「何かを信じる気持ちを描くのであれば、信じていなかったところを強調しないとダメなんです。マイナスからプラスへの転換を劇的にやることで、物語が動きます」

 10月講座(11月4日開催)の講師には、堂場瞬一先生をお迎えした。

 1963年茨城県出身。2000年に『8年』で小説すばる新人賞を受賞し小説家デビュー。『刑事・鳴沢了』『アナザーフェイス』『警視庁失踪課』ほか、警察小説の分野で多くのシリーズを同時展開し、またスポーツ小説でも健筆をふるう、当代屈指のベストセラー作家である。
 また今月は、ゲストとして武田昇氏(文藝春秋)、東郷雄多氏(文藝春秋)、戸田涼平氏(講談社)、金森航平氏(中央公論新社)、齋藤謙氏(KADOKAWA)をお迎えした。
 講座の冒頭では、まず世話役の池上冬樹氏がマイクを取ってあいさつをし、続いて堂場氏がマイクを取った。

「堂場瞬一と申します。前にこの講座に来たのは3年前でした。今回が3年ぶり、3回目となりますね。高校野球みたいな言い方になりますが(笑)。前回とは受講生のみなさんの顔ぶれもまた変わっているようですので、私も新しいお話ができればと思います。今日はよろしくお願いします」

 今回のテキストは、小説が3本。

・佐藤祐『責任と倫理と対立と』(20枚)
・雲原つばき『秋晴れ野原に雨の降る』(34枚)
・乗鞍恒成『ヘマチョウさん』(80枚)

◆佐藤祐『責任と倫理と対立と』(20枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10459801
 会社経営者の須田は、海外の顧客と取引を進めていた。しかし、相手側の言葉を喋ることができないため、通訳のアルバイトを雇っていた。そのアルバイトが、顧客が来日する大事な日に、謎の欠勤をする。恐る恐る空港に迎えに行く須田だったが、現れたのは日本語が喋れる人だった。一安心するも、その後の接待で、またしても焦る事態においこまれてしまう。

・武田氏の講評
 テーマは現代的な問題点を取り上げられていますし、それぞれの人物を面白く描写しようとする意図も感じられました。
 ただ、いくら経営者が忙しくて周りが見えていなかったとしても、オチはこれでいいのかな、という思いがあります。一番感じたのは、先方の外国人であるフィリップスさんに、いろいろ背負わせすぎだということですね。空港から出る車の中で、通訳のケイトさんを見かけるというのも都合が良すぎます。ずっと不在のケイトですが、会社でない場面である最後に登場させてもいいのではないでしょうか。
 あと、僕の読み方が悪かったのかもしれませんが、秘書の平嶋が男か女かなかなかわからなかったんです。最初に出てくるときに下の名前を入れたほうがよかったかもしれません。

・東郷氏の講評
 武田さんもおっしゃいましたが、ブラック企業経営者というのは現代向きのテーマです。それぞれのキャラクターも立っています。
 ただ、ケイトのアパートが空港の近くだというのはさすがに都合が良すぎるし、途中に出てくるケイトの目撃談は、ないほうがスムーズなのではないでしょうか。
 ケイトとフィリップスの間に、何か信頼関係ができているニュアンスがあればよかったと思います。ケイトはここまでにかなり労力をかけていたでしょうし、そこが描けていればもっと面白くなったのではないでしょうか。

・金森氏の講評

 私は27歳でゆとり世代なので、こういうコンプライアンス問題やブラック企業叩きは好きですね(笑)。20枚という少ない分量できちんと社会性が描かれており、作者は真面目な方なんだろうなと思って読みました。
 ただ、真面目さのあまりか、テーマがまっすぐに伝わってこない部分があったのが残念に感じました。まず、展開の交通整理がうまくいっていない。情報の出しどころをもっと考えて、簡潔にまとめれば、きれいに伝わると思います。
 それから、文章が硬いですね。会話も口語体になっていない部分があるので、これは実際に口に出してみると分かりやすいです。手塚治虫の短篇漫画などはコメディのキャラと真面目なキャラの違いが非常にはっきりしているので、参考になると思います。

・池上氏の講評

 金森さんもおっしゃるように、真面目すぎるんですね。法律違反だからダメだったのか、という結論を提示されると、「最初から言えよ」としらけてしまいます。法律で超過勤務になってるからダメです、と言われたら、じゃあ法の抜け穴はないのかと考えないと(笑)。そのアイデアを考えて、この危機をどう乗り越えるか、主人公にも読者にも考えさせる。ヒーローは汗をかいて動いたほうが面白いんです。
 あと、このフィリップスという人物があまりにも人が良すぎる。これはもっと意地悪なクライアントにして、超過勤務で使えない通訳のケイトを使って、つまり、法の抜け穴をくぐって、うまく交渉して、勝利をつかむ。そのぐらいの話を見せてほしいなと思いました。

・堂場氏の講評

 僕は、主人公がピリピリしている話は大好きなので、それはいいんですが、テクニック的な問題を申し上げます。これは何の会社で、どのくらいの規模ですか? 海外のメーカーとソフトウェアの譲渡契約をするような会社ですか? そういうところが具体的に書かれていないので、主人公は何か焦っているんだけど、何を焦っているのか、読者に伝わらないんですね。必要な情報は5行もあれば充分です。会社の名前も出ていないので、これも出したほうが、読者は取っつきやすいでしょう。
 あと、社長の名前もずっと後のほうに出てきますね。一人称「俺」で書かれているからですけど、それでも名前はもっと早い段階で出してあげないと、読者が感情移入しづらい。秘書に名前を呼ばせるとか、そういうテクニックの問題を考えて、読者を早く引きつける形を取っていただきたい。
 法律の問題とか、みなさんが話しているのを聞いて、こういう話を考えました。
 目が覚めたら留置場にいる。酔っ払っていたので、なぜここにいるのかわからない。だんだん思い出していくんですけど、最後に、警察官に「お前がその辺にあった自転車に乗っていったからだ」と言われる。路上駐車していた自転車を持っていくと、窃盗じゃなくて占有離脱物横領という罪になるんです。そこで法律の名前を知らされて、大変でしたね、という話ですよね、要するに。主人公がイライラしている、焦っている、それを乗り越えるために変にいばっている状況で、最後に何かアッと思い知らされて、価値観が逆転する話です。だけどそれが法律というのは、ちょっと弱い。読めば誰でもわかることですから。そうじゃなくて、社員やクライアントの行動で、自分の仕事の価値観や考え方がひっくり返る話でないと、小説としては厳しいと思います。

◆雲原つばき『秋晴れ野原に雨の降る』(34枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10459776
 全国高校駅伝でアンカーを走りチームを優勝へ導いた高松龍飛(たっぴ)のもとへは、数多の大学の強豪チームからスカウトが相次いだ。しかし龍飛はその全てを断り、おせじにも強豪とは言えない箱根駅伝“最下位”常連の東武大学を進学先に選ぶ。しかし龍飛は箱根駅伝の予選会直前に故障し出走メンバーから脱落。龍飛は自らの思い上がりを実感するとともに自身のチームでの存在価値とモチベーションを見失った。しかし予選会で一秒を削り出すような必死の激走を見せる先輩たちの姿に衝撃を受け、龍飛は駅伝へのモチベーションを取り戻す。

・齋藤氏の講評
 駅伝というテーマを、怪我をした主人公から見るという着眼点はよかったと思いますが、それがあまり活かされていなかったのが残念なところです。小説というものは、主人公がひとりで語っていても面白くないので、ほかのキャラクターに主人公を語らせることで、はじめてその人物像が浮かび上がってくるものだと思います。この作品では、主人公はずっと愚痴ばかり言っているので、ついて行けない読者もいるのではと感じました。
 そこで、先輩の泉との関係をもっと描いたり、主人公が駅伝に出られなくなった怪我のシーンをひとつ入れることで、劇的に変わってくると思います。そのようなシーンを冒頭でプロローグ的に入れることで、読者を惹きつける、いい小説になるのではないでしょうか。

・戸田氏の講評
 駅伝というテーマにふさわしい、とてもさわやかな小説だと思いました。ストーリーラインもわかりやすいんですけど、青春小説を読みたい人のツボをうまく押してくれる作品だと思います。ただ、ある意味それだけというか、話の流れは想像どおりですし、この大学がなぜ箱根駅伝に毎年出場できるのか、その強さを具体的に、説得力を持たせて描いてほしいです。
 冒頭から、主人公のレースに出られない悔しさや鬱屈が、テンションMAXで書かれているので、感情の流れに読み手がついていけないのでは、とも思いました。こういう内容でやるのであれば、結末が予想できてしまうレースを書くよりも、レース前の短い瞬間だけを切り取るのもいいでしょう。主人公やキャプテンの心情を、もっと丁寧に書いたほうが、より読み応えのある小説になると思います。

・武田氏の講評
 堂場さんにこのテーマを当ててくるというのは挑戦的だな、と思いつつ拝読しました(笑)。若干の違和感をおぼえたのは、この主人公が高校エリートだという設定が、そもそも必要なのかなということですね。高校ではスターに近いような選手だった人が、なぜこのレベルの大学に入ろうとするのか。そこの説得力が不足していると思います。
 大学に入ってから、主人公はずっと自分の考えを言っているんだけど、あまり彼の中で成長していないように見受けられるんですね。それでは物語が動かないし、読者が感情移入できる展開にはならないと思います。齋藤さんがおっしゃったように、泉先輩とのエピソードがひとつあってもいいのではと思いましたし、同期の部員とのやり取りも、この時期までまともに話をしていなかったというのは不自然です。
 あとはタイトルですね。どこで切って読めばいいのかわからない。もっとシンプルにしたほうがいいのではないかと思います。

・池上氏の講評
 これは感情の塗り絵ですね。主人公が独白で感情を述べているだけで、言っちゃ悪いけど楽して書いている。視覚情報がまったくない。どういう状況で、物がどんなふうに動いているのかをきちんと書かない。主人公の感情だけで進めていく。これは一番楽なんです。主人公が何を見ているのかをきちんと読者に伝えること。それによって客観性も生まれるし、ストーリーも動いていく。主人公が泣きわめいているだけでは、読者はついてきません。
 あと、これは雲原さんのクセだと思うんですけど、たとえば「きっかけは学生からのメールであった。と、監督は語っていた。」という文章。普通なら「きっかけは学生からのメールであった、と、監督は語っていた。」と書く(僕なら読点がうるさいので、「きっかけは学生からのメールであった、と監督は語っていた」)。読点にすべきところを句点にしている。最近こういう書き方をする人が散見されますが、読んでいてひっかかります。句点は文章を切ることを意味するので。
 もうひとつ、3頁目に出てきた数行の表現が、11頁目にまた出てくる。同じ文章。これは最悪ですよ。短い分量ですから、無駄なものは省きましょう。

・堂場氏の講評
 この主人公の「龍飛」というのは、かなり変わった名前ですね。もし本にして出版される場合は、出版社によってルビのルールは違いますが、こういう難読名にはルビをふったほうが親切です。
 それから、この「東武大学」というのは、どう見ても上武大学としか思えませんよね。モデルにして書かれたのでしょうけど、上武大のことを書くならノンフィクションにすればいいわけで、小説にするなら名前から変えたほうがいいです。小説というのは、言ってしまえば嘘を書くわけですから、実際にあるものをモデルにして書くならば、フィクションだとわかるような処置をしなければいけません。たとえば名前を全然変えてみるとか、予選会の成績を違うものにしてみるとか。
 嘘をどう書くか、というのがフィクションの楽しみであって、モデルをそのまま書くというのは、僕は小説としては魅力を感じません。
 みなさんのお話にもあったように、主人公は感情を独白しているばかりで、作品を通じて成長していない。チームメイトを信じる気持ちが目覚めるところを書きたいのであれば、信じていなかったところをもっと強調しないとダメなんですよ。たとえば、前のレースで主人公がすごい快走して、こいつがいれば今年も大丈夫だ、といわれていたところで疲労骨折する。そうすると主人公はどう考えますか? 絶望だよね。俺がいなきゃ、みたいなプライドもあるじゃないですか。でも周りのみんなは、自分なんかいてもいなくても同じように練習して頑張っている。そうすると、俺なんかいなくてもいいんじゃないか、と思いますよね。そういう、東武大に対するマイナスの気持ちを、もっと出してもいいんです。
 最初はものすごいマイナスの気持ちで、予選の現場に応援にすら行かず、「負けちまえ」ぐらいの気持ちで、テレビで見ている。そこで、最後は勝つわけね。勝つというか、本戦になんとか滑り込む。そこで先輩の泉が、お前のために走ったぞって言ってやれば、オチができるじゃない。つまり、マイナスからプラスへの転換を劇的にやることで、このぐらいの長さでも話ができます。東武大が好きだというプラスの気持ちが出すぎているので、その転換ができていないんですね。だからもっとマイナスの気持ちを出す。あまりさわやかに書こうとは思わないようにしてください。スポーツマンって、結構ドロドロしているものですから(笑)。

◆乗鞍恒成『ヘマチョウさん』(80枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10459711
 県警の課長である私(源田)の部下として配属された宮前は定年間近の巡査部長だったが、仕事の能力が著しく低かった。宮前の直属の上司である岡係長は癇癪を起こす一方で、宮前の育成に心を砕く。しかし、宮前は周囲の足手まといとなり、「ヘマチョウさん」というあだ名をつけられ、次第に職場から疎外される。
 詐欺事件の捜査方針をめぐって私と岡係長の意見と対立した宮前は退職を余儀なくされ、地元の高齢者の相談相手として生きる道を選ぶ。
 部長に昇進して間もなく、宮前が現職中に捜査情報を漏洩していたことが判明し、宮前は逮捕され、私は釈明のための記者会見に臨む。

・東郷氏の講評
 80枚という長さがありますが、最後まで読ませる力のある作品だと思いました。
 ただ、『ヘマチョウさん』というタイトルを見て、こう呼ばれているけど実は優秀な刑事で、愛すべき人物なんだろうなと思ってしまったんですね。でも本当にヘマをしているばかりなので、ここはヘマをしながらでも事件の真相にたどりつくような展開があればよかったと思います。源田とヘマチョウのやり取りを通して、源田の価値観も変わっていくような流れがあれば、もっとよかったのではないでしょうか。

・戸田氏の講評
 仕事ができない部下を単純に干すのではなく、少しでも上手く使おうとする管理職の警察官、という内容自体は、目の付けどころがうまいなと思いましたし、最終的には組織への忠誠か市民への忠誠か、といったテーマにつなげていくのも、物語の奥行きが広がっていく感じがして、いいなと思いました。
 ただ、テーマ自体はいいのですが、人も事件も書ききれていない印象があります。いくらヘマチョウといっても、捜査も事務作業もこれだけできない人が、長年、刑事でいるというのは不可解です。これだけ頼りない人に被疑者の動向をひとりで確認させる上司も、あまりに迂闊だと思いますし、現実味がないかなと思いました。この設定のために作られたキャラクターという感じがして、血が通っていないという印象です。

・齋藤氏の講評
 今回の三作の中でも非常に読み応えがあって、楽しく読ませていただきました。
 ですが、生活経済課という、警察小説の中でも珍しい部署を取り上げていらっしゃいますけど、これ、生活経済課にする必然性はまったくないように思えました。ほかの部署でもほかの企業でもいい。警察という設定が面白さに活かされていないので、あてはめただけという印象が強かったです。
 とても良かった点は、イヤなキャラクターを書くのが非常にうまいことです。これはすごく大事なことで、読者を泣かせたり笑わせたりするのと同じように、イヤな気持ちにさせることもすごく難しいことだと思います。この作品は出てくる人が片っ端からイヤなやつばかりで、それがちゃんと描けている。そこは非常に良い点だと思いました。
 ただ、イヤな人物を活かすためにはイイ人物を出さなくちゃいけないと思いました。宮前が結果的にイイ人物だったら物語は劇的に変わるのではないでしょうか。源田という人物はまったく宮前のことを見ないで、避けて通って、最後も宮前から逃げています。ここは、それまでずっと見てこなかった宮前に、最後に向き合って、そこで何かを見つけ、源田の人生を逆転させる出来事があるというのが王道だと思います。この作品ではそれがなく、源田自身の人生からも逃げて終わるという結末になっているのが、残念でした。

・金森氏の講評
 非常にチャレンジングな作品だなと思いました。普通なら、使えないと思われていた人間が思わぬ活躍をしてハッピーエンド、という展開になりがちです。安易にそうしなかったところは評価できますし、意表を突かれました。堂場さんに警察小説を当ててきたのも挑戦的で(笑)。    
 ただ、厳しいことを言いますけれど、この書き方だと警察小説である必然性がない。この作品の根底には、組織のために働く源田と、人の役に立ちたい宮前の対立があると思うんですけど、これは一般企業を舞台にして書いたほうが、多くの人が共感できると思うんです。
 では警察小説にするならどうすればいいかというと、やはり事件解決に至るまでの、捜査のハラハラドキドキ感を描くべきです。また、この作品なら、宮前が情報を漏洩していたと発覚するところがクライマックスになり得ますね。ここで、源田と宮前を対決させると、エンタメのツボを押さえた面白い作品になるのではないでしょうか。

・池上氏の講評
 1960年代の警察小説、たとえば結城昌治の警察小説などは、事件捜査が中心で、その中で組織内の対立や、ヘマチョウさんのように昼行燈と思われていた人が実は優秀で、裏でいろいろやっていたというのがわかる仕組みなのですが、横山秀夫以降は事件捜査ばかりではつまらないので、人間関係を前面に出す作品が増えてきた。それはそれでいいんですが、この作品は人間関係ばかりですね(笑)。
 前々へと進まない。推進力がない。人間関係ばかり前面に出ていて、肝心の事件が後退している。詐欺事件の捜査を展開させるなかで人間関係を捉える方向にしないとつまらない。ヘマチョウさんが事件の渦中で悪いことをしていたという伏線を張らないとね。警察小説として最低限の手続きを踏むことをお忘れなく。

・堂場氏の講評
 今は私も含めて警察小説を書いている人がいっぱいいますが、逆にいうと読んでいる人もたくさんいるということで、つまり、警察の内輪の話というのがだいたいわかっちゃうんですね。組織はこうなっていて人事体系はこうで、みたいなことも、結構知っている人が多い。
 それでいうと、この話のキモのひとつは、源田の出世欲なわけです。ところが、序盤ですでに源田は県警の部長になっています。ノンキャリアの警察官の場合、県警本部で部長以上になることはまずありません。源田のキャリアはもう「あがり」なんですよ。今後は出世はない。あるとすれば天下りぐらいのものです。なので、ここですでに前提がおかしくなっている。
 あと、源田の息子は、最初のときは警察学校に入っていたんですが、最後のほうではもう警部補の試験を受けている。これも、ないです。ヒラ巡査から巡査部長、さらに警部補の試験を受けられるまでには、何年か間隔が必要な決まりなので、実際にはこういうキャリアはあり得ない。こういう前提が崩れると、いろいろなところが崩れていって、物語の構造が崩壊してしまうんです。これは調べれば簡単に分かることなので、もう少し丁寧にやっていただきたかった。
 詐欺事件を扱っていますが、立件できないで終わることも多いので、モチーフとしては非常に扱いにくいんです。それと、嫌疑をかけられる「H社」や「J信用組合」というのも仮名にする意味がない。文字数節約としても微々たるものですし、具体的に書いたほうが読者の頭にも残ります。
 人事的な問題など設定がおかしくなっているので、僕がこれを書くとしたら、源田よりむしろ宮前と岡に焦点を当てるかな。警察ならではというところを出すのであれば、ここで階級と年次と年齢がひっくり返るわけですよ。昔は一年後輩だったやつがすごく偉くなって、定年のころには公の場で口もきけないぐらいになってしまう。そういうこともあるわけです。岡と宮前ってそのパターンなんです。そこに感情的なもつれはきっとあるでしょう。そして岡の自殺がある。そういうところを主眼に回していくやり方もあったと思います。
 ただね、これだけ、出てくる人が全部イヤなやつだという作品は、なかなか書けないですよ。ある意味イヤミスですね。さっき、イヤなやつを際立たせるためにイイ人を出すという話がありましたが、もうひとつ手がありまして。それは、もっとイヤなやつを出すことです(笑)。悪役に対するスーパー悪役を出す。それも含めて対比の方法はいろいろあるので、工夫してみてください。

※以上の講評に続き、後半では多数のシリーズを同時展開する苦労や、最近ほめられることが多くなったというあることの描写、多忙な執筆生活のサイクルなどについて、語っていただきました。その模様は本サイト内「その人の素顔」をご覧くださいませ。

【講師プロフィール】
◆堂場瞬一(どうば・しゅんいち)氏
 1963年、茨城県生まれ。大学卒業後、読売新聞東京本社に入社。2000年、スポーツ小説『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。第2作は刑事・鳴沢了ものの『雪虫』で、以後、警視庁失踪課・高城賢吾、警視庁追跡捜査係、ラストライン、刑事の挑戦・一之瀬拓真、警視庁犯罪被害者支援課などシリーズ多数。警察小説の第一人者である。スポーツ小説も得意で、高校野球の『大延長』、マラソンの『キング』、駅伝の『チーム』など。日本の出版界に文庫書き下ろしを定着させたベストセラー作家である。

●8年 (集英社文庫)※ 第13回小説すばる新人賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B00JVN79YC/

●雪虫 (中公文庫)
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●大延長 (実業の日本社文庫) 
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●キング (実業の日本社文庫)   
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●チーム (実業の日本社文庫)
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●闇の叫び アナザーフェイス9 (文春文庫)
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●ラストライン (文春文庫)
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●白いジオラマ (中央公論新社)
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●共鳴 (中公文庫)
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●犬の報酬 (中央公論新社)
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●焦土の刑事 (講談社)
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●ヒート (実業の日本社文庫)
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●十字の記憶 (角川文庫)
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●影の守護者 (講談社文庫)
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●宴の前 (角川文庫)
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