塩田「自分の勝負ネタを小説として具現化するためには、いろんな壁を乗り越えないといけませんでした。」
花房「書きたいものがあったら、SNSでは発信しないほうがいいです。盗作もされるし、イイネで満足してしまったらプロにはなれません」

 記念すべき第100回は、塩田武士さん、花房観音さんという気鋭の実力者お二人をお迎えして、本講座出身作家である黒木あるじ氏の司会のもと、両先生のデビューに至るまでの道のりや、小説家を続けていくために必要なことなどについて語っていただきました。


◆取材ノートの理想と現実/自分の壁を越えたとき/勝負ネタを具現化するために

――塩田さんは、テキスト講評の際に作家を志してから受賞まで12年かかったと仰っていましたよね。途中、心が折れるようなことはありませんでしたか。

塩田 最初のころは19歳だったので、賞をとる人がだいたい年上だったわけですよ。それから新聞記者になったんですが、最初から小説を書きたいと思って記者になったので、取材内容のノートに目次をつけて百冊ぐらい作ってたんですね。今でも、当時の取材を参考にしようと思ってノートをめくるんですが、残念ながら僕は字がめちゃくちゃ汚くて読めないんですね(笑)。だいぶ無駄な努力をしました。
 心が折れるとか、挫折ということはなかったですね。というのは、常に書きたいものがあったんですよ。記者時代は休日に小説を書いてたんですが、新聞記者というのは呼び出しがあるんです。ポケットベルが鳴ったら「ああ、今日は書かれへん」みたいなので、すごいストレスがあったんですね。ただただ、これは面白いと思って書くでしょ。それで新人賞に送って、結果が出る前に、また新しいものを書き始めているんですね。これは面白い、と思って。常に、いま書いている小説が一番面白いと思っていましたから、うまいこと自分をごまかせたんでしょうけど(笑)、結果として12年間それで書き続けました。

――なるほど、僕も兼業作家の時期には執筆時間を確保できないフラストレーションがありましたが、今思えばそれが発奮材料になっていた面もあったかもしれません。それにしても12年というのはあまりにも長い道のりのように思います。

塩田 ただ、感覚的なことをお話すると、自分で「壁を越えた」と思ったことが2回あるんです。ひとつは『盤上のアルファ』(講談社文庫)のとき。このときは将棋の世界がすごく面白くて、それまでは26歳までにプロにならなければ棋士にはなれなかったのが、三段リーグ編入試験といって、アマチュアの大会で優勝して、条件を満たせばプロになれる制度ができたんですよ。それで棋士になった人はまだいなかったわけで、「これや!」と思いましたね。しかも毎日取材できるわけですから、これ以上の題材はないと思って、いったん落ち着こうと思いました。
 29歳のときやったんですけど、400字の原稿用紙をわざわざ買ってきて、僕はなぜこの小説を書くのか、手書きで書いてみたんです。何のためにこの小説を書くのか、思いつく限り書いたんですね。そうしたら、登場人物の言動に、ブレが少なくなったんです。筋がすうっと通っていって、原稿執筆中に、最初に考えたプロットよりもはるか上のものを書いているんですよ。自分でも空を飛んでるみたいな感じになって、頼むからこのまま着地してくれと思いながら書いて、初めてトランス状態になったんですよ。最後に「了」の字を打ったときに、布団にばたんと大の字になって、「取った!」と確信しましたね。12年も書いて何度も落ちてて、負け癖みたいなのがついてたはずやのに、これを書いたときは、応募者の中から自分の作品が浮き上がっていくのが想像できたんですよ。

 それが1回目で、もうひとつは『罪の声』(講談社)を書くために、かなり追い詰められていたときなんですよ。モデルになったグリコ・森永事件では、企業から恐喝したお金を運ばせる指示書がわりの音声テープを、子どもに読ませて吹き込んでいたんですけど、そこで利用されていた3人の子どものうち、一番年下の子は、僕と同年代やったんですよ。同じ関西に生まれ育って、同年代で、どこかですれ違ってるかもしれない。そう思った瞬間に鳥肌が立って、この子の人生を書きたい、と思ったのが、21歳のとき。
 でも、グリコ・森永事件の話なんて、警察の問題も企業の問題も株価の問題もジャーナリズムの問題もあるし、21歳の大学生が書けるわけないんですよ。だからずっと胸に秘めてたんですが、『盤上のアルファ』でデビューしたときに、担当編集者にプロローグのアイデアを話したんです。父親の遺品の中から見つかったテープを再生したら、子どものころの自分の声で、指示書の言葉を読み上げている。このツカミを編集者に言ったら、「それは面白い。けど、いまの塩田さんの筆力じゃまだ書けない」と言われまして。それから8作品、エンターテインメントを書き続けて、9作品目でようやく「グリコ・森永事件をやりませんか」ということになって、始めたんです。

 だから最初からすごい気合が入ってて、取材して、プロットを作って、でもそのプロットよりはるかに面白い原稿が書けるんです。ああこれは『盤上のアルファ』のときと同じや、いけるいける、と思って連載を終えたら、編集者が「このままでは出せない。改稿してくれ」と言って、僕の歴代編集者3人がそれぞれ赤エンピツを入れて送ってきたんですよ。それを読んで改稿するのがたった2週間。それを乗り越えて書いた瞬間に『罪の声』というタイトルがやっと出てきて、これで大丈夫やという作品が書けたんですね。
 タイトルは、プロローグでは『風を知らない』で、連載のときは『最果ての日』、単行本化のときは『罪の声』になりました。タイトルを決めるまでに、担当編集者や、講談社の部長さんと何度もやり取りを繰り返したんですよ。自分の勝負ネタだと思っているものを小説として具現化するためには、いろんな壁を乗り越えないといけなくて、3時間4時間は話せるぐらいの過程があります。

◆AV評から始まった文筆業/団鬼六先生の厳しい言葉/書き続けるためのビジョン

――いっぽう花房さんは、投稿を始めて半年ほどで受賞されていますよね。デビューの経緯としては塩田さんと対照的に見えますが。

花房 私はもともと小学生のころから漫画家になりたくて、いまでもたまに落書きとかしているんですけど、当時はパソコンがなかったので、背景を書いたり消しゴムをかけたりするのが面倒くさくて(笑)、大学生の時点で漫画の投稿はやめちゃったんですよ。
 それからは普通に生きようと思って、バスガイドの仕事をやったり、映画館で働いたり、借金つくって実家に連れ戻されたりして(笑)、それからまたバスガイドに復帰して京都に戻ってきたりしたんですけど、そのころから、私はアダルトビデオが好きなので、ブログにビデオ評みたいなのを書いていたら、アダルトビデオ雑誌でコラムの連載ができて、文章でお金をもらうことを初めて経験したんです。8000円だったんですけど、普通の仕事で8000円もらうのって大変じゃないですか。でも、エロ歴史コラムみたいなのを書いてたんですけど、そんなたわけたことで8000円(笑)。
 それで、文章を書いて食っていくっていいなあとか思っちゃって。でもそんなんじゃ食っていけないので、ちょうどそのころからバスガイドの仕事が不景気で傾きかけて、これじゃまずいと思ったんです。それで、文章を書いて食っていこうと思って、とにかく片っ端から新人賞に応募したんです。それで半年ぐらいで団鬼六賞にひっかかったんですが、団さんの小説は好きで読んでたんですけど、それまで官能小説なんて書いたこともなかったし、第一回だったから作品の傾向と対策もわからなかったんですよ。これが団鬼六自身が選考委員を務める賞だから応募しましたけれど、他の官能小説の賞なら書いてません。とにかく団鬼六という名前ありきでした。
 それでどうしたかというと、団鬼六の小説だけは読み込んでいたので、団さんの官能小説を分析して、団鬼六フォーマットを作り、でもそのまま書いたらパクリですから、そこに自分しか書けない要素を入れたんです。それは何かというと、自分の住んでいる京都という土地と、あと、京都の高島屋の地下で見て「綺麗だな」と印象深かった、和菓子をモチーフにしたんです。デビュー作の『花祀り』(幻冬舎文庫)は、そうやって書きました。

――それで団鬼六賞を見事に受賞したわけですから、狙いがピタリと当たったわけですね。

花房 ただね、受賞してから本にするまで、すっごい直しました。規定が200枚だったので本にするには分量がぜんぜん足りないし、審査委員だった団鬼六先生からも「女体や匂いの描写が足りない」と言われたので、他の人の官能小説とかも読んで研究して、完成させましたね。そもそも官能って何かというのもわかっていなかったし、未だに自分は官能には向いてないという想いがぬぐえないし、デビュー作以降は、自分が書いてるものは官能ではないと思っています。性を描くと、そうとらえられてしまうのは仕方ないんですけど。
 でも、受賞したのが2010年で、本が出たのがちょうど東日本大震災のころなんですよね。本どころじゃない世の中で、しかも私なんか官能小説を書いてましたから、すごい罪悪感があったんですよね。授賞式が震災の10日後で、しかもするかどうかわからないって言われて。行ったら行ったで、東京にも食料がなくて電気も暗い。日本がこんなになってるときに「おめでとう」も何もないじゃないですか。だから全然喜べなくて、お先真っ暗って感じでしたねえ。

――思えば花房さんも塩田さんも、不肖ながら私も2010年のデビューですよね。私はともかく、同時期デビュー組のなかでもお二人はコンスタントに作品を重ね、評価を着々と得ています。一作目、またはその後で消える書き手も少なくないなか続けられた理由はどこにあるんでしょうか。

塩田 僕はとにかく小説が好きで、小説家以外で自分の人生を考えたら、真っ暗で何も見えない。小説以外で適正のある職業って、調べてみたんですけど何一つなかったんです。小説が書きたくて、19歳のときに『テロリストのパラソル』(藤原伊織、現・文春文庫)を読んで作家を志してから今年で20年になるんですけど、毎日小説のことを考えてて、冗談抜きで、小説のことを考えてない日は一日もないと言えます。
 ひとつは、ビジョンを持つということだと思ってます。僕は『罪の声』で第二ステージに上がると決めていて、つまりそれまでの8作品は、第一ステージのエンタメ期と位置づけています。それに続く『罪の声』『騙し絵の牙』(KADOKAWA)『歪んだ波紋』(講談社)は社会派の小説です。松本清張や山崎豊子といった社会派の作家にあこがれていたので、社会派の作品を書きたいという第二ステージに入っているんですが、そういったビジョンをしっかり持つということが大事です。
  
◆塩田武士カメラ小僧疑惑(?)/資料に逃げずに現場へ/うかれ女島の人々

塩田 それから、取材をしっかりすることですね。『氷の仮面』(新潮社)という性同一性障害を扱った作品のときは、性別適合手術のオペ室に入って取材をしました。8作目の『拳に聞け!』(双葉文庫)のときは、ボクシングを描いたんですけど、僕はボクシングをやったことないので、ジムにも行ったし、新人のプロテストも取材に行ったんですけど、大阪のあるジムで、「日本初! ラウンドガールコンテスト開催」というのがホームページに載ってたんですよ。これはネタになりそうやと思って、ジムに電話して「ボクシングの小説を書きたいんですが取材させてもらえますか」言うたら「どうぞ、来てください」というんで行ったんですけど、ボクシングジムってけっこう怖そうな人がいっぱいで、ちょっと前に話題になった「歴史に生まれた歴史の男!」みたいな会長が出てきて(笑)。
 そこでリングに水着の女の子がいっぱい上がって、コンテストの開催前のお披露目会みたいなのをやってたんですね。取材ではデイリースポーツとスポーツ報知の記者と、あと僕も関係ないのにカメラで写真を撮ってたんですけど、コワモテの会長が「みなさん、これ明日のデイリーと報知に載ります!」って言って、僕を指差して「こいつは2ちゃんねらーです!」言うて(笑)。

――ひどい。そんな紹介されたらラウンドガールの笑顔も固まりますよね(笑)。

塩田 もう女の子たちがさあーっと引いていくのがわかって、それから僕のカメラのほうを全然見てくれないんですよ。もう恥ずかしくて逃げるように帰って、このことはもう墓場まで持っていこうと思ったんですけど、帰りの電車の中で会長さんのブログを見たら「塩田武士」というタイトルで記事を書かれてたんですよ。
 僕の名刺の連絡先のとこだけ隠して写真を上げてて「ホンマに作家か、変態カメラ小僧ちゃうんか」みたいなことを書いてて、スクロールしたら画面の下のほうに、僕がにやけながら水着の女の子たちを見てる写真が載ってるんですよ。勘弁してくれよと思って(笑)。

花房 それ、いまでも見られるんですか?(笑)

塩田 たぶん見られます。そういう経験をしているので、みなさんもどんどん恥をかいてほしいんです。

――えっ、そういう結論ですか?(笑)

塩田 結局ね、これを書きたい、知りたいというときは、資料だけに逃げず、現場に行ってくださいってことですね。

――なるほど。では、取材の話が出たところで、そこにからめつつ新刊のお話をしたいと思います。
 5月に出た花房さんの『うかれ女島』(新潮社)ですが、これは売春を生業とする人ばかりが住んでいる島を舞台にしています。その島に住んでいたある女性の死をきっかけに揺れ動く、さまざまな女たちの人生を描いていく群像劇ですよね。驚いたのは、この舞台のモデルになった実在する島があるんですよね。そちらへ取材に行かれたとか。


花房 はい。三重県にあるんですけど、2時間もあれば全部見て回れるような、ちっちゃい島なんですよ。バブルのころは100人ぐらいの娼婦がいたらしいんですけど、今はもう10人を切ってるそうです。でも実際にそれでずっとやってきた島で、私は2回行ったんですね。行かないとわからないので。
 何にもないんですよ、旅館と民家と、カップラーメンとか売ってる商店があるぐらいで、コンビニもないし銀行も警察も消防署もない。消防署がないから、島中に「火に気をつけてください」っていう貼紙がしてあるんですよ。あと、昔のスナックとかダンスホールとかキャバレーとかが廃墟になってて。
 小さな港から出てる船でしか行けない不便なところなので、東京とかでアルバイト感覚で風俗やるのとはワケが違うんですよ。完全に隔離された島で、昔は泳いで逃げた人もいたそうです。そこまで追い詰められた環境で働く女たちがいたんです。

――京都を長らく舞台にしてきた花房さんが、今、あえてここを舞台にしようと思ったきっかけは何ですか?

花房 現代の日本に売春の島がある、ということ自体に私は驚いたんですよ。すごく興味を持って、ずっと書きたかったんですけど、私は京都を舞台にした小説でデビューしたので、京都ってガイドブックとかもそうですけど、好きな人が多いから売れるんですよ。バスガイドの仕事でも京都を回るし、もう京都はいいよ、っていうところもあって。『うかれ女島』は新潮社からの書き下ろしなんですけど、何を書いてもいいと言われたので、この島を舞台にして書くことにしました。
 風俗やってる人たちに取材するんですか、とか聞かれるんですけど、私の友だちにもけっこう性産業やってる人たちがいるし、けっこう日常的にそういう人たちと接していたので書けた、ということもありますね。何より、自分もかつてそこに片足つっこんでいたことがありますから、身近な世界です。

――お二人の話を聞いていますと、取材の重要さが実感できます。それが作品にどれだけ反映されるかはわかりません。何日もかけて取材をしたり資料を読み込んだりしても、1行使えれば御の字みたいな世界です。でも、だから無駄だよと思うのではなく、その1行にこそ宿る魂があると感じていただければ、プロ志望の方への、とても有益なメッセージになるのではないでしょうか。

◆塩田クロニクルの世界/『どうしてあんな女に私が』/真夜中のニューガール

――さて、塩田さんが第二ステージと自ら呼ぶ社会派作品のひとつ『騙し絵の牙』は、映像化より前に主人公を大泉洋さんが演じると決まっていた、おそらく前代未聞の作品です。出版界の現状を赤裸々につづり、権力闘争のスリリングを描きつつ、大泉ファンが読むとさらに楽しめる要素も隠し持った作品です。そして、見ているものは本当にそのままの意味でとらえて良いのか、という問いも含んでいます。
 続く連作短編『歪んだ波紋』でも、この問いが投げかけられます。フェイクニュースという現代的な問題を扱いながら、硬派なストーリーの裏に隠された驚愕のラストが待っている。松本清張の作品にしびれた経験をお持ちの方は、必読です。
 これに『罪の声』を加えた三作品は、厳密に人物や企業名などでつながっているところもあれば、読み込むなかで細い細い一本の糸が見えてくる箇所もあります。塩田クロニクルと勝手に僕は呼んでいるんですが、壮大なる世界観は、第二ステージ以降も続いていくはずです。ぜひ、これからも広がるであろう広大な世界のとば口に立って、塩田クロニクルを堪能してもらいたい。一ファンとして、みなさんに訴える所存です。


塩田 みなさん、ぜひよろしくお願いします。

――花房さんは、『うかれ女島』と並んで、以前『黄泉醜女(ヨモツシコメ)』というタイトルで扶桑社から出ていた小説が『どうしてあんな女に私が』(幻冬舎文庫)と改題して文庫化されました。
 今日の受講生もおよそ半数が女性のように見受けられますが、女性がこれまで社会において背負わされてきたもの、もしくはそれをうまく利用してきたもの、そういった諸々についての考察がなされていて、女性の方々は「そうだそうだ」と諸手を挙げて旗を振る小説です。男性が読むと耳が痛くていたたまれなくなるかもしれません。しかし、ここに書かれていることはまごうことなき現実なんですよね。

花房 官能小説家の女が主人公なんですけど、官能小説家になる気もなかったのにうっかりなっちゃって、表に顔を出したらどういう目にあったか、という悲しい話がつづられています(笑)。こんなにネットでボロカスに書かれるんだ、という悲しい話で、うちの父親が泣きました(笑)。

――話題になった現実の事件をモデルにしていますが、単にワイドショーをなぞったような筋立てではなく、ここに描かれている物語は、われわれの社会を取り巻くものを象徴しているのだな、と読了後には気づくのではないかと思います。塩田さんとは別な側面からの社会派小説といえるかもしれません。そのような作品を書くいっぽう、ある意味もっと過激な作品も書いていますよね。

花房 私は深刻な話も書いてるんですけど、ふざけた笑える話を考えるのも好きで、夜中に時代小説のプロットを考えているときに、捕物帳の元祖って岡本綺堂の『半七捕物帳』なんですけど、ふと頭に、半分おっぱいを出した女の子が主人公の『半乳捕物帳』っていうのを思いついたんですね。それの絵を描いて遊んでいたら、編集者に「それを小説にしてください」って言われて、「えっ」って思ったんですけど、がんばって書いたのがこの本です(笑)。
 でも私ね、この本のために東京のことをすごい取材したんですよ。知らない土地のことですから。『どうしてあんな女に私が』のときも東京に何日か滞在して歩き回ったし、『半乳捕物帳』でも、神田やら江戸の博物館やらに行きまくって、資料を何万円分も買ってまで書いたんですよ。

――時代小説は初めてお書きになったそうですけど、ちゃんと、僕らが時代小説に求めているような江戸情緒みたいなものも描かれていますので、題名で躊躇せずにみなさん手に取っていただければと思います。

◆デビュー後の仕事の取り方/半歩先を読むために現在をしっかり見る/文章のリズムをつかむために

――では、時間も迫ってまいりましたので、質疑応答に入りたいと思います。講師のおふたりにお聞きしたいことがあるという方、挙手をお願いします。
  
女性の受講生 おふたりともコンスタントに本を出されていますが、仕事は出版社から依頼がくるものなのか、それとも先生方のほうから出版社に営業をかけたりするものなのでしょうか。

花房 私は、小説に関しては3作目の『女の庭』(幻冬舎文庫)という作品がけっこう売れたので、依頼が途切れたことはないんですけど、一回だけ営業をかけたことがありました。『おんなの日本史修学旅行』(ベストセラーズ)という本なんですけど、これはデビュー前にAV雑誌で連載していた、小学生には案内できないエロ日本史みたいなやつなんですけど、本にしたくて、でも企画を持っていっても通らないので、20万円ぐらいかけて200冊のミニコミ誌を作ったんですよ。文章だけでなく絵も自分で描いて、それを編集者とか会う人会う人に配りまくって、100冊配っても何にもならなくて、150冊目ぐらいでKKベストセラーズさんから「本にしませんか」とお声がかかって、ようやく本になったんです。
 編集者に「原稿読んでください」ってファイル添付して送っても、みんな忙しくて見逃されてしまうし、だから本にして、絵もつけて面白おかしくしたんです。そのときは営業しましたね。経費が結構掛かってるから、はっきりいって実入りの少ない本になってしまいましたが、それでも世に出てよかった。
 あと、私こういうのを書きたいです、って言うのは重要ですね。時代小説は最初から書きたかったんですけど、「まだ早い」って言われて、なかなか書かせてもらえなかったんですよ。でもあるとき、「オール讀物」編集部から「書きたいって言ってましたよね、一度練習しませんか」とお声がかかって、連載させてもらえたんです。後に「色仏」って本になりました。そうやって発信することは大事です。でもSNSでは発信しないほうがいいです。盗作もされるし、SNSに何か書いてたくさんイイネがついて、そこで満足しちゃったら、プロにはなれないと思います。SNSで承認欲求に取り憑かれた作家もどきの人がたくさんいるけど、どうかと思います。書きたい作品のストックはいっぱい持っておいたほうがいいです。

塩田 僕がデビューしたときには、三作縛りというのがあったんですよ。『盤上のアルファ』で講談社の小説現代長編新人賞を取ってデビューしたんですけど、次の『女神のタクト』『ともにがんばりましょう』、この三作を出すまではよそから出版しないでください、という決まりがあったんです。まだ文芸に体力があった時代なので。いまはもうそんなんないですよ。だいたい1997年ぐらいが出版業界の市場規模のピークなんですけど、いまはその半分ぐらいになってます。
 年1回出版される『出版指標年報』という1万4000円ぐらいする資料があるんですけど、僕は5年前から毎年読んでます。これを読んで、いかに出版市場がシビアな状況になっているか、数字を頭に叩き込んでおくと、書く前に気持ちがピリッとするんで、いいんじゃないかと思います。
 小説現代というバックボーンがありましたし、その三作を一生懸命書いている間にほかの連載も決まったので、会社を辞めたんですけど、それでも生活がギリギリだったんで、一作一作確実に面白いものを書かなければいけない。新人賞をやっと取ったら、半年後にはもっと面白いものを書いてくださいと言われるんです。そのプレッシャーに耐えられるかどうか。自信のあるネタを持っていないと、デビュー後は本当につらいと思います。僕はデビューまで12年かかって、ネタのストックはものすごく貯まっていていくらでも書ける状態だったので、その点は助かりました。

男性の受講生 前半の講評で、塩田先生が「時代性の半歩先を行け」とおっしゃっていましたが、そういうものを見つけるために大事なもの、テーマを選ぶために気をつけるべきものは何でしょうか。

塩田 テーマについては、ウケるかどうかは物差しにしないほうがいいです。『歪んだ波紋』は「誤報」を切り取っているんですけど、5篇それぞれ「誤報と虚報」「誤報と時効」「誤報と沈黙」「誤報と娯楽」「誤報と権力」をテーマにしているんですね。松本清張や山崎豊子が戦争を背負った世代だとしたら、じゃあ自分を何を背負うのか考えたときに、僕は情報だと思うんです。携帯電話とWindows95の同時普及から情報が翼を持ってしまって、世界の構造が変わって、それまでの雛形が通用しなくなってしまった。自分たちは情報の世紀に生きている、ということで、その断面のひとつを誤報として切り取ったらわかるんじゃないか、と書いたものです。オールドメディアと新しいメディアの位置づけについて、ずっと自分で考えていたんですよ。
 山崎豊子が、連載中に現実がその作品に追いつくことがあって、なんで予言できるんですかと質問されたらなんで予言できるんですかと質問されたらしいんですけど、いま現実をきっちり見て取材していったら、必然的にそうなると言っていたそうです。
 つまりテーマというのは、ウケるウケないじゃなくて、自分がこの現代において、何を考えなければいけないのか、何をすれば世の中が少しでもよくなるのか、そういうことを考え続ける。それは本当に広い視野が必要なんですけど、このテーマを選べば断面ぐらいは書けるんじゃないの、というテーマが見つかると思うんです。そこを掘り下げていってほしいのと、あと、それをどうエンターテインメントにするかということですね。いま、無料で面白いエンターテインメントがあふれている中で、1冊の本に1600円も払っていただくことがどれだけ高い壁かということを意識する。出版業界、エンタメ産業の再編について考えていくときに、書かなければいけないものが見つかったら、それを小説にするんです。

男性の受講生 基礎的な質問なんですが、自分が書いていると読点が多くなってしまうという悩みがありまして、先生方はその辺のバランス感覚をどうされているのでしょうか。

花房 まず推敲を繰り返すことです。私たちは、本を1冊出そうというときに、もう嫌になるくらい何度も読んでいるんですよね。書いている最中にも読んで直して、ゲラの段階でも何度も読んで直して。そのぐらい推敲することが必要ですし、読点に関しては、音読したらいいと思います。音読してみたら、文章のリズムがおかしいか、不自然か、読みやすいかということがわかるので。推敲して音読してみる、というのは誰にでもできることなので、やってみるといいです。
 あと、私が小説家になる前に書いた文章は、小説になってなかったんですよ。それまでブログとかすごい書いてたので、自分語りの文章になってしまって。そのとき私が何をしたかというと、図書館に行って、自分が興味のない分野でも、あらゆるベストセラーを読んだんですよ。正直おもんないものもあるし、興味ないやつを読むのはキツいんだけど、売れてる本はこういう文章のリズムなのか、ということを理屈じゃなく感じ取っていった、というのがあると思います。売れている本って、自分は面白くないと思っていても、絶対に売れる理由があるんですよ。そこはおろそかにしてはいけないと思うんですよね。

塩田 インプットとアウトプットを繰り返してください。そこで自分の心地いいリズムが出てくるので、まずはそれまで書き続ける。そうすると、今度は登場人物の視点によって、硬派軟派の文章を書き分けることもしないといけないんですけど、その視点による硬軟の感覚をつかんでいくと、リズムができてくると思います。
 あと、キメの文章っていうのがあるんですけど、これはテーマと直結したもので、一文だけでテーマとか人間性が浮き上がる一文ですね。この一文をどこに打つか、みたいなところも大事なので、いま読点で悩まれているとのことですけど、この先に行くと、もっと深いところで悩みが出てくるので、とりあえず現段階の悩みであれば、インプットとアウトプットを繰り返すことだと思います。

――ではそろそろ時間となりましたので、名残惜しいところではありますが、今日はここで終了とさせていただきます。長時間にわたりお疲れ様でした。みなさん、両先生に盛大な拍手をお願いします。
(場内大きな拍手)



【講師プロフィール】
◆塩田武士(しおた・たけし)氏
1979年、兵庫県生まれ。神戸新聞社の記者のかたわら、プロ棋士を目指す無職の三十男を描いた『盤上のアルファ』で、2010年第5回小説現代長編新人賞を受賞してデビュー。『女神のタクト』『ともにがんばりましょう』『崩壊』『盤上に散る』などの後、16年、グリコ・森永事件をモチーフとした『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞。「週刊文春ミステリーベスト10」でも第1位に輝く。俳優大泉洋をあてがきして描いた『騙し絵の牙』が本屋大賞候補になる。他の作品に『雪の香り』『氷の仮面』など。

●盤上のアルファ (講談社文庫) ※小説現代長編新人賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062777061/

●罪の声 (講談社)  ※山田風太郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062199831/

●騙し絵の牙 (KADOKAWA)
https://www.amazon.co.jp//dp/4040689046/

●歪んだ波紋  (講談社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4065123518/

●氷の仮面  (新潮社)
https://www.amazon.co.jp//dp/410336811X/

●拳に聞け  (双葉文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4575521272/

●ともにがんばりましょう  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062936038/

●崩壊   (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334769497/

●女神のタクト (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062779420/

●盤上に散る  (講談社)
https://www.amazon.co.jp//dp/B00KCL6RE0/

●雪の香り  (文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4167909014/

◆花房観音(はなぶさ・かんのん)氏
1971年、兵庫県生まれ。大学中退後、映画会社、旅行会社、AV情報誌での執筆など様々な職を経て2010年、第一回団鬼六賞大賞を「花祀り」(幻冬舎文庫)にて受賞する。12年、京都を舞台にして5人の女性たちの官能と本性を描いた『女の庭』で成功をおさめ、作品を立て続けに発表するようになる。小説に『女坂』『萌えいづる』『京都恋地獄』『偽りの森』『楽園』『まつりのあと』『愛の宿』、エッセイに『おんなの日本史修学旅行』などがある。京都観光文化検定2級を所持する現役のバスガイドでもある。

●花祀り   (幻冬舎文庫)  ※団鬼六賞受賞   
https://www.amazon.co.jp//dp/4344419804/

●うかれ女島 (新潮社)  
https://www.amazon.co.jp//dp/4103518219/

●どうしてあんな女に私が   (幻冬舎文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4344427696/
     
●女の庭   (幻冬舎文庫)     
https://www.amazon.co.jp//dp/4344423771/

●おんなの日本史修学旅行  (KKベストセラーズ) 
https://www.amazon.co.jp//dp/4584134987/

●女坂 (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/406277612X/

●半乳捕物帳 (実業之日本社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4408554006/

●京都 恋地獄  (角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041041066/

●偽りの森  (幻冬舎文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4344424689/

●楽園  (中公文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4122063426/

●まつりのあと   (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334773311/

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