「私は、作品がその形になりたがっている力を借りて、書いています。物語が持っている力を借りないと、完成させることはできません」

 第79回は小説家の村田沙耶香さん。独自の世界観を生むに至る生い立ちや、小説を書くということへの強い思い、話題になったコンビニ生活などについて、語っていただきました。

◆宮原昭夫先生の教え/「トイレ新聞」発行人時代/顔色を窺う子ども

――受講生のテキストを読んでみての感想は、いかがですか?

村田 私は4本とも面白く拝読しました。たぶん、池上さんが私の好きそうな小説を選んでくださったんだと思いますけど(笑)。

――実はそうなんです。今回も本当にたくさんの応募があって、レベルの高い作品もあったんですが、やっぱり講師の作風を見て、この人はこういう作品は好きじゃないだろうな、というのは外すんです。変な言い方ですが、テキストも接待なんですよ。気持ちよく読んでいただいて、気持ちよく感想を言ってもらわなくちゃいけない。だから、そういう作品を選ぶというのはあります。
 村田さんは、宮原昭夫さんの小説講座で学ばれたんですよね。ご存じない方もいらっしゃるかもしれませんが、1960年代から活躍されている作家で、僕の好きな森内俊雄さんとも大学の同級生なんですね。その宮原さんに、教わったとか。

村田 そうですね、横浜文学学校というんですけど、昔に運営されていた学校がなくなったときに、自主講座の勉強会のような形で残ったものらしいんですが、そこに講師として先生をお呼びして、月に2回、講座をしているんです。

――宮原さんは『誰かが触った』(角川文庫)という名作で1972年に芥川賞を受賞していて、短篇の名手です。最近はあまりマスコミに出ませんが、僕たち文学に携わっている人間にとっては、懐かしいし非常にいい作品を書く作家として知られています。村田さんの略歴を見たとき、宮原さんの教室で学ばれたというので驚きました。こんなに若い人が、古い世代の作家のところで学んでいるのはなぜなんだろう、と。村田さんから見て、宮原さんはどういう方ですか。

村田 お人柄、ですか? ものすごく信頼できる、小説に真摯な言葉をくださる方ですね。横浜文学学校では自分の作品も含め、いろいろな作品がありましたし、(未完)で終わっていてまだ半分くらいです、というような場合もありました。そんなときでも必ず作者を尊重して、小説を大切にしてくださるんです。そういう姿を学んできました。

――村田さんは小さいころから小説家になりたかったそうですね。「文學界」掲載の受賞エッセイを読むと、学校のトイレに貼る「トイレ新聞」を作っていたということですが。

村田 小学校のときから小説を書いていて、たぶん6年生ぐらいのときに「トイレ新聞」という壁新聞を作ったんです。そのときは自分の小説ではなく、ほかの方の書いたものでした。今だったら無断転載でダメですが、子どものやることなので(笑)。壁新聞に小説コーナーを作って連載したら、ものすごい反響があったんですね。みんながびっしり感想を書いて。その当時は少女小説をすごく読んでいて、少女小説家になりたかったんですが、自分もこんなふうに熱狂的に読んでもらえたら、どんなに嬉しいだろう。自分がこっそり書いている小説をここに載せればよかったのに、と思いました。その勇気が、当時の自分にはなかったんですよね。それを恥じたことを覚えています。

――村田さんの、芥川賞受賞時のエッセイ(受賞直後特別エッセイ「小説という教会」/「文學界」九月号所収)には「私は人の顔色を窺う子どもだった。何が食べたい、何して遊びたい、と友だちに聞かれても、私はいつも、食べたいものも率先してやりたい遊びも、何もなかった。場の空気を壊さないこと、誰かを嫌な気持ちにさせないこと、そのことによって弱い自分を守ること。それが私の行動原理のすべてだった。小説を書く、という行為にのめり込んだのは、そういう子どもにとっては必至のことだったのかもしれないと思う。小説は私にとって、顔色を窺わないでできる唯一の行為だった」とありますね。そんなに、周囲の顔色が気になっていたんですか。

村田 そうですね、大人の顔色をものすごく窺う子どもでしたね。すごく敏感で、先生のちょっとした表情だとか、家族がちょっとイライラしているとか、そういうことにものすごく合わせて行動する子どもだったので、常に緊張状態にありました。で、空想しているときと小説を書いているときだけはリラックスしていたんです。友だちの顔色も窺っていたので、何々ちゃんがイライラしているとか、誰々ちゃんがちょっとつまらなそうにしているとか、そういうことも顔色を窺って、みんなが和やかになるようにバランスを取ることにすごく必死な子どもだったんです。なので、小説というのは本当に何でもしていい世界で、その場所があることにものすごく救われました。

◆神聖な教会を汚してしまった/解説にも全力投球/「作品は名刺代わり」

――壁新聞を作って、小説を書いてみようと思って、そして賞に応募もされたんですよね。

村田 実際に応募したのは大学生になってからですが、中学生のときには、応募しようと思って書いたことがあります。

――「文學界」に載った村田さんのエッセイは「小説という教会」というとても印象的なタイトルですが、そこにはこうも書かれていますね。「自分にとって唯一の、顔色を窺わずに自由に祈ることが出来る小説という教会を、汚してしまった。中学生の私にとって、それはほとんど死ぬことと同様だった」。そこまで真面目に考えたんですか。

村田 そうですね。小説家になろうとしている人の前でこう言うのも申し訳ないですし、考え方は人それぞれとして聞いてほしいのですが、そのときの私は「小説家になる」ために小説を書こうとしたんですよね。小説を書くことが好きだから小説家になろうとしたのに、実際に書こうとしたら順番が逆になってしまったんです。中学生の私は、高校生でデビューした井上ほのかさんというミステリーの少女小説作家に憧れて、中学生でもなれるんじゃないかと思って書いたんですが、やっぱり小説として大人が喜ぶようなもの、大人が「ちゃんと完成した小説だな」と思うようなものを書いて、小説家という職業に合格したいと思って小説を書こうとしてしまいました。それは、私にとっては死ぬよりつらいことでした。そのことは忘れられません。「小説家になる」ことを動機に、むしろいい小説を書く方もいらっしゃると思いますが、自分の場合は、精神的にも苦しかったですし、作品も駄目でした。そのとき私は、小説っていう教会のように神聖な、顔色を窺わないで済む場所で、窺ってしまった。自分は小説を汚した、と思いました。その自分の汚さは、どうしても忘れることができません。いまだにそうなので、プロになってからも、素人っぽい、子どもっぽさが抜けないな、と今でも思っています。

――でも、その後も小説は書き続けて、大学に入って、文学部に入ったんですよね。

村田 中学校のときにワープロを買ってもらって、ものすごく熱心に書いていたんですが、高校受験のときにいったん小説を書くのをやめて、高校のときにはまったく書きませんでした。それはたぶん、書かない間に山田詠美さんの小説に出会って、書きたいものが少女小説ではなく純文学になったのと、山田さんの素晴らしい文章に異常なほど憧れてしまって、書くことのハードルが高くなりすぎてまったく書けない状態が続いてしまいました。

――山田詠美さんの『学問』という小説が新潮文庫に入っていますが、解説が村田沙耶香さんで、冒頭の1行目にびっくりします。僕は「小説すばる」で「この文庫解説がすごい」という連載をやっていて、いいものがないかいつも探しているんですが、解説の冒頭1行目でオナニーの体験談を書いたのはあなただけですね(笑)。でもこれがね、村田さんは、島本理生『七緒のために』(講談社文庫)でも解説を担当されているのですが、常に全力投球ですね。少しぐらい手を抜いてもいいのに。作家の解説というのは、言っちゃ悪いけど、どういう付き合いがあって、どんなふうに酒を飲んでどう交流しているか、というような接待解説です(笑)。でも、村田さんの場合は、どんなときに読んでどう捉えているか、という自分の内面で書いている感じがする。


村田 そうですね、この作品がどれだけ好きか、という気持ちがないとお受けすることもないので。とくに『七緒のために』や『学問』は好きな作品なので、のめり込んで書きました。『学問』の解説では、あまりにのめり込んで、枚数がちょっと長くなりすぎてしまいました(笑)。

――解説っていうのはだいたい10枚が相場なんですけどね。村田さんのは、ほとんど1篇の小説になっている感じでした。

村田 いやあ、小説を書くより緊張しましたし、気合いを入れて書きました(笑)。

――そうして山田詠美さんに出会って、また小説を書こうとされたんですね。

村田 高校のときはぜんぜん書けなかったんです。たぶん、中学校のときはフラストレーションがあって、それが自分のエネルギーになっていたんですけど、高校に入ってそれがなくなったから、自分にはもう小説は一生書けないのかな、と思いました。心理学とかカウンセラーとかになろうとして、そういう進路を選んでいたんですけど、でもやっぱり小説が書きたいと思って、文学部芸術学科という、別に小説とは関係ないんですけどその学科に急に入りまして。大学に入ってもまだ書けなくて、横浜文学学校に行ってやっと書けるようになりました。大学2年生だったので、20歳ごろからですね。

――宮原さんの教室に通って、すぐ書いたわけでもないんですよね。

村田 いえ、横浜文学学校では、まず、何でもいいから作品を出しなさいと言われるんです。冗談めかしてですけど、作品は名刺代わりだから、というのが先生の口癖なんです。どんなに下手でも未完でもいいから、とにかく出しなさいというふうに言われて(笑)。下手でも出しやすい環境ではあったので「妖精の唇」という、わりと同性愛的な、大学生の女の子二人の話を書いて、出したのを覚えています。すごく短い小説でしたが。

――教室では、何年で何本ぐらい書いたんですか。

村田 その後に書いたのが「授乳」(講談社文庫『授乳』)で、教室で書いたものをちょっと長くして応募して、デビューしたので、学校ではそんなに何本も書いてはいないんです。

◆読書は演奏、小説は楽譜/群像新人賞こぼれ話/「新人の仕事はボツになること」

――宮原さんの教えで、印象に残っているものはありますか。

村田 先生の教えでは、すごくいろいろありますね。何だろう、ものすごくいろんなことがあって。いちばん印象的なのは、小沢信夫さんの言葉で「読書は、音楽に譬えれば、演奏だ」というのがあって、それに倣って、「それならば小説は楽譜だと思う」というふうにおっしゃっていて。また、読者を想定して書くときに、読者という人を下に見てはいけない。上に向かって書きなさいとおっしゃっていました。読者は自分より高いところにいる、と思うのが大切で、下に向かって書くと、小説が下品になるとおっしゃっていたのを覚えています。

――小説は楽譜、というのはいいですねえ。読む人間によっていろいろ変わってくる、ということですね。

村田 そうですね。だから、作者が作品の中で説明をし過ぎて、ひとつの読み方しかできないのはあまりよくない。あと、描写を深めることで、読者はいろいろな演奏ができる、と教わりました。

――「授乳」は群像新人賞の受賞作ではなくて、優秀作ということでしたね。珍しいですが、賞を取ったときはどうでしたか。

村田 賞を取ったときは、すごくびっくりしました。日程を勘違いしていたんです。1ヶ月前に待っていたんです。この日に受賞の連絡をします、みたいなことを言われていたので、「選考委員の方って、すごいな、3日ぐらいでお読みになるんだな」と思っていたんですね(笑)。大学卒業したばかりとはいえ、すごくバカだったなと思うんですが。で、連絡が来なかったので落ちたと思っていたら、1ヶ月後に電話がかかってきたので、ものすごくびっくりしました。エッセイに書いたこともあるんですが、実はそのとき、ちょうど男の子に告白していたんですよ(笑)。告白がうまくいって、「やった!」と思っていたら電話がかかってきて、「あなたの作品が優秀作に選ばれました」と言われたので、ものすごくびっくりしました。相手の男の子も、すごくびっくりしてました(笑)。

――で、その男の人とはどうなったんですか。

村田 しばらくお付き合いしていたんですが、いろいろあって別れてしまいました。

――作家として、その後はどうだったんですか。

村田 しばらくはボツ、ボツの連続でしたね。なんで短篇で応募したかというと短篇しか書けなかったからで、私に書ける最大の長さが60枚ぐらいだったんです。「授乳」もたしかそのぐらいの作品なんですが。なので、ぜんぜん実力が伴わないままデビューしてしまって、担当の方にはご迷惑をおかけしました。今思うと本当にひどい作品で、出してはボツ、出してはボツという感じで。でも担当の方がすごく優しい方で、「新人はボツになるのが仕事なんだよ」とおっしゃってくださって、私はバカなので「そうなんだ」と思って(笑)、ぜんぜんめげずに書きました。

――いやあ、みんなボツの経験はあるでしょう。最近の、新人賞を取った人の中にはプライドの高いのがいて、「私の原稿をボツにするなら他所に持っていきます」とか平気で言うそうですが。もっと、編集者と1対1の関係で、ボツになったら何度も書き直せばいいんだけど、やっぱり若い人は自己愛が強いんですね。「1行たりとも直さない。著作権侵害である」と頑強に言い張る人もいる。で、本が出なくなってしまう。最初はやっぱりボツになっても書き直すガッツが必要なんですよね。書き直す力があるかどうか、というのも新人にとっては大きな要素である。村田さんも、けっこうボツになったんでしょう。

村田 でも私の場合、たぶん横浜文学学校で叩かれ慣れてたんでしょうね。厳しいことを言われ慣れていたんでしょう。編集さんの言うことが的確だ、ということも、ボツになりながらも分かっていたので。そこは学校での経験が大きかったと思います。

◆『殺人出産』から『消滅世界』へ/物語に引きずられたい/初めて笑ってもらえた作品

――群像新人賞で優秀賞を取って、それから野間文芸新人賞を取って、三島賞を取って、芥川賞。すばらしい経歴ですね。三賞を取った人はなかなかいないですよ。

村田 たしか4人ぐらい、ですかね。

――4人「しか」、いないんですよ(笑)。どれも打率の高い賞ですが、村田さんも芥川賞のことは前から視野に入っていたんですか。

村田 私は賞のことは考えないんです。中学校のときの辛い体験があるので、賞のことは考えないで書く作家だと思います。なんとなくそれを目指そう、みたいな雰囲気を感じる編集さんもいらっしゃると聞いたことはあるのですが、私はお会いしたことがなくて。
 私はたぶんバカだから気がつかないのかもしれないです。ぜんぜん何も考えないで書いていました。

――でも非常に作品の世界がバラバラで、僕が最近で一番びっくりしたのは『消滅世界』(河出書房新社)ですね。これを読んで、こんなすごい作品を書く人がいるんだな、と思いました。各新聞の書評でも、ものすごい絶賛の嵐でしたし。

村田 いやあ、けっこうぶっ飛んだ小説を書いたつもりだったので、みなさん割りと好意的に読んでくださってびっくりしました。

――先週の日曜日に、5週に1回やっている朝日新聞の文庫オススメで『殺人出産』(講談社文庫)を取り上げたんですが、あれが助走だった感じがしました。

村田 『殺人出産』はかなり一気に仕上げた短い作品だったので、もっと変な設定で長いものを書きたい、という欲望がずっとあったんです。それで『消滅世界』を書きました。

――未読の方もいるので紹介すると、どちらも近未来が舞台で、『殺人出産』では10人子どもを産めば、自分の嫌いな人間を1人、殺す権利をもらえるんですよ。殺意と出産という、人間の生と死を同様に扱う世界で、『消滅世界』ではセックスをせずに人工授精で子どもを作るようになってるんです。そういう世界でヒロインは、昔ながらのセックスで子どもができるんですが、周りからは異物のように扱われてしまうという。
 村田さんの小説では、社会から異物として目立ってしまう人間の話が多いですね。実は芥川賞受賞作の『コンビニ人間』(文藝春秋)もそうですし。


村田 そうですね、社会に違和感がある、溶け込めない、そういう主人公をずっと書いていますね。

――そういったところで、『授乳』から『コンビニ人間』に至る、作家としてのキャリアを見ると、どこまで行くんだろうという驚きがありますね。三島賞を取った『しろいろの街の、その骨の体温の』(朝日文庫)という、今日もゲストでいらしている朝日新聞出版の山田さんが担当された作品がありますが、これもまたものすごい傑作です。二日前に東京から山形に帰る新幹線の中で読んだんですが、泣きましたね、新幹線の中で。一番最後にセックスシーンがあるんです。僕は官能小説でもエンターテインメントでも、セックスの場面はたくさん読んできましたが、性描写の場面を読んで泣いたのは初めてです。こんなに切実な、人間同士のセックスがあるということにびっくりしました。よく書きましたね。西加奈子さんがすごくいい解説を書かれているんですが、そこでも「切実」という言葉が3回も出てくる。そんなに同じ言葉を使っちゃいけないだろう、と普通なら思うところですが、この作品を読めばそれも分かります。西さんも中村文則さんも、最高傑作はこれじゃないかとおっしゃっていますね。


村田 完成度、という点ではそうかもしれないです。

――これは小学生から中学生に至るまでの少女が、新しいニュータウンができていく過程の風景と、成長していく内面の心理がクロスしていって、いじめに遭っている少女が、一方では幼馴染の男の子を、性的に虐待しているんですね。そういったストーリーは、どうすれば浮かぶんですか。

村田 うーん、自分自身が物語に引きずられたいんでしょうね。何かそういう、力のある設定とか、自分を惹きつけられる人間関係とか、そういうものがないとたぶん最後まで書き切れないんだと思います。

――『消滅世界』の発想はどこから生まれたんですか。

村田 『消滅世界』は、その前に書いた、『殺人出産』に収録されている「清潔な結婚」という短篇があって、それは別に未来の世界ではなく、単に婚活で知り合ったふたりが、いっさいセックスしないで夫婦になって、外にどんどん恋人を作るという話なんですけど、私の作品で初めて、笑ってもらえたんですよね。笑った、という感想をもらったんです。「GRANTA」というイギリスの文芸誌向けに書いた作品で、イギリスの編集さんもお会いしたときに「笑ったよ」「驚いたよ」と言ってくださったので、笑ってもらえるのって楽しいな、という感覚があったのと、「共感した」という言葉をいっぱい聞けたんです。こんなヘンテコなふたりを書いても共感してもらえるんだったら、じゃあいっそ、このふたりのような考え方のほうが主流になった世界、セックスがなくなっちゃった世界を書いてみようと思いまして、ちょっと長いものを書いてみました。

◆『コンビニ人間』ができるまで/「客」か「お客様」か/死なずに済んだ男

――デビューからずっと傑作を書かれていますけど、でも純文学ではなかなか食えませんよね。どこかで就職しよう、とは思わなかったんですか。

村田 就職はしたことがなくて、ずっとアルバイトなんです。コンビニで(笑)。

――周りから、就職しようとかそういうプレッシャーはなかったんですか。

村田 なんででしょうね、そういうプレッシャーはぜんぜんなかったんです。自分は本当に恵まれているというか、周りにそういうことを言ってくれる人がいなくて、馬鹿の一つ覚えみたいにずっと小説を書いていました。ボツになっている間はとにかくボツになって、依頼がくるようになってからは、依頼のままにただ小説を書く、というだけで、本当に単細胞な小説家としてずっとやってきました。

――エンターテインメントの作家は、今は単行本より雑誌連載の原稿料で生計を立てている人が多いんです。本は売れない時代ですから。『コンビニ人間』は売れてますけどね(笑)。

村田 ありがとうございます(笑)。

――『コンビニ人間』の話になりますけど、まず、なぜコンビニを舞台に選んだんですか。

村田 『消滅世界』のあとに書いた作品なんですが、けっこう『消滅世界』を引きずってしまっていて、ちょっとヘンテコな作品ばかり書いていたので、リアルな世界を書こうと最初に決めていて。オタクの女の子を主人公にしたいなと思って書き始めたんですが、編集さんに「『消滅世界』と重なっている部分があったら指摘してください」と言ったら「重なってます」と正直に言われて(笑)。オタクの女の子は、『消滅世界』で2次元に恋する女性の話をいっぱい書いちゃったからなと思って、一回ぜんぶ捨てようと。捨てるのには慣れているので(笑)、一回ぜんぶ捨ててリセットして書いてみよう、と思ったときに、コンビニってたぶん、自分が辞めてしばらく経つまでは、身近すぎて舞台にできないだろうと思っていたんですけど、でも、何か「舞台にしちゃおうかな」と思うことができて、けっこう軽い気持ちで書き始めたのがきっかけです。
 最初はぜんぜんコンビニの話じゃなかったんです。作家ってわりと、途中の段階を見せない人が多いと思うんですが、私は途中を見せる作家なんですね。途中の時点で「かぶってます」と言われて、「だよね」と思って。そこである日、オタクの女の子という設定をぜんぶ捨てて、本当にコンビニの話にして送って、それで「びっくりしましたけど、いいと思います」ということになったんです。

――誰もが知ってると思っているコンビニの話ですが、ここまできっちりと書かれているのは読んだことがありませんでした。経験しているから書けることかもしれませんけど、経験したことをきちっと活字にするのは難しい問題です。最初は「お客」と書いていたのを、編集者のチェックで「お」を取って「客」に直したそうですね。

村田 そうなんです。地の文でぜんぶ「客」と書くべきところを「お客様」にしてしまって。自分が働いているので「客が忘れ物をしたよ」なんて言い方は禁句ですから、「お客様が」と必ず言わないといけないんですね。その癖でぜんぶ「お客様」にしてしまい、指摘を受けて直しました。

――ご自身もずっとコンビニで働いているわけですが、この主人公は働くのが本当に楽しそうですよね。30代半ばで、処女で、ずっとバイト暮らしで正社員として就職もしていない。世間から見ればすごくダメな女になっているんだけど、本人はそんなふうに思っていない。非常に楽しそうで、世界での異物感みたいなものはあるんだけれども、きっちり動いている。でも、同級生とかに会うと、みんなから「なんで結婚しないの」「恋人いないの」「就職しないの」と言われてしまうのが嫌だと。で、そういった状況を気づかせる、変な男が出てくるんだけど、この人物がまたすごいですね。

村田 そうですね、白羽さんという男の人なんですが、私がいままでたくさん書いてきた嫌な男の人の中でも、いちばん嫌な人です(笑)。書いていてすごく楽しかったです。最初はもっとチョイ役だったんですが、筆がノってしまって、かなりメインのほうに入る人物になりました。

――この男の言ってることって、何かというと縄文時代がどうのこうの、という感じで(笑)、ものすごい自己弁明というかね。仕事もしないし、主人公と同じ境遇ではあるんですけど、この小説が面白いのは、この男が主人公にものすごく暴言を吐くんだけど、主人公の女性は「そんなふうに見るんだ」「そういうふうに考えるんだ」と、冷静に観察しますよね。

村田 そういう主人公にしたかったんですよね。いままでの主人公は、そういう人に対して怒ったり、傷ついたりする人物が多かったと思います。こないだトークイベントで言ったのは、いままでの主人公だったら白羽さんは殺されていたよね、という話で(笑)、けっこう殺人をする主人公が多いので。でも、白羽さんという人が殺されないで作品の中にいるのは、主人公の性格によるところが大きいかな、と思っています。

――主人公の性格というのは、小さいころから他人とは違っていて、両親も妹も、どう見てもこの主人公はおかしい、と思っている。そのおかしさを示すエピソードが、冒頭に出てくるんですね。公園でしたっけ、鳥が死んでいる。普通だったら「かわいそう」とか「いやだ」とか言うんだけど、この主人公は「焼き鳥にして食べよう」と言うんですね(笑)。お父さんは焼き鳥が大好きだから、というんだけど親はもうびっくりしちゃう。こういったエピソードを持ってきて、主人公は変わっているということを示す。でも本人はそれをぜんぜんおかしいことだと思っていない。こういった世界との違和感、自分はマトモだと思っているけどみんなと違う方向に向かっている、自分はおかしいと見られている。なるべくならおかしくない方向に行こうと思っているところに、さっき言った変な男が出てきて、という話なんですね。まだ読んでない人もいるでしょうから詳しくは言いませんけど、あのキャラクターを作った段階で、この作品はうまくいくなという感じがしたんじゃないですか。

村田 えー、そうですね……。白羽さんという人は本当にチョイ役の予定で、最初は知らないおじさんをコンビニの裏で飼う話だったんです。でもそれはちょっと無理があって、だんだんうまくいかなくなって、白羽さんにしちゃえ、と思ってぐっと出番を増やして、という過程があったんです。私はわりとそういうふうに、主人公や登場人物たちの性格をいじりながら書く癖があるので、それがわぁーっと膨らんだときに物語が完成していった感じがありました。

◆担当編集者が語る村田作品/世界との軋轢を抱えて/世界のリズムのある場所へ

――いきなり『コンビニ人間』から読んでしまうと、イメージが違うという読者もいるかもしれませんね。担当の鳥嶋さんも、この作品を読んでみて驚かれたんじゃないですか。

文藝春秋 鳥嶋七実氏 驚いたというか、やっぱり白羽さんが流れ込んできたあたりから、ラストはどうなるんだろうと思ったんですけど、そこからは怒涛の展開というか。あまり言わないほうがいいんでしょうけど、さわやかさすら感じる意外な展開でした。ラストの感じ方は本当に人によってそれぞれなんだろうな、というのを、いろいろな人の感想を見るにつれて強く思うようになりました。

――ある新聞のコラムでも、「読者は後半に嫌悪感をおぼえるのではないか」と書かれていたんですけど、そんなことはないんじゃないかと思いましたね。

鳥嶋氏 ゾクッとした、怖さを感じたという人と、そうじゃない人のふたパターンがいるような気がしているんです。私は、読んだときにこれまで感じたことのない、一種のさわやかさみたいなものを感じて、それもスッキリさわやかという感じではなくて、その物語の必然的なありよう、不思議なさわやかさというのが、いままで感じたことのない、読んだことのない、新しい種類のさわやかさでした。ゾクッとする部分も含めて、すごいなと思いました。

――そうですよね。そう感じますよね。山田さんはどうでしょう。三島賞受賞作『しろいろの街の、その骨の体温の』を担当されて、少女のねじれた恋愛感情だとか、切実なテーマを描いた作品を手がけられましたが、それとは違う、滑稽なユーモアがある作品に、びっくりされたのではないですか。

朝日新聞出版 山田京子氏 村田さんの作品の魅力って、現実とはすごく離れた世界観とか常識を読んでいると、たしかにそっちのほうが正しいかもしれないと思うような説得力があって、『消滅世界』や『殺人出産』ではそれを行き切った感じがありましたが、『コンビニ人間』では村田さんの普段の日常と、村田さんの物語世界がうまく融合されているので、村田さんがいま書くべき作品だったなという感じがして、違和感なくすっと読むことができました。

――コンビニを舞台にした職業小説でもあるわけです。コンビニではどんなふうにして仕事をしているのか、バックヤードではどのようにモニターを見てチェックしているのか、そういった本当に細かい、コンビニでバイトする人間の職業小説として面白い。一方で、現代の若者の小説でもある。正規雇用の職に就けなくて、アルバイトしている人間たちが、世間からどれぐらい冷たい目で見られているか、という話でもあるわけですね。主人公はぜんぜんそんなふうに思っていないんですけど、彼女は世間に異物感があるというか、ちょっと変わった人間として書かれていますから、そういう人間がどのように生きていくかという道筋を描いているという面もある。
 そこには、村田さんが「人の目を気にする子どもだった」ということも、根底にあるんですかね。

村田 そうですね、世界に対する違和感とか……。自分は『コンビニ人間』の主人公とは違って、どちらかといえば『ギンイロノウタ』(新潮文庫)の主人公の幼少期に近いような、内気すぎるくらい内気な、神経質な子どもだったんですが、その分、ふつうに生活している人へのコンプレックスというか、ふつうの人間を上手にやれるようになりたいという憧れと、そうならなければならないという苦しさの中でずっと生きてきたので、自分の書く小説の主人公にも、そういう生きづらさや、世界との軋轢みたいなものを抱えている人物が多いのだと思います。

――現実として、コンビニでアルバイトをしているのは、楽しいですか。働いている時間は小説のことを考えなくていいから、とも書かれていましたが。

村田 自分は楽しいですね。働くことが好きですし、ずっと家でパソコンの前にいるより、「小説が書きたい」という気持ちになります。それから、私がすごくさぼる性格だからというのもあると思います。小説を書くのはものすごく好きなんですが、さぼってしまうんですね。で、小説ってちゃんと毎日……1週間に2日ぐらいは休みがあってもいいと思うんですが、5日ぐらいは必ず小説を書いていないとと思っていて、でもさぼっちゃうんですよね。専業でやってみたこともあるんですけど、毎日が日曜日みたいな感じで、さぼってしまう。自分がそういう性格の、怠惰な人間なので、コンビニで働くことによって、強制的に世界のリズムがある場所へ引きずり出される。世界はこういうリズムで動いている、という場所で強制的に働くことで、自分の中でもすごい頭がクリアになりますし、リズムみたいなのが生まれますね。

◆独自の生活サイクル/手書きで脳を動かす/「細部は事実から盗め」

――シフトはどんな感じなんですか。

村田 朝の8時から13時ですね。それを週に3回やってます。最初は週4でやっていたんですが、体力的につらくなってきて、週3になりました。

――中村文則さんとの対談を読みましたが(受賞記念対談「中村文則×村田沙耶香 我らコンビニ出身作家」/「文學界」九月号所収)、中村さんもコンビニでアルバイトをされていたことがあるんですね。

村田 そうですね、初めての対談で、初めて聞きました。

――やりたくても、体力的にだんだん疲れてくる、という話も、そこでもされていましたね。

村田 そうですね。私はちょっと無茶な書き方をしていて、午前2時に起きて、コンビニの前に小説を書くんです。2時に起きて、6時までびっしり書いて、立ち仕事で頭をリセットさせて、午後は、最初の基本は手書きで書くんですが、その手書きの作業をやる、という生活です。9時ぐらいに寝るんですが、9時に寝てもやっぱりちょっとハードなんですよね。それを週に4回ぐらいやってると、くたくたに疲れちゃうので、いまは週3回です。

――手書きとおっしゃいましたが、なぜ手書きでやるんですか。

村田 それは本当に癖なんですが、いちばん最初の段階では、ノートに手で書きます。手のリズムがいちばん頭と連動するので。たぶん小学校のころからこの書き方だからでしょうね。

――去年還暦を迎えた僕ぐらいが手書きをやっていた最後の世代だと思うんですけど、やっぱり手書きはいいですよね。僕も書評を書くときは、まず感想を一度手書きでノートに書くし、原稿に行き詰ったときは、とにかく何でもいいから書くんですよ。そうすると、わかるんですね。だんだん見えてくる。やっぱり脳と手ってつながってるんだな、と思いますね。

村田 それはすごいわかります。なので、自分が小説を書くときも、最初はノートにシーンを書いて、それをパソコンに打ち込んで、プリントアウトします。画面だと目が滑るので、プリントアウトしたものを読んで、そこに手でどんどんシーンを書き加えていきます。白い紙もノートもいっぱい使って、手で書き加えていく。それを、2時に起きてひたすらパソコンに打ち込む、という。だから、最初からパソコンに打ち込む人よりは遅いんですが、どうしても手でないとダメな部分がありますね。

――高橋源一郎さんも、最初の第一稿は手書きだとおっしゃっていましたね。やっぱり手書きはね、若い人は経験ないでしょうけど、パソコンでずっとやっていても浮かばないですよ。ノートに手書きするというのをやってみるといいです。何でもいいので書いていくと、ノってきて、自分の心の中にこういうことがあるんだ、と気づきますから。
 中村文則さんがこの講座にいらしたときに聞いたのですが、中村さんも手書きのノートで、自分の中にある、他人に言えない欲望をいっぱい書いていくそうです。それが作品の原動力になる。そのノートは、他人には絶対に見せられないそうですけどね。
 でも、手書きで書いている人ってあんまりいないんじゃないですか。

村田 そうでもないんじゃないですかね。前に芥川賞を取った、本谷有希子さんの『異類婚姻譚』(講談社)も原稿用紙に書いたとおっしゃっていましたし。初めて原稿用紙で書いた、とのことでした。はっきり分かれるかもしれないですね。私が小さいころはそもそも手書き以外に方法がありませんでしたが、今の若い作家さんは子供時代にすでにパソコンがあった方もいらっしゃるかもしれないですね。

――大沢在昌さんとか北方謙三さんとか、手書きの世代なのでずっと手で書いている方もいますけどね。でも、ずっと書いてきて、自分の文章とかリズムとか、気をつけていることはありますか。

村田 そうですね……いろいろ気をつけてはいるつもりなんですが、文章についてはまだまだ未熟だと思っていて、もっと描写したいのにとか、もっとこの部分の人間の表情を書きたいのにとか、そういうことでまだまだ戸惑いながら書いています。
 ただ、描写というものに関して、宮原先生の言葉で「細部は事実から盗め」というのがあるんです。ちょっとした、人のしゃべり方とか、表情とか、顔の筋肉の動かし方とか。私は誰かをモデルにして小説を書くことはできないんですが、そういう記憶をもとに描写する、ということは心がけています。意識的に記憶しているわけではないんですが、書いていると眠っていた記憶が解凍されてくるんですね。その記憶をもとに、細部を描写するように心がけてはいます。描写というものがないと、本当に平坦な説明と変わらない文章になってしまうので。うーん……でも、まだまだ未熟だなと思っています。

◆秘密の似顔絵つき履歴書/無意識の部分の力/実体験がないからこそ書けるものもある

――いやいや、『コンビニ人間』には人物がいっぱい出てきますが、でもみんな個性的で面白くて、描写がないように見えても、台詞とかちょっとしたしぐさで、人間が浮かんでくるんですね。ああいう人物を描くポイントというのは、ご自分の中でどのように考えているんですか。

村田 ポイントですか……。イメージを固めるために、だいたいの登場人物の似顔絵をノートに描いています。すごい下手な絵なんですが。それも、手書きをやっている理由のひとつだと思います。たぶん、そういう人は多いと思いますよ。

――似顔絵までは書かなくても、履歴書を作ると言う人はけっこういますね。角田光代さんとか、大沢在昌さんとか。小説では書かなくても、どこで生まれて、どういう人生を送って、どのように主人公と出会うのか。それを決めておくと、出てくるワンシーンの台詞が自然と決まってくるそうです。

村田 それはすごくわかります。それがなしに人間を出すと、どういうことをしゃべる人なのかわからないので、台詞も決まりませんから。それはすごく作り込みます。少ししか出てこない人間でも、たとえば『しろいろの街の、その骨の体温の』だったらクラスメートとか、この子はショートカットで背が高くてきりっとしていて、とか。あと年表は作りますよね。とくに主要人物に関しては、どこそこで生まれて、いまどこどこに引っ越して、親はこういう職業で、こういう間取りの部屋で暮らしていて、というように。私は間取りがないと小説が書けないんですが(笑)、あと誕生日はいつで体重は何キロで、どんなブランドの服を着ていて、ということをびっしり書いて、そういうふうに作り込んだ人間同士が出会うと、作者の言葉ではなくて、そのふたりの間の言葉がおのずから生まれる、というのはあると思います。

――よく「人物が勝手に動く」という言い方もありますが、その人物についていくという感じですかね。

村田 作者は作品の奴隷である、という言葉も大切にしています。その小説が、なりたがっている形に引きずられる形でないと、書けないんです。それは自分が、小学校のときからそういう書き方をしたからだと思うんですが、自分は本当にバカなので(笑)、自分のわかる範囲だけで書くと、ものすごく小さい作品しか書けないんです。ものすごく賢くて知識のある人だったらできるのかもしれませんが、自分の無意識の部分が持っている力に頼らないと、私には大きな小説を書くことができないんですね。
 なので、人物が動き出すというとカッコいいみたいですけど、でもそれって、小学生とかが小説を書くとすぐ起こることだと思うんですよね。人物が動き出しちゃって止まらない、というのは私が子どものころに経験したことだし、たぶん子どもで小説を書くとみんな経験すると思うんですが、その感覚がいまだに抜けなくて、物語の力みたいなものを借りないと完成できない、そんな小説家ですね。

――『ギンイロノウタ』にしても『しろいろの街の、その骨の体温の』にしても、登場人物を切実な、ぎりぎりの、どうしようもないところまで持っていきますよね。あれって、乗り移っているのかなとも思うんですが、村田さんが小さいころにそういう嫌な体験をしたのかな、と思わされてしまいます。あそこまでは、想像力だけではなかなか書けるものじゃないと思うんですが。

村田 どうなんでしょうね。私って、ものすごく虐待されて育った人なんじゃないかと思われるときがあるんですが、でもとくにそんなことはないんですよね。むしろ、そんなことがないけれど、神経質な子どもだったから、そんな想像はしやすいのかも。たとえば『にんじん』(ルナール)とかを小さいころに読んで、ぼろぼろ泣いたんですが、そういう主人公に感情移入する子どもではあったと思います。でも、自分自身がそういう壮絶な、サバイバーのような虐待をされて生き残る体験をしていたら、ひょっとしたら事実に引きずられてしまっていたかもしれない。コンビニのことをなかなか書けないと思っていたのと同じで、家族関係というものに関して、自分の精神が危険になる領域まで踏み込んで書くということは、逆にできなくなっていたかもしれないです。

――実は宮部みゆきさんも、デビューして10年ぐらいまで、僕はずっと読んで文庫の解説も書いていて、この人はそうとうつらい体験をしてきたのかな、片親の家庭が多く出てくるからきっと両親が離婚されていたのかな、とずっと思っていたんですが、お会いしたときにお聞きしたら、「私は大人数の家庭で育ったんです」と言われました(笑)。やっぱり本人と作品は違うんですね。逆にいうと、本当に切実な体験を実際にしていたら、逆に書けなくなってしまう面もあって。そういうものなのかなと思いましたね。

村田 それでも、その経験をもとに書くという強くて素晴らしい方もいっぱいいるかもしれませんが、私自身はコンビニのこともなかなか書けなかったぐらいなので、事実をモチーフに書くという私小説的な才能はまったくないと思っています。宮原先生が私小説の作家だから、それがどんなに難しいか教わったせいもあると思うんですが、自分には本当に無理だと思っていて、なので登場人物もぜんぶ作らないと書けないし、誰かをモデルにしたり、もしくは自分をモデルにするというのは下手な作家ですね。

◆指摘の上手な受け入れ方/下手でもとにかく書いて出す/「クレイジーサヤカ」の原点

――村田さんも、宮原さんの小説講座からデビューされているわけですが、これから小説を書こうと思っている人間に、何かアドバイスはありますか。

村田 何だろう、さっきはすごくいろんなことを言ってしまいましたが、小説は本当に自由なので、私が読んだこともないような小説世界を、ひょっとしたら作り上げる過程にいらっしゃるのかもしれないし、だから、いろいろ言ったことも鵜呑みにしないようにしていただきたいです(笑)。
 横浜文学学校にいて感じていたのは、ぜんぶ鵜呑みにしてぜんぶ直してしまう人って、それはそれで良いところも損なわれてしまったりするので、意見みたいなものを受け取ったときに、自分の作品にとって本当に納得ができて、必要だと思ったことだけ取り入れるようにしていくと、いいのではと思います。批判でも、「本当だ、そこをそうしたらもっと良くなるなあ」と自分がわくわくできるような言葉と出合うこともあるかと思うので、それは作品にとって大切な言葉なのだと思います。
 あと、下手でも書くということ。これはわりとハードルが高いことで、自分は「名刺代わりにとにかく出せ」と言われたから出しましたが、最初から上手な小説を書くということは、私には無理だったんですね。ものすごく下手な小説を、それでも勇気を出して1回ひとに見せてしまうと、どんな意見を言われても怖くなくなってくる。それがわりと自分にとっては重要な体験だったと思うので、下手でも書いて見せてみる。何か言われるかもしれないけど、それは自分自身じゃなく作品に向けられることなので、そんなに気にしないというか。ある意味ふてぶてしく書いていくという、そのふてぶてしさみたいなものが、自分にとっては大切なものだったと思います。

――業界では、村田さんのことを「天然」とか「クレイジーサヤカ」と呼ぶ人もいますが、「クレイジー」というのは何なんですか(笑)。

村田 たぶん、ラジオで朝井リョウくんと加藤千恵ちゃんがそうやって私をいじったんだと思います。いじられキャラ的な要素があるので(笑)、私がちょっと天然ぽいことをしたり、バカっぽいことをするのを「まったく、沙耶香ちゃんは」みたいな感じでいじったのが、呼び名的に広まった感じだと思います。

――じゃあ、作品とは関係ないんですね。

村田 たぶん、ふたりのラジオで言われてた感じだと思います。

――『殺人出産』とか、ああいうクレイジーな作風から来ているのかと思ったんですが、そうではないんですね(笑)。

村田 そうですね、普段の行動が寝ぼけてポンコツなので、そういうところをいじられているんだと思います。

――『コンビニ人間』でいちばん笑ってしまうのは食事の風景だと思うんですけど、あれはすごいですね。もう「餌」という感じがして(笑)。ご自分は好き嫌いとかないんですか。

村田 ほとんどないですね。自分で作る料理は、炒める、火を通す、みたいな感じです。今日は、池上さんに教えてもらった「一寸亭」というお店で、冷たい肉そばを3人で食べてきたんですが、とてもおいしかったです。すごい「おいしい!」「おいしい!」と食べてきました。

◆嫌な男も愛して書く/肉体を持った人間を描く/いろいろな感想が一番うれしい

――では時間もなくなってきたので、この辺で質疑応答に入りたいと思います。どなたか、質問はありますか。

女性の受講生 『コンビニ人間』を読ませていただいて、すごく楽しませていただきました。さっきのお話で、登場人物の似顔絵を作るともおっしゃっていましたが、私は白羽さんにもすごく共感する部分があったんです。ああいう人でも憎めないというか、嫌いになれない部分があって。嫌な人物でも共感できるように書くポイントが、何かあるのでしょうか。

村田 白羽さんに関しては、私自身もちょっと可愛いな、憎めないなと思いながら書いていました。あんなとんでもない、差別的なひどい人間なんですが、書いている本人はちょっと愛しいと思って書いていたからかもしれませんね。あと、ユーモラスな書き方をしたから。すごくシリアスな描き方をしたり、もしくは主人公がものすごく傷ついたりしたら、白羽さんは許せない人物になっていたかもしれませんが、今回は主人公が特殊な人間で、あまり傷つかなかったということもあって、白羽さんという人間がユーモラスなまま終わった、という部分があると思います。
 でも、嫌な人間を嫌われるように書くというのもひとつの才能だと思うので、それはそれで素晴らしいことだと思います。

男性の受講生 コンビニのアルバイトも、業務内容は多岐にわたると思いますが、中でも得意な仕事と苦手な仕事というのはありますか。

村田 これはけっこう聞かれていて、いろいろ考えたんですが、納品も好きなんですけど、レジ打ちがやっぱり一番やりがいがありますね。混むレジに入って、どんどんさばいていく感じが好きです。それに接客の醍醐味を一番感じられるので、好きです。
 嫌いな仕事はあまりないんですが、ただのリアルな話なんですけど、お中元のノルマがあるようなコンビニだと、それは接客とは関係ないところなので、苦手ですね。裏にグラフとか貼られていて、ひとり5件まで取ってきましょう、みたいなのがあるとけっこうつらいです(笑)。

女性の受講生 『殺人出産』『消滅世界』『しろいろの街の、その骨の体温の』を読ませていただきましたが、先ほどの講評の中で肉体性を大事にされているという話をされて、やはりそうだったんだなと思いました。肉体に関してすごく特殊な感性をお持ちだなと思うのですが、それはどのように形成されたのでしょうか。

村田 そうですね、たぶんもとから、肉体というものに関して興味が強い子どもだったんだと思います。ただ、小中学校のころに書いていた小説には、肉体の描写はほとんどありませんでした。山田詠美さんの作品に出会ったからというのもあるんですが、やはり大学2年で改めて小説を書き始めたときに、肉体とか性愛というものが、自分の中ですごく大事なものとしてありました。
 あと、私はわりと頭でっかちになりがちな小説家なんです。どちらかといえば理屈のほうに流されがちな、理屈っぽい小説を書いてしまうんじゃないかという危惧がいつも自分の中にあって、そういうときに、主人公に肉体があるということが、作品をブレさせない軸になるというか。主人公が頭だけで考えている作品ではなくて、ちゃんと肉体のある作品にしないと、作者にとって都合のいい作品になってしまうことが多々ある。作者にとって都合のいい作品になってしまっては絶対にいけないと思っていて、主人公の思考だけだと、場合によってはそういうことに陥ってしまう。と、たぶん自分を疑っているんですね。そういう自分への戒めというか、必ず主人公もしくは主人公でない人にとっても、肉体が存在する小説でないといけない、と自分を戒めているんだと思います。

女性の受講生 芥川賞の選評で、選考委員の方が「笑った」という感想を書かれていたのですが、私はぜんぜん笑えないというか、主人公に共感するところが多かったです。ツイッターなどを見ても、『コンビニ人間』を読んで「面白かった」「笑った」という感想が目についたのですが、そのような感想を目にされて、村田さんご自身はどうお感じになったのでしょうか。

村田 そうですね、私は人間の嫌な部分、汚い部分ばかりを書いてきた作家だったので、汚い部分をもうちょっとユーモラスに書いてみたい、もうちょっと慈しみながら書いてみたい、という気持ちがあって書いたのが『コンビニ人間』でした。なので、「笑った」と言ってもらえたことは、すごくうれしかったです。
 でも、この作品を読んで「すごく苦しかった」という感想もいただいていて、それもうれしいんですよね。こういう感想がほしい、というのではなく、いろいろな感想をいただけることがうれしいので。でも、選考委員の方が「笑った」とかそういう言葉で感想を表現してくださったのは、自分にとってはすごくうれしいことでした。

女性の受講生 『コンビニ人間』に出てくる、感じの悪い男性客にすごくリアリティを感じたのですが、実際にああいう人はいるのでしょうか。

村田 あれは創作ですね。変わったお客さんが来ることはありますが、あの人物にモデルはいません。ただ、私が働いているお店にはあまり変な人は来ませんが、以前、歌舞伎町のコンビニで働いていたときは、お客さんがみなさん酔っ払っていらしたので(笑)、嫌な客というよりは、困る(笑)。警察を呼ぶかどうか迷うんですね。店員の男の子が殴られたり、外で殴り合ったり、中で殴り合ったり、基本は殴り合いで(笑)、血だらけになって消毒薬を買っていかれたりするんですが(笑)、最初はちょっと困惑しました。

――こういう、すごくシリアスな話でもにこやかに話されるでしょ(笑)。これが『コンビニ人間』の語り口に結実しているんです。ほかのシリアスな作品も、たいへん傑作ぞろいですので、みなさんぜひお読みください。今日は本当にありがとうございました。
(場内大拍手)

【講師プロフィール】
◆村田沙耶香(むらた・さやか)氏
 1979年、千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術学科卒。2003年「授乳」で第46回群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。09年『ギンイロノウタ』で第31回野間文芸新人賞受賞。13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞受賞。著書に『授乳』『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』。昨年の暮れに出た新作『消滅世界』(河出書房新社)は各紙誌で絶賛され、中村文則に「さすが村田沙耶香。この作家はすごい」と激賞された。今年7月『コンビニ人間』(文藝春秋)で第155回芥川賞を受賞。注目の女性作家である。

●「文學界」(文藝春秋) 2016年9月号
※「新芥川賞作家 村田沙耶香」特集号
https://www.amazon.co.jp//dp/B01ITSPF0O

●宮原昭夫 「誰かが触った」 (角川文庫)  
※第67回(1972年上半期)芥川賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/B000J990E4/

●山田詠美「学問」 (新潮文庫)
※解説=村田沙耶香
https://www.amazon.co.jp//dp/4101036268/

●「ギンイロノウタ」 (新潮文庫)
※第31回 野間文芸新人賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101257116/

●「ハコブネ」  (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4087455149/

●「星が吸う水」  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062774798/

●「授乳」  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062766418/

●「コンビニ人間」 (文藝春秋)
※第155回 芥川賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4163906185/

●「マウス」  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062769123/

●島本理生「七緒のために」 (講談社文庫)
※解説=村田沙耶香
https://www.amazon.co.jp//dp/4062933543/

●「殺人出産」  (講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062934779/

●「しろいろの街の、その骨の体温の」  (朝日文庫)
※第26回三島由紀夫賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4022647841/

●「タダイマトビラ」  (新潮社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4103100729/

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