「私はミステリの分家の子だと思っています。継承権はないかもしれないけど、その重圧がない分、自由にできることもある。ミステリのOSをインストールしなくても立ちあがる、そんな小説を書いていきたいです」

 第97回は作家の辻村深月さんをお迎えして、デビュー作が書かれるに至った誕生秘話や、憧れの作家との交遊など、語っていただきました。

◆いびつでも熱のある作品を/テーマに困ったことは/書店に棚ができた!

――前半では、たいへんすばらしい講評をありがとうございました。辻村さんには、昨日は姉妹講座の「せんだい文学塾」で3本、今日も3本のテキストを講評していただきましたが、読んでみての感想はいかがですか。

辻村 どれも面白かったです。そうですね、自分が新人賞で選考委員をするときに読みたい作品は、なりふり構わないものだと思うんですね。いびつであっても、これを書かないと苦しいからやむにやまれず書く、というような熱は、プロの原稿にはなかなかないので。いびつなものほど、かばいたくなりますね。

――いま選考委員をされている文学賞は?

辻村 R-18文学賞と、氷室冴子青春文学賞と、野性時代フロンティア文学賞、それから江戸川乱歩賞が今年で終わって、来年からは横溝正史ミステリ&ホラー大賞です。

――R-18では三浦しをんさんと一緒に選考委員をされていますが、選考会の雰囲気はどんな感じですか? 意見は合いますか?

辻村 意見が合うときもあれば、合わない時もあります。だけど、その両方の場合がそれぞれとても楽しいです。この講座にはしをんさんも講師としていらっしゃるそうですが、私も拝聴したいくらい!(笑)
 私が初めて選考委員をやったのがR-18で、三浦しをんさんとの初対面もそこなんです。しをんさんの候補作に対する愛や厳しさ、真剣さに接して、私もまた真剣に臨まねばと思いますし、毎回いろんな発見があります。1年に1回のその選考がすごく楽しみだし、今日の講評をほめていただいたのも、そこで培われた部分が大きいと思います。

――新人賞に何度も応募し続けている人も多いですが、書くモチベーションを保つのがたいへんだと思います。辻村さんは、書きたいテーマに困るようなことはありませんか。

辻村 私は、最初のころは一冊ずつ全部書き下ろしだったんです。デビューからしばらく兼業だったこともあって、連載はお受けできなくて、講談社でだけ書いていたんですけど、もう、いま自分が怒っていることや感じていることを、目の前の長篇にすべて入れてしまおうという気持ちでした。終わったあとは一回一回、次に書くものがない状態になるところを目指していたんですけど、不思議なもので、空っぽになったと思っていても、また出てくるものなんですよね。だから、これから何年経っても小説を書いている自分が想像できますし、その都度何かに対して怒ったりしているんだろうなと思います。

――いまは新人賞を取ると、各社から次々に短篇の依頼が来て、これはお金にはなるんですけど(笑)、作家はなかなか育たないんじゃないかという危惧がありますね。

辻村 そうなんですよね。とくに短篇の賞でデビューしてしまうと、すぐに本が出せないので、短篇をいくつか書いて連作短篇集のような形で本にするのを目指すことになると思うんですけど、その間にも依頼が来るし、なかなか長篇をじっくり書く時間がとれなくなってしまう。私の場合は、ひとつのレーベルだけで長篇を一冊一冊送り出していくというスタートになったので、そのおかげで、書店に早いうちに棚を作ってもらうことができたと感じています。そのレーベルのコーナーに行くと、私の小説がだいぶ揃っていて、名前を覚えてもらえるようになったのが、自分のキャリアとしてはよかったと思います。
 初めて「辻村深月」と書かれた、本棚の仕切り板みたいなのを作ってもらったときは、すごく嬉しくて、「下さい」って言って、もらったんです。「ついでに綾辻行人さんのもあげますよ」って言われて、それももらってきました(笑)。うちの本棚には綾辻さんのコーナーがあるので、差して活用しています。

◆受験のストレスから生まれた作品/憧れの『十角館の殺人』/ストーカー疑惑と受験その後に

――デビュー作『冷たい校舎の時は止まる』(講談社文庫)は、書き上げるまでなかなかたいへんだったそうですね。

辻村 これは高校3年生のときに半ばまで書いたものがもとになっています。なぜ書いていたかというと、モチベーションは受験勉強が嫌だったからです(笑)。受験勉強のストレスからの逃避を兼ねていたので、書くのが楽しかったし、進みました。ただ、その反動で、大学に入学したら、受験勉強から解放されたのと、入会した推理小説同好会(ミス研)もすごく楽しくて、あまり書かなくなってしまったんです。そうしたら、大学3年のときに、友だちが家に遊びにきて、高校のときに書いてルーズリーフにまとめていた『冷たい校舎の時は止まる』の手書き原稿を見つけて、持って帰って読んでくれたんです。で、「続きがすごく気になるんだけど、ないの?」って言われて。「頭の中にはある」って言ったら「それは絶対書き上げたほうがいい」って言われたんです。読みたい、って言ってもらえるのって、やっぱりうれしいですし、ちょうどそのときは就職活動が嫌でたまらなかったので、もう進む進む(笑)。でもそのおかげで、後半は高校時代からちょっと大人になった目線が自分の中に備わっていたんですね。教育学部だったこともあって、子どもの描写も活きた話になったと思います。
 これは昨日のせんだい文学塾でもお話ししましたが、作家を目指して書き続けることが、惰性みたいになって苦しくなる人もいるかと思います。そういうときは、気分が乗らなかったら無理に書く必要はありません。創作って逃げないものなので、書きたいものができたら、自然と書きたくなるものだと思います。無理して書くより、それを待った方が絶対にいい。

――そうして書かれた作品がメフィスト賞を取られるわけですが、その前の、綾辻さんとの馴れ初めといいますか(笑)、交流についてお聞きしたいと思います。

辻村 これは何度もあちこちで話しているので、知ってる方はもううんざりみたいな感じかもしれませんが(笑)。ご容赦いただければと思います。
 私は小学6年生のときに、『十角館の殺人』(講談社文庫)で綾辻行人さんの小説に巡り合って、ものすごい衝撃を受けました。小説でしかできないこと、という概念が変わりましたし、こんな小説の形が世の中にあるのか、と大好きになりました。その衝撃をくれた綾辻さんの小説を以降、著者名で探して読み進めていくことになるんですけど、高校生のときに、『ダ・ヴィンチ』で、綾辻さんにメッセージを送るとサイン本が当たるという企画があったんですね。私は故郷の山梨をあまり出たことがなくて、作家さんのサイン会なんて行ったこともないし、綾辻さんに憧れてその頃もう作家になりたかったので、サイン本が当たればそれをお守りにして頑張れるんじゃないかと思ったんです。それで、友だちに頼んで宛名書きを手伝ってもらって、葉書を100枚ぐらい送ったんです。そうしたら無事にサイン本が当たったんですけど、メッセージを100枚も書いてると書くことがなくなってきて、「それをなぜ綾辻行人に読ませる?」というような日常報告みたいなことも多く書いてしまって……。当時はストーカーという言葉が出始めたばかりだったんですけど、なんか私、ストーカーみたいだな、と思って、出版社気付で改めて、「私はストーカーではありません」という手紙を送ったんです。もうこれ、完全にストーカーの行動ですよね?(笑) 自意識が炸裂していて、今考えると本当にお恥ずかしい……。
 でも綾辻さんは不憫に思ってくださったみたいで、お返事をくださったんです。ワープロ打ちで、綾辻さんのお名前だけ直筆署名だったんですけど、短い手紙の中でも、ふだん私が接してきた、あとがきやエッセイで見る綾辻さんの文体そのままなんですよね。短いものの中にもあふれ出る、これが作家性というものなんだと思いましたし、それまで作家を見たこともなくて、現実に職業として作家をしている人がいるというのをビジョンとして持てなかったんですが、本の向こう側から手紙が届いたように感じました。綾辻行人って本当にいるんだ、と思って(笑)、すごく感動しました。
 綾辻さんはそのお手紙で、私にお仕事場のご住所を教えてくださったんです。それからは、本の感想など、お手紙を一方的に送っていたんですけど、受験のときに「受験なのでしばらくお手紙が書けなくなります」って書いちゃって。別にお前の手紙なんて誰も待ってないよって話なんですけど(笑)。それで、大学に入学した5月に実家の妹から電話がかかってきて、「綾辻さんから手紙が届いてる」っていうんですね。何だろうと思って、急いで送ってもらったら、「受験はどうなりましたか」って書いてくださってて。「大学が楽しくて綾辻どころでなくなったんだとしたらそれでもいいんですが、もし失敗してしまったんだとしたら、長い人生いろいろありますし、いまはそれが全てみたいに見えてるかもしれませんけど、本当に大切なことや、時間の流れってそういうものじゃないですよ」という趣旨のことを書いてくださってたんです。

――すばらしいですね。

辻村 千葉大学のミステリ研で楽しくやっています、とお手紙を送ったんですけど、小説を書いていることは綾辻さんには言えませんでした。そこがまた自意識過剰なんですけど、編集者を紹介してほしいと思われたらどうしようとか(笑)、コネでデビューしたいと思われたらどうしよう、みたいな。それで言えないでいたら、メフィスト賞に応募したときに、ちょうど綾辻さんの『暗黒館の殺人』(講談社文庫)が佳境に入っているときで、その原稿のやりとりをしていた編集者の方が、メフィスト賞の原稿として私の小説を読んでくれて、綾辻さんとの打ち合わせで京都に行った際に「次のメフィスト賞はこの作品になると思います」というお話をしてくださったそうなんです。千葉大学ミステリ研出身で、山梨出身で、と話していたら「たぶん僕の知ってる子だと思う」ということになって、じゃあせっかくだから綾辻さんから電話しましょう、ということに(笑)。家の電話に綾辻さんから電話がかかってきたんです(笑)。「綾辻ですけど、編集者が作品をすごく気に入ってくれてますよ」と言われて、うれしくて泣きました。いつかデビューできたら綾辻さんに報告したい、と思っていたんですけど、その綾辻さんから電話をもらえるなんて。そのとき、綾辻さんが「これから先の、長い作家人生の中で、デビューのときに僕から電話がかかってきたというのも面白いんじゃないですか」とおっしゃったんですね。いま自分が14年やってきて思いますけど、書けなくなる可能性も充分にあると思われていたでしょうに、あえて「これから先の、長い作家人生」って言ってくださったんですよね。そのことに、今もとても感謝しています。
 あともうひとつ、そのとき綾辻さんから「兼業で、一回就職したのもよかったですね」と言われたんです。学生からずっと目指している友だちも中にはいましたし、そういう人たちに比べたら、就職しながら目指すってすごく逃げているような、ストイックじゃないことをしている後ろめたさもある中で、山梨に戻って就職したんですけど、その選択を「よかった」と言ってもらえた。やっぱり創作って、明日の家賃のために書くというふうになると、どうしても「これが書きたい」ということがすり減ってきてしまうものだから、その初期衝動を保つためにも、やっぱりデビューして数年は兼業のほうがいい、と言ってくださったんです。そのこともすごくうれしかったです。
 あと、綾辻さんは「自分の作品を読んできた子が作家になるのが、自分のこととして嬉しい」と言ってくださって。その時は漠然と、そういうものなのかなあと思っていたんですけど、最近は私も後輩の作家ができてきて、そうなるとすごくうれしいんですよね。いま読んでくれている、若い読者の方たちで、私が綾辻さんの作品を読んでいたように、中高時代の読書の真ん中に自分の作品を置いてくれている人がいるのだとしたら、やっぱりすごく光栄で、うれしい。
こういう場で綾辻さんの名前を出すたびに「自分がしてもらってうれしかったことは、僕に返してくれるんじゃなくて、下の人が出てきたときに、同じことをしてあげてください」と言われるのですが、ミステリってけっこうジャンル全体でそういうところがありますよね。

◆その作品を必要としている人がいるか/登場人物は自分自身ではない/OSをインストールしなくても立ちあがる小説

――昨日の「せんだい文学塾」では、「その作品を必要としている人がいるかどうか」を考えて書くべき、というお話がとても印象的でした。

辻村 選考で、ふたつの作品で迷うときなどもあるんですよ。両方とも推す人がいて、というならまだしも、ふたつとも、ぐっとは来ないがデビューする水準には達している、ってなったときに、最後の決め手になるのは、この小説をより必要としている人がいるのはどちらか、ということに、私の場合はなりますね。

――「他人の痛みを自分の痛みとして共感させる力があるか」というのも重要だ、ということでしたが、なかなかそこまで行ける人はいないですね。デビュー作ってどうしても、自分の中にあるものを出し尽くすことで精一杯で、読者のことまで考える余地はなかなかない。辻村さんは、初期のころは読者のことをどのくらい考えられましたか。

辻村 『冷たい校舎の時は止まる』って、私はミステリのつもりで書いてああいう感じになったんですけど、いまは高校生の青春小説として読まれている側面が圧倒的に強いと思います。書いた当時は自分自身が高校生だったので、身近なところを舞台にしただけで、青春小説を書いている自覚がなかったんですね。それで、いろいろ書いていたら、デビューの時にミステリ的な部分のほうじゃなくて、青春小説としての主人公たちの葛藤が面白いといわれて、最初はちょっと戸惑いました。ただ、デビュー作ってその人の全部が出ると言われていて、だからこそ、心情描写を書いていく作家であるとか、日常の話だけど非日常が挟まってくるところとか、自分の作風がぜんぶ出ていた話だったんだなと思います。
 いま読み返すと、客観性が失われているなというぐらい、怒って書いている小説も実はあるんです。だけど、この怒りに共感する人もいるとしたら、直したり、削ることは絶対にできない。さっきの講評では、優越感の問題とか、生の怒りだと届かないという話をしましたけど、でもそこに気持ちを寄せる人もいるんですね。私はさっき、自分の主観の観点から話しましたけど、Aをつける人もいればCをつける人もいるような、突出した作品ならその怒りが届いたりもするんですよね。そういうことも客観的に考えられるようになってきたんですが、だけどやっぱり、登場人物は自分自身ではないんだ、ということをどこかで自覚してもらえたら、と思います。自分自身ではない、と意識することで客観性が生まれるので、そうすると読者が見たときにどうなのか、自然とわかるようになるかもしれません。
 私の場合は、デビューしてすぐのころから編集者がそれをやってくれました。「このままだと、この子が読者に嫌に思われてしまう」という目で、その登場人物を守りたいから見てくれたというのがあって。『凍りのくじら』(講談社文庫)という、かなり尖った自意識を持った女の子の小説を書いたんですけど、そのときに「この場所で馬鹿騒ぎするにしては、私は頭が良すぎる」という趣旨の一文を書いたんですね。そうしたら、編集者が「ちょっと」って赤を入れてくれて、「この場所で馬鹿騒ぎするにしては、私は“ちょっと”頭が良すぎる」になったんですね。この「ちょっと」が入るだけで、共感できるかどうか、ぜんぜん変わってきたと思うんです。主人公は最後は自分の傲慢さと向き合うところまでいくから大丈夫だ、と思っていても、最初のとっかかりで嫌われてしまったらもう取り返しがつかないんです。私の思う理帆子という女の子を、編集者みんなが「理帆子を嫌わせないで!」と守ってくれた感じがありますね。

――昨日は「OSをインストールしなくても立ちあがる小説を書きたい」ともおっしゃっていて、これも印象的でした。

辻村 私の小説ってジャンル分けがしにくいと思うんです。青春小説として読む、児童小説として読む、ミステリとして読む、ファンタジーとして読む、SFとして読む、というのがあると思うんですけど、私は自分では、ミステリが出自の作家だという気持ちが強いんです。綾辻さんが好きで、恩人だということもあって。だけど、自分は本家の人間じゃなくて分家の子なんだろうなと思っています(笑)。継承権はないけど、親族会議では呼ばれて役目を渡される(笑)。だけど、継承権の重圧がないからこそ自由にできることもたくさんあって、そんな中、私にできることは何だろうと考えると、やはりミステリだと思わないでも読めることだと思うんです。ミステリだと思わなくても出会える、仕掛けのある小説だったり、叙述トリックだったり。そういう意味で、OSをインストールしなくても立ちあがるソフトでいたい。そこからミステリに知らないうちに出会ってくれる読者がいたら幸せですね。だけど、私自身の中にOSとして入っているのはミステリなので、今日の講評でお話したように、私は全部の小説をミステリのやり方で書いていると思っています。

◆投げられた星を星座にしていく/鋭く描かれた痛みは、他人にも必ず響く/十代の頃の自分に軽蔑されないように

――結論が出た感じがするところで、そろそろ時間もなくなってきたので質疑応答に入りたいと思います。どなたか質問はありますか。

女性の受講生 編集者から依頼を受けるときに、書きたいものはどのぐらい決まっているものなのでしょうか。

辻村 「こんなものが読みたいです」と言ってくれる編集者はいい編集者です。だいたいみんな「辻村さんの書きたいものを」と言ってくるんですね(笑)。あ、今日ここに来ている編集者のみなさんは違いますよ(笑)。「辻村さんの書きたいものを」と言われると「あー……考えます」と言って、次の打ち合わせは半年後、とかにだいたいなりますね。だけど、「辻村さんが書くこういうものが読みたいです」と言われると、全力で応えたいと思うんですよね。この『青空と逃げる』(中央公論新社)はそれが一番強く出た作品です。新聞連載で、最初は「家族の小説が読んでみたいんです」と漠然と言われて、でもそのころ家族の小説はかなり書いていたので「家族はしばらくいいと思ってるんです」って言ったら「もう少し考えてみてください」って言われたんですね。その後に「恋愛」とか「婚活」とか言ったら「うーん……でもやっぱり家族なんだよな」って言われて。この人は明確にテーマがあるんだな、と思って、どんなのがいいですかとちゃんと聞いてみたら、お母さんと子どもがやむにやまれぬ事情で逃げる話で、子どもは小4から中2までの間で、できれば男の子で(笑)、逃げる場所には風光明媚な土地柄を3ヶ所か4ヶ所ぐらい選んでもらって、最終回では僕は泣きたいです、って(笑)。わかりました、ならば全力で応えましょう、という感じで書いていきました。連載中にもかなり密にやりとりしていて、「次に行く島では息子の初恋みたいなことがあるといいですね」とか、「仙台では子どもの無力さゆえに絶望する場面があるかもしれません」とかメールでいただいていたんですけど、次の展開を示してもらうことが、作品の道しるべになっていたんですね。そのことで、連載が終わってからお礼を言ったら、「僕が無責任に投げた星を、辻村さんが思いもよらない星座にしてくださいました」って言われたんです。でもそのあとにまた電話がかかってきて、「すみません、星を投げたなんておこがましいことを言ってしまいました。僕が投げたのは石で、それを磨いて星にするところから辻村さんがやってくださったんです」って(笑)。
 編集者からの投げかけって、そういうところがあるんじゃないかと思うんですね。もちろん、そういうやり取りが嫌な作家さんもいると思うんですけど、「こういうものが読んでみたい」「こういうシーンがあったらいい」というものをもらって、それをどう磨いて星にするか。どう見せて星座を編むか。そういう要求には応えたいと思います。

男性の受講生 先ほど、作品を必要としている人がいるかどうかというお話が出ましたが、必要としている人の母数と、その切実さとではどちらを重視されますか。

辻村 すごく鋭く描くときって、必要としている人が2~3人しかいないようなマイノリティの痛みであっても、やっぱりほかの人にも響くんですよね。だから、母数を見てしまうと、それだけライバルが多いと思ったほうがいいと思います。その痛みを抱えている人は多いので。でも無理することはないと思います。自分自身が、それを必要とする人がいると真剣に信じて書いたものは、伝わると思います。
 図書館とか書店の仕事に似ていると思うんですね。ベストセラーばかりを入荷するのが図書館の仕事じゃないと思うんです。その本を借りにくる人が年にひとりしかいないとしても、その本がちゃんと置いてあるということが図書館の役目だと思うので、そんな本の1冊を書いていきたいと思っています。

男性の受講生 今回の講座は、昨日の仙台から見せていただいているんですが、連日の講座にもかかわらず、疲れを感じさせないお話しぶりに感服いたしました。どこからその体力が出てくるのか、どうすれば集中力を保てるのか、おうかがいできればと思います。

辻村 私は、体力はないほうだと思うんです。体育の成績は2だったし(笑)。
 今回の講座も小説の執筆も、仕事なんですけど、楽しいんですよね。楽しいことってやっぱり疲れないんです。作家としての仕事って楽しいことが多いので、それに支えられているんだなと思っていますね。なんで楽しいんだろうと思うと、子ども時代には自分が作家になれるかどうかわからないという思いの中で書いていたり、大人からは「そんな遊びの本じゃなくてちゃんとした本を読みなさい」とか言われたりしていた。そんな中で、私のことを救ってくれたのはミステリやSFだったりして、これを書いた著者は大人だけど私のことをわかってくれる、という気持ちから作家になりたいと思うようになって、いまはそのなりたかった職業についているわけですよね。
 信頼できる読者とか、この話を必要としている人がいるかどうか、とか考えるときに、自分がひとつの基準として置いているのが、十代の頃の自分が読んだらどう思うか、ということですね。一番鬱屈していた時代の私に必要とされるかどうか。あと、当時の自分に、「大人になってこんなの書くようになっちゃったんだ」と悪い意味で絶望されたら終わりだなと思っています。当時は本当に不遜な目で小説や物事を見ていたんですけど、だからこそいまよりずっと切実に本を読んでいた。あの頃の自分に軽蔑されないように、と思って書いています。そんな、不遜だった自分がすごく好きだった仕事に、いま就いているということが、元気の源になっていると思います。

――まだまだお聞きしたい方もいると思いますが、残念ながら時間を大幅にオーバーしているので、今日はこのぐらいで終わりにしたいと思います。ありがとうございました。
(場内大拍手)


【講師プロフィール】
◆辻村深月(つじむら・みづき)氏
 1980年、山梨県笛吹市生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞してデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞受賞。他に『凍りのくじら』『名前探しの放課後』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『オーダーメイド殺人クラブ』『本日は大安なり』『ハケンアニメ!』『朝が来る』『東京會舘とわたし』など著書多数。

●かがみの孤城  (ポプラ社)   ※第15回本屋大賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4591153320/
 
●冷たい校舎の時は止まる (講談社文庫)  ※第31回メフィスト賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062758229/

●ツナグ   (新潮文庫)    ※第32回吉川英治文学新人賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101388814/

●鍵のない夢を見る   (文春文庫)   ※第147回直木賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B010CZB3LC/

●青空と逃げる  (中央公論新社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4120050610/

●凍りのくじら  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062762005/

●名前探しの放課後  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062767449/

●ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062772248/

●オーダーメイド殺人クラブ (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4087453138/

●本日は大安なり   (角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041011825/

●ハケンアニメ! (マガジンハウス文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4838771002/

●朝が来る  (文藝春秋)
https://www.amazon.co.jp//dp/4163902732/

●東京會舘とわたし   (毎日新聞出版)
https://www.amazon.co.jp//dp/4620108219/

● 子どもたちは夜と遊ぶ(講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062760495/

●スロウハイツの神様  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B00AJCM2QE/

●盲目的な恋と友情  (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101388822/

● 噛みあわない会話と、ある過去について (講談社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4065118255/

●家族シアター  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062938480/

●島はぼくらと  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062934515/

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