「それ自体はありふれた言葉であっても、物語における前後の文脈によって、新鮮になったり、より深い意味をもつものになったりします」

 第96回は作家の唯川恵さんをお迎えして、最新作『淳子のてっぺん』とそれを生み出した登山体験などについて、お話ししていただきました。

◆恋愛における負の感情を描く/価値観の変遷と「いい話」/若い人たちに無理に合わせることはしない

――先ほどの講評では、結末を決めて書くとそこに向かって急ぎ過ぎる、という弊害についての意見が印象的でした。

唯川 ラストに向かって、読者にも一緒に盛り上がってもらおう、と考えることは必要だと思うんですよ。でもそこを考えすぎると、最後に書き込み過ぎてしらけるということもあるし、駆け足になってしまうこともあるので、よい按配にしなければいけないですね。

――たとえば恋愛小説を書くとすると、一番盛り上げるのはどこですか。どういう感情を描くようにしていますか?

唯川 書く人によって全然違うと思うんですけど、私の場合は負の感情を描くようにしています。恋愛は素晴らしいこと、というよりもいかに厄介なことか、どんなに醜い自分が出てしまうか、ということを書くほうが好きですね。

――恋愛を描くうえでも、価値観のアップデートは必要になりますね。時代が変わって、最近なら「セクハラです」「パワハラです」で終わりになってしまうような話もありますし、不倫を描いたりするとそれだけで受け容れられない、というようなことも多くなりました。

唯川 そういうことって、もう小説でしか書けないと思うんですよね。ドラマとかだと大変でしょう。でも、何がいいか悪いか、倫理的なことも含めて、向き合っていけるのが小説家なので、そこはとても面白いと思っています。
 昔は、小説なんて賛否両論あって当たり前という感じだったんですが、最近は、編集者も「いい話」「心温まる話」をとても求めるらしいんですよ。恋愛しても、セックスもしないような。ここまで清潔な人が出てこないと心が温まらないのか、とびっくりしますね。

――僕は女子大で教えているので学生の作品も読みますし、新人賞の下読みもやっているのでたくさんの応募原稿も読みますが、今の若い人の恋愛小説の9割は性的体験なしですね。出会いがあって、気持ちの確認に至る過程を描いて終わり。1960年代までのハリウッド映画は規制が厳しくて、恋愛の成就は熱い接吻で表現されていましたが、最近はその時代に戻ってきたように思います。

唯川 そうですね。今の若い人たちはそうかもしれませんが、ならそういう小説を読めばいいんですよ(笑)。私はもう大人になったんだし、無理に若い人たちに合わせる必要もないし、若い人たちも無理に合わせてほしくないだろうし(笑)。大人が読むものを書いていきたいと思いますね。

◆60歳を境に書き方を変えた/登山のきっかけはペットロス/熊の親子と出会ったら

――唯川さんは恋愛小説の大家として地位を確立されていますが、新作『淳子のてっぺん』(幻冬舎)では、登山という新たな題材に挑戦されていますね。

唯川 そうですね、50代後半ぐらいから、いくつも同時に連載をするような量産をやめて、書き方を変えていくしかないなと感じていたんです。でも小説家ってだいたい2年とか3年ぐらい先まで注文の約束があるので、それはちゃんとやろう、と。でもその後の、60歳以降の連載の約束は、一切しなかったんです。そうなったときに、何か自分が書きたいものに巡り合えるんじゃないかと考えていて、そこに新聞連載の依頼がありまして。それ一本でやろうと思ったので、何を書こうかと考えたのが、山を登り始めて知り合った田部井淳子さんだったんです。

――ちょっと遡ると、唯川さんが東京から軽井沢に移住したのは、これは愛犬のためだったんですよね。

唯川 2002年に直木賞をもらって、翌年には軽井沢に引っ越したんです。セント・バーナードという大きな犬を飼ってしまったものですから、東京で暮らせなくなって。犬が暑さに耐えられなくなったので、軽井沢に引っ越しました。

――その愛犬が、2010年に亡くなってしまって、ペットロスで落ち込んでいた唯川さんを見かねた旦那さんのおすすめで、登山を始められたとのことですね。

唯川 でも、やっとでしたよ。浅間山には100回以上登ったんですが、頂上にたどりつくまで半年ぐらいかかりましたから。本当に少しずつです。

――山登りが楽しいなと思われるようになったのは、いつごろですか。

唯川 なんというか、無事に下りてきたら楽しかったなと思うんですけど、登ってる最中は、「なんで来たんだろう」「いつ止めるって言おう」と考えてばかりですよ(笑)。

――そのあたりのことは、このエッセイ集『バッグをザックに持ち替えて』(光文社)に詳しく書かれていますので、みなさんぜひお読みください。ひじょうに面白いエピソードがたくさん書かれています。そこでは登山仲間があだ名で呼ばれているのですが、旦那さんは“リーダー”ですね(笑)。旦那さんは、前から登山をされていたんですか。

唯川 アウトドア雑誌のライターをやっていたんですけど、その中で、スポーツのひとつとして登山家といっしょに登ったりはしていたみたいですね。でも、そのころ登山家に意地悪をされたので、もう二度と山登りはしないと言っていたんですけど、でも軽井沢に来て変わりましたね。

――これを読むとわかるんですが、装備にもお金がかかるんですね。

唯川 かかりますよお。私がいま持ってる靴の中で一番高いのも、登山靴ですから。まあ4万円ぐらいで、大した靴を履いてるわけではないんですけど(笑)。靴もウェアも、季節によっていろいろ必要になるので、それなりのお金はかかりますね。

――山登りを始めたころに、熊に出会った話は怖かったですね。

唯川 私が見たのは子熊のほうだったんですけど、最初に見たときは木の上にいて、「なんであんなところに子犬がいるんだろう」と思ったんですね(笑)。で、リーダー(旦那さん)に「なんで子犬がいるの」って振り向いたら、リーダーは山のナイフと熊避けスプレーを持って立ってたんですね。親熊が下で胡桃とかを食べている間は、子熊は上に上げるらしいんですね。だから、あそこに子熊がいるということは下に親熊がいるから、すぐ移動しろと言われました。猪や猿も怖かったけど、やっぱり熊は怖いですね。

◆ひとりの女性の人生を追いたかった/高山病は「史上最悪の二日酔い」/タイトルと構成は最初から決めていた

――そうやって登山をしているときに、新聞連載の依頼があって、そこで田部井淳子さんのことを書かれたんですね。

唯川 ひとりの女性の、人生を追ってみたいなという思いはずっとあったんです。だから、いろいろな女性の生き方をチェックはしていたんですが、山を登り始めてから、連載の主人公にする女性といったら誰だろう、と思って、最初に浮かんだのは田部井さんでした。田部井さんの本はすでに何冊も読んでいたので、この人をモデルにできたら嬉しいなと思って。それで、日本山岳同志会という大きな山岳会で副隊長をやっていた深田さんという方と会って、田部井さんのことを紹介していただいたんです。
 田部井さんは私よりずっと年上なんですけど、あの時代には、女性ができなかったことがいっぱいあったんですね。そんな時代に、田部井さんは女性だけの登山隊を作って登っていくというところに惹かれました。これが男女混成チームだと、だいたい男の山屋たちに「俺たちが女たちを連れていってやっているんだ」と言われる。それがいやで、女性だけのパーティを作っていくというのがすごく斬新だし、まさに先を走っている方だなと思いました。  

――そこで、女性として初めてエベレスト登頂を果たした田部井淳子さんを書くことになった。じゃあ1回エベレストに行こうか、という話で。

唯川 資料も読み込んだし田部井さんに直接お聞きすることもできたんですけど、どうしてもエベレストが想像できなくて。昔のエベレストは、1シーズンに1組しか入山できなかったんですけど、いまは年間400人ぐらい登頂していますから(笑)。

――でも、そこにたどり着く前段階で、高山病にすごく苦しむんですね。水分も1日4リットルとらなければいけない、とか。

唯川 だいたい1000m上がるごとに水分を1リットル増やす計算なので、4000mだと4リットル水を飲まなければいけないんです。とにかく水分を補給して血液の循環を良くして、身体に酸素を回すんですね。それが大変で、顔なんかパンパンに腫れました。高山病の症状って、史上最悪の二日酔いみたいな感じなんです。吐き気でしょ、目まいでしょ、それにお腹の調子も悪いし。考えただけで嫌でしょ(笑)。

――嫌ですね(笑)。でも、それでも行きたかったんですね。

唯川 行ってみないとわかりませんから。そのときまでに富士山は2回登ったりしていたんですけど、それでも3700mぐらいで、本当につらかったのは4900mでしたね。空気が地上の半分ぐらいなんです。いろいろ聞いてたんですけど、実際に行ってみたら本当につらかったですね。

――物語の後半では、女性だけの隊でエベレストに向かうんですが、ここで隊長が帰国してしまうんですね。それで副隊長の田部井さん、小説の中では田名部さんが隊長になるわけですが、これは大きな事件ですね。

唯川 これは実際にそういうことがあって、登り始めて5日で隊長が帰国するという、この事件を外すわけにはいかないので、田部井さんに聞いてみたんですが、「ごめんね、これはお墓の中まで持っていくって約束したから、話せないのよ」って言われたんですね。なんてかっこいいんだろう、と思ったんですけど、「わかりました、じゃあ私はこういうふうに想像して書こうと思いますが、どうですかね」と言ったら「うん、近い感じかな」とおっしゃってくださったんで、この理由は私の想像で書いたフィクションです。

――この小説は、プロローグとエピローグもとくにいいですね。現代の、東日本大震災で被災した高校生が出てきて、田部井さんが最期の数年間にやっていた、被災した子どもたちを富士山に連れていく活動が描かれているんですが、プロローグで、女子高生がもう途中で帰りたいと言い出したときの、田名部さんとの会話がまず出てくる。それがエピローグにつながってくるのがまた感動的なんですが、これは最初からそう決められていたんですか。

唯川 はい、これは新聞連載が決まったときから、最初と最後はこうしようと決めていました。あと、『淳子のてっぺん』というタイトルも、最初から決めていましたね。
 ここで出てくる言葉は、それ自体はありふれたものかもしれませんが、前後の物語や文脈によって、新鮮になったり、より深い意味をもつものになると思います。

◆締め切りを持たない生活/高所恐怖症の登山家/山も人生も下りが大変

――なんかずっと山登りの話をしていますね。唯川恵さんが講師にいらして、こんなに山の話をされるとは、みなさんも思われなかったでしょう(笑)。『淳子のてっぺん』は800枚の大作でしたが、次回作はどんな予定ですか。

唯川 実は、締め切りを持たないことにしたんです。30何年間、ずっと締め切りに追われてきたので。とにかく今は、短篇集を作りたいと思っています。あと年内に2~3篇ほど書いたら、来年あたりに本になるかな、という感じですね。版元は集英社からです。

――今後の登山の予定はいかがですか。

唯川 そうですね、山登りをする人の中には、たとえば百名山を制覇するとかそういう方向性の人もいますが、私はそういうほうには行かないですね。どこそこの山に登った、というのを証明するために三角点の写真を撮ったりする人もいるんですが、義務のようにやってるのってしんどいだろうな、と思うんです。だから、リラックスして楽しむためにも、好きだということ以外の義務は背負わないようにしています。

――いままで、山で一番怖かった体験は、どういうものですか。

唯川 最初に登った赤岳に行くルートがあって、地蔵尾根というところを、トラバースといって岩を横切っていくんですけど、「こっちに来て」と言われて、行った瞬間に下が崖だということを思い出して、身体が固まって動けなくなりましたね。あれは怖かったですね。

――実は高所恐怖症なんですよね(笑)。これはどういう心理なんでしょうか。

唯川 意外と、山登りをする人には高所恐怖症が多いんです。そちらのほうが慎重になるので、落ちないといわれているんですね。高所に強い人って、どんな崖の上でもひょいひょい行くんですよ。見ていてハラハラするんですけど、そういう人のほうが過信して事故を起こしやすい、というんです。だから高所恐怖症であることは山登りでマイナスではない、と言われました。まあ、私はそんなに岩稜(がんりょう)登山をするわけではないのですが、やはり崖の下はあまり見ないようにはしていますね(笑)。

――下るときが大変なんだと聞きますね。

唯川 つくづく思うんですが、人生も同じですね。下るときが危険だ、と思いますね。

――そうですね。僕は膝がときどき痛くなるのですが、上りの時は全然痛くないのに下りの時は痛い。痛いから慎重になる。人生半ばをすぎると見える景色も行動も変わってきますね。唯川さんはずっと文壇で活躍されてきて、みんなの仕事ぶりを見て、やっぱり考えるものがありましたか。締め切りを作らないほうが、やはり楽ですか?

唯川 私はそうなりましたね。いろんな作家がいて、歳を取ってもとにかくたくさん書き続けたい人もいるし、そうありたいなという気持ちもあったんですけど、60歳になるということが私にとってはけっこう大きくて、これからの人生を、書くことだけで生きていくのは私にはしんどいなと思いました。

――唯川さんは僕と同じ1955年生まれで、この間亡くなった西城秀樹とか、明石家さんまとか、江川卓とかが同じ歳ですね。作家では佐藤正午さんとか、あと篠田節子さんは誕生日が僕の2日前です。篠田さんはこの前、小池真理子さんとの対談(「オール讀物」5月号所収「新刊『死の島』が問うこと」)でがんを告白されていて驚きました。唯川さんは、健康のほうは大丈夫ですか。

唯川 なるべく調べないようにしています(笑)。でも、いつ何どき自分にも来るかわからないので、なるべく、みっともなく慌てないようにと思っているんですけれども。

――同じ対談で、小池さんはお父さんやお母さんの介護について話されていましたが、そういう年代にもなってきたんですよね。

唯川 そうですね、今回のテキストにもありましたが、介護の問題は大きいですね。うちの両親はもう亡くなりましたが、生きているころは実家の金沢まで行ってましたし。

◆悪役を悪役らしく描くためには/小説の熱量/取材したことは一旦忘れる

――では、そろそろ時間もなくなってきましたので、質疑応答に入りたいと思います。

女性の受講生 先ほどの講評で取り上げられた『五十年目の出発』について、ミステリとして捉える読み方と、主人公の再生の物語として捉える読み方があるように思いましたが、小説のジャンルをどのように捉えればいいのか、おうかがいしたいと思います。

唯川 謎解きの要素というのは、すべての小説に、あると面白いものだと思うんです。推理小説のように、犯人を捜すとか、トリックとかになると私は全然わからないんですが。少しずつでも、要素が入っていると面白いと思いますよ。サスペンスの要素とか。恋愛小説だとしても、ベタに男と女が向き合っていくだけではない、いろいろなものが少しずつ混ざった小説のほうが面白いと思います。

――あらゆる小説は、何かを探して何かを見出すという構造なんですよ。見出すのはある種の秘密だったり、人生の真実だったりしますが、これはあらゆる小説や映画がそうなんです。そこに恋愛小説というジャンルやミステリというジャンルがありますが、何を見出すか、どこに重きを置くかによって、書くべきジャンルは変わってくるでしょう。

男性の受講生 先ほど、ありふれた言葉でも文脈によって新鮮になるとおっしゃっていましたが、表現の工夫や具体例など、もう少しお話しいただけますでしょうか。

唯川 難しいですね……たとえば、ここに「一歩踏み出すことが生きること」みたいなことを書くんですけど、その1行だけ聞いたら、気恥ずかしくなるぐらいありふれた言葉だと思うんですね。でも、そこが山であることとか、田部井さんが病気をされているとか、そういう背景があると、その1行がしみじみと力を持ってくると思うし、もしそれがなかったら私もこの1行は書かなかったと思います。みなさん、ありふれた言葉をなるべく排除したいでしょうけれども、それが文脈の中では活きてくるので、あまり怖がる必要はないと思います。

男性の受講生 小説を書くうえで、主人公と対立する悪役のような存在を描くときに、注意されていることはありますか。

唯川 悪役を悪役らしく描くためには、たぶん主人公にも悪をちゃんと入れておかないと駄目だと思うんですね。あまりにも「いい人vs悪い人」にすると、物語がご都合主義っぽくなるので。悪役に悪さをしてもらうためには、主人公の嫌な部分を見せることを恐れない、ということだと思います。

女性の受講生 私は恋愛小説をよく書くんですけど、周囲から「もっと、やり過ぎるくらい書け」と言われてしまいます。自分ではそう思って書いても、やはり周囲に同じことを言われてしまうのですが、どうすればいいでしょうか。

唯川 あなたの書いたものを読むと意見が変わるかもしれないけど、いまお話を聞いた感じでは、周囲の人が言うことは聞かなくてもいいんじゃないですかね。たぶん、描写をどれだけ書いたからといって熱量が伝わるわけではないんですよ。書いてるご本人にどれだけ熱量があるか、ということのほうが大事だし、淡々とした中に見えるもののほうが、ぐちゃぐちゃに書いた中に見えるものより熱量が高いこともあるでしょうし。あんまり周りの意見に惑わされなくてもいいんじゃないかと思います。

女性の受講生 先ほど、性的なものが書かれなくなってきているという話があったんですけど、唯川先生はコバルト出身ということで、性的なものは書けない時期もあったと思いますが、いまの書き手に向けたアドバイスをいただけますでしょうか。

唯川 自分が少女小説に入ったときはもう、書いちゃ駄目みたいなところから始まっているし、もっと大人を主人公にしていくなら書きたいと思って書いたし、書きたくないと思ったら書かないし、この『淳子のてっぺん』にはまったくそういうシーンは出てこないし、それはまったく自由だと思います。書かなきゃいけないものでも何でもないし、書かなくても濃密でいやらしい小説はいくらでもあるし、どれだけ書いても官能的じゃない作品もあるので、それはかまわないと思います。

女性の受講生 私はこの講座で最年長だと思うのですが、生きているうちに自分の人生を一冊の本にしてから死にたいと思っています。そういう書き方をしてもいいものでしょうか。

唯川 それはとてもすばらしいことだと思います。商業作家には売上とかいろいろ面倒くさいこともあって、縛られるところもあるんですけど、やはり自分の書きたいことを好きに書くということが、原点だと思います。ぜひお書きになってください。

女性の受講生 ノンフィクションに近い小説を書くにあたり、資料で得られる以上の情報のために取材が必要になるかと思いますが、正しい取材のお作法や注意点などありましたら、うかがいたいと思います。

唯川 うーん、どうかな。とりあえず私はプロなので、取材に関しては編集者に任せることが多いです。それに、取材し過ぎると、それにとらわれて自分の考えが入り込む隙間がなくなったりするんですね。だからよく言うのは、取材をしても一旦全部忘れろ、ということ。一回忘れて、どうしても忘れられないものを書くんです。忘れた部分は自分の想像で埋めていくようにしなさい、と先輩作家から言われたことがあります。

――取材したことは一旦全部忘れろ、というのはいい話ですね。いろいろお聞きしたいこともありますが、そろそろ時間となりました。今日は長時間にわたり、ありがとうございました。
(場内大拍手)


【講師プロフィール】
◆唯川恵(ゆいかわ・けい)氏
1955年、石川県金沢市生まれ。銀行勤務などを経て1984年「海色の午後」でコバルト・ノベル大賞を受賞。少女小説の分野で数多くの小説を書き人気作家になる。97年ホラー要素の濃い『めまい』から一般文芸に移り、サスペンスから恋愛小説まで手がけ、多くの読者の共感を集めている。2002年『肩ごしの恋人』で直木賞、08年『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞受賞。作品はほかに『ベター・ハーフ』『燃えつきるまで』『とける、とろける』『逢魔』。新作は登山家田部井淳子を描いた『淳子のてっぺん』。

●淳子のてっぺん   (幻冬舎)
https://www.amazon.co.jp//dp/B0753BJQ3F/

●バッグをザックに持ち替えて   (光文社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334912141/

●肩ごしの恋人 (集英社文庫) ※直木賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B00E4KX3PQ/

●愛に似たもの   (集英社文庫)  ※柴田錬三郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4087464865/

●海色の午後   (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B01B7692G8/

●めまい  (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B01C8H1XVW/

●刹那に似てせつなく  (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334772900/

●息がとまるほど  (文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4167727021/

●セシルのもくろみ (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/433476553X/

●永遠の途中   (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334742882/

●テティスの逆麟 (文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4167900262/

●ため息の時間  (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101334277/

●ベターハーフ   (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B01B7692GI/

●燃えつきるまで (幻冬舎文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4344406516/

●とける、とろける  (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101334331/

●逢魔  (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B076ZFXZ6J/

●雨心中  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062775573/

●手のひらの砂漠  (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4087454886/

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