「結末を最初から決めて書くと、早くそこに行きたくて、書くべきことを端折ってしまいがちになります。その場合は、書きこぼしのないよう、より慎重に書き進めてください」

 5月の講師は、唯川恵(ゆいかわ・けい)氏をお迎えした。
 1955年金沢市出身。1984年『海色の午後』でコバルト・ノベル大賞を受賞し作家デビュー。ティーンズ小説の分野で人気作家となり、のち一般小説にも進出。1997年にはホラー的色調の濃い『めまい』、サスペンス小説『刹那に似てせつなく』で新境地を開き高く評価される。2001年『肩ごしの恋人』で直木賞を受賞。2008年には『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞を受賞している。

 また今回は、ゲストとして小林晃啓氏(光文社)、菊地朱雅子氏(幻冬舎)をお迎えした。

 講座の冒頭では、まず世話役をつとめる池上冬樹氏(文芸評論家)がマイクを取り、講師を紹介した。  

「こんにちは、池上です。3月と4月は司会をお休みしましたが、今月はひさしぶりに僕が司会をつとめます。今日は唯川恵さんをお招きしました。山形へお迎えするのは5年ぶりとなります。また、ゲストの小林さんと菊地さんは、唯川さんとは登山仲間でもいらっしゃいまして、それぞれに山の本も作られていますので、後半ではその辺のお話もできればと思います」
 続いて唯川氏のあいさつ。  

「こんにちは、唯川恵です。山形へは5年ぶりなんですが、なぜか自分では3年ぶりぐらいの気持ちでいます(笑)。東北の山へはなかなか登る機会がなくて、今は住んでいる長野県の山ばかり登っていますね。山って、同じ山に何回登っても、同じ状況はひとつもなくて、毎回新しい発見があるんです。その辺の話も、あとでしたいと思います。今日はよろしくお願いします」

 今回のテキストは、小説が4本。
・遠井二人『五十年目の出発』(20枚)
・佐藤なつ『束』(25枚)
・汐見游『緑のリボンと白い封筒と』(56枚)
・安孫子啓子『同窓会』(18枚)

◆遠井二人『五十年目の出発』
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9785009
 退職して地元に戻った修二は、中学時代の剣道部の友人、青沼政夫に同期会に誘われる。久しぶりの仲間との語らいの中で、五十年前に山で死んだ皆川悠太の話が出る。中学三年の夏、剣道部は大会に向けて練習中だったが、悠太は無理に登山に参加し、落ちてきた雪渓に打たれて死んだ。
 悠太は剣道のライバルであり、気になる存在だった。政夫とともに悠太の兄を訪れ、また悠太の近所の友人の話を聞いた。そして彼がなぜ山に行ったのかがわかったが、コースから外れてなぜ雪渓の下に行ったのかは不明だった。その謎を知るために、一人で山に登り雪渓に行ってみる。

・池上氏の講評
 これはミステリの一種で、少年はなぜ死んだのかという、読者を惹きつける謎がありますね。ところが、後半ではその謎を解いてくれるんですけど、最初から中盤までがちょっとダルいんですね。そのため、ミステリとしてふくらませるべきところが、ふくらまない。
 主人公がなぜその謎を追うのかという動機が弱いし、最後には、高山植物を見つけて取りにいったのではないかというんだけど、それが少年や主人公にとってどんな意味を持っているのか、というところまでフィードバックしない。これからの人生においてどう意味づけするのか、というところが弱い。それを描いてこそ小説でしょう。

・光文社 小林氏の講評 

 登山にちなんだミステリということで楽しく読ませていただきました。
 最初に思ったのは、この同級生の少年が死んだ時の状況が、まったくわからないということです。雪渓(せっけい)が落ちてきて死んだ、というように書かれているんですけど、雪渓や雪庇(せっぴ)といった用語の意味を、ちゃんと理解して使われているのかな、というのがひっかかりました。
 主人公は長く中国に行っていたという設定ではあるのですが、被害者が高嶺の花の女性と付き合っていたこととか、どうして山へ行ったのかとか、近しい人には分かっていたはずですし、警察も当然調べただろうと思います。どうして謎のままなんだろう? と思ってしまいました。主人公が、今さら調べ始めて、途端にいろいろなことが明らかになるという展開が少し不自然なように感じました。謎の設定や解決をもう少し練らないと、ミステリとしては弱いと思います。

・幻冬舎 菊地氏の講評

 だいたい同じになるんですけど、50年目の同窓会で、ふいに謎を調べようと思ったと書かれていますね。そこで、何かもうちょっと深い会話が交わされていたら、説得力が増していたと思います。
 もうひとつは、わざわざ山へ登って調べに行くということは、もうちょっと主人公と悠太の、中学生時代の友情やふたりの関係性を深く書かないと、調べようとする動機の説得力にはならなかったのかな、と思います。
 それから、地方を舞台にした話ということですので、同窓会の場面で方言が使われていたりすると、より親しみや面白味が増したのではないかと思いました。

・唯川氏の講評
 私は、この出だしがとても魅力的で、一気に引き込む力があったと思います。でもこの枚数で、この人が同窓会に出て自分の生き方を考えて、かつての友人が山で亡くなったことを疑問に思い……というのをすべて入れるのはやはり無理があると思うんですね。だから、主人公が仕事で中国に行って帰ってくるとか、親の介護のこととか、そういうのは会話より地の文でうまく押さえていって、わざわざ山へ行こうと思うようなきっかけになるところは会話文で説明していくと、もうちょっと話自体に乗っていけると思います。
 作中で出てくる山というのも、厳しそうではあるんだけど、どんな山なのかわからない。ここはぜひ、具体的に山の名前があるのであれば、出していいと思いました。そのほうが土地柄も出て、いっそう心を惹かれると思います。

 あと私は、これはミステリというより、智子という女性に対する恋愛小説的な面があると思いました。彼女のために花を、ということであれば、何かそこにもうひとつドラマがほしいですね。たとえば、彼女はそこに行けないから取ってきてあげたい、というような強い思いがないと、なんとなく3人で一緒に行って1人だけ死んでしまった、みたいな話になってしまうので、そこにもうひとひねり、ドラマがあったらよかったと思います。
 あと小林さんもおっしゃっていましたが、雪渓とか雪庇といった用語は、私も山の小説を書いて、どれぐらい言われたかわからないぐらい突っ込まれますので、そこはもうちょっと調べたほうがよかったのではないかと思いました。

◆佐藤なつ『束』(25枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9785019
 五十代の私は、病気で寝たきりになった夫の介護に明け暮れながら、日々を過ごしている。夫婦仲がよく、献身的に夫の世話をしているように見えるが、私は夫をどうやって殺してやろうかと考えることもあったし、自分自身が疲れて死にたいとも思っていた。そんな私の楽しみといえば、甘いものを一日の終わりに食べることと、窓の外から一日何回も聞こえてくる、介護ヘルパーの噂話だった。もっぱらヘルパーの話は、近所に住む田中さんの娘の話がほとんどだ。そんなある日、町内で事件が起こる。田中さんの家に、女性が乗り込んできたのだった。パトカーが出動する騒ぎになったその事件を機に、私の中で何かが変わり始める。そして同じころ、夫にも変化が起こっていた。

・池上氏の講評

 非常に迫力があって、怖いし面白いですね。とくに冒頭の1行目、「死体の横で過ごす感覚が、いったいどういうものなのか、教えてくれそうな人はいない」。この書き出しでどきっとさせて、どうなっていくのかなと思わせてくれますが、この夫はどこまで知っているのか、ということが読者に見えてこない。最後に「殺してやろうか」という言葉を覚えてつぶやくのも、人間はオウムじゃないので、単なるオウム返しにしちゃいけないんです。オウム以上の意識があってつぶやいている、ということをちゃんと描いてくれないとね。
 小説はリアクションを描くものですから、主人公である奥さんがこう言ったら、旦那さんはどのように返すのか。そこを描いてほしいですね。表情でも仕草でもいいですよ。そこで、旦那さんがどこまで認識しているのか、理解しているのかを教えてくれると、作品にすっと入れるんですけど、この作品だとそこを教えてくれないので、若干の物足りなさをおぼえます。難しいところを避けて、うまくまとめたのかなという感じがしました。

・菊地氏の講評
 私は面白く読ませていただいて、リアリティがあるなと思ったんですけれども、細かいところがもったいないなと思いました。たとえば1枚目の、「一月の風はつき刺すように冷たく、無意識の間に背中が丸まっていく。ガラスに映った背中の丸さで、五十代の自分が、疲れた老婆に見えてぞっとした。狭い町で何か事件が起こるとしたら、それは私が動いた時だ」というようなことを、自分で説明しちゃってるのはすごくもったいないなと思いました。
 あと、こうやって日常で夫の介護をしていて、ひさしぶりに百貨店へ出かけたというくだりがあるんですけど、そこをもっといろいろ書き込むことで、この主人公の生活にかかわる鬱憤だとか、そういうことを描くことができる場面だと思います。
 それから、夫の病状についても、もっと具体的に書いて表現したほうがいいと思いますが、このように細かいところまでいろいろ言わせていただくというのは、全体としてはいい小説だと感じましたので、こういう感想の言い方になったのだと思います。

・小林氏の講評
 僕も面白く読みました。介護の問題とか、非常に現代的ですし、冒頭から不穏な書き出しで、どういう展開になるのかなと思って読み進めました。ただ、最後の落とし方が中途半端な印象でした。ミステリにするのかホラーにするのか、いずれにしても着地がきっちり決まっていないと思います。
 夫がたまに「よかったな」と言う、というエピソードがあるのですが、読んでいるとこの台詞はいい思い出に結びついているように思うので、「よかったな」と聞くたびに怒りが湧き起こるというよりも、夫の機嫌が悪いときといいときのギャップを表現するために使ってもいいのではないかと思いました。
 テーマはいいし、家の近くを歩くヘルパーさんの噂話で状況が伝わるなど、構成も面白いので、もうひと工夫あればもっとよかったと思います。

・唯川氏の講評
 迫力があったし、うんざり感みたいなものもよく出ていて、物語が持つ力をとても感じました。ヘルパーさんたちのリアルな感じも、とても印象的だったんですけど、この人が、夫を施設に入れないで、ときに殺したいぐらいの気持ちになるけれども、どうしても自分で看なくちゃいけないというふうに書くのであれば、施設に入れない原因をきちんと書いてもらわないと。そこまで思うならなんで施設に入れないのか、ほかの人に相談しないのか、ということが書かれていないので、ちょっと中途半端な気持ちになってしまうんですね。たとえばお金の問題でもかまわないし、家族の誰かが絶対に家で看たいと言っている、というのでもいいんですけど、そういうものがひとつあると、逃げ出せない閉塞感みたいなものがもっと出てくるんじゃないかな、という気がしました。

 あとね、このタイトルはよくないと思う。タイトルは本当に大事で、これがまずいと、後に続く本文も、読む気が失せたところから入ることになります。せっかくのいい作品なんだから、タイトルはもうちょっと凝ったほうがいいと思います。
 全体は、すごく面白かったです。これに合ったタイトルをつけると、もっといいでしょう。

◆汐見游『緑のリボンと白い封筒と』(56枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9785030
 私(坂下柊子)は今年の春に五十八歳で勤めを退職した。
 ある時、ウォークインクローゼットの洋服ダンスの隅に見慣れないリュックサックを見つけた。その中には、加瀬孝彦の文字で「伊集院柊子様」と旧姓の自分の名前が書かれ、緑のリボンでしっかりと結ばれた何通かの白い封筒の束が入っていた。
 手紙は三十年前、坂下徹と結婚するときに、母に頼んで焼いてもらったはずだった。
 手紙を読むうちに過去の出来事が蘇ってきて、自分がいつも母と祖母の望む安全な生活を選んできたことに気付く。

・池上氏の講評
 この作品に関しては批判が多いと思います。クオリティは必ずしも高くはない。でもそのほうが、教材としていい場合がある。僕や唯川恵さんも厳しい意見をいうと思うが、それでもいいですか? とあらかじめ作者に聞いてOKをもらいましたので、あえて厳しい評価でいきます。
 まず、恋愛小説の一番安直な手法は何かというと、手紙なんです。手紙で感情をストレートに表現して、それに相手が反応して恋愛関係が築かれていく。これは実に安直な展開ですので、やめましょう。
 恋愛において、主人公が不倫に走る場合は、単に感情に左右されるのではなく、しっかりと倫理観を打ち出さないといけない。社会的な倫理観に従いなさいということではなく、ちゃんと独自の倫理観を作り上げないといけない。この小説が説明不足なのは、長い夫婦関係をもちながら、昔の好きだった人がいたからといって、すぐに寝てしまうこと。普通は簡単に寝ないでしょう(笑)。寝たって別にいいんだけど、寝るまでの手続きがないと駄目。この枚数では説得力がない。
 キスという行為もね、単純すぎる。キス=愛という、捉え方が簡単すぎます。もうちょっと欲望や駆け引きが介在しないと。何でもそうですが、簡単に捉えずに、もっと複雑に捉えて描きましょう。
 あとはね、「結ばれる」というのもやめましょう。一度性的交渉をもったからといって「結ばれる」というのは古い。思春期の少女の話だったらいいかもしれませんが。
 それから男をもっと魅力的に書きましょう。この、手紙を書いている男はちっとも魅力的ではないし、子どもですよね。いつまでも出会ったころの女性がそのまま存在して、いささかも変化しないで自分のことを思っているなんてありえない。ありえないことに気づかない男なんて困った人間です。もっと魅力的に書いてください。
 それから、さきほど唯川さんもおっしゃったように、タイトルですね。タイトルはとても大事なのに、『緑のリボンと白い封筒と』って、そのまんまじゃないですか(笑)。何かひねりがあるのかなと思ったら、そのまま。記号に近い。
 あとはですね、恋愛の価値観をもっとアップデートしましょう。ジェンダー観でも何でもそうですけど、アップデートしていかないと、「古臭い」とツッコミが入るんですよ。価値観が古いんだったら主人公も古い感じにすればいいんだけど、古いままで突っ走っていくのでね、こういう男女関係は今時ないだろう、と思わされてしまいます。現代の価値観を考えて書かないと、時代に合わなくなるので、ここは注意してください。

・光文社 小林氏の講評
 いろいろあると思うんですけど、一番気になったのは、あまりに展開がご都合主義的なことですね。手紙を読むくだりでも、誰にも会わずにすぐ読みたい、と思った2行後には、夫から「今夜は帰れない」と電話がかかってきたりする。孝彦と結ばれようかと思ったらおばあちゃんが倒れたりとか、あまりに物語にとって都合が良すぎる印象です。ここは気をつけていただきたいです。
 主人公が、結婚して子どももいるにもかかわらず、家族への思いがほとんど書かれていないのも気になります。この人は自分のことしか考えていないんですね。自分さえ良ければ何をしてもいい、というような主人公には、感情移入しづらかったです。また、早い段階で提示されているべき情報が、唐突に後出しされるところがいくつかあるので、情報の出し方にももっと気を遣われたほうがいいと思いました。

・菊地氏の講評
 これは恋愛ファンタジーで夢のようなお話なんですが、恋愛小説の読者はあまりそういうものを求めていないと思います。それに、主人公がちょっと自分に酔いすぎていて、読んでいて引いてしまうところが大きかったです。
 ある程度、歳を重ねた方の恋愛というのは、読みたい方がたくさんいるとは思うんですけど、一番の見どころは、30年ぶりに再会した相手と結ばれるところですよね。この主人公は、前のほうの場面では自分の体型が崩れてしまってお腹が出ていて、とか書いている割には、なんの躊躇もなく結ばれているのが、ちょっとどうかなと思いました(笑)。男性の彼だって歳を取っているわけで、歳を重ねたふたりが久しぶりにそういう関係になるところが、もし書くとしたらこの小説で一番の書きどころだと思うんですが、そこが非常にきれいに書かれているのが、残念だと思いました。

・唯川氏の講評

 今までの意見でも出ましたけど、恋愛小説としてはあまりに王道で、クラシックな形だと思うんですよ。だからいっそ、設定を大正時代とかに持っていくと、親によって引き離されるとかも通じると思うんですね。そのあたりを工夫すれば、このストーリーは活かすことができると思います。
 私が、一番問題だと思ったのは、この主人公はめちゃくちゃ恵まれた女性じゃないですか。何をしても許されるし、恋愛でも昔の恋人と再会して、となると、基本的に女の人は反感を持ちますよね。この小説を好きになれない。腹が立つんですよね。
 どうすれば腹が立たなくなるか、と考えたんですが、この主人公は、今度は自分がされる番なんですよ。あと30年間待ちます、みたいな対価を払えば、みなさん納得するんですね。いい思いをし過ぎている女性なので、そこが、私の気持ち的には腹が立ってしまいます(笑)。

◆安孫子啓子『同窓会』(18枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9785026
 須藤琴音は大学生の時に多田清春という同級生を好きになった。琴音はそのとき一番仲が良かった金井佐和に多田のことを相談する。やがて垢ぬけ始めた琴音に多田から誘いがかかり、舞い上がるものの、不安だったことから佐和に応援を頼む。しかし、佐和は応援してくれるどころか、多田を奪ってしまう。佐和の本性に気付いた琴音は大学時代に佐和に話しかけることは二度となかった。
 それから十年後、同窓会が開かれて、出席した琴音は佐和に話しかけられる。最初は戸惑い、以前の裏切りから受け付けない琴音だったが、お互いの彼氏と交流していくうちにグループで一緒に遊ぶようになっていくのだが・・・。

・池上氏の講評
 安孫子さんは筆が速いので、あらすじみたいな書き方になってしまいがちなんですね。書き出しの「私は、大学生になった年の夏、恋に落ちた」というのは、これは別の表現のほうがいいです。本当にあらすじだけの感じで、相手の男の描写もないし、もっと肉付けがほしい。友だちの女の、いやな感じはよく出ていていいんですけど、やっぱりね、最終的には「私は金持ちの男をゲットして勝ちました。どうだ!」と見返すのが良くないですね。奪われたけれど、あの男の人には何か問題があるのではないかといった伏線を張っておくなどの工夫がほしいですね。
 あともう一点、最近はミステリに限らず他のジャンルでもそうですが、最後はもうひとひねり加えてほしいです。『「佐和、人生ってわからないものよね。」私は佐和ににっこりとほほ笑んだ』の後にね、この男は金持ちだったけど、実は体臭がひどいとかさ(笑)。そういうひと言を加えて、ちょっと落とすと、面白い感じになるんですよ。「私は金持ちをゲットしました、勝ちました、終わり」というのでは、ちょっと面白くないなと感じました。

・菊地氏の講評
 正直いって、ちょっと長めのあらすじのような感じで、もっと読みたいな、物足りないなと思いました。よくある話というか、既視感もあります。よくある話が悪いとは思わないんですけど、面白く読ませるためには、その背景、人物、キャラクターが大事だと思います。この作品では、言葉は厳しいんですけど薄っぺらい感じがして、物語を面白くする下支えがなかったのかな、というふうに思います。
 とくに、佐和なんかは背景をきちんと書いたら面白い人物なのかなと思いますし、最終的に金持ちの男をゲットしてもいいんですけど、それぞれの背景をきちんと書いたうえでのゲットでないと、やはり、そんなことでいいのかなと思ってしまいました。

・小林氏の講評
 みなさんおっしゃっている通り、プロットだな、と思いました。ほとんど描写もないですし、場面場面のほんの一部ずつが書かれているだけ、ですよね。キャラクターも、もっと描写がないと、どんな人なのかすら正直よくわからないな、というのが、一読しての印象でした。
 最後は、短篇らしくツイストの利いた終わり方だと思うんですけど、たぶんこういうふうになるだろうな、と読者が思うようなところに落ちていくので、そこをもう半歩外すとか、さらにひとひねりするとかしないと、よくある話だけにちょっと難しいかなと思いました。終わりの直前、4行前に「その後、あるとき剛と私はあるイベントで再会し、恋に発展したのだった」とあるんですけど、ここに一体何があったのか読みたかったです。書くべきことはいっぱいあるのに、端折られてしまったのかな、という印象でした。

・唯川氏の講評
 私の勝手な憶測ですけど、たぶん、最後はこうしてやろう、ということを決めてから書き始められたんじゃないかなと思うんですね。私もやりがちなんですけど、結末を決めて書くと、早くそこに行きたい気持ちがあって、書かなければいけないところを端折ってしまう。そういう癖が私にもあるので、もちろん終わり方は最初から決めていてもいいんですけど、なお一層、書きこぼしのないように、慎重に書いていくことが大事だな、という気がしました。
 私もこんな感じで一本書いたことがあって、やっぱり友人に恋人を取られるから、次には最低の男を紹介して、彼女が付き合っていた男をモノにするんですけど、さっき池上さんがおっしゃったように、体臭じゃないですけど(笑)、実際に結婚したらひどい男だった、と。やっぱりもうひとつぐらいひねりがないとね。自分のことを言うのも何ですが(笑)、ひねりを持たせることで読者をうまく翻弄する必要があるのではないか、と思ってそうしました。
 で、あと気になったのは文体なんですけど、この人が「私」という一人称で書き始めたときの、「私」の使い方が、足りないというか駄目というか。最初の1行目、「私は、大学生になった年の夏、恋に落ちた」。この「私」は、一切いらないですね。「大学生になった年の夏、恋に落ちた」と言ったら、もう「私」だってわかるんですよ。それからもどんどん「私」が出てくるんですけど、そこを全部取ったほうが、主人公と読み手が重なる部分が大きくなります。そこで「私」「私」って言い出すと、この主人公と自分との間に距離ができるんですね。どこまで読者の心の中に入っていくか、っていうことであれば、一人称の場合はとくに「私」の使い方に注意されるといいんじゃないかな、と思いました。

※以上の講評に続き、後半では池上氏の司会のもと、プロットと人称についてや、最新刊と登山についてなど、お話していただきました。その模様は、本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。

【講師プロフィール】
◆唯川恵(ゆいかわ・けい)氏
1955年、石川県金沢市生まれ。銀行勤務などを経て1984年「海色の午後」でコバルト・ノベル大賞を受賞。少女小説の分野で数多くの小説を書き人気作家になる。97年ホラー要素の濃い『めまい』から一般文芸に移り、サスペンスから恋愛小説まで手がけ、多くの読者の共感を集めている。2002年『肩ごしの恋人』で直木賞、08年『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞受賞。作品はほかに『ベター・ハーフ』『燃えつきるまで』『とける、とろける』『逢魔』。新作は登山家田部井淳子を描いた『淳子のてっぺん』。

●淳子のてっぺん   (幻冬舎)
https://www.amazon.co.jp//dp/B0753BJQ3F/

●バッグをザックに持ち替えて   (光文社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334912141/

●肩ごしの恋人 (集英社文庫) ※直木賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B00E4KX3PQ/

●愛に似たもの   (集英社文庫)  ※柴田錬三郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4087464865/

●海色の午後   (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B01B7692G8/

●めまい  (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B01C8H1XVW/

●刹那に似てせつなく  (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334772900/

●息がとまるほど  (文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4167727021/

●セシルのもくろみ (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/433476553X/

●永遠の途中   (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334742882/

●テティスの逆麟 (文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4167900262/

●ため息の時間  (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101334277/

●ベターハーフ   (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B01B7692GI/

●燃えつきるまで (幻冬舎文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4344406516/

●とける、とろける  (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101334331/

●逢魔  (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B076ZFXZ6J/

●雨心中  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062775573/

●手のひらの砂漠  (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4087454886/

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