江國氏「私は、正解なんてない、という世界を書きたいんだということに、最近になって気づいたのかもしれません」
井上氏「私の考えでは、小説を書くということは、わからないことをわかろうとしていることなんだと思います」
角田氏「あらすじを説明できる小説より、説明できない、読まないとわからない小説のほうが面白い」   



 第102回は角田光代氏、井上荒野氏、江國香織氏のお三方をお迎えして、「作家向きの性格」についてや、もしも小説家にならなかったら何をしていたか、それぞれの生活サイクルなどについて、池上氏の司会のもと、幅広くお話しいただきました。

◆小説家向きの性格、とは/定型を疑うこと/大志を抱いて仕事を

――先ほどの講評の続きというか、まだお話したいことがあるということですが。

江國 川股さんの『透明少女』ですが、「股を開く」という表現が出てくるんですよね。たしか去年も、川股さんの作品には「股を開く」という言い方があって、ここでその是非をめぐって、強い言葉をあまりに繰り返すのはどうなんだろう、という話をしたら、池上さんが「名前が川股さんなんだから、『股を開く』なんて書いちゃダメだよ」って言ったのを思い出しました(笑)。前回あんなに言われたのに、今回また書いてきた。これはね、川股さんは小説家向きの性格だと思うんですよ(笑)。私だったら悔しいから書いちゃうし。

――小説家向きの性格、ってほかにどういうのがありますか。

角田 ちょっと前に、この3人と編集者をまじえて、あるお店に食事に行ったんです。お料理はおいしいんですけど、女将さんが独特の人で、怖いんですよね。そのことに、お店に入って1分で気づいて、全員が態度を変えたんです。作家に向いている素質って、そういうことなんだろうなと思ったんですね(笑)。感受力、というんですかね。それもひとつだと思います。

井上 あとはね、やっぱり疑り深いということですね。「みんなこう言ってる」みたいなことってあるじゃないですか。何か事件があって、テレビで「みんな悲しんでる」とか。そんなとき、これって本当に悲しい事件なのかな、この人は本当に悪い人なのかな、とか、私は直感的に疑うんですね。なんでこんな悪いことをしたんだろう、とか。そういうものが作家には必要な気がしますね。

江國 それは必要ですね。疑うことなしに小説は書けないと思います。

――先ほどの講評でも、答えを出すのではなく核心に近づいていくのが小説を書くことだ、とおっしゃっていましたが、それも一種の疑り深さかもしれませんね。でもなかなか、みんな解答を出してほしくて、共感したいという読者も多い。
角田 定型っていうのがやっぱりあって、こう書けば小説らしく見える、ということがあるんですよね。私も、大学で書き方を教わる創作科っていうところに行って、授業で小説を書いていたんですけど、19か20歳のときに書いた小説を恐る恐る読み返したら、悪くはないんですけど、「これが小説でしょ」っていうことを書いているんです。こういうものが小説だ、とあの頃の私は思っていたんだな、ということを綺麗に書いてあって。すごく小さいことをやっている、ということがわかるんですね。小説に定型があるということも、疑わないとダメで、あるいは自分が書いたときに、これは何かの定型になっていないか、小説らしくしようとしていないか、疑うというのはすごく大事なことなんだと思います。

――エンターテインメントのジャンル小説では、定型のほうが伝わることもあるし、難しいところですね。

井上 そういう定型の小説をすごくうまく、壮大に書いているプロの作家もいらっしゃるし。ただね、自分でも短篇なんか考えていると、そこまでベタではないけど、こう来てこう来てラストはこの台詞で決まったな、みたいなときがあるんです。でも、書いている途中で、自分でつまんなくなるんですよね。退屈なのはイヤだと思うと、やっぱり定型からは外れていきますね。

江國 荒野さんがおっしゃるとおり、定型の作品をすごく上手に書いて人気のあるプロ作家もいらっしゃるので、それがいけないとみなさんに言うわけにはいかないですけど、でも私は「それはいけない」と思う。誰もが同じように感じる、泣けるとか笑えるとか面白いといわれるものは、忘れられるのも早いと思うんですね。私が子どものころから読んできて、今でも素晴らしいと思っている作品は、どれももっと個人的なものだった。個人的としか言いようがない、誰かと共有しがたいものが書かれていた気がするので、私は自分ではそういう個人的なものを書きたいと思っています。
 ただ、いろんな仕事が来るので、たとえば広告のページに載せる短い文章で、少女のことを思い出させる2枚とか、お菓子が出てくる2枚とか、そういうときはクライアントのイメージを悪くするわけにはいかないので、求められている範囲の中で、できるだけそこから遠ざかろうとして書いたことはあります。それも技術だと思うんですけど、やっぱり、大志を抱いてほしいかな。

◆文体か、書きたいものか/もし小説家になっていなかったら/『源氏物語』の後に

――先ほど、角田さんが大学時代に書かれた小説の話が出ましたが、純文学志向からエンターテインメントに移行されて、いまは文体もだいぶ変わりましたよね。そのような変化は、荒野さんや江國さんにもありましたか。

井上 私はもともと父の小説に影響されまくっていたので、最初にまず文体があったんですよね。何を書いていいかわからないときから、父の文体みたいなのがしみついていて、書けちゃうんですよね。たとえばこの教室の場面を書こうとすると、小説っぽく、格好良く書けちゃう。だけど文体に引きずられて、何が書きたいのかわからなくなっているところから始まりましたね。その後、文体を自分で御することがだんだんできるようになってきた、という変化はありましたね。つまり、自分と小説との距離が分かってきたというのかな。

江國 どうだろう、あまり考えたことはないんですけど、私もものを書き始めたころは、書きたいものはなかったですね。ただ書くということが好きで、短いものをなんとか書いてどこかに応募すると小さな賞をいただいたりして、とにかく書くことが好きなだけで書きたいことはとくにない。ただ、書きたくないことだけはそのころからあったんです。生意気だったなと思うんですけど、ありふれたもの、類型的なものは書きたくない、とずっと思ってきました。書くことは書くたびに見つけてきたんですけど、でも最近は、書きたいことがあるような気がしています。
 何を書きたいのかというと、何でもアリだということですね。世の中がすごく正解信奉になってるから、正解なんてない、っていうことを書きたい。言葉にすれば当たり前のことなんですけど、でも実は昔からそう思って書いてきたのかもしれないです。正解がない前提で書いていきたい、ということを最近になって自覚したのかもしれないですね。

――角田さんはここ数年『源氏物語』の新訳に取り組まれていて、小説は執筆されていませんが、それが終わった後は小説の文体にどんな変化があるか、まだわからないですかね。

角田 わからないですね、そもそも小説の書き方がわからなくなっていますから(笑)。

――みなさん、もし小説家になっていなかったら、どんなお仕事をされていたと思いますか。

角田 私はたぶん、小説家を目指しながらお店屋さんで接客業をやっていたと思います。というのは、接客業の経験があって、辞めないでくれと言われるぐらい評判がよかったので。
 小説家っていうのは、職業としてそう名乗りますけど、会社に勤務しているわけでも、何かのライセンスがあるわけでもないので、デビューしてから今日にいたるまで、求人広告は見続けているんですよ。でも、だんだん年齢制限が狭まってくるので、50代でもできる仕事を探している、という話をしていたら、穂村弘さんも同じことを言っていたんですよね。穂村さんは接客業に向いてなさそうだから私より大変だな、と思っていたら、昨日の夜中に、穂村さんはずっと会社員をやっていたことに気づいたんです。すごいことです(笑)。

江國 私も同じで、作家の仕事なんで続くはずがないと思っていましたから、ものを売るアルバイトしかやったことがないので、洋服屋さんとか本屋さんの求人を見たりしていました。でも年齢が厳しくなってきたので、いまは清掃のお仕事の求人を見ていますね。でもこれは若いころからの習慣で、本気で見ているというわけではなくて、安心のために見ている感じです。もし本当に仕事がなくなったら、良い妻になろうと思っています、今さらですけど(笑)。

井上 私は本当に何にもできないから、たぶん主婦道に邁進してスーパー主婦を目指していたと思います。なれたかどうかは別にして(笑)。仕事がいつ来なくなるかもしれない、という不安はありますけど、清掃業をやれる体力もないし、年齢ももうすぐ60歳だし、現実的に考えて、週刊新潮の「黒い報告書」みたいなルポ記事を書くようになるかもしれない(笑)。以前にそういう仕事の依頼も受けたんですけど、でもそういう仕事をやると、それしかやりたくなくなるかもしれない、と思って断ったことがあるんです。

角田 私は今『源氏物語』の新訳以外に小説は書いていないんですけど、対談とか旅行記とかいろんな仕事が入ってくるので、出張ばかりしているんですよね。でも先週あたりにハタと気づいて、ライターさんのほうがうまく書ける仕事は辞めよう、と思いました。他のことをやるんじゃなく、来年からは小説のことを中心に考えていこうと。『源氏物語』は東京オリンピックの前までには終わりにして、あとは5年後まで仕事の予定が入っています。書けるかどうかはわかりませんが。

◆それぞれの生活サイクル/あらすじの功罪/『あちらにいる鬼』と母との対話

――昨日は姉妹講座の「せんだい文学塾」でもご登壇していただきましたが、そのときの話では、みなさん最近は海外ドラマにハマっているということでしたね。

井上 私は1日に2本しか観ないのでちゃんと仕事もしていますが(笑)、江國さんはね、DVDを貸すと『24』1シーズンを1日で観たりするんですよ(笑)。いつ仕事してるのかわからない(笑)。

――江國さんは毎日のように午前2時か3時ぐらいまで飲んでいて、朝は2時間お風呂に入るという生活をされているそうですね。

江國 自分でもいつ仕事しているのか不思議ですね(笑)。

――角田さんは9時から5時までの執筆を続けられているんですか。

角田 去年から変えて、朝は何時からでもフレックスでいいことにして、5時まで。それで、土日も仕事してもいいことにしました。自宅でやるより、場所を変えて時間を区切ってからのほうがたくさん書けるようになったけど、それは人それぞれで、たとえば5時までと決めていても4時55分にアイデアがすごく浮かんでくる人もいるかもしれないし。

井上 私も朝は適当なんですけど、夜は絶対にお酒を飲むので(笑)、6時までしかやらないですね。アイデアが浮かんでもやらない。そもそも夕方にアイデア浮かばないし(笑)。

江國 私は、うーん、角田さんと逆ですね。子どものころから学校に行くのも嫌いで、決められた時間に何かをするのがイヤで、小説家というか、勤め人じゃない仕事をしているところがあるので。好きな時にやれる、というのが私にはいいですね。夜中に書くときもあるし、よほど切羽詰まっているときにはお酒を飲んで帰ってきてから書いたりとか、この中で一番不規則かもしれないですね。

――昨日も今日も講評で出ましたが、エピソードの厚みが足りない、という指摘が今回は印象的でした。

井上 みなさん、筋を書こうとしていて、人間を書こうとしていないんですね。出てくるすべての人について、最初にしっかり考えておくと、おのずとエピソードも浮かんでくると思います。

角田 これは講座の規定なので、私がそれをやめるべきとは言いませんが、短いものでも梗概があるじゃないですか。あれはやめたほうがいいと思っているんです。あらすじを説明できる小説より、説明してもわからない、読まないとわからない小説のほうが面白いと思うんですね。さっきの講評で「肉が足りない」という意見が出ましたが、肉ってたぶんあらすじに書けない部分だと思うんです。この講座では、あらすじを添付する決まりなのでみなさん頑張って書かれていますが、本文に、あらすじに書かれていないことが少ない。ですから、あらすじがないときも、あってもいいんじゃないかと思います。

江國 その通りだと思います。あらすじと同じ小説には意味がないので。ただ、あれを取ってしまうと、あらすじと同じかどうかわからない(笑)。中身にもっと肉があればあらすじがあってもいいけど。たぶんあれって、賞に応募するときの練習も兼ねているのかもしれませんけど、小説として読むうえでは、なくてもいいかも。

――昨日の講評で荒野さんがおっしゃっていたのが、その小説を読まなければ体験できないことを書いてほしい、ということでした。これは大切なことですが、でも読者は定型的なものを求める部分もあるし、難しいところですね。

井上 私の考えでは、なんで自分は小説を書いているかというと、わからないことをわかろうとして書いているんですね。自分の小説の話で申し訳ないんですけど、今度出る『あちらにいる鬼』(朝日新聞出版)は、私の母と、父と、瀬戸内寂聴さんの関係の話です。父は、寂聴さんだけじゃなく、常にほかの女の人が外にいる人だったんですね。でもうちはすごく平和な家庭で、私たち子どもは全然そのことに関するストレスを受けたことはなかったんですよ。なんで母はそんなふうに過ごすことができたんだろう、何を考えていたんだろう、ということを知るために書いた、ともいえるんですよね。本当の真実なんてわからないんだけど、だけど書くことで知ろうとする試み、みたいな。
 私は小説ってそういうものだと思っていて、誰かがこうしてこうして不幸になってでも前向きに生きていく話を書こう、とかそういうふうに考えるのって間違っているような気がする。
 たとえば恋愛小説でも、誰かのことが好きで好きで仕方がない。だけど、ちょっと引いて考えてみるとそんなにたいした男でもない。じゃあなんでそんなに好きなんだろう、ということを考えるために恋愛小説を書く、っていうのが正しいような気がするんです。

◆書き出し三者三様/書きづらい部分と書くのがつらい部分/登場人物との距離感

――お三方の書き方はそれぞれ違うと思いますが、書き出しについてお聞きしたいと思います。場面から入る、説明から入る、いろいろあると思いますが、どう書けばいいと考えていらっしゃいますか。

江國 決まりはないと思うんです。自分で決めていることはないんですが、最初の一文は本当に大事なので、するっと苦労なく出てくるときもあれば、そうでないこともあります。でも1行目が決まらなかったら、2行目には行かれないですね。保留にはしておけない。

角田 やっぱり1行目は工夫はするんですけど、江國さんがおっしゃるように、1行目がうまくはまらないと2行目には行けない、ということは私にはなくって、とりあえず書き出して後から直すことはあります。

井上 1行目は大事ですね、それで文体と小説のトーンが決まるから、1行目が決まらないと私は絶対に書けないです。よくやるのが、朝起きたときから始まる小説って多いじゃないですか。目が覚めるとナントカだった、雨の音で目が覚めた、とか、そういうのはやらないようにしています。

――逢坂剛さんは、書き出しは1行でまず改行するという書き方がエンターテインメントには一番いいとおっしゃっていますし、受講生のみなさんも、自分なりの一番いいやり方を探してみてください。
 先ほどの講評でも、書きづらい場面を書かないとダメだという話がありました。昨日も、書きたい場面だけ書いていたら成長できないというお話がありましたね。


井上 提出していただいたものを読んでいても、やっぱりみなさん、一番難しい、書きづらいところを避けている感じがあるんですね。書きやすいところだけをちょんちょんと書いているというか。ここは難しいなと思うところこそが肝で、たぶん自分の中の触れたくないところに触れるんだと思うんです。掘り起こしたくないものが出てきちゃうところこそが、大事なんだと思います。

――たしかにそうですね。角田さんは『坂の途中の家』(朝日文庫)のように重苦しい、書くのがつらそうな小説を、よく書けるなと思ってしまいます。

角田 いや、私はつらくないんです。書いていて、主人公に感情移入はしないので。イヤな話だなとは思いますけど(笑)。ゲラを読んでいても、そんなに引きずられることはないですね。

――江國さんはいかがですか。

江國 そうですね、書きたくないことはあんまり書かないけど、でも角田さんと同じように、つらい場面を書くことは別につらくないですね。距離を保てないと小説は書けないかな。ある人物にひどいことがどんどん起こって、それで胸を痛めていたら、小説は書けないと思います。

◆自分にないもの三景/『彼の女たち』に見る作家の個性/自分のチャレンジを見つけて

――みなさんそれぞれ、お互いの作品を見て「ここは真似できない」「ここがすごい」と思う部分はありますか。お互いに褒め合うのはやりづらいかもしれませんけど(笑)。

井上 うまく説明できないんですけど、江國さんの「あげは蝶」(新潮文庫『すいかの匂い』所収)という短篇がね、新幹線の中で小さい女の子が、お母さんの実家へ一緒に帰郷するんですよね。そこで、ちょっとうらぶれた感じの蓮っ葉な女と乗り合わせるんです。その女の人の体のどこかに、蝶のタトゥーが入っているという。その女の子は、いつもお母さんから「うちは華族の家系だから」と言われていて、ちょっとそれにイヤな感じを抱いているんだけど、その子がタトゥーを入れた女と会って話して、そのタトゥーを見せてもらった後に、「うちは華族の家系なんだよ、と、彼女の刺青とつりあうようにそう言ってみた」とあるんですよ。ここでこう言っても、読まないとわからないかもしれないけど、その女の子が持っている華族に対する屈託というか、かすかに思っている反感がそのひと言でガッと出てくるというのがね、すごいと思います。

江國 3人一緒に参加したアンソロジーの『彼の女たち』(講談社文庫。角田光代、井上荒野、江國香織、唯野未歩子、嶽本野ばら)という、ひとりのロックミュージシャンをめぐる5人の女を描いた作品があるんですけど、そのとき角田さんが正妻の話を書いたんですね。その、妻の短篇は本当に悲しいわ怖いわ、自分には絶対に書けないと思いました。他の誰が書くよりよかったよね、あれ。

井上 そうそう。そのロッカーに狂っちゃって、どんな手を使ってでも近づこうとするのね。狂ったようなダイエットをして、毎日わかめしか食べないとかね。そういうディテールがすごいんですよね。

江國 そのロッカーが落ちぶれちゃって、復活ライブをやるんだけど、昔みたいにお客さんが来ない状況で、妻がチラシを配るときのいじましさが、読むと胸を締め付けられるんですよね。

角田 その短篇集は、3人それぞれの自分らしさがすごく出ているんですよね。私は、彼女がどんな髪型をしていてどんな紙袋を持っていて、ニーソックスをはいているとか、隅々まで書いて、追い詰めるような書き方をしてしまうのが自分ではイヤなんです。でもお2人は、そこまでみっちりは書かないんですけど、それぞれ奇妙な光景を見せる。書き込まないからこそ見えてくる景色があって、その色合いの違いが見えてくるのが面白い短篇集になったと思います。

江國 野ばらさんや唯野さんのカラーもよく出ていて、いいですよね。

――ではそろそろ時間がなくなってきました。質疑応答に入りますが、ひとりぐらいしか取り上げられないと思います。我こそは、という方は挙手をしてください。では早くも手の挙がった村上君、どうぞ。

テキスト提出者・村上啓太さん 小説家として成長していく、ということはプロの作家として意識されているのか、お伺いしたいです。自分はこういうものしか書けないので、その状況を打破したいと思っているんですけど、みなさんもそのような状況になられたことはあるのでしょうか。

江國 それは今も毎回思っています。新しいことがしたいし、このままじゃダメだと思う。もっと昔だったら、最初は一人称でばかり書いていたので、三人称で書くのが苦手だったんですね。その当時の私だと、神の視点みたいに都合よくなってしまう。それじゃダメだ、と思って意識して書いたのが『ホリー・ガーデン』(新潮文庫)だったりとか、子どもの本の文体で恋愛をあえてつまびらかに書いてみようとか、そういうことはずっと考えています。これからも考えなくちゃいけないなと考えています。
 さっき、このまま行ったほうがいいかもしれない、と申し上げましたけど、ご自分の中にそのような迷いがあるのでしたら、違うものを書いてみてもいいかもしれないです。あの世界にはすぐに戻れるのですし、そんなにカルトでなくてもいいと思います。

角田 私は作家には完成型と成長型があると思っていて、江國さんと荒野さんは完成型だと思うんです。デビューしたときから、お二人はそれぞれの文体でした。その中で、本人たちはいろんなことにチャレンジしてると思うんですけど、それは読み手にはなかなかわからない。で、私はたぶん成長型なんですよ。デビューしたときの文体と今ではものすごく違うし、書こうとしているものも全然違う。それは行き詰まってしょうがなく変えているんですね。その点で私はこのお二人とは違う。
 たぶん、お聞きしたいことは、成長型になったほうがいいでしょうか、ということだと思うんですけど、完成型の人が成長型になることはないので、ご自身の文体で書き続けるしかないと思います。ご自分のチャレンジを見つけて、自分の文体で書くほうがいいんじゃないかと思います。

井上 私もそう思います。お二人がおっしゃる通りですね。ご自分のやり方で、ご自分の文章を書いていっていただきたいです。

――では、まだまだお聞きしたいところですが、残念ながら時間となりました。今日は本当にありがとうございました。
(場内大拍手)
   

 

【講師プロフィール】
◆角田光代(かくた・みつよ)氏
1967年、神奈川県生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞を受賞する。そのあとも「ロック母」(川端康成文学賞)『八日目の蝉』(中央公論文芸賞)『ツリーハウス』(伊藤整文学賞)『紙の月』(柴田錬三郎賞)『かなたの子』(泉鏡花文学賞)と受賞作が続く。小説のほかに旅のエッセイや書評集もある。文學界新人賞、文藝賞、すばる文学賞、小説現代長編新人賞などの選考委員を務める。

●源氏物語(河出書房新社)池澤夏樹編集 日本文学全集 角田光代翻訳
上巻 https://www.amazon.co.jp//dp/430972874X/
中巻 https://www.amazon.co.jp//dp/4309728758/
下巻 https://www.amazon.co.jp//dp/4309728766/

●幸福な遊戯(角川文庫)※海燕新人文学賞受賞 
https://www.amazon.co.jp//dp/4043726015/

●まどろむ夜のUFO(講談社文庫)※野間文芸新人賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B00K6AGFEY/

●対岸の彼女(文春文庫)※直木賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B009FUWQ8K/

●ロック母(講談社文庫)※川端康成文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062766701/

●八日目の蝉(中公文庫)※中央公論文芸賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B00AQY9790/

●ツリーハウス(文春文庫)※伊藤整文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/416767209X/

●紙の月(ハルキ文庫)※柴田錬三郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4758438455/

●かなたの子(文春文庫)※泉鏡花文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4167672103/

●坂の途中の家(朝日文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4022649089/

●彼の女たち(講談社文庫)
アンソロジー 角田光代、井上荒野、江國香織、唯野未歩子、嶽本野ばら 共著
https://www.amazon.co.jp//dp/4062772434/

◆井上荒野(いのうえ・あれの)氏
1961年、東京都生まれ。成蹊大学文学部英米文学科卒。89年「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞を受賞するが、その後小説を書けなくなる。2001年に『もう切るわ』で再起。04年『潤一』で第11回島清恋愛文学賞、08年『切羽へ』で第139回直木賞、2011年『そこへ行くな』で第6回中央公論文芸賞、16年『赤へ』で第29回柴田錬三郎賞を受賞する。著書に『ベーコン』『夜を着る』『雉猫心中』、『つやのよる』、父・井上光晴の同名の作品へのオマージュ『結婚』などがある。

●あちらにいる鬼(朝日新聞出版)
https://www.amazon.co.jp//dp/4022515910/

●もう切るわ(光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334737692/

●潤一(新潮文庫)※島清恋愛文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101302510/

●切羽へ(新潮文庫)※直木賞受賞  
https://www.amazon.co.jp//dp/4101302545/

●そこへ行くな(集英社文庫)※中央公論文芸賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4087452123/

●赤へ(祥伝社)※柴田錬三郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4396634986/

●ベーコン(集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B00P27TQRE/

●夜を着る(文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4167737035/

●雉猫心中(新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101302553/

●つやのよる(新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101302561/

●結婚(角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041038081/

◆江國香織(えくに・かおり)氏
1964年、東京都生まれ。89年「409ラドクリフ」でフェミナ賞、92年『こうばしい日々』で坪田譲治文学賞、『きらきらひかる』で紫式部文学賞、99年『ぼくの小鳥ちゃん』で路傍の石文学賞、2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、04年『号泣する準備はできていた』で直木賞、07年『がらくた』で島清恋愛文学賞、10年『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文芸賞、12年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞受賞。小説以外に詩作や海外絵本の翻訳も手掛ける。

●こうばしい日々(新潮文庫)※坪田譲治文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339120/

●きらきらひかる(新潮文庫)※紫式部文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339112/

●ぼくの小鳥ちゃん(新潮文庫)※路傍の石文学賞受賞  
https://www.amazon.co.jp//dp/410133918X/

●泳ぐのに、安全でも適切でもありません(集英社文庫)※山本周五郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4087477851/

●号泣する準備はできていた(新潮文庫)※直木賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339228/

●がらくた(新潮文庫)※島清恋愛文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339260/

●真昼なのに昏い部屋(講談社文庫)※中央公論文芸賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062774720/

●犬とハモニカ(新潮文庫)※川端康成文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339287/

●つめたいよるに(新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339139/

●あげは蝶(新潮文庫「すいかの匂い」所収)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339163/

●ホリー・ガーデン(新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339147/

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