「主人公が自分の過去に向き合い、感情や体験をきちんと言語化しようと思えたところで終わる話は、私はドラマティックだと思います」

 8月の講師には、三浦しをん(みうら・しをん)先生をお迎えした。

 1976年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。2000年、小説『格闘する者に○(まる)』でデビュー。06年に『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を受賞する。2012年に『舟を編む』で本屋大賞を、2015年に『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞している。本講座では、2012年以来7年連続での登壇となる。
 また、今回はゲストとして、国田昌子氏(徳間書店)をお迎えした。
 講座の冒頭では、まず世話役の池上冬樹氏(文芸評論家)が講師を紹介し、続いて三浦氏がマイクを取ってあいさつをした。

「こんにちは、三浦しをんです。今年の1月に続いて、1年で2回も来てしまってすみません(笑)。実は、今年は月山に行くために、8月にもお邪魔することになったというわけです。あした月山に行くのですが、登頂は無理なので「行く」だけですね。その感触によって、「次回は登りたい」となったら来年も8月に、「やっぱり到底無理だ」となったら別の月に来ることになると思います(笑)。今日はよろしくお願いします」

 今回のテキストは、エッセイが1本、小説3本の計4本。

・児玉栄『優子ちゃん』(9枚)※エッセイ
・水上春『野良猫がいない世界はこの上もなく美しい』(16枚)
・高橋茉莉奈『友だち』(17枚)
・佐藤陽子『きえないように』(43枚)

◆児玉栄『優子ちゃん』(9枚)※エッセイ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10137554
 昭和41年。寒河江市の農家に嫁いでいたせつ子さんは、姪の優子ちゃんを預かって育てることになる。義姉が肺結核で入院し、股関節脱臼を患う優子ちゃんの世話ができなくなったためだった。せつ子さんは、ギブスをつけた優子ちゃんにミルクを飲ませ、献身的に育児をする。やがて優子ちゃんのギブスも取れ、義姉の病も癒え、仮の母娘に別れの時が訪れる。

・池上氏の講評
 今回筆名を用いているので“児玉”さんといいますが、講座のみなさんはご存じのように児玉さんはこの講座の隠れたスターでして、僕は大ファンです。僕が編纂をして本も作りました。名作だと思っています。どこかで文庫にしてほしいくらい。
 今回は数年ぶりのテキスト提出ですね。ただ問題は児玉さんはいつも書き直すんですね。普通は書き直すと良くなるんですが、児玉さんは書き直す前のほうがいい。いつも最初の原稿をくださいといつもいっているのですが(笑)。7、8年前でしょうか、角田光代さんがいらしたときに書き直した原稿(第三稿か四稿)をテキストにして、第一稿を参考テキストにしたことがある。そうしたら角田さんも、同行した編集者もみな最初の原稿がいいといってくれた。どういう話かというと、ものを捨てる話で、家の中にものがあふれたのであれを捨てた、これも捨てた、みんな捨てた、終わり! という話だった(笑)。
 ひじょうに勢いがあり、面白くて、颯爽としていた。ところが書き直した原稿は、定期検診で病気が見つかり、そうなると目の前の雑然としたものが気になりだして、捨てなければいけないと思い、あれもこれも捨てました、という話になった。筋は通っているけれど面白くない。普通のエッセイになってしまった。
 実は最初の原稿にも病気の話はちょこっと出てきたのですが、そんなの関係なく、捨てた捨てた捨てた終わり! という話の展開になっていて、このノンシャランスな書き方が素晴らしくて圧倒された。不器用なところが味わいになっている。直したものは構成もよくて文章も丁寧になっているんですが、もともとあった味わいが薄れてしまうんですね。
 この原稿もそうできちんとまとまっている。まとまっていて面白くない(笑)。もっと不器用に書かれた生活の場面がたくさんあったのではないかと思う。そこを読みたかった。何よりも短い。もっともっと読みたいし、肉声というか、人々の生々しいディテールがあったほうがいい。いい子のエッセイにしようとしないで、もっと長く書いてほしいですね。

・国田氏の講評
 山形弁がじつにうまく使われていて、ひょうひょうとした魅力がたまりません。私も児玉さんのエッセイを楽しみにしていました。なので、池上さんもおっしゃるように、生々しい、具体的なエピソードをもっと読みたいと思いました。
 そして、語り手は中学生の「私」なんですが、語り手とせつ子さん一家の距離感がちょっとわかりにくい感じがしました。お舅さんが、語り手の祖母の弟というのは、 よく読めば、わかるのですが、もう少し語り手と直接かかわるエピソードを描いてくださると、関係性がわかりやすくなって、児玉エッセイの魅力もより増すのではと思いました。

・三浦氏の講評

 すごくいいお話ですよね。出てくる人たちみんなの気持ちをいろいろ想像しながら読みました。
 私がちょっと気になったのは、この作品はエッセイということですよね。そうすると、語り手である児玉さんの存在が、あまり活かされていない気がします。国田さんもおっしゃっていますが、親戚関係が非常にわかりにくいんですね。
 もし、もっと長く書くのであれば、児玉さんとせつ子さんの関係をしっかり描くべきだと思うんです。だけど、この長さはこの長さですごくいいので、現状の分量を維持したまま書くなら、語り手の存在はこのエッセイから消してしまったほうがいいです。児玉さんは作品の背後に身をひそめて、せつ子さんと優子ちゃん一家のお話だけにしたほうがいい。ここで描かれているエピソードだけを客観的に羅列していくのが、一番いいと思うんです。そうすることで、実話なんだけど小説風にもなるし、どこか神話的な味わいもより出てくるので、そこが魅力になると思います。
 というのは、私がこの作品を読んで思ったのは「『遠野物語』っぽいな」ということだったんですね。『遠野物語』ってみなさんご存じのように、各エピソードは非常に短くて、語り口もいいんですけど、あくまでも三人称的というか、客観的に淡々と語られていくんですよね。このエッセイも、そういう感じにするといいのではないかと思います。せつ子さんと家族の魅力をより活かすためには、『遠野物語』のような語りの手法を採るのがいいんじゃないかなと思いました。
 それからタイトルですが、最初に原稿をいただいた段階では『情けは人のためならず』だったのが、『優子ちゃん』に替わったんですよね。このタイトルの方向性は絶対に正解だと思います。だけど、これは優子ちゃんというよりせつ子さんの物語だと思うので、『せつ子さん』のほうがいいのではないでしょうか。もしもっと長く書かれるのでしたら、優子ちゃんのエピソードが増えていくでしょうから、『優子ちゃん』でいいと思いますが。

◆水上春『野良猫がいない世界はこの上もなく美しい』(16枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10137457
 佳奈は下流に属する貧困女子。休みの度に通う公園は、珍しく監視カメラがなかったので安心していたが、ある日そこで野良猫を見つける。するとまもなく職員たちがやってきて捕獲した。佳奈は野良猫の存在を許さない人がいるのかと思ったら、監視カメラで見えたから捕獲に来たと説明された。そのカメラは佳奈のお気に入りのベンチの真上に備え付けてあった。
 全て見られていたことに愕然とする。今まで口にした悪口までも監視されていたなら、いつか自分にも、この職員たちが捕獲にくるのではないかと思った。
 猫を引き取りに行ったら反体制的な人間としてマイナス評価になるのではないかと逡巡するが、「野良猫ゼロの世界は美しい」という市民の声に呆然とし、猫を守ることを決める。

・池上氏の講評
 人間には動物愛護の精神があるので、こういう政策が支持される社会は成立し難いでしょう。政府がこういう方針をとったら反対運動が起きるでしょうし、その意味でリアリティに問題があります。
 作者には、監視社会の危険性を書きたい気持ちが強いんでしょうけど、監視社会の物語というとジョージ・オーウェルの傑作『1984年』が思い出されます。昨年読み返しましたが、いまでも強烈な世界観で圧倒されます。ジョージ・オーウェルの小説にはスマホは出てきませんが、それでも隅々まで監視・統治された社会の恐怖が打ち出されている。
 スマホに関していうなら、そしてこれはオーウェルが書けなかった話でもありますが、現代人はみんなスマホも持っているし、カメラがどこにあっても驚かない。そういった、麻痺している感性といったものを、きちんと見ながら、監視社会がどのように怖いのか、というオーウェルにはない別の視点で書くといい。この短い枚数では、ちょっと話を性急に進めすぎているように感じられました。

・国田氏の講評

 この作品の必要とする枚数が短いという点で、池上さんと同感です。しかし、主人公に共感出来る細部の描写力の魅力が随所にあって、感情移入しやすい作品に、仕上がっていました。監視社会のシステムをもっと具体的に記述すると、よりリアルに感じられると思います。この世界で、点数が引かれて評価が低くなることを、主人公が恐れる描写が再三にわたって出てきます。しかし、評価が低くなると、具体的にどんな不利益が生ずるのか? その点数が低くなって陥った誰かの噂なり、システムがどうなっているのかのエピソードが具体的に描かれていると、監視社会の怖さと不安感が伝わるのではないでしょうか。
 基本的に、枚数が足りないと思います。このストーリーをちゃんと、読ませる物語にしあげるには、必要な枚数を意識された方が良いと思います。もっと具体的なシーンなり、描写で物語世界の細部と奥行きを作り上げて頂ければと、残念でした。文章もいいし、筆力は充分お持ちですし、読み応えのある作品になりそうです。今後も頑張って書いて頂ければと願っています。

・三浦氏の講評

 以前もこの講座で水上さんの作品を読ませていただきましたが、作者の問題意識には今回も共通するものを感じたので、書きたいキモの部分があるというのはすごくいいことだと思いました。
 監視社会について、あるいは、それに対して私たちが鈍感になり過ぎている部分への憤りも真っ当だと思います。あと、猫の描写が可愛い。主人公は作品内で、猫のために思い切った行動に出るわけですが、それにふさわしい可愛さで、説得力があります。
 ちょっと気になるのは、やっぱりみなさんおっしゃるように、枚数が足りてないなということですね。監視カメラの前で体制批判的なことを言ったり、猫を引き取ったりすると、何が起こるのか。どんなデメリットが発生するのか。それらがさりげないエピソードとして説明される、ということがまったくない。なので、「いいじゃん、猫を引き取るぐらい」と思ってしまう。小説は、どうしても我々の現実感覚に引き寄せて読んでしまうものですから、現状だと、主人公がどんなに大変な決意をしているのか理解しづらいんです。この作品内における「常識」がどんなものなのか、わからないためです。だから、もう少し枚数をかけて、作品内の社会はどんな仕組みで、どういう感覚や言動が「常識」とされているのか、読者に伝わるようなエピソードを、前半に加えておくべきだと思います。

 もうひとつ加えてほしいのは、主人公と同じ意見を持つ人の存在ですね。このままだと、主人公ひとりだけが「目覚めた人」で、周りは「愚鈍なアホ」ばかり、というふうに読めちゃうんですよ。これは絶対に避けておかないと、主人公が周りを見下しているような、上から目線の人に思えてしまいます。そうなると、主人公はせっかく真っ当なことを考えて行動しているのに、ちょっと鼻についちゃうんですよ。つまり、読者が主人公に共感しにくくなる危険性をはらんでいるということです。だから、主人公とある程度同じような意見を持っているお友だちもいる、という設定にしてはどうでしょうか。「あちこちにカメラがあって、息苦しいね」と普段から話し合っている。「でも、勇気が出なくて、なかなか思い切った行動を取りにくいね」と。そんななかで、とうとう主人公は猫のために一歩を踏み出す。あくまでも一案ですが、こういうふうに少々加筆すれば、作品内の監視社会についてもさりげなく説明できるし、主人公の上から目線っぽさもなくなるのではないかな、と思いました。
 あとは、ちょっと文章が練れてないですね。若干、係り結びがおかしい箇所があります。誰の視点で書かれているのか、ブレているところがあるので、無理に一文にまとめようとしないで文章を割るなど、もう少し的確な表現を探して、推敲されるといいと思います。

◆高橋茉莉奈『友だち』(17枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10137563
 主人公の佐伯ゆみには翔子となずなさんという友人がいる。体の不調に煩わされる主人公を友人たちは気遣う。不調は毎月必ず訪れる月経からもたらされるもので、そのつど翻弄されなければならないことに主人公は嫌気がさしている。そんな主人公に友人であり気立てのよいなずなさんが見かねて鎮痛剤を分け与えてくれる。しかし主人公はなずなさんから貰った鎮痛剤を服用せず、制服のポケットにため込んでいく。

・池上氏の講評    
 なずなさんの薬が実はビタミン剤だったというのは解釈が分かれると思いますが、これは、相手を試しているのではないかという感じがして、屈折した友だち関係が描かれていると思いました。そういう屈折した、言いたいことがなかなか言えない関係が、主人公の身体の痛みとともに描かれているので、最後に「薬はいらない。それ、効かないから」と言った瞬間、ドキッとするんですね。ここで関係が途切れるわけではなく、そこから新たな関係が始まるような感じがします。身体の不調と人間関係の不調が、綿密に描かれていて、そこは非常にいい。
 なずなさんの声が「水中の声」と表現されているのも、核心になかなか触れられない、被膜一枚で隔てられているような関係を置き換えているようで、ここも、とてもいいと思いました。

・国田氏の講評
 三人の関係がたいへん繊細に書かれていますけれど、誰の視点で書かれているのか分からない文章が何ヶ所かありますね。でも、非常に独特な表現がいくつもあって、そういう描写が非常にうまいと感じました。3頁目の「体の形にぴったりとフィットした重しを身に着けているようで、だるくて仕方ない」ですとか、4頁目の、ルイボスティーを飲む場面での「カップを持ち上げるとまだ十分に熱い湯気が鼻先を温かく摘まんだ」という表現ですとか、表現に独特の魅力があると思って読みました。
 ですが、この三人の中で、翔子という人物の存在が非常に弱いですね。名前だけ出てきているという感じがします。それに、なずなさんという人物についての謎が主になっているのですが、ちょっと読者の想像力に委ねすぎているように、私には感じられました。なずなさんの家にはビタミン剤しかないのはなぜかとか、謎は何かありそうだけれど、ヒントになる伏線などがないので、想像するにもイメージもしにくいです。物語のラストシーンで、その後どうなったのか描き込まず、読者の想像力にゆだねるエンディングはありますが、謎がありそうというだけでは、隔靴掻痒というか、もどかしい思いに陥ってしまいます。登場人物のキャラクタ―はうまく描けるので、そのあたり設定をきちんと考えたうえ、謎を解くヒントを記述して頂ければと感じました。

・三浦氏の講評

 主人公とお母さんの仲は、あまりうまくいってないんですよね? そして、なずなさんも家庭に何かある、ということがエピソードからうかがわれる。家に薬がなくてビタミン剤しか飲まない、というのは何かしらの思想というか宗教みたいなものの存在を感じさせます。薬をまったく飲まないことの良し悪しは置いておくとして、なずなさんは、よそとは違う自分の家庭に違和感をおぼえている。それが、「ずっとね、いたいの」という台詞で表現されているんだと思います。“いたい”とひらがなで書かれているのは、身体の痛みではなく、そういう違和感のことだと私は想像しました。
 ですが、作者の意図がその通りかどうかはわかりませんし、いくらなんでもこれは書かなすぎだと思う。「うちにはビタミン剤しかない」って言われたら、ふつう「なんで?」って訊かない?(笑) 生理痛でつらいのにビタミン剤なんか渡してくんなよ、っちゅう話じゃないですか。もちろん、なずなさんになんらかの事情があることを、主人公は訊くまでもなく察知したのでしょう。でも、それがもう少し読者に伝わるように、ヒントをさりげなく出すべきだと思います。読者に解釈を委ねすぎというか、読み筋を固定しなさすぎだと思いますね。現状だと、「女の子って嫌がらせで偽薬を渡したりするんだ、怖いね」って思っちゃう人もいるでしょう。現に、池上さんはそういう読み筋もアリなのかもと思ってらっしゃる節がある(笑)。でもたぶん、作者が書こうと意図していたのは、むしろ「女の子同士の友情」と「家族関係について」ですよね。つまり、読者の解釈と書き手の意図に、大きすぎる乖離が生じています。そこを埋めるために、主人公がなずなさんについて何を察知したのか、もう少しちゃんと書くべきかなと思います。
 何より一番大きな疑問は、なぜ主人公は、そんなに生理痛がつらいのに鎮痛剤を持ち歩かないのか、です。私の実感からすると、生理痛がひどい人は、ナプキンと一緒に薬を持ち歩くもんじゃないかなと思うんですよね。毎月のように友だちから薬をもらっている、というのはちょっと設定に無理がある気がしますね。
 とはいえ、いいところがたくさんある作品でした。比喩が多用されているのですが、そのせいで読みにくいということはまったくなく、とても按配がいいですね。描写や比喩がすごくよくて、女の子たちの気持ちや身体感覚が非常に伝わってきます。
 ただ、みなさんもおっしゃるとおり、翔子の存在が活きていないのは気になりますね。主人公となずなさんのやり取り、エピソードに絞って書いてもよかったかもしれません。

 もうひとつね、作品内での状況説明の仕方についてなんですけど、2頁目に「なずなさんは手にしたピルケースの中から、錠剤のシートを取り出すとその場で二錠分切り取った」と書いてある。ところが5頁目には、「ポケットには、彼女から貰った錠剤シートが二つ入っている。一つは、昨日貰ったもの。もう一つはいつだか忘れたけど、とにかくなずなさんから貰ったもの」と書いてありますね。ぱっと読んだときに、「さっき二錠分もらったじゃん。だったら、ポケットの中に錠剤シートがふたつあるのは当然だろ」と思っちゃったんですね。つまり、「一回につき二錠服用する薬である。その薬が二回分、ポケットに溜まっている」ということがちょっとわかりづらかったんです。これを文章でスムーズに読者に理解させるのは難しいとは思いますが……。たとえば2頁目で、「『一回二錠を服用のこと』と、なずなさんはいつものように唱えながら」といった文章を加えるなど、もう少し手数を増やす方法がありますね。そうやって、錠剤のシートについてさりげなく描写しておけば、5頁目で、主人公のポケットには二回分のシートが入っているのだということが、読者に伝わりやすくなるのではないでしょうか。今のままだと説明が足りないので、描写に矛盾があるように思えてしまいます。
 あと、7頁目の最後のほうで、「なずなさんは、引っ込みがつかなくなったのかほどなくしてミルクティーを開けた」と書いてあるんだけど、ミルクティーは6頁目ですでに開けています。こういう誤りがあると、「ん? 別のミルクティーの缶が登場したのか?」と読者が混乱してしまうので、「登場人物はいま何をして、物体をどうしたのか」をちゃんと思い浮かべて書くように心がけるといいと思います。そうすると、登場人物の行動の段取りが、作者の脳内で整理されるので、描写の矛盾やまちがいを減らせます。

◆佐藤陽子『きえないように』(43枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10137444
 上原咲子は夫と小学生の娘の三人暮らしの専業主婦。ある日、中学の同級生、大森千里から手紙を受け取る。
 咲子と千里は、中学二年のとき趣味の漫画を通じて、特に親しくしていたが、千里が描いている漫画が原因で、二人は同級生女子から嫌がらせのターゲットになってしまった。咲子が疲れはじめていたときに、千里が密かに同じ趣味を持つ仲間たちと創作活動やコミケに行ったことを知り、咲子は嫉妬し、誘導されるがまま、嫌がらせの首謀者と行動を共にする。千里はそのまま他県に転校した。
 それから二十五年、交流は途絶えたままだった。突然の手紙に戸惑うものの、咲子は千里に会いにいく。

・池上氏の講評
 よくある話だな、というところで終わってしまう部分があります。前半を読むと、何かドラマがあるんだろうなと思うんですが、ただ絵を売りにきただけというね。何もないまま終わってしまったように感じます。
 それから、場面が説明的になっているんですね。佐藤さんの作品はいろいろ読んでいますが、この作品はちょっとね、説明になり過ぎている。因縁のある女性がどんなふうに変わったのか、過去に絡めた台詞がなにかひとつあると、ぐっと深みのある作品になったのではないかと思います。

・国田氏の講評
 すいすいと読んだんですが、この咲子はかなり異常な人物に感じられました。娘の下校時間に、バルコニーから帰ってくるのをこっそり見ているんですよね。専業主婦とはいってもいろいろやることはあるわけで、下校時間に必ず娘を見守っている、心配で心配でしょうがないという咲子のキャラクターは、中学時代のいじめと裏切りの経験をずっと引きずっている、ということだと思いますが、それだけではちょっと弱いんじゃないかと思いました。
 咲子と千里それぞれに25年の時間が流れていますから、彼女たちがそれぞれどのように変化したのか、読者はイメージすると思います。もしかしたら中学時代のいじめられっ子のまま、その心理を引きずっている咲子なんだとしたら、これはホラーとかイヤミスのほうに行くこともできるでしょう。罪悪感を引きずって生きてきた咲子の、今の日常が、千里が絵を売りにきたことで変わっていく、ということで、何か腑に落ちる感じがしました。あとは、咲子が夫と結婚するまでのエピソードがあると、もう少し咲子という人物の姿が見えてくるかなと思いました。

・三浦氏の講評

 みなさん結構厳しいですねえ。私はこの小説、すごくいいなと思いましたけどね。文章もとてもいいし、登場人物たちがどんな人なのか、すごくよく伝わってくるし。それぞれの感情とか出来事も、こういうことあるなあと思いました。だから、この作品は現状の方向性のままで充分いいんじゃないかと。
 とはいえ、若干気になったところもあります。咲子は、中学時代の一件以降、あまり漫画を読まなくなっちゃったんでしょうか。「我々を裏切って貴様はオタ卒したのか」と咲子を問いつめたくなるというか、「医者とうかうか結婚しやがって、ええのう」みたいな、そんな気持ちがちょっと生じたのは否めない(笑)。
 ただね、私は、「中学時代の出来事を、咲子が20年以上ずっと引きずっていて、そのせいで娘にも過干渉で」というふうには読まなかったんですよ。千里さんからお手紙が来て、初めて中学時代のことを思い出したんだと思う。つまり、咲子にとっては直視したくない出来事だから、それまで自分の中で封印してたんだと思うんですよね。その感じが、この作品にはすごくよく出ていて、そこが素晴らしかったです。封印していた過去が突如として立ち現れたからこそ、咲子は、「千里と会って、またあの頃の話ができるのかな、謝ったり謝られたりみたいなことがあるのかな」と思い惑ったり期待したりするんだけど、結局は「ツボ買ってください」的な出来事で(笑)。咲子は肩透かし感を覚えつつも、ちょっとホッともする。そういう微妙な機微がすごくうまく描かれていると思いました。

 自分の中で急に掘り起こされた過去と向き合ったことによって、咲子は自分の言葉を獲得していく。咲子はこの作品のラストで、改めて過去を記憶して、常にそれと向き合い続けようと心に決める。それって、言語化するってことですよね。自分の感情や体験をきちんと言語化しよう、と思えたところで終わるというのは、非常にドラマティックだと私は思います。池上さんは、「何もないまま終わってしまったように感じる」とおっしゃったけど、それは断固としてちがうと思う!(机をドンと叩く) 咲子はこれから娘にちゃんと手紙を書くでしょうし、もしかしたらだんだん、帰ってくる娘をバルコニーから見ることがない日も増えていくかもしれない。そういう第一歩を、彼女は踏み出すことができたんだな、と感じられるので、これは構成的にも、内心のドラマとしても、とてもいい小説だと思いました。これが何もない小説だと言われてしまうと、私が書くものなんてもっと何もないから、ちょっとつらいかなあ(笑)。伏線の張り方もうまいですしね。
 それからさあ、咲子が絶妙に上から目線なところもいいよね(笑)。主人公が上から目線っていうのは、場合によっては読者の共感を妨げるので、気をつけたほうがいいんですけど、この作品においては有効だと思った。「謝ってほしいなら頭を下げよう」なんて内心で言っちゃってさ。「咲子、貴様オタクだったくせに、医者の奥さんになったからって、何だこのやろう。我々を裏切りおって、ぐぬぬ」っていうね。この感じも絶妙にリアルだよね(場内爆笑)。

※以上の講評に続き、後半では新刊『ののはな通信』と『愛なき世界』のお話を中心に、池上氏との対談形式でお話していただきました。その模様は、本サイト内「その人の素顔」にてご覧くださいませ。

【講師プロフィール】
◆三浦しをん(みうら・しをん)氏
 1976年、東京都生まれ。2000年、小説『格闘する者に○(まる)』でデビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を受賞。2012年『舟を編む』で本屋大賞を受賞。15年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞。スポーツ小説の名作『風が強く吹いている』ほか『仏果を得ず』『神去なあなあ日常』など、エッセイに『悶絶スパイラル』『ビロウな話で恐縮です日記』など多数。現在、コバルト短編小説賞、コバルトノベル大賞、R‐18文学賞、松本清張賞、小学館ノンフィクション大賞の選考委員を務める。  

●ののはな通信   (角川書店)   
https://www.amazon.co.jp//dp/404101980X/

●愛なき世界   (中央公論新社)  
https://www.amazon.co.jp//dp/4120051129/

●まほろ駅前多田便利軒   (文春文庫)   ※直木賞受賞   
https://www.amazon.co.jp//dp/4167761017/

●舟を編む   (光文社文庫)  ※本屋大賞受賞   
https://www.amazon.co.jp//dp/4334768806/

●あの家に暮らす四人の女  (中公文庫) ※織田作之助賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4122066018/

●風が強く吹いている  (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101167583/

●神去なあなあ日常  (徳間文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4198936048/

●神去なあなあ夜話  (徳間文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4198941173/

●まほろ駅前狂想曲  (文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B0756C3SJ7/

●仏果を得ず   (双葉文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4575514446/

●悶絶スパイラル   (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101167613/

●ビロウな話で恐縮です日記  (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101167648/

●光   (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4087451216/

●政と源 (集英社オレンジ文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4086801353/

●格闘する者に〇(まる) (新潮文庫)   
https://www.amazon.co.jp//dp/4101167516/

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