「読者には常に、文章の意味は一通りの解釈しか許してはいけません。一通りの解釈しか許さない文章を積み重ねて積み重ねていって、最後に複数の解釈を許すというのが、小説です」


「その2」では、3篇目の講評を取り上げます。

◆円織江『わたしの仏さま』(49枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11005816
 水原恵美は、派遣先の会社の上司と不倫関係にあったが、彼を突然失い、廃人のようになってしまった。しかし恵美は、自分だけの「仏さま」を手に入れて見事に立ち直っていく。

・KADOKAWA 黒岩氏の講評
 素敵な作品をありがとうございました。作者の方がどのくらい意識されているのかはわからないのですが、突き放したユーモアが魅力的だと感じました。人が人を好きになる切実さが丁寧に書き込まれていますが、どこかでそれが客観視されているんですね。たとえば、実はお父さんの遺骨を持っていたくだりとか、それをダイエットサプリのビタミン剤になぞらえるところも含めて、切実さ故の滑稽さがにじみ出ていたり、絶妙に引いた遊び心でまとめていて、作品全体の軽やかさにつながっていました。
 もうひとついいなと思ったのは、自分の足で立とう、ポジティブに未来をつかみ取ろう、という作品の結びですね。メッセージとしても作者の方の強い意志を感じましたし、読後感も爽やかでした。
 ただ、欲を言うならば、もう少し全体的にディテールを書き加えてほしかったです。この作品のいちばんの肝となるのは、どうして亮治のことがこんなに好きなのか、ということですよね。恋に落ちて不倫関係になり、彼が亡くなる、という流れ自体はシンプルで読者に伝わりやすいと思いますから、なおさら、なぜ彼でなければならなかったのか、という説得力がほしいです。さらに言えば、全編通してキーワードとなってくる「喉仏」ですが、ここはもっとしつこいほどに描きこんで、生々しくてもいいのではと思いました。最初に見たときに彼の喉仏のどこが特別だと思えたのか、彼女にとって「喉仏」はなにかの象徴でもあったと思うのですが、その思いが変質していくさまを、エピソードベースで紡いでもらえたら、もっとこの作品の魅力が引き立ったと思います。

・東京創元社 船木氏の講評
 今回の三作品のなかで飛び切り変な小説でした。不倫相手の遺骨を盗みだして、それをお守りのようにして自己回復を遂げていく女性の姿は、端から見れば明らかに迷走しているのですが、異常の一言で片付けられないものがありました。
 それと同時に「私」の語りのぶれが気になりました。彼女はどこにでもいる普通の人でしょうか、それとも元からどこか変な人でしょうか。この「私の仏さま」という小説では、誰しも降りかかっておかしくない異常な心理状態に置かれた人が回復していくのか、変な人は変な人なりの救いがあるのか。彼女がどういう人間か見定めたうえで語りを整えれば、彼女の人生はより切実なものとして読者に迫ってきます。
 黒岩さんもおっしゃったように、そのためにはディテールが重要になってくると思います。遺骨を盗み出したり、恋人の奥さんとの対面など話に動きがある場面は面白く読めるのですが、それ以外のところは割とするする進んでいきます。たとえば恋人との出会いから別れを回想する序盤ですが、ここでは語り手は最も暗い精神状態にいる筈です。それにしてはナレーションが冷静で、ちょっと素直に書きすぎていませんか。もちろん、より気持ち悪く偏執的に書くことが最適というわけではありません。「私」のレンズを通して彼女の世界を描き出すなかに、本当はある筈の歪みをそっとすくいあげることができれば、もっと良い小説になるのではないでしょうか。

・池上氏の講評
 これは本当に変な小説でね、喉仏を愛する女性の話なんですが、円さん、別に喉仏は好きじゃないでしょう。読んでいて、わかるんです。好きなものだったらもっと文章を重ねる。比喩を使って特徴をつかむ。そこに愛が生まれるのに、それがない。この作者は好きじゃないんだな、とわかった瞬間に、読者はしらけるんですよね。
 この作品は、冒頭の始まり方も、場面も、人物も、背景もありきたりで、遺骨の話はちょっと面白いけど、メインである喉仏をもっと濃密に、エロティックに書いてほしい。円さんはこれをR-18文学賞に送ったそうですが、そうでないとR-18は難しいし、そこにいちばん個性が出ます。円さんが、男性のどこがいちばん好きなのか、ということを考えて書かないとね。嘘をついても、読者にはわかりますから。自分の好きなものに忠実に、もっと追求してほしいと思います。

・門井氏の講評
 では、総論はみなさんがおっしゃったようですが、僕は池上さんよりはもうちょっと好意的なんです(笑)。喉仏というところに注目したのが、いい意味で気持ち悪い、印象に残る小説だと思います。ところが残念ながら、細かいところで損をしてしまっている。小説というのは細かいところがすべてでございますので、いくつも言わなければいけないところがあります。
 冒頭の「誰かに頭を撫でられたような気がして目が覚めた」という1行は、僕だったら「頭を撫でられて目が覚めた」にします。つまり半覚醒の状態ですから、外界で何が起こったとしても「○○のような気がして」というのは当たり前です。これは微妙な問題で、人によってはトートロジーとは言わないかもしれませんが、僕は気になります。トートロジーの問題を除いたとしても、小説の1行目というのはなるべく読者に強い印象を与えたほうがいいので、同じことを書くなら言葉数が少ないほうが、読者に強いインパクトを与えられるというのが文章の基本的な法則ですので、その点からしても、なるべく余計なものは省いたほうがいいかもしれません。
 今度はもっと物理的な問題です。「ゴミ袋が部屋中にいくつも散らばっている。そのうちの一つがガサゴソと動いた。中に何かいるようだ」、ここからネズミが出てくるわけですが、袋の中にいたら出てこれませんから、これはゴミ袋の山の中にいたんですよね。このように二通りの解釈ができるという点で、この表現には問題があります。読者には常に、文章の意味は1通りの解釈しか許してはいけません。一通りの解釈しか許さない文章を積み重ねて積み重ねていって、最後に複数の解釈を許すというのが、小説です。短篇でも、長篇でも。ですから、こういう細かいところで読者に二通りの解釈を思い起こさせるのは、得策ではない。細かいところでは、きっちり意味を1つに絞りましょう。

 この小説では、さっきまで言っていたようなトートロジーは、そんなに多くないんです。どちらかというと、トートロジーというより、それに近いダメ押しが多いんですね。1回言ったんだから2回目は言わなくてもいいところで言ってしまっているところが多い。まず1頁目の後半ですね、「私は詰まった排水溝にパイプ洗浄液を注ぎ込むように、ペットボトルに残っていたコーラをドクドクと自分の食道に流し入れた」、この「ドクドクと」はいらないと思います。「パイプ洗浄液を注ぎ込むように」という時点で、汚いものを乱暴に注ぐイメージは充分に出ています。非常に喚起力の強い、いい比喩なのに、わざわざ「ドクドクと」とダメ押しすることによって幼稚に見せてしまっているんですね。このダメ押しは必要ありません。
 2頁目に入ると「話題の高級ベッドが今から三十分だけ、なんと半額! 半額です!」というテレビショッピングの文句が出てきますが、これはトートロジーではなく必要な繰り返しです。実際にテレビがそう言っているのだし、テレビショッピングが持っている俗な感じがよく出ていますが、残念ながらその直後に「と、何度も繰り返している」と書いている。繰り返すというのは同じことを何度もやることですから、「何度も」はいりません。「繰り返している」か「何度も言っている」のどちらかですね。
 次に、この小説で、文章を見た場合のいちばん大きな問題だと思いますが、「そのゴミだらけの空間を見渡してふと思い出した」。これも非常にたくさんの小説で見かける表現です。1作目の講評で「醸さないでください」と言いました。2作目の講評では「響かせないでください」と言いました。そして、「ふと思い出す」のはやめてください。「ふと」というのは非常に便利な言葉で、前に何を書いていようが「ふと」で前とは関係なしに思いついたことを言えるので、便利ですが、それだけに読者にはご都合主義の印象を与えやすいです。使えるのはせいぜい短篇で1回ぐらい。その1回もどうか、というぐらいのものだと思ってください。この小説には何回も出てきますが、大切なことなので何回も言います。

 同じ頁で、今度はトートロジーですね。「ベッドはその下に埋葬されている」とありますが、何かの上に埋葬されるということはないので、「その下に」はいりません。1行空きのあとに、「私の仕事は、住宅機器の注文を建設会社や工務店などから受け、それを工場の締め切り時間に間に合うように発注し、期日までに納品できるよう手配するというものだった」と主人公の仕事が説明されていますが、これは課長さんと出会う非常に大切なところだと思いますので、もうちょっと具体的に書いてください。これは新聞の文体です。小説ならば、住宅機器というのは何なのか、2つ3つは列挙してください。それに続く「無理なリクエストやトラブルも多く」、というのも、無理なリクエストとはどういうものか、1つでも具体例があるとずいぶん印象が違うと思います。
 3頁目にも、大切な大切な課長さんのキャラクター作りで「いつも朗らかな課長は人当たりがよく、成績も優秀で、営業の鏡のような人だった。外回りが多く、昼間はほとんど社内にいなかったが、十八名いる営業一課をよくまとめ、皆から信頼されていた」、これも小説の文体ではありません、結婚披露宴のスピーチです。具体的ではない、ということですね。こういう言葉をいくつ連ねても課長さんの人物像は出てきませんので、小さな仕草でもいいから具体的なものをなるべく早く出してあげる。そうすると読者はぐっと読みやすくなりますし、課長さんをずっと親しみ深く感じることができる。そして課長さんに振られることがいっそう哀れに思えるわけです。

 3頁目にはちょっとトートロジーが続きますね。うんざりするかもしれませんが、具体的なことが大切ですから、何度でも言います。1行空きのあとに「駅の裏通りにあるおしゃれな焼き鳥屋だった。心地よいジャズが流れる薄暗い店内は、鶏のこうばしい香りに満ちていた」、焼き鳥屋ですから鶏の香りに決まっています。「鶏の」はいりません。「こうばしい香りに満ちていた」でいいです。「こうばしい香り」というのも厳密にいえばアウトですが、これぐらいは目をつぶらないとかえって読者にわかりづらいかなと思います。その後に課長さんの台詞で「窮屈で悪いな。でもここの焼き鳥、美味いんだよ」、焼き鳥屋だということはわかってます。ダメ押しはいりません。「実は牛串がうまいんだよ」とかだったら書いてください。言葉は繰り返せば繰り返すほど、力が弱まります。全体的にもう少し言葉数を絞っていただきたいな、と思うのが、3頁目の後半で「私の目は、そんな課長の喉仏にすぐに釘付けになった。喉にスーパーボールが入っているかのように突き出ていて」、この「喉に」はいらないです。「未知の生き物が中で運動しているようにも見えた」、この「中で」もいりません。さらにその後です、「逞しくも艶かしいその喉仏の上下運動に」、これは全部いりません。せっかくスーパーボールとか未知の生き物とか具体的にたとえていたのに、ここで抽象語が出てくることで台無しにしてしまっています。
 もっとご自分の文章に自信を持っていいと思います。読者に伝わるか伝わらないか、不安になっちゃうからこういう書き方になるんだと思いますけれども、作者の円さんは、そのような不安をおぼえるような脆弱な文章力の持ち主ではないです。もっと自信を持って書いていただいていいと思います。

 4頁目です。「思わず本音が口を突いて出てしまい」、口を突いてというのは意識的に出すことではありませんから、「思わず」はいりません。さらに5頁の1行目でトートロジーがあります。喉仏を「舌で、じっくりと味わいながら丹念に舐めた」、じっくりと味わっているのだから「丹念に」はいりませんし、「舌で」と書いてあるのだから「味わいながら」もいりません。「舌で丹念に舐めた」ぐらいで充分に通じますし、そのほうが強いです。次の行で「舌先だと指よりも一層深く、彼の仏さまを感じることができる」、この目的語の「彼の仏さまを」も、これはトートロジーではありませんが、削除しても通じます。今日の1作目の、佐藤さんの『雲の縫い方』について、代名詞の省略の仕方がうまいと申し上げましたが、参考にされるといいと思います。
 力が入っちゃうとこうなるんですが、さらに同じ頁で「口の中に含んで食べてしまいたい衝動に駆られて」、口の中に含んで食べてしまうというのがすでにトートロジーなんですけど、この文章全体が前に書いてあることの繰り返しなので、全体がいりません。食べてしまいたい衝動に駆られていることは充分にわかります。あと細かいことですが、「課長は週に何度も私のアパートを訪れるようになり」、というのは、具体的に何度なのか書いてください。週に1回か2回なのか、それとも3回か4回なのか、この違いでふたりの関係性がぐっと変わってきます。せっかくの新しい情報を読者に与えるチャンスを、みすみす自分で潰してしまうのは惜しいと思います。そのあと「セミダブルベッドを買ったのはそのころだ」というんですけど、ここですね。最初に、現在この部屋が汚いということが書いてあって、ここではおそらく課長と付き合ってから部屋がきれいになっていったという、その対比によって読者に強い印象を与えるチャンスがせっかく来ているのに、3行で済ませるのはもったいない。ここでもっと具体的に、この部屋の何が変わっていったのか、きれいになってもっと飾り付けがあるのか、テレビも買い替えたのか、香水も振ったりしたのか、そういうことをここでもっと書いてほしい。課長と付き合い始めてから、部屋が出てくるのはここが最初なんです。ですから、ここの部分でもっと視覚的情報を書いてください。書きすぎることはないと思いますが、書いてあげると対比によって読者に強い印象を与えることができます。これは本当に惜しいところです。

 あまりこんなことをやっていると時間がなくなってしまいますが、6頁目ですね。「普段なら、そのあとベッドの中で他愛のない話をしながらゆったり過ごすのだが」、他愛のない話をしているのだからゆったり過ごしているに決まっています。どちらかは削ってください。削るなら形容語の「ゆったり」のほうですね。忘れないうちに言っておきます。一般的に、トートロジーへの対処としては、書くか書かないか迷ったら書かないでください。迷っている時点で、片方はいらないと思ってください。読者というのは、作者が思うよりはるかにたくさんの情報を読み取ってくれるものです。
 続いて7頁目ですが、今度はトートロジーではなく高度な文章技術の問題なので、ちゃんと言います。ちょっと長く引用しますが「間もなく、看護師に連れられて、足早にやって来る女性の姿が見えた。すぐにそれが彼の奥さんである由紀さんであることがわかった。彼女は私には目もくれず、看護師に促されるまま、処置室に入っていった。由紀さんに会うのは二回目だった。約一年前、亮治さんのお父さんが亡くなったとき、火葬場で会ったのだ」。これねえ、「彼女は私には目もくれず、看護師に促されるまま、処置室に入っていった」「由紀さんに会うのは二回目だった」、文章の順番が逆じゃないかと思うんですね。その前に「すぐにそれが彼の奥さんである由紀さんであることがわかった」と書いてありますが、その時点ではなぜ奥さんだとわかったのかまだ書いていない。それはいいんです。読者は、ここで初めて出てきた人がなぜ奥さんだとわかったのか、と思いますから、そこですぐその疑問の答えを出してあげないといけない。ここは別に引っ張る理由がないところですから、ここで奥さんが病室に入っていく視覚描写をすると、一瞬、読者に混乱が生じます。無意識下で不満を感じるところですから、「由紀さんに会うのは二回目だった」という情報を先に出してあげるべきだと思います。因果関係がはっきりしているものは、なるべくくっつけてあげるほうが、読者が理解しやすくなります。
 その直後なんですが、「実際の由紀さんは、色白で痩せていて、清楚なお嬢様といった雰囲気だった。丁寧にお辞儀をされたとき、彼女の喪服の胸元から垣間見えた白い肌が妙な色気を放っていて」、ここは「色白で」「清楚な」「白い肌」トリプルですね。ひとつでいいです。僕だったら最後の「白い肌」を残します。なぜなら喪服を着ていますから、コントラストが利いているんですね。「清楚なお嬢様」というのは論外というか、何か言っているようで何も言っていない、ありきたりな言葉ですからいりません。「色白で痩せていて」というんですけど、これはただ視覚的な情報を説明しただけですが、そこで喪服と組み合わせることで、ぐっといろんなことを読者に想像させますから、僕だったらこっちを残します。いずれにしても「色白」「清楚」「白い」はどれかひとつでいいです。

 8頁目ですね、「左頬には激痛が走り、意図しない涙がボロボロと流れた」とありますが、流れるというのは他動詞ですから、意図していないに決まっています。そして、左頬には激痛が走っていると書いてあるわけですから、続く「痛すぎて言葉も出なかった」の「痛すぎて」もいらない。ここでまたダメ押しの悪い癖が出ちゃっていますね。大丈夫です、通じます。さらに同じ8頁目の真ん中ぐらい、「数時間前まで彼といっしょに寝ていたベッドの中にもぐった」、ここは平成の田山花袋という感じでいいですが、「中にはほのかに彼の匂いが残っていた。その残り香に彼を感じながら」、これはいらないダメ押しです。この前までで充分に、彼を感じていることは通じています。それから「葬儀にも参列できず、職も失った私は、生きる気力を完全に失ってしまった。その後の私の生活は、荒みに荒んだ。悲しみと喪失感に苛まれ」という、ここも若干手垢のついた、新聞記事あるいは週刊誌の言い方です。話をトントンと進めていくところなので、いちいち具体的な描写を入れられないのはわかるんですけど、それにしても、悲しみとか喪失感とか、ジャーナリズムで見るような口当たりのいい言葉には流れてほしくないと思います。
 それは9頁目に入っても同様で「体は不潔を極めた」、ここは大事ですよ。だって、「荒みに荒んだ」内容を具体的に語って、この小説の冒頭につながるところですから。どう不潔なのか、そこを書いてください。自分の体だけでなく、部屋が不潔なのでもいいし、厳密にいうとその直前に「体重は増え続け」体は不潔を極めた、と続いているのも、対句になっているようでなっていないんです。なぜかというと、体重が増え「続けて」いるということは時間の要素があるわけです。でも体は不潔を極めた、というところには時間の要素がないわけですから、片手落ちになってしまっています。ではどうすればいいか。せっかく冒頭にネズミが出てくる印象的な部分があるわけですから、たとえば、最初は部屋にクモが出た、次はアリが出た、毛虫が出た、ゴキブリが出た、最後にネズミが出た、というふうに書いていけば時間的な要素が入るわけです。これは僕が思いついただけの一例ですが、時間的な要素と具体的な要素を入れながら冒頭につながっていく、ということを考えて、視覚的描写を頑張るべきところだと思います。

 さらに続けて、「その力のない声は、おばあさんのように年とって聞こえた」、ここはもうわかるでしょうから言いません。それから「真っ黒い画面に寸胴鍋みたいな体型の自分のシルエットが映っている」、ここはまたダメ押しで、もったいないですね。その前に「タイヤが三段重なったようなお腹を見下ろして」という印象的な比喩があるのに、また「寸胴鍋みたいな」と繰り返すのはいらない。ただ、テレビの画面が真っ黒になって、そこに自分が映ったというのはいいですね。これはわれわれも経験するところで、すごくいいので残してほしい。タイヤが三段重なったような、という比喩の描写とくっつけることで、強い印象のワンシーンになったと思います。
 そろそろ時間もなくなってきたようなので、あと1点で止めます。
 10頁目の真ん中ぐらい、「バッグも見つからなかったので、コンビニの袋に携帯と財布を入れて家を出た」、これはいいですね。バッグがないという生活の荒んだ状態、それでも一刻も早く家を出たいという心理状態がすごく出ていて、しかも全部具体的なものを描写して語っているし、ダメ押しもひとつもない。これは、この小説の中でいちばんいい文章だと思います。ここを一つの目標にして、全部がこのような文章で書かれるようになったら、この人はたいへんな作家になると思います。

※以上の講評に続く後半トークショーの模様は、本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。

【講師プロフィール】
◆門井慶喜(かどい・よしのぶ)氏

1971年、群馬県桐生市生まれ。2003年、「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビュー。07年『人形の部屋』で日本推理作家協会賞長篇&連作短編部門の候補、15年『東京帝大叡古教授』と16年『家康、江戸を建てる』でともに直木賞候補となる。16年、『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、18年に『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞する。他の作品に『パラドックス実践 雄弁学園の教師たち』『かまさん』など。

●キッドナッパーズ(文春文庫)※オール読物推理小説新人賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4167912082/

●人形の部屋(創元推理文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4488433111/

●東京帝大叡古教授(小学館文庫)  
https://www.amazon.co.jp//dp/4094062823/

●家康、江戸を建てる(祥伝社文庫)    
https://www.amazon.co.jp//dp/4396344740/

●マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代(角川文庫)
※日本推理作家協会賞受賞(評論その他の部門)        
https://www.amazon.co.jp//dp/4041047498/

●銀河鉄道の父(講談社)※直木賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062207508/

●パラドックス実践 雄弁学園の教師たち(講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062773295/

●かまさん 榎本武楊と函館共和国(祥伝社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4396342551/

●新撰組の料理人(光文社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334912222/

●屋根をかける人(角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041079586/

●美術探偵・神永美有 天才たちの値段(文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4167782014/

●おさがしの本は(光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334763227/

●にっぽんの履歴書(文藝春秋)
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●こちら警視庁美術犯罪捜査班(光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334772242/

●徳川家康の江戸プロジェクト(祥伝社新書)
https://www.amazon.co.jp//dp/439611558X/

●新撰組颯爽録(光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334776418/

●注文の多い美術館 美術探偵 神永美有(文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4167909049/

●シュンスケ!(角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041042291/

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