「物語上、重要でないところに枚数を割いたり、読者に反感を持たせたりする文章を書くことは避けるべきです。それが人物を描くのに重要でない限りは」

 9月講座には、薬丸岳(やくまる・がく)氏を講師としてお迎えした。

 1969年兵庫県出身。2005年『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞し、小説家デビュー。2016年『Aではない君と』で第37回吉川英治文学新人賞、2017年「黄昏」で第70回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞する。
 その他、『刑事のまなざし』に始まる刑事・夏目信人シリーズ、『悪党』『神の子』『アノニマス・コール』など多数の著書があり、『悪党』『刑事のまなざし』『天使のナイフ』はテレビドラマ化もされた、今乗りに乗っている作家である。
 また今回は、ゲストとして佐々木啓予氏(講談社)、鍜治祐介氏(講談社)、五十畑実紗氏(文藝春秋)、君和田麻子氏(幻冬舎)、特別ゲストとして今野敏氏(山本周五郎賞作家、日本推理作家協会代表理事)、深町秋生氏(「このミステリーがすごい!」大賞受賞作家)をお迎えした。

 講座の冒頭では、世話役をつとめる文芸評論家の池上冬樹氏が講師を紹介した。

「今日は薬丸岳さんをお招きしました。『ハードラック』(講談社文庫)という作品の文庫解説は僕が書いたのですが、ほかの作品を読んでもとても上手いし、泣かせるし、ぜひお招きしたいと思っていました。今日はよろしくお願いします」

 続いて、薬丸氏がマイクを取る。

「薬丸岳と申します。実は昨日から編集者のみなさんと一緒に山形に来ておりまして、お酒が美味しくて、つい飲み過ぎてしまって、二日酔いです(笑)。山形に来るのは初めてで、このような講座も初めてなので緊張しておりますが、今日はよろしくお願いします」

 今回のテキストは、小説が3本。

・福島愛子『女の髪』46枚
・白取良仁『裸婦画の菊次郎』27枚
・河田充恵『利律子の庭』44枚

◆福島愛子『女の髪』46枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8810677
 洋子が夫の服を整理していると、箪笥の底に髪の毛の束があるのを見つけた。柔らかくカーブした艶のある髪は、どう見ても女の髪だった。洋子は夫の浮気を疑う。また同時に、留守中に誰かが家へ出入りしている形跡があり、防犯カメラを取り付けることにする。そこには予想通り姑の姿が映っていた。洋子は、これを機に、自分に全く無関心となった夫を振り向かせる行動に出る。

・(飛び入り参加の)KADOKAWA 山田氏の講評
 惜しいといいますか、もっとよくなる要素がある小説だと思います。髪の毛の存在は謎めいた伏線になっていますし、謎を引っ張る要素もたくさんあるのですが、それらが全体として成功していないように感じました。
 結果的には、主人公が自分で髪の毛を仕込んでいたことが明かされるのですが、彼女の妄想と被害者意識に共感できないまま終わってしまったのが、気になる点でした。読者が物語に入っていくためには、主人公に共感できないといけませんが、この主人公は独りよがりが目につきました。同情してほしいのか、彼女が崩壊していくさまを見せたいのか、焦点を絞って書かないと、単なる逆ギレというか、独りよがりなままで終わってしまう。そこがもったいないと思いましたので、読者にどんなところを見せたいのか、客観的に考えて書いていただければ、もっとよくなると思います。

・深町秋生氏の講評
 3作読ませていただいたうちでは、一番面白かったです。福島さんは、何らかの賞を取られる方ではないかと思いました。話自体にはムカムカしましたけれど、それは物語に没入できたからです。話に入り込めない作品だと、そんな感想も出てこないですから。
 ただ、この主人公は「勝ち組」ですよね。今の時代に専業主婦で、ちゃんと子育てもしていて、旦那は結構いい人物だし。ほとんど現代の貴族みたいなものですが、にもかかわらずすごく苛立っていて、誰に対しても悪意全開(笑)。団地が嫌ならお前が働け、みたいにイラっとくるんですよ。たとえば、主人公の浮気相手をスポーツジムのトレーナーとかではなくして、旦那の稼ぎが悪くて働きに出たパート先の上司とかにすると、印象がガラッと変わります。ダークサイドにいる女性でも、読者に憎まれないように、何か共感できることをひとつ作るだけで、すごくよくなると思います。その点では、山田さんと同じく「惜しい」と思いました。

・講談社 佐々木氏の講評
 おふたりと同感です。そこに付け加えるとすれば、深町さんは「勝ち組」とおっしゃいましたが、ではあってもまだまだ社会的にはごくありふれた家庭といってもよいですよね。それをテーマにする場合は、誰にでも起こり得ることが題材になっている分、よほどキレのあるオチがなければ、読者にインパクトを与えられないと思います。では、この中でキレのある部分をどこに持っていくか。冒頭に出てきた、箪笥の中に隠された女の髪は、結局何なのかわかりませんでしたね。でもこの小説で、読者はどこに付き合って読んでいくかというと、ここなんですよ。それが回収されないところに、残念な気持ちをおぼえました。この「女の髪」の謎を、もうちょっと深めることができたら、キレのあるいい短篇になったのではないかと思います。

・池上氏の講評
 福島さん、なぜこの髪の謎を明かさなかったんですか。

(福島氏「誰に言っても理解してもらえない、夫についての愚痴というものを表現したかったんです。傍から見ればいい旦那さんなのに、奥さんだけが抱えている違和感と不満を、女の髪が持つ謎に象徴させたかったので」)

 でもね、ずっと読んできて、最後に「女の髪は何なのかわかりませんでした」では、読者はストレスたまりますよ。そこはきちんと落としてくれないと。はっきりしなくても、その髪は誰のものだったのか、そういうことを示してくれればいいんです。
 この小説は、悪意のある女性が主人公ですが、もっとイヤな感じに、もっと鋭い悪意のある主人公にしたほうがよかった。会話文が多いのも、主人公の悪意を薄めてしまっています。もっと会話を省略して、緊張感と、ドロドロした悪意を鋭く浮かび上がらせる。ここが肝なんですけど、この作品では描かれていない。そこが不満です。
 それからね、こういう悪意の物語には頭脳戦という側面がありますが、敵対者である姑がこんなに馬鹿ではダメです。もっと、主人公に対抗するだけの敵意を持って、脅かす存在でないと、サスペンスは生まれません。スーパーで会った女も、意味ありげなことを言いながらもう1回か2回ぐらい出てくると、夫との関係も複雑に見えてきます。そういった、脇役の配置にちょっと甘さがありましたね。

・薬丸氏の講評
 始めにお話しますが、僕はこういう講評は初めてで慣れてないので、あくまで僕個人の意見としてお聞きいただければと思います。
 文章は非常に読みやすくて、構成もしっかりしていると思います。ただ、電器店のくだりは必要なかったのでは。店員を、ジムのトレーナーとの比較対象として出すための場面なので、ここは回想などで処理してもいいでしょう。
 僕が思ったのは、お姑さんが実際に家に侵入している場面があったほうがいい、ということです。なぜ姑と対面するシーンを書かなかったんだろう、と思って読みましたが、最後まで読んで「そういうことだったのか」とわかりました。でも、僕はちょっと池上さんと意見が違います。主人公の、夫に対する不満とか理解はできるんですけど、男の僕から見ると、結構わがままだなという感じがするんですね。結構、恵まれた環境にいるし。夫に不満を抱える主婦の方が読めば、共感するのかもしれないし、最後のオチも爽快に思うのかもしれないけど、そういう立場以外の人が読んでも共感できる部分がほしいですね。たとえば男の僕が読んでも、主人公がここまでやってしまう気持ちがわかるように、主人公が追い詰められていたり、強い不満を抱えていたりとか。たとえば夫に対する愛情の裏返しで、セックスレスを解消したいとかであれば、もっとそういうエピソードがほしい。
 構成的にもよくできていると僕は思うんですが、欲をいえば、最後にもう1回、落としてほしいなと思います。姑を排除して、セックスレスを解消するだけではなく、もうひとつ、主婦が持っている本音みたいなものが出てくると、よりいいものになるんじゃないかと思いました。

◆白取良仁『裸婦画の菊次郎』27枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8826210
 画廊を営む江坂は、廃業した質屋から一枚の水彩画を手に入れた。裸婦画で昭和画壇に名の知れた大井菊次郎の作品だ。江坂は何故かしら、その絵に強く惹かれた。
 描かれているのは、着衣の女性であった。画廊の常連である木村は、着衣である事に興味を示した。江坂は、添え書きをまとめようと由来を調べる内に、絵に込められた真実に迫る事になる。

・深町秋生氏の講評
 アイデア自体はいいんですが、ちょっと破綻しているところがあるように感じました。有名な画家が殺される事件が、なぜ新聞記事にならなかったのか。それに、この独白は、誰に向けてどう発せられたものなのか。そういった物語の基本的な部分で、整理されていない要素が多く残っていると思います。

・文藝春秋 五十畑氏の講評
 深町さんがおっしゃる通り、裸婦画の作家がなぜ着衣の絵を描いたのか、という謎の設定はとてもお上手なのですが、辰子の独白が出てくるのが、構成として少し早すぎます。女性の情念を描きたいのであれば、あえて独白に頼らずとも、主人公の江坂が謎を解いていく過程で引っ張っていくこともできると思います。
 神楽坂の雰囲気や、アトリエの暗い雰囲気の描写などはとてもお上手でした。
 江坂の母親というところへ無理に持っていかなくても、謎解きで充分に面白くできる作品だと思いますので、最後のオチをもっと工夫されるといいかなと思いました。

・池上氏の講評
 これはバランスが悪いですね。問題の女性が、実は自分の母だった、というオチならもう少し伏線を張らないと。あまりにも唐突です。単に驚かせるだけでは、読者は楽しんでくれませんから。
 この話なら、結末は、息子のほうに焦点があたるようにしないとダメです。母は殺してしまった男のことを愛していたというのは充分にわかるので、自分は殺人者の息子だった、とわかる主人公に視点を当てたほうが、この作品はよくなります。でも、このままだと母親の話と息子の話がバラバラになっているので、もっと母と子の関係を描いたほうが、キリリと締まった話になると思います。
 ミステリというものはですね、調べて調べて、真相に迫っていく過程が面白いんです。でもこの小説の場合は、全然調べないで、全部、他人から教えられて「はあ、そうですか」で終わってしまう。これでは全然つまらないんです。汗をかいて、探っていって、実は自分の母親だったというショッキングな話なんですが、探っていく過程がない。みんな親切に教えてくれて、すいすいわかっていく。そこにはスリルもサスペンスもないので、紆余曲折というか、中断というか、難渋する部分が読ませどころなんです。女性の独白が入ることでわかりやすくはなっているんだけれど、もっと重さが出るように、もうひとひねり、ふたひねりあると、よくなるでしょう。

・薬丸氏の講評
 みなさんがほとんど話してしまったんですが(笑)、うまく作れば面白い作品になるんじゃないかなと思います。
 ただ、枚数的にも、全体の作り的にも、まだあらすじの状態なのかな。主人公は画廊のオーナーのほうになっているんですけど、ならば、なぜその絵に魅せられ、その絵に隠された真実に迫ろうとしたのか。その主人公の心情を、重点的に書かれたほうがいいでしょう。調べる過程なんかもかなり簡略化されていますので、読者が主人公に感情移入できるようにする必要があります。
 江坂がすでに絵を入手している段階から始まっていて、そのモデルが誰なのかによって値付けが変わるかもしれない、というところで興味を持ったように書かれているんですけど、それならむしろ、母親の記憶が多少なりとも残っているのであれば、絵を買わないかと質屋から持ちかけられたときに、本物かどうかわからないけど惹きつけられて、調べていくという過程でもいいのかなと思いました。
 もうひとり、女性の視点を入れるというのはすごく難しい試みだと思います。2ページ目に「やはり、女の業に取り憑かれているのでしょう」という一文があるのですが、この女性を前面に出されるのでしたら、「女の業」ということを具体的に描く必要があります。画家に対してどんな気持ちを持っていたのか、なぜ殺すまでに至ったのか。そこが見どころになってきますので。
 謎が解かれるためには、伏線がきちんと張られていないと読者は納得しません。一応、息子がいるということは独白の中に書かれてはいるんだけど、もっと具体性がないと、伏線としては機能しないし、謎が解かれる面白さもなかなか出てこないと思います。

◆河田充恵『利律子の庭』44枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8826220
 厚美は、会社員の夫正博と中学生の晴菜の三人暮らしである。大宮に住んでいた一家が、練馬と杉並にまたがるこの地域に越して来たのは、晴菜が私立中学に通うことになったから、というのは名目上で、娘の晴菜が、通っていた小学校でいじめを受けていたためである、と厚美は思っている。転居先の隣には今時珍しい、車が五台も六台も止められるような庭があった。ブロック塀に囲まれたその家の持ち主は年配の婦人利律子で、一人暮らしだった。
 五年前、利律子は母を亡くした。庭仕事に全く関心のなかった利律子は、隣家の同級生、岡田孝雄に励まされて、母が大切にしていた庭の世話をすることになる。三年ほど一緒に庭の世話をしたある日、孝雄は突然逝ってしまう。隣家は売りに出され、木造モルタル造り三階建ての建売住宅になった。そこに厚美一家が越して来た。
 厚美は、家の二階のトイレの窓から、双眼鏡で利律子の家の庭を見ていた。

・深町氏の講評
 では手短に。ナメクジの描写が気持ち悪くて、とてもよかったです。あと気になったのは、全体が厚美と利律子というふたりの女性による視点で描かれているんですが、4ページ目に、唐突に厚美の夫の視点が入るんですね。こういう視点のブレは、日本の小説では基本中の基本のルール違反です。こういうところは直したほうがいいと思います。

・幻冬舎 君和田氏の講評
 私も、ナメクジや庭の描写は、素晴らしくうまいなと思いました。主人公のナメクジに対する執着が、娘への執着や隣人への妄想につながっていくのかな、と楽しみにしていたのですが、そこからのストーリーとの絡みが足りないかなと思いました。
 原稿用紙37枚という分量の中では、ナメクジの描写が多すぎて、厚美が壊れていく、狂気みたいなものが育っていく過程の描写が少ない。そこがもう少し丁寧に描かれていれば、ラストも飛躍がなく読めたのかなと思いました。最後が駆け足すぎて、読者が置いてけぼりになってしまうので、そこはもったいなかったなと思います。

・講談社 鍜治氏の講評
 この小説は、幻想文学的にやるのか、ミステリ小説的にやるのかということでアプローチが大きく変わってくると思いますが、個人的に僕はエンタメばかり編集してきたので、もしエンタメにするのであればということで考えると、エンタメ小説の強度は、人物の苦悩の深さに比例すると思っているんです。人が強く悩んでいればその小説は強いし、たいして悩んでいなければ弱い。これは、利律子なり厚美なりがいかに苦悩しているか、ということをもう少し描く必要がありますね。どうしても娘を庇護下に置きたい、とか、どうしてもナメクジを駆除せずにいられない、とか、隣を覗きたい、とか、覗かれるのが嫌だ、とか。何でもいいんですけど、その人にとっての強い苦悩が描かれていれば、また違った味わいがあったのかなと思います。
 人物の苦悩の強さというのは、思考や心情の描写ではなくて、その人の取った行動で表せると思います。強い苦悩を持った人間がいかに行動しているか、ということを短く簡潔な文章で書けば、さらによくなったかな、という気がしています。
 冒頭で、読者に大きな「?」マークを持たせて、それが最後には大きな「!」マークになるような、感情が変わるような作品になるかと思いましたが、やや起伏が少ないかなという気がしました。

・池上氏の講評
 受講生の感想を聞くと、ラストで厚美が利律子を殺しにいく場面に、飛躍があると感じた人も多いようですが、僕はそうは思いませんでした。
 ナメクジの描写で、これはおかしな世界だというか、何かが起こるぞということはずっと伝わってくる。全体に変な雰囲気があるんですね。娘の服を着るところも変だし、一番狂気性を感じるのは13ページで、夫が奥さんに向かって「おい、おかしな真似するなよ」というところですね。ここがすごく効いている。夫だけが、この奥さんが持っている狂気性を知っていて、釘を刺すんですね。夫がこういうことを言うからには、奥さんは過去にも何かおかしなことをしているはずなんですよ。だからブレーキをかける。でも奥さんは狂いだしてナイフを持って、隣の住人に襲い掛かる場面につながる。これは必然性がある。
 河田さんの描写力は、以前からたいへんなものがあって、非常に丁寧で密度が濃い。そういう内的なおかしなところ、狂気性をうまく描き出しています。とくに、虫を殺す描写や剪定の描写が、人を殺したり切断したりするようなものにエスカレートしていくのが、非常によくわかるんですね。落ち着いた庭の描写が、逆に効果を上げていて、怖さを出していると思いました。

・薬丸氏の講評
 池上さんの講評をお聞きして、僕の感想もだいぶ変わりました(笑)。
 まず思ったのは、情景描写がすごく丹念だということですね。庭の描写であるとか、ナメクジの、おどろおどろしい感じですとか。ただ、心情描写はやや薄いかなと感じました。厚美の娘に対する思いや、利律子の思いなど、情景描写に匹敵するか、それ以上に描かれてもいいのかなと思いました。
 僕が、感想が難しいなと思ったのは、これをホラーとしてとらえたら、池上さんがおっしゃったような受け止め方ができるのかもしれませんけど、僕はどうしてもミステリとして読んでしまうものですから。あくまでも僕の読み方としてお話させていただきます。
 最初にナメクジの細かい描写があって、次に娘がいじめに遭ったから引っ越したい、というところが、物語の5分の1ぐらい使って説明されているんですね。そうすると読者としては、このふたつがどう絡んでくるのかな、という期待感を抱きます。なので、最後まで読んだとき、僕はちょっとうまく消化できませんでした。
 ただ、違う読み方をしたら、幻想小説やホラーとして考えればそういうこともアリなのかな。
 もうひとつ思ったのは、あまり重要でないことに結構、枚数を割いているような印象があったんですね。5ページ目ですか、厚美が娘の服を着ているんですが、服の間からマスクが1枚落ちます。これは何か、伏線になっているんですかね。

(河田氏「娘の替え玉として受験に行くつもりだった、という意味なんです」)

 あ、そうだったんですか。それはちょっと難しいなあ(笑)。そういう狙いがあったんでしたら、どこかでもっとわかるように書かれていれば、この母親はそこまで狂っているんだ、ということの説明になると思います。
 僕がこの作品を書くとしたら、と考えたんですが、人の狂気の内面を書くことは、僕には難しいなと思うんですよ。なので僕だったら、厚美さんの夫の視点で書くと思います。どんどん壊れていく妻、みたいなところを。厚美さんの視点は、僕だったらやらないかもしれないですね。書けば書くほどネタバレになってしまいますし、ミステリとしての推進力をつけるのは難しいです。
 ラストは、ありきたりといえばありきたりかもしれませんが、こういうラストにするんだったら、もっと具体的に、濁さずに書いたほうがいいと思います。僕は、殺しにいったというのがすぐにはわかりませんでした。こういう結末でしたら、ナイフが刺さるところですとか、そういう描写があったほうが、よりわかりやすくていいのかなと僕は思います。

 あとひとつ、いいですか。これは僕個人の意見なので、必ずしも参考にされなくてもいいんですが、ちょっと気になるところがありました。作品うんぬんではなくて、6ページ目に「こんな、おもちゃのような家でも買って住みたいのかと思うと、何だかいじらしい気持ちがした」という一文がありますね。おそらく、こういう家に住んでらっしゃる人自体がそんなに多くなくて、実際にはもっと小さな家に、でも大切に住んでいらっしゃる人もいる。物語上で、この女性のキャラクターを表現するために重要だったらいいと思うんですけど、下手なことで読者を敵に回すことは言わないほうがいいと思いますね。これがキャラクターを形成する上で重要だったらいいんですけど、読んでみた限りでは、とくにそういうわけでもなかったので、ちょっと気になりましたね。

 池上氏「では、最後に今野敏さんの総評をうかがいたいと思います。今野さん、3本読んでどうでしたか?」

・スペシャルゲスト・今野敏氏による総評
 このタイミングで話を振られるとは思わなかったな(笑)。

 3つ読んで、純粋に感想を言わせてもらうと、たしかにまだまだなんですけど、チャレンジしていることは間違っていないと思います。たとえば『女の髪』にしても、箪笥の中から髪の毛が束で見つかる。これで掴みはOKです。髪の毛、姑、それから防犯カメラ。この三題噺にしても、非常に面白いものができると思います。
 『利律子の庭』にしても、ナメクジ、お隣さん、庭、という道具立ても描写も、非常に面白いと思います。『裸婦画の菊次郎』は、独白の部分が俺はとても好きでした。セピア色の映画を見ているようでね。
 チャレンジしていることはOKです。だからみなさん、どんどんやってください。自分のことを言うのは口はばったいですが、僕は多分1000以上の物語を終わらせています。プロとアマチュアの違いはどこか。それは物語をいくつ終わらせたか、ということにかかっている、と僕はよく言うんです。だから、終わらせ方をうんと勉強してください。そのためには、とにかく書くしかないんです。時間がかかるかもしれないけど、焦らずにやることです。

 それから、もうひとつだけ。ミステリを、謎のある物語を作ってくれ、と言われると勘違いをされる方が多いと思うんです。ミステリというのは、実は謎を作ることではないんです。謎をどうやって解くか、読者にお見せすることなんです。ですから、ものすごいミステリといわれるものの中で、すごい謎っていうのは、実はあまりないんです。本格ミステリの人たちはそこに命かけてますけど。提示された謎をどうやって解くか、それを主人公なり探偵役なりが示してあげることなんです。科学的ロジックもあるでしょう。心理的な解き方もあるでしょう。感情に訴えるやり方もあるでしょう。それは作家それぞれの持ち味なんですけど、そこは勘違いしないほうがいい。それがミステリの秘訣だと思います。
 もう一度言います。ミステリとは謎を描くではないんです。謎をどうやって解くか、読者に提示することなんです。それを心の片隅に置いていただければ、今後、短篇の書き方も変わってくるんではないかと期待します。

※以上の講評に続き、後半では謎解きの見せ方、作家になるまでの経験、物語の組み立て方などについて語っていただきました。その模様は、本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。

【講師プロフィール】
◆薬丸岳(やくまる・がく)氏

1969年、兵庫県明石市生まれ。幼い頃から映画に熱中し、俳優、脚本家、漫画原作者などを目指す。高野和明の江戸川乱歩賞受賞作『13階段』に出会い、本格的に作家を志し、2005年『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。『闇の底』『虚夢』『ハードラック』『死命』『逃走』(テレビドラマ化された)『刑事のまなざし』など次々に話題作を発表し、2016年『Aではない君と』で第37回吉川英治文学新人賞を受賞。鋭く現代的な主題と感動的な物語が熱い支持を受けている人気作家だ。

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●刑事のまなざし (講談社文庫) (テレビドラマ化)
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●闇の底 (講談社文庫)
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●虚無 (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062769719/

●死命 (文春文庫)
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●逃走 (講談社文庫)(テレビドラマ化作品)
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●悪党 (角川文庫)  (テレビドラマ化)
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●アノニマス・コール  (角川書店)
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●13階段 高野和明著 (文春文庫)※第47回江戸川乱歩賞受賞
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