累計60万部の大ヒットミステリー『0能者ミナト』で知られる葉山透さんのピクシブ文芸書き下ろし連載企画がスタートしました!
ドSお祓いコンサルタント・高橋健一が活躍するミステリーで、『0能者ミナト』の人気キャラクターも登場するクロスオーバー作品、最終回です。
第1回はコチラ

「順番に話しますね。まず自殺。さっきも言ったけどあれは自殺じゃなくて事故。あのとき大悟さんが社長室にいたのは、言っていいのかな。仕方ないよなあ。……えっと、あなたの持ち物を物色してたんです」
「物色? なんのために?」
「だから言ったでしょう。あなたのことが好きだったって。これはもちろん、恋愛感情の好きで、物色は平たく言うとストーカー行為……」
 絶句する橘嵐士。

「そして椅子にかかっていたあなたのスーツの上着を手に取り、顔をうずめて、くんくんというか、すうはあというか……」
「匂いを嗅いでいた?」
 誰もが絶句する。

「そこに誰かがやってくる気配がして、大悟さんは慌てて隠れようとしました。それで隠れようとした先が……」
「清掃作業で開いていた窓?」
「そう。そこに清掃用のゴンドラがあると思ったんです。よほど慌てて飛び出したんでしょう。でも、ゴンドラは隣の窓だった」

 呆然としたままハンカチを握り締めていた優奈が、ぎこちなく口を開いた。
「だ、大悟君は同性愛者だったってこと? でも私が付き合っていた人をいつも睨んで……」

「睨んでたんじゃなくて見つめてた。男性の好みが一緒だったんでしょうね」
「じゃあ私のデートに、よくついてきてたのは」

「彼氏さんとお近づきになりたかったから。さらに言うと、日記にあった小さいときから隠してた思いっていうのは、自分がゲイだってことです。言ったら終わる関係っていうのは、優奈さんとのことではなくて社長との関係です」
 一気に言ってしまって、ようやく潤はほっと一息つく。しかし言われた嵐士のほうは激しく動揺していた。

「そ、そ、そんな馬鹿馬鹿しい話を信じられるか。それならなぜ私の前に出てこない? 嘘をつくにしてももっとそれらしいことを言え!」
「そこは恋する繊細な心というか……。恥ずかしい? 的な? こんな姿は見せられないんだと思います。ビルから落ちた大悟さんの幽霊は、かなりグロいありさまになってます。優奈さんになら見られてもいいけど、好きだった社長にだけは見られたくない。だから二人の危機を教えるのに、優奈さんの前にだけ現れた」
「……」

 沈黙が痛い。
 優奈はうつむいたままま体を震わせていた。それからようやく絞り出すような声でつぶやく。
「ちょっと皆さん、出てもらえますか? 私だけなら姿を現すでしょうから」
 みんなは顔を見合わせて、ぞろぞろと離れていった。嵐士も一度は優奈の肩に手をかけようとしたが、その背中がなにもかも拒絶しているように見えて、上げた手を下げざるを得なかった。

  7

 全員が部屋から出て行く。誰もが無言だが重苦しい空気とは少し違った。どちらかというと戸惑っている空気だ。
「いいんですか?」
 なにがいいのか聞いている自分もよくわからないまま、嵐士に聞いていた。

「いろいろ一度に聞いたからな。彼女も一人きりになりたいのだろう」
 さすが若手の実業家。懐が深い。
「いまはそっとしておいてやるほうが……」

「大悟君、いる? いるんでしょ? 大ちゃん、出てきなさい!」
 嵐士の言葉を遮ったのは、部屋の中から聞こえる怒声だ。
「早く! 十数えるうちに出てこないともう絶交よ。一つ、二つ、三つ、四つ……。やっと出てきた。遅い! 呼ばれたらすぐに来る!」
 部屋の中から感じる霊の気配。だがそんなものどこかに吹き飛んでしまいそうなほど、怒りに満ち満ちた生きた人間の気配が場を支配していた。

「大ちゃんの好きな人のこと、とっちゃってごめんね。いつもごめんね。悩みに気づいてあげられなくて、ほんとにごめん! でもね、大ちゃんも悪いよ! いつまでも言い出せないでうじうじと。恋愛は勇気出せなかったら負けだよ。ぶつかってみなけりゃ、わからないじゃない。私だってふられたこと、一度や二度じゃないよ!」
 霊の気配が弱々しい。それに比べて人の気配の生命力の強さたるや。

「なにその顔? 私の言うことに不満があるの? 言っておくけどもう怖がったりしませんからね。どうせ男が男に告白なんてって思ってるんでしょ。その気持ちはわからないでもないわ。拒絶されたらどうしよう。そう考えたんでしょう。でもね、それは私も一緒なの!」
 優奈の声は重厚なドア越しでも伝わってくる。

「社長には私から告白した。社長のまわりには華やかなモデルさんとか女優さんだっていっぱい近づいてきてて、絶対相手にされないと思ってたけど、勇気を振り絞って。ふられたら仕事もクビかもしれないって、そこまで覚悟して。まさかのOKもらえて、天にも昇る気持ちだった。でもそこからだよ本番は! すごいいっぱい悪口言われたんだよ。金目当てとか、金目当てとか、金目当てとか! 嫌がらせもいっぱい受けたよ」
 もう言いたいことを次々とまくしたてている感じだ。その勢いに気圧されて、ドアの外の男性陣は誰一人としてなにも言えずなにもできなかった。

「でももしも大ちゃんが告白したら? 気持ち悪いって言う人もいるかもしれない。でもお金目当てだなんて絶対に言われない! 男同士だったら純愛って言われるよ。世間は私のときなんかより絶対優しいよ! 男だから相手にされないとか、ゲイに世間は冷たいとか勝手に決めつけて! 自分の勇気がない言い訳にして。情けなくないの? 傷つく勇気ないなら見てるだけにしなよ。あとで実は好きだった、とか卑怯だよ! しかも死んでから。考えられる限り最悪のタイミング!」
「ゆ、優奈?」
 気圧される男性陣中、ただ一人声を発するのに成功した橘嵐士。さすがにもてる男は違う、修羅場に慣れているのかと妙なところで潤は感心する。

「優奈さん、怖い……」
 ハルトはまたしても嵐士のうしろに隠れ、
「僕がしかられてる気がしてきた。沙耶おねえちゃんもこんな感じ。普段は優しいけど、キレると怖い……」
「スズ姉もそうかも……」
 潤とユウキも身を縮ませる。

 なおも優奈の説教は続いた。
「それから性癖は仕方ないよ。でも迷惑はかけちゃだめ! 大ちゃんがしでかしたことで、嵐士さんが誤解されて、会社にもどれだけ迷惑かけたか、わかってるの? こら、都合の悪いときだけ年下ぶらない! だからいつまでも私の弟分なのよ!」
 潤とユウキは顔を見合わせた。もはや他人事ではない説教だった。

「はあ、すっきりした。ちょっとここで待ってなさい。逃げたら許さないからね」
 幼馴染の幽霊に釘を刺し、優奈がドアをバンッと開けて出てきた。

「嵐士さん、来て」
「え?」
「大ちゃんが会いたいって。あなたに言われたとおり、思いをちゃんと伝えるって」

 問答無用で嵐士の手を引っ張り、部屋の中に引きずり込んだ。部屋に入ってすぐ嵐士の悲鳴が聞こえてくる。
「ゆ、ゆ、幽霊だああ!」
 嵐士は、見事幽霊との対面を果たしたようだ。

「嵐士さん、たいした相手じゃないんだから情けない声をあげない。私を守るって言ったあなたはどこに行ったの? 大ちゃんも逃げるな! お座り! はい、ちゃんと話し合って!」
 半開きのドアの隙間から中をそっと覗いてみた。
「正座させられている幽霊、初めて見た……」

「僕も……」
「同じく……」
 霊能者三人が直面した世にも奇妙な光景。正座させられている幽霊と、優奈の足にしがみついて幽霊を怖がっている嵐士の姿は、ある意味この世のものとはとても思えなかった。
 大悟の霊は半泣きの嵐士をしばらく見つめていたが、最後に優奈を見て、フっとその姿は消えてしまった。

「あれは幻滅したね」
「そうだね」
 新居の危険性も伝え、嵐士への未練も消えた。となればこの世にとどまる理由はどこにもない。

「まったく、最後まで手のかかる子だったわね。でも、ありがとね。危ないって、伝えに来てくれて」
 優奈は優しい目で大悟が消えた方向を見ていたが、しばらくして振り返るとドアの外の三人に頭を下げた。
「このたびは本当に、ありがとうございました」

 嵐士はまだ腰を抜かして震えている。まあ、初めて幽霊、しかも頭が半分つぶれた姿を目の当たりにしたのだから仕方ないとは言え。
 その姿を見て、けっきょくのところ恋愛感情より、優奈と大悟が長い年月重ねてきた家族のような絆のほうが強かったのかなと潤は思う。

「なにはともあれ、大悟さんは成仏できたみたいでよかったですね」
「そうだね。これで解決だよ」

 喜び合う潤とハルトだったが、
「納得していなくなったけど……あれって成仏……じゃないよね?」
 ユウキだけは怪訝そうにしていた。

 エピローグ

『松本大悟さんが幽霊になって現れたのは、恨みからではありませんでした。二人のことを思いやってのことでした。さきほどの再現VTRにあったように、彼は自殺などではなかったのです。不幸な事故でした。しかしそんな目にあっても、彼は二人を心配してなんとか伝えようとしていたのです』

 テレビの画面の中で、ハルトが切々と語っている。
 大悟が同性愛者だったことや事故の真相はうまいことごまかして、いい話にまとめなおし、ちゃっかり『花坂ハルトの祓ってみせまshow‼』で放映していた。

『霊も見た目だけで判断してはいけません。なぜこの世に未練を残しているかも考えてあげなくては。私の力をもってすれば、強制的に浄化することもできました。しかしそれは魂を一つ消滅させる行為です。死してなおさまよい続ける霊には、理由があります。未練を断ち、できることなら願いをかなえ、安らかに成仏させてやるべきです』

 スタジオは拍手に包まれている。真相はともかく、解決までの経緯を知っている潤は呆れ気味につぶやいた。
「ハルトさん、今回はなんにもしてないのに……」
 横で仕事をしていた高橋は、チラと画面に目をやっただけですぐにまた書類をめくりはじめる。

「春吉がなにもしていない、ということはない。こうしてテレビで放送されたことで、二人に対する野次馬的な中傷も収まるだろう。橘社長の会社の評判も取り戻せる。テレビの効果は絶大だ。私が解決しただけではそうはいかない。優奈さん側の依頼はそもそも春吉のものでもある」
「でも……解決できたのは、俺が記憶を見たからで、それをサポートしてくれたのはユウキ君で、ええっと、ハルトさんはなにもしてないっていうか。ここで修行させてもらってる俺が少しは関わったのに、高橋さんのところに一銭も入らないのは違いますよね」

 あのあと、橘からの礼金の申し出を自分はプロではないからと固辞してしまったが、もしかしてもらっておけばよかったのかと潤は悩んでいた。修行中の身としては受け取った礼金を高橋に渡してもよかったような気がする。
 しかし高橋は思った以上に淡々としていた。

「三田村君、君が通りすがりの少年の言葉を信じ、子供でも関わらせる気になったのは、その少年が春吉の知人だったからだろう? 人脈も含めてビジネスの力量だ。今回は春吉の手柄でいいだろう。私は橘さんから着手金と調査費は払ってもらっている。君が気にすることはない」
「でも、こうしてハルトさんがちゃっかり番組にしているのを見ちゃうと……」

 やっぱり納得いかないですよ、と言いかけた潤は、高橋が珍しい表情をしていることに気づく。
「まあ、それについては……」
 なぜかちょっと意地悪そうな、余裕の笑みを浮かべてドアのほうを見ていた。
「そろそろくるころだ」
「え? なにがですか」

 と、そのときバーンと事務所のドアが開いて、
「助けてくれよ! 健一!」
 どんな熱心なファンも幻滅しそうなほど情けない顔をしたハルトが転がるように入ってきた。
「どうした?」
 まったく平静な態度で、高橋は椅子の背もたれに体重を預けた。
「どうしたもこうしたもあるか。いままで僕はいろいろ酷い目にあってきたけどね、今回はその中でも……ひいっ!」

 文字どおり驚いて飛び退いたハルトの背後に、一体の霊の姿があった。体の一部がひしゃげている大男の幽霊だ。
「……まさか大悟さん?」
「見てくれよ! ストーカーされてるんだ。むさくるしい男の霊に。超気持ち悪いんだよ! ああもう、強制的に浄化しちゃってくれよ!」

「ほお。だが、未練を解決し、できることなら願いをかなえ、きちんと成仏させてやるのがおまえの流儀なんだろう?」
「意地悪言わないでくれよ! 説得しても無駄なんだよ、少しでもそばにいたい、霊体ならトイレでも風呂場でもついてこられるからって。うわあああ。くるな、よるな。抱きつくな。当たって砕けろってそうじゃないから! お願いだ、なんとかしてくれよおおお、健一いいい――」

 両手を合わせて高橋を拝み倒している。
「ふむ、霊体なのを利用しての覗き行為か。犯罪まで犯すようなら強制浄化も考えよう。しかしまずは説得を試みてからだな。さて、料金だが、相談料が1万円、着手金が10万円……」
 高橋が電卓を叩き始める。ハルトのテレビのギャラが軽く吹き飛ぶ金額になるのは間違いなさそうだ。

――そういえば、優奈さんはハルトさんの大ファンなんだっけ。大悟さんと優奈さんの男性の好みは一緒、と。
 成仏はしていない、と言ったときのユウキの微妙な表情にも合点がいき、ハルトのちゃっかりも収まるところに収まって、潤はとても清々しい気分になる。

「これで事件は解決ですね!」
「なに言ってるの潤君、ぜんぜん解決してないからあ!」
 ハルトの半泣きの声だけが、事務所の中に響き渡った。

この書き下ろし連載企画の主人公・高橋健一のエピソード0が楽しめるのはコチラ!

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