累計60万部の大ヒットミステリー『0能者ミナト』で知られる葉山透さんのピクシブ文芸書き下ろし連載企画がスタートしました!
ドSお祓いコンサルタント・高橋健一が活躍するミステリーで、『0能者ミナト』の人気キャラクターも登場するクロスオーバー作品の第3回です。
第1回はコチラ

第2回はコチラ。

 3

「ほらほら、潤君、こうやってコップをかざすと、炭酸水の中を船が通っていくよ。超インスタ映え。どお?」
 小高い山手の丘の上で港が見えるカフェに入るなり、ハルトがコップを窓辺にかざした。
「そういうのはデートでやってください。ってか、有名な曲のまんまパクリじゃないですか」
「あれ? バレた? 潤君みたいな若者にはバレないと思ったのに」

「うちの叔父さんはがっつり世代ですよ。小さいときからユーミンはよく聴かされました」
 まずは情報交換しよう、とハルトと近くのカフェに入った。幽霊事件に出くわすたび、ハルトとはカフェで作戦会議をしている気がする。
「本題に入ろうか。自殺した松本大悟さんと仁科優奈さんは幼馴染。二歳離れた二人は小さいころから兄弟のように仲がよかった」
「でも、優奈さんにとっては弟みたいな存在でしかなかったんですよね」

 他人事ではない。初恋であり、現在進行形で恋している年上の鈴音の顔を思い出し、潤は密かに同情した。
 ハルトは懐から一枚の紙を取り出す。
――幼いころからずっと胸に秘めてきたこの思い、小さいときからずっとずっと。でも、伝えることはできない。伝えたらこの関係も終わってしまうから。

「これが彼の死後に見つかった日記の一部。社長と言い争った日に書かれたものだよ」
「これは俺も見ました。ほんとに小さいときから、ずっと一途だったんですね」
「うん。幼稚園から小中高大学まで一緒の二人だったけど、就職では別々になった。優奈さんはいま勤めているIT会社。大悟さんは大手ゼネコン」
「あれ、でも?」

「そう、大悟さんは途中から優奈さんの会社に転職してきたんだ。彼女が社長の橘嵐士と付き合いはじめてまもなくのことらしい」
「うわあ。そこまでしたらさすがにヒキませんか?」

「ま、そうだよね。橘さんはそうとは知らずに採用したらしい。仕事はできて、すごく有能な人だったみたいだし。ただ優奈さんにしてみたらちょっと気持ち悪いというか。高校と大学のときにも付き合っていた彼氏がいて、そのときも大悟さんはデートに無理やりついて行ったりしていたらしいよ。それでも優奈さんは縁を切らなかったんだから、優奈さんにとって、家族のように大事な存在だったっていうのも本当なんじゃないかな」
「でも、俺思うんですけど、そんなに長い間告白できなかったなら、婚約したからって自殺するまで思いつめるかなあ。それこそ、関係を壊さないために、弟分のふりをして見守るってこともできたと思うし」

「そうだね、それにあの顔は、好きな人に対する未練で会いたい一心って顔じゃないよねえ」
「そうですよ。もし俺なら、スズ姉のところに恨みがましい形相で化けて出たりしません。高橋さんは社長との言い争いが原因だ、みたいなこと言ってましたけど、それならなおさら嫉妬は社長に向かうんじゃないかなって思います。なのになぜか優奈さんの前にしか出ない」

「うーん。不自然だね。なにか噛み合わない。まだ隠された真相とか、あるのかなあ」
「実は優奈さんが大悟さんをもてあそんでいたとか?」

「そんな人には見えなかったよ。かなり憔悴してたけど、芯の強い、筋の通った女性に見えた。でもまあ僕も一回会っただけの印象だしね。人はなかなか、自分に不都合なことは話さないし。まして人が一人死んでいればなおさらね」
 しばらく二人はうんうんうなっていたが、いい考えも特に浮かばず、ハルトは「よしこうしよう」と、ポンと手を打った。

「ちょっと健一のところに行ってくる。みなとみらいは、目と鼻の先だし」
「また頼るんですか?」
「人聞きの悪い。依頼人は別々でも同じ案件なんだから、同業者同士、情報の交換だよ」
 伝票をつまんで、呼び止めるまもなくハルトは立ち去ってしまった。

  4

「……どうしようかな」
 洋館の前をうろうろしていると、一人の小学生が通りかかった。

「あれ? ここ……」
 帽子を目深にかぶり、小学生らしからぬ大人びた表情で洋館を見ている。
 ――あの幽霊が見えていたら、そんな余裕ぶっこいていられないぞ。
 いまもちらっと洋館を見て、恐ろしい形相の霊が見えているのを確認する。存在感がすごい。ちょっと霊感が強い子供ならその姿がおぼろげにも見えているはずだ。見えなくても何かいる気配くらいは感じ取れる。

 ――つまりこの子は霊感がゼロか。かわいそうに。あれ? この場合はかわいそうなのか?
「ねえ君、ここは誰も住んでないよ」
 ともかく子供を遠ざけることにした。
「そんなのわかってるよ」
 そっけない答えが返ってくる。

「おっかないお化けが出ても知らないぞ」
「もう出てるって」
 面倒くさそうに玄関に立っている霊を指さし、

「あそこにいる」
 あっさりと子供は言ってのけた。
「え、見えるの?」
 驚きのあまり子供の顔を凝視してしまう。帽子のつばに隠れていた顔は、一言で言えば生意気そうだが、同時に利発そうでもあった。

「あの程度にビビってたら、おっさんに笑われる」
「そうか。ぼんやりと見えてるんだね」
 なるほど。この子にはそこそこ霊感があるのか。なかなか度胸がある。でもあれがはっきり見えていたらこんな反応ではすまない。これくらいの歳だったら腰を抜かして、おもらしの一つもしかねない。
 そうならないでよかったと潤は温かい眼差しで子供を見守った。

「え、お兄ちゃん、まさかあれが怖いの?」
 あの程度で、という目で見てくる。
「いやあ、あはははは」
 この子にはぼんやりとしか見えていないんだから仕方ない。生意気な態度も許してやろうと思えた。

「あんな幽霊はちょっと珍しいね。体育会系の体つきに鬼の形相。幽霊っていうより、ヤクザか殺し屋に見える」
 霊を克明に説明する子供。

「え、見えてるの⁉」
「だからさっきからそう言ってるじゃない」
 何を言ってるんだという顔をされた。

「いや、だって、あんなの見たら普通腰抜かすよ。俺は抜かしてないけどね。踏みとどまったけど、でも普通は腰を抜かすよ」
「ふーん……」
 少年の眼差しが冷たい。ついでに泥で濡れたズボンの感触も冷たい。

「まあいいや、たまたま通りかかっただけだし、霊そのものは無害っぽいから、ほっといてもいいんじゃない?」
「無害? あれのどこが?」
「通りかかる人、誰彼かまわず霊障を撒き散らすような霊じゃない」

 こんなに小さな子供が、一目で高橋と同じ結論に行き着いたことに潤はびっくりした。
「ねえ、ちょっと君、もう少し話を聞かせてくれない?」
「うーん、かまわないけど、少しだけね。今日は同級生のホームパーティに呼ばれてるんだ。行きたくないけど、顔だけは出さないと」

「なら断ればいいのに」
「断ろうとしたよ。でも沙耶おねえちゃんが、クラスメイトとは仲良くしろって。いつまでも僕を子供扱いして。……なんでもない。こっちの話」

 潤はおやと思う。
「君の好きな子は年上なのかな?」
「は? な、なに言ってるんだよ! ふざけんな、バーカ!」

 急に年相応の態度になった。
「うんうんわかるぞ。年上っていいよね。ちなみに俺の好きな人も年上だ」
「なに? 高校の先輩とか?」
「そんな子供じゃないよ。七歳年上の社会人だ」

 誇らしげに胸を張る。
「七歳上? ふ、ふーん、でもバカにするなよ、高校生だって子供ばかりじゃないよ。あんたは子供っぽいけど」
「そうか、君の好きな人は高校生なのか。沙耶ちゃんって言ったっけ」
「気安く呼ばないでくれる?」
「何歳年上なの?」
「どうして初対面のあんたにそんなこと教えないといけないのさ」
「いいからいいから。あ、名乗るのが遅れたね。僕は三田村潤、高校二年」

 ようやくつかんだマウントポジションを手放すつもりはない。
「赤羽ユウキ。六年生。沙耶おねえちゃんも高二だよ。いつまでも僕を子供扱いするんだ。自分だってかなり子供っぽいのに」
「そうだよなあ。スズ姉も俺をいつまでも弟扱いなんだよ」

 二人は同時にため息をつき、顔を合わせると力なく笑い合った。
「あの霊も同じみたいなんだよ。ずっと小さいころから好きだった幼馴染のお姉さんに、結婚相手が現れて世をはかなんじゃったパターン」
「ふうん? それで自殺? 女々しいったらないね」

「でもさ、五年後、沙耶おねえちゃんが結婚するって言ったらどうするの?」
「全力で阻止だよ。渡さない」
「阻止するって、ユウキ君は五年後でもまだ結婚できる歳じゃないでしょ」

 まさに自分がそうだった。それに、高校生にもなれば恋心と愛情の違いくらいわかる。相手が自分をどういう目で見ているのか、残酷だけどはっきりわかってしまう。
「君もあと五年もすればわかるよ」
「ヘタレなそこの幽霊やお兄ちゃんと一緒にしないでくれる?」

「そう言うなよ。高校二年生の俺が、適齢期のスズ姉の結婚に口なんかはさめっこないし。幸せそうな顔を見ちゃったらなにも言えなくなるっていうか。歳の差ってどうにもできないなあ、って思うんだ」
「ああ……それは、わからないでも、ないかも……」

「ましてスズ姉みたいに天然の相手だったら、告白したって困らせるのが目に見えてる。俺がフラれて傷つくのはいいけど、相手を困らせるのは嫌だろ?」
「そうだよね。お兄さんの相手も天然かあ。たしかに僕を弟分だと信じきってる目を見ちゃうとね……」

 少年も何か思うところがあるのか、神妙な顔つきになって黙り込んでしまった。
「この霊もさ、情けないヤツだなって思うけど、なんとかしてあげたいな、とも思うんだよ。あんな姿になってるのは、なんだか哀れじゃん」
「うーん。確かになんとかしたいけど、僕の見立てでは、あの幽霊の恐ろしい形相は恨みじゃないと思うんだ」

「さっきも言ってたよね。あんなに睨んでるのに? どういうこと?」
「僕はいくつも霊や怪異を見てきたからわかる。あの視線は偽物だよ」

 自分よりもずっと年下なのに、少年の口調は自信に満ちていて師匠の健一を彷彿とさせる。少なくともハルトよりはぜんぜん頼りになりそうだ。
「ただどういう事情でああなったのかまでは、はっきりわからない。幽霊とはしゃべれないしね。残るは念を通して記憶を読み取るしかないかな。いままで何回か霊の記憶は見たことあるけど、よほど強い想いを抱いていないと成功しないんだよね。というか一方的に流れてくるだけ。霊の記憶を見る能力ってのがあるらしいけど、総本山の記録も眉唾だしなあ。こんどやり方調べてみようか」
「霊の記憶を見るか……」

 潤は自分の右手を見る。唯一の特技と言っていい。
「その能力ならあるよ」
「え、なに? まさかお兄さんがそうだって言うの?」

 どこか馬鹿にした口調だったが、潤の真面目な顔を見てユウキは驚く。
「え、本当に?」
「リスクがあるから気軽に使えないけど。俺の魂と霊の魂が重なって穢れるとかなんとか。あれ、こんな理屈だったっけ?」

「ちょっとちょっと、自分のことなのに適当すぎない? まるでどこかのおっさんみたいだよ」
「証拠になるかわからないけど、お師匠さんからこのお守りを持たされてる。いつもはこれで封じてるんだ。これをはずして霊にさわると、記憶が流れ込んでくるんだ。強い霊だけじゃなくって、普通にそこらへんを歩いているお気楽な霊でもわかるんだよ」

 ユウキはお守りをしげしげと見ている。
「うん、いいお守りだね。へええ、これをお兄ちゃんのお師匠さんが作ったのか。なら信用できるかな。やってみてくれない? その魂の穢れってのも、僕なら守れると思うから」
「守れるってどうやって?」
「僕が呪をかけて、守ってあげるよ」
「じゅ? じゅって……呪術ってこと?」

 こんな小さな子供の口から、意外な言葉が飛び出した。この子には驚いてばかりだ。
 口調からは確かな自信が感じられるが、巻き込んでいいものかどうか迷っていると、
「潤くーん、まだいたんだね。健一の事務所に行ったら留守でさ……」
 能天気な声が聞こえてきた。

 ハルトを見たユウキがさらに意外な一言を発した。
「あれ? もしかして大門和尚のところの春吉さん?」
「赤羽君⁉」
「え? 二人は知り合い?」

 芸能人の花坂ハルトは有名だが、本人がひたかくしにしている本名の春吉を知る人は少ない。
「ぼ、僕は春吉なんて人は知らないけどー」
「ちょ、ハルトさん、本名呼ばれるの嫌だからって、ここでしらばっくれます?」
「ダサいから、なんて言わないで親からもらった名前は大切にしなよ」
「ユウキ君も潤君もかっこいいもん……僕の気持ちなんてわかりっこない」

 子供に諭されてもいじけるハルト。
「まあ、名づけって、名づけられた本人にはどうしようもないからね。僕もいろいろあったから気持ちわかるよ」

 ユウキは肩をぽんぽんと叩く。どちらが大人かわからない。
「ハルトさんと僕は直接話したことはほとんどないんだけど、ハルトさんのお父さんには何回かお世話になったことがある。大きくて由緒あるお寺の立派なご住職で僕が尊敬する数少ないお坊さんの一人」
「ユウキ君はすごい霊力を持っててね。天才少年って言われてるんだ。なになに、二人、いつ親しくなったの?」

「僕がたまたま通りかかっただけ。クラスメートのホームパーティに行く途中だったんだ。話してるうちに、ここの霊をなんとかしてあげたいねって。記憶を見るときは僕がお兄ちゃんのことを守るから」
「ユウキ君が手助けしてくれるなら安心だ。でも二人とも、なんでこんな凶悪っぽい霊に肩入れしてるの?」

 自分を弟としか思っていない年上の人っていうのが他人事じゃないからと、言えない潤とユウキは、顔を見合わせた。
「俺はほら、高橋さんから勉強してこいって言われたし。少しでも経験つみたいし。いつまでも中傷される仁科さんも気の毒だし」
「僕の見立てでも、見た目ほど悪い霊には思えないんだ。三田村さんが持ってるお守りはとてもいいものじゃん? それを作れる人が除霊に800万もかかるって言ってる事情がわからないし、興味あるから」

 適当な理由を早口にまくしたてる。
「俺がうまく霊の生前の記憶を見ることができたら、きっとわかることがある」
「そうそう。ここで知り合いがそろって会ったのも何かの縁。やってみようよ」
 潤とユウキの言葉に押され、ハルトは預かっていた鍵で門の扉を開けた。

 第4回は、3月8日公開予定です。
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