角田氏「強い言葉を連ねると、文章は弱くなってしまうんです」
井上氏「性描写や汚い言葉は、それを使う意味を考えて」
江國氏「書き手が言いたいことの中では大事でないことが、小説にとっては大事になります」

 11月の講師には、角田光代(かくた・みつよ)氏、井上荒野(いのうえ・あれの)氏、江國香織(えくに・かおり)氏のお三方をお迎えした。


 角田氏は1990年に『幸福な遊戯』で第9回海燕文学新人賞を受賞。2005年に『対岸の彼女』で第132回直木賞を受賞。井上氏は1989年、『わたしのヌレエフ』で第1回フェミナ賞を受賞。2008年『切羽(きりは)へ』で第139回直木賞を受賞。江國氏は1987年の『草之丞の話』で童話作家として出発、のち小説にも進出し、2004年『号泣する準備はできていた』で第130回直木賞を受賞。現代日本の文壇を代表する、人気女性作家3人がそろい踏みする豪華な講座となった。
 また今回は、竹内祐一氏(新潮社)、原知子氏(角川春樹事務所)、木場篤氏(ホーム社)をゲストとしてお迎えした。

 講座の冒頭では、世話役の池上冬樹氏(文芸評論家)がマイクを取り、満場の受講生に向けて挨拶をした。

「今日は角田さん、井上さん、江國さんのお三方を講師にお迎えすることができました。昨年は同じメンバーで、大きなホールでのトークショーという形でやったんですが、『次回はテキスト講評もある講座でやりませんか』とお願いしたところ、快く引き受けていただいたんです。では、いつもなら雑談から入るところですが、今日はこれだけの講師が揃っているのですから、時間はいくらあっても足りないでしょう。さっそく講評に入りたいと思います。みなさん、よろしくお願いします」

今回のテキストは、小説が3本。
・小村虹子『向こう側の声』(18枚)
・村上啓太『夏にきらめくように』(23枚)
・川股彩『まどろみの薔薇』(43枚)

◆小村虹子『向こう側の声』18枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9043685
 三十五歳の私は一見安定して恵まれた結婚生活を送っている。それにも関わらず、長い間心の中で人を憎んで生きている。憎む相手は実の母親。少女時代に母親に捨てられた事実の傷は思いがけず深いもので、自分の家族を愛しにくい状況に参っている。
 人一倍そこから解放されたがっている私に、電話だけでつきあう男性ができる。昔男性のもとへ逃げた母親とは違うと思いつつ、彼に惹かれてもいく。電話で母親の話をぶつけてみるが、彼女を全く許していない自分に改めて気づく。
 そんなある日電話の相手から自分は私の義弟だという手紙が届く。手紙には母親の悔いや苦しみが読めて、今度は私が持ち続けた憎しみの感情に悔い苦しむ。許すことが出来るか出来ないかで人の幸不幸も変わると気づく。やがて愛を乞うのではなく授けることが出来そうと思い始める。

・木葉氏の講評

 この作品を読んでまず感じたのは、冒頭の一行で読者が遠のいてしまう危険性ですね。書き手の方が、主人公に仮託した形で、感情を断定して書いてしまうのはけっこう危険なことです。一人称はとくにそうです。感情を書いてもいいんですが、人間の感情というのはいろいろな面があるものですから、一面だけを取ると、人間らしさがなくなるんですね。そういうところは直したほうがいい、と思いました。
 もうひとつ感じたのは、間違い電話がかかってきて、二度目もあって、三度目で「二分ほど相手をした」と書かれているんですが、どんな話をしたんだろう、と思いたくなります。その後も、電話で話した内容はほとんど書かれていません。そうすると、読者にはストレスがかかるんです。あとは、いろんな場面で感じられるんですが、言葉をもう少し丁寧に扱ってほしいと思いました。
・池上氏の講評
 これは、最初はエッセイかと思って読んだんですが、小説なんですね。でも、あらすじを読んでいるような味気なさを感じる。ふくらむものがない。強い感情は感じるし、読ませる部分もあるんですけど、人物たちがイメージされない。書いてあるのは主人公の感情のみで、それだけでは小説になりません。きっちりイメージ化して、ドラマを作り、何か象徴化させる。そもそも母親や父親にもいろいろ思いがあったはずですから、それらをしっかり汲んで、見せてくれるともっと奥行きのある作品になったと思います。
・江國氏の講評

 私は、これは上手だと思いました。ただ、上手に書けていれば小説になるわけではありません。書き手が言いたいことの中では大事ではないこと、たとえばこの作品でいえば電話の内容など、そういうことのほうが小説では大事になるんです。ディテールがなさすぎて、言いたいことだけ上手に伝えられた、という印象になってしまうんですね。そうなると、小説として、読んでの楽しさはなくなってしまいます。
 それから、主人公の育った家庭環境を説明する文章など、紋切型で興をそぐ描写がいくつかあったのが残念です。ただ、電話の相手が義弟だったというのは想像できなくて驚かされたし、それができるというのはやはり上手な方ですから、これからもいっぱい書いてください。
・井上氏の講評

 繰り返しになりますが、これはあらすじとしか読めませんでしたね。まとまってはいるし、どこにも破綻はないんですけど、小説というより、新聞や雑誌に投稿された手記のような印象です。それはやはりディテールが書かれていないからですね。
 無自覚な、「こんなものだろう」という表現が散見されます。小説というのは、そこを疑うところから書かないといけないので、考え方がちょっとまずいと思うんですね。厳しく言っちゃって申し訳ないんですけど。
 それから、こういうタイプの話で、手紙が来てすべて説明されるというのは、一番つまんない書き方だと思うんですよ。種明かしみたいに書いてしまうのは、小説としてつまらないやり方だと思います。主人公と義弟との会話を書かないのも、怠慢と言わざるを得ません。小説になるための難しいところを、全部避けて書いているみたいな印象でした。そういう難しいところをこそ、書いていかないといけないと思います。
・角田氏の講評

 みなさんが話したのと同じで、まとまりはいいと思うし、電話の相手が義弟だったというのも意外でした。ただ、荒野さんがおっしゃったのと同じで、読みやすさと表裏一体というか、難しいところを避けている感じがするんですね。一番わかりやすいのは、間違い電話から始まる会話ですね。そこでなんとなく話しやすいから話し始めた、という具体的な内容が、2~3行でもいいから書いてあると、小説のリアリティがまったく違ってくると思うんです。でもそこが一番難しいんですよね。間違い電話なのに切らずに、どうすればそこから世間話が始まるのか。そこを考えるのが一番難しいし、小説として一番楽しいところです。
 小説を書くときに「ここどうしよう?」と思うところが、なぜか全部抜けているのが惜しいです。同じ話でも、もっとディテールを入れて3倍か4倍ぐらいの長さにして、考えたくないところでもあえて立ち止まって、何日もかけて考えていくと、変わると思います。

◆村上啓太『夏にきらめくように』23枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9044012

 ルージンは仙台市の相席居酒屋で可南子と出会った。しかし、可南子は店員に「満席」だと伝えられた為、店の外に出る。すると、そこにはピストルを持った男達がいた。可南子は店に引き返すが、友人のユノまで男達とともに可南子とルージンに向かって銃口を向けて、強烈な怒りと敵意に晒されるが……。
・竹内氏の講評

 改行もなしでひたすら書かれていきますね。スティーヴン・キングのようなポストモダン的な手法かと思って読んだんですが、1行空きが唐突にあって、そこで視点が変わるのかなと思ったらそうでもないので、この意味がわかりませんでした。全体の流れは、文体も含めて、初期~中期の筒井康隆のようなナンセンス路線かと思いましたが、結局なにを言いたいのか。ディベートを書き連ねているような感じで、一本通ったものを感じることができないのが、もったいないと思いました。
・池上氏の講評
 シュールでナンセンスな世界はいいんですが、そういうのは筒井康隆も含め多くの作家が書いています。この作品は、そこまで行くのかなと思ったら、行かない。そこで話が小さくなってしまっています。妄想がどんどん暴走していって、争いがどう収束するのかと思ったら、最後は曖昧になって終わる。村上君はいつも、最後が曖昧になることが多い。思いつきをそのまま書いたようで、そこはどうしても不満が残ります。後半でもお話しますが、これは新人賞では絶対に落とされるタイプの作品、といってもいいでしょう(笑)。
・角田氏の講評

 非常に個性的で、この人にしか書けない世界だなと思いました。ご本人のお話をうかがうと、恋愛の成就を個人的に知らないのでこう書いた、とのことですが、普通は人が巨大化することのほうが、よっぽど知らないじゃないですか(笑)。でもご本人はこちらのほうがリアリティを感じて書ける。そこが、クリエイトする力なんだと思います。
 昨日の「せんだい文学塾」と今日の講座で、全部で6作読んだんですけど、半年とか一年とか経っても、この作品のことは覚えていると思うんですね。
 注意してほしいのは、強い言葉をたくさん連ねることで、文章が弱くなってしまうことです。つまりメリハリがない。メリハリのなさも個性になるかもしれないけど、強い言葉ばかりだと、耳元で叫ばれているみたいで、聞く気になれないんですね。
(急に声を小さくして)ほら、こんなふうに小さな声でしゃべると……
(普通の声に戻す)ね、みんな聞いてくれるでしょ(笑)。
 あと、7ページ目からディベートみたいになるけど、これはよくないと思う。もうちょっと忍耐力を持って、世界をしっかり作りあげてはどうかと思います。
・井上氏の講評

 ある種のセンスというか、魅力をたたえていて、この作者にしか書けない文章、リズムだと思います。メリハリのなさも、この作品の個性になっていると思いました。
 ただ、やっぱり何が言いたいのかわからない。むしろ、この文体で、こういう荒唐無稽な話ではなく、普通の恋愛を描いたほうが面白いかもしれないですね。
 一番よくないのは、めちゃくちゃな話を書きながら、本文中に「ふざけている」とか「まるでワケがわからない」と自分で書いてしまっていることです。そう書かれると、読者はしらけるんですよね。これは読者に思わせることであって、作者が言うことではありません。
 ただ、文章には魅力を感じるので、この魅力を活かしつつ、何か違った感じで書いていかれると、いいと思います。
・江國氏の講評

 私も、これは妙に魅力的でした。ワケはわからなかったんですけど(笑)。だけど、ワケがわかるということと、魅力的かどうかということを比べたら、ワケがわからなくても魅力的なほうがはるかにいいです。話はわかるけど別に魅力はない、という文章を書く人のほうが圧倒的に多いわけですから。その中で、ワケはわからないけど魅力的な文章を書く人は、たいへん貴重だと思います。
 この枚数だけ読んだ感想なんですけど、6ページ目以降のパラグラフは、たしかによくない。だけど、7ページ目ぐらいになると、ちょっと面白いと思ったんですよね。デタラメさと言葉の攻撃で、畳み掛けているのがいいです。もっと枚数を多くして、このように巨大化したり戦ったりする展開で、最初の構想どおりに恋愛の成就を描く話にしたら(笑)、きっといいものになるに違いないと思いますので、ぜひ頑張ってください。

◆川股彩『まどろみの薔薇』43枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9043432
 桃子は二十九年間、一生懸命生きてきた。その中で彼女の心を満たすものは時の流れと共に去り、いくつか消え、増えることはなかった。しかし、何気なく参加した婚活パーティーで出逢った向(むかい)という男の存在が、そんな桃子の運命を大きく変えることに。向への歪んだ愛情は、眠っていた桃子の狂気を呼び覚まし、彼女の身体に変異を起こす。
・原氏の講評

 文章はまとまりがよくて、ひっかかるところはありませんでした。女性の小指から棘が生える、という違和感は面白いのですが、棘の具体的な描写が少ないのが気になります。小指のどこから生えて、どんな形なのか。実際には存在しないものでも、小説内のリアリティとしてそこは大事に書くべきだと思います。
 あとは、主人公の内面に何か揺れというか、変化がほしいですね。起承転結という型にはめなくてもいいんですが、何らかの動きがあったほうがいいです。それから、タイトルはもう少し工夫が必要だと思います。

・池上氏の講評
 主人公の姉が、「あなたは危なっかしい」云々とメールをしてくる場面は、非常に含みのある表現ですね。過去に何か犯罪をやったことがある、という設定なのかなと思いましたが。

川股氏「そこまでは考えませんでしたが、この主人公には少し狂気的なところがある、ということにしました」)

 そこは、もう少し踏み込んだほうがいいです。あとは、やはり棘ですね。棘が全然描写されていないし、何を象徴しているのかわからない。松浦理英子の『親指Pの修業時代』(河出文庫)という傑作がありますが、このように自分の身体から異質なものが出てくる話はいっぱいありますので、何かそこに象徴というか意味がほしい。この作品では主人公の中だけで完結してしまっていて、怖くもないし感情移入もできない。
 性描写も、何か性的な渇きとか生命を象徴するものがあるといいんだけど、どう見てもだらしない男女の性欲しか感じられない。もっと深い意味を追求したほうがいいです。
井上氏の講評

 何か鬱屈したものがあるときに、自分の身体から何かが出てくるという話は、古今東西たくさんあります。だから書くなとは言いませんが、そこは認識して、それでもなおかつ書きたいんだという、自分とのつながりを持って書き始めたほうがいいと思いますね。
 棘については、言葉で説明しすぎています。2ページ目ですでに、自分を傷つけすぎた結果として出てきたものだろう、と書いてしまっていますよね。そこでもう読者は「そういうことなのね」と思ってしまいます。こういうことは、読者に考えさせるような書き方をしないと。そのために必要なのは、ディテールとエピソードの積み重ねです。言いたいことを直接言ってしまわずに、関係ないようなエピソードをつなげて表現するのが、小説だと思います。
 性描写が多いこと自体は問題ではないんですけど、ちょっと汚い言葉が目につきます。汚い言葉を使うこと自体も問題ではないんですけど、その汚さが、主人公の人物像に合っていないので、浮いてるんですね。その言葉を使う意味を、ちゃんと考えて使ってほしいです。
 相手の男も、主人公の敵というか異物というか、勧善懲悪の「悪」としてしか書かれていない感じがします。全体的に、この作品も、ちょっとあらすじだけで書いている感じになってしまっていると思いました。

・角田氏の講評

 主人公と向が婚活パーティで出会って、靴擦れに絆創膏を貼るシーンは非常に印象的で、面白かったです。
 話も読みやすかったんですけど、みなさんおっしゃるように、こういう突然変異ものってすごく多いんですよね。『親指P』もそうだし、ヒキタクニオさんの『角』(光文社文庫)という作品もあります。とにかく多いんですが、突然変異ものの終わり方って2種類しかなくて、その突然変異が治るか、それを抱えたまま生きていくかしかないんですね。それでもこれだけ多くの作品があるということは、まだまだ書きようがあるということだと思います。書く人たちがよく「本を読みなさい」といわれるのは、そういう先行作品を踏まえていると、どこが書かれていないところか、分かるからなんですね。まだ誰も書いていないところがどこか分かれば、オリジナルなものが書けてくるんです。
 これは批判とかではなく、単純な疑問ですが、この主人公は、結婚してくれない相手がいて、自分は何かを掠め取られていると思っている。その相手からの脱却として、棘が一役買った。その意味で、成長譚だと理解しました。だけど、この女の子は、この相手のことがまあ好きで、セックスも悪くないわけで、わりと楽しそうなんですよね。ふたりの関係は対等に見えますし、一方的に奪われているような関係には思えません。なぜ、この男が敵のように描かれているのか、私には分かりませんでした。
・江國氏の講評

 繰り返しになりますが、全体に荒んだ感じがするわりに、状況はそれほど荒んでいませんよね。心配してくれるお姉さんもいるし、だいたい婚活パーティに行く時点でそんなに荒んでいない(笑)。
 あとこの男は、恋人を持ちたくないのになぜ婚活パーティに来たんですか。そういう疑問が出てしまうのは、作者がこの小説のことだけ考えて書かれたから。人をもっと考えて書かないと、説得力がなくなるんですね。池上さんが「過去に犯罪があったのでは」と質問されたときも、ちゃんとこの人について考えてあれば、あったかなかったかは答えられたと思うんです。小説の先のことは、作者にもわかりません。わかったほうが変ですけど、前がどうだったかはわかるぐらい、人を作ってから書いたほうがいいです。
 主人公が成長していく話もいいですが、復讐譚にしてしまってもよかったのではと思います。みなさんに提案したいんですが、小さな変化だけど明日からも前を向いて生きていこう、という結末のものはやめたほうがいいです。それぐらいなら、形状のわからない棘で相手をざくざく刺して終わったほうがいい。小さくまとめちゃうよりは、破綻していても面白いものを書くように心がけてくださいね。

※以上の講評に続き、後半では池上氏の司会のもと、お三方の文体についての考え方や、新人賞の選考で重視するポイントなどについて、座談会形式でお話していただきました。その模様は、本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。

【講師プロフィール】
◆角田光代(かくた・みつよ)氏
1967年、神奈川県生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞を受賞する。そのあとも「ロック母」(川端康成文学賞)『八日目の蝉』(中央公論文芸賞)『ツリーハウス』(伊藤整文学賞)『紙の月』(柴田錬三郎賞)『かなたの子』(泉鏡花文学賞)と受賞作が続く。小説のほかに旅のエッセイや書評集もある。松本清張賞、林芙美子文学賞、すばる文学賞、小説現代長編新人賞などの選考委員を務める。

◆井上荒野(いのうえ・あれの)氏
1961年、東京都生まれ。成蹊大学文学部英米文学科卒。89年「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞受賞するが、その後小説を書けなくなる。2001年に『もう切るわ』で再起。04年『潤一』で第11回島清恋愛文学賞、08年『切羽へ』で第139回直木賞、2011年『そこへ行くな』で第6回中央公論文芸賞、16年『赤へ』で第29回柴田錬三郎賞を受賞する。著書に『ベーコン』『夜を着る』『雉猫心中』、『つやのよる』、父・井上光晴の同名の作品へのオマージュ『結婚』などがある。

◆江國香織(えくに・かおり)氏
1964年、東京都生まれ。89年「409ラドクリフ」でフェミナ賞、92年『こうばしい日々』で坪田譲治文学賞、『きらきらひかる』で紫式部文学賞、99年『ぼくの小鳥ちゃん』で路傍の石文学賞、2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、04年『号泣する準備はできていた』で直木賞、07年『がらくた』で島清恋愛文学賞、10年『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文芸賞、12年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞受賞。小説以外に詩作や海外絵本の翻訳も手掛ける。

角田光代氏
●もう一杯だけ飲んで帰ろう 角田光代、河野丈洋共著(新潮社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4104346071/
●幸福な遊戯 (角川文庫) ※海燕新人文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4043726015/
●まどろむ夜のUFO (講談社文庫) 
※野間文芸新人賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062739283/
●対岸の彼女 (文春文庫) ※直木賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4167672057/
●ロック母 (講談社文庫)※川端康成文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062766701/
●八日目の蝉 (中公文庫)※中央公論文芸賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4122054257/
●ツリーハウス (文春文庫)※伊藤整文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/416767209X/
●紙の月 (ハルキ文庫)※柴田錬三郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4758438455/
●かなたの子 (文春文庫)※泉鏡花文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4167672103/

井上荒野氏
●もう切るわ  (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334737692/
●潤一 (新潮文庫) ※島清恋愛文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101302510/
●切羽へ (新潮文庫) ※直木賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101302545/
●そこへ行くな (集英社文庫)※中央公論文芸賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4087452123/
●赤へ (祥伝社)※柴田錬三郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4396634986/
●ベーコン (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/408746444X/
●夜を着る (文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B009DEDR36/
●雉猫心中 (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101302553/
●つやのよる  (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101302561/
●結婚 (角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041038081/

江國香織氏
●こうばしい日々 (新潮文庫) ※坪田譲治文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339120/
●きらきらひかる (新潮文庫) ※紫式部文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339112/
●ぼくの小鳥ちゃん (新潮文庫)※路傍の石文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/410133918X/
●泳ぐのに、安全でも適切でもありません (集英社文庫) 
※山本周五郎賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4087477851/
●号泣する準備はできていた (新潮文庫)
 ※直木賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339228/
●がらくた (新潮文庫) ※島清恋愛文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339260/
●真昼なのに昏い部屋 (講談社文庫)
※中央公論文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4062774720/
●犬とハモニカ (新潮文庫)
※川端康成文学賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101339287/

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