「作者自身の価値観や正義感は当然あってしかるべきだし、作品に自然とにじむものだが、それが登場人物の類型化につながってはいけない」

 1月の講師には、三浦しをん(みうら・しをん)氏をお迎えした。
 1976年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。2000年、小説『格闘する者に○(まる)』でデビュー。06年に『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を受賞する。2012年に『舟を編む』で本屋大賞を、2015年に『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞している。本講座では、2012年以来6年連続での登壇となる。

 また、今回はゲストとして、こちらも6年連続となる国田昌子氏(徳間書店)をお迎えした。

 講座の冒頭では、まず世話役の池上冬樹氏(文芸評論家)が講師を紹介し、続いて三浦氏がマイクを取ってあいさつをして始まった。
「こんにちは、三浦しをんです。昨日は姉妹講座の『せんだい文学塾』があって、遅くまで打ち上げをやりまして、それから今日はお昼もいっぱい食べて、眠気のマックスなんですが(笑)、頑張りますのでよろしくお願いします」

 今回のテキストは、エッセイが1本、小説が3本。
・新堂麻弥『へっぽこヘタレおぼこ』(7枚) ※エッセイ
・円織江『フライ』(30枚)
・穂積みずほ『カレーライスの歌』(33枚)
・水上春『私たちは肉を食べる』(49枚)

◆新堂麻弥『へっぽこヘタレおぼこ』(7枚)※エッセイ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9288348
 夫の「うさちゅう」と仲良く暮らす筆者が、日常の一コマを切り取るエッセイ。今回は、お風呂の給湯器が「交換してください」と音声ガイドで話し出したため、機械の苦手な筆者が右往左往する様をユーモラスに描いている。

・池上氏の講評

 これはね、単純に機械オンチの話です(笑)。そういう人っていっぱいいるよね、と思われた途端に、「へっぽこヘタレおぼこ」というタイトルの意味は消えてしまうんですね。タイトルは面白いのに、中身が釣り合っていない。旦那さんとの、山形弁での会話は楽しいし、これが新堂さんの強みのひとつですが、それが生きていない。山形弁の会話を使って、いかにへっぽこでヘタレなのか、ということを、ほかのエピソードを交えて語るといいでしょう。

・国田氏の講評
 三浦さんは以前、エッセイには自慢エッセイと自虐エッセイがあるとおっしゃっていましたが、これは自慢エッセイに入ると思いました。かわいい妻と、仲良しの旦那さまの日常は微笑ましいし、山形弁の台詞も味があって強みですね。しかし、新堂さんのキャラで読ませるところがあって、新堂さんを知らない読者にも面白いエッセイと感じさせるには、何か足りない。作者が記述する際の自分との距離感が大事です。そして正確に記述することです。たとえば、途中で唐突に「顔の見えない相手に、訴えてやると言われた」トラウマの話が出てきます。これは情報不足でしょう。いつどこでどのように言われたのかわからないと、読者には何のことか伝わりません。そういうところをきちんと記述するようにしたら、一連のエッセイシリーズとして、二人の生活や事件の続きを読みたくなります。
 ただ、私も機械オンチなので、日々の生活のなかで、新堂さんに共感できるところがおおいにあり、楽しく読みました。

・三浦氏の講評
 この「おぼこ」っていう言葉は、子どもという意味ではなく、うぶであるとか、処女であるという意味でも使われますよね。なので「えっ!?」と思いました(笑)。方言なのかもしれませんが、そういう意味も含まれた言葉だということは注意したほうがいいです。
 あと、「朝が苦手な寝坊助さんの私」という言い回しね。これはよくないと思う。なにをかわい子ぶってんだ、と思われる危険性があるからです。国田さんは、新堂さんのエッセイを「自慢エッセイ」とおっしゃいましたが、新堂さんはたぶん自虐エッセイのつもりで書いているでしょう? 自虐に振りたいんだとしたら、こういう、自分との距離感が取れていない言い回しはやめたほうがいいです。自虐か自慢か、どちらの方向で書くにしても、中途半端にならないようにしっかり計算して、戦略を練らないとダメなんですよね。
 あとは、情報提示のタイミングが悪い。そこには論理が必要なんです。給湯器が壊れるのは初めてなのに、「こわれてばっかり」と言ったかと思うと、その後になって「この二年の間にアパートのものがいろいろ不具合になった」と明かされたりする。情報を読者に提示する段取りが悪くて、文章の論理が破綻しているわけです。作者にとっては自明のことでも、読者は知らないわけですから、そこは論理的に書かなければいけないんです。新堂さんのエッセイはいつもそこがもう一歩惜しいので、情報提示の段取りさえ整理されれば、もっともっと、格段によくなると思います。

◆円織江『フライ』(30枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9201943
 完璧に主婦業をこなす優子は、ある日、夫から離婚を切り出された。若い愛人といっしょになりたいのだという。優子は、今いる主婦の座を誰にも譲りたくないと思い、応じなかった。
 その翌日、優子は交通事故で重篤な状態に陥る。病院に駆けつけた夫は、ちょっとした言葉の誤解をきっかけに、優子に謝罪し、これからはずっとそばにいると約束した。優子も夫への自分の気持ちを確認するが、しかし、どうしても夫を許せない。死ぬ間際まで、主婦としてのプライドを捨て切れなかった優子だが、生まれ変わって初めて、自由になる。

・池上氏の講評
 主婦であるとか妻であるとか、そういう制度を笑い飛ばすのが面白いが、でも生まれ変わりが蝿でいいの?(笑)。楽しく笑って読めるんだけど、もう少し悪意があってもいいかな。仕返しのために、きれいにしている家に卵を産んでいくとかね。たんに、吹きつけられるキンチョールからさっと逃げて、飛び立っていくだけではカタルシスがない。死にました、蠅に生まれ変わりましただけではね。復讐の要素がほんのちょっとあったほうがいい。

・国田氏の講評
 独特のユーモアがあって、楽しく読み進みました。そして、伏線もきちんと張ってあり、何より、文章が面白い。畳み掛ける描写がすごくいいと思いました。たとえば、お風呂やベッドまでしっかり掃除をしていると書いてから、「もちろん、私自身も毎日入浴して、常に清潔にしている。しかし夫とはもう七年以上もベッドを共にしていない」と、ぽんと落とす書き方のセンスというか記述がうまい、思わず、笑いました。
 言葉の遊びなども含めて、とぼけた魅力が持ち味だと思いますし、距離感がうまいし、それを冷静に書いていてすごく力がある方だと思いました。

・三浦氏の講評
 とてもうまいなあと思いました。前半で蝿を逃がしてあげるあたりも、主人公の人柄が伝わりますし、あとで蝿に生まれ変わって自由を味わうのも、どうして蠅なのかという明確な脈絡があるわけではないんだけど、かえってそのさりげない感じがすごくいいなと思いましたね。
 死ぬときにはきっと、こういうどうでもいいことが気になりながら死んでいくものなんじゃないか、と思わせるリアリティもありますね。まあ実際に死んだことはないからわかんないけど(笑)。
 ちょっと気になったのは、醤油を買うためにわざわざ遠いスーパーまで戻ってるんだけど、醤油ぐらいだったら近くのコンビニとかでも買えますよね。そこはひっかかったかな。大きな店でしか売ってない、特別な醤油を使ってるのかもしれないけど。
 笑えると同時に、主人公の怒りをすごく感じるところもありますね。とにかく夫がダメ人間だよね(笑)。それに主人公も加担している。同居している人を、家事もできないしトイレットペーパーの置き場所も知らない、という状態に置いているのは、相手を奴隷化することだと思うんです。夫のほうを奴隷化して、金を稼いでくればいいんだよ、という状況に置いている。こういう夫婦もいるんだろうな、と思いましたし、主人公はそれをいいと思っていない感じが伝わってくる。昨日の『せんだい文学塾』でも感じたんですが、女の人たちは非常にストレスがたまっていて、世の中に対して憤っているんだな、と。そういう時代の流れを、とても読ませる小説として昇華していらっしゃって、素晴らしいなと思いました。

◆穂積みずほ『カレーライスの歌』(33枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9288341
 独身バツイチの田辺明人は、アイドルグループYSSの大ファンである。ある日、YSSのバラエティ番組で、カレー屋を営む幼なじみの山田恒平が、作詞作曲をした歌でYSSと一緒に歌いながら出演しているのを偶然目にする。大学卒業後、地元で就職した田辺と違い、世界を旅した後、カレー屋をオープンした山田の記憶が思い出されて――。

・国田氏の講評
 カレー愛をおおいに感じて楽しみました(笑)。ただ、ちょっと文章の流れにひっかかるところがありました。体言止めがとても多い。これは意図的にされていたんでしょうか。意識して体言止めにされるのでなければ、普通のセンテンスとして書いたほうが、読者は読みやすいと思います。それから、句読点がおかしいところもあります。
 そういうところにひっかかりつつ、読みましたが、物語自体はワンアイディアだと思いました。もっと短くするか、あるいはひねりを入れるといいでしょう。30枚ほどの短篇はよく雑誌で求められる分量ですが、そういう作品では、ひねりが必要になります。穂積さんも、この物語に、ダイナミズムをだすために、もうひとつ、ストーリーがうねる要素を考えてみたら、如何でしょうか。

・池上氏の講評
 これはね、最初に読んだときはカレーのディテールが全然なかったので、もっと書いたほうがいいよとアドバイスしたんだけど、こんなにくわしく書くとは思わなかった(笑)。逆にカレーの話がくどすぎてね。これは結局、友情の話に着地する小説だと思うので、カレーの話はもっとあっさり書いたほうがいい。
 それから、山形が舞台になっているんだけど、地方でこういうアイドルが出ると、ネットでいろいろ発信しますよね。それを主人公が全然知らないというのはおかしい。詰めていくと、いろいろ穴が出てくる。隠された事実を、全部台詞で説明してしまうのもよくないです。全体的に、説明的なんですね。文章のリズムが悪いところもある。とくに体言止めの多用はやめましょう。体言止めというのは思考放棄なんです。アクション小説なら体言止めは効果的ですが、普通の文章ではやめたほうがい。
 それと、このカレーライスの歌詞はちょっと単純すぎるね。一行空きで歌詞を打ち出すなら、もっと歌詞らしく作らないといけません。

・三浦氏の講評
 カレーの描写は、多すぎるということはないんじゃないかなあ(笑)。この小説に出てくるカレーライスはすごくおいしそうで、食べたいなと思いました。
 「え? 娘だったんだ! しかも二人とも!?」という驚きの展開があって、楽しく拝読しました。ただ、やっぱり文章をもうちょっと磨いたほうがいいですね。みなさんおっしゃっているように、一文が短いわりに読点が多く、リズムが悪く見えますし、作品の一行目から体言止めが来ているのも問題です。全体的に文章が洗練されていなくて、何を言いたいのか、読者が把握するのに時間がかかるんですね。読点の位置と体言止めの多用に注意して、もう一度推敲してみてください。
 あと、主人公の田辺くんと、友だちの山田くんが、それほど仲がいいようには見えないんですよね。田辺は本当は山田に憧れているんだよということが、作品前半からはほとんど感じ取れないからだと思います。むしろ、あんな生き方なんか嫌だ、と馬鹿にしているように見える。山田くんは山田くんで、こんなフリーダムな人が、田辺なんかとずっと交流を持たないでしょう(笑)。わざわざ田辺を頼らなくても、フリーダムな友だちが世界中にたくさんいるはずですよね。

 何ていうのかな、二人のあいだに心の交流があるようにも、お互いを認め合っているようにも見えないにもかかわらず、ラストで急に、「実はお前がうらやましかった」なんて、55歳にもなって言い出すのは不自然じゃないかなと感じたんです。もうちょっと、お互いを認め合っていることを出しておかないと。だって、現状だと山田って、田辺のヅラいじりしかしてないでしょ(場内大爆笑)。こんな無神経な人が、よく何十年も客商売やってこれたな、と思っちゃいますね。世界にはいろんな文化があって、いろんな考え方がある中に入っていく人って、人の心に敏感で、かつ柔軟でないと、やっていけないと思うんです。ヅラをいきなり指摘するような人じゃあ、大丈夫かな、と心配になりますね(笑)。もうちょっと魅力的に、色気のある人物として書いてほしかったです。
 あとね、台詞の語尾に「○○さ」が多い。「何の商売をやるの」「カレー屋さ」みたいな。多すぎると、会話が作り物っぽくなります。それから、もう一個言っていい? 2ページ目の地の文に、「女子からも比較的なつかれていた」とありますが、これはやめたほうがいいです。女子は犬や猫じゃないんだから。「人気があった」とか、言いまわしを換えたほうがいいですね。

◆水上春『私たちは肉を食べる』(49枚)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9288334
 二〇二七年、日本は少子化が極端に進み、子供を産ませるために、国は三百万円の出産お祝い金制度を始めた。その制度を促進する仕事に飛びついた田中梨絵(29)は、三カ月毎更新の契約社員になる。しかしそこでの仕事は、生みたくない女達を騙すものだった。
 互いに非正規として働いてきた夫、徹(28)との貧しい生活で、子供をもつことは至上の夢だったが、いざ妊娠したかもしれないと思った時に、荒み切った世界で生んでいいのだろうかと悩み、結局夢をあきらめる。自分にとって希望とは夫であると自覚して。

・池上氏の講評
 近未来の設定にして、現代の問題を拡大して見せているんだけど、これでは年金制度なども破綻するし、社会が回らないでしょう。戦争だって、こんなに簡単に起きないでしょうし。危機意識を作品に持ち込んで、先鋭的な問題意識を描くのもいいんですけど、細部の問題をもっと詰めないといけない。とくに、この話は夫婦の話に直結していくので、主人公夫婦の関係をもっと綿密に書かないといけない。夫にもっと問題意識を持たせて、子どもを持つということについてどう考えているのか、そこを書いてほしかった。そこにちょっと不満がありました。

・国田氏の講評
 近未来の小説として、現代の状況に対する閉塞感とか不安感が、とてもよく出ていたと思います。それをエンターテインメントとしてまとめるには、どの雑誌に載せるかという問題はありますが、こういう作品の読者は潜在的にもたくさんいると思うので、どんどん書いて頂きたい方だと感じました。
 いろいろな記述に、独特の感覚の鋭さが表れていて、素晴らしいと思いました。8ページ目の後半に、主人公の目だたない学生時代について「にぎやかな教室の床を歩いていると、砂の中に足がはまり、落ちていきそうな感覚に慌てて片足を抜く。もう片方の足も砂にのめり込み、歩くたびに底のない砂の中に落ちていくようだった」という表現をされていますね。そのあたりも、豊かな感覚と思いました。そして、夫と出会ったときは「それまでの電柱の影のような人生は、徹に話しかけられた瞬間から、いろんな色に溢れ、眩しい陽の光も体の中に入り込んで、指先を温めた」とありますね。この「指先を温めた」という表現など、実にうまいなと感心しました。
 こういう表現のうまさがあって、ディテールもよく描かれていますが、欲を言えば、小説としては、カタルシスがほしいところです。最後に、主人公はささやかな復讐のようなことをしますが、この作品の場合は、それでカタルシスにしてしまっていいのかな、惜しいなという感じがありました。けれども、いい小説でした。面白かったです。

・三浦氏の講評
 ディストピアものだと思うんだけど、ここに書かれてる世界って今の現実社会にも非常に通じていますよね。本当にゾッとするし、10年後の現実が、この小説に書かれたような社会になったとしてもまったく驚かないな、と思いましたね。現代の社会に対する憤りが、うまく小説の形になっています。池上さんは、夫のことをもっと書くべきだとおっしゃったけど、私はこれで充分だと思うんだ。子どもを産むとか、不妊治療をするとか、そういうことに積極的で、よく話し合ってくれる旦那さんって、たぶんあまりいないし。そういう話をしないで、「頑張ってお金を貯めて、いつか子どもができたらいいね」って、綿飴のようなことを言ってるのが、この夫婦の日常にとって唯一の救いなんですよ。だから、徹の問題意識とか、妊娠への具体的な相談とかは、この二人には必要ないんじゃないかと思った。

 たしかに、夫の徹はふわっとした人物なんだけど、むちゃくちゃ魅力的な男だと思うんです。13ページ目でね、徹がまた夢みたいなことを言い出すわけですよ。空がきれいだよ、みたいなことを、このふわふわ男が(笑)。でも、相手のそういうところにキュンとくるのはよくわかるし、繊細な心を持っている主人公たちが、空のうつくしさを支えに過酷な世界で生きていかなくてはいけない。それは実は、私たちが生きているこの社会でもあるんだ、ということが感じられるシーンでした。
 タイトルも含意があっていいんですが、実際に肉を食べる場面があってもいいと思います。最後のほうで主人公は、これからは肉を食べる、と決意しますよね。それからハローワークに行って、持参したおにぎりを食べるんですけど、そこにたとえば唐揚げとか持ってって、食うとかね。夫は「肉なんか買っちゃって大丈夫なの?」とか言うんだけど、薬漬けの肉でおいしくないかもしれないんだけど、でもむしゃむしゃ食べる。実際に肉を食べるシーンが必要なんじゃないかと思いましたね。
 気になったのは、微妙なところではあるんですけど、モブキャラの扱いですね。男の人の歩き煙草で子どもが火傷をする場面がありますが、いま現在の世の中でも歩き煙草ってなかなかなくないですか。ましてや、大変な管理社会になっているらしい作中の世界で、歩き煙草なんて許されるのかな。「歩き煙草は死刑」ぐらいの社会でもおかしくないのでは、とやや違和感を覚えました。それに、その騒動で「ち、うるさいな」と吐き捨てていく女が「肩と胸が大きく開いた服を着た」と書いてありますね。最後のページに出てくる、テレビの解説者といっしょにいる女も、「目元を強調したメイクと胸を強調したワンピース」と描写されています。作者が、歩き煙草をする人が嫌いなのもわかるし、チャラついた、派手な格好の女が嫌いなのもわかります(笑)。でも、ちょっと類型的なキャラ設定になってしまっているかなと。
 つまりね、作者の「歩き煙草への怒り」「派手な格好をした女への反感」が前面に出すぎて、作品世界の設定にややそぐわなかったり、類型的すぎる人物描写になってしまっている部分なのではないか、と感じるんです。この作品は、人を人とも思わない、抑圧的で均一化した善意の押しつけをしてくる政府、そんな社会の息苦しさと残酷さを描いていますよね。にもかかわらず、歩き煙草の男や、派手な女の描き方からは、作中の政府と似たような、一面的な正義感のようなものが感じられて、ちょっともったいないというか、惜しいなという気がしました。繊細な描写や心情が光る、とてもいい小説だからこそ、細かいところなんですが気になったんだと思います。
 作者ご自身の価値観や正義感は当然あってしかるべきだし、作品に自然とにじむものなんですけど、それが作品世界の設定になじむものなのか、登場人物を類型化することにつながっていないかは、書きながらなるべく自覚的に、慎重に検討したほうがいいです。たとえば、派手な女の描き方も、同一人物みたいに書かれていて、「派手な服を着てる女は、内面も『派手』以外にバリエーションなどないということか。好きな服を選ぶ権利を、作者は認めてくれないのか?」と思えてしまうので、画一的な社会の息苦しさを描いた作品の方向性と、ややずれちゃうかなと思いました。

※以上の講評に続き、後半では時代による価値観や倫理観の変化や、小説家以外にやってみたいという職業などについて、語っていただきました。その模様は、本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。

【講師プロフィール】
◆三浦しをん(みうら・しをん)氏
1976年、東京都生まれ。2000年、小説『格闘する者に○(まる)』でデビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を受賞。2012年『舟を編む』で本屋大賞を受賞。15年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞。スポーツ小説の名作『風が強く吹いている』ほか『仏果を得ず』『神去なあなあ日常』など、エッセイに『悶絶スパイラル』『ビロウな話で恐縮です日記』など多数。現在、コバルト短編新人賞、コバルトノベル大賞、R‐18文学賞、松本清張賞、小学館ノンフィクション大賞の選考委員を務める。

●格闘するものに〇  (新潮文庫)

●まほろ駅前多田便利軒  (文春文庫)  ※直木賞受賞作品

●舟を編む  (光文社文庫)  ※本屋大賞受賞作品

●あの家に暮らす四人の女 (中央公論新社) ※織田作之助賞受賞作品
https://www.amazon.co.jp//dp/4120047393/

●風が強く吹いている  (新潮文庫)

●仏果を得ず  (双葉文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4575514446/

●神去なあなあ日常   (徳間文庫)

●悶絶スパイラル  (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101167613/

●ビロウな話で恐縮です日記  (太田出版)
https://www.amazon.co.jp//dp/4778311604/

●あやつられ文楽鑑賞 (双葉文庫)
https://www.amazon.co.jp/dp/457571383X/

●光 (集英社文庫)

●政と源  (集英社オレンジ文庫)

●まほろ駅前番外地  (文春文庫)

●ロマンス小説の七日間  (角川文庫)

●白いへび眠る島  (角川文庫)

●まほろ駅前狂想曲  (文春文庫)

●天国旅行  (新潮文庫)

●木暮荘物語 (祥伝社文庫)

●ロマンス小説の七日間  (角川文庫)

●三四郎はそれから門を出た  (ポプラ社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/459111757X/

●月魚   (角川文庫)

●ぐるぐる博物館  (実業の日本社)

●むかしのはなし (幻冬舎文庫)

●お友だちからお願いします (大和書房)

●本屋さんで待ちあわせ (大和書房)

●広辞苑第七版 
https://www.amazon.co.jp//dp/4000801317/

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