「みんなが納得してくれる結末なんかに負けずに、自分が書くべきものを書く。そういう覚悟を持っていただきたいです」

5月講座には、あさのあつこ先生を講師としてお迎えした。
岡山県出身、岡山市在住。1991年に『ほたる館物語』で作家デビュー。1997年に始まる『バッテリー』シリーズで多くの児童文学賞を受賞し、ベストセラーを記録する。2011年には『たまゆら』で島清恋愛文学賞を受賞。児童小説、現代小説、時代小説と幅広く活躍する人気作家である。
また今回は、ゲストとして国田昌子氏(徳間書店)、松岡俊氏(光文社)、南部香織氏(祥伝社)、細田明日美氏(KADOKAWA)、岡山智子氏(KADOKAWA)が参加し、講評に加わった。
講座はまず、世話人の池上冬樹氏(文芸評論家)がマイクを取り、教室を埋め尽くした受講生に向かってあいさつをした。
「今日はあさのあつこさんをお迎えしました。2014年以来、5年ぶりとなります。さすがに待っていたファンの方が多いようで、受講生の顔ぶれもいつもと少し違いますね。あさのさんは非常に熱い講評をされますので、どうぞご期待ください」
続いてあさの氏のあいさつ。

「こんにちは、あさのあつこです。岡山の外れのほうから、山形まではるばるやってまいりました。実は2週間前に、プライベートで鶴岡に来て、友だちと藤沢周平記念館や水族館に行ってきたところなんです。よく考えたら、今回の講座に来るのと一緒にセッティングすればよかったかもしれませんが、そこまで考えが回りませんでした(笑)。今日はよろしくお願いします」

今日のテキストは、小説が3本。
◆青戸みね『春の息吹は感じない』(31枚)
「あんたら、ほんまアホやなぁ。」
三人になれば僕たちは無敵だ。そんな僕たちのライバルは武田加奈先生。彼女は僕たちの仕掛けるいたずらをことごとくかわしていく。そんなある日、僕たちは先生の様子が変で、それが妊娠によるものだと気付く。先生をなんとかして、元気にしたいと考えた3人は先生に悪いことをしない『いい子』になる。その裏で彼らは最後のいたずらの準備を着々と進める。
加奈先生への最後のいたずらの中で、加奈先生が子供を産むと同時に先生を辞めることがわかる。母から「女の人は命を授かることが一番の幸せ」と聞いていたしゅんは、命を授かったのにも関わらず、悲しんでいる先生の姿を見て、本当にそれが幸せなのかと疑問に思う。
・祥伝社 南部香織氏の講評
とても楽しく読みました。先生が、子どもたちのいたずらを賢く返すところも面白いし、先生が妊娠して学校をやめると知ったしゅんくんの、複雑な気持ちも伝わってきます。
ただ設定のディテールがあまり書き込まれていないことが気になります。いつの時代の、どの地方の、何年生の話なのか、最初のほうで書いていただかないと、それによって先生の妊娠や退職をどう受け止めるか違ってくるかな、と思いました。
それよりも、ストーリーで気になった部分があります。先生がいなくなる前に、最後に大きないたずらを仕掛けようとしたとき、頭のいいゆっちゃんが別の中学に行くというエピソードが突然加わるので、いたずらに対して先生が泣いてしまうという展開が散漫になるというか、弱くなってしまう気がしました。ゆっちゃんの話を活かすとするならば、もっと早く、真ん中あたりで、彼は頭がいいので別の中学に行く、ということを明かして、それを理由に最後のいたずらをする、という展開もあったかなという気がします。
それから中盤で、先生が妊娠によって学校をやめてしまうかもしれない、という不安な気持ちをもっと細かく書いていただいたほうが、主人公の複雑な気持ちがもっと伝わると思います。妊娠が分かったのちに、どのような感情でいい子にしていて先生を油断させてから大きないたずらをする、と考えたのかがわかりにくいように感じたので、しゅんくんの気持ちをもっと丁寧に書いていただいたほうが、良い物語になったと思います。

・池上氏の講評
僕の感想を簡単に言いますと、妊娠した女性を驚かすというのはやはりまずいですね。読んでいてはらはらする。誰かが注意して別な驚きにさせたほうがいい。それに、主人公3人組のキャラクターがはっきりしないので、キャラクターを立てるためにも、明確な主人公の相棒を設定したほうがいい。その場合は男の子より女の子がいい。そうするともっと賑やかで生き生きとしたクラスの雰囲気も伝わってくる。
描かれる時代はもっと古くしてもいい。今の時代だとこういう牧歌的な風景は想像できないので、昭和でも平成でもいいんだけど、自分の体験した時代にしたほうが書きやすくなる。自然と郷愁を誘う筆致になり、それが作品の魅力にもなる。また、この作品の土台になっている、人間の温かい絆みたいなものもかもしだされると思います。

・あさの氏の講評
少年が3人出てきて、屈託なくいたずらをしますね。こういういたずらは、今の社会ではたぶん許されません。学校でいたずらをすること自体が、罰の対象になる、すごく息苦しい空間の中で、彼らの姿は非常に生き生きとしています。風が通り抜けるような、最近の児童文学にはない明るさと、いい意味での単純さを、この作品には感じました。
ただ、言ってしまえばすごいツメが甘い。再三出ている、ゆっちゃんが別の中学に行って別れることにしても、女が子を授かって産むということに対しても、作者がちゃんと向きあっていないですよね。作者の青戸さんご自身は、本当に女の人は妊娠したら仕事をやめなくちゃいけないと考えているのか。これほど仲のいい3人組のひとりを、別々の道を歩かすということに対してどう考えているのか、全然詰めてないなって思うんです。物語を書くという作業は、自分で書いた諸々のことを、自分で詰めていく、自分に問うていく作業じゃないですか。それに対して完璧な答えは出せないとしても、出そうと葛藤するというのがあると思うんですね。その辺がすごく甘いなというのがあって、だからゆっちゃんを簡単に引き離せたりとか、先生が妊娠して退職することの是非とか、問題が出てくるんですね。
作者の持ち味である、ある意味単純な、だからこそ爽快な持ち味を保ちつつ、もう少し問題に向き合う、詰めていく覚悟があったら、もっと違う形になるかなという気がします。12歳の少年にとっての別れって、たぶん大人の私たちが考える別れとは違うと思うんですよ。12歳の少年たちだからこその別れを、書いてほしかったという気がするんです。ゆっちゃんと少年たちとの別れと、少年たちと先生との別れも、また違ってくると思うので、それを「別れ」とひとくくりにしないで、きっちり向かい合ってもらいたかったなというか、ご自分の持ち味を大切にしながら、そこを考えてもう一度書き直してほしいと思います。

◆水城真以『松の夢』(38枚)
織田信長の小姓・小倉松千代と森乱丸。松千代は僅かな差でいつも上を行く乱丸のことを妬んでいた。ある日、松千代は乱丸には故郷で帰りを待つ許婚がいることを知る。飄々として何ごとも卒なくこなす乱丸だが、その姫だけは特別な存在らしく、常に気に掛け、頻繁に文や歌を送り合っていた。
それから二年後。信長が気に入りの家臣との縁組を探していると、乱丸はある姫を織田家の養女にするよう勧める。しかし、その姫こそ、乱丸がかつて愛しんでいた許婚・万里であった。万里を道具のように扱う乱丸を詰る松千代だが、女とはそういうものであるとすげなく返される。
松千代は、偶然訪れた万里との邂逅で、その胸中を問い質す。辛くはないか、と。しかし万里は松千代が思うよりも遥かに強い覚悟で返す。彼女は家と家を繋ぐ架け橋のために嫁ぐのだ、と。万里の言葉に背を押された松千代は乱丸を超え、乱世を生き抜く決意を固めるのであった。
・徳間書店 国田昌子氏の講評
短い枚数で、この物語をまとめた筆力に、感心しました。信長の小姓で寵愛を受ける乱丸と寵愛を競う松千代の屈折した感情や妬みが物語を引っ張ってゆきます。
ただ、残念なのは、物語の時間経過が、読者には不明なところです。
自分の許嫁の万理姫を信長の寵臣に差し出す乱丸への反感と、父を滅ぼした敵のはずの信長の愛妾となって、自分たち兄弟を救った母親への無力感。松千代の複雑な感情が明らかになってゆきますが、時間軸の経過がはっきりしないので、それぞれのエピソードはいつの出来事なのか、読んでいて、もどかしい感じがしてしまいました。
作者が、 読者に伝わるように物語の時間経過をわからせるように記述することは大事なことです。
そして、松千代の感情のゆらぎとか、乱丸に対する思いが、 この物語を引っ張ってゆく一方の柱なのですけれど、彼の心情を地の文で説明している部分が、気になりました。
主人公の感情は直接、言葉で記述せずに、 登場人物の行動で表現するようにすると、読者に主人公や登場人物の感情を想像する余地が生まれます。この作品では乱丸に届いた万理姫の文を“ぐしゃりと握りつぶす”シーンがありますが、その後の松千代の心情描写が不要と感じました。
登場人物の行動によって物語が進行していく形になると、テンポがでてきて、読者は心情を仮託しやすいし、物語の中で、登場人物のイメージが生き生きとしてくるのではないでしょうか。
しかし、この物語のもう一方の肝の部分ですが、万理姫の登場シーンや、台詞、描写がチャーミングでした。守り袋のエピソードで、男女の感情を表すところなど上手いと思います。
そして、この物語が成立する根幹のところと思いますが、5頁のところで、信長の言うことはいつでも正しいと、乱丸が証明するために、蜜柑を持ってわざと転げますね。このエピソードで、信長のもつ特殊な磁力がつたわるのか、おおいに疑問に思いました。
13歳の松千代は茶の入った椀と、15歳の乱丸は籠一杯の蜜柑をもっていますが、信長はこういうのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「二人とも――細腕でそれは重くはないか」
( 中略)
「儂の元へ持って来る前に、転ぶのではないか」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
そして、乱丸は蜜柑をもってこけます。思わず「ギャグ確定?」と思いました。ここで描かれている乱丸のあざとさと、その前の信長の台詞が、信長をあがめるためのエピソードとして、果たして的確なのか、腑に落ちないけれど、あえてこれなのでしょうか?
でも全体的には、姫の覚悟と乱丸の志向、小姓同士の一時の確執とか感情のゆらぎがよく書けていて、次作を楽しみにしたいと思います。

・光文社 松岡俊氏の講評
私は時代小説を多く担当しているので言わせていただくと、この作中で描かれている地震は、この時代よりだいぶあとになりますね。歴史小説・時代小説というのは、史実とそうでないところをどう押さえるか、というところに根幹があるものです。史実でないところは作者の想像で書けますが、たとえば森乱丸は、資料が少ないとはいわれますが、本能寺で没したということは確かです。そういう史実と、作家として何を書くかというのは別なので、その間隙をうまく書いていければいいのだろうなと思います。
この作品では、戦国時代に女性が理不尽な扱いを受けるというのがテーマだったと思うんですが、それならなぜ女性の視点がこんなに少ないのか。そこが非常に不満ですね。枚数に対して、登場人物がすごく多いんですよ。場面、情景、場所があまりにも散漫ですので、もっと絞ったほうがいいです。万里と松千代と乱丸の3人で処理すれば、例えば保月忠長は出なくていいんですよ。もうちょっと絞ったほうがいいかなと思いました。
あと、文章がちょっと現代っぽいですね。ラノベならこういう文章もありますが。ある程度抑えた文章で、とくに会話文は気をつけないと、賞の選考で審査員が突っ込んでくるんですよね。せっかくいいテーマを扱っている作品なので、そこで揚げ足を取られないように気をつけたほうがいいですね。

・池上氏の講評
では僕は簡単に。最初に女性の台詞が出てきて、この視点で通すのかなと思ったら、乱丸の視点に変わってしまうので、物足りないところはありますね。女性の力強さを冒頭から出しているので、そのまま女性の視点で描いてもよかったかなと思います。
たしかにこの分量にしては登場人物が多いので、もっと絞ったほうがいいし、人物の心理を説明しすぎるというか、正直に告白しすぎですね。心理の見えない部分を読者に推測させたほうがいいんですが、ぜんぶ台詞で説明してしまうので、平板になってしまう。隠して、見出す形にしたほうがいいです。もっと万里を前面に出してもよかったのではないか、と思います。

・あさの氏の講評
書ける方だな、というのが一読しての印象です。ご自分の書きたいものに対して書いていく力がある方だな、ということは感じました。
みなさんおっしゃるのと同じような話になるんですけど、私はこれ、物語がふたつに分かれていると思うんですよ。戦国に生きる万里という女の物語と、ふたりの小姓の確執の物語が、ふたつ分かれているのではないかという気がすごくしました。軸足をどちらに置くか、しっかり作者は明確にして書いていただきたいなという気がするんです。私は、どちらもすごく面白くなるだろうなという気がするんですね。私は歴史ものって全然よくわからないんですけれども、歴史ものを書く中で、ふたりの小姓が主人への忠誠を競い合うような物語ってあまり読んだことがないので、面白い題材だなと思いました。
ただ、このままだと乱丸があざとすぎるっていうのがあって(笑)。なぜ彼はここまで信長にこだわるのか。信長という人物が、ここではまるで書かれていないじゃないですか。すごく大きく書かなくてもいいんですけど、少年たちにとって磁力のある、魅力のある大人として描かれていると、その寵愛を競い合う少年たちの姿が明確になっていくと思います。私の勝手な読み方ですけど、このままだと、上司にへこへこするサラリーマンの雛形みたいなところを感じてしまうので、そうではない、少年の憧れや畏れを含めて、それでもこの人に命を捧げるのだという一念を感じさせてほしかったな、という気がします。

それから、万里姫に関しては、女は道具である、という時代に、女のやり方で世の中を変えて行くんだ、というところでまるで別の物語ができてくると思うんですが、下手をするとものすごく手垢のついた物語になるんですね。戦国に生きる女たちの物語は、今まですごくたくさん書かれていて、どれも同じテーマなんですね。道具として扱われながらも、人として時代を変えていく力がある、という。これは繰り返されてきたテーマです。とても大きなテーマだと思うんですけど、作者の水城さんが、そこをあえて書くならば、いままで書かれていないやり方で、戦国の女を書かなくてはいけない。そのぐらいの覚悟はしていただきたいなと思うんですね。
ふたりの少年を書くのか。それとも万里姫を書くのか。どちらが主でどちらが従なのか、ということを、もういちど自分に問いかけて書いてください。非常に問いかけが甘いです。自分に対する問いかけ、自分が書くものに対する問いかけが足りない。先ほどの作品では詰めが甘いと言いましたが、同じような感じは受けました。

◆乗鞍二郎『田んぼの様子を見てくる』(80枚)
煌介の実家は広大な水田を持つ農家で、地域のボスとして君臨する祖父と、気弱な役場勤めの父と煌介の三人家族である。傲岸な祖父を見習い、誰にも頭を下げない煌介は学校でもわがままにふるまっていた。
煌介が中学三年生になった年の夏、強烈な台風が襲ってきた。暗闇の中、大雨を突いて田んぼを見回った。煌介の家の田んぼは無事だったが、脱サラして農家になった鶴賀さんの田んぼが冠水しそうだったため、冠水しないよう手を尽くそうと祖父に提案したが「田んぼの様子を見に来ないやつの田んぼを救う必要がない」と断られる。それを聞いた煌介は祖父の薄情に怒り、思いあまって祖父を濁流渦巻く用水路に突き落とす。自分勝手な祖父の姿に、自分自身が重なった。
祖父は骨折したものの、翌朝救助される。祖父を見舞った際、祖父から「煌介はおれに似ている。見どころがある」と褒められるが、もう煌介はそのような言葉を喜べなくなっていた。
・池上氏の講評
僕はこれを2回読んでいます。最初に送られてきたものを読んで、採用しますと乗鞍さんに連絡してから、しばらくして改稿したものが送られてきて、それを昨日読んで驚きました。祖父の首を絞める場面は、前はなかったんですね。これはやっぱりやりすぎです。犯罪になってしまうので、主人公に共感できないし。これはもっと衝動的な行動にすれば読者も許せるんですけど、ここまでやってしまうとちょっと難しい。おじいちゃんも、自分の孫だからといってこんな簡単に済ませないだろうし、ここはある程度、衝動的にやってしまったという程度に収めたほうが、気持ちよく読めます。
でもまあ、この祖父の悪さというか、大人の嫌な部分を見据えているところもあって、ふてぶてしさもあって読み応えのある作品ですが、やはりやりすぎだし、最後の部分で主人公がどれぐらい成長しているのかも書かないと。軽く読ませる作品なのに、軽く読めないところがある。塩梅の難しいところではあります。

・KADOKAWA 細田明日美氏の講評
祖父の登場シーンでは、上半身裸で背中のたくましい筋肉から湯気が立つ様子が描かれていて、この人は現役なのだと感じさせますね。きれいな奥さんの登場場面もいいですし、少年の目から見たリアリティや、キャラクターの違いも感じられました。
個人的には、小説の作り方によっては、「ここで祖父を殺しても主人公のことを責められない」というふうに読者に思わせる事もできると思います。なぜみなさんが「やりすぎだ」と感じたかを考えると、祖父と決闘しようとする動機が良くないと感じました。身勝手な自分と決別するために他者に暴力をふるっている。これまでの傲慢な自分と決別するのだ、と説明されても、それはわがままとしか捉えられないし、自分の問題を他人に押し付けているだけです。クライマックス、つまり決闘の後で、主人公と祖父の関係性が変わっていないところにも、そのよくなさが出ていると思います。決定的な変化をきれいに作れていれば、主人公の態度や周囲の環境が変わっていくはずです。24頁から、2頁にわたって続く主人公と祖父との会話が、全部言い訳になっていると思うんですね。ここまでは、主人公の心情を書きすぎずに、読者に想像させることができていたと思うんですけど、言い訳のように、「こういうことを考えてこうしたんだ」としゃべってしまうのは、前段のなりゆきに著者も納得していないからだと思います。
あと細かいことですが、女性として気になった点です。最後に煌介くんは彼女の優里ちゃんと一緒に歩いていますが、女の子が、自分に暴力をふるって傷つけた男の子を好きになるものでしょうか。そのあたりの、女性の心情に配慮してほしいと思いました。

・KADOKAWA 岡山智子氏の講評
とても面白く拝読しました。最初は児童文学かと思ったのですが、祖父の登場から一気に雰囲気は不穏な様相に変わりました。暴力と恐怖で人を支配する祖父と、支配される側の村人や父親、新参者の夫婦。その体制に憧れる少年の心情がアンバランスで、まるでパーツの狂った絵を見ているような居心地の悪い不安さが、じわじわと効いてきました。すべての人の感覚がずれているような気持ち悪さといいますか。いかにも実在してそうな村と思わせるようなサスペンスホラーを書こうとされているのかな、と読みながら感じていたんですが。
しかし、後半で一気に流れが変わってしまい、祖父の気性を受けた少年がその血に抗う物語なのか、それともそれを諦観とともに受け入れる物語なのか、私には判断がつきかねました。前者であれば、主人公が周囲との距離感を取り戻そうとする経緯のエピソードベースが不足していました。後者と思った理由はラストの少年の心情部分からでしたが、そこも薄かった。
また、粗暴さも含めて祖父をリスペクトしていた少年が、途中衝動的に祖父に対して殺意を持った動機、逆に軽蔑していた父親への見方が急に変わった理由なども、もっと書き込みが必要だと思います。細田も言っていましたが、優里が彼と付き合うようになったのも、むしろ、暴力的に封じ込められた結果彼女にされてしまったというほうが、まだ私には納得できたかなと思いました。この辺りの書き込みは大事な部分なので丁寧にしていただきたい。最終的に、昭和の怪物が登場する『八つ墓村』のような物語を描きたかったのか、それとも三浦しをんさんの『光』(集英社文庫)に出てくる暴力的な父親を断ち切り乗り越えようとする息子、のように描くのか。ここは中途半端にせず、振り切った描き方にしたほうが、エンターテインメントとして面白い物語になったのではないか、と思いました。

・あさの氏の講評
みなさんがおっしゃったとおりです。私は児童小説かなと思って読んでいたので、こんなワルのおじいちゃんと少年を描くなんて、何かとっても新しいものを読ませてくれるんじゃないか、ってすごくわくわくしながら読みました。
前半はすごく面白かったんですけど、読み終わってみて、作者が自分の書くべきものを見失っているのかな、というような気がすごくしたんですよ。さっき岡山さんもおっしゃったように、何を書こうとしているのか、わからないんですよね。絶対的な力を持つ祖父に対して、あがく少年なのか、それとも、その血を引き継いで生きる少年なのか。そこがわからないから、彼がおじいちゃんを突き落とすことに対しても、納得できないというか、受け入れられないです。殺人未遂はやりすぎじゃないかという意見も出ましたけど、やりすぎだとかやりすぎでないとかという問題ではなくって、物語の中で浮いているんですよね。物語の中に食い込んでいないんです。それはやっぱり、作者が何を書くべきかを見失っていて、最後はうまく美しい形でまとめようとしているんじゃないかなという気がしました。
優里との関係なんかも、そこだけ爽やかな少年と少女のカップルみたいな形を出してみたりしちゃったのではないかな、という感じがしたんですね。本当に自分がどういう世界を書こうとしているのか、もう一度問うてみていただきたいなと思います。

私は、これはとても恐ろしい少年の話ではないかと思ったんですね。自分の衝動のまま祖父を殺そうとする、人を殺すことでしかその人を乗り越えるすべを知らない少年の、ひとつの人生なのかなと思うと、そういうものを描くのはすごく勇気がいるんです。社会に否定されるべき人間を描くのって、すごく勇気がいると思うんですけど、だから作者が変なところで、爽やかなところを描くことで折り合ってしまったのかな。そのために、物語全部が骨抜きになってしまったようで、すごく残念だと思うんですね。
自分の書くべきものを見失わないで、最後まで書いていただきたいなと思います。おじいちゃんを殺すところまで追い込むことで、おじいちゃんとの関係性を逆転させる。人間と人間の関係を変えるということで物語が展開していく。そこをつかんでいただきたいなという気がすごくしています。
最後は、じいちゃんに「あんたはおれにもうかなわないんだ、おれがあんたを支配するんだ」というところで終わらせても、私は全然いいと思うんですね。それはこの物語が持つひとつの可能性のような気がするんですが、あまりひるまずに、みんなが納得してくれる美しい結末なんていうところに負けずに、書くべきものを書く覚悟をしていただきたかったなと思います。私の勝手な読み方なんですけれども、そういう覚悟が少し足らないのではないかという気がしました。


※以上の講評に続き、後半では池上氏の司会のもと、現代の児童文学に見られる問題意識や、プロットやストーリーと物語の違い、作家の内なる「水路」との付き合い方などについて、語っていただきました。その模様は本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。

【講師プロフィール】
◆あさのあつこ氏
1954年、岡山県生まれ。1991年に『ほたる館物語』で作家デビュー。97年、少年を主人公にした野球小説『バッテリー』で野間児童文芸賞受賞。幅広い世代の支持を得て1000万部をこえるベストセラーに。99年『バッテリー2』で日本児童文学者協会賞、2005年『バッテリー』全6巻で小学館児童出版文化賞、2011年『たまゆら』で島清恋愛文学賞を受賞。児童文学から時代小説まで幅広いジャンルで活躍中。主な作品に『NO.6』『ヴィヴァーチェ』『弥勒の月』『燦』などの各シリーズがある。

●ほたる館物語(ポプラ文庫ピュアフル)
https://www.amazon.co.jp//dp/459111385X/

●バッテリー(角川文庫)※野間児童文芸賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4043721013/

●バッテリー2(角川文庫)※日本児童文学者協会賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4043721021/

●『バッテリー』全6巻(角川文庫)※小学館児童出版文化賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B00M1P864O/

●たまゆら(新潮文庫)※島清恋愛文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B07CG9CZ8H/

●NO.6(講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B009I7KJR0/

●ヴィヴァーチェ(角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B06WP4J2TR/

●弥勒の月(光文社時代小説文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334744567/

●燦1 風の刃(文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4167722054/

●鬼を待つ(光文社)
https://www.amazon.co.jp//dp/B07S58GPWX/

●グリーングリーン(徳間書店)
https://www.amazon.co.jp//dp/B07H3RCDP9/

●地に滾る(祥伝社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4396635486/

●花を呑む(光文社時代小説文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334778127/

●ラストラン(幻冬舎)
https://www.amazon.co.jp//dp/B07HQ95GL6/

●ラストイニング(角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4043721080/

●東雲の途(光文社時代小説文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/433476780X/

●夜叉桜(光文社時代小説文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334746764/

●地に巣くう(光文社時代小説文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334776124/

●雲の果(光文社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334912206/

●Team・HK 殺人鬼の献立表(徳間文庫)
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B07H3QDD25/0-oo-22/ref=nosim

●風を纏う(実業之日本社文庫)
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/440855491X/0-oo-22/ref=nosim

●The MANZAI 十六歳の章(角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041050626/

●おいち 火花散る(PHP文芸文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4569840612/

●闇医者おゑん秘録帖 花冷えて(中公文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4122066689/

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