江國氏「誰もが共感できるんだったら、その小説でなくてもいいと思います」
井上氏「小説を書くというのは、答えを提示することではなくて、その答えに近づいていくことだと思うんです」
角田氏「小説の中に音楽を出すのはいいけど、歌詞を持ってきちゃうと、小説が歌詞に負けちゃうんです」



 11月の講師には、角田光代(かくた・みつよ)氏、井上荒野(いのうえ・あれの)氏、江國香織(えくに・かおり)氏のお三方をお迎えした。
 角田氏は1990年に「幸福な遊戯」で第9回海燕文学新人賞を受賞。2005年に『対岸の彼女』で第132回直木賞を受賞。井上氏は1989年、『わたしのヌレエフ』で第1回フェミナ賞を受賞。2008年『切羽(きりは)へ』で第139回直木賞を受賞。江國氏は1987年の『草之丞の話』で童話作家として出発、のち小説にも進出し、2004年『号泣する準備はできていた』で第130回直木賞を受賞。現代日本の文壇を代表する、人気女性作家3人がそろい踏みする豪華な講座となった。
 また、木場篤氏(ホーム社)をゲストとしてお迎えした。

 講座の冒頭では、世話人の池上冬樹氏(文芸評論家)がマイクを取り、講師を紹介した。
「去年に続き、今年も角田さん、井上さん、江國さんのお三方をお招きすることができました。受講生のみなさん、講師のお話をたくさん聞きたいでしょうから、あいさつはこれぐらいにして、さっそく講評に入りたいと思います」

 今回のテキストは、小説が4本。

・佐藤初枝『鮎のジェラート』(12枚)
・村上啓太『ウルガと地獄の太陽』(27枚)
・円織江『落葉』(37枚)
・川股彩『透明少女』(27枚)

◆佐藤初枝『鮎のジェラート』(12枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10679851
 道の駅でアキナは、友達のミチルと待ち合わせをした。ミチルは高校時代から天真爛漫なところがあり、変わっていないように思えた。クラフトフェアを見た後、ミチルが結婚するとアキナに伝えた。その時、ウエディングケーキを手作りしたいと、相談してきた。アキナは、半年前に結婚したサツキと張り合ってるのではと感じ、思わず『鮎のケーキ』はどうかと答えてしまう。

・池上氏の講評
 たいへん面白く読みました。微妙な関係を、ケーキなどの小道具を用いて、ふたりの距離をうまく測定しています。ただ、短い。もう少し長さがあってもいいでしょう。ただね、ジェラートを食べてからラーメンを食べるというのはね、これはちょっとわからないな。順序が逆なんじゃないかな(笑)。

・江國氏の講評
 ジェラートの後のラーメンは、私は全然アリだと思います(笑)。女性の感情やイヤな感じを書くのは上手だと思ったんですが、むしろ語り手のほうがイヤなやつかもしれない。みんなちょっとイヤなやつですね。
 これは上手ではあっても、小説の中の1エピソードという感じで、きれいにオチはついていますが、これだけだとちょっと物足りないかな。テーマではなく彩りのひとつというか、物語がある中でこの人物たちがどういう人か知らせてくれる、とても効果的な一場面という形に持っていってくれると、小説としてもっとふっくらすると思います。

・井上氏の講評
 私もそう思います。これは小説ではなくて、ひとつのエピソード、ひとつの素材ですね。ミチルみたいな女を書こうとするのであれば、なぜそのような女を書きたいのかを考えていただきたいです。これは単なる情景描写であって、小説にはなっていないと思います。
 あと、これはどうでもいいことかもしれないんですけど、鮎のジェラートを食べたときはお互いに「おいしいね」と言っていたのに、ケーキも鮎にしたら、と言ったらこれで友だちをやめる理由になってしまうんですよね。ここはちょっと、私にはよく理解できない。そういうことがあってもいいんですけど、自分にとってそれはどういう出来事として書きたいのか、そこが見えてこないんですね。ですから、私にはこれは報告とか日記としてしか読めませんでした。

・角田氏の講評
 鮎のジェラートっていうのが微妙に気持ち悪くて、小道具としてすごく利いてるな、と思ったんですけど、これだけだとミチルという人の悪口で終わっちゃうかなと思ったんですね。こういう人を書くときは、もっとよく観察して。たとえば作者個人としてもミチルはあまり好きじゃないと思うんですけど、どこが嫌いなのか、もっともっと細かく観察して、そして一旦自分がミチル側の気持ちになってみて。なぜミチルは毎回遅刻するのか。たぶん相手より優位性を示したいから遅刻するんですけど、その間ミチルは何をしているのか、どこかで時間をつぶしているのか、そもそもなんで相手を待たせることで優位に立てると考えるような思考回路を持つ人間なのか。そこをもっとミチルの気持ちになって考えると、人物像がふくらむと思うんですね。
 語り手の人物も、毎回遅刻してくるミチルになぜ文句のひとつも言わずにつきあうのか、多少の悪意を持ちつつ関係を切れないのはなぜなのか、書かなくてもいいので全部自分の中で考えて考えて、ひとつひとつの行動に理由をつけていくことで、人と人との関係が書けると思います。

◆村上啓太『ウルガと地獄の太陽』(27枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10679808
 ウルガは地獄に落ちた。そこでウルガは、ローリー・ミリペンフェンベルンとリュシャニに出会った。しかし、そこには、圧倒的な強さを誇る、これまでに誰も敵うことのなかった地獄の太陽もいた。
 地獄は、想像していたような世界ではなく、とても快適だった。ウルガには大事な友達もできた。しかし、地獄の太陽は全てを焼き尽くし、永久に呪いをかける。ローリー・ミリペンフェンベルンとリュシャニの導きで、情熱の赤い体、turned redとなったウルガは、現実とも地獄ともつかぬ境地の中で、全てをブチ壊そうとする興ざめ至極な邪悪な太陽に立ち向かっていった。

・池上氏の講評
 僕は村上君の原稿をたくさん読んでいますが、毎回こういう感じでね、最初は抵抗を感じるんだけど、慣れてくると非常に馬鹿馬鹿しくて面白くてね。このエネルギーたるや大変なもので、言葉のイメージを壊していく、意味を逆転させる、それを最初から最後までやりながら、自分で自分にツッコミを入れる漫才みたいなところもあって、それでいて崇高な目的のために書いているような感じもある。
 自分が持っているイメージや価値観を変えていく力はあるんですけど、でも独り善がりな部分があって、妄想の域を出ていないところがあるので、そこをどううまくコントロールしていけばいいのか、みなさんにおうかがいしたいと思います。

・井上氏の講評
 去年も村上さんの作品を読みまして、引き続き思ったんですけど、ご自分の文体をお持ちなんですよね。多少は既成の作家からの影響も感じるんですけど、独特のものを持ってらして、そこがチャーミングで、読ませる力を持ってらっしゃると思います。
 ただ、やっぱり何が言いたいのかわからない。全部同じトーンで書かれているので、この長さでも途中でちょっと飽きてくる。同じことがずっと繰り返し書かれているように感じるんですね。
 筋がないのはそれでもいいんですけど、私の考えだと、どこかでひとつ現実との通路みたいなものがあれば、いいと思うんですよね。去年も言ったんですけど、この文体で、妄想の地獄の話じゃなくて、普通の話を書いたら、そっちのほうが面白いんじゃないでしょうか。無茶苦茶な文体で無茶苦茶なことを書くというのは、面白さが半減するような気がします。

・角田氏の講評
 去年も読んだ同じ人の作品だ、ということがすぐわかる、ということはやはり文体があるし、独自の世界があるんだと思います。そして、もしかしてこういうものしか書けないんじゃないか、とも思う。「しか書けない」という表現だと、否定的に聞こえるかもしれませんが、それは文体というか、個性がすでに確立されているということです。
 やっぱりね、ちょっとメリハリがなさすぎて、荒野さんが今おっしゃったように、現実との通路が一切ないまま、どこにもない世界を書いていますね。そうするのであれば、読者にもっとその世界を見せなければいけないと思うんですね。その意味ではちょっと不親切かなと思いました。
 自分ツッコミが多いんですよね。それが、突っ走っていくのを自分で止めちゃうので、すごくよくないと思います。照れが見えてしまって、せっかく書いている世界を台無しにしちゃうと思うんですね。
 地獄に堕ちた主人公が、自分がなぜ地獄に堕ちたのか、何が善で何が悪なのか、わからなくなるところがありますね。そこが現実との通路になり得ると思うので、そういう、読者がわかるところを作っていくと、物語に引き込むことができると思います。

江國氏の講評
 難しいですね、これ確かに、普通に考えたら現実との通路が必要だし、荒野さんがおっしゃるように、この文体で日常的なことを書かれたら別の面白さが出るだろうとも思うんだけど、一方で、このまま行ってもいいかもしれない。このまま行って、ちょっと変わった作家になる方がいいのでは、と去年も思ったんですよね。
 もちろん正解なんてないから、本人が望む方に行くしかないんだけど、もしこのまま突っ走っていくのであれば、このラストは納得いかないですね。よくわからない世界にいきなり放り込まれて、長くて変だけど風情がある名前の人物たちが、物語に風味を与えていて、どんどん引き込まれるんですけど、そこで自分ツッコミを入れると、角田さんもおっしゃる通り、急に現実に引き戻されちゃうので、もっともっと引き込み続けて、最後はちょっとカタルシスを与えてほしいと思います。

◆円織江『落葉』(37枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10510281
 竹内美月は不妊治療をしているが、なかなか成功しない。夫の聡がもうやめようと言っても聞かず、成功するまで続けようと思っている。しかし年齢的にも経済的にも限界が近づいていた。治療に疲れ果てた聡が、風俗に通っていたことが発覚するが、それでも美月は諦めきれず、聡に精子の採取を頼む。聡はあきれて家を出るが、その後、美月は、聡なしで子供を授かる道を見出す。

・木場氏の講評
 きちんと書かれている、と思いました。主人公が追いつめられていく、その中での女の本能のようなものがよく描かれていると思います。
 ちょっと残念だなと思ったのは夫のほうですね。係長になって、プロジェクトに参加して、忙しくて疲れていって、風俗に走って。こういう人はいるでしょうしリアルではあるんですけど、それ以上のものがこちらに届いてこない。夫の人物像らしいものが、まるで見えてこないのが残念でした。あと、最後に子どもができてからの部分は説明でしかないので、美月の決意を言葉でそのまま表すのではなく、風景や態度で見せてくれたほうが、彼女の気持ちが読者にも理解できたのではと思います。

・池上氏の講評
 僕も同感です。言葉で心理を説明しすぎですね。これは説明をしないで、場面で描いたほうがよかったと思うし、ラストの落ち葉のシーンも、これから大変な未来が待ってますよという、よくあるパターンだなと思うんですね。こういう定型ではなく、もっと違うところに持っていってほしい。子どもがほしいという気持ちはわかるんですけど、できなかったとしても養子を迎えるなどのやり方もあるでしょうし、主人公がここまでこだわる気持ちが、やはり男としては怖いですね(笑)。ここまでやられたら男は引くでしょうし、難しい部分だと思います。
 全体としては、もう少し長くてもよかったのではと思います。この筆致でもっと書き込んでいけば、より面白くなるのではないでしょうか。

・角田氏の講評
 私も30代から40代のときに、周りのお友だちでこの問題に悩む人がすごく多かったので、題材として今日的だし、興味を持つ読者も多いと思います。すごくうまく書けていると思うんですけど、主人公の美月が、最初から最後まで「子どもがほしい」という気持ちのピークのままなんですよね。最初は、もっと普通のテンションで、結婚したら自然に子どもができるだろうと思っていた、ぐらいのところから始めて、どこかで、どうしても子どもがほしいと思うようになるきっかけがあると、小説として効果的かなと思います。
 この作者の方がうまいなと思ったのは、よくあるのが、義母とかがせっついて焦るというパターンなんですけど、そういうありがちすぎることは書かれていないのが、いいと思います。ただ、ここまで思い詰めてしまうきっかけがほしいですね。ほかの人には全然共感できないような、たとえば若い男の子が小さな子どもをあやしているのを見たとか、あるいは子猫が犬に育てられている動画を見てしまったとか、そういうことで、ふと異様に母性が刺激される。万人が共感できるようなことではつまらないので、何か特異なところで「子どもがほしい」という気持ちが高まるようにすると、読者が物語に入り込みやすいかなと思います。

・井上氏の講評
 ありふれた話なんですよね。当事者にとって切実なのはわかるんですけど、こういう話が世の中にはいっぱいあるし、あらすじを読んだ時点でどういう話なのかすぐわかる。読み終わっても、あらすじを読んで思ったこと以上の感慨は持ちえないんですよ。
 これはある種の狂気の話だと思うんですけど、それにもかかわらず薄ぼんやりした感じがする。どうしてかというと、ありふれた狂気なんですよね。子どもがほしくて夫に毎日精子を取る容器を差し出すとか、そういう狂気を作者がどう捉えているか、ということが見えてこないんですね。その狂気を、ある種の前向きに生きる欲望としてポジティブに捉えることもできるでしょうし、あるいは単なるホラーみたいに捉えるやり方もあるでしょう。作者がそれをどう描きたいのか、わからないんですね。
 この女の身に起きたことが順を追って書かれているだけなので、もっと余分なことが必要だと思います。さっき角田さんもおっしゃったように、子どもがどうしても欲しくなるきっかけだとか、あるいは妊娠とは関係ないところでこの人に風景がどう見えているのかとか。そういう、本筋とは関係ないんだけど、その人がいつもどうものを見てどう考えて生きているのか、伝わるようにしてほしいと思いました。
 それにしても、このままだとよくある話で終わってしまうので、私がこういう題材で書くとしたら、最後に精子を提供した彼の視点で書きますね。彼の視点から彼女の狂気を描いていくとか、いろんな書き方ができるので、そういう方法も考えてみてはと思います。

・江國氏の講評
 上手だし、ちゃんと恐ろしい話になっているなと思いました。でも何ていうのかな、最後のほうで、コンビニの青年にそのことを持ちかけて、「何ですか、それ」と言ったあとに1行空きで「その年の秋」っていうふうになっていますね。ここってすごく難しいじゃないですか。あまり親しくない人に、お金をあげるから精子を提供してくれないかって頼んでも、相手はあまり即答はしないでしょうし、じゃあ何分後だったのか、それとも何日か考えたのか。そこを、1行空きで済ませてしまうのは、小説としてよくないと思いました。
 読んだ人に、「女は怖いな」と思わせるだけでいいんだったらいいんですけど、小説ってもっと複雑でもっと肉がついたものではないかと思うんです。その意味では、これは小説にはなっていないなと思いました。
 共感できちゃうところが、弱いんだと思う。この女の人の気持ちも、男の人の気持ちもわかるし、一番わからないのは、コンビニの青年が急に「精子を提供してくれ」と言われて応じるところですね。好意なのかあるいはお金の事情なのか、そこに小説が生まれる土壌があるんです。誰もが共感するんだったら、その小説でなくても良いというか。
 これは上手に書かれ過ぎていて、ちゃんと恐ろしい話になっていて、みんなが同じように「怖いな」と思う。それだけだと、小説としては肉が薄いというか、骨しかないという気がしました。

◆川股彩『透明少女』(27枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10679880
 二十八歳の池尻あかりは大学時代の同級生、灯志と八年の交際を経て結婚した。その結果、あかりは仕事を辞め、家庭に入った。長い付き合いの中でお互いの良し悪しをわかった上での結婚生活は順調であったが、その順調を作っているものの存在を、日々の生活が続けば続くほど、あかりは気づいていく。見て見ぬふりをしながら。しかし、彼女の平らな心の中には一人の少女が宿っていた。

・木場氏の講評
 これはなかなか難しいなと思ったんですけど、設定としては、ごくありふれた新婚夫婦ですよね。8年つきあって結婚して、その中で今まで見なかったものを見ながら、それが自分に跳ね返ってくるということだと思うんですけど、この作品に限らず、ものを書くときに、「普通」の家庭はない、と思ってもらいたいと思います。普通の夫も普通の妻もいないし、みんな特殊なんですよね。似通った共通点はあるとしても、自分が書くときには、これは絶対に特別だ、みんながやっているようなことをやっていても違うんだ、ということを、書き手にはしっかり見てほしいです。こういう家なんだ、ということを、たとえば家の中のディテールをこと細かに書く必要はないんですけど、書き手に見えていないと、読者にはもっと見えません。ですから、本当にこの言葉で届いているのか、考えてください。
 みんな、書き終えたときは「うまく書けたな」と思うものなんです。でも、全然知らない人がこれを読んで、同じ景色が見えるのか、同じふうに感じるのか、もう一回別の視点で考えてほしいと思います。それが、推敲ということだと思います。

・池上氏の講評
 僕はなかなかうまいと思いました。風景と少女と心理の距離測定が明確で、音楽の出し方もうまくて、きちんと心の中を出して、それをみんなに伝えている。言葉で言い尽くさないで、省略を利かせて、すっと切り上げている部分もいいです。
 なかなかいいと思ったんですけど、でもやっぱりもうひとつ、何か強く印象に残るものがほしいですね。綺麗に綺麗に、うまくまとめた作品だという感じを受けました。

・江國氏の講評
 たしかに、はっきり「こう」と言えない、いろんな感情とか、時間の流れとか、微妙なものをいろんな形で捉えようとしているところは、よかったと思います。
 ただ、ときどき説明しちゃうんですよね。たとえば9枚目の、「何も答えられなかった理由は、かつて少女だったあかり自身が、今も殆ど何も変わっていないことに、打ちのめされたせいであったのだ」とか、6頁目の「あかりは、自分の望みが本当に「自分の」ものなのかわからなくなっていたのだった」とか、全体的には注意深くそれをわからせるような書き方をきちんとされているのに、どこか読者を信じ切れなくて、つい書いちゃうんだと思うんですけど、それは取ったほうがいいと思いました。
 それと、ちょっとだけわかりにくい文章がいくつかありますが、その辺は注意深く読みながら書けば、もっと整理できるのではないか。書くのがもどかしいタイプの小説だと思うんですけど、もどかしいものをもどかしいまま、もう少し長くキープしてほしいです。このボリュームだと、なんとなく雰囲気がある話だったね、と共感されてしまう。もっと強く、この小説の中だけに存在する人や世界を描いてほしいなと思いました。

・井上氏の講評
 私も江國さんに全面的に賛成です。すごく微妙な、小説でしか書けないことを書こうとされているのはわかるんですよね。それが小説を書くということだと思うし、そういう書き方をこれからもしていってほしいと思います。ただ、江國さんの言うとおり、途中で説明するひとことがある。そうすると、そこで物語の奥行がぱたっと止まってしまう。なるほどそういうことか、っていうふうに思ってしまう。
 そうじゃなくて、結婚生活の違和感ってもっと複雑なことだと思うんですよね。人によってちょっとずつ違うし。私もわかりますよ、結婚してるから(笑)。芽が出た玉ねぎのことみたいなのが、結婚生活の中にいっぱいあるわけですよね。それを小説に書こうと思ったときに、「ああ、もう私は少女ではない」っていうふうな答えを、最初から決めて書かれていると思うんですよね。これは、決めないで書いたほうがいいと思うんですよ。この違和感は何なんだろう、と思いながら場面を想像していく。そうすることで、答えを出さなくても、その違和感の核心に近づいていくことはできると思うんです。
 小説を書くというのは、答えを提示することではなくて、その答えに近づいていくことだと思うんですよね。だから、最後まで読んで、読者はいろんなことを考えます。いろんなことを考えさせる小説のほうが正しい、と私は思うんです。
 少女というモチーフは、ちょっとありきたりだと思いますね。たとえば、少女を思いついたときに、真逆のものを考えてみてはいかがでしょうか。たとえば道で見かけた、うらぶれたおじさんとか(笑)。なんでそのおじさんが気になるんだろう、とかそういう方向で考えていったほうが、小説は面白くなる。これはひとつのテクニックですが、誰もが思いつくようなモチーフは裏返して考えてみると、面白い小説になるんじゃないかと思いました。

・角田氏の講評
 私も、言葉にならないようなささやかな違和感だとか、定義できない他者とのズレみたいなものがよく書けていると思いました。夫がなぜ、芽が出た玉ねぎは食べられない、ということにこだわるのか、そこを説明しないことで、他人との小さな違いを融通したり受け容れたり押し付けたりしながら生きていくしかない、ということを象徴してくれているんです。だから、心情を説明してしまうと、すごくもったいないなと思います。よくできているから、余計に。
 これは私の個人的な意見なので、ほかの人はどう思っているかわからないんですけど、タイトルに既存の歌の題名をそのまま使うのは、私はよくないと思っているんです。いいという人もいるかもしれないんですけど、私が審査委員をやるとして、候補作の中に歌のタイトルをつけている作品があったら、私はマイナスをつけてしまいます。プラスをつけるという人もいるかもしれませんけどね。
 あと、中に1行だけだけど歌詞が出てきますよね。これは私も昔やりましたけど、やらないほうがいいです。なぜなら、歌詞を1個だけ持ってくることによって、小説が歌に負けちゃうんです。ナンバーガールを入れるのはいい。この小説を読めば、ナンバーガールを知らない人でも、どういう音楽でどういう世代の子が聞いていたのかわかるから、ナンバーガールは入れてもいいと思う。でも歌詞を持ってきちゃうのはよくない、というのが、私の経験上、思うことです。

※以上の講評に続き、後半では「作家向きの性格」についてや、もしも小説家にならなかったら何をしていたか、それぞれの生活サイクルなどについて、池上氏の司会のもと、幅広くお話しいただきました。その模様は、本サイト内「その人の素顔」にてアップいたしますので、ご覧ください。

【講師プロフィール】
◆角田光代(かくた・みつよ)氏
1967年、神奈川県生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞を受賞する。そのあとも「ロック母」(川端康成文学賞)『八日目の蝉』(中央公論文芸賞)『ツリーハウス』(伊藤整文学賞)『紙の月』(柴田錬三郎賞)『かなたの子』(泉鏡花文学賞)と受賞作が続く。小説のほかに旅のエッセイや書評集もある。文學界新人賞、文藝賞、すばる文学賞、小説現代長編新人賞などの選考委員を務める。

●源氏物語(河出書房新社)池澤夏樹編集 日本文学全集 角田光代翻訳
上巻 https://www.amazon.co.jp//dp/430972874X/
中巻 https://www.amazon.co.jp//dp/4309728758/
下巻 https://www.amazon.co.jp//dp/4309728766/

●幸福な遊戯(角川文庫)※海燕新人文学賞受賞 
https://www.amazon.co.jp//dp/4043726015/

●まどろむ夜のUFO(講談社文庫)※野間文芸新人賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B00K6AGFEY/

●対岸の彼女(文春文庫)※直木賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B009FUWQ8K/

●ロック母(講談社文庫)※川端康成文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062766701/

●八日目の蝉(中公文庫)※中央公論文芸賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B00AQY9790/

●ツリーハウス(文春文庫)※伊藤整文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/416767209X/

●紙の月(ハルキ文庫)※柴田錬三郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4758438455/

●かなたの子(文春文庫)※泉鏡花文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4167672103/

●坂の途中の家(朝日文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4022649089/

●彼の女たち(講談社文庫)
アンソロジー 角田光代、井上荒野、江國香織、唯野未歩子、嶽本野ばら 共著
https://www.amazon.co.jp//dp/4062772434/

◆井上荒野(いのうえ・あれの)氏
1961年、東京都生まれ。成蹊大学文学部英米文学科卒。89年「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞を受賞するが、その後小説を書けなくなる。2001年に『もう切るわ』で再起。04年『潤一』で第11回島清恋愛文学賞、08年『切羽へ』で第139回直木賞、2011年『そこへ行くな』で第6回中央公論文芸賞、16年『赤へ』で第29回柴田錬三郎賞を受賞する。著書に『ベーコン』『夜を着る』『雉猫心中』、『つやのよる』、父・井上光晴の同名の作品へのオマージュ『結婚』などがある。

●あちらにいる鬼(朝日新聞出版)
https://www.amazon.co.jp//dp/4022515910/

●もう切るわ(光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334737692/

●潤一(新潮文庫)※島清恋愛文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101302510/

●切羽へ(新潮文庫)※直木賞受賞  
https://www.amazon.co.jp//dp/4101302545/

●そこへ行くな(集英社文庫)※中央公論文芸賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4087452123/

●赤へ(祥伝社)※柴田錬三郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4396634986/

●ベーコン(集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B00P27TQRE/

●夜を着る(文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4167737035/

●雉猫心中(新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101302553/

●つやのよる(新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101302561/

●結婚(角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041038081/

◆江國香織(えくに・かおり)氏
1964年、東京都生まれ。89年「409ラドクリフ」でフェミナ賞、92年『こうばしい日々』で坪田譲治文学賞、『きらきらひかる』で紫式部文学賞、99年『ぼくの小鳥ちゃん』で路傍の石文学賞、2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、04年『号泣する準備はできていた』で直木賞、07年『がらくた』で島清恋愛文学賞、10年『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文芸賞、12年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞受賞。小説以外に詩作や海外絵本の翻訳も手掛ける。

●こうばしい日々(新潮文庫)※坪田譲治文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339120/

●きらきらひかる(新潮文庫)※紫式部文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339112/

●ぼくの小鳥ちゃん(新潮文庫)※路傍の石文学賞受賞  
https://www.amazon.co.jp//dp/410133918X/

●泳ぐのに、安全でも適切でもありません(集英社文庫)※山本周五郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4087477851/

●号泣する準備はできていた(新潮文庫)※直木賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339228/

●がらくた(新潮文庫)※島清恋愛文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339260/

●真昼なのに昏い部屋(講談社文庫)※中央公論文芸賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062774720/

●犬とハモニカ(新潮文庫)※川端康成文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339287/

●つめたいよるに(新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339139/

●あげは蝶(新潮文庫「すいかの匂い」所収)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339163/

●ホリー・ガーデン(新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339147/


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