5月11日

 イタリア五日目、NTVでフィレンツェからローマへと移動。バチカン美術館・システィーナ礼拝堂を巡る。礼拝堂なのに設置されているスピーカーはどれもBOSE製だとジョークを口走ると、妻から冷たい視線を浴びる。その後、サンピエトロ寺院やらトレビの泉やらコロッセオやら絵に描いたような観光コースを回る。こういうものを見る度に『グラディエーター』やら『ローマの休日』を再見したくなり、どうも困る。本日は市の地下鉄がストライキを起こしているため、いつもは地下鉄を利用する者もクルマを出し、しかもそういう事情だからと市も普段は自家用車乗り入れ禁止区域を解禁、結果として市内はどこも大渋滞。かくて歩いた方が早いという状況と相成った。
 イタリアというのはどこもそうなのだけれど、地面はアスファルトではなく石畳である。従って普通に歩いても足腰を使うのだが、歩数計を見ると本日は12000歩を軽く超えた。ホテルに帰ってさすがにうつらうつらしていると、出版社からのメールが多数。
『締め切りが過ぎたぞ』
『電話連絡が取れないが、逃げ回っているのかこの野郎』
 睡魔や疲労と闘いながら原稿を書く。

5月12日

 イタリア六日目の今日はほとんど自由時間。お土産他の買い物に妻は朝から全開モード。スペイン階段から続くブランド品店を回る。大体が百貨店みたいな店が見当たらず、どこもかしこも専門店。妻の目は輝いているが、正直ブランド品には一ミリの興味もない僕はただ引っ張られるのみだ。
 締め切り過ぎの原稿は部屋に放置したままなのにこうしてふらふらしていると、否応なく罪悪感が迫ってくる。しかしここで買い物を中断して先に帰るような真似をすると妻から「捨てられた」などと恨まれ、今後二十年は折ある毎に言い続けられる(そういう前科もある)ので、各編集担当者に詫びながらお供を続ける。ごめんなさい。やっぱり担当編集さんより奥さんの方が怖いんです。
 19時、レストランでプロのカンツォーネを聴きながら夕食。至近距離で聴くと人間の声は最高の楽器であることを再認識する。
 夜半になり、ようやく連載原稿一本を仕上げ、「野性時代」連載の『蕁草のなる家』に着手したところ、ちょうど担当Fさんからメールが届く。編集部の異動に絡んで担当替えになったとのこと。あああ、原稿のあまりの遅さに忌み嫌われたような気がしてならない。

5月13日・5月14日

 イタリア最終日。ホテルからローマ・フィウミチーノ空港に直行し、機上で幻冬舎用新連載『毒島刑事最後の事件』のプロットを完成させる。やれやれ、やっと担当のTさんに笑顔で会える。
 時差があるため、成田空港には14日午前10時30分の到着となる。何だか一日損した気分になり、東京事務所に到着するなり『蕁草のなる家』の執筆に着手する。本日、神田祭でこの辺り一帯は法被姿の人で溢れ返っている。こんな雰囲気の中、部屋に閉じ籠もって小説を書いているだけの僕っていったい。
 それから立て続けに連絡があり、明日は三つの出版社と打ち合わせをすることになった。休んだら休んだ分だけ忙しくなるのは会社員時代と同じ。へろへろ。

5月15日

 10時、KADOKAWA「野性時代」Y編集長・「文芸カドカワ」S編集長・Fさん・Uさんと担当引継ぎ会。四対一でビビる。新担当Uさんは過去にラノベも担当されていたとのこと。Uさんが開陳するラノベ興亡史は録音装置を持ってこなかったのが悔やまれるほどの内容。流れに沿って僕が歴代の電撃受賞作について触れるとFさんは「中山さん、そんなものまで読んでるんですか」と驚く。当たり前である。読んでいるからこそ(以下十五字抹消)。
 形式的な引継ぎが終わるといつもの四方山話。Y編集長が小説講座を受け持った際の話となる。
「何と言うかクラブ活動のノリですね」
 言い換えれば集まってくる投稿作の内容は目を覆わんばかり。本日集まった人の多くは投稿作の下読み経験があり、その話になると何故か全員が俯き加減となる。僕は冗談で、
「そんなにしんどいなら、投稿作の下読みを新入社員の罰則とかハラスメントに使えばいいんですよ」と提案するが、四人はひどく乾いた笑みしか返してくれず。きっと相当ひどいのだろうなあ。
 12時、幻冬舎のTさんからプロット一発OKの知らせ。電話口の向こうでTさんは大笑い。この人がこんな風に笑ってくれるのなら成功だろう。八月から執筆開始予定。
 18時、双葉社Yさんとゲラ修正。旅行中は全く電話が繋がらなかったため、僕が執筆中に倒れたのではないかと心配してくださったらしい。Yさんに限らず、連絡のつかなかった担当さんは一様にそう思っていたらしく、これはもう本当にお詫びするしかない。
 21時、第63回江戸川乱歩賞は該当作なしとのニュースが流れる。該当作なしは46年ぶりとのことだが、これは英断というべきものだろう(そう言えば横溝正史ミステリ大賞も野性時代フロンティア文学賞も該当作なしだった)。昼のKADOKAWAさんとの会話が甦る。大体、毎年毎年有望な新人が出現するはずもなく、僕の感覚では物故した作家とほぼ同数の新人しか誕生しないのではないか。出版社として新人賞受賞作は是非とも出版したいところだが、かといって無理やり受賞させた新人は大抵後が続かない。それはこの七年、僕が傍から見てきた通りだ(この項、続く)。

5月16日

(承前)先日某文学賞の授賞パーティーで編集長と話す機会があり、こんなことを言われた。
「あのですね、中山さん。新人賞という冠がつくだけで、ある程度の売り上げは予想できるんです。出版不況の折、数字が読める出版物は貴重です。だから歴史のある文学賞であればあるほど〈該当作なし〉を出す訳にはいかないんです。もう、半分は至上命令みたいなもんです」
 そういう事情もあって大抵の文学賞というのは絶対評価ではなく相対評価だ(従って相対評価で受賞作が出なかったということは、最終選考にも残れなかった投稿作品は例年にもまして不出来揃いだったという意味にもなる)。かくて年ごとで受賞作品のレベルが相違し、ワインじゃあるまいし豊作や不作の年が出てくる。これは僕の印象だが、やはり不作の年の受賞者はあまり長続きしない。そして受賞作の冠である程度は売れたとしても、結局は賞の権威を貶めてしまい、翌年からの売り上げに影響したとしたら本末転倒になりかねない。「誕生する新人の数が多ければ、その中からスターが出現する可能性も大きくなる」という意見もあるだろうけど、もうそろそろ出版社にそれほど沢山の新人をデビューさせる体力がなくなってきているのも事実だ。もっとはっきり言ってしまうと、今は即戦力になるような新人でない限り、存在価値は極めて低い。
 ミステリー系新人賞の牙城ともいうべき乱歩賞が〈該当作なし〉を出したのが英断と書いたのも、その辺りの事情からだ。各新人賞は相対評価から絶対評価へ転換する時期にきているのではないか。

5月17日

 東京事務所に妻が常駐するようになり、急に生活環境音が蔓延るようになつた。蔓延るといっても空気の入れ替えで窓を開ける、掃除機で埃を吸う、洗濯機を回すといった至極当たり前の環境音なのだが、今まで一人で住んでいた頃には執筆時はそれに専念していたため悩まされることのなかった生活環境音だ。しかも神田というのはサラリーマンと学生の街であるため、夜の8時を過ぎる頃にはあちこちから素っ頓狂な声が上がる。都会の喧騒と言えば聞こえはいいが、正直うるさい。かと言って執筆中に窓を開けるな物音を立てるなというのは偏狭に過ぎる。
 という訳でBOSE社のノイズキャンセル機能つきヘッドフォンを買ってきた。耳に装着してスイッチを入れるとまあ何ということでしょう。周囲の雑音がほとんど聞こえなくなったではありませんか。この感覚は新幹線でトンネルに入った際、つーんと音が減衰する現象に似ている。もはや音楽で雑音をマスキングする必要もなく、ただ無音の中で執筆を続ける。

5月18日

 岬シリーズ最新刊『どこかでベートーヴェン』文庫版のセールスにつき書店訪問。
・三省堂書店神田神保町本店さま
・ブックエキスプレス エキュート上野店さま
・紀伊國屋書店新宿本店さま
・ブックファースト新宿店さま
・東京旭屋書店池袋店さま
・三省堂書店池袋本店さま
・八重洲ブックセンターさま
・三省堂書店有楽町店さま
 ありがとうございました。
 書店訪問の最大の楽しみは書店員さんとの会話だ。本日も某書店員さんから興味深い話を聞いた。
「最近、ある小説の文庫版解説を頼まれましてね。以前にも原稿用紙5枚分のエッセイみたいなものは書いていたのでまあできるかな、と。ところが依頼は10枚書けと……5枚なら何とかなるんですけど、10枚となると途端に難儀しましてね。一日に何枚も何十枚も書いている作家さんはやっぱり普通とは違うと思いました」
 原稿用紙5枚というのはコラムやエッセイの枚数なので、思いつくまま書き連ねればあっという間に到達する。ところが10枚というのはショート・ショートの枚数であり、起承転結が必要であり、構成力を問われるようになる。
「10枚も書かされるんだったら、原稿料アップを要求したらどうですか」と提案すると、
「いやあ、書店員さんはこの金額でと最初から釘を刺されていまして」
 つまりプロの書評家による解説とそうでない方とのランクを明解にしているのだ。他にたとえるならバラエティー番組における文化人枠のようなものか。
 プロとアマの間にギャラの差をつけることは間違ってはいないと思う。しかしそれならばプロの書評家による解説はそれなりのクオリティがなければ読者も納得しないのではないか。僕も解説を楽しみにしている方だが、物語の梗概→作者のプロフィール紹介→今後の出版予定というのは、もうほとんどフォーマット化されていて、目から鱗どころか角膜が落ちるくらいのことが書いてなければ「この解説者、作品に愛情がないなあ」などと思ってしまうのだ。じゃあお前の小説はフォーマット化されていないのかと反論がきそうだが、もちろん自分のことは棚に上げている。

5月19日

 新潮社Tさんより『月光のスティグマ』文庫版に使用したいとのことで著者近影はないかとの問い合わせあり。僕の写真はずいぶん前から「オール讀物」で撮影していただいたものを半ば公式の写真にしていたので、そちらを使ってくださいとお願いする。するとほどなくして件の写真には著作権が発生しているとの回答を得て、少し驚いている。商売柄肖像権やら著作権には多少詳しいつもりだったのだが、まさかこんな五十過ぎの訳分からんオッサンの写真にまで著作権があろうなどと誰が想像するだろうか。
 13時、幻冬舎Tさんと話す。この日記は現在「ピクシブ文芸」に連載しているのだが、何と言うか読者が業界人ばかりではないかという気がしていて「いつまで続ければいいのでしょう」と伺いを立ててみたのだ。
『個人的に面白いと思っているので続けてください』との回答を得たものの、どの日付を読んでも普通の日記だ。いったい何がどう面白いのだろう。

5月20日

 10時、東京駅新幹線ホームで島田荘司さんと合流。講談社・光文社・原書房の編集者さんたちと一路福山へ。本日は「福山ばらのまちミステリー文学新人賞」の授賞式で、僕は招待状をいただいたので出席することにしたのだ。
 受賞者の皆さんにお会いするのも興味があったが、やはり一番の目的は四時間島田さんとお話しできることである。まあ想像してほしい。あの新本格のゴッドファーザーと称される島田さんとほぼ一対一で雑談しているのだ。この状況を羨ましいと思わない物書きが果たしているだろうか。しかも今回、大阪からは特別ゲスト有栖川有栖さんが合流、三人で好きなミステリー映画ベスト5を挙げるなど、これだけで飯が三杯はいける。
 さて、今回該当作なしとなった江戸川乱歩賞と横溝正史ミステリー大賞だが、その両賞の選考に関わっているのが有栖川さんだ。野次馬の血が騒ぎ早速根掘り葉掘り質問すると有栖川さんの答えは「たまたまですよ、たまたま」。
 ついでに詳しい感想なんかも訊いたりする。この内容が文芸誌に掲載されるかどうかはともかく、少なくともここには書けない。書いて堪るか(もっとも『噂の真相』が現存していたら高くネタを売ってもいいのだが)。
 福山に到着すると図書館に案内される。ここで知念さんら福ミスの受賞者さんたちとも合流。知念さんからは「『作家刑事毒島』好きです」と言われる。ホント、何であの本は業界人と作家仲間には好評なんだろ。
 図書館には島田さんや有栖川さん知念さんのみならず、僕の著作コーナーまで作っていただいていた。図書館員の何人かが「ファンです」と言ってくれたりもする。たとえ社交辞令でも嬉しいなあ。
 場所を移動していよいよ授賞式。島田さんと有栖川さんに続いて僕も何か喋ろとのこと。こうしたスピーチは過去に色んな場所で何度もしているが、景気のいい話をすれば新人作家に無謀な夢は見せるなと釘を刺され、新人作家の現状を憂えば最初からネガティヴなことを言うなと叱られる。どないせえちゅうねん。
 二次会では受賞者の皆さんとテーブルを囲むことになった。これはきっと主催者側の陰謀だと思う。プロットの立て方や原稿の進め方など、問われるままに答えていると皆さんの表情が沈んでいくのが分かる。だから僕みたいな人間とテーブルを一緒にするなと言うておるのに。

★幻冬舎の文芸誌「小説幻冬」にて、「毒島刑事最後の事件」が連載中です。

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