなくて、露骨なほど徹底した管理社会を書こうと思ったところから始まって、あとは建物の形であるとか街の形状であるとかっていうのは、あとから書きながら作っていったという感じでした、すみません。いや、謝らなくてもいいか(笑)。でも先に謝っておこう、すみません(笑)。
男性の受講生 自分に問いかけ続けて書きなさい、というお話が印象的でした。自分の中から出てくる人物像を掘り下げて書く、といいますが、私には、たとえば妊娠した女性を自分の中に見つけることが、難しいと感じます。そういう人物はどうすればいいか。
あさの うまく出てこないというのは、まだ書くべきところに行っていないのかなというのがひとつ。いっぱい取り入れることが必要だと思います。しっかり見てください。しっかり人を見て、たとえばお腹の大きな女性がマタニティ服を着て歩いているのを見たときに、お腹の重さを想像したり、これから子どもを産むことの期待と不安ってどうなんだろう、ということを、たとえば自分が受験するときの気持ちに溶かし込んでいくというか。それができないと、大人の男の人しか書けないということになるじゃないですか。自分と違う人間は書けない。
私も、こう見えても生まれたときから女性で(笑)、少年だったことはありませんが、少年の話を書いています。自分にスライドさせて書く、ということしかないので、妊娠した女性そのものを書くのではなく、そこに仮託した自分を書くということですね。
――自分とは異なる人物について考えるときは、その人にとって一番怖いことを考えると、そこから発想が出てくると思いますので、よかったら参考にしてみてください。
男性の受講生 有名人や有名な企業の名前を小説に書いてもいいものでしょうか。また、自分の体験を加工して物語に入れようとすると、どうしても過去にこだわってぐるぐる堂々巡りしてしまうのですが、どうすればいいでしょうか。
あさの 小説によってそのまま出さなければいけない場合も、変えたほうがいい場合もあるでしょうね。どうなんでしょうね、どうしても実名で出さなければいけないときは、いろいろな問題が起こる覚悟は必要です。文句を言われるかもしれないけど、それも踏まえて書いてください。
また、ご自分の体験を加工して書くには、まず人称を変えてみてはいかがでしょうか。一人称で書くか三人称で書くかでも変わってくると思いますから、うまく書けない場合はそこを変えてもう一回やってみる。それでも書けないとしたら、それはまだあなたにとって書くべきものではないのかもしれない、ということだと思います。
女性の受講生 私はエッセイを書いているのですが、あさの先生がエッセイを書くときに心がけていることは何でしょうか。

あさの 私はエッセイがすごく苦手で、うまいアドバイスなんてとてもできないんですけど、自分の思いを吐露するようなことは小説でやるので、エッセイは楽しい読み物にしたいですから、文体をリズミカルにして短い文章でぽんぽんテンポよく書くように心がけています。また、賞でエッセイを選考することもあるんですけど、新しい発見があるものを読みたいですね。当たり前だと思っていたものをひっくり返してくれたりとか、自分の見方をずらしてくれるような、ありきたりに落ちないもの。そういうものが私は好きです。
女性の受講生 あさの先生の作品は、奇抜ではないけど見たことのない表現が印象的です。そういう表現のヒントがあれば教えてください。
あさの まずひとつは本を読むことかなと思います。自分とは違う表現の方法を知ること。あとひとつは、他人としゃべることです。私はけっこう寡黙なほうなんですけど(場内笑)、基本おばちゃんなので、周りによくしゃべるおばちゃんしかいないんですよね。日々の暮らしの言葉を、自分の中に取り入れるんですよ。それから本を読むことで、書くための言葉を取り入れる。もっとほかにも、たとえば音楽を聞いたり絵を見たりするのもあると思うんですけど、ともかく言葉をたくさん取り入れて溶かし込んでいくというのがあるので、まず読んで、それから喋り合うというのが、私にとってはひとつの方法です。

女性の受講生 私はあさの先生と同い年なので勝手にシンパシーを感じていますが、子どもの頃の読書体験についてお聞きしたいです。
あさの いろんなところで書いてきたんですけど、小さい町で本も図書館もろくにない環境で育ったんですね。こうやってすぐ人のせいにする。みんな周りが悪いんですけど(笑)、小さいころに本を読んだ記憶はほとんどないんですよね。だけど、なんだろう、中学生になって初めて「すげえ」と思ったのが、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズで、『バスカヴィル家の犬』という中篇なんですよ。ストーリー云々というよりも、ホームズという個性に、まったく自分の知らない人間に出会わせてくれるんだ、生み出すことができるんだ、ということを思ったのが、強烈な印象として残っています。
――申し訳ありません。まだ手を挙げている方もいらっしゃいますが、残念ながら時間となりました。今日は本当にありがとうございました。
(場内大拍手)


【講師プロフィール】
◆あさのあつこ氏
1954年、岡山県生まれ。1991年に『ほたる館物語』で作家デビュー。97年、少年を主人公にした野球小説『バッテリー』で野間児童文芸賞受賞。幅広い世代の支持を得て1000万部をこえるベストセラーに。99年『バッテリー2』で日本児童文学者協会賞、2005年『バッテリー』全6巻で小学館児童出版文化賞、2011年『たまゆら』で島清恋愛文学賞を受賞。児童文学から時代小説まで幅広いジャンルで活躍中。主な作品に『NO.6』『ヴィヴァーチェ』『弥勒の月』『燦』などの各シリーズがある。

●ほたる館物語(ポプラ文庫ピュアフル)
https://www.amazon.co.jp//dp/459111385X/

●バッテリー(角川文庫)※野間児童文芸賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4043721013/

●バッテリー2(角川文庫)※日本児童文学者協会賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4043721021/

●『バッテリー』全6巻(角川文庫)※小学館児童出版文化賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B00M1P864O/

●たまゆら(新潮文庫)※島清恋愛文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B07CG9CZ8H/

●NO.6(講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B009I7KJR0/

●ヴィヴァーチェ(角川文庫)
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●弥勒の月(光文社時代小説文庫)
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●燦1 風の刃(文春文庫)
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●鬼を待つ(光文社)
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●グリーングリーン(徳間書店)
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●地に滾る(祥伝社)
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●花を呑む(光文社時代小説文庫)
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●ラストラン(幻冬舎)
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●ラストイニング(角川文庫)
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●東雲の途(光文社時代小説文庫)
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●夜叉桜(光文社時代小説文庫)
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●地に巣くう(光文社時代小説文庫)
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●雲の果(光文社)
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●Team・HK 殺人鬼の献立表(徳間文庫)
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●風を纏う(実業之日本社文庫)
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●The MANZAI 十六歳の章(角川文庫)
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●おいち 火花散る(PHP文芸文庫)
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●闇医者おゑん秘録帖 花冷えて(中公文庫)
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