累計60万部の大ヒットミステリー『0能者ミナト』で知られる葉山透さんのピクシブ文芸書き下ろし連載企画がスタートしました!
ドSお祓いコンサルタント・高橋健一が活躍するミステリーで、『0能者ミナト』の人気キャラクターも登場するクロスオーバー作品、第2回です。
第1回はコチラ

 そして一週間後、高橋のオフィスで、調査結果と見積もりを見た橘が叫んだ。
「除霊に800万だって? 高すぎる!」
「見積もりをよく見てほしい。かかるのは除霊費用だけではない」

 明細書に目を落とした橘は、黙って書類をめくりはじめた。
「……ここに書いてあることが本当なら、払わないこともない。しかし鵜吞みにするわけにはいかない。こちらでも調査させてもらうが、よろしいですか?」
「もちろんかまわない」
「それで解決できるなら……」
 しぶしぶといったふうではあるが、橘は納得しかけている。

「え? 払うの? ポンと払えるの?」
 800万という大金に、横で口をあんぐりあけているだけだった潤は、ようやく言葉をはさむことができた。
「これで優奈と二人、安心して暮らすことができるならね。あの家に住みたがらない優奈は、まだ引っ越すつもりだったマンションに住んでいる。そこの家賃とあの家の維持費を二重に払い続けるのは費用がかさむ。5億で建てた新居を売りに出すとしても悪い噂がたってしまった今では難しいだろう。800万で解決でき、気持ちよく新居で暮らすことができるなら、高くはない」
 普段なら高橋が言いそうなことを、橘がスラスラと答えた。

 すんなり大口の依頼が成立しそうなことに、潤が安堵した瞬間、高橋が思いがけないことを言う。
「申し訳ないが、それでもまだ完全に除霊できるという確約はできない」
「どういうことですか?」

 いぶかしむ眼差しで橘は高橋に問うた。
「未練を残した霊はやっかいだ。未練は執着につながり、成仏から遠ざかる。松本さんの幽霊は強い執着を残している。思い当たることはありませんか?」
「働かせすぎたということですか? 世間でいろいろ言われているのは承知してますが、彼は率先して仕事を引き受けてくれていました。私が帰れと言っても体力だけなら自信があるから、と笑顔で答えていましたよ」
「そちらではない。あなたが優奈さんのことで生前の彼に言った言葉が、松本さんを苦しめている」

 橘は形のよい眉をひそめて、少し考えてから言った。
「一度だけ、口論になりました。優奈とのことでなにか言いたそうにしていたのでね。男なら男らしく当たって砕ければいい。いつまでもぐずぐずと陰から見ているだけじゃなにも伝わらない、とられたって文句は言えないだろう、とはっきり言いました」
「彼はなんと?」
「社長には私のような男の気持ちはわからない、と。怒鳴られました。穏やかな彼が怒鳴ったのはあのときだけですから、よく覚えています」
「なるほど、合点がいった。彼が成仏できないのは、そのせいだろう」

 バンッと机を叩く音とともに、我慢しきれないといった様子で橘が立ち上がる。
「結局あんたも、金にあかして社員の恋人を寝取った社長だと思ってるんだな!」
「そうは言っていないが」
「とにもかくにも、祓えない可能性がある、なんて不確実なことにこんな大金は出せない。明細の内容は、私のほうでも精査します。では」

 そのまま橘は書類をバッグにつっこみ事務所を出て行ってしまった。
「珍しいですね。高橋さんが祓えないって言うなんて……。そんなにすごい悪霊なんですか?」

 興味を抑えきれず聞く潤に、高橋の答えはまたも意外なものだ。
「凶悪ではない。危険な霊でもない」
「え? じゃあなんで……」
「強制的に浄化してしまう手もあるが……。しかしそこまで未練を残した人間の魂がきちんと成仏しなかったとなると、人が気持ちよく住み続けるのは難しい。できれば、すっきり解決して成仏させるのが一番いいのだが」

 考え込む高橋を横目に、それなら自分が行ってみようかと潤は思いはじめていた。高橋は「払わないなら祓わない」がモットーで依頼が成立しなければ動かない。だが潤は修行中の身だ。
「あのー、高橋さん、それなら、俺にやらせてください」
 反対されるだろうと思って言ったのに、意外にも高橋は「勉強になるかもしれない」の一言で了承した。

  2

 めずらしく任されたことで、張り切って山手の豪邸に出向いたものの、今は門の陰で震えている。恋に破れて自殺したくらいだから、もっと穏やかで気の弱そうな幽霊を想像していたのだが。
「無理だ。俺にあんな霊をどうこうできるはずがない……」
 
 門の陰に隠れてガクガク震えながらつぶやく潤。そもそも霊を祓うことはまだできない修行中の身だ。唯一の特技は霊の記憶を見ることだが、それだってさわらないといけないし、記憶を見たところで霊を祓えるとは限らない。さらに気安く霊にさわることは危険だと、師匠の高橋から固く禁じられている。

 そっと洋館の入口を覗く。すさまじい眼力で睨んでくる霊にすぐに頭をひっこめた。
 門に寄りかかって頭を抱えていると、どこからか朗らかで脳天気な声が聞こえてくる。
「レィディース、エーンド、ジェントルメェン! やって参りました、今宵の『花坂ハルトの祓ってみせまshow‼』。本日のゲストはこちらっ!」

 妙な巻き舌でしゃべる軽薄そうな外見のイケメンが、白い歯を光らせ笑顔を作り、両手を広げて洋館を紹介した。その様子は奇妙なほどさまになっていて、いまにも軽快な音楽が流れてきそうなほどだ。ただし背後にあるのはおぞましい化け物のいる洋館だが。
「洋館をゲストって言うのはちょっと変かな。でも出だしの流れからするとゲストがベストだし。ゲストがベスト……。ゲストがベストかテストしよう。いやいやダジャレなんか考えている場合じゃないぞ」

 閑静な住宅街で一人芝居をしながら、ぶつぶつつぶやいている。
「ハルトさん!」
 おかしなイケメンを潤はよく知っていた。高橋と同時期に知り合った、もう一人のプロの霊能者、花坂ハルトだ。霊能者らしからぬ甘いマスクと明るいキャラクターで、テレビや雑誌にひっぱりだこだ。ゴールデンタイムに『花坂ハルトの祓ってみせまshow‼』という人気番組も持っている。

 視聴者から依頼のあった霊関係の問題を解決するという番組で、潤も出演したことがありハルトに見事解決してもらった……と言いたいところだがひどい目にあわされた。
「顔の角度はもっとこう見せたほうがかっこいい……ん、あれ? 潤君じゃないか!」

 ハルトは親しげに近づいてきた。ひどい目にあったことはあったが、ハルトの憎めない性格も手伝って今ではすっかり仲良しだ。人気者なのに気取らない性格と霊能者としても頼りになるところは頼りになるのとで、彼と一緒に幽霊退治をするのは好きだった。
「かっこ悪いところ見られちゃったな。人知れず努力してるところを見られるなんて。いやあ、人知れず努力してるところをまさか見られるとは。まさか人知れず努力してるところを見られちゃうとは!」

 うれしそうに「人知れず努力」を連呼している。そこはスルーして、違うところを誉める。
「ハルトさん、さすがですね。俺はあんなヤバい霊、見た瞬間に怖くて腰抜かしそうになったのに」
 泥だらけのズボンで潤は見栄を張った。
「ヤバい霊?」
 ハルトはなんとはなしに洋館のほうを向く。
「ぶひひゃあふぁっんんがぁ!」

 全国のお茶の間に放送されたら確実にファンが激減する表情で、その場に腰を抜かして後ずさりをして塀の陰に隠れた。
「なにあれなにあれ。あんなヤバい目つきの幽霊、見たことないよ! なんであんなに殺気に満ちてるの?」
「やっぱりそうですよね。あれはヤバいですよね」

 同意見でほっとする潤。もしかしたら高橋だってあれを見たときは変な悲鳴をあげて腰を抜かしたかもしれない。しかしどんなに考えてもそんな姿は想像できなかった。
「あれ? ここに潤君がいるってことは、健一のところにも依頼が来たってこと? ねえねえ、健一はここの依頼をなんて言ってるの? 高かった? すごい高かった?」
 高橋の提示した解決料から今回の霊障の難易度を測ろうとしている。高ければ手を引くか高橋の依頼解決にかこつけて、うまく番組に取り込もうとしているのか。

 怯えて震えながらもビジネスのことを考える、そのプロ意識だけは見習いたいところだ。
「依頼料の折り合いがつかなかったみたいで受けなかったんです」
「え? じゃあまた独断でやってるの?」
「またってなんですか。今回は高橋さんに勉強になるから見てこいって言われて」
「あ、見るだけ?」

 落胆するハルト。高橋の解決にかこつけて番組にするもくろみはもろくも崩れ去ったようだ。
「ハルトさんは誰からの依頼なんですか? まさか橘嵐士さん?」
「いや、うちの番組に依頼に来たのは女性だったよ。仁科優奈さん」

 橘の婚約者だ。
「綺麗な人だったな。僕の大ファンらしくてね。はりきって解決しようと思ったわけさ」
「じゃあはりきって解決してください」
「無理無理無理! でもなあ……放置するのもまずそうだし。高橋は今回も高いんだろう?」
「うーん。あ、でも今回はお金だけの問題じゃないかも」
「どうして?」

「高橋さん、こう言ってました。俺には祓えないかもって」
「えええ?」
 リアクションこそ小さいが、ハルトの驚きは霊を見たとき以上に見えた。
「健一が言ったの? 俺には祓えないって?」

 ハルトの表情がどんどん蒼白になる。
「それって地球上の誰にも不可能ってことじゃないか!」
 高橋が頭を抱えそうなハルトの過大すぎる評価を聞いて、あなたもプロでしょうがと言いそうになるのをぐっとこらえた。

第3回は、3月1日公開の予定です。
この書き下ろし連載企画の主人公・高橋健一のエピソード0が楽しめるのはコチラ!

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