花房「誰も間違ってないけどどうしようもないよね、というドラマが描けるのが、小説だと思うんですよ」
塩田「いま自分はなんでこの文章を書いているのだろうか、ということを考えていただきたいです」

 9月の講師には、塩田武士(しおた・たけし)先生、花房観音(はなぶさ・かんのん)先生のおふたりをお迎えした。

 塩田氏は1979年兵庫県出身。新聞記者を経て2010年『盤上のアルファ』で小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。2016年『罪の声』で山田風太郎賞を受賞し、週刊文春ミステリーベストテン1位となる。
 花房氏は1971年兵庫県出身。バスガイドとして働きながら小説を執筆し、2010年『花祀り』で団鬼六賞を受賞し作家デビュー。京都を舞台にした官能小説やホラー小説で、読者の強い支持を得ている。
 
 今回は、本講座出身作家の黒木あるじ氏が司会をつとめた。
 冒頭ではまず黒木氏が両先生を紹介し、続いてそれぞれマイクを取ってあいさつをした。

「塩田武士です、こんにちは。私は兵庫県の尼崎という、庶民的な下町で生まれ育ったんですけど、もともと漫才師になりたくて、高校生のときはコンビを組んで事務所に所属しておりました。台本も自分で書くんですけど、それがもうスベり倒しまして、次は劇団に入って喜劇役者になろうと思ったんですが、その結果、集団行動ができないということがわかりまして、それで小説を書き始めたという次第です。
 藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』を読んで、ミステリを書き始めたんですが、ミステリのルールは『犯人がバレてはいけない』ということしか知らなかったものですから、最後まで一回も出てこないやつが犯人だという小説を書きまして(笑)。それから賞を取るまでには12年かかりました。その間に積んだ訓練などについては、のちほどお話できればと思います。今日はよろしくお願いします」

「花房観音と申します。私も塩田さんと同じ兵庫県出身なんですけど、尼崎のような大都会ではなくて、兵庫北部の、志賀直哉の『城の崎にて』の舞台になった城崎温泉の、JRが一時間に一本しかないような田舎の出身です(笑)。よく経歴で『元バスガイド』と言われるんですけど、今も京都でバスガイドをやっております。会社がなかなか辞めさせてくれないんです(笑)。
 塩田さんとは同じ兵庫県出身で同じ京都府在住、デビューも同期でいろいろと共通点がある間柄ですね。デビューした次の年に東日本大震災がありまして、私の書いているような官能小説は不謹慎だといわれるんじゃないかと思いましたが、何とか今まで生き残っております。今日はよろしくお願いします」

 今回のテキストは、小説が3本。

・関讃諒『THE DREAM』(12枚)
・風間修『風間の囲碁日記 W四段』(34枚)
・福島愛子『相似』(47枚)

◆関讃諒『THE DREAM』(12枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10279303
 悪夢を見るようになってしまった「私」は、今いる世界が悪夢の世界なのか、それとも現実なのかわからなくなっていく。奇妙な一致と謎の人物、そして徐々にその夢に囚われていく。私のいる世界は、どっちの世界なのだろうか。

・黒木氏の講評

 何よりまず最初にお伝えしたいのは、タイトルの問題です。夢の話で『THE DREAM』。これが仮に本になって、表紙にこのタイトルが書いてあって、書店に積まれていたら、果たして手に取りますか? これは作者の方にも、受講生のみなさんにも考えていただきたいです。本屋さんやオンライン書店でこのタイトルを見かけて、手に取りたくなるかどうか。読者に刺さることを意識していないと、届かなくなってしまいます。
 入れ子構造になっていますが、これは成功しているとは言えないと思います。過去に同じようなトライをした先輩が山ほどいますし、読者は阿呆ではありませんから、みんな知ってるんですよ。怪談の「むじな」などと同じように、エンドレスになって終わるというのも、端的に言えば手垢のついた素材ですので、もうひとひねりしていただきたいです。
 文章にも練られていない点が見受けられますので、一度書いたものをしばらく寝かせて客観的に見るか、あるいは誰かに読んでもらうなどして、客観的に推敲してブラッシュアップすることをおすすめします。

・花房氏の講評

 黒木さんと同感で、まずタイトルがよくないと思いますね。どんなに面白いものを書いても、タイトルと装幀がよくなかったら、読者は手に取ってくれませんからね。
 話も、ホラーというジャンルではよく聞いたことがあるパターンです。私、角川ホラー大賞に応募しようと思って、過去の受賞作を8割ぐらい読んだことがあるんですよ。それでわかったんですけど、受賞する作品って、毎回なにか新しい怖さの発見があるんですね。新人賞を取るためには、新しい発見がないと厳しいと思います。
 これを読んで連想したんですけど、この講座でもおなじみの平山夢明さんが、3行ぐらいの話を書いていたんですね。どの本に入っていたかは忘れちゃいましたけど。ある男女のカップルが別れ話をして、女が「別れましょう」、男が「わかった」と言って、さよならをして歩いていたら、女の携帯にメールが来るんですね。「上を見て」って。それで上を見たら、落ちてくる彼と目が合いました、おわり。それぐらいシンプルな話なんですけど、ゾッとするじゃないですか。想像しちゃうし。
 そう思って読むと、この作品は余計なものが多すぎるんじゃないでしょうか。もっとシンプルにできる話だと思うんですよね。そうしたほうがいいんじゃないでしょうか。

・塩田氏の講評

 1991年に放送されたテレビドラマの『世にも奇妙な物語』で、「リフレイン」という、松崎しげるさん主演の話があるんですね。これは、息子が殺されてしまう一日を何度も繰り返して、なんとか運命を変えて、さあそこからどうなる、という話なんですが、30年近く前に、テレビドラマでもうこういうネタがあったんですね。飛び降りた男と目が合った、というのも、僕が小学生のころにもすでにそういう話を聞いたことがあります。すべてが30年前からあるネタなんですね。
 夢に現れる男がやたら「にやにや笑った」と書かれているんですけど、怖がらせようとするときに「にやにやしている」という表現力では、怖くなりません。
 いまは本当にエンターテインメントのレベルが上がっていて、こういう短篇小説よりも、コントのオチのほうがよっぽどゾッとすることがあるんですよ。たった5分のコントでも、笑わせながら最後はゾッとして終わるっていうコントを作っている芸人って、いくらでもいるんです。だから、コントを見て勉強するのもひとつだけれども、我々はやっぱり、それよりさらに面白い物語を書いていかなければいけないので、書く前に本当に気を引き締めていかないとダメだな、と思います。
 こういう夢うつつの話を使うんなら、現代性が必要ですね。現代の情報社会の何かを使う。SNSとかももう使い古されているので、まだ人が目を付けていないような、半歩先を行くものを調べて、こういう機器とかシステムをこう使うとめっちゃ怖いよね、と。
 この小説はいかにもフィクションという感じで書かれていますが、一度、とてもリアルなものばかりに囲まれた設定で書いてみてください。日常にはきっと落とし穴があって、自分もそこに落ちるかもしれない、というのが怖さだと思いますので、視野を広げてお書きになるのが大事かなと思います。

◆風間修『風間の囲碁日記 W四段』(34枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10279432
 郡山工科大学に奉職した、囲碁を趣味とする風間は、「郡山碁会所」を見つけ、そこで打つことにした。盛夏、郡山碁会所でW四段と出会う。毎週金曜日になると打つことになった。ある日、W四段に自分の碁質のことを言われる。自分の人間性にまで触れることで、言われるまでそれには気づかなかったが、それを妻に話すと、結婚したばかりなのに妻は分かっていた。妻は気づいてはいたが、そんなことは妻にとって重要なことではない。妻もW四段に興味を持ったが、妻にとっては風間の研究が一番大事だった。郡山碁会所からの帰り道、妻は風間を仕事に集中するよう促す。

・黒木氏の講評

 書き出しから22行にわたって会話が続くんですけど、この会話をしているふたりが何者なのかということが、いっさい出てこない。作者の頭の中には当然あるんですけど、読者はいっこうに知りようがない。会話の中身が、これは誰だろうと興味を引くミステリアスなものであればいいんですけど、そうなってはいない。厳しい言い方をすると、読者の8割はここで読むのをやめてしまうでしょう。
 ご本人がご存じなことをスルーして書きすぎですね。郡山という土地のことも、囲碁についてのこともそうです。知らない人が読んでわかるように、興味を引けるようには書かれていない。他人に読ませる文章にするためには、もっと創意工夫が必要だと思います。

・花房氏の講評

 台詞がずっと続くのはやっぱり読んでいてしんどいし、その内容も、情報を箇条書きにする代わりに会話文にしているだけで、私は囲碁とか全然知らないんですけど、自分の知らない分野の情報を箇条書きにされていたら、みなさんやっぱり読むのがしんどいと思うんですよね。
 情報を次々に箇条書きにして夫婦が会話しているんですけど、これが一緒に暮らしている夫婦の会話なのか、という不思議さがあります。あまりにもよそよそしすぎるし、相手のことを知らなすぎる。たとえば数十年ぶりに再会した元恋人同士が、現状や過去を語り合うのならわかるんですけど、夫婦の会話としては疑問を持ちました。
 囲碁を書かれるのでしたら、その面白さを伝えなければ意味がないというか、読み手に対して親切じゃないと思うんですよ。たとえば私は囲碁も将棋もわからないんですが、団鬼六先生が書かれた『真剣師小池重明』(幻冬舎アウトロー文庫)とかはすごい好きなんですよ。なぜかというと、そこで書かれているのは、将棋を通した、勝負の世界の人間たちの弱さとか切なさで、それが伝わってくるからなんですね。だから、将棋や囲碁じゃなくても、プロ野球でもいいんですが、みんながみんな分かるものではないものを書くときは、丁寧に魅力を伝えようという気持ちを持たないと、面白くないし、読んでいてつらい。この小説では、もっと囲碁の魅力を書いてほしかったです。
 あと、舞台である郡山について、こんなに詳しく強調して書く必要はないし、舞台が郡山である必然性もありません。私は京都を舞台にした作品を書くことが多いんですが、古い歴史とかを物語に絡めていて、ただ単に自分の住んでいる場所を書いているわけではないですし。せっかく郡山をここまで強調されるのでしたら、街の魅力とか、なぜここに住んでいるのかとか、そういうことを伝えていかないと、読者はおいてけぼりにされてしまうと思います。

・塩田氏の講評

 私は神戸新聞社に10年いて、いろいろ異動したんですけど文化部も長くてですね、囲碁将棋担当を3年ぐらいやりました。そこでタイトル戦のお世話もしましたし、ほんの少しですけど棋士の世界を覗いてきた人間なんですね。
 この作品は、囲碁小説とはいえないなと思うのは、この冒頭5頁の会話なんですね。これはもったいない。囲碁の部分にどう伏線として絡んでくるのかと思いきや、いっさい関係がなかった。ただの会話を延々と聞かされていただけやったんか、と思ってしまいます。
 カギカッコから小説の節を始めるのは、意図があるときだけ限定にしてください。カギカッコから始めて、ちょっと強い言葉を使うと読者の目を引きつけられるんですけど、それをやったら小説家としての筆力は伸びません。だから安易にカギカッコから入らないで。もし長篇小説の流れがあって、その流れの中でここはカギカッコから始めたほうがいいな、というときは、使ってもいいですけど。
 前半の会話が延々と続いて、後半でやっと囲碁の話が出てくるんですけど、勝負の山場が設定されていないんですね。僕の『盤上のアルファ』の場合だったら、三段リーグ編入試験で、ここは絶対に負けられないという一局のために、将棋連盟に取材して、ここのカメラで盤上を写したら、記者クラブのどこでそれが見られるかを調べて、棋士の視点と記者の視点を交互に書いたんです。その局面局面で書くべきことを決めて、一手一手の息詰まる攻防を描きました。

 つまり、描くべきクライマックスの一局をまず決めたら、その棋譜は絶対に作ってください。棋譜を作って、勝負のポイントを少なくとも10ヶ所ぐらい用意して、それでも全部は書けないので、絞ることになると思います。そこまでしても、手に汗握る対局の緊迫感はなかなか書けないんです。
 街の碁会所でちょっと嫌なことを言われて、見返してやろう、というのはあまりにも動機が小さいというか、達成感がないんですよ。これでは読者が「やった!」とも「くやしい!」とも感じられない。一番肝心な対局シーンも、棋士がそこで何を考えて何を感じているのか、それを書いているのかと思ったら、盤上の石の動きだけなんですよ。石の動きだけ書かれている。これは、囲碁に興味のない人は、読み飛ばしてしまうところです。囲碁小説で一番大事なところが、全部読み飛ばされて、前半の夫婦の会話も読み飛ばされたら、せっかく書いたのに悲しい結末になってしまうので、まずメリハリをつける。囲碁が書きたいのか夫婦の会話が書きたいのか考えたら、なぜ自分はこの小説を書くのかという根本を、嫌っていうほど考えることになると思います。答えはすぐに出ないでしょうけれども、そのもやもやしたものを言語化してから小説を書くことが大事だと思います。

◆福島愛子『相似』(47枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10279404
 小学五年生のリオンは、離婚をした父親の元へ週一度通い、算数を教えてもらっている。
 黙ったまま簡単に離婚してしまった母親は何もせず過ごしていて、リオンは許せずにいる。元の生活を取り戻したいリオンは、父親を奪った女のところへ会いに行く。ところが、その女は父親の子どもを産んでいた。

・黒木氏の講評
 繰り返しになりますが、タイトルはまたご一考ください。似たようなタイトルの小説はあるでしょうし、このタイトルの本がお近くの書店に平積みされていたら、ご自分は手に取るかどうか、を指標にしていただければと思います。
 最初に僕がひっかかったのは、僕の読み方が下手くそなのかもしれませんが、途中までリオンは女の子だとばかり思っていたんですよ。「僕」という一人称が出てくるまで気づきませんでした。
 文章は書き慣れていらっしゃるなという印象を受けたんですが、リオン君にしても父親にしても、その他の人物にしても、あまり顔が浮かんでこないんですよ。とくに可哀想だなと思ったのは、お父さんの新しい結婚相手が、ずっと「女」と呼ばれているじゃないですか。リオンがこの人を嫌っていて、名前はあるけどあえて「あの女」呼ばわりしているというところがあるといいんですが、これだけ「あの女」を連呼されると、ちょっと違和感がありました。
 他の登場人物もそうなんですけど、人間らしい愛嬌があまり感じられなかったんです。解決がままならないような問題に直面した中で、新しい価値観が生まれたりするのはいいテーマだと思うんですけど、それを取り巻く人物ひとりひとりの背景もほしい。チェスの駒のようにぽんぽんとキャラクターを置いた感が、僕には感じられました。本編には出てこないとしても、どこで生まれて何人兄弟で育ったのか、焼きそばと焼きうどんではどっちが好きなのか、といった細かいところを設定していただけると、キャラがもう少し瑞々しくなって、命を与えられると思います。

・花房氏の講評

 リオン君は図形の問題が得意ということで、これが後半にどう物語とからんでくるのかなと思いましたが、あまりからんでこなかったので、これは読み手を迷わせると思うんですよ。せっかくこういう能力があるのだったら、物語にもっと深くからめてもいいし、何かの比喩かと思ったらそうでもないようなので、それならないほうが物語がわかりやすくなると思います。
 あと、黒木さんもおっしゃっていますが、登場人物たちの顔が見えてこないし、お父さんを取った女の人が、泣いてわめいて、あまりにも薄っぺらくて、お父さんも子どもの前でそんなこと言っちゃダメだろというようなことを平気で言うし、人物に魅力を感じることができないんですね。奥さんも子どももいるのに、それでも他の女の人に心を移してしまう、というのは、誰もが心を傷つけられる悲しい出来事なんですけど、でも、そうならざるを得ないものが、お父さんと新しい女性の間にはあったんですよね。そういう、誰も間違ってないけどどうしようもないよね、というドラマが描けるのが、小説だと思うんですよ。たとえば週刊誌の告白手記とかじゃなくて、小説ですから。お父さんと女の人の、家族を捨てざるを得なかったドラマを、そんなに長々と書かなくてもいいので、何行かでも書いてほしいです。

 あと、この小説は流れを追って書かれていますけど、私だったら、リオン君のかつて幸せだった家族の場面を挟むなと思うんですよ。幸せだった家庭が崩壊してしまう悲劇じゃないですか。だからそういう場面を挟んだほうが物語にメリハリがつきますし、リオン君の切なさや悲しみが増しますし、最後のお母さんの台詞にも重みが増します。そういうどうしようもないドラマが描けるのが小説です。ノンフィクションだったら書き手の想像でしかないわけじゃないですか。でも小説は、何人もの人間がどう思っていたかということを書けるので。
 私、この小説を読んで誰にも同情できなかったんですよね。お母さんやリオン君はたしかに被害者というか可哀想なんだけど、もっと工夫できると思います。たとえば、さっき黒木さんが、新しい女の人が「あの女」としか呼ばれないことを指摘されていましたけど、この新しい女の名前が「りお」とか、リオン君に似た名前だったりしたら、彼のくやしさや悲しさがより伝わってくると思うんですね。そういう工夫の仕方もあると思いました。

・塩田氏の講評

 ひとつの作品としてまとまっているので、今後も書き続けていただきたいと思いますが、だからこそちょっと厳しいことも申し上げます。
 魅力のある登場人物がいなかった。ひとつは、大人が幼い。子どもが大人びすぎている。ここのメリハリが全然作られていないんですね。たとえば、リオン君が女の人のところに来たときに、普通は静かなとまどいがあると思うんですけど、それをすっ飛ばして、お祭りのときのヤンキーみたいなテンションで「なんや! なんちゅう子や!」てくるからびっくりしてしまって。そら子どももびっくりするわ、と思てたら、お父さんもそれに輪ぁかけて「ちょい待てや!」みたいな、ヤンキーの親方みたいに出てくるから、どないしよ思てて、そしたら白髪のおじいちゃんが出てきて、ちょっといい人が出てきたと思ったら、あんまり活躍してくれないんですよね。せっかくよさそうな人物が出てきたのに、女の人やお父さんの、言ってしまえばレベルの低さに引きずられて、活かしきれていないということなんですよね。
 僕ね、リオン君が図形を破く場面が、いいなと思ったんですよ。この図形がほったらかしになってるから胸にぐっとこないんだけど、この図形が家族の幸せと何らかの形で重なっていれば、これからはこれを破らなきゃいけないんだというところで、読者はぐっとくると思うんですよ。子どもにこんなことさせるなんて、っていう。だから、子どもは子ども、大人は大人というメリハリがないと、ちょっと厳しい。
 そういう、タメの部分を作るのを失敗している中で、最終的に、この小説の目的である、価値観の反転が描かれますね。最初はだらしないなと思っていた母親が、最終的には頼りになって、お母さん好きですってなる、反転。これは、ご自分も男の子の母親でいらっしゃるという作者の願望があるのかもしれないですけれども(笑)、価値観の反転になりきれてない。二人ともだらしないです。母親のほうも、毎日テレビばっかり見てて、ご飯も作らんと外食ばっかりで栄養も偏って、っていうふうに考えると、果たしてこの母親のもとに帰ったところで幸せになれるだろうか、価値観が反転しきれるだろうかと考えると、反転できてないと僕は思うし、後半でお父さんを貶める速度も、あまりにも速いんですよ。お母さんも、最後になって全能性が急に出てくる。前半でだらしなくしていたのは、ちょっと休みたいからという人間的な理由だったのに、ここでスーパーウーマンみたいになってしまう。

 ひとつひとつのタメであったり、登場人物の設定であったりを書いていくときに、いま自分はなんでこの文章を書いているのだろうか、ということを考えていただきたいです。
 あとね、新幹線の窓から富士山を見る場面で、「なぜ、皆は、この景色を台無しにしている煙突を無視できるのか。もうもうと煙を上げる煙突や鉄の塊たちを見ずに、美しい景色だけを切り取ることができるのか」と書いてありますが、これは主人公の何と重なっているんですか。すごく哲学的なことを言ってるんですけど、何の比喩や、と探したけど、何もひっかからないんですよ。ここで主人公の内面とうまく重ねられると、読者は気持ちよく読めるんです。思わせぶりな文章を書いて、考えがなかったというのではつらい。
(福島氏「最後に母親が『知らなくていいことが確かにあるの』という場面に重ねたくて、子どもには、見なくてもいい煙突の煙が気になってしまうということを書きたかったんです」)
 それはもう一回持ってきてほしかったです。最後に、富士の裾野の煙でなくていいから、何か煙を出してほしい。そうしないと、読者にはなかなか伝わらないと思いますよ。僕らが読んでわかんなかったら、たぶんみんなわかんないと思うんで(笑)。何かしらの比喩だということはわかりますけど、その後につながる伏線としてはあまりにもわかりにくい。ただ、そういうチャレンジをする気持ちは大事だと思うので、今後も頑張って書いていただきたいですね。

※以上の講評に続き、後半では両先生のデビューに至るまでの道のりや、小説家を続けていくために必要なことなどについて、黒木氏の司会のもと語っていただきました。その模様は、本サイト内「その人の素顔」にてご覧ください。


【講師プロフィール】
◆塩田武士(しおた・たけし)氏
1979年、兵庫県生まれ。神戸新聞社の記者のかたわら、プロ棋士を目指す無職の三十男を描いた『盤上のアルファ』で、2010年第5回小説現代長編新人賞を受賞してデビュー。『女神のタクト』『ともにがんばりましょう』『崩壊』『盤上に散る』などの後、16年、グリコ・森永事件をモチーフとした『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞。「週刊文春ミステリーベスト10」でも第1位に輝く。俳優大泉洋をあてがきして描いた『騙し絵の牙』が本屋大賞候補になる。他の作品に『雪の香り』『氷の仮面』など。

●盤上のアルファ (講談社文庫) ※小説現代長編新人賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062777061/

●罪の声 (講談社)  ※山田風太郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062199831/

●騙し絵の牙 (KADOKAWA)
https://www.amazon.co.jp//dp/4040689046/

●歪んだ波紋  (講談社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4065123518/

●氷の仮面  (新潮社)
https://www.amazon.co.jp//dp/410336811X/

●拳に聞け  (双葉文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4575521272/

●ともにがんばりましょう  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062936038/

●崩壊   (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334769497/

●女神のタクト (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062779420/

●盤上に散る  (講談社)
https://www.amazon.co.jp//dp/B00KCL6RE0/

●雪の香り  (文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4167909014/

◆花房観音(はなぶさ・かんのん)氏
1971年、兵庫県生まれ。大学中退後、映画会社、旅行会社、AV情報誌での執筆など様々な職を経て2010年、第一回団鬼六賞大賞を「花祀り」(幻冬舎文庫)にて受賞する。12年、京都を舞台にして5人の女性たちの官能と本性を描いた『女の庭』で成功をおさめ、作品を立て続けに発表するようになる。小説に『女坂』『萌えいづる』『京都恋地獄』『偽りの森』『楽園』『まつりのあと』『愛の宿』、エッセイに『おんなの日本史修学旅行』などがある。京都観光文化検定2級を所持する現役のバスガイドでもある。

●花祀り   (幻冬舎文庫)  ※団鬼六賞受賞   
https://www.amazon.co.jp//dp/4344419804/

●うかれ女島 (新潮社)  
https://www.amazon.co.jp//dp/4103518219/

●どうしてあんな女に私が   (幻冬舎文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4344427696/
     
●女の庭   (幻冬舎文庫)     
https://www.amazon.co.jp//dp/4344423771/

●おんなの日本史修学旅行  (KKベストセラーズ) 
https://www.amazon.co.jp//dp/4584134987/

●女坂 (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/406277612X/

●半乳捕物帳 (実業之日本社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4408554006/

●京都 恋地獄  (角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041041066/

●偽りの森  (幻冬舎文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4344424689/

●楽園  (中公文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4122063426/

●まつりのあと   (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334773311/

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