累計60万部の大ヒットミステリー『0能者ミナト』で知られる葉山透さんのピクシブ文芸書き下ろし連載企画がスタートしました!
ドSお祓いコンサルタント・高橋健一が活躍するミステリーで、『0能者ミナト』の人気キャラクターも登場するクロスオーバー作品です。

プロローグ

「幼いころからずっと胸に秘めてきたこの思い、小さいときからずっとずっと。でも、伝えることはできない。伝えたらこの関係も終わってしまうから……」
 ロマンティックなセリフをつぶやく潤の手には、依頼者からの資料のメモが握られている。

「うーん、わかる、わかるよ、この気持ち。俺の初恋、スズ姉への気持ちと超シンクロしてる。どんなに好きでも弟扱い。つらいよなあ」
 お祓いコンサルタント事務所で修行中の三田村潤は、夏の日差しにも負けず長い坂道を登っていた。

「うん、だから俺はこの幽霊を救えるっ! いや、むしろ俺が救わなくて誰が救えるんだって案件でしょ!」
 元町商店街を抜けて坂道を登りきり、港の見える丘公園をすぎれば目的地の洋館はもうすぐだ。

「あ、あの白い門柱があるところかな?」
 スマホの地図を確認し、意気揚々と門の前に立った瞬間。
「ひひひゃあぁふあぁえ!」

 といままであげたこともない種類の悲鳴をあげてしまった。例えるならシャックリと咳とクシャミの三つが同時に出たようだった。悲鳴も混じっているから四つかもしれない。

 悲鳴と同時に腰を抜かして尻餅をつき、制服のズボンが泥だらけになった。不幸にも昨夜は雨で泥はたっぷり雨水を含んでいたが、幸いと言っていいのか気づくのはもう少しあとだ。
 尻餅をついたまま後ずさると、門の縦格子の間からもう一度中を覗き込む。霊は洋館の玄関に立っていた。

「な、なにあれ? 超ヤバくない?」
 飛び降り自殺した男の霊、というのは聞いていた。だから顔の半分はつぶれていて傷口も生々しい。だがそれじたいは珍しいことではない。四谷怪談のお岩さんのように死んだときの見た目のままというのはよくあることだ。しかし、目の前の幽霊の怖さは別のところにあった。
 睨んだだけで相手を卒倒させかねないすさまじい眼力。

 幽霊かどうかとか関係ない。幽霊であっても生前であっても、同じように怖かっただろう。街中でヤクザと出会ったのと同じたぐいのものだ。恐ろしいではなく恐いだ。
「あの人が、こんなポエティックな恋心をつづったわけ?」
 ここにくるまでに何度もつぶやいては共感していた日記が書き写されたメモを見る。

「こわっ。嫉妬ってこんなに人を狂わせるものなの?」
 時間差で尻が濡れていることに気づく。濡れてひんやりしているのを霊にさわられたと勘違いするところだった。勘違いでよかった。霊に痴漢されたらいろんな意味で顔面蒼白だ。
 師匠である高橋は、人に危害を加えるような危険な霊ではないと言っていたのに。

「いやいやいやいや、どう見ても危ないでしょ……。危害加える気まんまんじゃん……」
 幽霊は敷地の中から出てくる気配はない。潤は門の陰に身を隠しながら、依頼人と高橋のやりとりを思い出していた。

  1

「二ヶ月前に自殺した社員の霊が出るんです。といっても、私には見えないのですが」
 横浜、みなとみらいにある高橋健一のお祓いコンサルタント事務所に、依頼人が来たのは先週のことだった。

 名前は橘嵐士。大学生のときにIT系の会社を起業し、それから十年、会社は順調に成長している。秘書を務めていた仁科優奈と婚約中だ。新居は三階建ての豪華な洋館で、場所は横浜港を一望できる山手。若くして成功し綺麗で聡明な結婚相手を見つけた人生の勝ち組だ。

 しかし成功続きの人生で初めてつまずいた。一つは二ヶ月前、社員の一人がビルから飛び降りて自殺したこと。亡くなったのは松本大悟、過労によるノイローゼではないかという噂が立った。実際、残業時間は月120時間を超えていた。

「120時間くらいの残業なら私もしている」とワーカホリックの橘が答えたのも世間の反感を買った。
 さらに大悟は仁科優奈の幼馴染で、飛び降りたのは社長室の窓からだった。その日は清掃中で、窓が大きく開いていたのだ。
 橘が部屋に入ったときは取引先の人間も一緒だったため警察の調査では自殺と断定されたが、一時は橘が殺したとか、邪魔になった仁科優奈が突き落としたとか、成功者へのやっかみもあり、二人はひどい中傷にさらされたらしい。

「私はこういうことになれていますが、優奈は精神的にかなりまいってしまっていて。だから松本君の幽霊が現れるなんて幻覚を見るんじゃないかと思っているんです」
「では、あなた自身は幽霊を信じていないということですか?」
 高橋の淡々とした口調に、橘も淡々と答える。

「そうですね。信じていると言えば嘘になります。私に松本君の幽霊は見えません。一人で夜社長室にいてもなにも感じないし、飛び降りたビルで働く社員たちにも見たものはいない。彼が出るのは私たちの新居の前、しかも優奈が一人で行ったときだけなんです。恨んでいるというのなら、私の前に出てきそうなものでしょう」

「ではなぜ、うちに?」
「優奈には心療内科でカウンセリングも受けさせています。しかし、非科学的だから、私が見えないからといって、彼女をまったく信じてやらなかったらどうなるんですか。少しでも彼女が安心するならお祓いでもなんでもしてやりたいんです」

 よろしくお願いします、と頭を下げて出て行った。評判とは違いなかなかの好青年だ。婚約者のことを誠実に愛しているのもわかる。
 相談料だけでなく、着手金と調査費も気持ちよく現金で置いていった。

 インチキ呼ばわりはもちろん、相談料や調査に必要な経費さえ、騙し取られているのではないかと疑われることが多いのがお祓いコンサルタント事務所だ。こんなに揉めずに払ってくれるのは珍しい。
 さすが一代で成功した経営者は違う。高橋の除霊の手腕は一流だし、今回はスムーズにことが運びそうだと、横で見ていた潤は安心していた。

次回は、2月22日に公開です!
この書き下ろし連載企画の主人公・高橋健一のエピソード0が楽しめるのはコチラ!

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